図式(圏論)(diagram)とは、圏 $\mathcal{J}$ から圏 $\mathcal{C}$ への関手 $D\colon\mathcal{J}\to\mathcal{C}$ のことで、$\mathcal{J}$ を図式の形(添字圏)といい、形を固定した図式とその間の自然変換は関手圏をなす。有向グラフの頂点に対象、辺に射を割り当てた図式は、そのグラフが生成する自由圏からの関手とただ一通りに対応し、同じ始点と終点をもつどの道に沿った合成も等しいときに可換であるという。可換であることは、その関手がグラフの到達可能性の前順序を経由することと同値で、関手は可換図式を保ち、忠実関手は可換性を反映する。終対象・積・等化子・引き戻し・射影極限は、それぞれ決まった形の図式の極限である。
圏論では、対象と射をいくつか矢印で描いて「この図式が可換である」と言うことが多い。積・等化子・引き戻しの普遍性も、完全列の補題も、図に描いた射の間の関係として述べられる。この描かれた図を数学的な対象として扱うのが 図式 であり、定義は「形を表す圏からの関手」という簡単なものである。描かれた矢印の絵とこの定義は、矢印から自由に生成される圏を通じて結び付き、「可換である」という言葉も関手の言葉で言い換えられる。極限(圏論)・余極限(圏論)は図式に対して定義されるので、図式は普遍性の議論の出発点になる。
対象 $j\in\mathcal{J}$ の行き先 $D(j)$ を $D_j$ とも書く。図式であることと関手であることは同じだが、「図式」と呼ぶときは $\mathcal{J}$ が $\mathcal{C}$ より小さく、$\mathcal{J}$ を「並べ方の型」、$D$ を「その型に従って $\mathcal{C}$ の対象と射を並べたもの」とみる。極限(圏論)・余極限(圏論)はふつう小さい図式に対して考える(Rie16 Definition 1.6.4, p. 40)。
形 $\mathcal{J}$ の 2 つの図式 $D,D'\colon\mathcal{J}\to\mathcal{C}$ の間の 射 とは、自然変換 $\alpha\colon D\Rightarrow D'$ のこと、すなわち射の族 $(\alpha_j\colon D_j\to D'_j)_{j\in\mathcal{J}}$ で、$\mathcal{J}$ のすべての射 $u\colon j\to k$ について $D'(u)\circ\alpha_j=\alpha_k\circ D(u)$ を満たすものである。形 $\mathcal{J}$ の図式とその射は関手圏 $\operatorname{Fun}(\mathcal{J},\mathcal{C})$($\mathcal{C}^{\mathcal{J}}$ とも書く)をなす。
$X\in\mathcal{C}$ に対し、$\mathcal{J}$ のすべての対象を $X$ に、すべての射を $\operatorname{id}_X$ に送る関手 $\Delta X\colon\mathcal{J}\to\mathcal{C}$ を、$X$ における 定値図式 という。射 $f\colon X\to Y$ に対し、すべての成分が $f$ の自然変換 $\Delta f\colon\Delta X\Rightarrow\Delta Y$ を対応させると、関手 $\Delta\colon\mathcal{C}\to\operatorname{Fun}(\mathcal{J},\mathcal{C})$ が得られる。これを 対角関手 という。
$\Delta f$ が自然変換であることは、$\mathcal{J}$ の射 $u\colon j\to k$ について $\operatorname{id}_Y\circ f=f\circ\operatorname{id}_X$ となることから分かる。定値図式 $\Delta X$ から図式 $D$ への射が、$X$ を頂点とする $D$ 上の錐(圏論)である(Rie16 Definitions 3.1.1–3.1.2, p. 82)。形 $\mathcal{J}$ のすべての図式が極限をもつとき、図式ごとに極限を一つ選んで作る関手 $\lim\colon\operatorname{Fun}(\mathcal{J},\mathcal{C})\to\mathcal{C}$ は対角関手の右随伴になる(随伴関手)。
紙に描く図式は、圏全体ではなく「矢印の集まり」である。これを有向グラフで表す。
有向グラフ $G$ とは、頂点の集合 $V$、辺の集合 $E$、写像 $s,t\colon E\to V$ の組である。$s(e)$ を辺 $e$ の始点、$t(e)$ を終点といい、$e\colon v\to w$ と書く。ループ($s(e)=t(e)$)と多重辺(同じ始点・終点をもつ相異なる辺)を許す。頂点 $v$ から $w$ への長さ $n\ge1$ の 道 とは、辺の列 $(e_1,\dots,e_n)$ で $s(e_1)=v$、$t(e_k)=s(e_{k+1})$($1\le k< n$)、$t(e_n)=w$ を満たすものである。各頂点 $v$ には長さ $0$ の道 $()_v$ が一つずつあるとする。2 つの有向グラフの間の 準同型 $\varphi\colon G\to G'$ とは、頂点の写像と辺の写像の組で、始点・終点を保つものである。
圏 $\mathcal{C}$ の対象を頂点、射を辺とする有向グラフを $U\mathcal{C}$ と書く(合成と恒等射の情報を忘れたもの)。有向グラフ の記事はグラフ理論の流儀で同じ概念を扱っている。
有向グラフ $G$ の上の $\mathcal{C}$ の図式とは、準同型 $D\colon G\to U\mathcal{C}$、すなわち各頂点 $v$ に対象 $D_v$、各辺 $e\colon v\to w$ に射 $D(e)\colon D_v\to D_w$ を割り当てたものである。道 $p=(e_1,\dots,e_n)$ に沿った合成を $D(p):=D(e_n)\circ\cdots\circ D(e_1)$、長さ $0$ の道については $D(()_v):=\operatorname{id}_{D_v}$ と定める。同じ始点と終点をもつ任意の 2 つの道 $p,q$ について $D(p)=D(q)$ が成り立つとき、図式 $D$ は 可換 である(可換図式)という。
この定義は「図に描いたどの経路で合成しても結果が同じ」という習慣的な意味を正確にしたものである(Rie16 §1.6, p. 39、Mac98 Chapter II §7, p. 51)。長さ $0$ の道を含めて比べるので、ループ $e\colon v\to v$ をもつ図式が可換であるためには $D(e)=\operatorname{id}_{D_v}$ が必要である。実際の文章では、四角形や三角形などの「面」だけが可換であると言い、それ以外の道の比較は含めないこともある。どちらの意味かは文脈で決まるので、議論の中で使う等式を明示するのが安全である。
図式は「形」と「中身」を分ける考え方である。たとえば「射 $f,g\colon A\rightrightarrows B$ の組」は、2 つの対象と 2 本の平行な射からなる形を $\mathcal{C}$ の中で実現したものと考えられる。等化子は、どの圏のどの平行射の組にも同じ形で定義される。形を固定すれば、図式全体は関手圏 $\operatorname{Fun}(\mathcal{J},\mathcal{C})$ という一つの圏をなし、図式どうしを比べたり、図式全体に関手を当てたりできる。可換性は、形の圏 $\mathcal{J}$ の中で等しい合成が $\mathcal{C}$ でも等しいという、関手であることの帰結として現れる。逆に、何も関係を課さない形(自由圏)を使えば、可換とは限らない図式も同じ枠組みで扱える。
自然数の全体を通常の順序で圏とみたもの $\omega=\{0\to1\to2\to\cdots\}$ を形とする図式は、射の列 $D_0\xrightarrow{f_0}D_1\xrightarrow{f_1}D_2\to\cdots$ で決まる。$i\le j$ に対応する射の行き先は合成 $f_{j-1}\circ\cdots\circ f_i$($i=j$ なら恒等射)に定まるからである。このことは、$\omega$ が辺 $i\to i+1$ だけからなるグラフの自由圏であることから従う(thm-dgm-free-category の後の注意)。反対圏 $\omega^{\mathrm{op}}$ を形とする図式 $\cdots\to D_2\to D_1\to D_0$ の極限が射影極限であり、$\omega$ を形とする図式の余極限が帰納極限の基本的な場合である。
群 $G$ を、ただ一つの対象 $\ast$ をもち、射が $G$ の元で合成が群の積である圏 $\mathbf{B}G$ とみる。$\mathbf{B}G$ を形とする集合の圏の図式 $D\colon\mathbf{B}G\to\mathbf{Set}$ は、集合 $X:=D(\ast)$ と、各 $g$ に写像 $D(g)\colon X\to X$ を与えるもので、関手であることは $D(gh)=D(g)\circ D(h)$、$D(e)=\operatorname{id}_X$ を意味する。これは $G$ の $X$ への左作用にほかならない。図式の射は $G$ の作用と両立する写像である(関手圏 の例「群の作用と表現」)。
半順序集合 $\{0,1\}\times\{0,1\}$(成分ごとの順序)を圏とみた $\square$ を形とする図式は、4 つの対象と射 $f\colon A\to B$、$g\colon B\to D$、$h\colon A\to C$、$k\colon C\to D$ で $g\circ f=k\circ h$ を満たすもの、すなわち可換な四角形である。$\square$ では $(0,0)$ から $(1,1)$ への射がただ一つなので、2 つの経路の合成はこの射の行き先として等しくなる。一方、4 頂点と辺 $A\to B\to D$、$A\to C\to D$ をもつグラフの自由圏を形とすると、$g\circ f$ と $k\circ h$ は別々の射の行き先になり、可換とは限らない四角形を表す(Rie16 Example 1.6.6, Remark 1.6.7, p. 41)。
有向グラフに「道の連結」で合成を入れると圏ができる。これによって、矢印を描いて与えた図式と、関手としての図式が一対一に対応する。
有向グラフ $G=(V,E,s,t)$ に対し、対象を $V$ の元、$v$ から $w$ への射を $v$ から $w$ への道(長さ $0$ を含む)とし、道 $p\colon u\to v$ と $q\colon v\to w$ の合成 $q\circ p$ を $p$ の後に $q$ をつないだ道とする。恒等射は長さ $0$ の道 $()_v$ である。この圏を $G$ が生成する 自由圏 といい、$F(G)$ と書く。辺 $e$ を長さ $1$ の道 $(e)$ に送ると、準同型 $\eta\colon G\to UF(G)$ が得られる。
道の連結は結合的で、長さ $0$ の道は連結の単位なので、$F(G)$ は圏である。長さ $n\ge1$ の道 $(e_1,\dots,e_n)$ は $F(G)$ の中で $(e_n)\circ\cdots\circ(e_1)$ と書ける。
$G$ を有向グラフ、$\mathcal{C}$ を圏、$D\colon G\to U\mathcal{C}$ を $G$ の上の図式とする。このとき関手 $\bar D\colon F(G)\to\mathcal{C}$ で、すべての頂点 $v$ について $\bar D(v)=D_v$、すべての辺 $e$ について $\bar D((e))=D(e)$ を満たすものがただ一つ存在する。それは道 $p$ を合成 $D(p)$ に送る関手である。
一意性:$\bar D$ を条件を満たす関手とする。関手は恒等射を保つので $\bar D(()_v)=\operatorname{id}_{D_v}$ であり、合成を保つので、長さ $n\ge1$ の道 $p=(e_1,\dots,e_n)=(e_n)\circ\cdots\circ(e_1)$ について
$$
\bar D(p)=\bar D((e_n))\circ\cdots\circ\bar D((e_1))=D(e_n)\circ\cdots\circ D(e_1)=D(p)
$$
である。よって $\bar D$ は対象でも射でも値が決まっている。
存在:対象 $v$ を $D_v$ に、道 $p$ を $D(p)$ に送る対応を $\bar D$ とする。道 $p\colon v\to w$ について $D(p)$ は $D_v$ から $D_w$ への射なので、始域・終域は保たれる。恒等射 $()_v$ は $\operatorname{id}_{D_v}$ に送られる。道 $p=(e_1,\dots,e_m)$、$q=(e'_1,\dots,e'_n)$ が連結できるとき、
$$
\bar D(q\circ p)=D(e'_n)\circ\cdots\circ D(e'_1)\circ D(e_m)\circ\cdots\circ D(e_1)=\bar D(q)\circ\bar D(p)
$$
である($\mathcal{C}$ の合成の結合律による。どちらかの長さが $0$ のときは恒等射が単位であることによる)。よって $\bar D$ は関手で、$\bar D((e))=D(e)$ を満たす。$\square$
この定理により、グラフ $G$ の上の図式と、自由圏 $F(G)$ を形とする図式は一対一に対応する。この対応は $G$ と $\mathcal{C}$ について自然であり、自由圏をとる操作は $U$ の左随伴になる(Mac98 Chapter II §7, Theorem 1, pp. 49–50 と p. 51 の式 (6))。
ex-dgm-sequence の圏 $\omega$ は、頂点 $0,1,2,\dots$ と辺 $i\to i+1$ からなるグラフ $L$ の自由圏と同型である。$L$ では $i$ から $j$ への道が、$i\le j$ のときただ一つ、それ以外のときは存在しないからである。したがって $\omega$ を形とする図式は、隣り合う射 $D_i\to D_{i+1}$ を勝手に与えれば決まる。一方、ex-dgm-square の $\square$ は自由圏でない。$(0,0)$ から $(1,1)$ への道は 2 本あるが、$\square$ の射は 1 本だからである。
グラフ $G$ の頂点の集合に、「$v$ から $w$ への道がある」ことで $v\preceq w$ と定めると、長さ $0$ の道と道の連結によって $\preceq$ は前順序である。これを圏とみたもの、すなわち $v\preceq w$ のときに限り $v$ から $w$ へただ一つの射をもつ圏を $P(G)$ と書く。各道 $p\colon v\to w$ を $P(G)$ のただ一つの射 $v\to w$ に送ると、対象では恒等的な関手 $Q\colon F(G)\to P(G)$ ができる。
$D\colon G\to U\mathcal{C}$ をグラフ $G$ の上の図式とし、$\bar D\colon F(G)\to\mathcal{C}$ を thm-dgm-free-category の関手とする。次の 2 つは同値である。
2 ⇒ 1:$p,q$ を $v$ から $w$ への道とする。$P(G)$ の射 $v\to w$ はただ一つなので $Q(p)=Q(q)$ であり、$D(p)=\bar D(p)=D'(Q(p))=D'(Q(q))=\bar D(q)=D(q)$ である。
1 ⇒ 2:$D'$ を対象 $v$ では $D_v$ とし、$v\preceq w$ のときの射 $v\to w$ を、$v$ から $w$ への道 $p$ を一つとって $D(p)$ に送ると定める。道は少なくとも一つあり、1 によりどの道を選んでも $D(p)$ は同じなので、$D'$ は矛盾なく定まる。恒等射 $v\to v$ には長さ $0$ の道を選べるので $D'$ は恒等射を $\operatorname{id}_{D_v}$ に送る。$u\preceq v\preceq w$ のとき、道 $p\colon u\to v$、$q\colon v\to w$ を選べば連結 $q\circ p$ は $u$ から $w$ への道なので、$D'(v\to w)\circ D'(u\to v)=D(q)\circ D(p)=D(q\circ p)=D'(u\to w)$ である(真ん中の等号は thm-dgm-free-category の関手性)。よって $D'$ は関手であり、定義から $D'(Q(p))=D(p)=\bar D(p)$ である。
一意性:$P(G)$ のどの射も、ある道 $p$ について $Q(p)$ と書け、どの対象も $Q$ の値である。よって $D'\circ Q=\bar D$ から $D'$ の値はすべて決まる。$\square$
$\mathcal{J}$ を前順序を圏とみたもの(どの 2 対象の間にも射が高々一つの圏)とし、$D\colon\mathcal{J}\to\mathcal{C}$ を図式とする。$\mathcal{J}$ の射を辺とするグラフ $U\mathcal{J}$ の上の図式 $U D$ は可換である。
$U\mathcal{J}$ の $j$ から $k$ への道 $p=(u_1,\dots,u_n)$ について、$D$ が関手であることから $(UD)(p)=D(u_n)\circ\cdots\circ D(u_1)=D(u_n\circ\cdots\circ u_1)$ であり、長さ $0$ の道については $\operatorname{id}_{D_j}=D(\operatorname{id}_j)$ である。$\mathcal{J}$ の射 $j\to k$ は高々一つなので、同じ始点と終点をもつ 2 つの道の合成は $\mathcal{J}$ で等しく、その $D$ による像も等しい。$\square$
このため、半順序集合を形とする図式(射影極限の射影系、帰納極限の帰納系など)は、描いたとき自動的に可換である(Rie16 §1.6, p. 41)。
$D\colon G\to U\mathcal{C}$ をグラフ $G$ の上の図式、$F\colon\mathcal{C}\to\mathcal{C}'$ を関手とし、$FD$ を各頂点を $F(D_v)$、各辺を $F(D(e))$ に送る図式とする。
$F$ は合成と恒等射を保つので、どの道 $p$ についても $(FD)(p)=F(D(p))$ である。1:同じ始点と終点をもつ道 $p,q$ について $D(p)=D(q)$ なら $(FD)(p)=F(D(p))=F(D(q))=(FD)(q)$ である。2:$D(p)$ と $D(q)$ は同じ始域と終域をもつ $\mathcal{C}$ の射で、$F(D(p))=(FD)(p)=(FD)(q)=F(D(q))$ なので、忠実性により $D(p)=D(q)$ である。$\square$
群・環・位相空間などの圏では、台集合への忘却関手が忠実なので、2 により図式の可換性は台集合の写像として元ごとに確かめればよい(Rie16 Lemma 1.6.5, p. 41、Lemma 1.6.20, p. 46)。忠実でない関手では 2 が成り立たない。どの図式も、一つの対象と恒等射だけからなる圏への関手で送れば可換になる。
次の形の図式を考える。上の段を $A\xrightarrow{f}B\xrightarrow{g}C$、下の段を $A'\xrightarrow{f'}B'\xrightarrow{g'}C'$、縦の射を $a\colon A\to A'$、$b\colon B\to B'$、$c\colon C\to C'$ とする。左の四角形が可換とは $b\circ f=f'\circ a$、右の四角形が可換とは $c\circ g=g'\circ b$、外側の長方形が可換とは $c\circ g\circ f=g'\circ f'\circ a$ のことである。
$$
\xymatrix{
A \ar[r]^{f} \ar[d]_{a} & B \ar[r]^{g} \ar[d]^{b} & C \ar[d]^{c} \\
A' \ar[r]_{f'} & B' \ar[r]_{g'} & C'
}
$$
1:$c\circ g\circ f=g'\circ b\circ f=g'\circ f'\circ a$ である(右、左の順に使った)。
2:$g'\circ(b\circ f)=(c\circ g)\circ f=g'\circ(f'\circ a)$ である(右の四角形、外側の長方形の順に使った)。$g'$ はモノ射なので $b\circ f=f'\circ a$ である。
3:$(c\circ g)\circ f=g'\circ f'\circ a=(g'\circ b)\circ f$ である(外側の長方形、左の四角形の順に使った)。$f$ はエピ射なので $c\circ g=g'\circ b$ である。$\square$
1 の逆は成り立たない。アーベル群の圏で、上の段を $\mathbb{Z}\xrightarrow{\operatorname{id}}\mathbb{Z}\xrightarrow{0}\mathbb{Z}$、下の段を $\mathbb{Z}\xrightarrow{0}\mathbb{Z}\xrightarrow{\operatorname{id}}\mathbb{Z}$、縦の射をすべて $\operatorname{id}_{\mathbb{Z}}$ とする。外側の長方形は両辺とも零写像なので可換だが、左の四角形は $\operatorname{id}\ne0$、右の四角形は $0\ne\operatorname{id}$ で、どちらも可換でない(Rie16 Remark 1.6.21, p. 46)。2 のモノ射の仮定も外せない。上の段を $\mathbb{Z}\xrightarrow{\operatorname{id}}\mathbb{Z}\to0$、下の段を $\mathbb{Z}\xrightarrow{0}\mathbb{Z}\to0$、縦の射を $\operatorname{id}_{\mathbb{Z}},\operatorname{id}_{\mathbb{Z}},\operatorname{id}_0$ とすると、外側の長方形と右の四角形は終域が $0$ なので可換だが、左の四角形は可換でない。ここで $g'\colon\mathbb{Z}\to0$ はモノ射でない。2・3 は Rie16 Lemma 1.6.22(pp. 46–47)である。
図式 $D\colon\mathcal{J}\to\mathcal{C}$ と関手 $u\colon\mathcal{I}\to\mathcal{J}$ があれば、合成 $D\circ u\colon\mathcal{I}\to\mathcal{C}$ は形 $\mathcal{I}$ の図式である。$u$ が部分圏の包含なら、これは図式の一部分を取り出すことにあたる。たとえば余スパン $A\to C\leftarrow B$ を、対象 $a,b$ だけの離散部分圏に制限すると、対象の組 $(A,B)$ が得られる。$D$ 上の錐の脚を $u$ の像の対象に制限すれば $D\circ u$ 上の錐になるので、両方の極限があれば極限の間に射ができる(錐(圏論))。
また、図式 $D\colon\mathcal{J}\to\mathcal{C}$ は、そのまま関手 $D^{\mathrm{op}}\colon\mathcal{J}^{\mathrm{op}}\to\mathcal{C}^{\mathrm{op}}$ ともみなせる(反対圏)。$D$ の余極限は $D^{\mathrm{op}}$ の極限と同じものなので、極限について示した事実は向きを逆にして余極限に移る。
形の大きさにも注意が要る。集合の圏は小さい図式の極限をすべてもつが、小さい圏が小さい積をすべてもつなら、その圏は前順序に限られる(極限(圏論) の定理「Freydの定理」)。極限を考える図式を小さいものに限るのは、このような大きさの問題を避けるためである。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| ループに恒等射を割り当てる | 1 頂点と 1 本のループの図式で、ループを $n\mapsto n+1\colon\mathbb{Z}\to\mathbb{Z}$ に送るもの | 図式が可換である |
| 形の圏で 2 つの合成が等しい | 自由圏を形とする四角形で $g\circ f\ne k\circ h$ のもの | 四角形が可換である |
| (逆向き)外側の長方形だけを仮定する | アーベル群の $\operatorname{id},0$ と $0,\operatorname{id}$ の 2 段 | 左右の四角形が可換である |
| $g'$ がモノ射 | 下の段 $\mathbb{Z}\xrightarrow{0}\mathbb{Z}\to0$ | 外側と右が可換なら左も可換 |
| 関手が忠実 | 一つの対象と恒等射だけの圏への関手 | 像が可換なら元の図式も可換 |
| 図式の形が小さい | 集合の全体(真のクラス)で添字づけた $\{0,1\}$ の積 | 集合の圏で極限が存在する |
1 行目は長さ $0$ の道との比較(def-dgm-commutative の後の注意)、2 行目は ex-dgm-square、3・4 行目は prop-dgm-pasting の後、5 行目は prop-dgm-functor-commutative の後の注意による。6 行目:そのような積 $P$ が集合の圏にあれば、集合 $x$ ごとに「添字 $x$ でだけ $1$、ほかでは $0$」という一点集合 $1$ からの写像の族が、積の普遍性により写像 $1\to P$ を定める。射影と合成すると族が戻るので、異なる $x$ からは異なる写像 $1\to P$、つまり $P$ の異なる元が出る。すると集合の全体という真のクラスが集合 $P$ の部分集合と一対一に対応し、置換公理により集合の全体が集合になって矛盾する。
アーベル圏では、可換図式と完全列を組み合わせて射の性質を導く議論(図式追跡)が中心的な方法になる。五項補題や蛇の補題は、可換な四角形と完全な行からなる図式についての主張である。加群の圏では prop-dgm-functor-commutative の 2 により元を追って確かめられる。一般のアーベル圏での図式追跡を加群の圏での議論に移す道具が Mitchellの埋め込み定理 である。
∞圏を準圏で表すモデルでは、図式は形を表す単体的集合からの写像であり、「可換」は等式でなく、合成が等しいことを示す高次の射(ホモトピー)とそれらの整合性のデータとして与えられる。そのため、通常の圏で「四角形が可換である」と言うところを、∞圏では「四角形とその可換性のデータを与える」と言う。詳しくは 関手(∞圏) と 極限(∞圏) で扱う。
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