正射影と射影行列(orthogonal projection matrix)とは、ベクトル $v$ を部分空間 $W$ の元 $p$ と $W$ に直交する $v-p$ の和に分ける操作(正射影)とその行列である(直線の場合が高校の正射影ベクトル)。$W$ が 1 次独立な列をもつ $A$ の列空間なら $p=Pv$, $P=A(A^{\mathsf T}A)^{-1}A^{\mathsf T}$ で、$p$ は $W$ で $v$ に最も近い点である。$P$ が射影行列であることは $P^2=P$ かつ $P^{\mathsf T}=P$ と同値で、固有値は $0$ と $1$ だけ、トレースは $\dim W$ である。最小二乗法は正射影の計算で、正規方程式 $A^{\mathsf T}A\theta=A^{\mathsf T}y$ に帰着する。
平面ベクトル $a\ne0$ と $b$ があるとき、$b$ の終点から $a$ の向きの直線に下ろした垂線の足を考える。原点を通り $a$ の向きの直線上の点は $ta$($t$ は実数)と書けるので、垂線の足は $(b-ta)\cdot a=0$ となる $ta$ である。$t=\frac{a\cdot b}{|a|^2}$ と求まり、
$$
\frac{a\cdot b}{|a|^2}\,a
$$
を $b$ の $a$ への正射影ベクトルという。たとえば $a=(2,1)$, $b=(3,4)$ なら $a\cdot b=10$, $|a|^2=5$ で、正射影ベクトルは $2a=(4,2)$、残り $b-2a=(-1,2)$ は確かに $a$ と垂直である($(-1)\cdot2+2\cdot1=0$)。
垂線の足は、直線上で $b$ にいちばん近い点でもある。実際、
$$
|b-ta|^2=|a|^2t^2-2(a\cdot b)t+|b|^2=|a|^2\Bigl(t-\frac{a\cdot b}{|a|^2}\Bigr)^2+|b|^2-\frac{(a\cdot b)^2}{|a|^2}
$$
と平方完成すると、最小になるのは $t=\frac{a\cdot b}{|a|^2}$ のときである。「垂直に下ろす」と「最も近い点をとる」は同じ操作である。
同じ考えで、点と直線の距離の公式も出る。点 $P_0(x_0,y_0)$ と直線 $\ell\colon ax+by+c=0$ について、$n=(a,b)$ は $\ell$ に垂直であり、$\ell$ 上の点 $Q$ をとると、$\overrightarrow{QP_0}$ の $n$ への正射影ベクトルの長さが距離になる。$n\cdot\overrightarrow{QP_0}=ax_0+by_0+c$($Q$ が $\ell$ 上にあることを使う)なので
$$
\text{距離}=\frac{|n\cdot\overrightarrow{QP_0}|}{|n|}=\frac{|ax_0+by_0+c|}{\sqrt{a^2+b^2}}
$$
である。たとえば $P_0(3,4)$ と $x+2y-1=0$ の距離は $\frac{|3+8-1|}{\sqrt5}=2\sqrt5$ で、垂線の足は $P_0-\frac{10}{5}(1,2)=(1,0)$ である。
この記事では、正射影を行列で表される操作として見直す。$a$ への正射影は $b\mapsto\frac{aa^{\mathsf T}}{a^{\mathsf T}a}b$ という行列 $P$ の掛け算であり、その行列は $P^2=P$(2 回射影しても 1 回と同じ)と $P^{\mathsf T}=P$(対称)で特徴づけられ、固有値は $0$ と $1$ だけである。さらに、直線だけでなく平面やもっと高い次元の部分空間への正射影を同じ形で扱えるようになり、データに直線を当てはめる最小二乗法が「正射影を 1 回とる」ことに帰着する。
関数を三角関数の向きに正射影して Fourier 係数を得る話は Fourier係数と最良近似 で扱う。
以下、ベクトルは $n$ 個の実数を縦に並べた列ベクトルとし、その全体を $\mathbb{R}^n$ と書く。内積は $u\cdot v:=u^{\mathsf T}v=u_1v_1+\cdots+u_nv_n$、長さは $|u|:=\sqrt{u\cdot u}$ である。$u^{\mathsf T}$ は $u$ の転置(横ベクトル)を表す。行列 $X$ とベクトル $u,v$ について $(Xu)\cdot v=u\cdot(X^{\mathsf T}v)$ が成り立つ(両辺とも $u^{\mathsf T}X^{\mathsf T}v$ に等しい)。
$\mathbb{R}^n$ の空でない部分集合 $W$ が、和と実数倍について閉じている($w,w'\in W$, $c\in\mathbb{R}$ なら $w+w'\in W$, $cw\in W$)とき、$W$ を部分空間という。部分空間 $W$ に対し
$$
W^\perp:=\{x\in\mathbb{R}^n: \text{すべての } w\in W \text{ について } x\cdot w=0\}
$$
を $W$ の直交補空間という。$W^\perp$ も部分空間である。
原点を通る直線や平面は部分空間である。$\mathbb{R}^3$ の平面 $W\colon x-y+z=0$ では、$W^\perp$ は法線ベクトル $(1,-1,1)$ の向きの直線である。
$n\times k$ 行列 $A$ の列ベクトルを $a_1,\dots,a_k$ とすると、$Ax=x_1a_1+\cdots+x_ka_k$ である。$Ax$($x\in\mathbb{R}^k$)の全体を $A$ の列空間といい、$\operatorname{Im}A$ と書く。これは部分空間である。$a_1,\dots,a_k$ が 1 次独立($Ax=0$ なら $x=0$)のとき、$a_1,\dots,a_k$ を $\operatorname{Im}A$ の基底といい、$k$ を $\operatorname{Im}A$ の次元という。線形代数の基本事項として、$\{0\}$ でない $\mathbb{R}^n$ の部分空間はどれも、1 次独立な列をもつある行列 $A$ の列空間として表せ、その列の本数 $k$(次元)は $A$ の選び方によらない。本記事ではこの事実を証明せずに使う。
$W$ を $\mathbb{R}^n$ の部分空間、$v\in\mathbb{R}^n$ とする。
$$
p\in W\quad\text{かつ}\quad v-p\in W^\perp
$$
を満たす $p$ を、$v$ の $W$ への正射影(直交射影)という。
$W$ が直線 $\{ta\}$ なら、条件は「$p=ta$ かつ $(v-ta)\cdot a=0$」であり、高校の正射影ベクトルと一致する。一般の $W$ でも正射影がただ一つ存在することは、次節で証明する。
$n\times k$ 行列 $A$ の列が 1 次独立ならば、$k\times k$ 行列 $A^{\mathsf T}A$ は逆行列をもつ。
$A^{\mathsf T}Ax=0$ とすると $0=x\cdot(A^{\mathsf T}Ax)=(Ax)\cdot(Ax)=|Ax|^2$ なので $Ax=0$、1 次独立性から $x=0$ である。「$Xx=0$ なら $x=0$」を満たす正方行列 $X$ は逆行列をもつ(線形代数の基本事項。証明しない)ので、$A^{\mathsf T}A$ は逆行列をもつ。$\square$
$A$ を 1 次独立な列をもつ $n\times k$ 行列、$W:=\operatorname{Im}A$ とし、
$$
P:=A(A^{\mathsf T}A)^{-1}A^{\mathsf T}
$$
とおく。このとき、すべての $v\in\mathbb{R}^n$ について $Pv$ は $v$ の $W$ への正射影であり、正射影はただ一つである。特に
$(A^{\mathsf T}A)^{-1}$ は lem-opp-gram により存在する。$Pv=A\bigl((A^{\mathsf T}A)^{-1}A^{\mathsf T}v\bigr)$ は $A$ にベクトルを掛けたものなので $W$ に属する。また
$$
A^{\mathsf T}(v-Pv)=A^{\mathsf T}v-(A^{\mathsf T}A)(A^{\mathsf T}A)^{-1}A^{\mathsf T}v=0
$$
なので、$v-Pv$ は $A$ のすべての列と直交し、したがって列の 1 次結合であるすべての $w=Ax\in W$ とも直交する($(v-Pv)\cdot Ax=A^{\mathsf T}(v-Pv)\cdot x=0$)。よって $Pv$ は正射影である。
3:$x\in W\cap W^\perp$ なら $x$ は自分自身と直交するので $|x|^2=x\cdot x=0$、$x=0$ である。
一意性:$p,p'$ がともに正射影なら、$p-p'\in W$ であり、$p-p'=(v-p')-(v-p)\in W^\perp$ でもある($W^\perp$ は部分空間)。3 により $p=p'$ である。
1 は一意性から従う:別の基底から作った行列 $P'$ についても $P'v$ は正射影なので $P'v=Pv$ である。2:$w=Pv$, $w'=v-Pv$ とすれば分解が得られ、$v=w+w'$($w\in W$, $w'\in W^\perp$)ならば $w$ は正射影なので一意性から $w=Pv$ である。$\square$
上の証明のうち一意性と 3 の部分は、$W$ が $\operatorname{Im}A$ の形であることを使っておらず、どの部分空間 $W$ についても正射影は(あれば)ただ一つである。$W=\{0\}$ のときは、$\{0\}^\perp=\mathbb{R}^n$ なので、どの $v$ についても正射影は $0$ である。そこで、射影行列を次のように一本の定義にまとめておく。
$W$ を $\mathbb{R}^n$ の部分空間とする。$n$ 次正方行列 $P$ が $W$ への射影行列であるとは、すべての $v\in\mathbb{R}^n$ について $Pv$ が $v$ の $W$ への正射影であること、つまり $Pv\in W$ かつ $v-Pv\in W^\perp$ であることをいう。
正射影の一意性から、$W$ への射影行列は(あれば)ただ一つである。$W\ne\{0\}$ なら $W$ は 1 次独立な列をもつ行列 $A$ の列空間として表せるので、thm-opp-decomposition の $P=A(A^{\mathsf T}A)^{-1}A^{\mathsf T}$ が $W$ への射影行列である。$W=\{0\}$ への射影行列は零行列 $O$ である。次の thm-opp-best-approximation と thm-opp-characterization は、$W=\{0\}$($P=O$)の場合も含めて成り立つ。
$k=1$、$A=a$(0 でない列ベクトル 1 本)のとき $A^{\mathsf T}A=a\cdot a=|a|^2$ は数なので
$$
P=\frac{aa^{\mathsf T}}{|a|^2},\qquad Pv=\frac{a(a^{\mathsf T}v)}{|a|^2}=\frac{a\cdot v}{|a|^2}\,a
$$
となり、高校の正射影ベクトルの公式に戻る。$a=(2,1)$ なら $P=\frac15\begin{pmatrix}4&2\\2&1\end{pmatrix}$ で、$P\begin{pmatrix}3\\4\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}4\\2\end{pmatrix}$ である。
$W$ を部分空間、$P$ を $W$ への射影行列とする。すべての $v\in\mathbb{R}^n$ と $w\in W$ について
$$
|v-w|^2=|v-Pv|^2+|Pv-w|^2\ \ge\ |v-Pv|^2
$$
であり、等号は $w=Pv$ のときに限る。つまり $Pv$ は $W$ の中で $v$ に最も近いただ一つの点である。
$v-w=(v-Pv)+(Pv-w)$ と分けると、$v-Pv\in W^\perp$ であり、$Pv-w\in W$ なので 2 つは直交する。展開すると交差項 $2(v-Pv)\cdot(Pv-w)$ が $0$ になり、等式を得る。等号は $|Pv-w|^2=0$、つまり $w=Pv$ のときに限る。$\square$
冒頭の平方完成は、この定理の $W$ が直線の場合を計算で確かめたものだった。定理の証明は成分も次元も使わず、「垂直な 2 つのベクトルについてのピタゴラスの定理」だけで済んでいる。
$n$ 次正方行列 $P$ について、次は同値である。
1 ⇒ 2:$w\in W$ なら $w-w=0\in W^\perp$ なので $w$ 自身が $w$ の正射影であり、一意性から $Pw=w$ である。$Pv\in W$ なので $P(Pv)=Pv$、すなわち $P^2=P$ である。次に、すべての $u,v$ について、$Pu\in W$ と $v-Pv\in W^\perp$ から
$$
(Pu)\cdot v=(Pu)\cdot Pv+(Pu)\cdot(v-Pv)=(Pu)\cdot(Pv)
$$
である。右辺は $u,v$ について対称なので $(Pu)\cdot v=(Pv)\cdot u=u\cdot(Pv)$ であり、左辺は $u\cdot(P^{\mathsf T}v)$ に等しい。$u,v$ に基本ベクトルを入れると $P^{\mathsf T}$ と $P$ の成分がすべて等しいことがわかり、$P^{\mathsf T}=P$ である。
2 ⇒ 1:$W:=\operatorname{Im}P=\{Pu:u\in\mathbb{R}^n\}$ とおくと、これは部分空間で $Pv\in W$ である。$w=Pu\in W$ について
$$
(v-Pv)\cdot Pu=P^{\mathsf T}(v-Pv)\cdot u=(Pv-P^2v)\cdot u=0
$$
なので $v-Pv\in W^\perp$ である。
最後に、$v=Pu\in\operatorname{Im}P$ なら $Pv=P^2u=Pu=v$、逆に $Pv=v$ なら $v\in\operatorname{Im}P$ である。よって $\operatorname{Im}P=\{v:Pv=v\}$ である。さらに、1 の $W$ については、すべての $v$ について $Pv\in W$ であることから $\operatorname{Im}P\subset W$、1 ⇒ 2 で見たとおり $w\in W$ なら $Pw=w$ であることから $W\subset\operatorname{Im}P$ なので、$W=\operatorname{Im}P$ である(2 ⇒ 1 の $W$ は初めから $\operatorname{Im}P$ である)。$\square$
$P^2=P$ は「一度射影した点をもう一度射影しても動かない」こと、$P^{\mathsf T}=P$ は「射影する向きが $W$ に垂直である」ことを表す。後者が欠けると、斜めに影を落とす射影になる(ex-opp-oblique)。
行列 $X$ の $(i,j)$ 成分を $x_{ij}$ と書く。正方行列 $X$ の対角成分の和 $x_{11}+x_{22}+\cdots$ を $X$ のトレースといい、$\operatorname{tr}X$ と書く。$X$ が $n\times k$ 行列、$Y$ が $k\times n$ 行列なら、$XY$ は $n$ 次、$YX$ は $k$ 次の正方行列で
$$
\operatorname{tr}(XY)=\sum_{i=1}^{n}\sum_{j=1}^{k}x_{ij}y_{ji}=\sum_{j=1}^{k}\sum_{i=1}^{n}y_{ji}x_{ij}=\operatorname{tr}(YX)
$$
が成り立つ(和の順序を入れ替えただけである)。
$P$ を $k$ 次元の部分空間 $W$ への射影行列とする($0< k< n$)。
1:$Pv=\lambda v$($v\ne0$)なら $\lambda v=Pv=P^2v=\lambda^2v$ なので $\lambda^2=\lambda$、$\lambda\in\{0,1\}$ である。thm-opp-characterization により $Pv=v\iff v\in W$ である。また $Pv=0$ なら $v=Pv+(v-Pv)=v-Pv\in W^\perp$、逆に $v\in W^\perp$ なら $v=0+v$ が直交分解なので $Pv=0$ である。$W\ne\{0\}$, $W^\perp\ne\{0\}$(次の 2 で $\dim W^\perp=n-k>0$)なので、両方の固有値が実際に現れる。
2:$W^\perp\ne\{0\}$ なら基底 $b_1,\dots,b_m$ をとる。thm-opp-decomposition の 2 により、どの $v$ も $W$ の元と $W^\perp$ の元の和なので、$a_i,b_j$ の 1 次結合で書ける。また $\sum x_ia_i+\sum y_jb_j=0$ なら $\sum x_ia_i=-\sum y_jb_j\in W\cap W^\perp=\{0\}$ で、各基底の 1 次独立性からすべての係数が $0$ になる。よって $a_1,\dots,b_m$ は $\mathbb{R}^n$ の基底であり、$\mathbb{R}^n$ の基底の本数は $n$ なので $k+m=n$ である($m=0$ なら $\mathbb{R}^n=W$ となり $k< n$ に反するので $W^\perp\ne\{0\}$)。$Q$ の列は 1 次独立なので $Q$ は逆行列をもつ。1 より $PQ=(a_1\ \cdots\ a_k\ 0\ \cdots\ 0)=Q\begin{pmatrix}I_k&O\\O&O\end{pmatrix}$ である。
3:節の初めに示した $\operatorname{tr}(XY)=\operatorname{tr}(YX)$ により $\operatorname{tr}P=\operatorname{tr}\bigl(Q\begin{pmatrix}I_k&O\\O&O\end{pmatrix}Q^{-1}\bigr)=\operatorname{tr}\begin{pmatrix}I_k&O\\O&O\end{pmatrix}=k$ である。$P=A(A^{\mathsf T}A)^{-1}A^{\mathsf T}$ の形からも $\operatorname{tr}P=\operatorname{tr}\bigl((A^{\mathsf T}A)^{-1}A^{\mathsf T}A\bigr)=\operatorname{tr}I_k=k$ とわかる。
4:$I-P$ は対称で、$(I-P)^2=I-2P+P^2=I-P$ なので thm-opp-characterization により射影行列であり、像は $\{v-Pv\}=W^\perp$ である($v\in W^\perp$ なら $v-Pv=v$)。$2P-I$ は $v=w+w'$(直交分解)を $w-w'$ に移すので、$W$ に関する折り返しである。$(2P-I)^2=4P^2-4P+I=I$ である。$\square$
固有値の和がトレースになることは トレースと固有値 で扱う。
| 高校の計算 | 部分空間 $W$ | 使う結果 |
|---|---|---|
| 正射影ベクトル $\frac{a\cdot b}{a\cdot a}a$ | 直線 $\{ta\}$ | thm-opp-decomposition($k=1$) |
| 垂線の足は最も近い点 | 直線 | thm-opp-best-approximation |
| 点と直線・平面の距離 | 法線の向きの直線 $W^\perp$ | thm-opp-decomposition の直交分解 |
| 直線に関する対称な点 | 直線 | thm-opp-eigen の 4($2P-I$) |
点と直線・平面の距離。 冒頭の距離の公式は、$\overrightarrow{QP_0}$ を「直線の向き $W$」と「法線の向き $W^\perp$」に直交分解し、$W^\perp$ 成分の長さを測ったものである。$\mathbb{R}^3$ の点 $(x_0,y_0,z_0)$ と平面 $ax+by+cz+d=0$ の距離 $\frac{|ax_0+by_0+cz_0+d|}{\sqrt{a^2+b^2+c^2}}$ も、法線 $(a,b,c)$ への正射影として同じ形で出る。
対称な点。 原点を通り $a=(2,1)$ の向きの直線に関して点 $(3,4)$ と対称な点は、$2P-I=\frac15\begin{pmatrix}3&4\\4&-3\end{pmatrix}$ を掛けて $(5,0)$ である。「垂線の足を中点とする点」という高校の求め方は、$v$ と $(2P-I)v$ の中点が $Pv$ であることにほかならない。
$\mathbb{R}^3$ の平面 $W\colon x-y+z=0$ は、$A=\begin{pmatrix}1&0\\1&1\\0&1\end{pmatrix}$ の列空間である(列 $(1,1,0)$, $(0,1,1)$ は $W$ に属し 1 次独立)。$A^{\mathsf T}A=\begin{pmatrix}2&1\\1&2\end{pmatrix}$ から
$$
P=A(A^{\mathsf T}A)^{-1}A^{\mathsf T}=\frac13\begin{pmatrix}2&1&-1\\1&2&1\\-1&1&2\end{pmatrix}
$$
を得る。これは法線 $n=(1,-1,1)$ を使った $I-\frac{nn^{\mathsf T}}{|n|^2}$($W^\perp$ への射影を引いたもの)と一致する。$P$ は対称で $P^2=P$、固有値は $1,1,0$、トレースは $\frac{2+2+2}3=2=\dim W$ である。たとえば $e_1=(1,0,0)$ の正射影は $\frac13(2,1,-1)$ である。
$Q=\begin{pmatrix}1&1\\0&0\end{pmatrix}$ は $Q^2=Q$ を満たし、固有値も $0,1$ であるが、$Q^{\mathsf T}\ne Q$ である。$Q\begin{pmatrix}x\\y\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}x+y\\0\end{pmatrix}$ は $x$ 軸への「斜め」の射影で、$(1,-1)$ の向きに沿って点を $x$ 軸に落とす。$v=(0,1)$ では $Qv=(1,0)$、$|v-Qv|=\sqrt2$ だが、$x$ 軸上の $(0,0)$ は $v$ から距離 $1$ にある。この例は $P^2=P$ を満たすが対称性を満たさず、「$P^2=P$ ならば $Pv$ は像の中で $v$ に最も近い」という含意を破る。thm-opp-characterization の条件 $P^{\mathsf T}=P$ は外せない。
$X=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}$ は対称だが $X^2=I\ne X$ で、固有値 $-1$ をもつ。$X$ は直線 $y=x$ に関する折り返しであり、射影ではない($X=2P-I$、$P$ は直線 $y=x$ への射影行列)。この例は対称性を満たすが冪等性を満たさず、thm-opp-characterization の条件 $P^2=P$ も外せないことを示す。
$P_1=\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix}$($x$ 軸への射影)と $P_2=\frac12\begin{pmatrix}1&1\\1&1\end{pmatrix}$(直線 $y=x$ への射影)はどちらも射影行列だが、積 $P_2P_1=\frac12\begin{pmatrix}1&0\\1&0\end{pmatrix}$ は $(P_2P_1)^2=\frac14\begin{pmatrix}1&0\\1&0\end{pmatrix}\ne P_2P_1$ であり、固有値 $\frac12$ をもつ。射影行列全体は積について閉じていない。$\frac12=\cos^245^\circ$ は 2 直線のなす角から来ている。一般に、なす角 $\varphi$ の 2 直線 $\ell_1,\ell_2$ について、$\ell_1$ 上のベクトルを $\ell_2$ に正射影すると長さは $|\cos\varphi|$ 倍になるので、$\ell_1$ 上のベクトルを $\ell_2$ に、さらに $\ell_1$ に射影すると $\cos^2\varphi$ 倍になる。
データの平均値がずれの 2 乗の和を最小にすることは定数ベクトルへの正射影に当たり、平均値と二乗誤差 で扱う。
4 点 $(0,1),(1,3),(2,4),(3,4)$ の近くを通る直線 $y=\alpha+\beta x$ を求めたい。4 点すべてを通るには
$$
\alpha+0\beta=1,\quad \alpha+1\beta=3,\quad \alpha+2\beta=4,\quad \alpha+3\beta=4
$$
がすべて成り立つ必要があるが、これは解をもたない(最初の 2 式から $\alpha=1,\beta=2$ で、3 式目が $5\ne4$)。行列で書けば $A\theta=y$、
$$
A=\begin{pmatrix}1&0\\1&1\\1&2\\1&3\end{pmatrix},\qquad\theta=\begin{pmatrix}\alpha\\\beta\end{pmatrix},\qquad y=\begin{pmatrix}1\\3\\4\\4\end{pmatrix}
$$
であり、$y$ が $A$ の列空間 $W=\operatorname{Im}A$($\mathbb{R}^4$ の中の 2 次元の部分空間)に入っていないことが、解がない理由である。そこで、誤差の 2 乗和
$$
\sum_{i}\bigl(y_i-(\alpha+\beta x_i)\bigr)^2=|y-A\theta|^2
$$
を最小にする $\theta$ を探す。これが最小二乗法である。$A\theta$ は $W$ の点を動くので、thm-opp-best-approximation により、最小値をとるのは $A\theta=Py$($y$ の $W$ への正射影)のときである。
$A$ を 1 次独立な列をもつ $n\times k$ 行列、$y\in\mathbb{R}^n$ とする。$|y-A\theta|^2$ を最小にする $\theta\in\mathbb{R}^k$ はただ一つ存在し、それは正規方程式
$$
A^{\mathsf T}A\,\theta=A^{\mathsf T}y
$$
のただ一つの解 $\hat\theta=(A^{\mathsf T}A)^{-1}A^{\mathsf T}y$ である。このとき $A\hat\theta=Py$($P$ は $\operatorname{Im}A$ への射影行列)であり、残差 $y-A\hat\theta$ は $A$ のすべての列と直交する。
thm-opp-best-approximation により、$|y-A\theta|^2$ が最小になるのは $A\theta=Py$ のとき、かつそのときに限る。$Py=A(A^{\mathsf T}A)^{-1}A^{\mathsf T}y=A\hat\theta$ なので $\theta=\hat\theta$ はこれを満たす。$A$ の列は 1 次独立なので $A\theta=A\hat\theta$ なら $\theta=\hat\theta$ であり、最小にする $\theta$ はただ一つである。$\hat\theta$ は正規方程式を満たし、lem-opp-gram により正規方程式の解は $\hat\theta$ だけである。残差の直交性は thm-opp-decomposition の証明の $A^{\mathsf T}(y-Py)=0$ である。$\square$
上の 4 点では $A^{\mathsf T}A=\begin{pmatrix}4&6\\6&14\end{pmatrix}$, $A^{\mathsf T}y=\begin{pmatrix}12\\23\end{pmatrix}$ で、正規方程式 $4\alpha+6\beta=12$, $6\alpha+14\beta=23$ を解くと $\alpha=\frac32$, $\beta=1$、つまり直線 $y=\frac32+x$ を得る。残差 $y-A\hat\theta=\bigl(-\frac12,\frac12,\frac12,-\frac12\bigr)$ の 2 乗和は $1$ であり、たとえば直線 $y=1+\frac65x$ や $y=2+\frac45x$ の 2 乗和 $\frac{34}{25}$ より小さい。
残差が $A$ の 2 つの列 $(1,1,1,1)$ と $(0,1,2,3)$ に直交することは、
$$
\sum_i r_i=0,\qquad\sum_i x_ir_i=0\qquad(r_i:=y_i-\alpha-\beta x_i)
$$
を意味する。1 つ目から、当てはめた直線は平均の点 $(\bar x,\bar y)=\bigl(\frac32,3\bigr)$ を通る。2 つ目と合わせると、傾きは
$$
\beta=\frac{\sum_i(x_i-\bar x)(y_i-\bar y)}{\sum_i(x_i-\bar x)^2}=\frac55=1
$$
という、統計で習う回帰直線の公式(共分散÷分散)になる。回帰直線の公式は、正射影の条件「残差が列空間に直交する」を成分で書いたものである。
射影行列 $H:=A(A^{\mathsf T}A)^{-1}A^{\mathsf T}$(統計では当てはめ値 $Hy$ を与えるので「ハット行列」と呼ばれる)は $4\times4$ の対称行列で $H^2=H$、thm-opp-eigen の 3 により $\operatorname{tr}H=2$ はパラメータの個数 $\alpha,\beta$ に等しい。
データの $x$ 座標がすべて等しい(たとえば 3 点 $(2,1),(2,3),(2,5)$)と、$A=\begin{pmatrix}1&2\\1&2\\1&2\end{pmatrix}$ の 2 列は比例し、$\det(A^{\mathsf T}A)=0$ で逆行列がない。正射影 $Py=(3,3,3)$ は一つに定まるが、$\alpha+2\beta=3$ を満たす $(\alpha,\beta)$ はすべて最小値を与え、最小二乗解は一意でない。thm-opp-least-squares の「列が 1 次独立」という仮定を外すと、一意性の結論が破れる。図形的には、縦に並んだ点に「傾き」を決める情報がないということである。
国際数学オリンピック(1988 年、キャンベラ)第 1 問を、公式の英文問題(Oly88)から訳して引用する。
同じ平面上に、半径 $R$, $r$($R>r$)で中心が同じ 2 つの円がある。$P$ を小さい円上の定点、$B$ を大きい円上の動点とする。直線 $BP$ は大きい円と再び $C$ で交わる。$P$ で $BP$ に垂直な直線 $l$ は、小さい円と再び $A$ で交わる($l$ が $P$ で円に接するときは $A=P$ とする)。
(i) $BC^2+CA^2+AB^2$ のとりうる値の集合を求めよ。
(ii) 線分 $BC$ の中点の軌跡を求めよ。
答は (i) $\{6R^2+2r^2\}$($B$ によらず一定)、(ii) 線分 $OP$ を直径とする円($O$ は共通の中心)である。
$O$ を原点とし、点をその位置ベクトルと同じ文字で表す。$M$ を $BC$ の中点、$N$ を $AP$ の中点とする。
$A+B+C=P$ を示す。 円の中心から弦に下ろした垂線の足は弦の中点なので、$M$ は $O$ から直線 $BC$ に下ろした垂線の足、$N$ は $O$ から直線 $l$ に下ろした垂線の足である($A=P$ のときは $l$ は $OP$ に垂直なので、足は $N=P$ で、これも成り立つ)。直線 $BC$ と $l$ は $P$ で垂直に交わるので、四角形 $OMPN$ は $M,P,N$ で直角をもち、長方形(つぶれる場合を含む)である。長方形の対角線は互いの中点で交わるので $M+N=O+P=P$ である。$B+C=2M$, $A+P=2N$ だから
$$
A+B+C=2M+(2N-P)=2(M+N)-P=P.
$$
(i) ベクトル $X,Y,Z$ について、展開すると
$$
|X-Y|^2+|Y-Z|^2+|Z-X|^2=3\bigl(|X|^2+|Y|^2+|Z|^2\bigr)-|X+Y+Z|^2
$$
が成り立つ(両辺とも $2\sum|X|^2-2(X\cdot Y+Y\cdot Z+Z\cdot X)$ に等しい)。$|A|=|P|=r$, $|B|=|C|=R$, $A+B+C=P$ を代入すると、$BC^2+CA^2+AB^2=3(r^2+2R^2)-r^2=6R^2+2r^2$ である。
(ii) $M$ は $O$ から直線 $BP$ への垂線の足なので、$M\ne O,P$ なら $\angle OMP=90^\circ$ であり、$M$ は $OP$ を直径とする円の上にある($M=O$, $M=P$ もこの円の上にある)。逆に、この円上の点 $X$ をとり、$X\ne P$ なら直線 $PX$ を、$X=P$ なら $P$ で $OP$ に垂直な直線を引く。この直線が大きい円と交わる点の一方を $B$ とすれば、$O$ からこの直線への垂線の足は $X$ なので、$BC$ の中点は $X$ である。よって軌跡は円全体である。
直線 $BC$ の向きの単位ベクトルを $u$、それに垂直な単位ベクトルを $v$ とする。$\mathbb{R}^2$ は直線 $\{tu\}$ と直線 $\{tv\}$ に直交分解され、それぞれへの射影行列は $uu^{\mathsf T}$, $vv^{\mathsf T}$、その和は $I$ である(thm-opp-eigen の 4 で $P=uu^{\mathsf T}$ とすれば $I-uu^{\mathsf T}=vv^{\mathsf T}$)。
Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する