無限小(infinitesimal)とは、実数を含む順序体では、絶対値がすべての正の実数より小さい元をいう。実数ではゼロだけがこの条件を満たすが、超準解析などでは非零の無限小を扱い、二重数やスキームでは冪零元によって一次の変化を記録する。順序体の非零の無限小は割ることができるが、冪零の無限小は割れず、通常の実解析では微小な変化を実数の極限で表す。
「数と数の間をいくらでも刻めるのに、どうして実数には無限小がないのだろう?」この疑問には、小さい数をそのつど選べることと、一つの数がすべての基準より小さいことは違う、という区別が役に立つ。
結論から言うと、実数にはゼロではない無限小はない。しかし、実数を含む別の体系には正の無限小を置ける。また、二乗がゼロになる量で一次の変化を記録する方法もある。無限小という概念は、現在の数学でも複数の形で使われている。
前半では、実数についての疑問と、通常の解析が極限を使う理由を説明する。後半では同じ関数 $x^2$ を使って、超準解析と二重数の計算を比べ、スキームや自動微分などの使い道を見る。発展部分の詳しい定義は折りたたみの中で読める。
「非常に小さい」と「無限小」は区別する必要がある。たとえば $10^{-100}$ は日常の尺度では非常に小さいが、$10^{-101}$ より大きい。小数点以下にゼロをいくら並べても、正の実数である限り、その半分はさらに小さい正の実数になる。桁数や測定の精度だけでは、無限小かどうかは決まらない。
まず、「すべての正の実数より小さい」という意味を正確にしておこう。順序体とは、ゼロ以外の元で割ることができる体に、加法・乗法と両立する大小関係を入れたものである。実数も順序体であり、ここでは実数をそのまま含む順序体 $F$ を考える。つまり、実数同士の演算や大小関係は $F$ の中でも同じである。
実数体 $\mathbb R$ を部分順序体として含む順序体 $F$ において、$u\in F$ が
$$
|u|< r\qquad\text{すべての実数 }r>0\text{ に対して}
$$
を満たすとき、$u$ を 実数に対する無限小という。ここで $|u|$ は、$u\ge0$ なら $u$、$u<0$ なら $-u$ である。さらに $u>0$ なら正の無限小という。
この定義では $0$ も無限小である。「無限小は存在しない」という略した言い方が意味するのは、多くの場合「ゼロではない無限小は実数には存在しない」である。無限小の定義と、ゼロではない無限小の存在を分けておくと、言葉による混乱を避けられる。この定義は Kei22 §1A, Definition 1.1(p. 2)と同じである。
任意の正の実数 $r$ に対して、$r/2$ は正であり、$r$ より小さい。この操作は何度でも続けられる。$r/2,r/4,r/8,\ldots$ と作れば、どの項のあとにもさらに小さい正の項がある。
ただし、この事実から「すべての正の実数より小さい、一つの正の実数」が得られるわけではない。ここで選ぶ小さい数は、最初に与えられた $r$ に応じて変わる。比較の基準を変えれば、選ぶ数も変わってよいという話なのである。
次の二つの文章を比べると、違いが明確になる。
$$
\text{どの }r>0\text{ に対しても、ある }s>0\text{ があって }s< r.
$$
$$
\text{ある一つの }s>0\text{ があって、どの }r>0\text{ に対しても }s< r.
$$
一つ目では、基準 $r$ を見てから $s$ を選ぶ。二つ目では、先に一つの $s$ を決め、その同じ $s$ をすべての基準と比較する。「任意の」と「存在する」の順番が入れ替わるだけで、要求していることが変わる。
基準が $r=1$ なら $s=1/2$、$r=1/100$ なら $s=1/200$ と選べる。しかし $s=1/200$ を固定してしまうと、基準を $r=1/1000$ にしたとき $s< r$ は成立しない。さらに小さい基準に答えるには、別の $s$ を選び直す必要がある。
この区別は、無限小だけに特有ではない。たとえば「どの自然数にも、それより大きい自然数がある」と「すべての自然数より大きい自然数が一つある」は別の主張である。前者から後者へ進むには、自然数の範囲を広げるなど、何か別の構成が必要になる。
無限小を考えるときも、単に小さい数を何度も選ぶことと、拡張した体系に一つの無限小を置くことの間には、数学的な構成の違いがある。
解析の教科書には、非負の実数 $a$ がすべての正の実数 $\varepsilon$ より小さければ $a=0$、という命題が現れる。これは、どの範囲の数について述べているかを確認する練習になる。
順序体 $F$ の元 $a\ge0$ が、すべての $\varepsilon\in F$、$\varepsilon>0$ に対して $a<\varepsilon$ を満たすならば、$a=0$ である。
$a>0$ と仮定する。順序体なので $\varepsilon=a/2$ は $F$ の正の元である。仮定から $a< a/2$ となるが、$a>0$ なら $a/2< a$ であり、矛盾する。したがって $a>0$ ではなく、$a\ge0$ と合わせて $a=0$ である。$\square$
この証明に、実数の完備性やアルキメデス性は必要ない。必要なのは、$a/2$ を作れることと、それを比較相手の $\varepsilon$ として使えることである。したがって、無限小を含む順序体であっても、その体の正の元すべてより小さい正の元は存在しない。
一方、$F$ の元 $a$ を、正の実数だけと比較する場合は話が変わる。$a/2$ は $F$ の元ではあっても、実数とは限らない。そのため、「実数の $\varepsilon$ を任意に動かす」という条件へ $a/2$ を代入できないことがある。
$$
a\in F,\qquad 0< a<\varepsilon\quad(\varepsilon\in\mathbb R,\ \varepsilon>0)
$$
は、まさに正の無限小の条件である。先ほどの命題では $\varepsilon$ が $F$ 全体を動き、こちらでは $\mathbb R$ の中だけを動く。式の形が似ていても、比較する範囲が異なるので矛盾はない。
正の無限小は「最小の正数」ではない。$u$ が正の無限小なら $u/2$ はさらに小さい正の無限小になる。
実数を含む順序体 $F$ に正の無限小が存在するなら、その全体には最小の元が存在しない。
任意の正の無限小 $u$ をとる。$0< u/2< u$ である。また、任意の正の実数 $r$ に対し $u< r$ なので $u/2< r$ である。従って $u/2$ も正の無限小である。どの正の無限小を選んでも、それより小さい正の無限小があるため、最小の元はない。$\square$
無限小を数の体系に加えたあとも、数と数の間に別の数を作れる。この意味で、無限小を加えることは「刻めなくなる最後の一粒」を加えることではない。
順序体 $F$ が アルキメデス的であるとは、どの $x\in F$ に対しても、$x< n$ となる通常の自然数 $n$ があることをいう。自然数は $1$ を繰り返し足した元として $F$ の中に入っている。小さい元についての言い換えは、どの $x>0$ に対しても $1/n< x$ となる正の自然数 $n$ がある、というものである。
これは「どんな正の数よりも小さいならゼロ」という先ほどの命題とは、比較の対象が異なる。先ほどは同じ体の正の元すべてを比較相手にした。アルキメデス性では、通常の自然数から作った $1,1/2,1/3,\ldots$ が、小さい元をどこまで捉えられるかを問う。
実数はアルキメデス的であり、その証明は 実数 の定理「Archimedes性」にある。一般の順序体についての同値条件は 順序体 の命題「Archimedes 性の言い換え」で扱われている。
実数を含む順序体 $F$ では、すべての $1/n$($n\ge1$ は通常の自然数)より小さい正の元があれば、それは実数に対する正の無限小になる。実際、任意の正の実数 $r$ に対し、実数のアルキメデス性から $1/n< r$ となる $n$ があり、その元 $u$ は $u<1/n< r$ を満たす。逆に、すべての正の実数より小さい元は、実数である $1/n$ よりも小さい。
従って、無限小を含む拡張順序体では、通常の自然数だけではその体の大きい元をすべて上から押さえられない。正の無限小 $u$ の逆数を取ると、$u<1/n$ から $1/u>n$ がすべての正の自然数について成立する。このように、小さい側の無限小と大きい側の無限大は、逆数によって結びついている。
ここでの「無限大」は、その拡張した体の元であり、すべての元より大きい最大元ではない。$1/u$ があれば $1/u+1$ もあり、後者の方が大きい。最大の数を作ることと、通常の自然数では押さえられない数を扱うことも、別の問題である。
「数直線には隙間がない」と聞くと、「実数以外の数を入れる余地はない」と感じるかもしれない。しかし、「隙間がない」という言葉には、少なくとも二つの数学的な意味がある。
一つは 稠密性である。二数 $a< b$ の間に別の数がある、という意味なら、任意の順序体で $(a+b)/2$ を使える。有理数でも、無限小を含む順序体でも、この性質は成立する。さらに、有理数が実数の中で稠密であるとは、任意の二実数の間に有理数があることをいう。
もう一つは 完備性である。ここでは、実数の上限性質、すなわち空でなく上に有界な実数の集合が、実数の最小上界をもつことを意味する。有理数の間にも有理数はあるが、平方が $2$ より小さい非負の有理数の集合は、有理数の中には上限をもたない。その上限を実数でとると $\sqrt2$ になる。この例は 実数 の例「有理数の切れ目」で扱われている。
稠密性は「二数の間に数がある」という条件で、完備性は「集合に必要な境界がある」という条件である。二数の間を何度でも刻めることだけでは、集合の上限の存在は保証されない。
そして、実数の完備性は、実数を含む別の数体系を作れないという意味でもない。実数を $F$ の中に入れた場合、実数の集合について実数の中で上限をとることと、$F$ のすべての部分集合について $F$ の中で上限をとることは、別の要求である。上界を探す範囲まで広げたら、実数の中での最小上界が、広げた範囲でも最小とは限らない。
実数の集合 $A=\{x\in\mathbb R\mid x<1\}$ は、実数の中では上限 $1$ をもつ。一方、$F$ に正の無限小 $u$ があるなら、$1-u$ も $F$ の中で $A$ の上界である。実際、$x\in A$ なら $1-x$ は正の実数なので、$u<1-x$、従って $x<1-u$ である。$1-u<1$ なので、$1$ は $F$ の中では $A$ の最小上界ではない。
これは実数の上限性質への反例ではない。実数の上限性質は、実数の上界の中で最小のものを求めているからである。$1-u$ は実数ではない。数を拡張するときには、元だけでなく、主張の量化範囲も確かめる必要がある。
「もっと隙間を埋めれば無限小が現れる」という想像は、考えるきっかけにはなるが、拡張の正確な説明にはならない。無限小を含む体系では、実数の演算と順序を保ちながら、新しい元を加える。その代わり、実数体と同じ上限性質を体系全体に要求することはできない。
通常の実解析では、無限小を固定した正の実数として置く代わりに、変化する実数が任意の精度に入ることを述べる。たとえば数列 $a_n=1/(n+1)$ は $0$ に収束する。その意味は、どの正の実数 $\varepsilon$ に対しても、十分大きい通常の自然数 $n$ について $a_n<\varepsilon$ になる、ということである。
$$
\forall\varepsilon\in\mathbb R_{>0}\ \exists N\in\mathbb N\
\forall n\in\mathbb N\quad
n\ge N\Longrightarrow |a_n|<\varepsilon.
$$
ここで $\mathbb N$ は $0$ を含む自然数全体であり、$\mathbb R_{>0}$ は正の実数全体である。$N$ は、要求された精度 $\varepsilon$ に応じて選んでよい。すべての $\varepsilon$ に一度に答える一つの項を選んでいるのではない。各項 $a_n$ は正の実数で、無限小ではなく、極限の $0$ は正の数ではない。
「永遠に小さくしていくのだから、最後にゼロではない無限小へ着くのでは」という疑問では、数列に最後の項を想定していないかを確かめるとよい。通常の自然数で添字を付けた数列には、最大の添字はない。極限は最後の項の名前ではなく、数列と値の間の関係である。
関数についても同じ考え方を用いる。実数上の関数 $f$ が点 $c$ に近づくとき実数 $L$ に近づくとは、任意の出力誤差 $\varepsilon>0$ に対して、入力を十分近くする幅 $\delta>0$ を選べることをいう。$c$ は定義域から $c$ 自身を除いた集合の集積点とする。つまり、$c$ のどんな小さい近傍にも、定義域の $c$ 以外の点がある。
$$
\forall\varepsilon>0\ \exists\delta>0\ \forall x\in D\quad
0<|x-c|<\delta\Longrightarrow |f(x)-L|<\varepsilon.
$$
この式では $\varepsilon,\delta,x,c,L$ は実数である。入力をどの程度近くするかは、出力に要求した精度に応じて決める。「近づく」という直観を、実数の範囲でこのように表すのが 極限とε-δ の方法である。
$f(x)=x^2$ について、実数 $h\ne0$ なら
$$
\frac{(x+h)^2-x^2}{h}=2x+h.
$$
差商と $2x$ の誤差は $|h|$ である。任意の実数 $\varepsilon>0$ に対して $\delta=\varepsilon$ と選べば、$0<|h|<\delta$ のときその誤差は $\varepsilon$ より小さい。従って差商は $h\to0$ のとき $2x$ に収束する。
この計算では、$h$ を最初からゼロにしたわけでも、$h$ が小さいという理由で等式から消したわけでもない。$h\ne0$ の間に除法を行い、最後に誤差が任意に小さくできることを示している。「無限小を使わない」とは、小さな変化への関心を捨てることではなく、その関心を実数の極限として定式化することである。
実数以外の体系なら無限小を使えるのに、なぜ解析の教科書は実数を使うのだろうか。この問いでは、数学的に両立しない条件と、解析をどの体系で定式化するかという選択を分けるとよい。
まず、実数体を完備順序体として扱う限り、その元として非零の無限小を入れることはできない。上に有界な空でない集合が上限をもつという完備性から、アルキメデス性が導かれる。従って、すべての正の実数より小さい非負の実数はゼロになる。これは、実数の公理に加えて「無限小を禁止する規則」を別に置いたからではなく、その性質からの帰結である。
冪零元とは、何乗かするとゼロになる元である。さらに、非零の冪零元は、完備性とは無関係に体には存在できない。体で $z^m=0$($m\ge1$)かつ $z\ne0$ なら、逆元を掛けて $1=0$ となってしまう。従って、後で紹介する二重数やスキーム論のように、冪零の無限小を入れるには、体から環へと演算の条件を変える必要がある。順序による無限小と、冪零の無限小で、実数体に入らない理由が異なるのである。
一方、実数のままでも、極限によって任意に小さい誤差を扱い、微積分を構成できる。実数の完備性を利用して極限や積分の存在を証明し、$\varepsilon$-$\delta$ の条件で精度を記述できる。その定式化では、微分の値を得るために、別の数の体系を毎回導入する必要がない。無限小を使わない方法には、このように実数の理論の中で解析を展開できるという理由がある。
無限小を含む拡張順序体を選ぶ場合には、拡張した体のすべての部分集合についての上限性質を、実数と同じ形では要求できない。実数が実数の範囲で完備であることは保たれるが、拡張全体が完備順序体になるわけではない。超準解析では、移行原理や標準部分などを使い、この違いを管理して通常の解析と対応づける。冪零元を選ぶ場合には、その元で割れないことを受け入れ、係数などに変化を記録する。後半でこの違いを計算してみよう。
通常の実解析が教科書の基礎として広く使われるようになった歴史と、完備順序体が非零の無限小をもてないという数学的な定理は、同じ説明ではない。歴史的な採用の理由を一つの定理だけに還元することはできない。しかし、今日実数を用いる教科書で何が起きているかは明確である。扱う数を完備順序体 $\mathbb R$ に固定し、そこで極限と微分を定義しているのである。
「現代の解析学は無限小という概念を導入していない」という言い方は、範囲が広すぎる。より正確には、通常の実解析は、実数体の元として非零の無限小を使わず、微小な変化を極限で定式化する。現代数学には、別の体系で無限小を扱う理論もある。また、通常の微分幾何における接ベクトルや微分形式も微小な変化を表すが、それらを正の実数より小さい数と理解する必要はない。
無限小を用いる微積分は、現代の極限の定義より古い。17・18 世紀の微積分には、無限に小さい変化量やその比を用いて、接線や面積を計算する方法があった。とくにライプニッツの微分記法は、そのような変化量を扱う発想と結びついている。19 世紀には、実数の極限を用いて解析を定式化する方法が発展した。この大きな流れは Kei22 Preface(pp. vii–viii)でも説明されている。
ただし、「昔は無限小による素朴な解析学が一つあった」という言い方は、違う方法を一つにまとめすぎる。歴史上の計算、そこでの無限小の解釈、今日の形式的な公理系は、区別して考える必要がある。昔の数学者が現在の超実数体を定義して使っていた、という意味ではない。
現在の超準解析は、無限小を含む数の体系と計算の原理を与え、無限小による微積分の多くの手続きを厳密に実行できるようにする。たとえば、非零の無限小で差商を作り、それに無限に近い実数から導関数の値を得ることができる。この実数を標準部分といい、次の節で説明する。このことを「歴史上の無限小計算を現代の理論で再構成できる」と表現するのは適切だが、歴史上の議論がすべてそのまま正しいと保証されるわけではない。
また、「超準モデルを作れば解析ができる」も、何をモデル化するかの指定が必要である。四則演算と順序だけの拡張からは、任意の実関数の延長までは決まらない。後で説明するように、対象とする関数や集合の拡張と移行原理を備えた超準解析の枠組みが、通常の解析との対応を支える。
実数を含む大きな順序体に正の無限小を置けば、変化量を一つ固定したまま計算できる。そのような体の簡単な例が、実係数の有理関数体 $\mathbb R(t)$ である。有理関数とは、実係数多項式の商 $p(t)/q(t)$($q\ne0$)である。$t$ は実数の値を代入するためだけの記号ではなく、この体の元として扱われる。
この体に、$t$ がすべての実定数より大きい正の元となる順序を入れることができる。具体的には、ゼロでない有理関数の符号を、分子と分母の最高次係数の商の符号で決める。順序の構成と検証は 順序体 の例「無限大の元をもつ順序体」にある。
その順序では、$u=1/t$ は正の無限小になる。任意の正の実数 $r$ について $t>1/r$ なので、逆数を取ると $0<1/t< r$ だからである。ここで $u$ は、実数の変数がゼロへ向かう様子の略記ではなく、順序体 $\mathbb R(t)$ の固定された元である。
しかし、正の無限小を一つ作ることだけでは、任意の実関数をその体の上に延長する規則は得られない。有理関数の四則演算はできても、実数上の任意の関数 $f$ を新しい元へどう作用させるかは、別に指定する必要がある。数の拡張と、解析の道具の拡張を分けることが大切である。
超準解析 では、超実数体 ${}^*\mathbb R$ と実関数の拡張 ${}^*f$ を用意し、両者を結ぶ 移行原理を使う。これは、適切な一階の言葉で表した実数についての主張を、対応する超実数についての主張へ移す原理である。「実数のすべての性質が、量化する範囲も同じまま移る」という意味ではない。
超実数を構成する方法の一つは、実数列を使った超冪である。ただし、列を並べるだけでは体にならず、列の同一視の仕方や順序を指定する必要がある。その構成と移行原理の証明は、この記事では証明しない。超準解析 の節「超実数体の構成」と、Kei22 §1G, Theorem 1.55(pp. 26–27)で扱われている。
標準部分とは、有限な超実数に無限に近い、ただ一つの実数のことである。ここで有限とは、絶対値がある正の実数より小さいという意味であり、無限に近いとは差が無限小であるという意味である。この実数を $\operatorname{st}(v)$ と書く。存在と一意性の証明は 超準解析 の定理「標準部分の存在と一意性」にあり、Kei22 §1B, Theorem 1.9(p. 5)にもある。
正の無限小 $u\in{}^*\mathbb R$ に対しても、体の計算として
$$
\frac{(x+u)^2-x^2}{u}=2x+u
$$
が成り立つ。$x$ が実数なら、この差商は $2x$ に無限に近く、その標準部分は $2x$ である。ただし $2x+u=2x$ ではない。$u\ne0$ なので両者は異なる。
通常の極限による答えと、無限小を用いた答えが対応するのは、単なる似た計算だからではない。移行原理のもとで、通常の実関数の極限を、無限に近い超実数での条件として特徴づける定理がある。たとえば実数上の関数について、$x$ が $c$ に無限に近く $x\ne c$ なら ${}^*f(x)$ が $L$ に無限に近い、という条件が通常の極限条件に対応する。その正確な仮定と証明は 超準解析 の定理「極限の無限小による特徴づけ」にあり、Kei22 §5A, Theorem 5.1(p. 71)で扱われている。
別の方向として、ゼロではないが二乗するとゼロになる量 $\eta$ を使うことができる。この場合には、無限小を大小関係で捉えるのではなく、積の性質で捉える。
実数の組 $(a,b)$ を $a+b\eta$ と書き、和と積を
$$
(a+b\eta)+(c+d\eta)=(a+c)+(b+d)\eta,
$$
$$
(a+b\eta)(c+d\eta)=ac+(ad+bc)\eta
$$
と定めたものが、実数上の 二重数(双対数)の環である。$\eta=(0,1)$ はゼロ $(0,0)$ と異なるが、上の積の規則から $\eta^2=0$ になる。各元は実部 $a$ と一次の成分 $b$ を持つ。詳しい代数構造は 二重数 で扱われている。
この規則は、「小さいものの二乗だから誤差として捨てる」と推測して決めた等式ではない。二乗がゼロになる積を定義した体系なので、二次以上の項が正確に消える。
実数 $x$ について、二重数の環では
$$
(x+\eta)^2=x^2+2x\eta+\eta^2=x^2+2x\eta.
$$
ここでは $\eta$ の係数 $2x$ が一次の変化を記録する。先ほどの超実数の計算とは異なり、$\eta^2=0$ は近似ではなく等式である。
しかし、$\eta$ で割ることはできない。もし $\eta$ に逆元 $v$ があれば、$\eta^2=0$ の両辺に $v$ を掛けて $\eta=0$ となり、$\eta\ne0$ に反する。従って、二重数の環は体ではない。この方法で一次の変化を読むときには、$\eta$ で割った差商を作るのではなく、$\eta$ の係数を読む。
正の超実数の無限小 $u$ は、順序体の元なので $u^2>0$ であり、$u^2\ne0$ である。逆に、二重数の $\eta$ は、ゼロではない冪零元である。双方に「無限小」という言葉が使われても、その計算規則を交換することはできない。
多項式なら、二重数への代入は有限回の加法・乗法だけで定まる。一般の滑らかな実関数を二重数へ作用させるには、たとえば $f(a+b\eta)=f(a)+bf'(a)\eta$ という拡張の規則を別に指定する。この規則にはすでに微分が登場するので、二重数を導入したことだけで通常の微分の定義や存在を証明したことにはならない。
二重数は、一階の変化を代数的に保持したいときの道具になる。一方、すべての正の実数より小さい正の数を置きたいという問いには、順序体の無限小が直接対応する。どちらを使うかは、表したい変化と必要な計算に応じて決まる。
二重数は、スキームを導入せずに微分の計算にも使える。順方向の 自動微分では、関数値とその一次の変化を一組として計算し、二重数の和と積の規則によって伝播させる。たとえば $a+\eta$ を入力すると、適切に拡張した関数の出力は $f(a)+f'(a)\eta$ となり、$\eta$ の係数から導関数を読める(BaydinAD §3.1.1)。
この方法は、小さい実数を代入した差分商から数値的に近似する方法とは区別される。数学的には連鎖律に従って一次の情報を計算する。ただし、プログラムに実装した基本演算の微分規則や、評価する点での微分可能性などが必要であり、浮動小数点による実装には丸め誤差もある。無限小の記号が、任意の関数や任意のプログラムの微分を自動的に保証するわけではない。
ここまでの三つの計算を比べてみよう。同じ $x^2$ の一次の変化を求めても、最後に行う操作が違う。
| 扱い方 | 変化量 | $x^2$ の計算で残るもの | $2x$ を得る操作 |
|---|---|---|---|
| 通常の実解析 | 実数 $h\ne0$ | 差商 $2x+h$ | $h\to0$ の極限をとる |
| 超準解析 | 非零の無限小 $u$ | 差商 $2x+u$ | 標準部分をとる |
| 二重数 | $\eta\ne0$、$\eta^2=0$ | $(x+\eta)^2=x^2+2x\eta$ | $\eta$ の係数を読む |
最初の行では「小さくなる過程」を扱い、二番目の行では「固定された数」を扱う。三番目の行は、そもそも大小関係を定義の中心に置かない。三つを同じ意味で使うと、「ゼロなのにゼロではない」「小さいから二乗はゼロになる」といった混乱が生じる。
スキームでは、空間の点の集合や位相だけでなく、その上で計算する関数の環も幾何の一部である。そのため、通常の点の集合には現れない一次の情報を、冪零元によって保持できる。ここでの無限小は、すべての正の実数より小さい長さを置くという意味ではない。
体 $k$ に対し、二重数の環 $B=k[\eta]/(\eta^2)$ から作るスキーム
$$
D=\operatorname{Spec}B
$$
を考える。$\operatorname{Spec}$ は、環から、その素イデアルを点とするスキームを作る操作である。$D$ の点は一つだけで、$\operatorname{Spec}k$ と同じ一つの点からなる位相空間をもつ。それでも、関数の環には $\eta\ne0$、$\eta^2=0$ という情報が残る。
商写像 $B\to k$、$\eta\mapsto0$ は、閉部分スキーム $\operatorname{Spec}k\hookrightarrow D$ を定める。その定義イデアル $(\eta)$ の二乗がゼロなので、$D$ はこの点の 一次の肥厚である。肥厚とは、閉部分スキームとして元の空間を含み、下の位相空間が変わらない拡張をいう。一次の肥厚では、元の空間を定めるイデアルの二乗がゼロになる(StacksThickening)。「厚さ」は、正の実数の距離によって測ったものではない。
この無限小の空間を試験用の入力として使うと、接ベクトルを表せる。直観的には、点の位置だけでなく、その点からの一次の動きも指定するのである。たとえば次の計算では、二重数への代入によって接線の式が現れる。
$k=\mathbb R$ とし、方程式 $y=x^2$ で定まるアフィンスキーム $X$ の点 $p=(a,a^2)$ を考える。$D$ に値をとる点を、座標の像
$$
x\longmapsto a+v\eta,\qquad y\longmapsto a^2+w\eta
$$
で指定する。これは $\eta=0$ に制限すると $p$ になる。この指定が $X$ の方程式を満たす条件は
$$
a^2+w\eta=(a+v\eta)^2=a^2+2av\eta,
$$
すなわち $w=2av$ である。各元の $1,\eta$ による表示が一意なので、係数を比較できる。従って、接方向 $(v,w)$ が満たす一次の式 $w=2av$ が、二重数への代入から得られる。これは、通常の二つの実点の間に特別な実点を挿入する操作ではない。
一点しかないことは、次のように確かめられる。$B$ の任意の素イデアル $\mathfrak p$ は、$\eta^2=0\in\mathfrak p$ から $\eta\in\mathfrak p$ を含む。従って、素イデアルは商 $B/(\eta)=k$ の素イデアルと対応する。体 $k$ の素イデアルは $(0)$ だけなので、$B$ の素イデアルは $(\eta)$ だけである。点の個数と、関数の環が保持する情報は同じではない。
体 $k$ 上のスキーム $X$ と $k$-有理点 $p:\operatorname{Spec}k\to X$ を固定する。$i:\operatorname{Spec}k\hookrightarrow D$ は $\eta=0$ への制限に対応する射である。$\theta\circ i=p$ を満たす $k$ 上の射 $\theta:D\to X$ が、$p$ における接ベクトルを表す(StacksTangent)。この条件は次の図の可換性で表せる。
$$ \begin{CD}\operatorname{Spec}k @>{i}>> D \\ @V{p}VV @VV{\theta}V \\ X @= X\end{CD} $$
正確な対応と証明は 接ベクトル の定理「代数的な接ベクトルの 3 つの形の対応」で扱われている。
高次の情報も扱える。可換環 $A$ のイデアル $I$ に対し、$\operatorname{Spec}(A/I)$ の $n$ 次の無限小近傍として $\operatorname{Spec}(A/I^{n+1})$ を考える($n\ge0$)。この環では $I$ の像の $(n+1)$ 乗がゼロになり、元の部分スキームからの変化を高次まで保持する。両者の点の集合が同じなのは、$I$ と $I^{n+1}$ を含む素イデアルが同じだからである。これは通常の距離による近傍とは違う。こうした近傍の系を扱う先には 形式スキーム があり、無限小の変化を調べる先には 変形理論 がある。
名前が同じでも、大小関係・積・付値のどれで微小さを捉えるかによって、使える計算は変わる。スキーム以外の例も、この違いを意識して読むと整理できる。
形式的な級数の体にも、実数に対する正の無限小を置ける。変数 $t$ を実数へ代入せず、係数の並びで大小を決めると、$0< t< r$ がすべての正の実数 $r$ に対して成立する。
実係数の形式 Laurent 級数の体 $\mathbb R((t))$ は、先に述べた $\mathbb R(t)$ とは別の例である。元は $$ \sum_{j\ge N}a_jt^j\qquad(N\in\mathbb Z,\ a_j\in\mathbb R) $$ という形式的な級数で、負の指数の項は有限個しかない。ここでは実数の値を代入して収束するかどうかを問わず、係数の加法と積によって演算する。各次数の積の係数は有限和で定まる。非零の元は $t^N g$($g$ は定数項が非零の形式的冪級数)と書ける。$g$ は 形式的冪級数 の命題「定数項による単元判定」により逆元をもち、$t^N g$ の逆元は $t^{-N}g^{-1}$ となる。このように体が得られる。
ゼロでない級数の符号を、最小の指数をもつ非零係数の符号で定めると、順序体になる。正の二元の和では先頭係数が正のまま残り、積の先頭係数は正の係数の積になるので、この順序は演算と両立する。この順序で $t$ は正であり、どの正の実定数 $r$ に対しても $r-t$ の先頭の係数は $r>0$ なので $0< t< r$ である。従って $t$ は実数に対する正の無限小である。これは超実数を構成する方法とは異なるが、順序による無限小が現れる例になっている。
順序とは別に、付値という尺度で微小さを測る方法もある。形式級数では低い次数から最初に現れる項を調べる。この意味で小さい元があっても、その大きさを表す実数そのものが無限小になるわけではない。
同じ形式級数の体でも、最小の非零指数を $v(f)$ とする 付値によって、別の意味の小ささを扱える。$v(0)=+\infty$ とおく。積の先頭項から $v(fg)=v(f)+v(g)$ が従い、和では低次の項が新たに生じないので $v(f+g)\ge\min\{v(f),v(g)\}$ が従う。たとえば $v(t^n)=n$ であり、$0< q<1$ を固定して非零の元に $|f|_v=q^{v(f)}$、$|0|_v=0$ とすれば、$|t^n|_v=q^n\to0$ となる。係数体が実数以外でも、この付値は定義できる。実定数 $r\ne0$ の付値は $0$ であり、$|r|_v=1$ なので、これは実数の通常の絶対値を延長したものではない。
付値環では、付値が正の元は極大イデアルに属し、剰余体へ移るとゼロになる。この意味で「無限小」と呼ぶ使い方があるが、「すべての正の実数より小さい正の数」という順序体での定義とは別である。たとえば $t$ の付値絶対値は固定された正の実数 $q$ であり、それ自体が実数の無限小になるわけではない。「非アルキメデス的な付値」と「非アルキメデス的な順序体」も、対象と条件を区別する必要がある。
冪零の無限小を微分の基礎に置く理論もある。ただし通常の実数体の中に二乗ゼロの非零実数を見つけるのではなく、数直線と論理の枠組みを変える。
総合的微分幾何(synthetic differential geometry)には、冪零の無限小を微分の基礎に置く定式化がある。その代表的な枠組みでは、数直線の対象 $R$ と $D=\{d\in R\mid d^2=0\}$ を用い、$D$ 上の関数が一意に $d\mapsto a+bd$ の形に表される、という公理を課す。これは Kock–Lawvere 公理の基本形である(KockSDG §3.1)。一次の係数 $b$ が一意になることを、微分の基礎に使える。
ここでの $R$ は、通常の集合としての実数体 $\mathbb R$ ではない。適切なトポスという圏の内部で扱う数直線であり、その内部論理では古典論理の排中律を一般には使えない。従って、「通常の実数の中に、ゼロではない二乗ゼロの数を見つけた」と読むのは誤りである。普通の二重数の環を集合として作るだけでも、この公理は得られない。どの関数を許すか、どの論理で存在や一意性を述べるかまでが枠組みの一部になる。
こうした例の共通点は、微小な変化を数学の対象として扱えることである。しかし、その対象は拡張順序体の元、環の冪零元、付値環の元、あるいは別の内部論理での数直線の元であり、同一の種類の「数」ではない。
実数を含む体系 $F$ に実数ではない元があれば、集合として $\mathbb R\subsetneq F$ である。しかし、真に大きい集合を含むことと、濃度がより大きいことは、無限集合では別である。たとえば自然数の集合は整数の集合の真部分集合だが、どちらも可算無限である。
無限小を含む拡張でも、実数と濃度が同じ場合がある。元が増えることと、無限集合の大きさが増えることは区別しよう。
この違いは、無限小を加えた体系でも現れる。実数を含む有理関数体 $\mathbb R(t)$ は、集合として実数より大きいが、濃度は実数と同じである。有理関数は、分子と分母の有限個の実係数で表せるため、その個数は実数の有限列全体の個数以下である。有限次元の実数空間と、それらの可算和の濃度は実数の濃度以下であるという標準的な集合論の事実を用いると、上からの評価が得られる。逆に実定数を含むので下からも実数の濃度で押さえられる。これらの集合論の事実の証明は 濃度 に譲る。
従って、「無限小を一つ含む」という条件だけでは、実数より大きい濃度をもつとは結論できない。どの体系を構成し、どの集合を数えているのかを決める必要がある。また、濃度は元の個数を比較する尺度なので、演算や順序や極限の性質まで決めるものではない。
「あらゆる数を一つの数直線に収めたい」と考えるときも、保存したい性質を先に指定する必要がある。実数と同じ四則演算・順序・上限性質をすべて保った、実数の真の拡張順序体を作ることはできない。実数体はその性質のもとで同型を除いて一意だからである(実数 の定理「実数体の一意性」)。無限小を含む順序体、複素数、二重数は、それぞれ別の性質を持つ体系として考えることになる。
| 外す条件・取り違える条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 「任意に小さく選べる」を「固定された無限小がある」と取り違える | 正の実数全体 | 各基準より小さい実数を選べても、正の実数の無限小は存在しない |
| 比較相手を拡張順序体全体から実数だけに制限する | $\mathbb R(t)$ の $1/t$ | すべての正の実数より小さいことから、その元がゼロとは結論できない |
| 稠密性に完備性を期待する | 有理数体 $\mathbb Q$ | 二数の間に数があっても、上に有界な集合の上限は存在するとは限らない |
| 順序による無限小と冪零の微小量を同一視する | 正の超実数の無限小 $u$ | 無限小でも $u^2=0$ とはならない |
| ゼロでない微小量を常に割れると考える | 二重数の $\eta$ | $\eta\ne0$ でも逆元はない |
「無限小は実在するのか」という問いには、まず数学的な体系の中での存在を答えることができる。無限小を含む順序体も、冪零の微小量を含む環も、演算規則を定めて構成できる。それを物理的な長さや測定値とどう対応させるかは、さらに別のモデルの問題である。
「普通の解析を学ぶと、無限小を考えてはいけなくなるのか」という問いへの答えは、無限小の定式化を分けて考えられるということである。実数の極限の定義を学ぶことは、別の体系で無限小を扱う可能性を否定することではない。どの体系で何が成り立つかを明示すれば、同じ関数の変化を異なる方法で調べられる。
「無限小を使えば、極限の証明が不要になるのか」という問いでは、どの段階を別の定理が引き受けたのかを確かめる必要がある。超準解析なら、数の体系の構成、移行原理、標準部分、通常の極限との対応が理論を支える。二重数なら、積の定義と関数を拡張する規則が一次の計算を支える。記号を一つ加えるだけで、必要な正当化がすべて消えるわけではない。
学ぶ順番は、関心に応じて選べる。任意の精度へ近づくという言葉を理解したいなら、数列の極限から $\varepsilon$-$\delta$ 論法へ進む。実数以外の正の無限小を固定して計算したいなら、順序体から超準解析へ進む。一次の変化を演算の中へ記録したいなら、環と二重数へ進む。それぞれの入口で、数が属する集合、比較の範囲、使える演算を確認すると、素朴な直観と厳密な定義を結びつけやすくなる。
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