対称行列(symmetric matrix)とは、転置しても変わらない正方行列、すなわち $(i,j)$ 成分と $(j,i)$ 成分がつねに等しい行列 $A^{\top}=A$ のことで、グラフの隣接行列・Gram 行列・Hesse 行列・対称な双線形形式の行列として現れる。対称であることは $(Ax)\cdot y=x\cdot(Ay)$ がつねに成り立つことと同値であり、実対称行列は固有値がすべて実数で、直交行列で $A=QDQ^{\top}$ と対角化できる実行列はちょうど実対称行列である。可換な実対称行列は同じ直交行列で同時に対角化でき、固有値が $0$ 以上であることは $B^{\top}B$ の形、すなわちベクトルの Gram 行列として書けることと同値である。
行列 $\begin{pmatrix}2&1&0\\1&3&-1\\0&-1&5\end{pmatrix}$ は、左上から右下への対角線で折り返しても変わらない。このように $(i,j)$ 成分と $(j,i)$ 成分がつねに等しい正方行列を 対称行列 という。対称行列は数学のあちこちから自然に現れる。点 $i$ と点 $j$ が辺で結ばれているかを並べたグラフの隣接行列、ベクトルどうしの内積を並べた Gram 行列、2 回微分可能な関数の 2 階偏導関数を並べた Hesse 行列は、どれも「$i$ から見た $j$」と「$j$ から見た $i$」が同じ量なので対称になる。
実数を成分とする対称行列(実対称行列)は、固有値がすべて実数で、互いに直交する固有ベクトルを並べた直交行列で対角化できる。つまり座標軸を回転(と鏡映)で取り替えるだけで対角行列になる。この記事では、対称行列を内積に関する「自己随伴」として特徴づけ、直交対角化できる実行列がちょうど実対称行列であることを確かめたうえで、可換な実対称行列が同じ直交行列で同時に対角化できること、固有値が $0$ 以上であることと $B^{\top}B$ の形に書けることの同値性を証明する。複素数の成分では対称性が同じ役割を果たさないことも、反例で確かめる。
以下、$K$ は体とし、$K$ の元を成分とする $n$ 次正方行列の全体を $M_n(K)$ と書く。$K^n$ の元は列ベクトルとし、$x\cdot y:=x^{\top}y=\sum_ix_iy_i$ とおく(転置行列 の記事の「標準の双線形形式」)。
$A=(a_{ij})\in M_n(K)$ が $A^{\top}=A$、すなわちすべての $i,j$ について $a_{ij}=a_{ji}$ を満たすとき、$A$ を 対称行列(symmetric matrix)という。$n$ 次の対称行列の全体を $\operatorname{Sym}_n(K)$ と書く。$K=\mathbb{R}$ のとき、実数を成分とする対称行列を 実対称行列(real symmetric matrix)という。
定義は 転置行列 の記事の定義「転置行列」の後半、行列 の記事の定義「行列の転置と対称性」と同じであり、Axl24 9.11(p. 337)とも一致する。$\operatorname{Sym}_n(K)$ は $M_n(K)$ の部分空間で、次元は $n(n+1)/2$ である。標数が $2$ でない体では、任意の正方行列が対称行列と反対称行列($A^{\top}=-A$)の和にただ 1 通りに分かれる。次元と分解は 転置行列 の記事の定理「対称部分と反対称部分への分解」で証明されている(次元の数え方は標数によらない)。
対称行列の「対称」は、行列の見た目の対称性であると同時に、線形写像 $x\mapsto Ax$ の性質でもある。ex-sym-sources のグラフの隣接行列で言えば、$(Ax)_i=\sum_ja_{ij}x_j$ は「点 $i$ に隣接する点の値の和」であり、$y\cdot(Ax)=\sum_{i,j}a_{ij}y_ix_j$ は「辺の両端の値の積の和」である。辺に向きがないので、この和は $x$ と $y$ を入れ替えても変わらない。これが $(Ax)\cdot y=x\cdot(Ay)$ であり、$A$ を内積の反対側へ移しても $A$ のままであること、すなわち $A^{\top}=A$ と同値である(prop-sym-characterization)。
実数の世界では、この性質から強い結論が出る。$A$ の固有ベクトル $u$ をとると、$u$ に直交するベクトルの全体は $A$ で自分自身に移る。固有ベクトルを 1 本ずつ取り出せば直交する固有ベクトルがそろい、変換は「直交する $n$ 本の軸の方向にそれぞれ $\lambda_i$ 倍する」ものになる。
3 頂点がすべて辺で結ばれたグラフ(三角形)の隣接行列は
$$
A=\begin{pmatrix}0&1&1\\1&0&1\\1&1&0\end{pmatrix}=J-I_3
$$
である($J$ は全成分 $1$ の行列)。$\boldsymbol{1}=(1,1,1)^{\top}$ について $A\boldsymbol{1}=2\cdot\boldsymbol{1}$ であり、$x_1+x_2+x_3=0$ を満たす $x$ について $Jx=0$ なので $Ax=-x$ である。したがって固有値は $2,-1,-1$ であり、
$$
u_1=\tfrac1{\sqrt3}(1,1,1)^{\top},\qquad u_2=\tfrac1{\sqrt2}(1,-1,0)^{\top},\qquad u_3=\tfrac1{\sqrt6}(1,1,-2)^{\top}
$$
は固有ベクトルからなる $\mathbb{R}^3$ の正規直交基底である。固有値 $-1$ の固有空間は 2 次元で、その中の基底は自由に選べるが、$u_2,u_3$ のように直交するものを選べる。$A^k$ の $(i,i)$ 成分は頂点 $i$ から出て $i$ に戻る長さ $k$ の歩道の数なので(隣接行列 の記事の定理「隣接行列の冪と歩道の数」)、$\operatorname{tr}A^2=2^2+1+1=6$ は辺の数 $3$ の $2$ 倍、$\operatorname{tr}A^3=8-1-1=6$ は三角形の個数 $1$ の $6$ 倍に等しい。
$A=\begin{pmatrix}1&i\\i&-1\end{pmatrix}\in M_2(\mathbb{C})$ は $A^{\top}=A$ を満たす対称行列である。ところが
$$
A^2=\begin{pmatrix}1+i^2&i-i\\i-i&i^2+1\end{pmatrix}=O
$$
なので $A$ は $0$ でない冪零行列であり、固有値は $0$ だけである。$A$ が対角化できたとすると $A$ は零行列に相似になり $A=O$ となるので、$A$ は対角化できない(対角化 の記事の系「冪零行列は零行列でなければ対角化できない」)。この例は「成分が実数である」を満たさないので、実対称行列の直交対角化(thm-sym-orthogonal)が成り立たない。複素数の行列で実対称行列と同じ役割を果たすのは、転置に複素共役を合わせた条件 $A^{*}=A$ をもつ Hermite行列 である。この $A$ は $A^{*}=\begin{pmatrix}1&-i\\-i&-1\end{pmatrix}\ne A$ なので Hermite 行列ではない。
$A=\begin{pmatrix}1&0\\0&2\end{pmatrix}$、$B=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}$ はどちらも対称だが、
$$
AB=\begin{pmatrix}0&1\\2&0\end{pmatrix},\qquad BA=\begin{pmatrix}0&2\\1&0\end{pmatrix}
$$
であり、$AB$ は対称でない。$AB$ が対称であることは $AB=BA$ と同値であり(prop-sym-characterization の 3)、この $A,B$ は可換でない。$A$ の固有ベクトルは $e_1,e_2$ の定数倍だけで、どちらも $B$ の固有ベクトルでないので、$A,B$ は同じ直交行列で同時に対角化することもできない(thm-sym-simultaneous)。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 成分が実数 | $\begin{pmatrix}1&i\\i&-1\end{pmatrix}$ | 対角化できること |
| 成分が実数 | $1\times1$ 行列 $(i)$ | 固有値が実数であること |
| 対称である | 回転 $\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}$ | 実数の固有値をもつこと(固有値は $\pm i$) |
| 対称である | $\begin{pmatrix}1&1\\0&2\end{pmatrix}$ | 直交する固有ベクトルで対角化できること(対角化はできる) |
| 可換である | $\begin{pmatrix}1&0\\0&2\end{pmatrix}$ と $\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}$ | 積が対称であること、同時に直交対角化できること |
| 固有値が $0$ 以上 | $\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}$(固有値 $\pm1$) | $B^{\top}B$ の形に書けること |
4 行目の行列は固有値 $1,2$ が相異なるので対角化できるが、固有ベクトル $(1,0)^{\top}$ と $(1,1)^{\top}$ は直交しない。対称でない実行列は直交行列で対角化できないことが thm-sym-orthogonal からわかる。最後の行は thm-sym-gram で確かめる。$x=(1,-1)^{\top}$ で $x^{\top}Ax=-2< 0$ だが、$B^{\top}B$ の形の行列では $x^{\top}B^{\top}Bx=|Bx|^2\ge0$ である。
$A\in M_n(K)$ とする。
1:(a) ⇒ (b) は 転置行列 の記事の定理「転置行列の特徴づけ」の 1 で $A^{\top}=A$ とおけばよい。(b) ⇒ (a):(b) は、$B=A$ が「すべての $x,y$ で $(Ax)\cdot y=x\cdot(By)$」を満たすことを言っている。同じ定理の 2(この性質をもつ $B$ は $A^{\top}$ に限る)により $A=A^{\top}$ である。(a) ⇔ (c):$1\times1$ 行列は転置しても変わらないので $\beta_A(x,y)=(x^{\top}Ay)^{\top}=y^{\top}A^{\top}x=\beta_{A^{\top}}(y,x)$ である。よって $\beta_A$ が対称であることは、すべての $x,y$ で $\beta_A(y,x)=\beta_{A^{\top}}(y,x)$ となること、すなわち 2 つの双線形形式 $\beta_A$ と $\beta_{A^{\top}}$ が等しいことと同値である。双線形形式の行列は標準基底での値 $\beta_A(e_i,e_j)=a_{ij}$ で決まる(双線形写像 の記事の命題「基底による行列表示」の 1)ので、これは $A=A^{\top}$ と同値である。
2:積の転置の規則(行列 の記事の命題「転置と演算の関係」)により $(P^{\top}AP)^{\top}=P^{\top}A^{\top}(P^{\top})^{\top}=P^{\top}AP$ である。$(A^{-1})^{\top}=(A^{\top})^{-1}=A^{-1}$ である(正則行列 の記事の命題「逆行列と演算」の 3)。$(A^k)^{\top}=(A^{\top})^k=A^k$ は $k$ についての帰納法で従い、転置は線形なので多項式も対称である。
3:$(AB)^{\top}=B^{\top}A^{\top}=BA$ なので、$(AB)^{\top}=AB$ は $BA=AB$ と同じである。$\square$
1 の (b) は、$A$ が標準の双線形形式 $x\cdot y$ に関して 自己随伴 であることを言っている。内積空間の線形変換が自己随伴であることは、正規直交基底に関する表現行列が対称(複素数なら Hermite)であることと同値である(Axl24 7.10、p. 233)。2 の $P^{\top}AP$ は双線形形式の基底の取り替えにあたる(双線形形式)。対称性は、相似 $P^{-1}AP$ では一般に保たれない。
実対称行列の基本定理は、固有値がすべて実数であり、直交行列 $Q$($Q^{\top}Q=I_n$)で $Q^{\top}AQ=\operatorname{diag}(\lambda_1,\dots,\lambda_n)$ と対角化できることである。その逆も成り立つので、直交対角化できる実行列はちょうど実対称行列である。次の定理の 1 ⇒ 2 は 2次形式 の記事の定理「実対称行列の主軸定理」と同じ内容である。
$A\in M_n(\mathbb{R})$ について、次は同値である。
1 ⇒ 2:$n$ についての帰納法で、直交行列 $Q$ で $Q^{\top}AQ$ が実対角行列になるものを作る($QQ^{\top}=I_n$ は $Q^{\top}Q=I_n$ から従うので、これは $A=QDQ^{\top}$ と同じである)。$n=1$ では $Q=(1)$ でよい。$n\ge2$ とする。
(i) 固有値は実数である。代数学の基本定理 により固有多項式は複素数の根 $\lambda$ をもち、$A$ を複素行列とみて $Av=\lambda v$ となる $v\in\mathbb{C}^n$、$v\ne0$ がある(固有値 の記事の命題「固有空間と特性方程式」)。$v^{*}:=\overline{v}^{\top}$ とすると $v^{*}Av=\lambda v^{*}v$ で $v^{*}v=\sum_i|v_i|^2>0$ である。$A$ は実対称なので $\overline{v^{*}Av}=v^{\top}A\overline{v}=(v^{\top}A\overline{v})^{\top}=\overline{v}^{\top}A^{\top}v=v^{*}Av$($1\times1$ 行列は転置で変わらない)であり、$v^{*}Av$ は実数、したがって $\lambda=v^{*}Av/v^{*}v$ も実数である。
(ii) 実の固有ベクトルがある。$A-\lambda I_n$ は行列式が $0$ の実行列なので、$\mathbb{R}^n$ の中に $0$ でない核の元がある。それを長さ $1$ に正規化して $u$ とすると $Au=\lambda u$ である。
(iii) 1 次元ずつ切り出す。$u$ を 内積空間 の記事の定理「Gram–Schmidtの直交化法」により $\mathbb{R}^n$ の正規直交基底 $u,w_2,\dots,w_n$ に延長し、これを列とする直交行列を $Q_1$ とする。$B:=Q_1^{\top}AQ_1$ は対称であり(prop-sym-characterization の 2)、$Q_1^{\top}u=e_1$ なので第 1 列は $Be_1=Q_1^{\top}Au=\lambda e_1$ である。$B$ は対称なので第 1 行も $(\lambda,0,\dots,0)$ であり、$B=\begin{pmatrix}\lambda&0\\0&A'\end{pmatrix}$($A'$ は $n-1$ 次の実対称行列)となる。これは $u$ に直交するベクトルの全体が $A$ で自分自身に移ること($u\cdot(Ax)=(Au)\cdot x=\lambda\,u\cdot x$)を行列で書いたものである。帰納法の仮定により直交行列 $Q'$ で $Q'^{\top}A'Q'$ は実対角行列になる。$Q:=Q_1\begin{pmatrix}1&0\\0&Q'\end{pmatrix}$ は直交行列の積なので直交行列であり、$Q^{\top}AQ=\begin{pmatrix}\lambda&0\\0&Q'^{\top}A'Q'\end{pmatrix}$ は実対角行列である。
2 ⇒ 1:$D^{\top}=D$ なので $A^{\top}=(Q^{\top})^{\top}D^{\top}Q^{\top}=QDQ^{\top}=A$ である。2 ⇔ 3:$A=QDQ^{\top}$ は $AQ=QD$ と同値であり、その第 $i$ 列は $Au_i=d_iu_i$($u_i$ は $Q$ の第 $i$ 列、$d_i$ は $D$ の対角成分)である。$Q$ が直交行列であることは列が正規直交基底をなすことと同じである(正規直交基底 の記事の定理「正規直交基底の取り替えとユニタリ行列」を標準基底に当てはめる)。よって 2 の $Q$ の列は 3 の基底であり、逆に 3 の基底を並べた $Q$ は 2 を満たす。
最後の主張:異なる固有値の固有空間が直交することは、転置行列 の記事の命題「転置と固有値」の 3 で $A^{\top}=A$ とおいたものである。3 の正規直交基底の各元はいずれかの $E_{\mu_k}$ に入り、基底なので $\mathbb{R}^n=E_{\mu_1}+\cdots+E_{\mu_s}$ である。固有空間の和は直和である(固有値 の記事の命題「固有空間の和の直和性」)。$\square$
$u_1,\dots,u_n$ を 3 の正規直交基底、$Au_i=\lambda_iu_i$ とすると、$A=QDQ^{\top}$ は
$$
A=\lambda_1u_1u_1^{\top}+\lambda_2u_2u_2^{\top}+\cdots+\lambda_nu_nu_n^{\top}
$$
と書き直せる。$u_iu_i^{\top}$ は $u_i$ の方向への直交射影の行列である。同じ固有値の項をまとめると、$A=\sum_k\mu_kP_k$($P_k$ は $E_{\mu_k}$ への直交射影)となり、これを $A$ の スペクトル分解 という。ex-sym-triangle では $A=2\cdot\tfrac13J-(I_3-\tfrac13J)=J-I_3$ と元に戻る。複素数の場合は Hermite行列 の記事の定理「ユニタリ対角化できる行列」、無限次元は スペクトル定理 にある。
実対称行列 $A$ と $x\ne0$ について $R_A(x):=x^{\top}Ax/x^{\top}x$ を Rayleigh 商 という。重複を込めた固有値を $\lambda_1\ge\cdots\ge\lambda_n$ とすると、つねに $\lambda_n\le R_A(x)\le\lambda_1$ であり、$R_A(x)=\lambda_1$ となるのは $x$ が固有値 $\lambda_1$ の固有ベクトルのときに限る(隣接行列 の記事の補題「Rayleigh 商による最大固有値」)。証明は、thm-sym-orthogonal の正規直交基底で $x=\sum_ic_iu_i$ と展開すると $R_A(x)=\sum_i\lambda_ic_i^2/\sum_ic_i^2$ となることによる。$k$ 番目の固有値を部分空間の上での Rayleigh 商の最大・最小で表す Courant–Fischer の定理と、そこから従う固有値の交錯定理は 固有値の交錯定理 の記事の定理「Courant–Fischer の定理」「固有値の交錯定理」にある(BH11 Theorem 2.4.1・2.5.1、p. 26)。
$x=e_i$ とおくと、対角成分はすべて $\lambda_n$ 以上 $\lambda_1$ 以下である。隣接行列で $x=\boldsymbol{1}$ とおくと、最大の固有値は次数の平均以上である(隣接行列 の記事の定理「最大固有値と次数」)。
$A,B\in M_n(\mathbb{R})$ を対称行列とする。直交行列 $Q$ で $Q^{\top}AQ$ と $Q^{\top}BQ$ がともに対角行列になるものがあることと、$AB=BA$ は同値である。
同時に対角化できれば、$D_1:=Q^{\top}AQ$、$D_2:=Q^{\top}BQ$ は対角行列なので可換であり、$AB=QD_1Q^{\top}QD_2Q^{\top}=QD_1D_2Q^{\top}=QD_2D_1Q^{\top}=BA$ である。
逆に $AB=BA$ とする。$A$ の相異なる固有値を $\mu_1,\dots,\mu_s$、固有空間を $E_k:=\ker(A-\mu_kI_n)$ とする。$x\in E_k$ なら $A(Bx)=BAx=\mu_kBx$ なので $Bx\in E_k$ である。$d:=\dim E_k$ とし、$E_k$ の正規直交基底 $w_1,\dots,w_d$(内積空間 の記事の定理「Gram–Schmidtの直交化法」)を列とする $n\times d$ 行列を $W$ とすると、$W^{\top}W=I_d$ である。$Bw_j\in E_k$ なので $Bw_j=\sum_l(w_l\cdot Bw_j)w_l$ と展開でき(正規直交基底 の記事の定理「正規直交基底による座標とParsevalの等式」)、これは
$$
BW=WC,\qquad C:=W^{\top}BW\in M_d(\mathbb{R})
$$
を意味する。$C$ は対称なので(prop-sym-characterization の 2)、thm-sym-orthogonal により $d$ 次の直交行列 $R$ と対角行列 $\Lambda$ で $CR=R\Lambda$ となるものがある。$V:=WR$ とおくと、$V^{\top}V=R^{\top}W^{\top}WR=I_d$ なので $V$ の列は正規直交であり、各列は $E_k$ に入るので $A$ の固有値 $\mu_k$ の固有ベクトルである。さらに $BV=WCR=WR\Lambda=V\Lambda$ なので、$V$ の各列は $B$ の固有ベクトルでもある。
これを $k=1,\dots,s$ について行い、得られた列をすべて並べた $n\times n$ 行列を $Q$ とする。異なる $k$ の固有空間は互いに直交し(thm-sym-orthogonal)、各 $E_k$ の中の列は正規直交なので、$Q$ の列は全体として正規直交である。列の個数は $\sum_k\dim E_k=n$(thm-sym-orthogonal の直和分解)なので $Q$ は直交行列であり、各列が $A$ と $B$ の共通の固有ベクトルなので $Q^{\top}AQ$ と $Q^{\top}BQ$ は対角行列である。$\square$
同じ議論を繰り返せば、互いに可換な何個の実対称行列でも同時に直交対角化できる(複素 Hermite 行列の可換な族が共通の固有ベクトルからなる基底をもつことは BH11 Proposition 2.1.1、p. 21)。一般の対角化可能な行列の同時対角化は 対角化 の記事の定理「可換な対角化可能行列の同時対角化」にあり、そこでは $P$ を直交行列にとれるかは問題にしていない。
実対称行列 $A$ が 半正定値 であるとは、すべての $x\in\mathbb{R}^n$ で $x^{\top}Ax\ge0$ となることをいう(2次形式 の記事の定義「実2次形式の符号」)。
$A\in M_n(\mathbb{R})$ を対称行列とし、$r:=\operatorname{rank}A$ とする。次は同値である。
thm-sym-orthogonal により $A=QDQ^{\top}$、$D=\operatorname{diag}(\lambda_1,\dots,\lambda_n)$ と書ける。
1 ⇒ 2:$Au=\lambda u$、$|u|=1$ なら $\lambda=u^{\top}Au\ge0$ である。2 ⇒ 3:$Q$ は正則なので $\operatorname{rank}D=\operatorname{rank}A=r$ であり、$D$ の $0$ でない対角成分はちょうど $r$ 個である。番号を付け替えて $\lambda_1,\dots,\lambda_r>0$、$\lambda_{r+1}=\cdots=\lambda_n=0$ としてよい($Q$ の列も同じく並べ替える)。$(i,i)$ 成分が $\sqrt{\lambda_i}$($i\le r$)で他の成分が $0$ の $r\times n$ 行列を $F$ とすると $F^{\top}F=D$ である。$B:=FQ^{\top}$ とおけば $B^{\top}B=QF^{\top}FQ^{\top}=QDQ^{\top}=A$ である。3 ⇒ 4 は明らかである。4 ⇒ 1:$x^{\top}Ax=x^{\top}B^{\top}Bx=(Bx)\cdot(Bx)=|Bx|^2\ge0$ である。
正定値について:4 ⇒ 1 の計算から、$A=B^{\top}B$ のとき $x^{\top}Ax=0$ と $Bx=0$ は同値であり、$A$ が正定値であることは $\ker B=0$、すなわち $\operatorname{rank}B=n$ と同値である(次元定理)。固有値との関係は、1 ⇒ 2 と同じく $\lambda=u^{\top}Au>0$ であること、逆に固有値がすべて正なら $r=n$ で 3 の $B$ が $n\times n$ の正則行列になることからわかる。$\square$
3 の $B$ の列を $b_1,\dots,b_n\in\mathbb{R}^r$ とすると $a_{ij}=b_i\cdot b_j$ なので、この定理は「半正定値な実対称行列とは、$n$ 本のベクトルの Gram 行列のことである」と言い換えられる(BH11 Lemma 2.9.1、pp. 29–30)。正定値なら $B$ を正則な上三角行列にとることもでき(Cholesky 分解、Axl24 7.63、p. 267)、半正定値な $A$ には $S^2=A$ となる半正定値な対称行列 $S$ がただ 1 つある(Axl24 7.38・7.39、pp. 252–253。$S=Q\operatorname{diag}(\sqrt{\lambda_i})Q^{\top}$)。正定値であることを左上の小行列式で判定する方法は、2次形式 の記事の定理「正定値であるための条件」にある。
$\mathbb{R}$ 以外の体では、対称行列は固有値や対角化について特別な性質をもたない(ex-sym-complex)。それでも、対称行列はつねに対称な双線形形式の行列であり、標数が $2$ でなければ $P^{\top}AP$ の形の取り替え(合同)で対角行列にできる(2次形式 の記事の定理「平方完成による対角化」)。相似で対角化することと、合同で対角化することは別の問題である。
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