数論的位相幾何(arithmetic topology)とは、素数と結び目、代数体の整数環と 3 次元多様体のあいだの類似を体系的に調べる分野である。$\operatorname{Spec}\mathbb{Z}$ を 3 次元球面に、素数を結び目に見立てると、結び目群には素数の外で不分岐な拡大の Galois 群が、絡み数には Legendre 記号が、Alexander 多項式には岩澤多項式が対応する。中心の例では、結び目の補空間の 2 重被覆での持ち上げが 2 を法とする絡み数で決まるのに対応して、素数 $q$ の 2 次体 $\mathbb{Q}(\sqrt{p^*})$ での Frobenius 元が Legendre 記号 $\left(\frac{q}{p}\right)$ に等しく、ここから平方剰余の相互法則が導かれる。
前提知識: 絡み数, Legendre記号, Frobenius元, 円分体
数論的位相幾何(arithmetic topology)は、素数と結び目、代数体の整数環と $3$ 次元多様体のあいだの類似を体系的に調べる分野である。有理整数環のスペクトル $\operatorname{Spec}\mathbb{Z}$ を $3$ 次元球面 $S^3$ に、素数 $p$(点 $\operatorname{Spec}\mathbb{F}_p$)を $S^3$ の中の結び目に見立てると、結び目の補空間の基本群には「$p$ の外で不分岐な拡大の Galois 群」が、絡み数には Legendre 記号が、Alexander 多項式には岩澤多項式が対応する。この見方は 1960 年代半ばに Mazur がエタールホモトピーの観点から指摘し、Kapranov と Reznikov が「数論的位相幾何」と名づけ、森下昌紀が結び目群と制限分岐 Galois 群の群論的な類似から体系化した(Mor09 序文、p. 2)。
この記事は、その対応を類似の辞書として整理する。辞書の各行は類似であって、一方の側の定理から他方の側の定理が導かれるわけではない。両側でそれぞれ定理として言える行と、片側にしか意味のない行を区別して示す。そのうえで、辞書の中心にある「絡み数 ↔ Legendre 記号」の対応について、両側の命題を完全に証明する。位相の側では $2$ を法とした絡み数が $2$ 重被覆での持ち上げを決めること、数論の側では Legendre 記号 $\left(\frac qp\right)$ が $\mathbb{Q}(\sqrt{p^*})$ での $q$ の Frobenius 元であることを示し、そこから平方剰余の相互法則を導く。さらに Gauss の種の理論の最も小さな場合を証明する。
円周 $S^1$ の基本群は $\mathbb{Z}$ で、生成元の $1$ 周のループがある。有限体 $\mathbb{F}_q$ の絶対 Galois 群は $\hat{\mathbb{Z}}$($\mathbb{Z}$ の副有限完備化)で、Frobenius 写像 $x\mapsto x^q$ がその位相的生成元である。このため $\operatorname{Spec}\mathbb{F}_q$ を「円周」とみなす。結び目 $K$ の管状近傍 $V_K$(中身の詰まったトーラス)は $K$ とホモトピー同値で、その境界はトーラスである。$p$ 進整数環 $\mathbb{Z}_p$ のスペクトルは剰余体 $\operatorname{Spec}\mathbb{F}_p$ と「同じ形」で、$\operatorname{Spec}\mathbb{Z}_p$ から閉点を除いたものが $\operatorname{Spec}\mathbb{Q}_p$ である(Mor09 §1 (1.1)–(1.2)、pp. 3–4)。
| 位相 | 数論 | 両側の状況 |
|---|---|---|
| 円周 $S^1$、$\pi_1=\mathbb{Z}$ | $\operatorname{Spec}\mathbb{F}_q$、$\pi_1=\hat{\mathbb{Z}}$ | 両側とも定理(基本群の計算) |
| $1$ 周のループ | Frobenius 写像 | 類似 |
| 管状近傍 $V_K$、境界のトーラス $\partial V_K$ | $\operatorname{Spec}\mathbb{Z}_p$、$\operatorname{Spec}\mathbb{Q}_p$ | 類似 |
| メリディアン、ロンジチュード | 惰性群の生成元(モノドロミー)、Frobenius 元の持ち上げ | 類似。$\pi_1(\partial V_K)$ の関係 $[\alpha,\beta]=1$ と、$\mathbb{Q}_p$ の最大順分岐商の関係 $\tau^{p-1}[\tau,\sigma]=1$ が対応する |
| $3$ 次元閉多様体 $M$ | 代数体の整数環のスペクトル $\operatorname{Spec}\mathcal{O}_k$ | 類似。$\operatorname{Spec}\mathcal{O}_k$ はエタールコホモロジー次元が($2$ 捩れを除いて)$3$ で、$3$ 次元の Poincaré 双対に似た双対性(Artin–Verdier)をもつ |
| $S^3$(単連結) | $\operatorname{Spec}\mathbb{Z}$ に無限素点を加えたもの($\pi_1=1$) | 両側とも定理($\mathbb{Q}$ には不分岐な拡大がない:Hermite–Minkowski) |
| 結び目 $K\subset S^3$ | 素数 $p$:$\operatorname{Spec}\mathbb{F}_p\subset\operatorname{Spec}\mathbb{Z}$ | 類似 |
| 結び目群 $\pi_1(S^3\setminus K)$ | $\pi_1(\operatorname{Spec}\mathbb{Z}\setminus\{p\})$:$p$ と無限素点の外で不分岐な最大拡大の Galois 群 | 類似。後者は有限生成かどうかもわかっていない |
| 絡み目群 | 有限個の素数の外で不分岐な最大拡大の Galois 群 $G_S$ | 類似。最大副 $l$ 商の表示で Milnor の定理と Koch の定理が同じ形になる |
| 絡み数($2$ を法として) | Legendre 記号 | 両側とも定理(下の節)。対応の仕方は定義による |
| 絡み数の対称性 | 平方剰余の相互法則($p,q\equiv1\pmod4$) | 両側とも定理。証明は別々 |
| Milnor の三重絡み数 | Rédei の三重記号 | 両側とも定義される量で、対応は Mor09 Example 4.7 |
| $1$ 次元ホモロジー群 $H_1(M)$ | イデアル類群 | 類似 |
| 無限巡回被覆 | 円分 $\mathbb{Z}_p$ 拡大 | 類似 |
| Alexander 多項式 | 岩澤多項式 | 両側とも定義される量。成長公式が同じ形になる |
表の出典は Mor09 §1(pp. 3–6)、§2(pp. 6–8)、§3(pp. 9–11)、§4(p. 17)、§5(p. 18)、§7(pp. 28–30)である。$\operatorname{Spec}\mathbb{Z}$ の基本群が自明であることは、「$\mathbb{Q}$ の拡大で、すべての有限素点で不分岐なものは $\mathbb{Q}$ だけ」という Minkowski の定理の言い換えで、$S^3$ が単連結であることと対応する(Mor09 p. 4)。
辞書は、個々の対応を一斉に証明する枠組みを与えるものではない。たとえば「結び目 ↔ 素数」の行は、$1$ 次元の対象が $3$ 次元の中にどう埋め込まれているかという見方を共有するだけで、素数の「結ばれ方」を位相的に定義するわけではない。Morishita は、素数 $p$ が $\operatorname{Spec}\mathbb{Z}$ にどう埋め込まれているかを理解することを数論の基本問題の一つと述べ、それを結び目理論の主題になぞらえている(Mor09 pp. 5–6)。一方の側で証明された事実を他方の側に移すときは、移した側で改めて証明が要る。
$K$ を $\mathbb{R}^3$ の結び目、$X_K=\mathbb{R}^3\setminus K$ とする。絡み数 の記事の命題「補空間の 1 次元ホモロジー」により、$\varphi_K\colon\pi_1(X_K)\to\mathbb{Z}$、$[\gamma]\mapsto\operatorname{lk}(K,\gamma)$ は可換化の同型を引き起こす全射準同型である。
$X_K$ の連結な $2$ 重被覆 $q\colon Y_K\to X_K$ は同型を除いてただ $1$ つで、$\varphi_K$ を $2$ で割った余りの核に対応する。$K$ と交わらない結び目 $L$ について、次は同値である。
弧状連結で局所弧状連結な空間の連結な被覆は、基本群の部分群の共役類と一対一に対応し、$2$ 重被覆には指数 $2$ の部分群が対応する(Hat02 Theorem 1.38、p. 67)。指数 $2$ の部分群は正規で、全射準同型 $\pi_1(X_K)\to\mathbb{Z}/2$ の核である。$\mathbb{Z}/2$ は可換なので、そのような準同型は可換化 $H_1(X_K)\cong\mathbb{Z}$ を経由し、$\mathbb{Z}$ から $\mathbb{Z}/2$ への全射は $1$ つしかない。よって部分群は $\ker(\varphi_K\bmod2)$ だけである。
閉曲線 $L$ の持ち上げが閉じることは、$[L]$ が $q_*\pi_1(Y_K)=\ker(\varphi_K\bmod2)$ に属すること(自由ホモトピー類で考える。部分群は正規なので基点によらない)と同値である(Hat02 Proposition 1.31、p. 61 と持ち上げの一意性)。これは $\operatorname{lk}(K,L)$ が偶数であることにほかならない。モノドロミーは、持ち上げの終点を始点に移す被覆変換で、$\pi_1(X_K)/q_*\pi_1(Y_K)\cong\mathbb{Z}/2$ の中の $[L]$ の像、すなわち $\operatorname{lk}(K,L)\bmod2$ である。$\square$
絡み数 の記事の定理「絡み数の対称性」により $\operatorname{lk}(K,L)\equiv\operatorname{lk}(L,K)\pmod2$ である。すなわち「$L$ の持ち上げが $Y_K$ で閉じる」ことと「$K$ の持ち上げが $Y_L$ で閉じる」ことは同値である。
$p$ を奇素数、$p^*:=(-1)^{(p-1)/2}p$ とし、$\zeta_p$ を $1$ の原始 $p$ 乗根とする。$\mathbb{Q}(\zeta_p)$ はただ $1$ つの $2$ 次部分体 $k_p:=\mathbb{Q}(\sqrt{p^*})$ をもつ(円分体 の記事の系「円分体の2次部分体」)。$p$ 以外の素数は $\mathbb{Q}(\zeta_p)$ で不分岐なので(円分体 の記事の定理「円分体における素数の分解」)、分岐指数の乗法性から $k_p$ でも不分岐である。$p\equiv1\pmod4$ なら $p^*=p$ で $k_p=\mathbb{Q}(\sqrt p)$ は実 $2$ 次体なので、無限素点でも分岐しない。こうして $k_p$ は、$\operatorname{Spec}\mathbb{Z}\setminus\{p\}$ の「$2$ 重被覆」にあたる。Morishita はこれを $X_p:=\operatorname{Spec}\mathbb{Z}\setminus\{(p)\}$ のただ $1$ つのエタールな $2$ 重被覆として扱う(Mor09 p. 7)。
$\operatorname{Gal}(k_p/\mathbb{Q})$ の元 $\sigma$ を $\sigma(\sqrt{p^*})/\sqrt{p^*}\in\{\pm1\}$ と同一視する。
$p\ne q$ を奇素数とする。$q$ は $k_p$ で不分岐なので、Frobenius 元 $\operatorname{Frob}_q\in\operatorname{Gal}(k_p/\mathbb{Q})=\{\pm1\}$ が定まる(Frobenius元。$\operatorname{Gal}$ は可換なので $q$ の上の素イデアルによらない)。
$$
(-1)^{\operatorname{lk}_2(p,q)}:=\operatorname{Frob}_q\big|_{k_p}
$$
で定まる $\operatorname{lk}_2(p,q)\in\mathbb{Z}/2$ を、$p$ と $q$ の $2$ を法とする絡み数という(Mor09 §2、p. 7)。
prop-at-double-cover で「$L$ のモノドロミー」だったものを「$q$ の Frobenius 元」に置き換えた定義である。これは類似に基づく命名で、位相的な絡み数を数論に持ち込んだものではない。
$p\ne q$ を奇素数とすると
$$
\operatorname{Frob}_q\big|_{k_p}=\left(\frac qp\right)
$$
である。すなわち $(-1)^{\operatorname{lk}_2(p,q)}=\left(\frac qp\right)$ である。
$L=\mathbb{Q}(\zeta_p)$、$G=\operatorname{Gal}(L/\mathbb{Q})$ とし、$a\in(\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^\times$ に $\sigma_a(\zeta_p)=\zeta_p^a$ となる $\sigma_a\in G$ を対応させる同型 $(\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^\times\cong G$ を使う。
$L$ での Frobenius 元。 $q\nmid p$ なので $q$ は $L$ で不分岐で、$\sigma_q(x)\equiv x^q\pmod{q\mathcal{O}_L}$ がすべての $x\in\mathcal{O}_L$ で成り立つ(円分体 の記事の命題「円分体のFrobenius元」)。$q\mathcal{O}_L$ は $q$ の上のどの素イデアル $\mathfrak{Q}$ にも含まれるので、$\sigma_q$ は $\mathfrak{Q}$ の Frobenius 元の定義の合同式をみたし、$\operatorname{Frob}_q(L/\mathbb{Q})=\sigma_q$ である。
$k_p$ への制限。 $G$ は可換なので $k_p/\mathbb{Q}$ は Galois 拡大で、Frobenius 元は制限と両立する(Frobenius元 の記事の定理「Frobenius元の中間体への移り方」の 2)。よって $\operatorname{Frob}_q|_{k_p}=\sigma_q|_{k_p}$ である。
制限は Legendre 記号。 制限 $\chi\colon(\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^\times\cong G\to\operatorname{Gal}(k_p/\mathbb{Q})=\{\pm1\}$、$a\mapsto\sigma_a|_{k_p}$ は全射準同型である(Galois 理論の基本定理)。$(\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^\times$ から $\{\pm1\}$ への自明でない準同型は Legendre 記号 $a\mapsto\left(\frac ap\right)$ だけなので(Legendre記号 の記事の定理「自明でない 2 次の指標はただ 1 つ」)、$\chi(a)=\left(\frac ap\right)$ である。$a=q$ とおいて主張を得る。$\square$
$p\ne q$ を奇素数とすると
$$
\left(\frac qp\right)=\left(\frac{p^*}q\right),\qquad\left(\frac qp\right)\left(\frac pq\right)=(-1)^{\frac{p-1}2\cdot\frac{q-1}2}
$$
である。とくに $p\equiv q\equiv1\pmod4$ なら $\operatorname{lk}_2(p,q)=\operatorname{lk}_2(q,p)$ である。
$p^*=\pm p$ は平方因子をもたず、$q$ は奇数で $p^*$ を割らないので、Frobenius元 の記事の例「2 次体と平方剰余」を $d=p^*$ に使うと $\operatorname{Frob}_q(\sqrt{p^*})=\left(\frac{p^*}q\right)\sqrt{p^*}$ である。thm-at-frobenius-legendre と比べて $\left(\frac qp\right)=\left(\frac{p^*}q\right)$ を得る。Legendre 記号の乗法性(Legendre記号 の記事の「Legendre 記号の計算規則」(ii))と第 1 補充法則 $\left(\frac{-1}q\right)=(-1)^{(q-1)/2}$(平方剰余の相互法則 の記事の定理「補充法則」)により
$$
\left(\frac{p^*}q\right)=\left(\frac{-1}q\right)^{\frac{p-1}2}\left(\frac pq\right)=(-1)^{\frac{q-1}2\cdot\frac{p-1}2}\left(\frac pq\right)
$$
である。両辺に $\left(\frac pq\right)=\pm1$ を掛けて第 $2$ 式を得る。$p\equiv q\equiv1\pmod4$ なら右辺の符号は $+1$ で、$(-1)^{\operatorname{lk}_2(p,q)}=\left(\frac qp\right)=\left(\frac pq\right)=(-1)^{\operatorname{lk}_2(q,p)}$ である。$\square$
この証明は、同じ $\operatorname{Frob}_q|_{k_p}$ を $2$ 通りに計算している。$\mathbb{Q}(\zeta_p)$ の中で見ると $\left(\frac qp\right)$ に、$\sqrt{p^*}$ の $q$ 乗を法 $q$ で見る(Euler の規準)と $\left(\frac{p^*}q\right)$ になる。絡み数 の記事の対称性の証明も、同じ写像度を $2$ つの正則値 $\pm e_3$ で数えることで得られた。ただし、この方法の並行は類似であって、一方の証明から他方の証明が導かれるわけではない。
| 結び目 $K,L$ | 素数 $p,q\equiv1\pmod4$ | |
|---|---|---|
| $2$ 重被覆 | $Y_K\to X_K$(ただ $1$ つ) | $k_p=\mathbb{Q}(\sqrt p)$($p$ の外で不分岐) |
| もう一方の像 | $L$ のモノドロミー | $q$ の Frobenius 元 |
| その値 | $\operatorname{lk}(K,L)\bmod2$(prop-at-double-cover) | $\left(\frac qp\right)$(thm-at-frobenius-legendre) |
| 別の計算 | Seifert 曲面と $L$ の交点数 | Euler の規準で $\left(\frac pq\right)$ |
| 対称性 | $\operatorname{lk}(K,L)=\operatorname{lk}(L,K)$(定理) | $\left(\frac qp\right)=\left(\frac pq\right)$(cor-at-reciprocity、定理) |
| 対称性の証明 | Gauss 写像の写像度を $2$ つの正則値で数える | Frobenius 元を $2$ 通りに計算する |
3 行目と 5 行目は、左右それぞれが証明した命題である。左右の結びつき(どの行の左がどの行の右に当たるか)は、どの行も類似である。
$4$ で割って $1$ 余る素数 $5,13,17,29,37,41$ について、$\left(\frac qp\right)$(行 $q$、列 $p$)を並べると次のようになる。
$$
\begin{array}{c|cccccc}
&5&13&17&29&37&41\\\hline
5&\ast&-1&-1&1&-1&1\\
13&-1&\ast&1&1&-1&-1\\
17&-1&1&\ast&-1&-1&-1\\
29&1&1&-1&\ast&-1&-1\\
37&-1&-1&-1&-1&\ast&1\\
41&1&-1&-1&-1&1&\ast
\end{array}
$$
たとえば $5$ を法とする平方は $1,4$ で、$13\equiv3$、$29\equiv4$、$41\equiv1$ なので $\left(\frac{13}5\right)=-1$、$\left(\frac{29}5\right)=\left(\frac{41}5\right)=1$ である。表は対称で、cor-at-reciprocity の対称性を表している。位相の側で絡み目の成分どうしの絡み数を並べた「絡み行列」にあたる。
Gauss の種の理論は、$2$ 次体のイデアル類群の $2$ で割った商を、分岐する素数での Legendre 記号で記述する。Morishita はその位相版として、$n$ 成分の絡み目に沿って分岐する $S^3$ の $2$ 重被覆 $M$ について $H_1(M)/2H_1(M)\cong(\mathbb{Z}/2)^{n-1}$ となることを挙げ、Rédei が類群の $4$ 階数を表すのに使った Legendre 記号の行列が、$2$ を法とする絡み行列の類似であると述べている(Mor09 §5、pp. 18–19)。ここでは、その数論の側の最も小さな場合である「$2$ 素数の積の $2$ 次体の類数が偶数になる理由」を、不分岐な $2$ 次拡大を具体的に作って示す。
$p\ne q$ を $4$ で割って $1$ 余る素数とし、$k=\mathbb{Q}(\sqrt{pq})$、$K=\mathbb{Q}(\sqrt p,\sqrt q)$ とする。このとき $K/k$ は $2$ 次拡大で、すべての有限素点と無限素点で不分岐である。したがって $k$ の類数は偶数である。
$G=\operatorname{Gal}(K/\mathbb{Q})\cong(\mathbb{Z}/2)^2$ で、位数 $2$ の部分群は $H_p=\operatorname{Gal}(K/\mathbb{Q}(\sqrt p))$、$H_q=\operatorname{Gal}(K/\mathbb{Q}(\sqrt q))$、$H_{pq}=\operatorname{Gal}(K/k)$ の $3$ つである。制限の積 $G\to\operatorname{Gal}(\mathbb{Q}(\sqrt p)/\mathbb{Q})\times\operatorname{Gal}(\mathbb{Q}(\sqrt q)/\mathbb{Q})$ は単射である($\sqrt p,\sqrt q$ を固定する元は恒等写像)。
$p\equiv1\pmod4$ なので $\mathbb{Q}(\sqrt p)=k_p$ は $p$ の外で不分岐であり、$q$ についても同様である(前節)。素数 $\ell$ の上の $K$ の素イデアル $\mathfrak{L}$ の惰性群を $I\subset G$ とする。中間体 $M$ について、$\mathfrak{L}\cap\mathcal{O}_M$ の $\ell$ 上の分岐指数は $\lvert I\rvert/\lvert I\cap\operatorname{Gal}(K/M)\rvert$ である(分解群と惰性群 の記事の命題「分解群と惰性群の基本性質」の 4 と系「惰性群の位数と完全列」)。
たとえば $p=5$、$q=13$ では $\mathbb{Q}(\sqrt5,\sqrt{13})$ が $\mathbb{Q}(\sqrt{65})$ の不分岐な $2$ 次拡大で、$\mathbb{Q}(\sqrt{65})$ の類数は偶数である。種の理論の言葉では、分岐する素数が $2$ 個なので $2$ 階数は $2-1=1$ になる。どれだけ大きな $2$ 冪が類数を割るか($4$ 階数)は $\left(\frac pq\right)$ に依存し、これを扱うのが Rédei の理論である(Mor09 p. 19)。位相の側では $2$ 成分の絡み目の $2$ 重分岐被覆が対応する。
Alexander多項式 の記事の無限巡回被覆と Alexander 加群は、岩澤理論 の $\mathbb{Z}_p$ 拡大と岩澤加群に対応する(Mor09 §7、pp. 28–30)。
| 位相 | 数論 |
|---|---|
| 結び目の補空間の無限巡回被覆、被覆変換群 $\langle t\rangle\cong\mathbb{Z}$ | 円分 $\mathbb{Z}_p$ 拡大、Galois 群 $\cong\mathbb{Z}_p$(生成元 $\gamma$) |
| メリディアン | 惰性群の生成元としての $\gamma$ |
| $\Lambda=\mathbb{Z}[t,t^{-1}]$ | 岩澤代数 $\mathbb{Z}_p[\![T]\!]$($\gamma\leftrightarrow1+T$) |
| Alexander 加群 $H_1(X_\infty)$ | 岩澤加群(類群の $p$ 部分の射影極限) |
| Alexander 多項式 | 岩澤多項式 |
| $n$ 重分岐巡回被覆 $M_n$ の $H_1$ | 中間体 $k_n$ の類群の $p$ 部分 |
| $\#H_1(M_{p^n})[p]=p^{\lambda n+\mu p^n+\nu}$($n\gg0$) | $\#(\text{類群の }p\text{ 部分})=p^{\lambda n+\mu p^n+\nu}$($n\gg0$) |
最後の行の右は岩澤の成長公式(岩澤理論 の記事の定理「岩澤の成長公式」)、左はその位相版で、有理ホモロジー球面の分岐 $\mathbb{Z}_p$ 被覆について示されている(Ueki16 Theorem 4.9、p. 11。Mor09 p. 29)。どちらもこの記事では証明しない。$S^3$ の結び目では $H_1(M_{p^n})$ の $p$ 部分は $0$ であり、$\mathbb{Q}$ の円分 $\mathbb{Z}_p$ 拡大でも類群の $p$ 部分は $0$ である(Mor09 pp. 29–30)。
この行については、類似の一部に共通の説明がある。Alexander 加群も岩澤加群も、群(または副 $p$ 群)$G$ と準同型 $G\to\mathbb{Z}$(または $\mathbb{Z}_p$)から同じ方法(Fox の自由微分による微分加群)で作られ、上の類似の一部はこの一般の枠組みの帰結である(Mor09 p. 30)。一方、Alexander多項式 の記事の Seifert 曲面による表示に当たるものは数論の側にない。岩澤 $\lambda$ 不変量を「ファイバー結び目の種数の $2$ 倍」の類似とみる見方があるが(Mor09 p. 30)、数論の側に Seifert 曲面そのものは定義されない。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $p\equiv q\equiv1\pmod4$ | $p=3$、$q=7$ | 対称性 $\left(\frac qp\right)=\left(\frac pq\right)$($\operatorname{lk}_2$ の対称性) |
| $p\equiv1\pmod4$ | $\mathbb{Q}(\sqrt3)$ | $\mathbb{Q}(\sqrt p)$ は $p$ の外で不分岐($2$ 重被覆の類似) |
| $2$ 成分ずつの情報で足りる | Borromean 環、素数の組 $\{13,61,937\}$ | どの $2$ つも絡み数 $0$(Legendre 記号 $1$)なら、$3$ つ全体の三重不変量も自明 |
1 行目:$3$ を法とする平方は $1$ だけで、$7\equiv1$ なので $\left(\frac73\right)=1$ である。$7$ を法とする平方は $1,2,4$ で、$3$ は含まれないので $\left(\frac37\right)=-1$ である。cor-at-reciprocity の符号 $(-1)^{\frac{3-1}2\cdot\frac{7-1}2}=-1$ のとおりで、破れるのは $p\equiv q\equiv1\pmod4$ の仮定である。
2 行目:$\mathbb{Q}(\sqrt3)$ で $(1+\sqrt3)^2=2(2+\sqrt3)$ で、$2+\sqrt3$ はノルム $1$ の単数なので、$(2)=(1+\sqrt3)^2$ と $2$ が分岐する。$3\equiv3\pmod4$ では $p$ の外で不分岐な $2$ 次体は $k_3=\mathbb{Q}(\sqrt{-3})$ で、これは虚 $2$ 次体なので無限素点で分岐する。「有限素点と無限素点の両方で $p$ の外で不分岐な $2$ 次体」が得られるのは $p\equiv1\pmod4$ のときで、これが対応表で $p,q\equiv1\pmod4$ を仮定する理由である(Mor09 p. 7)。
3 行目:Borromean 環はどの $2$ 成分の絡み数も $0$ だがほどけない(絡み数 の記事の反例の表)。数論の側では $13,61,937$ はどれも $4$ で割って $1$ 余り、$\left(\frac{61}{13}\right)=\left(\frac{937}{13}\right)=\left(\frac{937}{61}\right)=1$(相互法則から逆も $1$)である。実際 $61\equiv9=3^2\pmod{13}$、$937\equiv1\pmod{13}$、$937\equiv22\equiv 12^2\pmod{61}$ である。それにもかかわらず Rédei の三重記号は $[13,61,937]=-1$ で、Morishita はこの組を「$2$ を法とする Borromean 素数」と呼んでいる(Mor09 Example 4.7、p. 17)。三重記号の定義と計算はこの記事では扱わない。
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