位相幾何学者の正弦曲線 (Topologist's sine curve) とは、位相幾何学において「連結性と弧状連結性の不一致」や「局所連結性の欠如」を示すために頻繁に用いられる代表的な反例である。ユークリッド平面上の部分集合として定義され、原点に向かって無限に振動する正弦関数のグラフと、その集積集合である線分を合わせた形状をしている。この空間は「つながっている(連結)」にもかかわらず、その上を連続的に移動する「道」を作ることができない(非弧状連結)という直感に反する性質を持つ。
位相幾何学者の正弦曲線 $S$ は、平面 $\mathbb{R}^2$ (通常の位相を持つ)の部分集合として以下のように定義される。
以下の2つの集合 $G$ と $I$ の和集合 $S = G \cup I$ を位相幾何学者の正弦曲線という。
$I$ は $G$ の $\mathbb{R}^2$ における集積点の集合である。したがって、
$$S = \overline{G}$$
と表すこともできる(ここで $\overline{G}$ は $G$ の閉包)。
このことから、$S$ は $\mathbb{R}^2$ の有界閉集合であるため、コンパクト空間である。
関数 $y = \sin(1/x)$ は、$x$ が $0$ に近づくにつれて引数 $1/x$ が無限大に発散するため、$-1$ と $1$ の間で無限回の振動を繰り返す。
この空間は、位相幾何学における以下の概念の差異を際立たせるための標準的な反例として機能する。
位相幾何学者の正弦曲線 $S$ は連結空間である。
直感的には、$I$ 上の点から $G$ 上へ移動しようとすると、無限回の振動を「有限時間」で通過しなければならず、これは連続的な動きでは不可能である。
$S$ は弧状連結空間ではない。具体的には、$I$ 上の点(例: 原点 $(0,0)$)と $G$ 上の点(例: $(1, \sin 1)$)を結ぶ道は存在しない。
背理法で示す。
$S$ 内に、点 $P \in I$ と 点 $Q \in G$ を結ぶ道(連続写像)$\gamma: [0, 1] \to S$ が存在したとする ($\gamma(0)=P, \gamma(1)=Q$)。
$\gamma(t) = (x(t), y(t))$ と成分表示する。
$x(t)$ は連続関数であり、$x(0)=0$ かつ $x(1)=1$ である。
中間値の定理より、ある時刻以降は $x(t) > 0$ となる。
$t$ を $0$ に近づけると、$x(t) \to 0$ となるが、このとき $y(t) = \sin(1/x(t))$ は $-1$ と $1$ の間を無限に行き来し、特定の値($P$の $y$ 座標)に収束しない。
これは $\gamma$ の連続性(特に $t=0$ での連続性)に矛盾する。
$S$ は局所連結空間ではない。
理由:
$I$ 上の点、例えば $P(0, 1)$ を考える。
$P$ を中心とする半径 $\varepsilon < 1$ の開球 $B_\varepsilon(P)$ と $S$ の共通部分($S$ における近傍)を考える。
この近傍は、$I$ の一部(線分)と、$G$ の断片(無数の分離した円弧状の線)の和集合となる。
これらの $G$ の断片は、近傍内部では $I$ と繋がっておらず、互いに孤立している。
したがって、いくら小さな近傍を取っても連結にはならず、基本近傍系として連結なものを取ることができない。
位相幾何学者の正弦曲線には、いくつかのバリエーションが存在する。
本記事で定義した $S = \overline{G}$ を指す。通常、単に「位相幾何学者の正弦曲線」と言えばこれを指すことが多いが、文脈によっては $G \cup \{(0,0)\}$ のみを指すこともあるため注意が必要である。
位相幾何学者の正弦曲線 $S$ に、$(0, -1)$ と $(1, \sin 1)$ を結ぶ単純な弧($S$ とは交わらないもの)を付け加えて閉じたループにした空間。