位相幾何学者の正弦曲線(topologist's sine curve)とは、平面 $\mathbb{R}^2$ の部分集合 $S=\{(x,\sin(1/x))\mid 0<x\le1\}\cup(\{0\}\times[-1,1])$、すなわち原点に向かって無限回振動する正弦関数のグラフ $G$ に、$G$ の閉包で新たに加わる $y$ 軸上の線分 $I$ を付け加えた空間のことで、$G$ の閉包に等しい。$S$ は連結かつコンパクトであるが、$I$ の点と $G$ の点を結ぶ道が存在しないため弧状連結でなく、$I$ の各点で連結な近傍が取れないため局所連結でも局所弧状連結でもない。「連結ならば弧状連結」「連結ならば局所連結」という含意が成り立たないことを示す標準的な反例であり、弧状連結成分は $G$ と $I$ の二つである。
青は $y=\sin(1/x)$ のグラフ $G$、橙は $x=0$ 上の線分 $I$。右は原点付近の拡大図で、振動が縦線へ集積する様子を示す
図の青い曲線は有限の描画範囲 $1/(800\pi)\le x\le1$ だけを示す。実際の $G$ はすべての $0< x\le1$ に続き、その閉包には橙の縦線 $I=\{0\}\times[-1,1]$ 全体が含まれる。縦線を加えた $S=G\cup I$ は連結だが、$I$ の点から $G$ の点へ至る道はなく、弧状連結ではない。図は振動と集積の様子を表し、道が存在しないことは後の定理で証明する。
まず $I\subset\overline{G}$ を示す。$(0,y)\in I$ とし、$\sin a=y$ となる $a\in[-\pi/2,\pi/2]$ をとる。$k\ge1$ に対し $t_k:=1/(a+2\pi k)$ とおくと、$a+2\pi k\ge2\pi-\pi/2>1$ なので $0< t_k<1$ であり、$\sin(1/t_k)=\sin(a+2\pi k)=y$ である。よって $(t_k,y)\in G$ であり、$k\to\infty$ で $(t_k,y)\to(0,y)$ となるから $(0,y)\in\overline{G}$ である。
次に $\overline{G}\subset G\cup I$ を示す。$[0,1]\times[-1,1]$ は $G$ を含む閉集合なので $\overline{G}\subset[0,1]\times[-1,1]$ である。$(x,y)\in\overline{G}$ とする。$x=0$ ならば $y\in[-1,1]$ なので $(x,y)\in I$ である。$x>0$ とする。写像 $\varphi\colon(0,1]\times\mathbb{R}\to\mathbb{R}$、$\varphi(x,y):=y-\sin(1/x)$ は連続写像であり、$G=\varphi^{-1}(0)$ は $(0,1]\times\mathbb{R}$ の閉集合である。$(x,y)$ は $(0,1]\times\mathbb{R}$ の点で $G$ の閉包に属するので、$(0,1]\times\mathbb{R}$ における $G$ の閉包、すなわち $G$ 自身に属する。以上で $\overline{G}=G\cup I$ である。$G\subset\overline{G}$ は明らかである。$\square$
文献によって「位相幾何学者の正弦曲線」が指す集合は少しずつ異なる。Mun00 §24 Example 7 は本記事と同じく閉包 $\overline{G}=S$ を位相幾何学者の正弦曲線と呼ぶ。$S$ を、グラフ $G$ だけからなる空間と区別して閉じた位相幾何学者の正弦曲線(closed topologist's sine curve)と呼ぶこともある。また $G\cup\{(0,0)\}$ のように $I$ の一部だけを付け加えた集合を同じ名前で呼ぶ文献もある(SS78 の Topologist's Sine Curve の項を参照)。連結性・非弧状連結性・非局所連結性の証明は、$I$ の代わりに $I$ の非空な部分集合を付け加えた空間についてもそのまま通用する(コンパクト性と閉集合性は $I$ 全体を付けた場合に限る)。
関数 $y=\sin(1/x)$ は、$x$ が $0$ に近づくにつれて引数 $1/x$ が限りなく大きくなるため、$-1$ と $1$ の間の振動を無限回繰り返す。$x=1$ の付近では緩やかな波であるが、原点に近づくほど波長が短くなり、$x\to0$ の極限では振動が $y$ 軸上の線分 $I=\{0\}\times[-1,1]$ 全体に「塗り込められる」ように見える。$G$ は $I$ にいくらでも近づく(距離は $0$ になる)ので、両者を合わせた $S$ は「ひとつながり」(連結)である。ところが、$I$ の点から $G$ の点へ連続的に移動しようとすると、有限の時間で無限回の振動を通過しなければならず、これは不可能である(弧状連結でない)。同じ理由で、$I$ 上の点のどんな小さい近傍も、$G$ の互いに離れた無限個の弧を含んでしまい、連結な近傍を取り出せない(局所連結でない)。
位相幾何学者の正弦曲線 $S$ は次の含意が成り立たないことを示す標準的な反例である。
| 性質 | $S$ について | 根拠 |
|---|---|---|
| 連結 | 成り立つ | prop-topologists-sine-curve-connected |
| 弧状連結 | 成り立たない | thm-topologists-sine-curve-not-path-connected |
| 局所連結 | 成り立たない | prop-topologists-sine-curve-not-locally-connected |
| 局所弧状連結 | 成り立たない | cor-topologists-sine-curve-not-locally-path-connected |
| コンパクト | 成り立つ | prop-topologists-sine-curve-compact |
| Hausdorff・距離化可能 | 成り立つ | $\mathbb{R}^2$ の部分空間であることから |
| 弧状連結成分の個数 | $2$($G$ と $I$) | cor-topologists-sine-curve-path-components |
位相幾何学者の正弦曲線 $S$ は連結である。
区間 $(0,1]$ は連結である(記事 連結空間 の「実数直線の連結部分集合」の定理)。$G$ は連続写像 $h\colon(0,1]\to\mathbb{R}^2$、$h(x)=(x,\sin(1/x))$ による $(0,1]$ の像なので連結である(同記事の「連続像は連結」)。prop-topologists-sine-curve-closure により $S=\overline{G}$ であり、連結な集合の閉包は連結である(同記事の「連結な集合の閉包も連結」)から、$S$ は連結である。$\square$
$\gamma\colon[0,1]\to S$ を連続写像とし、$\gamma(0)\in I$ とすると、$\gamma([0,1])\subset I$ である。したがって $I$ の点と $G$ の点を結ぶ道は存在せず、$S$ は弧状連結でない。
$A:=\gamma^{-1}(I)$ とおく。$I=S\cap(\{0\}\times\mathbb{R})$ は $S$ の閉集合なので、$A$ は $[0,1]$ の閉集合であり、$0\in A$ である。$A\ne[0,1]$ と仮定して矛盾を導く。$s\in[0,1]\setminus A$ をとり、$t_0:=\sup\{t\in A\mid t< s\}$ とおく。$A$ は閉なので $t_0\in A$ であり、$s\notin A$ より $t_0< s$ である。また $t_0< t\le s$ なる $t$ が $A$ に属せば、$t\ne s$ なので $t< s$ となり $t_0$ の定義に反する。よって $\gamma(t)\in G$ が $t_0< t\le s$ で成り立つ。
$\gamma(t)=(x(t),y(t))$ と成分表示すると、$x,y\colon[0,1]\to\mathbb{R}$ は連続である。$x(t_0)=0$ であり、$t_0< t\le s$ では $x(t)>0$ である。$y_0:=y(t_0)\in[-1,1]$ とおき、$y_0\le0$ なら $\sigma:=1$、$y_0>0$ なら $\sigma:=-1$ とおくと $|\sigma-y_0|\ge1$ である。$y$ の $t_0$ における連続性により、$\delta>0$ を $t_0+\delta\le s$ かつ $t_0\le t\le t_0+\delta$ ならば $|y(t)-y_0|<1$ となるようにとれる。$a:=x(t_0+\delta)>0$ とおく。
$x$ は連続なので、区間 $[t_0,t_0+\delta]$ の像 $x([t_0,t_0+\delta])$ は $\mathbb{R}$ の連結部分集合、すなわち区間であり(記事 連結空間 の「実数直線の連結部分集合」と「連続像は連結」。これは中間値の定理の内容である)、$0$ と $a$ を含むので $[0,a]$ を含む。整数 $k\ge1$ を十分大きくとって $u:=1/(\sigma\pi/2+2\pi k)$ が $0< u< a$ を満たすようにすると、$\sin(1/u)=\sin(\sigma\pi/2)=\sigma$ である。$x(\tau)=u$ となる $\tau\in[t_0,t_0+\delta]$ をとる。$\gamma(\tau)\in S$ の第 1 座標は $u>0$ なので $\gamma(\tau)\in G$ であり、$G$ の点で第 1 座標が $u$ のものは $(u,\sin(1/u))=(u,\sigma)$ だけだから、$y(\tau)=\sigma$ である。ところが $\tau\in[t_0,t_0+\delta]$ なので $|y(\tau)-y_0|<1$ であり、$|\sigma-y_0|\ge1$ に矛盾する。
よって $A=[0,1]$、すなわち $\gamma([0,1])\subset I$ である。$I$ の点 $p$ と $G$ の点 $q$ を結ぶ道 $\gamma$($\gamma(0)=p$、$\gamma(1)=q$)があれば $q=\gamma(1)\in I$ となり $G\cap I=\emptyset$ に反するので、そのような道は存在しない。$I$ と $G$ はともに非空なので $S$ は弧状連結でない。$\square$
$S$ の弧状連結成分はちょうど二つあり、$G$ と $I$ である。
ex-topologists-sine-curve-parts により $G$ と $I$ はそれぞれ弧状連結であり、thm-topologists-sine-curve-not-path-connected により $G$ の点と $I$ の点は道で結べない。よって $S$ の点 $p,q$ が道で結べることと、$p,q$ がともに $G$ に属するかともに $I$ に属することとは同値であり、弧状連結成分は $G$ と $I$ である。$\square$
$S$ は $I$ の各点において局所連結でない。より強く、$I$ の各点 $p$ について、$p$ の近傍 $U$ で、$U$ に含まれる $p$ の連結な近傍(開とは限らない)が存在しないものがある。したがって $S$ は局所連結空間でない。一方、$S$ は $G$ の各点においては局所連結である。
$p=(0,y_0)\in I$ とし、$U:=S\cap B(p,1)$($B(p,1)$ は $\mathbb{R}^2$ における $p$ を中心とする半径 $1$ の開球)とおく。$U$ は $S$ における $p$ の開近傍である。$V$ を $p$ の連結な近傍で $V\subset U$ となるものとし、矛盾を導く。$y_0\le0$ なら $\sigma:=1$、$y_0>0$ なら $\sigma:=-1$ とおくと $|\sigma-y_0|\ge1$ なので、第 2 座標が $\sigma$ の点はどれも $B(p,1)$ に属さず、したがって $V$ に属さない。
$V$ は $p$ の近傍なので、ある $\varepsilon>0$ について $S\cap B(p,\varepsilon)\subset V$ である。prop-topologists-sine-curve-closure の証明のとおり $p$ は $G$ の点列の極限なので、$G$ の点 $q=(a,\sin(1/a))$($a>0$)で $q\in V$ となるものがある。第 1 座標への射影 $\pi\colon S\to\mathbb{R}$ は連続なので、$\pi(V)$ は $\mathbb{R}$ の連結部分集合、すなわち区間であり(記事 連結空間)、$0=\pi(p)$ と $a=\pi(q)$ を含むから $[0,a]\subset\pi(V)$ である。整数 $k\ge1$ を十分大きくとり $u:=1/(\sigma\pi/2+2\pi k)$ が $0< u< a$ を満たすようにすると $\sin(1/u)=\sigma$ である。$u\in\pi(V)$ なので $V$ は第 1 座標が $u$ の点を含むが、$S$ の点で第 1 座標が $u>0$ のものは $(u,\sigma)$ だけであり、これは $V$ に属さない。これが矛盾である。
$G$ の点 $q=(a,\sin(1/a))$($a>0$)については、$G':=S\cap\{(x,y)\mid x>a/2\}=h((a/2,1])$ が $S$ の開集合であり、ex-topologists-sine-curve-parts の同相写像 $h$ により区間 $(a/2,1]$ と同相である。$q$ の $S$ における任意の近傍 $U$ に対し $U\cap G'$ は $G'$ における $q$ の近傍であり、区間は局所連結なので(各点が部分区間の近傍をもつ)、$G'$ の連結な開集合 $V$ で $q\in V\subset U\cap G'$ となるものがある。$G'$ が $S$ で開なので $V$ は $S$ でも開であり、$S$ は $q$ で局所連結である。$\square$
$S$ は局所弧状連結空間でない。
局所弧状連結空間は局所連結である(記事 局所連結空間 の「局所弧状連結ならば局所連結」)ので、prop-topologists-sine-curve-not-locally-connected から従う。別証として、$S$ は非空で連結だが弧状連結でないので、記事 弧状連結空間 の「連結性からの回復」の定理の対偶により局所弧状連結でない。$\square$
$S$ はコンパクト空間であり、Hausdorff空間かつ距離化可能である。
prop-topologists-sine-curve-closure により $S=\overline{G}$ は $\mathbb{R}^2$ の閉集合であり、$S\subset[0,1]\times[-1,1]$ なので有界である。$\mathbb{R}^n$ の部分集合がコンパクトであることは、閉かつ有界であることと同値である(コンパクト空間 の定理「有界閉集合とコンパクト性の一致」、Mun00 §27 Theorem 27.3)から、$S$ はコンパクトである。$S$ は距離空間 $\mathbb{R}^2$ の部分空間なので、Euclid 距離の制限により距離化可能空間であり、特に Hausdorff である。$\square$
$S$ の二つの「端」$(0,-1)\in I$ と $(1,\sin1)\in G$ を、$S$ とこの二点以外で交わらない弧(例えば $(0,-1)$ から $(0,-2)$、$(2,-2)$、$(2,\sin1)$ を経て $(1,\sin1)$ に至る折れ線)で結んで得られる空間をワルシャワ円(Warsaw circle、Hatcher の quasi-circle)という。$S$ が弧状連結でないのに対し、ワルシャワ円は弧状連結である。実際、$I$ の点は $I$ の中で $(0,-1)$ と結べ、$(0,-1)$ は付け加えた弧で $(1,\sin1)$ と結べ、$G$ の点は $G$ の中で $(1,\sin1)$ と結べる。ワルシャワ円はコンパクトかつ連結で、すべてのホモトピー群が自明(特に基本群が自明で単連結空間)であるにもかかわらず可縮空間でない(Hat02 §4.1 の演習)。したがって、Whiteheadの定理(弱ホモトピー同値な CW複体 はホモトピー同値)の CW 複体という仮定は落とせない。特異ホモロジーは弱ホモトピー同値で保たれる(Hat02 Proposition 4.21)ので一点のものと同じであるが、Čechコホモロジー $\check{H}^1$ は $\mathbb{Z}$ である(MS82)。ワルシャワ円はシェイプ理論で円周 $S^1$ と比較される標準的な例である。
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