ホモロジー代数

同義語:homological algebra

概要

ホモロジー代数(homological algebra)とは、複体の微分が完全でない度合いをホモロジーとして測り、完全列・分解・導来関手を通じてその情報を計算する理論である。加群の圏から出発し、アーベル圏、導来圏、安定∞圏へ一般化される。鎖写像のホモトピー不変性、短完全列から生じる長完全列、射影・入射分解によるExtとTorの構成が中核をなし、代数的位相幾何学・代数幾何学・表現論に共通の言語を与える。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: アーベル圏, 複体とホモロジー, 完全列, 関手

分野としてのホモロジー代数

ホモロジー代数(homological algebra)とは、完全列と複体を用いて、関手が完全性を保てない度合いを次数付きの不変量として記録する理論である。環上の加群に限らず、核・余核・像と完全列を扱えるアーベル圏が古典的な舞台になる。
鎖複体、鎖写像、鎖ホモトピー、ホモロジーの定義と初等的性質は複体とホモロジーが所有する。環上の加群における射影・入射分解、$\operatorname{Ext}$$\operatorname{Tor}$ の具体的構成と計算は環上の加群のホモロジー代数が所有する。本記事は、それらをアーベル圏、導来関手、導来圏、スペクトル系列へつなぐ分野地図を与える。
基本的な発想は、完全性の失敗を捨てないことである。右完全関手が単射を保たない失敗は左導来関手に、左完全関手が全射を保たない失敗は右導来関手に現れる。短完全列は長完全列へ変換され、局所的な完全性の欠如が隣接する次数へ運ばれる。

三つの階層

理論は大きく三つの階層に分けられる。

  1. アーベル圏の完全列と複体。
  2. 分解を使って作る導来関手と、その計算装置である二重複体・スペクトル系列。
  3. 擬同型を同型にした導来圏、およびその増強としてのdg圏や安定∞圏。
    第一の階層では元を使わず、核と像の普遍性によって議論する。第二の階層では射影対象・入射対象やacyclic対象を使って関手を導来する。第三の階層では個々の分解ではなく、分解が表している導来的対象そのものを扱う。
アーベル圏における複体

アーベル圏 $\mathcal A$ の鎖複体とは、対象と射の列
$$ \cdots\longrightarrow C_{n+1}\xrightarrow{d_{n+1}}C_n \xrightarrow{d_n}C_{n-1}\longrightarrow\cdots $$
$d_nd_{n+1}=0$ を満たすものである。ホモロジー対象は
$$ H_n(C)=\ker(d_n)/\operatorname{im}(d_{n+1}) $$
で定まる。ここで商はアーベル圏の余核を用いて解釈する。

この定義が加群の場合と同じ形になるのは、アーベル圏の公理が像と余像の標準射を同型にするためである。

短完全列から長完全列へ

複体の短完全列
$$ 0\longrightarrow A_\bullet\longrightarrow B_\bullet \longrightarrow C_\bullet\longrightarrow0 $$
から、連結射 $\partial_n\colon H_n(C)\to H_{n-1}(A)$ を含む長完全列が生じる。この構成はsnake lemmaの次数付き適用であり、ホモロジー代数の中心的な機構である。

ホモロジー長完全列

アーベル圏の複体の短完全列から、自然な長完全列
$$ \cdots\to H_n(A)\to H_n(B)\to H_n(C) \xrightarrow{\partial_n}H_{n-1}(A)\to H_{n-1}(B)\to\cdots $$
が得られる。

出典と所有範囲

連結射の元による構成、選択によらないこと、各位置での完全性の証明は、加群の場合について環上の加群のホモロジー代数に委譲する。一般のアーベル圏では同じ主張がsnake lemmaから従う。標準的な証明は Wei94 §1.3 および GM03 III.1 にある。

連結射があるため、完全性の失敗は一つ下の次数へ移る。これは導来関手の長完全列、相対コホモロジー列、局所コホモロジー列などへ同じ形で現れる。

射影・入射分解と導来関手

導来関手を述べるときは、圏、関手の加法性と完全性、分解の存在を明示しなければならない。

左導来関手

$\mathcal A$ を十分な射影対象をもつアーベル圏、$\mathcal B$ をアーベル圏とし、$F\colon\mathcal A\to\mathcal B$ を加法的右完全関手とする。対象 $X$ の射影分解 $P_\bullet\to X$ を選び
$$ L_nF(X)=H_n(F(P_\bullet)) $$
と定める。比較定理により、この対象は分解の選択によらず自然同型を除いて一意である。

双対に、$\mathcal A$ が十分な入射対象をもち、$G\colon\mathcal A\to\mathcal B$ が加法的左完全関手なら、入射分解 $X\to I^\bullet$ により
$$ R^nG(X)=H^n(G(I^\bullet)) $$
を定める。
射影分解または入射分解が存在しない圏でも、$F$-acyclic対象、$G$-acyclic対象、K-projective複体、K-injective複体などを用いて導来できる場合がある。従って「任意のアーベル圏の任意の関手に導来関手がある」とは限らない。

射影対象上での高次左導来関手の消滅

上の仮定のもとで、射影対象 $P\in\mathcal A$$n>0$ に対し
$$ L_nF(P)=0 $$
である。

$P$ 自身が射影なので、次数0に $P$、その他の次数に零対象を置いた複体は $P$ の射影分解である。これに $F$ を適用して得る複体も次数0以外では零対象である。従って正の次数のホモロジーは零であり、$L_nF(P)=0$ を得る。$\square$

入射対象上での高次右導来関手の消滅

上の双対的な仮定のもとで、入射対象 $I\in\mathcal A$$n>0$ に対し
$$ R^nG(I)=0 $$
である。

$I$ 自身が入射なので、次数0に $I$、その他の次数に零対象を置いた複体を入射分解として使える。$G$ を適用したコチェイン複体は正の次数で零対象だから、その正次数コホモロジーも零である。$\square$

この二つの命題は、射影・入射対象が導来関手から見てacyclicであることを述べる。一般のacyclic分解は、この消滅性を保ちながら使える対象の範囲を広げる。

ExtとTorの型

$R$ が非可換でも扱えるよう、左右加群を区別する。$M$ を右 $R$-加群、$N$ を左 $R$-加群とすると $M\otimes_RN$ が定義される。固定した左加群 $N$ に対する加法的右完全関手
$$ -\otimes_RN\colon \operatorname{Mod}\text{-}R\longrightarrow\operatorname{Ab} $$
の左導来関手が $\operatorname{Tor}^R_n(-,N)$ である。
$R$-加群 $M,N$ に対し、第一変数について反変、第二変数について共変な $\operatorname{Hom}_R(M,N)$ の導来関手から $\operatorname{Ext}^n_R(M,N)$ が得られる。第一変数を射影分解しても、第二変数を入射分解しても、標準的な仮定のもとで同じ対象になる。この一致には比較定理が必要であり、単なる記号上の対称性ではない。

整数上のTor

$m,n\ge1$ に対し
$$ \operatorname{Tor}^{\mathbb Z}_1(\mathbb Z/m\mathbb Z,\mathbb Z/n\mathbb Z) \cong \mathbb Z/\gcd(m,n)\mathbb Z $$
である。この群はテンソル積が単射を保たない失敗を測る。具体計算はTor関手へ委譲する。

拡大としてのExt

$\operatorname{Ext}^1_R(M,N)$ は、適切な同値関係で割った短完全列
$$ 0\to N\to E\to M\to0 $$
の拡大類を分類する。零元は分裂拡大に対応し、加法はBaer和で与えられる。

擬同型と導来圏

擬同型と導来圏

鎖写像 $f\colon C_\bullet\to D_\bullet$ がすべての次数で
$$ H_n(f)\colon H_n(C)\xrightarrow{\sim}H_n(D) $$
を誘導するとき、$f$擬同型という。アーベル圏 $\mathcal A$ の導来圏 $D(\mathcal A)$ は、複体のホモトピー圏で擬同型を形式的に可逆化して得られる。

有界性に応じて $D^+(\mathcal A)$$D^-(\mathcal A)$$D^b(\mathcal A)$ を区別する。非有界導来圏で分解を用いるときは、項ごとの射影性・入射性だけでは足りず、K-projective性やK-injective性が必要になることがある。

擬同型の2-out-of-3性

複体の鎖写像
$$ C_\bullet\xrightarrow{f}D_\bullet\xrightarrow{g}E_\bullet $$
について、$f$$g$$g\circ f$ のうち二つが擬同型なら残りも擬同型である。

各次数 $n$$H_n(g\circ f)=H_n(g)\circ H_n(f)$ である。二つの写像が同型なら合成も同型である。また $H_n(f)$ と合成が同型なら
$$ H_n(g)=H_n(g\circ f)\circ H_n(f)^{-1} $$
だから $H_n(g)$ も同型であり、$H_n(g)$ と合成が同型の場合も同様である。すべての$n$で成り立つので結論を得る。$\square$

この性質が、擬同型を一斉に可逆化する局所化の基礎になる。

反例:acyclicでも可縮とは限らない

$R=\mathbb Z/4\mathbb Z$ とし、各次数を $R$、すべての微分を2倍写像とする両側無限複体
$$ \cdots\xrightarrow{2}R\xrightarrow{2}R\xrightarrow{2}R\xrightarrow{2}\cdots $$
を考える。$\ker(2)=\{0,2\}=\operatorname{im}(2)$ なので、この複体はacyclicである。しかし可縮だとすると恒等写像が零写像と鎖ホモトピックであり、各次数である $a_n,a_{n-1}\in R$ を用いて
$$ 1=2a_n+2a_{n-1} $$
となるはずである。右辺は偶数類であり1にはならない。従って可縮ではない。破られる含意は「ホモロジーがすべて零なら零複体と鎖ホモトピー同値である」である。

導来圏ではこの複体は零対象と同型になるが、ホモトピー圏では零対象と同型にならない。導来圏が鎖ホモトピー同値だけでなく擬同型を可逆化する理由がここにある。

スペクトル系列

フィルトレーション付き複体や二重複体からはスペクトル系列が生じる。スペクトル系列は、近似 $E_r$ を逐次修正し、極限で目的のホモロジーやコホモロジーに到達する計算装置である。
代表例には、合成関手のGrothendieckスペクトル系列、二重複体の行・列スペクトル系列、位相空間のフィルトレーションから生じるスペクトル系列、層コホモロジーの局所から大域へのスペクトル系列がある。
収束を述べるには、有界性、完全性、フィルトレーションの分離性などの仮定が必要である。「$E_2$項が分かれば目的の群が直和として決まる」とは限らず、微分と拡大問題が残る。

現代的な枠組み

導来圏は三角圏であり、短完全列の代わりに完全三角形を用いる。ただし三角圏だけでは写像錐の選択や高次の整合性が失われるため、計算や関手構成ではdg圏、モデル圏、安定∞圏などの増強を使う。
安定∞圏では有限極限と有限余極限が一致し、ファイバー列とコファイバー列が同じ構造の二つの見方になる。そのホモトピー圏は三角圏になるが、増強は写像空間と高次ホモトピーの情報を保持する。
完全圏ではアーベル圏より弱い構造のもとで「許容される」短完全列を指定し、相対的なホモロジー代数を展開する。このように、ホモロジー代数の本体は特定の加群計算ではなく、完全性、分解、局所化、安定性を結ぶ方法論である。

使い分け

関連項目

参考文献

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