Cauchy–Schwarzの不等式(Cauchy–Schwarz inequality)とは、実ベクトル空間の半内積(線形・対称で $\langle u,u\rangle\ge0$ を満たすもの)について $\langle u,v\rangle^2\le\langle u,u\rangle\langle v,v\rangle$ が成り立つという不等式である。$\langle tu-v,tu-v\rangle\ge0$ を $t$ の 2 次式とみて、判別式 $\le0$ から角を使わずに示す。内積(正定値)なら、等号は $u,v$ が 1 次従属のときに限る。ここから三角不等式と、内積で定める角 $\cos\theta=\frac{\langle u,v\rangle}{\|u\|\|v\|}$ が得られる。相関係数が $-1$ 以上 $1$ 以下であることもその例である。
高校では、平面や空間のベクトルの内積を $\vec a\cdot\vec b=|\vec a||\vec b|\cos\theta$($\theta$ はなす角)と定義する。$|\cos\theta|\le1$ なので、次の不等式が成り立つ。
$$
|\vec a\cdot\vec b|\le|\vec a||\vec b|
$$
この不等式を高校では「$|\cos\theta|\le1$ だから」と読むが、判別式で示す不等式 で見たように、2 乗の和 $\sum(a_it-b_i)^2\ge0$ の判別式からも出る。判別式による証明は角 $\theta$ を一度も使わない。そのため、角が最初から与えられていない場面(関数の積分やデータの相関)にもそのまま使え、逆に「角」を定義する道具になる。
この記事で答える問いは次の 3 つである。
| 高校の計算 | この記事の言葉 | 大学の言葉 |
|---|---|---|
| なす角の余弦は $-1$ 以上 $1$ 以下 | $\langle u,v\rangle^2\le\langle u,u\rangle\langle v,v\rangle$ | Cauchy–Schwarz の不等式 |
| 判別式 $\le0$ | $\langle tu-v,tu-v\rangle\ge0$ の判別式 | 半正定値性 |
| 平行なら等号 | 1 次従属なら等号 | 1 次従属 |
| 先に角があって内積を決める | 先に内積があって角を決める | 内積空間の角 |
| 相関係数は $-1$ 以上 $1$ 以下 | 偏差ベクトルの角の余弦 | 共分散の Cauchy–Schwarz |
判別式の証明で使うのは、分配法則(双線形性)、$\vec a\cdot\vec b=\vec b\cdot\vec a$(対称性)、$|\vec x|^2\ge0$ の 3 つだけである。これを定義として取り出す。
和 $u+v$ と実数倍 $cu$ が定義され、ふつうの計算規則(結合法則・交換法則・分配法則、零ベクトル $0$ と逆ベクトル $-u$ があること)を満たす集まりを実ベクトル空間という。$n$ 個の実数の組の全体 $\mathbb{R}^n$ や、区間 $[p,q]$ 上の実数値連続関数の全体 $C([p,q])$ が例である。
$V$ を実ベクトル空間とする。$V$ の 2 元 $u,v$ に実数 $\langle u,v\rangle$ を対応させる規則が次の 1〜3 を満たすとき、これを $V$ 上の半内積という。
1 と 2 から第 2 成分についても線形であり(2 で左右を入れかえて 1 を使う)、両方の成分について線形であることを双線形性という。また $\langle0,v\rangle=\langle0\cdot0,v\rangle=0\cdot\langle0,v\rangle=0$ である。半内積という中間の段階を置くのは、次の節の不等式の証明が 1〜3 だけを使い、4 は等号の条件にしか使わないからである。
$V$ を実ベクトル空間、$\langle\cdot,\cdot\rangle$ を $V$ 上の半内積とする。
方針:実数 $t$ について $\langle tu-v,tu-v\rangle\ge0$ を $t$ の 2 次式として展開し、その「判別式が $0$ 以下」を示す。判別式で示す不等式 の補題を、ここで必要な向きだけ示し直しながら使う。以下 $A:=\langle u,u\rangle$、$B:=\langle u,v\rangle$、$C:=\langle v,v\rangle$ とおく。3 から $A\ge0$、$C\ge0$ である。
段 1(2 次式を作る):双線形性と対称性で展開すると、すべての実数 $t$ について
$$
0\le\langle tu-v,\,tu-v\rangle=t^2\langle u,u\rangle-t\langle u,v\rangle-t\langle v,u\rangle+\langle v,v\rangle=At^2-2Bt+C
$$
である(左の不等号は半正値性 3)。
段 2($A>0$ の場合):段 1 の式に $t=\frac BA$ を代入すると
$$
0\le A\cdot\frac{B^2}{A^2}-2B\cdot\frac BA+C=\frac{B^2}A-\frac{2B^2}A+C=C-\frac{B^2}A
$$
である。両辺に $A>0$ を掛けて $B^2\le AC$ を得る。
段 3($A=0$ の場合):段 1 の式は $0\le-2Bt+C$(すべての $t$)となる。$B\ne0$ と仮定して $t:=\frac{C+1}{2B}$ とおくと、右辺は $-(C+1)+C=-1<0$ となり矛盾する。よって $B=0$ で、$B^2=0=AC$ である。
段 4(平方根):段 2・段 3 から $\langle u,v\rangle^2\le\langle u,u\rangle\langle v,v\rangle$ である。両辺は $0$ 以上なので平方根をとって $|\langle u,v\rangle|\le\|u\|\|v\|$ を得る。これで 1 が示された。
段 5(2 の「1 次従属なら等号」):内積とする。$v=su$ なら $\langle u,v\rangle^2=s^2\langle u,u\rangle^2$、$\langle u,u\rangle\langle v,v\rangle=\langle u,u\rangle\cdot s^2\langle u,u\rangle$ で等しい。$u=sv$ でも同様である。
段 6(2 の「等号なら 1 次従属」):等号 $B^2=AC$ が成り立つとする。$u=0$ なら $u=0\cdot v$ で 1 次従属である。$u\ne0$ なら正定値性 4 から $A>0$ である。$t_0:=\frac BA$ とおくと、段 2 の計算から
$$
\langle t_0u-v,\,t_0u-v\rangle=C-\frac{B^2}A=\frac{AC-B^2}A=0
$$
である。正定値性 4 から $t_0u-v=0$、すなわち $v=t_0u$ であり、1 次従属である。$\square$
段 2 で代入した $t_0=\frac{\langle u,v\rangle}{\langle u,u\rangle}$ は、$\|tu-v\|^2$ をいちばん小さくする $t$ であり、$t_0u$ は $v$ を $u$ の向きに正射影した点である(図 1、図 2)。ここで、$\langle u,u\rangle>0$ のとき、$u$ の向きの直線上の点 $tu$ のうち、$v-tu$ が $u$ と直交する($\langle v-tu,u\rangle=0$ となる)ものを、$v$ の $u$ の向きへの正射影という。$\langle v-t_0u,u\rangle=\langle u,v\rangle-t_0\langle u,u\rangle=0$ なので、$t_0u$ はこの条件を満たす。判別式の計算は、「$v$ から $u$ の向きの直線までの距離の 2 乗
$$
\min_t\|tu-v\|^2=\frac{\langle u,u\rangle\langle v,v\rangle-\langle u,v\rangle^2}{\langle u,u\rangle}
$$
が $0$ 以上」という図形の事実を式にしたものである($\langle u,u\rangle>0$ のとき)。正射影については Fourier係数と最良近似 でさらに詳しく扱う。
v から u の向きの直線までの最短距離。t₀u は正射影で、v − t₀u は u と直交する
$\mathbb{R}^2$ の標準内積で $u=(2,1)$、$v=(1,3)$ とする。$A=\langle u,u\rangle=5$、$B=\langle u,v\rangle=2+3=5$、$C=\langle v,v\rangle=10$ である。
‖tu − v‖² = 5t² − 10t + 10 のグラフ。t = 1 で最小値 5 をとり、つねに 0 以上である
$v$ を $u$ の向きの成分とそれに直交する成分に分ける操作(正射影)は 正射影と射影行列 で扱う。
$V$ 上の半内積について、次が成り立つ。
1:双線形性と対称性で展開し、thm-csi-main の $\langle u,v\rangle\le|\langle u,v\rangle|\le\|u\|\|v\|$ を使うと
$$
\|u+v\|^2=\|u\|^2+2\langle u,v\rangle+\|v\|^2\le\|u\|^2+2\|u\|\|v\|+\|v\|^2=(\|u\|+\|v\|)^2
$$
である。両辺は $0$ 以上の数の 2 乗なので、平方根をとって $\|u+v\|\le\|u\|+\|v\|$ を得る。
2:thm-csi-main の $|\langle u,v\rangle|\le\|u\|\|v\|$ の両辺を正の数 $\|u\|\|v\|$ で割ると $\Bigl|\dfrac{\langle u,v\rangle}{\|u\|\|v\|}\Bigr|\le1$ である。$\cos$ は $[0,\pi]$ で狭義に減少し、$1$ から $-1$ までのすべての値をとるので、$\theta$ はただ 1 つ定まる。$\square$
高校では、角 $\theta$ が先にあって内積を $|\vec a||\vec b|\cos\theta$ で定めた。一般の内積空間では順序が逆で、内積が先にあり、thm-csi-main が保証する $[-1,1]$ の値から角を定める。2 つの定義は $\mathbb{R}^2$・$\mathbb{R}^3$ では一致する(高校の成分計算の公式 $\vec a\cdot\vec b=a_1b_1+a_2b_2+a_3b_3$ がその一致を述べている)。
実数の絶対値についての三角不等式は 絶対値と三角不等式 で扱う。
$x^2+y^2+z^2=1$ を満たす実数 $x,y,z$ について、$2x+3y+6z$ の最大値と最小値を求める。$u=(2,3,6)$、$v=(x,y,z)$ に標準内積の thm-csi-main を使うと
$$
(2x+3y+6z)^2\le(2^2+3^2+6^2)(x^2+y^2+z^2)=49
$$
なので $-7\le2x+3y+6z\le7$ である。等号は $v$ が $u$ の実数倍のとき、すなわち $(x,y,z)=\pm\frac17(2,3,6)$ のときに成り立ち、実際 $\frac17(4+9+36)=7$ である。よって最大値は $7$、最小値は $-7$ である。「1 次式の最大値は係数ベクトルの長さ」という形で、微分を使わずに答えが出る。
$n$ 組のデータ $(x_1,y_1),\dots,(x_n,y_n)$ の平均を $\bar x,\bar y$ とし、偏差のベクトルを $X:=(x_1-\bar x,\dots,x_n-\bar x)$、$Y:=(y_1-\bar y,\dots,y_n-\bar y)$ とする。$X\ne0$、$Y\ne0$ のとき、相関係数は
$$
r:=\frac{\sum_i(x_i-\bar x)(y_i-\bar y)}{\sqrt{\sum_i(x_i-\bar x)^2}\sqrt{\sum_i(y_i-\bar y)^2}}=\frac{\langle X,Y\rangle}{\|X\|\|Y\|}
$$
である。cor-csi-triangle-angle の 2 から $-1\le r\le1$ であり、$r$ は偏差ベクトルのなす角の余弦である。thm-csi-main の 2 から、$|r|=1$ となるのは $Y=sX$、すなわちすべての点が 1 本の直線 $y-\bar y=s(x-\bar x)$ の上にあるときに限る。
数値例:$x=(1,2,3,4,5)$、$y=(2,4,5,4,5)$ では $\bar x=3$、$\bar y=4$、$\langle X,Y\rangle=6$、$\|X\|^2=10$、$\|Y\|^2=6$ であり、$r=\frac6{\sqrt{60}}=\frac{\sqrt{15}}5=0.7745\ldots$ である。相関係数の詳しいことは 相関係数(高校数学) にある。
2 つのベクトル $u,v$ の内積を並べた行列 $G(u,v):=\begin{pmatrix}\langle u,u\rangle&\langle u,v\rangle\\\langle v,u\rangle&\langle v,v\rangle\end{pmatrix}$ を Gram 行列という。thm-csi-main の 1 は $\det G(u,v)=\langle u,u\rangle\langle v,v\rangle-\langle u,v\rangle^2\ge0$ と同じことである。ex-csi-projection では $\det G=5\cdot10-5^2=25$ である。実数 $s,t$ について $\|su+tv\|^2=\langle u,u\rangle s^2+2\langle u,v\rangle st+\langle v,v\rangle t^2\ge0$ なので、主定理は「Gram 行列を係数とする 2 変数の 2 次式は $0$ 以上」という事実(判別式で示す不等式 の 2 変数の場合)を言い直したものである。
| 外した条件 | 崩れる主張 | ボックス |
|---|---|---|
| 半正値性 3($\langle u,u\rangle\ge0$) | 不等式そのもの | ex-csi-indefinite |
| 正定値性 4 | 「等号なら 1 次従属」 | ex-csi-semidefinite |
$\mathbb{R}^2$ で $\langle a,b\rangle:=a_1b_1-a_2b_2$ とする。これは双線形で対称である(def-csi-inner-product の 1・2 を満たす)が、$\langle(0,1),(0,1)\rangle=-1<0$ なので半正値性 3 を満たさない。$u=(1,0)$、$v=(1,1)$ とすると
$$
\langle u,v\rangle^2=1,\qquad\langle u,u\rangle\langle v,v\rangle=1\cdot(1-1)=0
$$
なので、Cauchy–Schwarz の不等式は成り立たない。証明の段 1 の 2 次式は $\langle tu-v,tu-v\rangle=(t-1)^2-1=t^2-2t$ となり、$0< t<2$ で負になる。「すべての $t$ で $0$ 以上」という出発点が崩れるので、結論も崩れる。含意「双線形で対称なら Cauchy–Schwarz の不等式が成り立つ」は成り立たず、半正値性が欠かせない。
ex-csi-examples の 4 の半内積 $\langle a,b\rangle=a_1b_1$ で、$u=(0,1)$、$v=(1,0)$ とする。$\langle u,v\rangle=0$、$\langle u,u\rangle=0$ なので、不等式は $0\le0$ として等号で成り立つが、$u$ と $v$ は 1 次独立である。半内積は正定値性 4 を満たさず、prf-thm-csi-main の段 6($\langle t_0u-v,t_0u-v\rangle=0$ から $t_0u=v$ を出す所)が使えない。同じことは、区間上の連続とは限らない関数に積分の「内積」を考えたときにも起こる。たとえば $[0,1]$ で $x=\frac12$ だけで値 $1$、他で $0$ をとる関数 $h$ は $0$ でないが $\int_0^1h^2\,dx=0$ である。
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