Poincaréの定理(球と多重円板)(Poincaré's theorem on the ball and the polydisc)とは、$n\ge2$ のとき $\mathbb{C}^n$ の単位球 $\mathbb{B}_n$ と単位多重円板 $\mathbb{D}^n$ は同相であるが双正則でない、という定理である。より強く、$\mathbb{D}^n$ から $\mathbb{B}_n$ への固有な正則写像すら存在せず、その理由は境界の形にある。多重円板の境界は複素の円板を含むが、球面は定数でない正則写像の像を含まない。原点を保つ双正則写像が線型になるという H. Cartan の定理からも別の証明が得られ、1 変数の Riemann の写像定理に当たる分類が多変数では成り立たないことの代表的な例である。
$n\ge2$ のとき、$\mathbb{C}^n$ の単位球 $\mathbb{B}_n$ と単位多重円板 $\mathbb{D}^n$ は同相であるが、双正則ではない。これを Poincaréの定理(球と多重円板) という。1 変数では Riemannの写像定理 により、$\mathbb{C}$ と異なる単連結な領域はすべて単位円板と双正則であり、領域を双正則に分類するには位相の情報で足りた。多変数ではこれが成り立たない。球と多重円板はどちらも有界で凸で単連結であり、位相では区別できないが、双正則な写像では移り合わない。
違いは境界の形にある。多重円板の境界は $\{1\}\times\mathbb{D}\times\{0\}^{n-2}$ のような複素の円板を含むが、球面は定数でない正則写像の像を含まない。この記事では、この違いから「$\mathbb{D}^n$ から $\mathbb{B}_n$ への固有な正則写像は存在しない」というより強い主張を証明する($n=2$ の場合は Rothstein による)。次に、原点を保つ双正則写像が線型になるという H. Cartan の定理を示し、Poincaré が用いた自己同型群の比較に沿った別の証明を与える。
$z=(z_1,\dots,z_n)\in\mathbb{C}^n$ に対し $\|z\|_2:=(|z_1|^2+\cdots+|z_n|^2)^{1/2}$、$\|z\|_\infty:=\max_j|z_j|$ とおく。
$n\ge1$ とする。
$$
\mathbb{B}_n:=\{z\in\mathbb{C}^n\mid\|z\|_2< 1\},\qquad\mathbb{D}^n:=\{z\in\mathbb{C}^n\mid\|z\|_\infty< 1\}
$$
をそれぞれ単位球、単位多重円板という。
$\mathbb{B}_n$ は Euclid ノルムの開球、$\mathbb{D}^n$ は最大値ノルムの開球であり、$\mathbb{D}^n$ は単位円板 $\mathbb{D}=\{|w|< 1\}$ の $n$ 個の直積である(多重円板)。どちらも有界な凸集合で、原点を含み、$|c|=1$ の複素数 $c$ を掛ける写像 $z\mapsto cz$ で自分自身に移る。$n=1$ ではどちらも単位円板 $\mathbb{D}$ である。
$\mathbb{C}^n$ の開集合の間の写像 $F$ が双正則写像であるとは、$F$ が正則な全単射で、逆写像も正則であることをいう。正則写像とは各成分が多変数の正則関数である写像のことである。連続写像 $F\colon X\to Y$ が固有写像であるとは、$Y$ の任意のコンパクト集合の逆像がコンパクトであることをいう。同相写像は固有なので、双正則写像も固有である。
$n\ge2$ とする。
原点を通る各半直線の上で、最大値ノルムで測った長さと Euclid ノルムで測った長さを取り替える。
$\varphi(z):=\dfrac{\|z\|_\infty}{\|z\|_2}\,z$($z\ne0$)、$\varphi(0):=0$ とおく。$\|\varphi(z)\|_2=\|z\|_\infty$ なので $\varphi$ は $\mathbb{D}^n$ を $\mathbb{B}_n$ に写す。$\psi(u):=\dfrac{\|u\|_2}{\|u\|_\infty}\,u$($u\ne0$)、$\psi(0):=0$ とおくと $\psi$ は $\mathbb{B}_n$ を $\mathbb{D}^n$ に写し、$z$ と $\varphi(z)$ は同じ半直線の上にあるので $\|\varphi(z)\|_2/\|\varphi(z)\|_\infty=\|z\|_2/\|z\|_\infty$ となり、$\psi(\varphi(z))=z$ である。同様に $\varphi(\psi(u))=u$ である。$\varphi$、$\psi$ は原点以外で連続で、$\|\varphi(z)\|_2=\|z\|_\infty$、$\|\psi(u)\|_\infty=\|u\|_2$ なので原点でも連続である。よって $\varphi$ は同相写像である。$\square$
$\varphi$ は原点で微分可能でないので、この同相写像は正則でも滑らかでもない。
証明の鍵は二つある。一つは、球面に値をとる正則写像は定数しかないこと、もう一つは、固有写像が「境界に近い点を境界に近い点へ写す」ことである。
$V\subset\mathbb{C}^m$ を連結な開集合、$G=(G_1,\dots,G_n)\colon V\to\mathbb{C}^n$ を正則写像とし、$V$ 上で $|G_1|^2+\cdots+|G_n|^2=1$ とする。このとき $G$ は定数である。
$G$ は $C^\infty$ 級である(多重円板 の系「導関数の積分表示と滑らかさ」)。$z_i=x_i+iy_i$ について $\partial_{z_i}=\frac12(\partial_{x_i}-i\partial_{y_i})$、$\partial_{\bar z_i}=\frac12(\partial_{x_i}+i\partial_{y_i})$ とおく。正則関数 $g$ は $\partial_{\bar z_i}g=0$ を満たし、$\partial_{z_i}\bar g=\overline{\partial_{\bar z_i}g}=0$ である。よって
$$
\partial_{z_i}\partial_{\bar z_i}\bigl(g\bar g\bigr)=\partial_{z_i}\bigl(g\,\overline{\partial_{z_i}g}\bigr)=|\partial_{z_i}g|^2
$$
である。仮定の等式の両辺に $\partial_{z_i}\partial_{\bar z_i}$ を当てると $\sum_j|\partial_{z_i}G_j|^2=0$、すなわちすべての $i,j$ で $\partial_{z_i}G_j=0$ である。$G_j$ は正則なので実の偏導関数もすべて $0$ であり、$V$ は連結なので $G$ は定数である。$\square$
$F\colon\mathbb{D}^n\to\mathbb{B}_n$ を固有な連続写像とし、$p_k\in\mathbb{D}^n$ を $\|p_k\|_\infty\to1$ となる点列とする。このとき $\|F(p_k)\|_2\to1$ である。
そうでないとすると、ある $\rho< 1$ と部分列について $\|F(p_{k_l})\|_2\le\rho$ である。閉球 $K:=\{u\mid\|u\|_2\le\rho\}$ は $\mathbb{B}_n$ のコンパクト集合なので、$F^{-1}(K)$ は $\mathbb{D}^n$ のコンパクト集合であり、連続関数 $\|\cdot\|_\infty$ はその上で $1$ より小さい最大値 $\rho'$ をとる。$p_{k_l}\in F^{-1}(K)$ なので $\|p_{k_l}\|_\infty\le\rho'< 1$ となり、$\|p_k\|_\infty\to1$ に反する。$\square$
以下、thm-pbp-main の 2 を証明する。$z\in\mathbb{C}^n$ を $z=(z',w)$($z'\in\mathbb{C}^{n-1}$、$w\in\mathbb{C}$)と書く。$n\ge2$ なので $\mathbb{D}^{n-1}$ は空でない連結な開集合である。
固有な正則写像 $F=(F_1,\dots,F_n)\colon\mathbb{D}^n\to\mathbb{B}_n$ があったとして矛盾を導く。
段 1(境界に近い $w$ での極限). $w_k\in\mathbb{D}$、$|w_k|\to1$ とし、$G_k(z'):=F(z',w_k)$ とおく。$G_k$ は $\mathbb{D}^{n-1}$ 上の正則写像で、各成分の絶対値は $1$ より小さい。Montelの定理 の系「正則写像の族」により、部分列が $\mathbb{D}^{n-1}$ の上で局所一様にある正則写像 $G$ に収束する。各 $z'\in\mathbb{D}^{n-1}$ について $\|(z',w_k)\|_\infty\ge|w_k|\to1$ なので、lem-pbp-proper により $\|G_k(z')\|_2\to1$ であり、$\|G(z')\|_2=1$ である。lem-pbp-sphere($V=\mathbb{D}^{n-1}$、$m=n-1$)により $G$ は定数である。
段 2(導関数の消滅). $i\le n-1$ と $z'_0\in\mathbb{D}^{n-1}$ を固定し、閉多重円板 $\overline{\Delta}(z'_0,(\rho,\dots,\rho))$ が $\mathbb{D}^{n-1}$ に含まれる $\rho>0$ をとる。$G_k-G$ の各成分に Cauchy の評価式(多重円板 の系「Cauchy の評価式と Liouville の定理」の 1)を当てると、$|\partial_{z_i}(G_k-G)(z'_0)|$ は $\rho^{-1}$ と $\overline{\Delta}(z'_0,(\rho,\dots,\rho))$ の上での $|G_k-G|$ の最大値の積で押さえられ、局所一様収束により $0$ に近づく。$G$ は定数で $\partial_{z_i}G=0$ なので、部分列について $\partial_{z_i}F(z'_0,w_k)\to0$ である。
段 3($F$ は $z'$ によらない). $h(w):=\partial_{z_i}F_j(z'_0,w)$ は $\mathbb{D}$ 上の正則関数である。段 1・2 は任意の列 $|w_k|\to1$ の任意の部分列に当てはまるので、$|w|\to1$ のとき $h(w)\to0$ である。$|w|< \rho< 1$ なら、多重円板 の補題「1 変数の評価」により $|h(w)|\le\max_{|\zeta|=\rho}|h(\zeta)|$ であり、右辺は $\rho\to1$ で $0$ に近づく。よって $h\equiv0$ である。$i$、$j$、$z'_0$ は任意なので、$\mathbb{D}^n$ 上で $\partial_{z_i}F=0$($i\le n-1$)である。$t\mapsto F(tz',w)$($0\le t\le1$)を微分すると $\sum_{i\le n-1}z'_i\,\partial_{z_i}F(tz',w)=0$ なので、$F(z',w)=F(0,w)$ である。
段 4(矛盾). $L:=F(\{0\}\times\{|w|\le\frac12\})$ はコンパクト集合の連続像なので $\mathbb{B}_n$ のコンパクト集合であり、段 3 により $F^{-1}(L)\supset\mathbb{D}^{n-1}\times\{|w|\le\frac12\}$ である。点列 $(1-\frac1k,0,\dots,0)$ はこの集合に含まれるが、$\mathbb{D}^n$ の中に収束する部分列をもたない。よって $F^{-1}(L)$ はコンパクトでなく、$F$ が固有であることに反する。$\square$
証明が使ったのは、$\mathbb{D}^n$ の境界が $n-1$ 次元の多重円板 $\mathbb{D}^{n-1}\times\{w\}$($|w|=1$)を含むことと、$\mathbb{B}_n$ の境界の球面が定数でない正則写像の像を含まないこと(lem-pbp-sphere)だけである。段 1 は、$\mathbb{D}^{n-1}\times\{w_k\}$ の像の極限が球面の中の正則写像の像になることを、段 2〜4 は、その極限が定数であることから $F$ が $w$ 以外の変数によらないことを導いている。
Poincaré は、二つの領域の自己同型群(自分自身への双正則写像の群)を比べて球と多重円板が双正則でないことを示した。その議論は、原点を保つ双正則写像が線型になるという次の定理で完全になる。
$U\subset\mathbb{C}^n$ を有界な領域(連結な開集合)、$f\colon U\to U$ を正則写像、$a\in U$ を $f(a)=a$ となる点とし、$f$ の $a$ での Jacobi 行列 $Df(a)$ が単位行列であるとする。このとき $f$ は恒等写像である。
平行移動して $a=0$ としてよい。$U$ は有界なので、すべての $z\in U$ で $\|z\|_\infty\le M$ となる $M$ がある。$\overline{\Delta}(0,(r,\dots,r))\subset U$ となる $r>0$ をとる。$f$ を原点のまわりで冪級数に展開し(多重円板 の定理「冪級数展開」)、次数 $m$ の斉次部分を $f_m$(各成分が $m$ 次斉次多項式の写像)と書く。$f(0)=0$、$Df(0)=I$ なので $f(z)=z+\sum_{m\ge2}f_m(z)$ である。
$f$ が原点の近くで恒等写像でないとし、$f_k\ne0$ となる最小の $k\ge2$ をとる。$f^{\ell}:=f\circ\cdots\circ f$($\ell$ 回)について、原点での展開は
$$
f^{\ell}(z)=z+\ell f_k(z)+(\text{次数 }k+1\text{ 以上の項})
$$
であることを $\ell$ についての帰納法で示す。$\ell-1$ で成り立つとし、$u:=f^{\ell-1}(z)=z+(\text{次数 }k\text{ 以上})$ とおく。$f_k(u)=f_k(z)+(\text{次数 }2k-1\text{ 以上})$ で $2k-1\ge k+1$ であり、$m\ge k+1$ の $f_m(u)$ は次数 $k+1$ 以上なので、$f^{\ell}(z)=f(u)=u+f_k(u)+\cdots=z+(\ell-1)f_k(z)+f_k(z)+(\text{次数 }k+1\text{ 以上})$ となる。ここで、原点を原点に写す正則写像の合成の展開は、展開の合成(形式的冪級数としての代入)で得られることを使った。
$f^{\ell}$ は $U$ を $U$ に写すので各成分の絶対値は $M$ 以下である。多重指数 $\alpha$、$|\alpha|=k$ について、Cauchy の評価式(多重円板 の系「Cauchy の評価式と Liouville の定理」の 1)を $f^{\ell}$ の各成分に使うと
$$
\ell\,\bigl|\partial^\alpha (f_k)_j(0)\bigr|=\bigl|\partial^\alpha(f^{\ell})_j(0)\bigr|\le M\,\alpha!\,r^{-k}
$$
がすべての $\ell\ge1$ で成り立つ。よって $\partial^\alpha (f_k)_j(0)=0$ であり、$f_k=0$ となって $k$ の選び方に反する。したがって $f$ は原点の近くで恒等写像であり、$U$ は連結なので、多変数の正則関数 の定理「多変数の一致の定理」を各成分に使うと $U$ 全体で恒等写像である。$\square$
$n=1$ の場合は Schwarzの補題 の定理「Cartan の一意性定理」である。有界性は外せない(下の反例の表)。
領域 $U$ が円形であるとは、$z\in U$ と $\theta\in\mathbb{R}$ について $e^{i\theta}z\in U$ となることをいう。$\mathbb{B}_n$ と $\mathbb{D}^n$ は円形である。
$U,V\subset\mathbb{C}^n$ を原点を含む有界な円形の領域とし、$f\colon U\to V$ を $f(0)=0$ となる双正則写像とする。このとき $f$ は線型写像の制限である。
$\theta\in\mathbb{R}$ を固定し、$g(z):=f^{-1}\bigl(e^{-i\theta}f(e^{i\theta}z)\bigr)$ とおく。$U$、$V$ は円形なので $g$ は $U$ から $U$ への正則写像で、$g(0)=0$ である。連鎖律により $Dg(0)=Df(0)^{-1}e^{-i\theta}Df(0)e^{i\theta}=I$ なので、thm-pbp-cartan により $g$ は恒等写像、すなわち $f(e^{i\theta}z)=e^{i\theta}f(z)$ である。原点の近くの展開 $f=\sum_{m\ge1}f_m$ に代入すると、$z$ を固定して $\theta$ の関数として
$$
\sum_{m\ge1}e^{im\theta}f_m(z)=\sum_{m\ge1}e^{i\theta}f_m(z)
$$
である。$z$ が原点に十分近ければ両辺は $\theta$ について一様に絶対収束するので、$e^{-im\theta}$ を掛けて $[0,2\pi]$ で積分すると、$m\ge2$ について $f_m(z)=0$ を得る。よって原点の近くで $f=f_1$ は線型写像であり、一致の定理により $U$ 全体で $f=f_1$ である。$\square$
どちらの場合も、cor-pbp-circular により自己同型は線型写像 $A$ の制限である。$A$ は単射なので可逆で、ノルム $N$(1 では $\|\cdot\|_2$、2 では $\|\cdot\|_\infty$)について $N(z)< 1\Leftrightarrow N(Az)< 1$ である。これを $z/t$($t>0$)に当てると、すべての $t>0$ について $N(z)< t\Leftrightarrow N(Az)< t$ なので、$N(Az)=N(z)$ である。1 では $A$ は Euclid ノルムを保つのでユニタリである。逆にユニタリ行列は $\mathbb{B}_n$ の自己同型を与える。
2 では、$A=(a_{ij})$ が $\|Az\|_\infty=\|z\|_\infty$ を満たす。第 $i$ 行について、$|z_j|\le1$ の範囲での $|\sum_ja_{ij}z_j|$ の最大値は $\sum_j|a_{ij}|$ なので、$\sum_j|a_{ij}|\le1$ である。第 $j$ 列 $Ae_j$ は $\|Ae_j\|_\infty=1$ を満たすので、$|a_{i(j)j}|=1$ となる行 $i(j)$ がある。その行の和が $1$ 以下なので、第 $i(j)$ 行の $j$ 列以外の成分は $0$ である。よって $j\mapsto i(j)$ は単射、したがって全単射であり、$A$ は各行・各列にちょうど 1 つ絶対値 $1$ の成分をもつ行列である。逆にこの形の写像は $\mathbb{D}^n$ の自己同型を与える。$\square$
原点を保つ自己同型の群は、球では連結で可換でない群 $U(n)$($n\ge2$)、多重円板では対角な部分 $(S^1)^n$ と置換の部分からなる群である。Poincaré の着想はこの食い違いにある。双正則写像 $f\colon\mathbb{B}_n\to\mathbb{D}^n$ が原点を原点に移せば、cor-pbp-circular により $f$ は可逆な線型写像 $A$ であり、$B\mapsto ABA^{-1}$ は $U(n)$ を prop-pbp-isotropy の 2 の群の中へ連続に写す。この群は、置換 $\sigma$ ごとの互いに交わらない閉集合($\sigma$ を固定した $n!$ 個の部分)に分かれるので、連結な $U(n)$ の像は単位行列を含む部分、すなわち可換な対角行列の群 $(S^1)^n$ に入る。共役は単射な準同型なので $U(n)$ が可換になり、$n\ge2$ では矛盾する。次の系は、群を比べる代わりに、球面と多重円板の境界の形の違いを直接使う。
$n\ge2$ とする。可逆な線型写像 $A$ で $A(\mathbb{B}_n)=\mathbb{D}^n$ となるものは存在しない。したがって $\mathbb{B}_n$ と $\mathbb{D}^n$ は双正則でない。
まず後半を前半から導く。双正則写像 $\Phi\colon\mathbb{B}_n\to\mathbb{D}^n$ があったとする。$a:=\Phi(0)\in\mathbb{D}^n$ とし、
$$
\psi(z):=\Bigl(\frac{z_1-a_1}{1-\bar a_1z_1},\dots,\frac{z_n-a_n}{1-\bar a_nz_n}\Bigr)
$$
とおくと、各成分は単位円板の自己同型(双正則写像 の定理「単位円板の自己同型群」)なので、$\psi$ は $\mathbb{D}^n$ の自己同型で $\psi(a)=0$ である。$g:=\psi\circ\Phi$ は $\mathbb{B}_n$ から $\mathbb{D}^n$ への双正則写像で $g(0)=0$ だから、cor-pbp-circular により可逆な線型写像 $A$ の制限であり、$A(\mathbb{B}_n)=\mathbb{D}^n$ となって前半に反する。
前半を示す。$A(\mathbb{B}_n)=\mathbb{D}^n$ とすると $A^{-1}(\mathbb{D}^n)=\mathbb{B}_n$ で、$A^{-1}$ は $\mathbb{C}^n$ の同相写像なので、$\mathbb{D}^n$ の境界を $\mathbb{B}_n$ の境界、すなわち単位球面に写す。
$n\ge2$ なので、$e:=(1,0,0,\dots,0)$、$e':=(1,1,0,\dots,0)$ とその中点 $(1,\frac12,0,\dots,0)$ はどれも $\|\cdot\|_\infty=1$ で、$\mathbb{D}^n$ の境界にある。$u:=A^{-1}e$、$v:=A^{-1}e'$ とおくと $u\ne v$、$\|u\|_2=\|v\|_2=\|\frac{u+v}2\|_2=1$ である。一方、中線定理により
$$
\Bigl\|\frac{u+v}2\Bigr\|_2^2=\frac{\|u\|_2^2+\|v\|_2^2}2-\Bigl\|\frac{u-v}2\Bigr\|_2^2< 1
$$
であり、矛盾する。$\square$
この証明では、球面が線分を含まないこと(Euclid ノルムの狭義凸ノルム性)と、多重円板の境界が線分を含むことの違いを使っている。固有写像についての thm-pbp-main の証明が「複素の円板を含むかどうか」を使ったのと同じ構図である。
$n=1$ では $\mathbb{B}_1=\mathbb{D}^1=\mathbb{D}$ で、恒等写像が双正則写像である。lem-pbp-sphere は $V=\mathbb{D}^{0}$ が 1 点になるので役に立たず、prf-pbp-main の段 1 で $z'$ の変数がなくなる。prop-pbp-isotropy の二つの群はどちらも回転の群 $U(1)=S^1$ になり、食い違いが生じない。
$F(z):=\frac1{\sqrt n}z$ は $\mathbb{D}^n$ を $\mathbb{B}_n$ に写す単射な正則写像である($\|F(z)\|_2^2=\frac1n\sum_j|z_j|^2< 1$)。しかし $p_k:=(1-\frac1k,0,\dots,0)$ について $\|p_k\|_\infty\to1$ なのに $\|F(p_k)\|_2\to\frac1{\sqrt n}< 1$ なので、lem-pbp-proper により $F$ は固有でない。逆向きの包含 $\mathbb{B}_n\hookrightarrow\mathbb{D}^n$ も、$(\frac1{\sqrt n},\dots,\frac1{\sqrt n})\cdot(1-\frac1k)$ が $\mathbb{B}_n$ の境界に近づくのに $\mathbb{D}^n$ のコンパクト集合 $\{\|z\|_\infty\le\frac1{\sqrt n}\}$ にとどまるので、固有でない。
$F(z_1,\dots,z_n):=(z_1^2,z_2,\dots,z_n)$ は $\mathbb{D}^n$ から $\mathbb{D}^n$ への固有な正則写像である。実際、$\{\|u\|_\infty\le\rho\}$($\rho< 1$)の逆像は $\{|z_1|\le\sqrt\rho,\ |z_j|\le\rho\ (j\ge2)\}$ でコンパクトであり、$\mathbb{D}^n$ の任意のコンパクト集合はこの形の集合に含まれる。$F$ は $z_1$ と $-z_1$ を同じ点に写すので単射でなく、双正則ではない。thm-pbp-main は、行き先を $\mathbb{B}_n$ にするとこのような写像すら存在しないことを述べている。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $n\ge2$ | $n=1$:$\mathbb{D}^1=\mathbb{B}_1$ | thm-pbp-main の 2 |
| $F$ が固有 | $F(z)=z/\sqrt n$ | 正則写像 $\mathbb{D}^n\to\mathbb{B}_n$ が存在しないこと |
| $U$ が有界 | $U=\mathbb{C}^2$、$f(z_1,z_2)=(z_1+z_2^2,z_2)$ | thm-pbp-cartan |
| $V$ が円形 | $U=\mathbb{D}$、$f(z)=z+\frac{z^2}4$、$V=f(\mathbb{D})$ | cor-pbp-circular |
各行は、表の条件だけを外すと結論が破れることを示す。
1 行目:ex-pbp-one-variable である。
2 行目:ex-pbp-not-proper の写像は正則写像 $\mathbb{D}^n\to\mathbb{B}_n$ である。固有性を外すと、正則写像の存在を妨げるものはない。
3 行目:$f$ は $\mathbb{C}^2$ の正則な全単射で、逆写像 $(u_1,u_2)\mapsto(u_1-u_2^2,u_2)$ も正則である。$f(0)=0$ で、Jacobi 行列は $\begin{pmatrix}1&2z_2\\0&1\end{pmatrix}$ なので原点で単位行列だが、$f$ は恒等写像でない。$\mathbb{C}^2$ は連結な開集合で、有界でないことだけが定理の仮定と違う。
4 行目:$f'(z)=1+\frac z2\ne0$ であり、$f(a)=f(b)$ なら $(a-b)\bigl(1+\frac{a+b}4\bigr)=0$ で $|a+b|< 2$ だから $a=b$ である。よって $f$ は $\mathbb{D}$ からその像 $V$ への双正則写像で、$V$ は原点を含む有界な領域、$f(0)=0$ である。$\mathbb{D}$ は円形だが、$f$ は線型でない。cor-pbp-circular により、$V$ は円形でありえない(円形なら $f$ は線型になる)。
球と多重円板が双正則でないことは、Poincaré が自己同型群を比べて最初に示した。その議論は写像が境界まで延びることを仮定しており、完全な証明は 1931 年の H. Cartan による。固有な正則写像 $\mathbb{D}^2\to\mathbb{B}_2$ が存在しないことは Rothstein(1935)による(LebT26 Theorem 1.4.4 と前後の説明、p. 33。証明は pp. 34–36)。thm-pbp-cartan は LebT26 Theorem 1.5.1(p. 37、証明は p. 38)、cor-pbp-circular は同 Corollary 1.5.2(p. 39)にある。この記事の prf-pbp-main は Rothstein の議論を $n$ 変数で書いたものである。
この定理により、多変数の複素解析では「単連結なら単位円板と双正則」に当たる分類が成り立たない。どの領域とどの領域が双正則かは、境界の幾何(球面のように強く凸か、多重円板の境界のように平らな部分をもつか)に強く左右される。この違いは Hartogsの拡張定理 や擬凸性の理論にも現れる。
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