Goldbach予想(Goldbach's conjecture)とは、$4$ 以上のすべての偶数は $2$ つの素数の和で表せるという予想であり、2026 年の時点で未解決である。たとえば $100=3+97=11+89=\dots=47+53$ は $6$ 通りに表せる。1742 年の Goldbach と Euler の書簡に由来し、$4\times10^{18}$ 以下の偶数では計算で確かめられている。この予想が正しければ $7$ 以上のすべての奇数は $3$ つの素数の和になり(弱い Goldbach 予想)、また「$6$ 以上のすべての整数は $3$ つの素数の和」と同値である。弱い形は Vinogradov(1937)が十分大きい奇数について証明し、Helfgott が 2013 年にすべての場合の証明を発表した。偶数の形については Chen の定理などの部分的な結果がある。
$4$ 以上の偶数を $2$ つの素数の和で書いてみる。
$$
4=2+2,\quad 6=3+3,\quad 8=3+5,\quad 10=3+7=5+5,\quad 12=5+7,\quad 14=3+11=7+7,\quad 16=3+13=5+11
$$
と、どの偶数にも少なくとも $1$ 通りの書き方がある。数が大きくなると書き方は増える傾向にあり、$100$ は
$$
100=3+97=11+89=17+83=29+71=41+59=47+53
$$
の $6$ 通り、$1000$ は $28$ 通りに書ける(和の順序を入れ替えたものは同じとみなす)。$2$ つの素数の和に $1$ 通りしか書けない $4$ 以上の偶数は、$200$ までで調べると $4,6,8,12$ だけである。
「$4$ 以上のすべての偶数は $2$ つの素数の和で表せる」という主張を Goldbach 予想という。1742 年に C. Goldbach と L. Euler の往復書簡に現れた問題で、計算機によって $4\times10^{18}$ までのすべての偶数で確かめられているが、2026 年の時点で証明されていない未解決問題である。一方、奇数を $3$ つの素数の和で表す「弱い形」は、1937 年に Vinogradov が十分大きい奇数について証明し、2013 年に Helfgott がすべての $7$ 以上の奇数について証明を発表した。
本記事では予想を正確に述べ、記事の中で完全に証明できる関係(偶数の形から奇数の形が従うこと、Goldbach と Euler の書簡に現れる $3$ つの素数の和の形との同値性)を示したうえで、2026 年の時点の部分的な結果を出典とともにまとめる。以下で「予想」と書くものは証明されていない主張である。
整数 $n$ を $n=p+q$($p,q$ は素数、$p\leq q$)と書く書き方を $n$ の Goldbach 分割(Goldbach partition)といい、その個数を $r(n)$ と書く。
同じ素数を $2$ 回使ってよい($10=5+5$)。和の順序だけが違うものは $1$ 通りと数える。$1$ は素数ではないので使えない。
$4$ 以上のすべての偶数 $n$ は $2$ つの素数の和で表せる。すなわち、偶数 $n\geq4$ について $r(n)\geq1$ である。
これを「強い Goldbach 予想」または「2 項 Goldbach 予想」ともいう。これに対し、次を「弱い Goldbach 予想」または「3 項 Goldbach 予想」という。
$7$ 以上のすべての奇数は $3$ つの素数の和で表せる(同じ素数を繰り返し使ってよい)。
弱い形は、下の thm-goldbach-helfgott のとおり、Helfgott が 2013 年に証明を発表している。
Goldbach は 1742 年 6 月 7 日付の Euler への手紙で、$2$ つの素数の和である数は($1$ も素数に数えて)望むだけ多くの素数の和に書けること、また $2$ より大きいすべての数は $3$ つの素数の和であろうことを書いた。当時は $1$ も素数に数える流儀があり、Goldbach の主張はその流儀での「素数」の和である。Euler は 1742 年 6 月 30 日付の返信で、前者($2$ つの素数の和である数はいくらでも多くの素数の和に書けること)は、以前 Goldbach から伝えられた「すべての偶数は $2$ つの素数の和である」という観察から従うと指摘し、後者($2$ より大きいすべての数が $3$ つの素数の和であろうこと)は正しいと信じるが証明できないと書いた(Dic19 Chapter XVIII, p. 421)。現在 Goldbach 予想と呼ぶのは、この Euler の指摘の元になった「すべての偶数は $2$ つの素数の和である」という観察であり、$1$ を素数に数えない現在の流儀では「$4$ 以上の偶数」と述べる。$1$ を素数としない場合に偶数の形と $3$ つの素数の和の形が同値であることは prop-goldbach-three-primes-equivalence で示す。
$4\leq n\leq 50$ の偶数 $n$ について $r(n)$ は次のとおりである。
| $n$ | $4$ | $6$ | $8$ | $10$ | $12$ | $14$ | $16$ | $18$ | $20$ | $22$ | $24$ | $26$ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| $r(n)$ | $1$ | $1$ | $1$ | $2$ | $1$ | $2$ | $2$ | $2$ | $2$ | $3$ | $3$ | $3$ |
| $n$ | $28$ | $30$ | $32$ | $34$ | $36$ | $38$ | $40$ | $42$ | $44$ | $46$ | $48$ | $50$ |
| --- | --- | --- | --- | --- | --- | --- | --- | --- | --- | --- | --- | --- |
| $r(n)$ | $2$ | $3$ | $2$ | $4$ | $4$ | $2$ | $3$ | $4$ | $3$ | $4$ | $5$ | $4$ |
たとえば $48=5+43=7+41=11+37=17+31=19+29$ である。$r(n)$ は $n$ について単調には増えないが、$n$ が大きくなると全体として増えていく。$30$ 以上で $3$ で割り切れる $n$($30,36,42,48$)では $r(n)$ が周りより大きくなりやすい。
奇数 $n$ を $2$ つの素数の和 $p+q$ で表すと、$p,q$ の一方は偶数、すなわち $2$ でなければならない(奇数 $+$ 奇数は偶数)。したがって奇数 $n$ が $2$ つの素数の和で表せるのは $n-2$ が素数のときに限る。たとえば $11$ は $11-2=9$ が素数でないので $2$ つの素数の和で表せない。Goldbach 予想で「偶数」の仮定を外すと成り立たないのはこのためである。また $2$ は $2$ つの素数の和にならない(最小の素数は $2$ なので和は $4$ 以上)ので、「$4$ 以上」の仮定も外せない。
偶数 $n=2m$($m\geq2$)が $n=p+q$($p\leq q$)と書けることは、$p=m-d$、$q=m+d$ となる整数 $d\geq0$ があること、すなわち「$m$ から左右に同じ距離 $d$ だけ離れた $2$ つの数 $m-d,\ m+d$ がともに素数になる」ことと同じである($d=(q-p)/2$ で、$p+q$ が偶数なので $q-p$ も偶数)。したがって Goldbach 予想は「$2$ 以上のすべての整数 $m$ は $2$ つの素数の平均である」と言い換えられる。たとえば $m=50$ では $d=3$ で $47,53$、$d=9$ で $41,59$ が見つかる。$m$ 自身が素数なら $d=0$ でよい。
この言い換えで $d$ として使える値の個数が $r(2m)$ である。$m=50$ では $d=3,9,21,33,39,47$ の $6$ 個で、$r(100)=6$ と一致する。予想が難しいのは、$m-d$ と $m+d$ の素数性がそれぞれ別の数の素因数分解で決まり、足し算の構造と掛け算の構造を同時に扱わなければならないためである(Cla Chapter 1, p. 10)。
conj-goldbach が正しいと仮定する。このとき次が成り立つ。
1:$n\geq7$ を奇数とすると、$n-3$ は $4$ 以上の偶数である。仮定により $n-3=p+q$ となる素数 $p,q$ があり、$n=3+p+q$ である。
2:$n\geq9$ を奇数とすると、$n-3$ は $6$ 以上の偶数であり、仮定により $n-3=p+q$($p\leq q$ は素数)と書ける。$p=2$ とすると $q=n-5$ は偶数で素数なので $q=2$、よって $n-3=4$ となり $n\geq9$ に反する。よって $p\geq3$ であり、同様に $q\geq p\geq3$ である。したがって $p,q$ は奇素数で、$n=3+p+q$ は $3$ つの奇素数の和である。
2 で「$9$ 以上」とした理由:$7$ を $3$ つの奇素数の和で書くことはできない(最小の奇素数 $3$ を $3$ つ足すと $9$)。$7=2+2+3$ のように $2$ を使う必要がある。
次の 2 つの主張は同値である。
1 ⇒ 2:$n\geq6$ とする。$n$ が偶数なら $n-2\geq4$ は偶数なので $n-2=p+q$ と書け、$n=2+p+q$ である。$n$ が奇数なら $n\geq7$ で、$n-3\geq4$ は偶数なので $n-3=p+q$ と書け、$n=3+p+q$ である。
2 ⇒ 1:$n\geq4$ を偶数とする。$n+2\geq6$ なので、仮定により $n+2=p+q+s$ となる素数 $p,q,s$ がある。$p,q,s$ がすべて奇数なら和 $n+2$ は奇数になるが、$n+2$ は偶数なので、$p,q,s$ のうち少なくとも $1$ つは偶数、すなわち $2$ である。それを $s=2$ としてよい。すると $n=p+q$ であり、$n$ は $2$ つの素数の和である。
1 ⇒ 2 の方向は、偶数の形から「望むだけ多くの素数の和」を導くという書簡の考え方(rem-goldbach-letters)と同じ筋であり、2 ⇒ 1 の方向は偶奇の考察だけで得られる。
弱い Goldbach 予想(conj-goldbach-weak)を認めると、強い形がなくても次が従う。
conj-goldbach-weak が正しいと仮定する。このとき $2$ 以上のすべての整数は $4$ 個以下の素数の和で表せる。
$n\geq2$ とする。$n$ が素数ならそれ自身が $1$ 個の素数の和である。$n=4,6,8$ は $2+2$、$3+3$、$3+5$ である。$7$ 以上の奇数は仮定により $3$ 個の素数の和である。$10$ 以上の偶数 $n$ については、$n-3$ は $7$ 以上の奇数なので、仮定により $n-3=p+q+s$ と書け、$n=3+p+q+s$ は $4$ 個の素数の和である。$2$ 以上の整数はこのどれかにあたる($2,3,5$ は素数、$4,6,8$ は上で扱い、$7$ 以上の奇数と $10$ 以上の偶数が残り)ので、主張が従う。
以下の結果は証明が長く高度なので、主張と出典だけを述べる。
十分大きいすべての奇数は $3$ つの素数の和で表せる。
I. M. Vinogradov が 1937 年に、Hardy–Littlewood の円周法と素数にわたる指数和の評価を用いて証明した(Vin37。Cla Chapter 1, p. 10 も参照)。この定理は「十分大きい」奇数についての主張であり、それより小さい奇数については何も言わないので、これだけでは conj-goldbach-weak は得られない。
$7$ 以上のすべての奇数は $3$ つの素数の和で表せる。すなわち conj-goldbach-weak は正しい。
H. A. Helfgott が 2013 年に証明を発表した(Hel13)。十分大きい奇数については Vinogradov の方法を大幅に精密化して扱い、残りの有限個の奇数は計算機による確認(rem-goldbach-verification の偶数の確認を利用する)で扱う。証明は Annals of Mathematics Studies の一冊として刊行されることが決まり、審査と改訂が続けられてきた。2026 年 9 月の時点で書籍としての刊行は確認できておらず、Crisman の教科書(2024 年版)は、証明の主張はあるが学術誌にはまだ掲載されていないと注記している(Cri24 §22.3, 脚注 10–11 の付近)。一方 Clark の講義ノートは「Helfgott が証明した」と書いている(Cla Chapter 1, p. 10)。本記事では専門家に広く受け入れられている結果として定理の形で述べるが、prop-goldbach-four-primes はこの結果を仮定として使う形で書いた。
十分大きいすべての偶数は、素数と、「素数または 2 つの素数の積」との和で表せる。
$x$ 以下の偶数のうち $2$ つの素数の和で表せないものの個数を $E(x)$ とすると、正の定数 $c,C$ があって、十分大きい $x$ について $E(x)\leq Cx^{1-c}$ である。
H. L. Montgomery と R. C. Vaughan が 1975 年に証明した(MV75)。とくに $E(x)/x\to0$ であり、「ほとんどすべての」偶数は $2$ つの素数の和である。しかしこれは例外が $1$ つもないことを意味しない。
$C_2:=\prod_{p\geq3}\bigl(1-1/(p-1)^2\bigr)=0.6601618\cdots$ とし、偶数 $n$ について $n=p+q$ となる素数の順序付きの組 $(p,q)$ の個数を $R(n)$ とする($p\ne q$ の分割は $2$ 回数える)。このとき
$$
R(n)\sim2C_2\prod_{\substack{p\mid n\\ p\geq3}}\frac{p-1}{p-2}\cdot\frac{n}{(\log n)^2}\qquad(n\to\infty,\ n\text{ は偶数})
$$
である。ここで積は $n$ を割り切る奇素数にわたり、$\log$ は自然対数である。
G. H. Hardy と J. E. Littlewood が 1923 年に述べた予想である(HL23)。定数 $C_2$ は 双子素数予想 の個数の予想に現れるものと同じである。$n$ を割り切る奇素数 $p$ ごとに因子 $(p-1)/(p-2)>1$ が付くので、$3$ で割り切れる偶数は割り切れない偶数より表し方が多いと予想され、これは ex-goldbach-table で見た傾向と合う。右辺は $n$ とともに限りなく大きくなるので、この予想が正しければ十分大きい偶数について Goldbach 予想が従うが、2026 年の時点で証明されていない。
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