準圏

同義語:quasi-categoryquasicategory

概要

準圏(quasi-category)とは、標準単体のすべての内部ホーンを充填できる単体的集合であり、(∞,1)-圏のモデルである。通常の圏の脈体は内部ホーンを一意に充填し、Kan複体は外部ホーンも充填する。二単体が射の合成を証言し、高次単体がその整合性を記録する。通常圏の脈体、反対準圏、積、Kan複体との関係を説明する。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 圏, 単体的集合, 脈体

準圏とは

準圏(quasi-category、quasicategory)は、すべての内部ホーンを充填できる単体的集合である。対象と射だけでなく、射の合成を示す三角形や、その合成どうしの整合性を示す高次単体を一緒に記録する。通常の圏の脈体は準圏になり、Kan複体も準圏になる。この二種類の例を同じ枠で扱えることが、準圏を $(\infty,1)$-圏のモデルとして用いる理由である(HTT09 §1.1.2、Joy02)。
∞圏の記事は準圏から得られる写像空間、ホモトピー圏、単体的豊穣表示を広く扱う。本記事では準圏を判定するホーン条件そのものを詳しく調べる。内部と外部のホーンの違い、充填の一意性を要求する場合との違い、積と反対圏で条件が保たれることを具体的に示す。

標準単体とホーン

単体圏 $\Delta$ の対象は、$[n]=\{0<1<\cdots< n\}$ という有限全順序集合である。単体的集合 $C$ は $\Delta^{\mathrm{op}}$ から集合の圏への関手で、$C_n$ の元を $n$-単体と呼ぶ。標準単体 $\Delta^n$ は、各 $m$ で順序保存写像 $[m]\to[n]$ を集めた単体的集合である。米田の補題により、$\Delta^n\to C$ という単体的写像を一つ与えることは、$C_n$ の元を一つ与えることと同じである。
$\Delta^n$ の第 $i$ 面は、頂点 $i$ を除いた $n$ 個の頂点で張られる部分単体である。第 $i$ ホーン $\Lambda_i^n$ は、第 $i$ 面だけを除き、残りのすべての面を合わせた部分単体的集合である。$0< i< n$ のとき内部ホーン、$i=0$ または $i=n$ のとき外部ホーンという。面を単にばらばらに指定するのではなく、重なった場所で一致するように指定したものが、写像 $\Lambda_i^n\to C$ である。

準圏の内部ホーン条件

単体的集合 $C$ が準圏であるとは、任意の $n\geq2$、$0< i< n$ と単体的写像 $u:\Lambda_i^n\to C$ に対し、$u$ を延長する単体的写像 $\widetilde u:\Delta^n\to C$ が存在することである。延長は存在すればよく、一意である必要はない。

これは HTT09 Definition 1.1.2.4 の条件である。$n=1$ には内部ホーンがない。最初の非自明な条件は $n=2,i=1$ に現れる。高次の条件は、二本の射の合成を一度選べるというだけでなく、その選択を組み合わせるときの整合性を要求する。

二次元の内部ホーン

$\Lambda_1^2$ は辺 $0\to1$ と $1\to2$ を持ち、辺 $0\to2$ と三角形の内部を欠く。これを $C$ へ写すことは、対象 $x,y,z$ と射に相当する二つの辺 $f:x\to y$、$g:y\to z$ を指定することである。充填 $\Delta^2\to C$ は、第三の辺 $h:x\to z$ と、それら三辺を囲む二次元単体を与える。$h$ を $g$ と $f$ の合成の一つの選択と読む。
普通の圏では合成 $g\circ f$ は一つの射として厳密に決まる。準圏では別の辺 $h'$ を用いる別の充填があり得る。しかし、準圏のホモトピー圏ではそれらは同じ射を表す。非一意性は何も決まらないという意味ではない。異なる選択をつなぐ高次のデータが単体的集合の中に含まれ、それをホモトピーを通して一つの合成として扱う(HTT09 §1.2.3)。
三次元の内部ホーンは、三本の辺を合成する異なる順序の間を調整する。さらに高次の内部ホーンは、その調整どうしの整合性を要求する。結合律を単なる辺の等式として初めから課すのではなく、適切な高次単体によって表すことが準圏の特徴である。
面写像の添字で見ると、二単体 $\sigma$ の三辺は $d_2\sigma=f$、$d_0\sigma=g$、$d_1\sigma=h$ となる。中間の頂点 $1$ を除く面が「合成」と読む辺 $h$ である。準圏では一つの組 $(f,g)$ に対して異なる $\sigma$ があり得るし、その第三辺も違い得る。単に $h$ だけを選んで $\sigma$ を捨てると、合成をどのように作ったかのデータが失われる。
各頂点 $x\in C_0$ の退化辺 $s_0x$ は、通常の圏の恒等射に対応する。二本の射の片方がこの退化辺なら、退化二単体がそのまま合成の充填を与える。ただし、一般の準圏で任意の別の充填を取ったときに第三辺が字面どおり元の射と等しくなる必要はない。ホモトピー圏で同じ射を与えることが単位律の正しい読み方である。この区別は、等式で構成する通常の圏と、ホモトピーを保持する準圏の違いを端的に示す。

通常の圏の脈体

通常の圏 $A$ の脈体 $N(A)$ の $n$-単体は、関手 $[n]\to A$ である。これは合成可能な $n$ 本の射 $a_0\to a_1\to\cdots\to a_n$ によって一意に決まる。$[n]$ にある $i\to j$ の射は、列の途中の射を合成したものへ送る。面写像は途中の対象を消して隣の射を合成し、退化写像は恒等射を挿入する。

脈体の内部ホーンは一意に充填される

任意の通常の圏 $A$ について、$N(A)$ の内部ホーン $\Lambda_i^n\to N(A)$ には、ちょうど一つの充填 $\Delta^n\to N(A)$ がある。従って $N(A)$ は準圏である。

$n=2$ の内部ホーンは $a_0\xrightarrow f a_1\xrightarrow g a_2$ という二本の射である。$[2]$ から $A$ への関手では、欠けた $0\to2$ を $g\circ f$ に送るほかない。これで存在と一意性が従う。
$n\geq3$ でも、内部ホーンの面から連続する辺 $a_{j-1}\to a_j$ はすべて読める。これらの辺の列を取り、$[n]$ の射 $j\to k$ をその区間の合成へ送れば、結合律と単位律により関手 $[n]\to A$ が一意に定まる。与えられたホーンの各面は同じ連続辺を持つ関手であるから、構成した関手の対応する面と一致する。とくに $n=3$ で欠けた三角形の二通りの合成が一致するのは $A$ の結合律による。従ってこの関手が充填であり、ほかの充填も連続辺の列で決まるので一意である。

通常の圏がどの準圏として現れるかは、逆向きにも特徴付けられる。すべての内部ホーンが一意に充填される単体的集合は、ある通常の圏の脈体に同型である(HTT09 Proposition 1.1.2.2)。二次元の一意な充填から射の合成を定め、三次元の一意な充填から結合律を読み、退化辺を単位射とする。高次元でも単体が連続する辺の列で決まる。この逆向きは単に準圏であるだけの場合には使えない。存在と一意性の差こそ、通常の圏と一般の準圏の差を表す。
ここで「一意」は、ホモトピーまで一意という意味ではなく、$\Delta^n\to C$ という単体的写像として厳密に一つという意味である。たとえば圏の脈体では、$f$ と $g$ の合成辺を $g\circ f$ 以外に選べない。一般の準圏の公理はそのような厳密性を課さないが、高次単体が残るので、弱い意味で整合的な合成の理論を組み立てられる。

順序集合と標準単体

半順序集合 $(P,\leq)$ を「$p\leq q$ のとき射 $p\to q$ が一つある」圏とみなすと、その脈体は準圏である。$n$-単体は $p_0\leq p_1\leq\cdots\leq p_n$ という弱増加列になる。特に標準単体 $\Delta^n$ は有限全順序集合 $[n]$ の脈体に同型であり、すべての内部ホーンを一意に充填する。
これは「標準単体だから自動的にあらゆるホーンを埋められる」という意味ではない。$\Delta^1$ には $0\to1$ があるが $1\to0$ はない。内部ホーンを埋めることと、全ての射の逆を作れることは別の条件である。
集合 $S$ を、各元の恒等射しか持たない離散圏とみなす。その脈体の $n$-単体は、同じ点を $n+1$ 回並べた退化単体だけである。これは準圏であり、さらに Kan 複体である。ここではすべての射が恒等射だから逆射が存在する。対照的に $[1]$ は一つの非可逆射を加えた途端、準圏ではあっても Kan 複体ではなくなる。低次のデータを一つ変えるだけで外部ホーンの可否が変わる。
離散圏の代わりに群 $G$ を一対象圏とみなしても、その脈体は Kan 複体になる。群の各元が可逆なので、外部ホーンに欠けた辺は逆元を用いて決められる。この例は高次元にも延びる。群の脈体は高次単体を持つが、各 $n$-単体は $n$ 本の群元の列で決まるため、通常圏の脈体として内部ホーンの充填は一意である。Kan 複体であることと「単体が二次元より上にない」ことを混同してはいけない。

Kan 複体と外部ホーン

Kan複体は、$n\geq1$ のすべてのホーン $\Lambda_i^n$、$0\leq i\leq n$ を充填できる。従ってどの Kan 複体も準圏である。外部ホーンは、射の逆を求める状況に関わる。二次元の外部ホーンでは、二本の既知の辺と欠けた第三の辺が、既知の射を逆にたどるような配置を取り得る。

標準一単体は Kan 複体でない

$\Delta^1=N([1])$ は準圏だが、Kan 複体ではない。

$[1]$ は二対象 $0,1$ と非恒等射 $u:0\to1$ を持つ通常の圏である。脈体の定理から $\Delta^1$ は準圏である。
$\Lambda_0^2$ の二辺 $0\to1$、$0\to2$ を、それぞれ $u:0\to1$ と $\operatorname{id}_0:0\to0$ に送る。充填があれば欠けた辺 $1\to2$ は $1\to0$ という射にならなければならない。しかし $[1]$ にはその射がない。ゆえにこの外部ホーンは充填できず、$\Delta^1$ は Kan 複体でない。

この例は、非可逆な射を含む準圏の最小の例である。準圏を「単体的集合の一種」とだけ説明しても、Kan 複体との本質的な違いは見えない。内部ホーンの条件は合成可能性を表すが、外部ホーンまで求めると可逆性が現れる。
通常の圏 $A$ については、$N(A)$ が Kan 複体となることと $A$ が亜群であることが同値である。一般の準圏 $C$ でも、ホモトピー圏 $hC$ が亜群であることと $C$ が Kan 複体であることが同値である(HTT09 Proposition 1.2.5.1、Joy02)。一般の場合の逆向きは、単に二次元の逆射候補を取るだけでは済まず、高次の外部ホーンの充填まで示す定理である。

ホーン条件が失敗する例

標準二単体の境界 $\partial\Delta^2$ は、三つの頂点と三本の辺、そしてそれらの退化単体を含む。しかし三角形の内部を表す非退化二単体は含まない。この単体的集合は内部ホーン条件を満たさない。

三角形の境界は準圏でない

$\partial\Delta^2$ は準圏ではない。

頂点 $0,1,2$ の間の辺 $0\to1$ と $1\to2$ を指定すると、$\Lambda_1^2\to\partial\Delta^2$ が得られる。これが $\Delta^2$ からの写像へ延長できるなら、その非退化な三頂点の二単体が $\partial\Delta^2$ に必要である。境界にはそのような二単体がない。退化二単体の頂点列には重複があるので、相異なる三頂点 $0,1,2$ を持つこのホーンの充填には使えない。従って充填は存在しない。

三本目の辺 $0\to2$ が境界に既にあるにもかかわらず、充填はできない。準圏の条件は「合成らしい辺がある」だけではなく、その二本と第三の辺の関係を二単体で証言できることを要求するからである。この点は、頂点と辺だけを残したグラフをそのまま準圏とみなせない理由でもある。
この反例と $\Delta^1$ の例は失敗する場所が違う。$\partial\Delta^2$ では内部ホーンが埋まらず、合成を証言できない。$\Delta^1$ では内部ホーンは全て埋まるが、外部ホーンの一つが埋まらず、非可逆な辺を逆向きにはできない。単体的集合について「どの次元のどの添字のホーン」が失敗するかを書くと、準圏条件と Kan 条件の差が曖昧にならない。

積と反対準圏

単体的集合の積 $C\times D$ は、各次数で $(C\times D)_n=C_n\times D_n$ として作る。ホーンから積への写像は、$C$ と $D$ への写像の組と同じである。これにより準圏の積が簡単に確認できる。

準圏の積

$C,D$ が準圏なら、$C\times D$ も準圏である。

内部ホーン $u:\Lambda_i^n\to C\times D$ を取る。積の射影を合成して $u_C:\Lambda_i^n\to C$ と $u_D:\Lambda_i^n\to D$ を得る。$C,D$ の内部ホーン条件から、それぞれ $\widetilde u_C:\Delta^n\to C$、$\widetilde u_D:\Delta^n\to D$ へ延長できる。対 $(\widetilde u_C,\widetilde u_D)$ は $\Delta^n\to C\times D$ の写像であり、ホーン上の制限は $u$ である。従って積も内部ホーンを充填する。

この結果は関手を表す単体的写像にも役立つ。$K$ が任意の単体的集合なら、$C$ と $D$ へ向かう図式の組は $C\times D$ へ向かう一つの図式である。積に関する普遍性は、単体的集合として次数ごとに既に成り立つ。
反対準圏 $C^{\mathrm{op}}$ は、頂点の順序を逆向きに読む操作で作る。標準単体の頂点 $0,\ldots,n$ を $n,\ldots,0$ に反転するため、$C^{\mathrm{op}}$ の内部ホーン $\Lambda_i^n$ は、$C$ の内部ホーン $\Lambda_{n-i}^n$ に対応する。$0< i< n$ なら $0< n-i< n$ なので充填できる。

反対準圏

$C$ が準圏なら $C^{\mathrm{op}}$ も準圏である。また $(C^{\mathrm{op}})^{\mathrm{op}}\cong C$ である。

頂点順序の反転は $\Lambda_i^n$ を $\Lambda_{n-i}^n$ に移す。内部添字は反転後も内部添字だから、$C^{\mathrm{op}}$ への任意の内部ホーンを反転して $C$ のホーンとして充填し、再び反転すれば $C^{\mathrm{op}}$ の充填が得られる。二回反転すれば頂点順序は元に戻り、面・退化写像も元に戻る。

通常の圏の脈体では $N(A)^{\mathrm{op}}\cong N(A^{\mathrm{op}})$ である。一般の準圏でも反対を作ると射の向きは逆になるが、高次単体も同時に反転する。単に一次元の辺の向きだけを変えたグラフではない。

ホモトピー圏との関係

準圏 $C$ の頂点を対象、辺を射の候補とし、二単体から辺の間のホモトピー関係を作ると、通常の圏 $hC$ が得られる。$hC$ の射は、適切な写像空間の連結成分としても表せる。内部ホーン条件は、辺のホモトピー類の合成が存在し、結合的になることを保証する。厳密な構成と同値関係の検証は HTT09 §1.2.3 と ∞圏のホモトピー圏 を参照する。
$C=N(A)$ なら $hC\cong A$ である。$C$ が Kan 複体なら $hC$ は亜群になる。ただし $hC$ を知るだけで準圏 $C$ の全情報は復元できない。高次の単体、すなわち射の間のホモトピーとその上の整合性が失われるためである。実際、写像空間を離散集合へ置き換えてしまうと、その高次ホモトピー群は読めなくなる。
準圏の二次元ホーンの充填を「合成」と呼ぶときは、特定の第三の辺が厳密に一意だと主張していない点に注意する。通常圏の脈体では一意、一般の準圏では存在が公理であり、ホモトピー圏で合成の類が定まる。この三段階を分けて読むと、通常の圏からの一般化が明確になる。

単体的豊穣圏から得る例

各射対象が Kan 複体である単体的豊穣圏からは、ホモトピー整合的脈体を作ると準圏が得られる(HTT09 §1.1.5)。その内部ホーンの充填は射対象の Kan 条件を使って組み立てられる。この構成の一般的な証明には、単体的圏の自由な整合的分割を扱う技術が必要なため、ここでは刊行書の該当節を参照する。
同じ「単体的」という語でも、単体的圏の射対象が Kan 複体である条件と、結果の準圏が内部ホーンを充填する条件は別である。また、一般の単体的圏の単なる対象集合と射集合を抜き出しても、ホモトピー整合的脈体の高次データは得られない。準圏は、通常の圏、空間のモデル、局所 Kan な単体的圏からの構成を一つの枠に置く。

使い分けの要点

  • 準圏は内部ホーンの存在を要求する。充填が一意なら通常圏の脈体となる。
  • Kan 複体は外部ホーンも充填する準圏であり、全ての射がホモトピーの意味で可逆な場合に対応する。
  • 二本の辺と第三の辺が存在するだけでは十分でない。それらをつなぐ二単体が必要である。
  • ホモトピー圏は辺の合成を通常の圏として扱うが、高次の情報を忘れる。

関連項目

参考文献

[1]
Jacob Lurie, Higher Topos Theory, Annals of Mathematics Studies, Princeton University Press, 2009, §1.1.2, Proposition 1.1.2.2, Definition 1.1.2.4(内部ホーンと圏の脈体)、§1.1.5(ホモトピー整合的脈体)、§1.2.3(ホモトピー圏)、Proposition 1.2.5.1(Kan複体との比較)。

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