Hodge対称性

同義語:ホッジ対称性Hodge symmetry

概要

Hodge対称性(Hodge symmetry)とは、コンパクト Kähler 多様体 $X$ の Dolbeault コホモロジーの間に、複素共役から来る標準的な共役線形同型 $H^{p,q}_{\bar\partial}(X)\cong H^{q,p}_{\bar\partial}(X)$ があることをいう。とくに Hodge 数について $h^{p,q}=h^{q,p}$ であり、de Rham コホモロジーでは Hodge 分解の成分が共役で $\overline{H^{p,q}}=H^{q,p}$ と移り合う。$\partial\bar\partial$-補題から計量を使わずに導かれ、$H^p(X,\mathcal{O}_X)$ が正則 $p$ 形式の共役で表されることや、奇数次の Betti 数が偶数であることを導く。Kähler でない多様体では一般に成り立たない。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: Hodge分解, Dolbeaultコホモロジー, ∂∂̄-補題, Kähler多様体, Dolbeaultラプラシアン

Hodge対称性(Hodge symmetry)とは、コンパクト Kähler 多様体 $X$ の Dolbeault コホモロジーの間に、複素共役から来る標準的な共役線形同型
$$ \sigma\colon H^{p,q}_{\bar\partial}(X)\xrightarrow{\ \cong\ }H^{q,p}_{\bar\partial}(X) $$
があることをいう。Dolbeault の定理(Dolbeaultの定理)で層コホモロジーに移すと $H^q(X,\Omega^p_X)$ と $H^p(X,\Omega^q_X)$ が共役線形に同型ということであり、とくに Hodge 数(Hodge数)について
$$ h^{p,q}(X)=h^{q,p}(X) $$
が成り立つ。de Rham コホモロジーの側では、Hodge 分解 $H^k(X,\mathbb C)=\bigoplus_{p+q=k}H^{p,q}(X)$(Hodge分解)の成分が複素共役で $\overline{H^{p,q}(X)}=H^{q,p}(X)$ と移り合うことに当たる。
Hodge 対称性は、奇数次の Betti 数が偶数であることや、$H^p(X,\mathcal O_X)$ が正則 $p$ 形式の共役で表されることなど、コンパクト Kähler 多様体の位相と複素構造に強い制約を与える。また、Hodge 構造(Hodge構造)の定義で分解に課される条件は、この対称性を抽象化したものである。Kähler でないコンパクト複素多様体では Dolbeault コホモロジーの次元の対称性は一般に破れ、Hopf 曲面では $h^{1,0}=0$ だが $h^{0,1}\ge1$ である(ex-hsym-hopf)。
この記事では、Hodge 対称性を $\partial\bar\partial$-補題(∂∂̄-補題)から計量を使わずに導き、正則形式による $H^p(X,\mathcal O_X)$ の記述と、任意のコンパクト複素多様体で成り立つ 1 次の不等式 $2c\le b_1\le c+h^{0,1}$ を証明する。

2 つの水準

$X$ を複素次元 $n$ のコンパクト複素多様体とし、$\mathcal A^{p,q}(X)$ を $C^\infty$ 級の $(p,q)$ 形式の空間とする。複素共役 $\alpha\mapsto\bar\alpha$ は $\mathcal A^{p,q}(X)$ から $\mathcal A^{q,p}(X)$ への共役線形な全単射で、$\overline{d\alpha}=d\bar\alpha$、$\overline{\partial\alpha}=\bar\partial\bar\alpha$ をみたす。Hodge 対称性には、どのコホモロジーについて述べるかで 2 つの水準がある。

Hodge 対称性の 2 つの水準
  1. (de Rham の水準)$H^k(X,\mathbb C)=H^k_{dR}(X;\mathbb R)\otimes_{\mathbb R}\mathbb C$ の複素共役について、Hodge分解 の定義「Hodge 成分」の部分空間 $H^{p,q}(X)$(型 $(p,q)$ の $d$ 閉形式で代表される類の全体)が $\overline{H^{p,q}(X)}=H^{q,p}(X)$ をみたすこと。
  2. (Dolbeault の水準)共役線形な同型 $H^{p,q}_{\bar\partial}(X)\cong H^{q,p}_{\bar\partial}(X)$ があること。とくに $h^{p,q}(X)=h^{q,p}(X)$($h^{p,q}(X):=\dim_{\mathbb C}H^{p,q}_{\bar\partial}(X)$)であること。

1 はどのコンパクト複素多様体でも定義から成り立つ。型 $(p,q)$ の $d$ 閉形式の共役は型 $(q,p)$ の $d$ 閉形式だからである(Hodge分解 の証明の後の段落が同じことを述べている)。ただし Kähler でなければ $H^{p,q}(X)$ たちは $H^k(X,\mathbb C)$ を張るとは限らず、Dolbeault コホモロジーとも一致しない。内容のある主張は 2 の方であり、以下「Hodge 対称性」は主に 2 を指す。

素朴な共役は定義されない

Dolbeault コホモロジーの類 $[\alpha]$ に $[\bar\alpha]$ を対応させる写像は、一般には意味をもたない。$\bar\partial$ 閉な形式の共役は $\partial$ 閉だが、$\bar\partial$ 閉とは限らないからである。

楕円曲線上の $\bar\partial f$

$E:=\mathbb C/(\mathbb Z+i\mathbb Z)$、$f(x+iy):=\cos(2\pi x)$ とおく。$\alpha:=\bar\partial f$ は $\bar\partial$ 閉な $(0,1)$ 形式で、Dolbeault 類は $0$ である。一方 $f$ は実数値なので $\bar\alpha=\partial f$ であり、
$$ \bar\partial\bar\alpha=\bar\partial\partial f=-\partial\bar\partial f=\pi^2\cos(2\pi x)\,dz\wedge d\bar z\neq0 $$
である($\partial\bar\partial f=\frac14(f_{xx}+f_{yy})\,dz\wedge d\bar z$)。したがって $\bar\alpha$ は $\bar\partial$ 閉でなく、Dolbeault 類を定めない。

この例が示すように、Dolbeault 類の共役を考えるには、類の中から $d$ 閉な代表を選び、その選び方によらないことを確かめる必要がある。それを保証するのが $\partial\bar\partial$-補題である。

主定理

Hodge 対称性

$X$ を $\partial\bar\partial$-補題をみたすコンパクト複素多様体(∂∂̄-補題 の定義「$\partial\bar\partial$-補題が成り立つ多様体」)とする。とくに $X$ がコンパクト Kähler 多様体ならよい。

  1. $H^{p,q}_{\bar\partial}(X)$ の各類は $d$ 閉な代表をもつ。
  2. 共役線形な写像 $\sigma\colon H^{p,q}_{\bar\partial}(X)\to H^{q,p}_{\bar\partial}(X)$ で、$d$ 閉なすべての $\alpha\in\mathcal A^{p,q}(X)$ について
    $$ \sigma[\alpha]=[\bar\alpha] $$
    をみたすものがただ 1 つある。
  3. $\sigma\circ\sigma=\mathrm{id}$ であり、$\sigma$ は全単射である。とくに $h^{p,q}(X)=h^{q,p}(X)$ である。
  4. $\sigma$ は、∂∂̄-補題 の定理「Bott–Chern コホモロジーとの比較」の同型 $H^{p,q}_{\bar\partial}(X)\cong H^{p,q}(X)\subset H^{p+q}(X,\mathbb C)$ を通して、de Rham コホモロジーの複素共役に一致する。
主定理の証明

Bott–Chern コホモロジー $H^{p,q}_{BC}(X)$ と自然な写像 $\iota_{\bar\partial}\colon H^{p,q}_{BC}(X)\to H^{p,q}_{\bar\partial}(X)$、$\iota_{dR}\colon H^{p,q}_{BC}(X)\to H^{p+q}(X,\mathbb C)$ を ∂∂̄-補題 の記事の定義「Bott–Chern コホモロジー」のとおりとする。同記事の定理「Bott–Chern コホモロジーとの比較」により、$X$ が $\partial\bar\partial$-補題をみたせば $\iota_{\bar\partial}$ は同型で、$\iota_{dR}$ は単射である。
1.$\iota_{\bar\partial}$ が全射であることの言い換えである。
2.Bott–Chern コホモロジーの上では、複素共役 $\kappa\colon H^{p,q}_{BC}(X)\to H^{q,p}_{BC}(X)$、$[u]\mapsto[\bar u]$ が定義される($\overline{\partial\bar\partial v}=\partial\bar\partial(-\bar v)$ なので、$\partial\bar\partial$ 完全な形式の共役は $\partial\bar\partial$ 完全)。そこで
$$ \sigma:=\iota_{\bar\partial}\circ\kappa\circ\iota_{\bar\partial}^{-1} $$
とおく。$\sigma$ は共役線形である。$d$ 閉な $\alpha\in\mathcal A^{p,q}(X)$ については $\iota_{\bar\partial}^{-1}[\alpha]=[\alpha]_{BC}$ なので、$\sigma[\alpha]=\iota_{\bar\partial}[\bar\alpha]_{BC}=[\bar\alpha]$ である。一意性は 1 による:条件 $\sigma[\alpha]=[\bar\alpha]$ は $d$ 閉な代表をもつすべての類、すなわちすべての類で $\sigma$ の値を決める。
3.$\kappa\circ\kappa=\mathrm{id}$ から $\sigma\circ\sigma=\iota_{\bar\partial}\kappa\kappa\iota_{\bar\partial}^{-1}=\mathrm{id}$ である。よって $\sigma$ は全単射で、逆写像は($H^{q,p}_{\bar\partial}$ から $H^{p,q}_{\bar\partial}$ への同じ形の写像である)$\sigma$ 自身である。共役線形な全単射は複素次元を保つので $h^{p,q}=h^{q,p}$ である。
4.$d$ 閉な $\alpha\in\mathcal A^{p,q}(X)$ について、$[\alpha]\in H^{p,q}_{\bar\partial}(X)$ に対応する de Rham 類は $[\alpha]_{dR}$、$\sigma[\alpha]=[\bar\alpha]$ に対応する de Rham 類は $[\bar\alpha]_{dR}=\overline{[\alpha]_{dR}}$ である。1 によりすべての類がこの形なので、主張が従う。$\square$

証明が使ったのは、Bott–Chern コホモロジーには共役が自然にあり、$\partial\bar\partial$-補題のもとで Bott–Chern コホモロジーと Dolbeault コホモロジーが一致する、という 2 点だけである。したがって $\sigma$ は計量を選ばずに定まる。Kähler 計量を選ぶと、$\sigma$ は調和形式の共役として具体的に書ける。

調和形式による記述

$X$ をコンパクト Kähler 多様体、$h$ を Kähler 計量とし、$\mathcal H^{p,q}(X)$ を $h$ に関する Dolbeault 調和形式の空間とする。$\eta\in\mathcal H^{p,q}(X)$ ならば $\bar\eta\in\mathcal H^{q,p}(X)$ であり、$\sigma[\eta]=[\bar\eta]$ である。すなわち、調和形式の空間の上では $\sigma$ は単に複素共役である。

Kählerの恒等式 の定理「Laplace 作用素の関係」により $\Delta=2\Delta_{\bar\partial}$ で、$\Delta$ は複素共役と可換である。よって $\Delta_{\bar\partial}\eta=0$ なら $\Delta\bar\eta=\overline{\Delta\eta}=0$、すなわち $\bar\eta\in\mathcal H^{q,p}(X)$ である。また、コンパクト多様体上で $\Delta\eta=0$ なら $d\eta=0$ である(Laplace–de Rham作用素 の定理「閉多様体上の調和形式の特徴づけ」)。$\eta$ は $d$ 閉なので、thm-hsym-main の 2 により $\sigma[\eta]=[\bar\eta]$ である。$\square$

Hodge分解 の証明の(d)は、この系の形(調和形式の共役)で de Rham の水準の対称性を示している。主定理は、その対応が Kähler 計量の選び方によらないことを保証する。定理は Dem12 Ch. VI Theorem (8.5)(p. 311、Hodge symmetry)と Corollary (8.7)(p. 312)、Wel08 Ch. V Theorem 5.1 (5.2)(p. 197)にある。

正則形式と $H^p(X,\mathcal O_X)$

$(p,0)$ 形式の Dolbeault コホモロジーには割る部分がない($\mathcal A^{p,-1}(X)=0$)ので、$H^{p,0}_{\bar\partial}(X)$ は正則 $p$ 形式の空間 $\Omega^p(X):=\{\eta\in\mathcal A^{p,0}(X)\mid\bar\partial\eta=0\}$ そのものである。Hodge 対称性を $(p,0)$ と $(0,p)$ に当てると、構造層のコホモロジーが正則形式で具体的に書ける。

正則形式による $H^{0,p}$ の記述

$X$ をコンパクト Kähler 多様体とし、$0\le p\le n$ とする。

  1. 写像 $\Omega^p(X)\to H^{0,p}_{\bar\partial}(X)$、$\eta\mapsto[\bar\eta]$ は共役線形な同型である。
  2. $H^{0,p}_{\bar\partial}(X)$ の各類は、反正則な $p$ 形式(正則 $p$ 形式の共役)をただ 1 つ含む。それは、どの Kähler 計量についても、その類の Dolbeault 調和形式である。
  3. したがって Dolbeault の定理と合わせて $H^p(X,\mathcal O_X)\cong\overline{\Omega^p(X)}$ であり、$h^{0,p}(X)=h^{p,0}(X)=\dim\Omega^p(X)$ である。

1.$\eta\in\Omega^p(X)$ は $d$ 閉である(Kählerの恒等式 の系「コンパクト Kähler 多様体上の正則形式と Kähler 形式の冪」の 1)。よって thm-hsym-main の 2 により、$H^{p,0}_{\bar\partial}(X)=\Omega^p(X)$ の元 $[\eta]=\eta$ について $\sigma(\eta)=[\bar\eta]$ である。すなわち、問題の写像は $\sigma\colon H^{p,0}_{\bar\partial}(X)\to H^{0,p}_{\bar\partial}(X)$ そのものであり、同定理の 3 により共役線形な同型である。
2.存在は 1 の全射性である。一意性:反正則な $\bar\eta$、$\bar\eta'$ が同じ類に属せば、1 の単射性から $\eta=\eta'$ である。最後に、Kähler 計量 $h$ を選ぶと $\eta$ は $\Delta_{\bar\partial}$ 調和である($(p,0)$ 形式の上で $\Delta_{\bar\partial}=\bar\partial^*\bar\partial$。Dolbeaultラプラシアン の命題「非負性と調和形式の特徴づけ」の後の段落)。cor-hsym-harmonic により $\bar\eta$ も調和であり、各類の調和形式はただ 1 つ(同記事の主定理の 3)なので、それが $\bar\eta$ である。
3.Dolbeault の定理 $H^p(X,\mathcal O_X)\cong H^{0,p}_{\bar\partial}(X)$ と 1 による。$\square$

$p=1$ では、$H^1(X,\mathcal O_X)$ は正則 1 形式の共役で張られる。この記述は、$X$ の Picard 多様体と Albanese 多様体(Dem12 Ch. VI §9、pp. 313–316)の構成の出発点である。

例
  • 複素トーラス.$X=\mathbb C^n/\Lambda$ では、正則 $p$ 形式は定数係数の $\sum_Ic_I\,dz_I$($|I|=p$)であり、1 により $H^{0,p}_{\bar\partial}(X)$ は定数係数の $\sum_Jc_J\,d\bar z_J$ の類で張られる。これは平坦な計量の Dolbeault 調和形式が定数係数の形式であること(Dolbeaultラプラシアン の例「複素トーラス」)と一致し、$h^{0,p}=h^{p,0}=\binom np$ である。
  • コンパクト Riemann 面.種数 $g$ の連結なコンパクト Riemann 面 $C$ では $H^1(C,\mathcal O_C)\cong\overline{\Omega^1(C)}$ で、$h^{0,1}=h^{1,0}=g$ である。
  • 射影空間.$\mathbb P^n$ では $h^{p,0}=0$($p\ge1$。Hodge分解 の例「複素射影空間の Hodge 数」)なので、$\mathbb P^n$ 上には $0$ でない正則 $p$ 形式($p\ge1$)がなく、3 により $H^p(\mathbb P^n,\mathcal O)=0$($p\ge1$)である。

1 次の不等式と Hopf 曲面

Kähler でない多様体では Hodge 対称性がどう破れるかを、1 次のコホモロジーで調べる。次の不等式は任意のコンパクト複素多様体で成り立ち、計量も調和形式も使わない。

1 次の Betti 数の評価

$X$ を連結なコンパクト複素多様体、$b_1:=\dim_{\mathbb C}H^1_{dR}(X;\mathbb C)$ とし、$c$ を $d$ 閉な正則 1 形式のなす空間 $\Omega^1_{\mathrm{cl}}(X):=\{\eta\in\Omega^1(X)\mid d\eta=0\}$ の次元とする。このとき
$$ 2c\le b_1\le c+h^{0,1} $$
である。とくに $c\le h^{0,1}$ である。

$2c\le b_1$.写像 $\Phi\colon\Omega^1_{\mathrm{cl}}(X)\oplus\overline{\Omega^1_{\mathrm{cl}}(X)}\to H^1_{dR}(X;\mathbb C)$、$(\eta,\bar\theta)\mapsto[\eta+\bar\theta]$ が単射であることを示す($\bar\theta$ は $d$ 閉な反正則 1 形式で、$\eta+\bar\theta$ は $d$ 閉)。$\eta+\bar\theta=df$ とすると、型を比べて $\partial f=\eta$、$\bar\partial f=\bar\theta$ である。$\eta$ は正則なので $\bar\partial\partial f=\bar\partial\eta=0$、すなわち $\partial\bar\partial f=0$ である。∂∂̄-補題 の系「実 $(1,1)$ 形式の $\partial\bar\partial$-補題」の一意性の証明(座標の上で調和関数になり、最大値原理が使える)は $\partial\bar\partial\varphi=0$ しか使わない。$\partial\bar\partial\bar f=-\overline{\partial\bar\partial f}=0$ なので $f$ の実部と虚部はどちらも $\partial\bar\partial$ で消え、したがって定数であり、$f$ は定数である(BHPV04 Ch. IV Lemma (2.2)、p. 138)。よって $\eta=\bar\theta=0$ で、$\Phi$ は単射である。定義域の次元は $2c$ である。
$b_1\le c+h^{0,1}$.写像 $\Psi\colon H^1_{dR}(X;\mathbb C)\to H^{0,1}_{\bar\partial}(X)$、$[\alpha]\mapsto[\alpha^{0,1}]$ を考える($\alpha^{0,1}$ は $\alpha$ の $(0,1)$ 成分)。$d\alpha=0$ の $(0,2)$ 成分は $\bar\partial\alpha^{0,1}=0$ なので $\alpha^{0,1}$ は Dolbeault 類を定め、$\alpha=df$ なら $\alpha^{0,1}=\bar\partial f$ なので $\Psi$ は矛盾なく定まる。$\Psi[\alpha]=0$、すなわち $\alpha^{0,1}=\bar\partial f$ とすると、$\alpha':=\alpha-df$ は $d$ 閉で $(0,1)$ 成分が $0$、つまり $(1,0)$ 形式である。$d\alpha'=0$ の $(1,1)$ 成分は $\bar\partial\alpha'=0$ なので、$\alpha'$ は $d$ 閉な正則 1 形式である。よって $\ker\Psi$ は $\Omega^1_{\mathrm{cl}}(X)$ の像に含まれ、$b_1=\dim\ker\Psi+\dim\operatorname{im}\Psi\le c+h^{0,1}$ である。
2 つの不等式から $2c\le c+h^{0,1}$、すなわち $c\le h^{0,1}$ を得る。$\square$

コンパクト Kähler 多様体ではすべての正則形式が $d$ 閉なので $c=h^{1,0}$ であり、不等式は $2h^{1,0}\le b_1\le h^{1,0}+h^{0,1}$ となる。Hodge 対称性 $h^{0,1}=h^{1,0}$ のもとで両端が一致し、$b_1=2h^{1,0}$ を得る(Hodge分解 の命題「Hodge 数の関係」と同じ結論)。コンパクト複素曲面では正則 1 形式はつねに $d$ 閉で、同じ不等式が BHPV04 Ch. IV Lemma (2.6)(p. 139)の証明にある(補題の主張はそこから従う $2h^{1,0}\le h^{0,1}+h^{1,0}\le2h^{0,1}$)。

反例:Hopf 曲面

$X:=(\mathbb C^2\setminus\{0\})/\langle z\mapsto2z\rangle$ を Hopf 曲面とする。Hodge分解 の例「反例:Hopf 曲面」で示されているとおり、$X$ はコンパクト複素曲面で $S^3\times S^1$ に微分同相であり、$b_1=1$、$\Omega^1(X)=0$ である。したがって $c=h^{1,0}=0$ で、prop-hsym-first-betti により
$$ h^{0,1}\ge b_1-c=1>0=h^{1,0} $$
である。

  • 満たす性質:コンパクト複素多様体であり、de Rham の水準の対称性 $\overline{H^{1,0}(X)}=H^{0,1}(X)$ は(両辺が $0$ として)成り立つ。
  • 満たさない性質:Dolbeault の水準の Hodge 対称性 $h^{1,0}=h^{0,1}$。
  • 破る含意:「コンパクト複素多様体ならば $h^{p,q}=h^{q,p}$」。thm-hsym-main の対偶により、$X$ は $\partial\bar\partial$-補題をみたさず、とくに Kähler でない。

実際には $h^{0,1}(X)=1$ である。コンパクト複素曲面では $b_1=h^{1,0}+h^{0,1}$ が成り立ち、$b_1$ が奇数なら $h^{1,0}=h^{0,1}-1$ となる(BHPV04 Ch. IV Theorem (2.7)、p. 139。この記事では証明しない)。さらにコンパクト複素曲面が Kähler であることと $b_1$ が偶数であることは同値である(同書 Ch. IV Theorem (3.1)、p. 144。この記事では証明しない)。3 次元以上では、正則 1 形式が $d$ 閉とは限らない。岩澤多様体(∂∂̄-補題 の例「岩澤多様体」)は一次独立な正則 1 形式 $dx$、$dy$、$\theta=dz-x\,dy$ をもつので $h^{1,0}\ge3$ である。$d\theta=-dx\wedge dy\neq0$ なので、正則 1 形式の中に $d$ 閉でないものがあり、$c$ は $h^{1,0}$ より真に小さい。Kähler 多様体ではこのようなことは起こらない。

反例と注意

外す条件反例成り立たなくなること
コンパクト$\mathbb C$$h^{1,0}=h^{0,1}$
Kähler($\partial\bar\partial$-補題)Hopf 曲面(ex-hsym-hopf)$h^{1,0}=h^{0,1}$
$d$ 閉な代表を選ぶこと楕円曲線上の $\bar\partial\cos(2\pi x)$(ex-hsym-naive)$[\alpha]\mapsto[\bar\alpha]$ が Dolbeault 類の写像になる

1 行目:$\mathbb C$ は Kähler だがコンパクトでない。$z^m\,dz$($m\ge0$)は一次独立な正則 1 形式なので $H^{1,0}_{\bar\partial}(\mathbb C)=\Omega^1(\mathbb C)$ は無限次元である。一方 $\mathbb C$ 上では $\bar\partial$ 方程式 $\partial u/\partial\bar z=f$ がつねに解けるので $H^{0,1}_{\bar\partial}(\mathbb C)=0$ である(Dolbeaultコホモロジー の例「複素平面と Stein 多様体での消滅」)。破る含意は「Kähler 多様体ならば $h^{1,0}=h^{0,1}$」で、コンパクト性は Dolbeault コホモロジーの有限次元性と $\partial\bar\partial$-補題の両方に効いている。
注意を 3 つ挙げる。

  • Serre 双対性との組み合わせ.任意のコンパクト複素多様体で $h^{p,q}=h^{n-p,n-q}$ が成り立つ(Dolbeaultラプラシアン の命題「共役スター作用素と Dolbeault 調和形式」)。Hodge 対称性と合わせると $h^{p,q}=h^{q,p}=h^{n-p,n-q}=h^{n-q,n-p}$ となり、Hodge 数を菱形に並べた図が縦軸・横軸・中心のすべてについて対称になる(Hodge数)。Hopf 曲面では Serre 双対性による中心の対称だけが残る。
  • Hodge 構造.コンパクト Kähler 多様体 $X$ について、捩れを除いた $H^k(X,\mathbb Z)$ と分解 $H^k(X,\mathbb C)=\bigoplus_{p+q=k}H^{p,q}(X)$ の組は重さ $k$ の Hodge 構造である(Hodge構造 の例「コンパクト Kähler 多様体のコホモロジー」)。定義に課される条件 $\overline{H^{p,q}}=H^{q,p}$ が Hodge 対称性であり、この条件を欠く分解は Hodge 構造にならない(同記事の例「反例:Hodge 対称性を満たさない分解」)。
  • 位相的な帰結.Hodge 対称性から $b_{2k+1}=2\sum_{p\le k}h^{p,2k+1-p}$ は偶数である(Hodge分解 の命題「Hodge 数の関係」)。これはコンパクト複素多様体が Kähler 計量をもつための位相的な障害であり、Hopf 曲面($b_1=1$)はこれで Kähler でないと分かる最も簡単な例である(Wel08 Ch. V Corollary 5.2、p. 198 と pp. 199–201)。

関連項目

参考文献

[2]
Raymond O. Wells, Jr., Differential Analysis on Complex Manifolds, Graduate Texts in Mathematics 65, Springer, 2008, Ch. V Theorem 5.1(p. 197、(5.2) が Hodge 対称性)、Corollary 5.2(p. 198)、Hopf 曲面(pp. 199–201)
[3]
Wolf P. Barth, Klaus Hulek, Chris A. M. Peters, Antonius Van de Ven, Compact Complex Surfaces (Second Enlarged Edition), Ergebnisse der Mathematik und ihrer Grenzgebiete, 3. Folge, 4, Springer, 2004, Ch. IV Lemma (2.2)(p. 138)、Lemma (2.6) の証明・Theorem (2.7)(p. 139、曲面の 1 次の不等式と $b_1=h^{1,0}+h^{0,1}$)、Theorem (3.1)(p. 144、曲面が Kähler であることと $b_1$ が偶数であることの同値)

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