冪零Lie環(nilpotent Lie algebra)とは、下降中心列 $C^1\mathfrak{g}=\mathfrak{g}$、$C^{i+1}\mathfrak{g}=[\mathfrak{g},C^i\mathfrak{g}]$ がある段で $0$ になる Lie 環のことで、イデアルの中心列をもつこと、上中心列が全体に達すること、ある $c$ について $c$ 個の元の随伴写像の合成がすべて $0$ になることと同値である。部分 Lie 環・準同型像・中心による拡大で閉じ、可解であり、$0$ でなければ中心は $0$ でない。狭義上三角行列の Lie 環や Heisenberg Lie 環が代表例で、3 次元以下では可換なものと 3 次元の Heisenberg Lie 環に限る。有限次元では、各元の随伴写像が冪零であることと同値である(Engel の定理)。
狭義上三角行列(対角成分も $0$ の上三角行列)どうしの交換子をとると、$0$ でない成分は対角線から 1 本ずつ遠ざかり、何回か重ねると $0$ になる。このように、全体との括弧積を有限回重ねると必ず $0$ になる Lie 環を冪零 Lie 環(nilpotent Lie algebra)という。可換な Lie 環はその最も単純な例であり、冪零 Lie 環は「可換に近い」Lie 環である。群論の 冪零群 と同じく、下降中心列と上中心列という 2 つの列で特徴づけられる。
この記事では、2 つの列を定義して冪零性の同値な言い換えを証明し、部分 Lie 環・準同型像・中心による拡大で冪零性が保たれること、冪零なら可解であること、$0$ でない冪零 Lie 環の中心は $0$ でないことを示す。例として狭義上三角行列の Lie 環の下降中心列を求めて冪零類を決め、3 次元以下の冪零 Lie 環を分類する。有限次元では、冪零性は随伴写像 $\operatorname{ad}x$ がすべて冪零であることと同値である(Engelの定理)。一般の拡大では冪零性が保たれないことが 可解Lie環 との違いであり、これを反例で確かめる。
以下、$K$ を体とし、Lie 環は $K$ 上で考える。有限次元は、断ったときだけ仮定する。Lie 環・イデアル・中心 $\mathfrak{z}(\mathfrak{g})$・導来環の言葉は Lie環 の定義「準同型・部分 Lie 環・イデアル」に従い、部分空間 $A,B\subset\mathfrak{g}$ に対し $[A,B]$ は $[a,b]$($a\in A$、$b\in B$)が張る部分空間を表す。
Lie 環 $\mathfrak{g}$ のイデアルの列
$$
0=\mathfrak{a}_0\subset\mathfrak{a}_1\subset\cdots\subset\mathfrak{a}_c=\mathfrak{g}
$$
が中心列(central series)であるとは、$0\le i< c$ について $[\mathfrak{g},\mathfrak{a}_{i+1}]\subset\mathfrak{a}_i$ が成り立つことをいう。$c$ をこの中心列の長さという。中心列をもつ Lie 環を冪零 Lie 環(nilpotent Lie algebra)といい、中心列の長さの最小値を $\mathfrak{g}$ の冪零類(nilpotency class)という。
条件 $[\mathfrak{g},\mathfrak{a}_{i+1}]\subset\mathfrak{a}_i$ は、商 Lie 環 $\mathfrak{g}/\mathfrak{a}_i$ の中で $\mathfrak{a}_{i+1}/\mathfrak{a}_i$ が中心に含まれることと同じである。冪零類が $0$ の Lie 環は $0$ だけであり、冪零類が $1$ 以下であることは可換であることと同じである($0\subset\mathfrak{g}$ が中心列であることは $[\mathfrak{g},\mathfrak{g}]=0$ と同値)。
中心列の候補として、Lie 環から標準的に決まる 2 つの列がある。
Lie 環 $\mathfrak{g}$ の上中心列(upper central series)$Z_0(\mathfrak{g})\subset Z_1(\mathfrak{g})\subset\cdots$ と下降中心列(lower central series。降中心列ともいう)$C^1\mathfrak{g}\supset C^2\mathfrak{g}\supset\cdots$ を
$$
\begin{aligned}
Z_0(\mathfrak{g})&:=0,& Z_{i+1}(\mathfrak{g})&:=\{x\in\mathfrak{g}\mid[x,\mathfrak{g}]\subset Z_i(\mathfrak{g})\},\\
C^1\mathfrak{g}&:=\mathfrak{g},& C^{i+1}\mathfrak{g}&:=[\mathfrak{g},C^i\mathfrak{g}]
\end{aligned}
$$
で定める。$Z_1(\mathfrak{g})=\mathfrak{z}(\mathfrak{g})$ は中心であり、$C^2\mathfrak{g}=[\mathfrak{g},\mathfrak{g}]$ は導来環である。
$\mathfrak{g}$ を Lie 環とし、$i\ge0$ とする。
要点:Jacobi 恒等式で $Z_{i+1}$ がイデアルであることを確かめ、残りは $C^i$ の定義からの帰納法である。
1:$i$ についての帰納法で示す。$Z_0=0$ はイデアルで $Z_0\subset Z_1$ である。$Z_i$ がイデアルであるとする。$Z_{i+1}$ は部分空間である。$x\in Z_{i+1}$、$y,z\in\mathfrak{g}$ について、Jacobi 恒等式(Lie環 の注意「交代性と反対称性」の書き直した形)から $[{[y,x]},z]=[y,{[x,z]}]-[x,{[y,z]}]$ である。$[x,z]\in Z_i$ で $Z_i$ はイデアルなので第 1 項は $Z_i$ に入り、$x\in Z_{i+1}$ なので第 2 項も $Z_i$ に入る。よって $[y,x]\in Z_{i+1}$ で、$Z_{i+1}$ はイデアルである。$x\in Z_i$ なら $[x,\mathfrak{g}]\subset Z_i$($Z_i$ はイデアル)なので $x\in Z_{i+1}$ である。
2:$C^2\subset C^1=\mathfrak{g}$ であり、$C^{i+1}\subset C^i$ なら $C^{i+2}=[\mathfrak{g},C^{i+1}]\subset[\mathfrak{g},C^i]=C^{i+1}$ である。よって $[\mathfrak{g},C^{i+1}]=C^{i+2}\subset C^{i+1}$ で、$C^{i+1}$ はイデアルである。$C^{i+1}=[\mathfrak{g},C^i]$ は $[x,w]$($w\in C^i$)で張られ、帰納法の仮定により $w$ は $[x_2,\dots,[x_i,y]\cdots]$ の形の元の 1 次結合なので、括弧積の双線形性から張る元の形が従う。
3:部分空間 $A,B\subset\mathfrak{g}$ について、$[A,B]$ を張る元 $[a,b]$ は $\varphi([a,b])=[\varphi(a),\varphi(b)]$ に移るので $\varphi([A,B])=[\varphi(A),\varphi(B)]$ である。$\varphi(\mathfrak{g})=\mathfrak{g}'$ から帰納法で後半が従う。前半も、$C^i\mathfrak{h}\subset C^i\mathfrak{g}$ なら $[\mathfrak{h},C^i\mathfrak{h}]\subset[\mathfrak{g},C^i\mathfrak{g}]$ であることからの帰納法である。$\square$
中心列の定義と 2 つの列による定義は、同じ Lie 環のクラスと同じ冪零類を与える。
Lie 環 $\mathfrak{g}$ と整数 $c\ge0$ について、次は同値である。
挟み込みの包含から示す。$\mathfrak{a}_i\subset Z_i(\mathfrak{g})$ を $i$ についての帰納法で示す。$i=0$ では両辺が $0$ である。$\mathfrak{a}_i\subset Z_i(\mathfrak{g})$ とすると、$x\in\mathfrak{a}_{i+1}$ について $[x,\mathfrak{g}]\subset\mathfrak{a}_i\subset Z_i(\mathfrak{g})$ なので、定義から $x\in Z_{i+1}(\mathfrak{g})$ である。
次に $C^{c+1-i}\mathfrak{g}\subset\mathfrak{a}_i$ を $i=c,c-1,\dots,0$ の順に示す。$i=c$ では $C^1\mathfrak{g}=\mathfrak{g}=\mathfrak{a}_c$ である。$1\le i\le c$ で $C^{c+1-i}\mathfrak{g}\subset\mathfrak{a}_i$ なら
$$
C^{c+2-i}\mathfrak{g}=[\mathfrak{g},C^{c+1-i}\mathfrak{g}]\subset[\mathfrak{g},\mathfrak{a}_i]\subset\mathfrak{a}_{i-1}
$$
であり、これは $i-1$ の場合の主張である。
1⇒2、1⇒3:挟み込みで $i=c$ とすると $\mathfrak{g}=\mathfrak{a}_c\subset Z_c(\mathfrak{g})$、$i=0$ とすると $C^{c+1}\mathfrak{g}\subset\mathfrak{a}_0=0$ である。
2⇒1:lem-nla-series-basic の 1 により $Z_0(\mathfrak{g})\subset\cdots\subset Z_c(\mathfrak{g})=\mathfrak{g}$ はイデアルの増大列であり、定義から $[\mathfrak{g},Z_{i+1}(\mathfrak{g})]\subset Z_i(\mathfrak{g})$ なので、長さ $c$ の中心列である。
3⇒1:$\mathfrak{a}_i:=C^{c+1-i}\mathfrak{g}$($0\le i\le c$)とおく。$\mathfrak{a}_0=0$、$\mathfrak{a}_c=\mathfrak{g}$ であり、lem-nla-series-basic の 2 により各項はイデアルで $\mathfrak{a}_i\subset\mathfrak{a}_{i+1}$ である。$[\mathfrak{g},\mathfrak{a}_{i+1}]=[\mathfrak{g},C^{c-i}\mathfrak{g}]=C^{c+1-i}\mathfrak{g}=\mathfrak{a}_i$ なので、これは長さ $c$ の中心列である。
3⇔4:lem-nla-series-basic の 2 により、$C^{c+1}\mathfrak{g}$ は $[x_1,[x_2,\dots,[x_c,y]\cdots]\,]=\operatorname{ad}x_1\circ\cdots\circ\operatorname{ad}x_c(y)$ の形の元で張られるので、これらがすべて $0$ であることと $C^{c+1}\mathfrak{g}=0$ は同値である。
最後の主張は 1〜3 の同値から従う。$\square$
条件 4 は「どの $c$ 個の元の随伴写像を合成しても $0$」という強い形をしている。有限次元の Lie 環では、各元 $x$ について $\operatorname{ad}x$ が冪零であるという元ごとの条件だけで冪零性が従う。これが Engelの定理 の定理「随伴写像による冪零性の判定」である。
$\mathfrak{g}$ を Lie 環、$c\ge0$ を整数とする。
1:lem-nla-series-basic の 3 と thm-nla-equivalence の 3 による。
2:射影 $\pi\colon\mathfrak{g}\to\mathfrak{g}/\mathfrak{a}$ について、lem-nla-series-basic の 3 から $\pi(C^{c+1}\mathfrak{g})=C^{c+1}(\mathfrak{g}/\mathfrak{a})=0$、すなわち $C^{c+1}\mathfrak{g}\subset\mathfrak{a}\subset\mathfrak{z}(\mathfrak{g})$ である。よって $C^{c+2}\mathfrak{g}=[\mathfrak{g},C^{c+1}\mathfrak{g}]=0$ である。
3:括弧積が成分ごとなので、帰納法で $C^i(\mathfrak{g}_1\times\mathfrak{g}_2)=C^i\mathfrak{g}_1\times C^i\mathfrak{g}_2$ であり、$i$ を両方の冪零類の大きい方より $1$ 大きくとれば $0$ になる。
4:$\mathfrak{g}^{(0)}=\mathfrak{g}=C^1\mathfrak{g}$ であり、$\mathfrak{g}^{(k)}\subset C^{k+1}\mathfrak{g}$ なら $\mathfrak{g}^{(k+1)}=[\mathfrak{g}^{(k)},\mathfrak{g}^{(k)}]\subset[\mathfrak{g},C^{k+1}\mathfrak{g}]=C^{k+2}\mathfrak{g}$ である。冪零類 $c$ なら $\mathfrak{g}^{(c)}\subset C^{c+1}\mathfrak{g}=0$ である。
5:冪零類を $c$ とすると、$\mathfrak{g}\neq0$ なので $c\ge1$ であり、thm-nla-equivalence の最後の主張により $C^c\mathfrak{g}\neq0=C^{c+1}\mathfrak{g}$ である。$[\mathfrak{g},C^c\mathfrak{g}]=C^{c+1}\mathfrak{g}=0$ なので $0\neq C^c\mathfrak{g}\subset\mathfrak{z}(\mathfrak{g})$ である。
6:thm-nla-equivalence の 4 で $x_1=\cdots=x_c=x$ とおけばよい。$\square$
4 の逆は成り立たない。2 次元の可換でない Lie 環は可解だが冪零でない(ex-nla-counterexamples)。可解性の一般論は 可解Lie環 にある。
Lie 環 $\mathfrak{g}$ について $\dim\mathfrak{g}/\mathfrak{z}(\mathfrak{g})\le1$ なら、$\mathfrak{g}$ は可換である。
ある $x$ で $\mathfrak{g}=\mathfrak{z}(\mathfrak{g})+Kx$ と書ける。$a,b\in\mathfrak{z}(\mathfrak{g})$、$\lambda,\mu\in K$ について、$a,b$ は中心の元なので $[a+\lambda x,b+\mu x]=\lambda\mu[x,x]=0$ である。$\square$
$K$ を任意の体とする。
1:$\mathfrak{g}\neq0$ を 2 次元以下の冪零 Lie 環とする。prop-nla-basic の 5 により $\mathfrak{z}(\mathfrak{g})\neq0$ なので $\dim\mathfrak{g}/\mathfrak{z}(\mathfrak{g})\le1$ であり、lem-nla-center-quotient により $\mathfrak{g}$ は可換である。
2:$\mathfrak{g}$ を 3 次元の冪零 Lie 環で、可換でないものとする。prop-nla-basic の 5 により $\mathfrak{z}(\mathfrak{g})\neq0$ で、可換でないので $\mathfrak{z}(\mathfrak{g})\neq\mathfrak{g}$ である。$\dim\mathfrak{z}(\mathfrak{g})=2$ なら lem-nla-center-quotient により可換になって矛盾するので、$\mathfrak{z}(\mathfrak{g})=Kz$($z\neq0$)である。$\mathfrak{g}/Kz$ は 2 次元で、prop-nla-basic の 1 により冪零なので、1 により可換である。よって $[\mathfrak{g},\mathfrak{g}]\subset Kz$ である。
$x,y$ を $x,y,z$ が基底になるようにとる。$z$ は中心の元なので、双線形性と交代性から $[\mathfrak{g},\mathfrak{g}]$ は $[x,y]$ で張られ、可換でないので $[x,y]=az$($a\neq0$)である。$y$ を $a^{-1}y$ に取り替えると $[x,y]=z$、$[x,z]=[y,z]=0$ となり、$\mathfrak{g}\cong\mathfrak{h}_3$ である。
逆に $\mathfrak{h}_3$ は冪零である:$C^2\mathfrak{h}_3=Kz$ は中心に含まれるので $C^3\mathfrak{h}_3=0$ である。$K^3$ は可換で $\mathfrak{h}_3$ は可換でないので、両者は同型でない。$\square$
2 次元では、Lie環 の定理「2 次元の Lie 環の分類」の可換でない方($[x,y]=y$)が冪零でないことからも 1 が分かる。
$n\ge2$ とし、$\mathfrak{n}_n\subset\mathfrak{gl}_n(K)$ を狭義上三角行列の全体とする。$k\ge1$ について、「$j-i< k$ なら $(i,j)$ 成分が $0$」である $n$ 次正方行列の全体を $\mathfrak{u}_k$ とおく($\mathfrak{u}_1=\mathfrak{n}_n$、$\mathfrak{u}_n=0$)。このとき $C^k\mathfrak{n}_n=\mathfrak{u}_k$ であり、$\mathfrak{n}_n$ は冪零類 $n-1$ の冪零 Lie 環である。
行列単位 $E_{ij}$ について $E_{ij}E_{kl}=\delta_{jk}E_{il}$ である。$a\in\mathfrak{u}_p$、$b\in\mathfrak{u}_q$ の積 $ab$ の $(i,m)$ 成分は、$j-i\ge p$ かつ $m-j\ge q$ となる $j$ についての $a_{ij}b_{jm}$ の和なので、$m-i< p+q$ なら $0$ である。よって $ab,ba\in\mathfrak{u}_{p+q}$ で、$[\mathfrak{u}_p,\mathfrak{u}_q]\subset\mathfrak{u}_{p+q}$ である。
$C^k\mathfrak{n}_n\subset\mathfrak{u}_k$ を $k$ の帰納法で示す。$k=1$ は定義である。$C^k\mathfrak{n}_n\subset\mathfrak{u}_k$ なら $C^{k+1}\mathfrak{n}_n=[\mathfrak{n}_n,C^k\mathfrak{n}_n]\subset[\mathfrak{u}_1,\mathfrak{u}_k]\subset\mathfrak{u}_{k+1}$ である。
逆の $\mathfrak{u}_k\subset C^k\mathfrak{n}_n$ も帰納法で示す。$k=1$ は等号である。$\mathfrak{u}_k\subset C^k\mathfrak{n}_n$ とし、$\mathfrak{u}_{k+1}$ を張る $E_{ij}$($j-i\ge k+1$)をとる。$j\neq i$ なので
$$
[E_{i,i+1},E_{i+1,j}]=E_{i,i+1}E_{i+1,j}-E_{i+1,j}E_{i,i+1}=E_{ij}
$$
であり、$E_{i,i+1}\in\mathfrak{n}_n$、$E_{i+1,j}\in\mathfrak{u}_k$($j-(i+1)\ge k$)だから $E_{ij}\in[\mathfrak{n}_n,C^k\mathfrak{n}_n]=C^{k+1}\mathfrak{n}_n$ である。
以上で $C^k\mathfrak{n}_n=\mathfrak{u}_k$ である。$\mathfrak{u}_{n-1}=KE_{1n}\neq0$、$\mathfrak{u}_n=0$ なので、thm-nla-equivalence により冪零類は $n-1$ である。$\square$
$n=3$ のとき $\mathfrak{n}_3$ は 3 次元で冪零類 $2$ なので、thm-nla-low-dim により $\mathfrak{h}_3$ に同型である(Lie環 の例「Heisenberg Lie 環」で $x=E_{12}$、$y=E_{23}$、$z=E_{13}$ とおいた同型)。$K=\mathbb{R}$ では、$\mathfrak{h}_3$ は 3 次の実 Heisenberg群 の Lie 環である(Lie環 の同じ例)。
$m\ge1$ とし、基底 $x_1,\dots,x_m,y_1,\dots,y_m,z$ をもつ空間 $\mathfrak{h}_{2m+1}$ に、$W$ を $x_i,y_i$ の張る空間として交代双線形形式 $\omega$ を $\omega(x_i,y_j)=\delta_{ij}$、$\omega(x_i,x_j)=\omega(y_i,y_j)=0$ で定め、
$$
[u+sz,\ v+tz]:=\omega(u,v)\,z\qquad(u,v\in W,\ s,t\in K)
$$
とおく。$\omega$ が交代的なので交代性が成り立ち、括弧積の値は $Kz$ に入って $[\mathfrak{h}_{2m+1},Kz]=0$ なので、2 重の括弧積はすべて $0$ で Jacobi 恒等式も成り立つ。$C^2\mathfrak{h}_{2m+1}=Kz$、$C^3\mathfrak{h}_{2m+1}=0$ なので冪零類 $2$ である。中心は $Kz$ である:$u\in W$ が $0$ でないなら $\omega(u,v)\neq0$ となる $v\in W$ があり($u$ のある座標が $0$ でなく、対になる基底ベクトルをとる)、$u+sz$ は中心に入らない。
対角行列の全体 $\mathfrak{d}_n\subset\mathfrak{gl}_n(K)$ は可換なので冪零 Lie 環(冪零類 $1$ 以下)である。しかし $E_{11}\in\mathfrak{d}_n$ は冪零行列でない。冪零 Lie 環であることは括弧積(随伴写像)についての性質であり、行列そのものが冪零であることとは別である。逆向きには、有限次元の $V$ について、冪零な線形変換だけからなる $\mathfrak{gl}(V)$ の部分 Lie 環は冪零 Lie 環になる(Engelの定理)。
prop-nla-basic の条件を 1 つずつ外す。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 2 の「$\mathfrak{a}$ が中心に含まれる」 | 2 次の上三角行列の Lie 環 $\mathfrak{b}_2$ と $\mathfrak{a}=KE_{12}$ | $\mathfrak{a}$ も $\mathfrak{b}_2/\mathfrak{a}$ も可換なのに、$\mathfrak{b}_2$ は冪零でない |
| 5 の「冪零」(可解に弱める) | 2 次元の Lie 環 $Kx\oplus Ky$、$[x,y]=y$ | 中心が $0$ である |
| 6 の「随伴表現」(ほかの表現に替える) | 対角行列の Lie 環 $\mathfrak{d}_2\subset\mathfrak{gl}_2(K)$ | 冪零 Lie 環なのに、元が $K^2$ に冪零な変換として作用しない |
1 行目:$[E_{11},E_{12}]=E_{12}$、$[E_{22},E_{12}]=-E_{12}$、$[E_{12},E_{12}]=0$ なので $\mathfrak{a}=KE_{12}$ はイデアルであり、$\mathfrak{a}\not\subset\mathfrak{z}(\mathfrak{b}_2)$ である。$\mathfrak{b}_2/\mathfrak{a}$ は $E_{11},E_{22}$ の像で張られ、$[E_{11},E_{22}]=0$ なので可換である。一方 $E_{12}\in C^k\mathfrak{b}_2$ なら $E_{12}=[E_{11},E_{12}]\in C^{k+1}\mathfrak{b}_2$ なので、帰納法ですべての $k$ について $C^k\mathfrak{b}_2\neq0$ であり、$\mathfrak{b}_2$ は冪零でない。
2 行目:$[ax+by,x]=-by$、$[ax+by,y]=ay$ なので、$ax+by$ が中心に入るのは $a=b=0$ のときだけである。$[\mathfrak{g},\mathfrak{g}]=Ky$ は可換なので、この Lie 環は可解である(可解Lie環)。$[x,y]=y$ から $C^k\mathfrak{g}=Ky$($k\ge2$)で、冪零でない。
3 行目:$\mathfrak{d}_2$ は可換なので $\operatorname{ad}$ はすべて $0$ で 6 は成り立つが、$E_{11}$ は $K^2$ の第 1 基底ベクトルを固定するので冪零な変換でない。
Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する