実数 $a$ の絶対値 $|a|$ は数直線上の原点と $a$ の距離であり、$|a-b|$ は 2 点 $a,b$ の距離である。絶対値の三角不等式 $|a+b|\le|a|+|b|$ はすべての実数 $a,b$ で成り立ち、等号は $ab\ge0$ のときに限る。ここから逆三角不等式 $\bigl||a|-|b|\bigr|\le|a-b|$ と、3 点の距離の不等式 $|a-c|\le|a-b|+|b-c|$(等号は $b$ が $a$ と $c$ の間にあるときに限る)が従い、$|x-1|+|x+2|$ のような距離の和の最小値を場合分けせずに求められる。大学では、非負性・対称性・三角不等式の 3 条件で一般の集合の上の距離を定義し、数列の極限の議論では誤差を分けて見積もる道具として三角不等式を使う。
高校では、実数 $a$ の絶対値を次のように習う。
$$
|a|=\begin{cases}a & (a\ge0),\\ -a & (a<0).\end{cases}
$$
数直線で見ると、$|a|$ は原点 $0$ と点 $a$ の距離である。絶対値を含む式は、中身の符号で場合分けして計算する。
$g(x)=|x-1|+|x+2|$ の値を、場合分けで求める。
図1:数直線上の距離。3 点 $1$、$-2$、$x=3$ をとると、$|x-1|=2$、$|x+2|=5$ であり、2 点 $1$ と $-2$ の距離は $3$ である。$|x-1|+|x+2|\ge3$ が「寄り道をすると遠回りになる」ことを表す様子を見る図。
ex-avt-sum-intro では場合分けで最小値を求めたが、「寄り道をすると遠回りになる」という一言で済ませられないだろうか。そのための道具が 三角不等式 $|a+b|\le|a|+|b|$ である。この記事では次の問いに答える。
| 高校の計算 | 大学の見方 | ボックス |
|---|---|---|
| $\lvert a\rvert$ の場合分け | 原点からの距離 | def-avt-abs |
| $\lvert a-b\rvert$ | 2 点の距離 $d(a,b)$ | prop-avt-real-metric |
| $\lvert a+b\rvert\le\lvert a\rvert+\lvert b\rvert$ | 距離の公理の三角不等式 | thm-avt-triangle、def-avt-metric |
| 距離の和の最小値 | 三角不等式の等号条件 | ex-avt-sum-min |
| 極限の和の公式 | 三角不等式による評価 | prop-avt-limit-sum |
実数 $a$ に対し、$a\ge0$ なら $|a|:=a$、$a<0$ なら $|a|:=-a$ と定め、$|a|$ を $a$ の 絶対値 という。実数 $a,b$ に対し、$|a-b|$ を数直線上の 2 点 $a,b$ の 距離 という。
距離 $|a-b|$ は、大きいほうから小さいほうを引いた値である。$a\ge b$ なら $|a-b|=a-b$、$a< b$ なら $|a-b|=-(a-b)=b-a$ だからである。
三角不等式の証明で使う性質をまとめておく。
実数 $a,b$ と $0$ 以上の実数 $c$ について、次が成り立つ。
方針:定義に従い、$a\ge0$ と $a<0$ に分けて確かめる。
1:$a\ge0$ なら $|a|=a\ge0$、$a<0$ なら $|a|=-a>0$ である。したがって $|a|\ge0$ で、$|a|=0$ となるのは $a\ge0$ かつ $a=0$ のときだけである。
2:$a>0$ なら $-a<0$ なので $|-a|=-(-a)=a=|a|$。$a<0$ なら $-a>0$ なので $|-a|=-a=|a|$。$a=0$ なら両辺とも $0$ である。
3:$a\ge0$ なら $|a|=a$ で、$-|a|=-a\le0\le a$ だから $-|a|\le a=|a|$。$a<0$ なら $|a|=-a$ で、$-|a|=a<0<|a|$ である。
4:$a,b$ の符号の組は 4 通りある。$a\ge0$、$b\ge0$ なら $ab\ge0$ で $|ab|=ab=|a||b|$。$a\ge0$、$b<0$ なら $ab\le0$ で $|ab|=-ab=a\cdot(-b)=|a||b|$($ab<0$ なら定義から $|ab|=-ab$、$ab=0$ なら $|0|=0=-0$ なので、どちらでも $|ab|=-ab$ である)。$a<0$、$b\ge0$ も同様に $|ab|=-ab=(-a)b=|a||b|$。$a<0$、$b<0$ なら $ab>0$ で $|ab|=ab=(-a)(-b)=|a||b|$。
5:$|a|$ は $a$ か $-a$ のどちらかであり、$a^2=(-a)^2$ なので $|a|^2=a^2$ である。
6:$|a|\le c$ とする。$a\ge0$ なら $a=|a|\le c$ で、$-c\le0\le a$ なので $-c\le a\le c$。$a<0$ なら $-a=|a|\le c$ から $a\ge-c$ で、$a<0\le c$ なので $-c\le a\le c$。逆に $-c\le a\le c$ とする。$a\ge0$ なら $|a|=a\le c$。$a<0$ なら $|a|=-a$ で、$-c\le a$ の両辺に $-1$ を掛けて $-a\le c$、すなわち $|a|\le c$ である。$\square$
$a+b$ を数直線上で考える。原点から $a$ だけ進み、そこからさらに $b$ だけ進むと、$a+b$ に着く($a$ や $b$ が負なら左へ進む)。進んだ道のりの合計は $|a|+|b|$ で、着いた点の原点からの距離は $|a+b|$ である。
図2:数直線上で $a$ だけ進んでから $b$ だけ進む様子。同じ向き(上)なら $|a+b|=|a|+|b|$、逆向き(下)なら $|a+b|<|a|+|b|$ となることを見る図。
この観察を定理にしたものが、絶対値の 三角不等式 である。
すべての実数 $a,b$ について
$$
|a+b|\le|a|+|b|
$$
が成り立つ。等号が成り立つのは $ab\ge0$ のとき($a,b$ が同じ符号か、どちらかが $0$ のとき)に限る。
方針:両辺はどちらも $0$ 以上なので、2 乗どうしを比べる。2 乗の差が $2(|ab|-ab)$ になることを示す。
段 1(右辺の 2 乗)。prop-avt-basic の 5 と 4 を使うと
$$
(|a|+|b|)^2=|a|^2+2|a||b|+|b|^2=a^2+2|ab|+b^2.
$$
段 2(左辺の 2 乗)。prop-avt-basic の 5 から
$$
|a+b|^2=(a+b)^2=a^2+2ab+b^2.
$$
段 3(差をとる)。段 1 から段 2 を引くと
$$
(|a|+|b|)^2-|a+b|^2=2(|ab|-ab)
$$
である。prop-avt-basic の 3 を $ab$ に使うと $ab\le|ab|$ なので、この差は $0$ 以上である。
段 4(2 乗の大小から元の大小へ)。$s:=|a+b|$、$t:=|a|+|b|$ とおくと、$s\ge0$、$t\ge0$ で、段 3 から $s^2\le t^2$ である。もし $s>t$ なら、$s>t\ge0$ から $s^2=s\cdot s>t\cdot s\ge t\cdot t=t^2$ となり矛盾する。よって $s\le t$、すなわち $|a+b|\le|a|+|b|$ である。
段 5(等号の条件)。$s=t$ なら $s^2=t^2$ である。逆に $s^2=t^2$ なら $(t-s)(t+s)=0$ で、$t-s=0$ か $t+s=0$ である。$t+s=0$ なら、$s,t\ge0$ から $s=t=0$ である。どちらにしても $s=t$ となる。したがって、等号 $s=t$ は $s^2=t^2$、すなわち段 3 から $|ab|=ab$ と同値である。絶対値の定義から、$|ab|=ab$ となるのは $ab\ge0$ のときに限る。$\square$
不等式だけなら、次のようにも示せる。prop-avt-basic の 3 から
$$
-|a|\le a\le|a|,\qquad -|b|\le b\le|b|
$$
であり、2 つを辺ごとに足すと
$$
-(|a|+|b|)\le a+b\le|a|+|b|
$$
となる。$c:=|a|+|b|\ge0$ として prop-avt-basic の 6 を使うと、$|a+b|\le|a|+|b|$ を得る。こちらは短いが、等号の条件は見えにくい。
三角不等式から、よく使う 3 つの形が出る。
すべての実数 $a,b$ について
$$
\bigl||a|-|b|\bigr|\le|a-b|
$$
が成り立つ。
方針:$a=(a-b)+b$ と分けて thm-avt-triangle を使う。
段 1。thm-avt-triangle を $a-b$ と $b$ に使うと $|a|=|(a-b)+b|\le|a-b|+|b|$ なので、$|a|-|b|\le|a-b|$ である。
段 2。$a$ と $b$ の役割を入れ替えると、同じように $|b|-|a|\le|b-a|$ である。prop-avt-basic の 2 から $|b-a|=|-(a-b)|=|a-b|$ なので、$-|a-b|\le|a|-|b|$ である。
段 3。段 1 と段 2 から $-|a-b|\le|a|-|b|\le|a-b|$ である。prop-avt-basic の 6($c=|a-b|$)により $\bigl||a|-|b|\bigr|\le|a-b|$ となる。$\square$
$n\ge1$ と実数 $a_1,\dots,a_n$ について
$$
|a_1+a_2+\cdots+a_n|\le|a_1|+|a_2|+\cdots+|a_n|
$$
が成り立つ。
$n=1$ のときは両辺とも $|a_1|$ で等しい。$n=k$ のとき成り立つとして、$n=k+1$ の場合を示す。$s:=a_1+\cdots+a_k$ とおくと、thm-avt-triangle を $s$ と $a_{k+1}$ に使って
$$
|a_1+\cdots+a_{k+1}|=|s+a_{k+1}|\le|s|+|a_{k+1}|\le|a_1|+\cdots+|a_k|+|a_{k+1}|
$$
となる。最後の不等号は、$n=k$ の場合の仮定 $|s|\le|a_1|+\cdots+|a_k|$ である。$\square$
$a_1,\dots,a_5=3,-1,4,-1,-5$ とする。和は $3-1+4-1-5=0$ なので左辺は $0$、右辺は $3+1+4+1+5=14$ で、$0\le14$ である。正と負が打ち消し合うほど、左辺は右辺より小さくなる。
一方、全部が同じ符号の $a_1,a_2,a_3=1,2,3$ では、左辺 $|1+2+3|=6$、右辺 $1+2+3=6$ で等号になる。$-1,-2,-3$ でも左辺 $|-6|=6$、右辺 $6$ で等号である。
すべての実数 $a,b,c$ について
$$
|a-c|\le|a-b|+|b-c|
$$
が成り立つ。等号が成り立つのは、$b$ が $a$ と $c$ の間にあるとき($a\le b\le c$ または $c\le b\le a$ のとき)に限る。
$a-c=(a-b)+(b-c)$ なので、thm-avt-triangle を $a-b$ と $b-c$ に使うと不等式を得る。等号は $(a-b)(b-c)\ge0$ のときに限る。2 数の積が $0$ 以上になるのは、2 数がともに $0$ 以上か、ともに $0$ 以下のときである。$a-b\ge0$ かつ $b-c\ge0$ は $c\le b\le a$ と同じであり、$a-b\le0$ かつ $b-c\le0$ は $a\le b\le c$ と同じである。$\square$
$a=0$、$c=2$ とし、寄り道先 $b$ をいろいろに変える。左辺はいつも $|a-c|=|0-2|=2$ である。
| $b$ | $b$ の位置 | $\lvert a-b\rvert+\lvert b-c\rvert$ | 比べると |
|---|---|---|---|
| $1$ | $0$ と $2$ の間 | $1+1=2$ | $2=2$(等号) |
| $0$ | 端($b=a$) | $0+2=2$ | $2=2$(等号) |
| $5$ | 右の外 | $5+3=8$ | $2<8$ |
| $-1$ | 左の外 | $1+3=4$ | $2<4$ |
$b$ が $a$ と $c$ の間(端を含む)にあるときだけ等号になり、外にあるときは寄り道の分だけ遠回りになる。cor-avt-distance の等号条件のとおりである。
$|a-c|$ は $a$ から $c$ への距離、$|a-b|+|b-c|$ は $b$ に寄り道したときの道のりである。「寄り道をすると遠回りになり、遠回りにならないのは寄り道先が途中にあるときだけ」というのがこの系の意味である。平面の三角形でいえば「1 辺の長さは他の 2 辺の長さの和以下」にあたり、これが三角不等式という名前の由来である。
ベクトルの長さについての三角不等式は、Cauchy–Schwarz の不等式から Cauchy–Schwarzの不等式(高校数学) で導く。
ex-avt-sum-intro の $g(x)=|x-1|+|x+2|$ を、場合分けせずに扱う。
prop-avt-basic の 2 から $|x-1|=|1-x|$ である。cor-avt-distance を $a=1$、$b=x$、$c=-2$ として使うと
$$
3=|1-(-2)|\le|1-x|+|x-(-2)|=g(x)
$$
である。等号は $x$ が $-2$ と $1$ の間にあるとき、すなわち $-2\le x\le1$ のときに限る。よって最小値は $3$ で、それをとるのは $-2\le x\le1$ のすべての $x$ である。これは場合分けの結果と一致する(図3の左)。
$h(x)=|x-1|+|x-2|+|x-3|$ の最小値を求める。外側の 2 つと真ん中の 1 つに分ける。
段 1。ex-avt-sum-min と同じ理由で、$|x-1|+|x-3|\ge|1-3|=2$ であり、等号は $1\le x\le3$ のときに限る。
段 2。$|x-2|\ge0$ であり、等号は $x=2$ のときに限る(prop-avt-basic の 1)。
段 3。足すと $h(x)\ge2$ である。等号には段 1 と段 2 の等号が両方必要で、それは $x=2$ のときだけである。よって最小値は $h(2)=1+0+1=2$ である。ほかの点では、たとえば $h(1)=0+1+2=3$、$h(0)=1+2+3=6$ で、$2$ より大きい。
最小になる点 $2$ は、$1,2,3$ の真ん中の値(中央値)である(図3の右)。
図3:左は $y=|x-1|+|x+2|$ で、$-2\le x\le1$ で最小値 $3$ をとる。右は $y=|x-1|+|x-2|+|x-3|$ で、真ん中の点 $x=2$ で最小値 $2$ をとる。三角不等式の等号条件がグラフの底の位置と一致することを見る図。
$\sum|x_i-a|$ を最小にする $a$ がデータの中央値になることは 中央値と絶対誤差 で扱う。
数直線上の距離 $d(a,b):=|a-b|$ がもつ性質のうち、次の 3 つだけを取り出して「距離」の定義にする。これが大学の数学での距離の考え方である(Leb26 Definition 7.1.1)。
$X$ を 集合 とする。$X$ の 2 つの要素 $x,y$ の組に実数 $d(x,y)$ を対応させる規則 $d$ が、$X$ のすべての要素 $x,y,z$ について次の 3 条件を満たすとき、$d$ を $X$ の上の 距離 といい、組 $(X,d)$ を 距離空間 という。
実数全体の集合 $\mathbb{R}$ の上で $d(a,b):=|a-b|$ と定めると、$d$ は def-avt-metric の意味の距離である。
条件 1:prop-avt-basic の 1 から $|a-b|\ge0$ であり、$|a-b|=0$ となるのは $a-b=0$、すなわち $a=b$ のときだけである。
条件 2:$b-a=-(a-b)$ なので、prop-avt-basic の 2 から $|b-a|=|a-b|$ である。
条件 3:cor-avt-distance そのものである。$\square$
距離の公理を満たす規則は、数直線の距離のほかにもたくさんある。条件 1 と 2 は確かめやすいことが多く、たいていは条件 3 の三角不等式が要になる。
$\mathbb{R}$ の上で $d(a,b):=\sqrt{|a-b|}$ と定めると、これも距離である。
条件 1、2 は $|a-b|$ の性質から従う。条件 3 を示す。$0$ 以上の $s,t$ について $\bigl(\sqrt s+\sqrt t\bigr)^2=s+2\sqrt{st}+t\ge s+t$ なので、両辺の $0$ 以上の平方根をとって $\sqrt{s+t}\le\sqrt s+\sqrt t$ である。cor-avt-distance と、平方根が増加関数であることから
$$
\sqrt{|a-c|}\le\sqrt{|a-b|+|b-c|}\le\sqrt{|a-b|}+\sqrt{|b-c|}
$$
となる。
数値で確かめる。$a=0$、$b=1$、$c=4$ では、左辺 $\sqrt4=2$、右辺 $\sqrt1+\sqrt3=2.732\ldots$ で、$2<2.732\ldots$ である。
この距離では、$b$ が $a$ と $c$ の間にあっても、$b$ が $a$ とも $c$ とも異なれば等号にならない。$s:=|a-b|$、$t:=|b-c|$ がどちらも正なら、$\bigl(\sqrt s+\sqrt t\bigr)^2$ と $s+t$ の差 $2\sqrt{st}$ が正なので、上の式の 2 つ目の不等号が等号にならないからである。一方、$b=a$ なら $s=0$ で、左辺 $\sqrt{|a-c|}$、右辺 $0+\sqrt{|a-c|}$ となり等号である($b=c$ でも同じ)。たとえば $a=0$、$b=0$、$c=4$ では両辺とも $2$ である。
平面にも、三角不等式を満たす距離が何通りもある。
平面の点 $P=(p_1,p_2)$、$Q=(q_1,q_2)$ に対し
$$
d_1(P,Q):=|p_1-q_1|+|p_2-q_2|
$$
と定めると、$d_1$ は平面の上の距離である。
条件 1:2 つの項はどちらも $0$ 以上なので $d_1(P,Q)\ge0$ である。$d_1(P,Q)=0$ なら、$0$ 以上の 2 数の和が $0$ なので両方 $0$ で、$p_1=q_1$、$p_2=q_2$、すなわち $P=Q$ である。逆に $P=Q$ なら $d_1(P,Q)=0$ である。
条件 2:各項で prop-avt-basic の 2 を使えばよい。
条件 3:3 点 $P,Q,R=(r_1,r_2)$ について、cor-avt-distance を $x$ 座標と $y$ 座標に使うと
$$
|p_1-r_1|\le|p_1-q_1|+|q_1-r_1|,\qquad|p_2-r_2|\le|p_2-q_2|+|q_2-r_2|
$$
である。2 つを足すと $d_1(P,R)\le d_1(P,Q)+d_1(Q,R)$ となる。$\square$
$d_1$ は、碁盤の目のような道を縦と横にだけ進むときの道のりなので、マンハッタン距離 と呼ばれる。いつもの距離 $d_2(P,Q):=\sqrt{(p_1-q_1)^2+(p_2-q_2)^2}$(ユークリッド距離)も平面の上の距離であるが、その三角不等式は、Cauchy–Schwarz の不等式を使って示すのが標準的である。本記事では証明しない(Leb26 Lemma 7.1.4 と Example 7.1.5。記事 判別式で示す不等式とCauchy–Schwarzの不等式 も参照)。
$P=(0,0)$、$Q=(3,1)$、$R=(1,4)$ とする。
図4:平面で原点からの距離が 1 の点の集まり。ユークリッド距離(青)では円、マンハッタン距離(赤)では正方形になる。同じ平面でも距離の決め方によって「円」の形が変わることを見る図。
三角不等式とその系の仮定を外したり、不等式の向きを変えたりすると成り立たなくなる例を、次の表にまとめる。
| 外した仮定・変えたこと | 崩れる主張 | ボックス |
|---|---|---|
| $ab\ge0$(同じ向き)を外す | 等号 $\lvert a+b\rvert=\lvert a\rvert+\lvert b\rvert$(thm-avt-triangle) | ex-avt-direction の 2 |
| $b$ が $a$ と $c$ の間にあることを外す | 等号 $\lvert a-c\rvert=\lvert a-b\rvert+\lvert b-c\rvert$(cor-avt-distance) | ex-avt-distance-detour |
| cor-avt-reverse の不等式の向きを逆にする | $\lvert a-b\rvert\le\bigl\lvert\lvert a\rvert-\lvert b\rvert\bigr\rvert$(成り立たない) | ex-avt-reverse の 2 |
| 条件 3(三角不等式)を満たさない規則(条件 1・2 は満たす) | 距離であること(def-avt-metric) | ex-avt-square |
$\mathbb{R}$ の上で $e(a,b):=(a-b)^2$ と定める。$e(a,b)\ge0$ で、$e(a,b)=0$ は $a=b$ のときだけであり、$e(a,b)=e(b,a)$ も成り立つ。つまり条件 1 と 2 は満たす。
しかし条件 3 は満たさない。$a=0$、$b=1$、$c=2$ とすると、$e(0,2)=4$、$e(0,1)+e(1,2)=1+1=2$ で、$4\le2$ は偽である。したがって $e$ は距離ではない。$b$ が $a$ と $c$ のちょうど真ん中にあるのに、寄り道したほうが「近い」ことになってしまう。
満たす性質:def-avt-metric の条件 1・2。満たさない性質:条件 3(三角不等式)。破る主張:$e$ が距離であること。
大学の解析学では、三角不等式は「誤差を分けて見積もる」ための基本の道具になる。数列の極限で見てみる。
数列 $a_1,a_2,a_3,\dots$ と実数 $\alpha$ について、どんな正の数 $\varepsilon$ に対しても、ある自然数 $N$ があって、$n\ge N$ を満たすすべての $n$ で $|a_n-\alpha|<\varepsilon$ となるとき、数列 $a_n$ は $\alpha$ に 収束する といい、$a_n\to\alpha$ と書く。
$|a_n-\alpha|$ は $a_n$ と $\alpha$ の距離である。定義は「距離をどれだけ小さく指定されても、十分先の項はみなその範囲に入る」と読める。
$a_n=\frac1n$、$\alpha=0$ とする。正の数 $\varepsilon$ が与えられたら、$N$ を $\frac1\varepsilon$ より大きい自然数にとる。$n\ge N$ なら $n>\frac1\varepsilon$ なので $|a_n-0|=\frac1n<\varepsilon$ である。
たとえば $\varepsilon=0.1$ なら $N=11$ とすればよい。実際 $\frac1{11}=0.0909\ldots<0.1$ である。$N=10$ では $\frac1{10}=0.1$ で、$<0.1$ にならない。
$\varepsilon$ を小さくしていくと、$N$ は次のように大きくなる($N$ は $\frac1\varepsilon$ より大きい最小の自然数)。
| $\varepsilon$ | $\frac1\varepsilon$ | $N$ | $n=N$ での $\frac1n$ |
|---|---|---|---|
| $0.1$ | $10$ | $11$ | $\frac1{11}=0.0909\ldots$ |
| $0.01$ | $100$ | $101$ | $\frac1{101}=0.00990\ldots$ |
| $0.001$ | $1000$ | $1001$ | $\frac1{1001}=0.000999\ldots$ |
このように、$N$ は 1 つに決まった数ではなく、指定された $\varepsilon$ に応じて選び直す。$\varepsilon$ を小さくすると、選ぶ $N$ は大きくなる。定義が求めているのは、「どの $\varepsilon$ に対しても、そのような $N$ が見つかる」ことである。
$a_n=(-1)^n$ とする。項は $-1,1,-1,1,\dots$ と $1$ と $-1$ を交互にとる。この数列はどの実数にも収束しない。
段 1(方針)。ある実数 $\alpha$ に収束すると仮定して、矛盾を導く。
段 2($\varepsilon=1$ をとる)。def-avt-convergence を $\varepsilon=1$ に使うと、ある $N$ があって、$n\ge N$ なら $|a_n-\alpha|<1$ である。$n=N$ と $n=N+1$ の項は、$1$ と $-1$ の一方ずつなので、$|1-\alpha|<1$ かつ $|{-1}-\alpha|<1$ である。
段 3(矛盾)。cor-avt-distance を $1$、$\alpha$、$-1$ に使うと
$$
2=|1-(-1)|\le|1-\alpha|+|\alpha-(-1)|<1+1=2
$$
となり、$2<2$ という矛盾が出る($|\alpha-(-1)|=|{-1}-\alpha|$ は prop-avt-basic の 2)。よって $a_n$ は収束しない。
一方、$|a_n|=1$ はすべての $n$ で $1$ なので、$|a_n|\to1$ である(どの $\varepsilon$ に対しても $N=1$ でよい)。満たす性質:$|a_n|$ は収束する。満たさない性質:$a_n$ 自身の収束。破る主張:「$|a_n|$ が収束すれば $a_n$ も収束する」(rem-avt-limit-abs の主張の逆)。
$a_n\to\alpha$、$b_n\to\beta$ ならば、$a_n+b_n\to\alpha+\beta$ である。
方針:和の誤差 $(a_n+b_n)-(\alpha+\beta)$ を $a_n$ の誤差と $b_n$ の誤差に分け、それぞれを $\frac\varepsilon2$ 未満にする。
段 1(誤差を分ける)。$(a_n+b_n)-(\alpha+\beta)=(a_n-\alpha)+(b_n-\beta)$ なので、thm-avt-triangle から
$$
\bigl|(a_n+b_n)-(\alpha+\beta)\bigr|\le|a_n-\alpha|+|b_n-\beta|
$$
である。
段 2(それぞれを小さくする)。正の数 $\varepsilon$ が与えられたとする。$\frac\varepsilon2$ も正の数なので、$a_n\to\alpha$ の定義から、ある $N_1$ があって $n\ge N_1$ なら $|a_n-\alpha|<\frac\varepsilon2$ である。同じく、ある $N_2$ があって $n\ge N_2$ なら $|b_n-\beta|<\frac\varepsilon2$ である。
段 3(合わせる)。$N:=\max\{N_1,N_2\}$ とおく。$n\ge N$ なら $n\ge N_1$ かつ $n\ge N_2$ なので、段 1 と段 2 から
$$
\bigl|(a_n+b_n)-(\alpha+\beta)\bigr|<\frac\varepsilon2+\frac\varepsilon2=\varepsilon
$$
である。$\varepsilon$ は任意だったので、$a_n+b_n\to\alpha+\beta$ である。$\square$
$a_n=\frac1n\to0$、$b_n=3-\frac2n\to3$ で、$\varepsilon=0.1$ とする。
cor-avt-reverse から $\bigl||a_n|-|\alpha|\bigr|\le|a_n-\alpha|$ なので、$a_n\to\alpha$ のとき、$|a_n-\alpha|<\varepsilon$ となる $n$ では $\bigl||a_n|-|\alpha|\bigr|<\varepsilon$ でもある。したがって $|a_n|\to|\alpha|$ である(Leb26 Proposition 2.2.7)。逆は成り立たない。ex-avt-alternating の $a_n=(-1)^n$ では $|a_n|=1\to1$ であるが、$a_n$ はどの数にも収束しない。
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