整数(integer)とは、自然数に加法逆元を加えて引き算を常に可能にした数体系である。自然数対 $(a,b)$ を形式的な差 $a-b$ とみなし、$a+d=b+c$ を満たす対を同一視することで $\mathbb Z$ を構成できる。整数は単位的可換環かつ全順序整域をなし、自然数を演算と順序を保って含む。また、単位的環と単位元を保つ準同型の圏では始対象であり、任意の単位的環 $R$ へただ一つの準同型 $\mathbb Z\to R$ を持つ。
自然数では $3-5$ のような引き算の結果を自然数として表せない。そこで二つの自然数 $a,b$ の組 $(a,b)$ を形式的な差 $a-b$ とみなし、同じ差を表す組を同一視する。この商構成によって、すべての自然数に加法逆元を加えた数体系 $\mathbb Z$ が得られる。
以下では
$$
\mathbb N=\{0,1,2,\ldots\}
$$
とする。自然数の加法・乗法・順序・消去律と、自然数が積について零因子を持たないことを用いる。
$\mathbb N\times\mathbb N$ 上の関係 $\sim$ を
$$
(a,b)\sim(c,d)
\quad\Longleftrightarrow\quad
a+d=b+c
$$
で定める。$(a,b)$ は形式的な差 $a-b$ を表す。
関係 $\sim$ は $\mathbb N\times\mathbb N$ 上の同値関係である。
反射律は $a+b=b+a$ から $(a,b)\sim(a,b)$。対称律は、$a+d=b+c$ なら交換律により $c+b=d+a$ なので $(c,d)\sim(a,b)$ である。
推移律を示す。$(a,b)\sim(c,d)$ と $(c,d)\sim(e,f)$ なら
$$
a+d=b+c,
\qquad
c+f=d+e.
$$
二式を加えると
$$
a+d+c+f=b+c+d+e.
$$
自然数の加法の消去律で $c+d$ を両辺から消去して $a+f=b+e$ を得る。したがって $(a,b)\sim(e,f)$ である。
商集合
$$
\mathbb Z:=(\mathbb N\times\mathbb N)/{\sim}
$$
の元を 整数 という。$(a,b)$ の同値類を $[(a,b)]$ と書く。
自然数 $n$ は $[(n,0)]$ と同一視する。零、単位元、符号反転を
$$
0:=[(0,0)],
\qquad
1:=[(1,0)],
\qquad
-[(a,b)]:=[(b,a)]
$$
で定める。
$\mathbb Z$ 上の加法と乗法を
$$
[(a,b)]+[(c,d)]:=[(a+c,b+d)],
$$
$$
[(a,b)]\,[(c,d)]:=[(ac+bd,ad+bc)]
$$
で定める。第2式は形式的な展開
$$
(a-b)(c-d)=(ac+bd)-(ad+bc)
$$
に対応する。
def-integer-operations の加法と乗法は同値類上の演算としてwell-definedである。
$(a,b)\sim(a',b')$ と $(c,d)\sim(c',d')$ を仮定する。すなわち
$$
a+b'=b+a',
\qquad
c+d'=d+c'.
$$
二式を加えれば
$$
(a+c)+(b'+d')=(b+d)+(a'+c')
$$
なので $(a+c,b+d)\sim(a'+c',b'+d')$ であり、加法は代表元によらない。
乗法は一方の代表元ずつ取り替える。$(a,b)\sim(a',b')$ とすると
$$
\begin{aligned}
&(ac+bd)+(a'd+b'c)\\
&=c(a+b')+d(b+a')\\
&=c(b+a')+d(a+b')\\
&=(ad+bc)+(a'c+b'd).
\end{aligned}
$$
したがって
$$
(ac+bd,ad+bc)\sim(a'c+b'd,a'd+b'c).
$$
同じ計算を $(c,d)\sim(c',d')$ に適用して第2の代表元も取り替えられる。推移律により積の同値類は両方の代表元によらない。
上の加法と乗法により、$\mathbb Z$ は零元 $0$ と単位元 $1$ をもつ可換環になる。さらに零因子を持たないので整域である。
$p=[(a,b)]$、$q=[(c,d)]$、$r=[(e,f)]$ とする。加法の結合律と交換律は自然数の加法から成分ごとに従い、$p+0=p$ である。また
$$
p+(-p)=[(a+b,a+b)]=[(0,0)]=0
$$
なので $(\mathbb Z,+)$ は可換群である。
積の交換律は自然数の加法・乗法の交換律から従う。単位元について
$$
[(a,b)]\,[(1,0)]=[(a,b)]
$$
である。結合律は両辺を代表元で展開すれば確認できる。実際 $(pq)r$ の正成分と負成分はそれぞれ
$$
ace+bde+adf+bcf,
\qquad
acf+bdf+ade+bce
$$
であり、$p(qr)$ も自然数の交換律・結合律により同じ二成分を持つ。分配律について、$p(q+r)$ の正成分は
$$
a(c+e)+b(d+f)=ac+ae+bd+bf
$$
で、$pq+pr$ の正成分と等しい。負成分も
$$
a(d+f)+b(c+e)=ad+af+bc+be
$$
で一致する。右分配律は可換性から従う。よって $\mathbb Z$ は単位的可換環である。
零因子がないことを示す。自然数の全順序により、任意の整数は一意に $[(n,0)]$ または $[(0,n)]$ の形に書ける。ただし $n=0$ では両表示が同じである。実際 $a\ge b$ なら $a=b+n$ となる $n$ があり $[(a,b)]=[(n,0)]$、$a< b$ なら $b=a+n$ となる正の $n$ があり $[(a,b)]=[(0,n)]$ である。$[(m,0)]=[(n,0)]$ なら $m=n$ であり、$m,n>0$ について $[(m,0)]=[(0,n)]$ なら $m+n=0$ となって矛盾するので、この表示は一意である。非零整数二つの積は、符号に応じて $[(mn,0)]$ または $[(0,mn)]$ となる。$m,n>0$ なら自然数の零積性により $mn>0$ なので積は零でない。したがって $\mathbb Z$ は整域である。
写像
$$
\iota:\mathbb N\longrightarrow\mathbb Z,
\qquad
n\longmapsto[(n,0)]
$$
は単射であり、零・加法・乗法・順序を保つ。
$[(m,0)]=[(n,0)]$ なら同値関係の定義から $m+0=0+n$、すなわち $m=n$ なので単射である。また定義から
$$
[(m,0)]+[(n,0)]=[(m+n,0)],
$$
$$
[(m,0)]\,[(n,0)]=[(mn,0)]
$$
である。順序の保存は次節の定義から直ちに従う。
$z=[(a,b)]$ と $w=[(c,d)]$ に対し、ある $n\in\mathbb N$ が存在して
$$
a+d+n=b+c
$$
となるとき $z\le w$ と定める。
def-integer-order の関係は代表元によらない全順序であり、整数の演算と次の意味で両立する。
条件 $a+d+n=b+c$ は、形式的な差について $w-z$ が自然数 $n$ であることを表す。$(a,b)\sim(a',b')$、$(c,d)\sim(c',d')$ とすると、$a+b'=b+a'$ および $c+d'=d+c'$ である。$a+d+n=b+c$ なら
$$
\begin{aligned}
a'+d'+n+b+c
&=(a'+b)+(d'+c)+n\\
&=(a+b')+(d+c')+n\\
&=(b+c)+b'+c'.
\end{aligned}
$$
両辺から $b+c$ を消去して $a'+d'+n=b'+c'$ を得るので、この条件は代表元によらない。
反射律は $n=0$ で成り立つ。$z\le w$ と $w\le z$ の証人を $n,m$ とすると、二式を加えて自然数の消去律を用いることにより $n+m=0$ を得る。よって $n=m=0$ であり $z=w$ である。$z\le w$ と $w\le u$ の証人が $n,m$ なら、二式を加えることで $n+m$ が $z\le u$ の証人になるため推移律が成り立つ。
全比較について、自然数 $a+d$ と $b+c$ は比較可能である。$a+d\le b+c$ なら $a+d+n=b+c$ となる $n$ が存在して $z\le w$、逆なら $w\le z$ である。したがって全順序である。
$u=[(e,f)]$ を両辺に加えると、$z\le w$ を表す等式の両辺に $e+f$ が加わるので順序は加法で保たれる。$0\le z$、$0\le w$ なら $z=[(m,0)]$、$w=[(n,0)]$ と書け、積は $[(mn,0)]\ge0$ である。
旧Mathpediaの記事は整数を環の圏の始対象として特徴づけていた。この主張では「環」と「準同型」の規約が重要である。ここでは、零元と単位元をもつ環を対象とし、単位元を保つ環準同型を射とする。環は可換とは限らない。
任意の単位的環 $R$ に対し、単位元を保つ環準同型
$$
\varphi_R:\mathbb Z\longrightarrow R
$$
がただ一つ存在する。したがって $\mathbb Z$ は単位的環と単位元を保つ準同型の圏の始対象である。
$n\in\mathbb N$ に対して、$n\cdot1_R$ を $1_R$ の $n$ 回の和とし、
$$
\varphi_R([(a,b)]):=a\cdot1_R-b\cdot1_R
$$
と定める。$(a,b)\sim(c,d)$ なら $a+d=b+c$ なので、$R$ の加法群で移項して
$$
a\cdot1_R-b\cdot1_R
=c\cdot1_R-d\cdot1_R.
$$
よってwell-definedである。定義から加法を保つ。さらに整数倍の単位元は $R$ の中心にあり、
$$
\begin{aligned}
\varphi_R([(a,b)]\,[(c,d)])
&=(ac+bd-ad-bc)\cdot1_R\\
&=(a\cdot1_R-b\cdot1_R)(c\cdot1_R-d\cdot1_R)
\end{aligned}
$$
なので乗法も保つ。また $\varphi_R(1)=1_R$ である。
一意性を示す。単位元を保つ環準同型 $\psi:\mathbb Z\to R$ は $\psi(1)=1_R$ を満たす。加法性から $\psi(n)=n\cdot1_R$、$\psi(-n)=-n\cdot1_R$ でなければならない。すべての整数は $n$ または $-n$ の形なので $\psi=\varphi_R$ である。
単位元を持たない環や、単位元を保つことを要求しない準同型を採用すると、上の一意性は同じ形では成り立たない。例えば単位元を保たない準同型では $\mathbb Z\to R$ の像は $1_R$ に強制されない。したがって「整数環は環の圏の始対象」という表現には、対象と射の規約を添える必要がある。環の基本事項は DF04 Section 7.1 を参照。
$(5,2)\sim(4,1)$ である。実際 $5+1=2+4=6$ なので、$[(5,2)]=[(4,1)]$ は整数 $3$ を表す。同様に $(0,2)\sim(3,5)$ で、どちらも $-2$ を表す。
$z=[(2,5)]$ は $-3$ を表し、$-z=[(5,2)]$ は $3$ を表す。実際
$$
[(2,5)]+[(5,2)]=[(7,7)]=0.
$$
自然数では存在しなかった加法逆元が、整数ではすべての元に対して存在する。
方程式 $2x=1$ は整数解を持たない。もし $x\in\mathbb Z$ が解なら、$x\ge0$ のとき $x=[(n,0)]$ と書けて $2n=1$、$x<0$ のとき $2x<0$ となり、いずれも不可能である。したがって $\mathbb Z$ は整域だが体ではない。$1/2$ を含めて除法を閉じるには 有理数 へ拡張する必要がある。
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