偏屈層

概要

偏屈層(perverse sheaf)とは、層化された空間の上の構成可能複体の有界導来圏に、通常の(標準)t構造とは異なる「中間次元」のt構造(摂動t構造)を導入したとき、その心に属する対象のことをいう。各コホモロジー層の台の次元を精密に制御する条件によって定義され、通常の層の圏にはない自己双対性・分解定理などの強い性質を持つ、特異多様体の位相幾何を統制する現代的な道具である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: , アーベル圏, 三角圏, 導来圏, t構造

定義

層化と構成可能複体

位相空間(またはスキーム・代数多様体)$X$層化(stratification)とは、$X$ を有限個の局所閉部分空間(、stratum)$X=\bigsqcup_{\alpha\in A}X_\alpha$ へ分割したものであって、各 $X_\alpha$ の閉包が層の合併になっているものをいう。この層化に関する構成可能複体(constructible complex)とは、有界導来圏 $D^b_c(X)$ の対象であって、各コホモロジー層 $\mathcal H^k(F)$ を各層 $X_\alpha$ に制限したものが局所定数層になるもののことをいう(層・構成可能層の理論そのものの詳細は本記事では立ち入らず、標準的な文献に譲る)。

パーバーシティ

層化 $\{X_\alpha\}_{\alpha\in A}$ に対するパーバーシティ(perversity)とは、関数 $p\colon A\to\mathbb Z$ のことをいう。とくに $p(\alpha):=-\dim X_\alpha$(各層の次元の符号を反転したもの)で与えられるものを中間パーバーシティ(middle perversity)という。

摂動t構造と偏屈層

層化された空間 $X$ とパーバーシティ $p$ に対し、
$$ {}^pD^{\le0}(X):=\bigl\{F\in D^b_c(X)\ \bigm|\ \mathcal H^k(F)\big|_{X_\alpha}=0\ (k>p(\alpha))\text{、すべての層 }X_\alpha\text{ について}\bigr\} $$
と定め、双対的に、Verdier双対を用いた条件により ${}^pD^{\ge0}(X)$ を定める(詳細な双対条件の定式化は本記事では割愛する)。この組 $({}^pD^{\le0}(X),{}^pD^{\ge0}(X))$ は、$D^b_c(X)$三角圏とみたときのt構造を与える(BBDの定理、本記事では証明を割愛する)。このt構造の心
$$ \operatorname{Perv}(X):={}^pD^{\le0}(X)\cap{}^pD^{\ge0}(X) $$
の対象を、パーバーシティ $p$ に関する偏屈層(perverse sheaf)という。中間パーバーシティに関するものを、単に中間偏屈層ということが多い。

直感

偏屈層は、層の複体を、各コホモロジー層の台の次元によって「歪んだ」次数付けで測り直したものである。t構造の標準t構造は各点での茎のコホモロジーの消滅だけを見るのに対し、摂動t構造は層ごとに異なる次数でコホモロジーの消滅を要求する、より繊細な条件を課す。この繊細さの代償として、t構造の一般論(心は常にアーベル圏になる)により $\operatorname{Perv}(X)$ はアーベル圏になり、しかも通常の層の圏にはない自己双対性(Verdier双対がこの心を保つ)という強い性質を持つ。この自己双対性が、交叉コホモロジーや分解定理など、特異多様体の位相幾何を統制する現代的な道具の基礎になっている。

性質

滑らかな空間での摂動t構造

$X$ が単一の層のみからなる自明な層化を持つ、次元 $d$ の滑らかな空間であるとき($X_0:=X$)、パーバーシティ $p(0)=-d$ に関する ${}^pD^{\le0}(X)$ は、t構造の標準t構造による $D^{\le-d}(X)$ に一致する。

層は $X_0=X$ の一つのみであるから、$X_0$ への制限は恒等的な制限であり、def-perverse-t-structureの条件「$\mathcal H^k(F)|_{X_0}=0\ (k>p(0)=-d)$」はそのまま「$\mathcal H^k(F)=0\ (k>-d)$」となる。これはちょうど、t構造の標準t構造の記法で $F\in D^{\le-d}(X)$ であることの定義にほかならない。$\blacksquare$

点上の偏屈層

$X$ が一点 $\{*\}$(次元 $d=0$)であるとき、prop-perverse-t-structure-smoothにより、中間パーバーシティ($p=0$)に関する ${}^pD^{\le0}(\{*\})=D^{\le0}(\{*\})$ は標準t構造そのものと一致する。したがって一点上の(中間パーバーシティに関する)偏屈層は、通常の(次数 $0$ に集中した)ベクトル空間と何ら変わらない——摂動t構造の非自明さは、層化された空間が複数の層を持つ場合に初めて現れる。

IC層と分解定理

$\operatorname{Perv}(X)$ の単純対象(アーベル圏としての単純対象)は、既約な閉部分多様体 $Y\subset X$ とその滑らかな稠密開部分上の既約局所系 $L$ の組から構成される交叉コホモロジー複体(intersection cohomology complex)$IC(Y,L)$ によって分類されることが知られている(本記事では構成に立ち入らない)。固有射 $f\colon X\to Y$ による偏屈層の像 $f_*(IC_X)$ が半単純な偏屈層の直和に分解するという分解定理(decomposition theorem、BBDの主定理の一つ)は、代数幾何・表現論における最も強力な道具の一つであり、偏屈層の理論を学ぶ主な動機になっている。

関連項目