零因子(zero divisor)とは、環 $R$ の元 $a$ で、$ab=0$ または $ba=0$ を満たす $b\neq0$ が存在するもののことである(前者を左零因子、後者を右零因子という)。この流儀では零環でない環の $0$ も零因子であり、$0$ を除く流儀もある。零因子があると消去法則 $ab=ac\Rightarrow b=c$ が成り立たず、零環でない可換環で、$0$ 以外に零因子をもたないものが整域である。$\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$ の $[2],[3]$、直積環の $(1,0)$、行列式が $0$ の正方行列が代表例である。単元は零因子にならず、有限環ではすべての元が単元か零因子のどちらかになる。冪零元は零因子であり、可換環の零因子全体は素イデアルの和集合になる。
前提知識: 環, 可換環, 単元
零因子は、環の元のうち、$0$ でない元に掛けると $0$ になってしまう元である。整数の世界では $ab=0$ なら $a=0$ または $b=0$ だが、$\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$ では $[2][3]=[0]$ となり、この性質が壊れる。零因子があると「$ab=ac$ なら $b=c$」という消去法則が使えなくなる。零環でない可換環で、$0$ 以外に零因子をもたないものが整域であり、零因子は単元とは両立しない。本記事では、環は乗法の単位元 $1$ をもつものとし(環の記事の流儀)、乗法の可換性は必要なときだけ仮定する。
$R$ を環とし、$a\in R$ とする。
これは環の記事の定義「零因子」と同じ定義である。この定義では、$R\neq\{0\}$ なら $0\cdot1=0$ かつ $1\neq0$ なので、$0$ 自身が零因子である。一方、零環 $\{0\}$ には $0$ でない元がないので、零環の $0$ は零因子でない。零因子を「$0$ でない元」に限る流儀もあり(DF04 §7.1)、その流儀での零因子は本記事の「$0$ 以外の零因子」にあたる。AM69 Chapter 1 は本記事と同じく $0$ を零因子に含める。文献の定理を引くときは、どちらの流儀かを確かめる必要がある。
左零因子であることは、左から掛ける写像
$$
L_a\colon R\to R,\qquad x\mapsto ax
$$
が単射でないことと同値である。実際、$L_a$ は加法について準同型なので、単射であることは $ax=0\Rightarrow x=0$ と同値だからである。同様に、右零因子であることは $x\mapsto xa$ が単射でないことと同値である。とくに $a$ が左零因子でなければ、$ab=ac$ から $b=c$ が従う(左からの消去法則。環の記事の命題「単元と零因子」の 2)。
可換環 $A$ が $1\neq0$ を満たし、零因子が $0$ だけであるとき、$A$ を整域という。整域の定義に現れる「零因子が $0$ だけ」は、「$0$ でない元どうしの積は $0$ でない」と言い換えられる。
零因子は「掛け算で情報を失わせる元」である。$a$ が零因子なら、$0$ でない $b$ に対して $ab=0=a\cdot0$ となり、$a$ を掛けたあとでは $b$ と $0$ を区別できない。これが消去法則の破れであり、方程式 $ax=c$ の解が一意でなくなる原因である。単元は逆に「掛けても戻せる元」であり、情報を失わない。単元と零因子は対極にあり、両方である元は存在しない。有限な環では、情報を失わない元は必ず戻せる元になる。
零因子は、しばしば環が「いくつかの部分に分かれている」ことを表す。直積環 $k\times k$ では $(1,0)(0,1)=(0,0)$ であり、$(1,0)$ と $(0,1)$ はそれぞれ片方の成分だけに「生きている」元である。関数の環で、台が互いに交わらない $2$ つの関数の積が $0$ になるのも同じ現象である。
$\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$ では $[2][3]=[0]$、$[4][3]=[12]=[0]$ なので $[2],[3],[4]$ は $0$ 以外の零因子であり、$[0]$ も零因子である。残りの $[1],[5]$ は単元である($[5][5]=[25]=[1]$)。
一般に $n\geq1$ に対し、$\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$ の元 $[a]$ は、$\gcd(a,n)=1$ なら単元、$\gcd(a,n)>1$ なら零因子であり、各元はどちらか一方である(証明は環の記事の例「整数の剰余環 $\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$」)。したがって $\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$($n\geq2$)が $0$ 以外の零因子をもつことと、$n$ が合成数であることは同値である。$n$ が素数 $p$ のときは $\mathbb{Z}/p\mathbb{Z}$ は体であり、とくに整域である。
体 $k$ 上の 2 次正方行列の環 $M_2(k)$ で、
$$
E_{11}=\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix},\qquad E_{22}=\begin{pmatrix}0&0\\0&1\end{pmatrix},\qquad E_{12}=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}
$$
とおくと $E_{11}E_{22}=E_{22}E_{11}=0$、$E_{12}^2=0$ である。よって $E_{11}$、$E_{22}$、$E_{12}$ は $0$ 以外の零因子である。体上の行列環では、零因子であることは行列式が $0$ であることと同値であり、左零因子と右零因子の区別もない(prop-zero-divisor-matrix)。
環 $R,S$ がともに零環でなければ、直積環 $R\times S$ で $(1,0)(0,1)=(0,0)$ なので、$(1,0)$ と $(0,1)$ は $0$ 以外の零因子である。一般に $(a,b)$ が零因子であるのは $a$ または $b$ が零因子であるときであり(prop-zero-divisor-product)、たとえば $\mathbb{Z}\times\mathbb{Z}$ の $(2,0)$ は零因子だが、$(2,3)$ は零因子でない。
体 $k$ 上の多項式全体 $V=k[t]$ を $k$ 上のベクトル空間とみなし、$k$ 線形写像 $V\to V$ 全体のなす環 $R=\operatorname{End}_k(V)$(和と合成を演算とし、恒等写像 $\mathrm{id}$ を単位元とする)を考える。$S,T,P\in R$ を
$$
S(f)=tf,\qquad T(f)=\frac{f-f(0)}{t},\qquad P(f)=f(0)
$$
で定める($P(f)$ は定数多項式とみる)。$T$ は定数項を捨てて 1 つ次数を下げる写像であり、定数を $0$ に写すので $T\circ P=0$ である。$P\neq0$ だから $T$ は左零因子である。一方、$T$ は全射なので(任意の $g$ について $T(tg)=g$)、$X\circ T=0$ なら $X=0$ であり、$T$ は右零因子でない。
同様に $P\circ S=0$($tf$ の定数項は $0$)だから $S$ は右零因子であり、$S$ は単射なので $S\circ X=0$ なら $X=0$ となり、$S$ は左零因子でない。この例は、可換でない環では「左零因子ならば右零因子」という含意が破れることを示す。$T$ は右逆元 $S$ をもち($T\circ S=\mathrm{id}$)、零因子であるにもかかわらず片側の逆元をもつ点でも、有限な環や体上の行列環と異なる(単元の記事の例「反例:片側だけの逆元」)。
$\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$ の零因子 $[2]$ と $[3]$ の和 $[5]$ は単元であり、零因子でない。したがって可換環の零因子全体は加法について閉じているとは限らず、一般にはイデアルでない。この例は「零因子全体はイデアルをなす」という含意を破る。ただし零因子全体はいくつかの素イデアルの和集合にはなっている(prop-zero-divisor-union-primes)。$\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$ では零因子全体 $\{[0],[2],[3],[4]\}$ は $(2)=\{[0],[2],[4]\}$ と $(3)=\{[0],[3]\}$ の和集合である。
$\mathbb{Z}$ の $2$ は零因子でも単元でもない。同様に $D=\begin{pmatrix}2&0\\0&1\end{pmatrix}\in M_2(\mathbb{Z})$ は零因子でない。実際 $DB=0$($B\in M_2(\mathbb{Z})$)なら、$D$ は有理数体上の行列として逆行列をもつので $B=D^{-1}DB=0$ であり、$BD=0$ からも同様に $B=0$ である。しかし $\det D=2$ は $\mathbb{Z}$ の単元でないので $D$ は $M_2(\mathbb{Z})$ の単元でない(一般線形群の記事の命題「行列式による可逆性の判定」)。これらの例が満たさない仮定は「環が有限である」であり、有限環なら非零因子は単元になる(単元の記事の命題「有限環の元は単元か零因子」)。
単元は零因子でない(環の記事の命題「単元と零因子」)。逆は一般に成り立たないが(ex-zero-divisor-non-unit)、有限な環では成り立つ。すなわち有限環 $R$ の元は、単元であるか零因子であるかのどちらか一方であり、左零因子でない元・右零因子でない元はそれだけで単元である。この事実の証明は、左から掛ける写像 $L_a$ が単射なら有限性により全射になることを用いるもので、単元の記事の命題「有限環の元は単元か零因子」にある。
$A$ を $1\neq0$ を満たす可換環とする。次は同値である。
1 ならば 2。$ab=0$、$a\neq0$ とする。$b\neq0$ なら $a$ は $0$ 以外の零因子になり 1 に反するので、$b=0$ である。
2 ならば 3。$ab=ac$、$a\neq0$ とすると、分配法則により $a(b-c)=ab-ac=0$ である。2 により $a=0$ または $b-c=0$ であり、$a\neq0$ だから $b=c$ である。
3 ならば 1。$a\neq0$ が零因子だとすると、$ab=0$ となる $b\neq0$ がある。$ab=0=a\cdot0$ に 3 を用いると $b=0$ となり矛盾する。よって $0$ 以外の元は零因子でない。$1\neq0$ なので $A\neq\{0\}$ であり、$0$ は零因子である。したがって零因子は $0$ だけである。
可換環 $A$ の素イデアル $\mathfrak p$ による剰余環 $A/\mathfrak p$ は整域であり、逆に $A/I$ が整域になる真のイデアル $I$ は素イデアルである(素イデアルの記事の命題「剰余環が整域であることとの同値」)。つまり、素イデアルとは「割ると零因子が $0$ だけになるイデアル」である。
$R$ を零環でない環とし、$x\in R$ を冪零元(ある $m\geq1$ について $x^m=0$)とする。このとき $x$ は左零因子かつ右零因子である。
$x^m=0$ となる最小の $m\geq1$ をとる。$m=1$ なら $x=0$ であり、$R\neq\{0\}$ より $1\neq0$ で $0\cdot1=1\cdot0=0$ だから、$x=0$ は左零因子かつ右零因子である。$m\geq2$ なら、最小性から $y:=x^{m-1}\neq0$ であり、
$$
xy=x^m=0,\qquad yx=x^m=0
$$
だから $x$ は左零因子かつ右零因子である。
零環の仮定は外せない。零環では $0$ は冪零($0^1=0$)だが、$0$ でない元がないので零因子でない。逆に、零因子は冪零とは限らない。$\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$ の $[2]$ の冪は $[2],[4],[2],[4],\dots$ と繰り返して $[0]$ にならず、$[3]$ は $[3]^2=[3]$ を満たす。直積環 $k\times k$ の $(1,0)$ も $(1,0)^n=(1,0)\neq0$ である。このように $e^2=e$ を満たす冪等元 $e\neq0,1$ は、$e(1-e)=0$ により零因子であるが冪零でない。
環 $R,S$ と $(a,b)\in R\times S$ について、$(a,b)$ が $R\times S$ の左零因子であることと、「$a$ が $R$ の左零因子である」または「$b$ が $S$ の左零因子である」ことは同値である。右零因子についても同様である。
$a$ が $R$ の左零因子なら、$ac=0$ となる $c\neq0$ があり、$(a,b)(c,0)=(ac,0)=(0,0)$ で $(c,0)\neq(0,0)$ だから、$(a,b)$ は左零因子である。$b$ が左零因子の場合も $(0,d)$ を使って同様である。
逆に $(a,b)(c,d)=(ac,bd)=(0,0)$、$(c,d)\neq(0,0)$ とする。$c\neq0$ なら $ac=0$ から $a$ は $R$ の左零因子であり、$c=0$ なら $d\neq0$ で $bd=0$ から $b$ は $S$ の左零因子である。右零因子については積の順序を逆にして同じ議論をすればよい。
$S$ が零環のとき、$S$ の唯一の元 $0$ は零因子でなく、$R\times S$ は $R$ と同型になるので、主張は $R$ の零因子の条件そのものである。この場合にも主張が正しいのは、零環の $0$ を零因子に含めない定義(def-zero-divisor)のおかげである。
$k$ を体、$n\geq1$、$A\in M_n(k)$ とする。次は同値である。
1 または 2 ならば 3。単元は零因子でないので、$A$ が零因子なら $A$ は単元でなく、体上の行列の可逆性の判定(行列式の記事の定理「正則性の判定」の 1 と 2)により $\det A=0$ である。
3 ならば 1。$\det A=0$ なら、同じ定理の 2 と 5 の同値により、$Av=0$ となる $v\in k^n$、$v\neq0$ がある。第 1 列が $v$ で他の列が $0$ の行列を $B$ とすると $B\neq0$ であり、$AB$ の第 1 列は $Av=0$、他の列は $0$ なので $AB=0$ である。よって $A$ は左零因子である。
3 ならば 2。転置行列 $A^\top$ について $\det A^\top=\det A=0$ である(行列式の記事の命題「転置と行列式」)。いま示したことを $A^\top$ に適用すると、$A^\top B=0$ となる $B\neq0$ がある。転置をとると $B^\top A=(A^\top B)^\top=0$ であり、$B^\top\neq0$ だから $A$ は右零因子である。
体を整数環に替えると、3 の「単元でない」と「行列式が $0$」は一致しなくなり、ex-zero-divisor-non-unit の $\operatorname{diag}(2,1)$ のように零因子でも単元でもない行列が現れる。
$A$ を零環でない可換環とし、$A$ の零因子全体を $Z(A)$ とする。このとき、$Z(A)$ に含まれる素イデアルの族 $(\mathfrak p_\lambda)_{\lambda\in\Lambda}$ で
$$
Z(A)=\bigcup_{\lambda\in\Lambda}\mathfrak p_\lambda
$$
となるものが存在する。
非零因子どうしの積は非零因子である。実際、$s,t$ が非零因子で $(st)x=0$ なら $s(tx)=0$ から $tx=0$、さらに $x=0$ である。また $a\in Z(A)$、$ab=0$、$b\neq0$ なら、任意の $r\in A$ について $(ra)b=0$ なので $ra\in Z(A)$ である。
$a\in Z(A)$ を 1 つ固定し、
$$
\Sigma_a:=\{I\mid I\text{ は }A\text{ のイデアル},\ a\in I,\ I\subset Z(A)\}
$$
を包含関係で半順序集合とみなす。単項イデアル $(a)=\{ra\mid r\in A\}$ は上の考察により $Z(A)$ に含まれるので、$(a)\in\Sigma_a$ であり、$\Sigma_a$ は空でない。$\Sigma_a$ の空でない鎖 $\mathcal C$ に対し、和集合 $J_0=\bigcup_{I\in\mathcal C}I$ はイデアルである($x,y\in J_0$ は鎖の同じ元に属するので $x-y\in J_0$、また $rx\in J_0$)。$J_0$ は $a$ を含み $Z(A)$ に含まれるので $J_0\in\Sigma_a$ であり、$\mathcal C$ の上界である。空の鎖は $(a)$ を上界にもつ。ここで Zornの補題 を用いると、$\Sigma_a$ は極大元 $\mathfrak p$ をもつ。
$\mathfrak p$ が素イデアルであることを示す。$1$ は零因子でないので $1\notin\mathfrak p$ であり、$\mathfrak p$ は真のイデアルである。$x,y\notin\mathfrak p$ とし、$xy\notin\mathfrak p$ を示す。$\mathfrak p+(x)$ は $\mathfrak p$ を真に含み $a$ を含むので、極大性から $\mathfrak p+(x)\not\subset Z(A)$ であり、非零因子 $s=p_1+rx$($p_1\in\mathfrak p$、$r\in A$)がとれる。同様に非零因子 $t=p_2+r'y$($p_2\in\mathfrak p$、$r'\in A$)がとれる。積
$$
st=p_1p_2+p_1r'y+rxp_2+rr'xy
$$
は非零因子であり、最初の 3 項は $\mathfrak p$ に属する。もし $xy\in\mathfrak p$ なら $st\in\mathfrak p\subset Z(A)$ となって矛盾する。よって $xy\notin\mathfrak p$ であり、$\mathfrak p$ は $a$ を含み $Z(A)$ に含まれる素イデアルである。
各 $a\in Z(A)$ についてこのような素イデアル $\mathfrak p_a$ を 1 つずつ選べば、$Z(A)=\bigcup_{a\in Z(A)}\mathfrak p_a$ である(右辺の各 $\mathfrak p_a$ は $Z(A)$ に含まれ、$a\in\mathfrak p_a$ である)。
Noether環では、この和集合を有限個の素イデアル(随伴素イデアル)でとれることが知られている(Mat86 §6)。たとえば $\mathbb{Z}/12\mathbb{Z}$ の零因子全体は $(2)\cup(3)$ である。
可換環 $A$ の非零因子全体 $S$ は、$1$ を含み積について閉じている(prf-zero-divisor-union-primes の冒頭)。$S$ による局所化 $S^{-1}A$ を $A$ の全商環という。標準写像 $A\to T^{-1}A$($T$ は積閉集合)が単射であることは、$T$ が非零因子だけからなることと同値である(局所化の記事の命題「標準写像の基本性質」の 5)ので、全商環は $A$ を部分環として含み、標準写像が単射になる局所化のうちで分母の集合が最も大きいものである。$A$ が整域なら $S=A\setminus\{0\}$ であり、全商環は商体にほかならない。零因子をもつ環では、零因子を分母にすると標準写像が単射でなくなる(局所化の記事の例「反例:零因子があると標準写像は単射でない」)。
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