掛谷の問題

同義語:掛谷の針の問題Kakeya needle problem

概要

掛谷の問題(Kakeya needle problem)とは、長さ $1$ の針を平面の図形の中で連続的に動かして向きを $180^\circ$ 変える(両端を入れかえる)とき、その図形の面積をどこまで小さくできるかを問う問題である。直径 $1$ の円板(面積 $\frac{\pi}{4}$)では中心のまわりに回せる。高さ $1$ の正三角形(面積 $\frac{1}{\sqrt{3}}$)では、頂点を軸に回して辺に沿ってすべらせることをくり返して回せ、高さが $1$ より小さい正三角形では回せない。3 つの尖点をもつデルトイド(内サイクロイド)の中では、デルトイドの 2 点を結ぶ長さ $1$ の線分として針を回せ、面積は $\frac{\pi}{8}$ である。凸な図形では正三角形が最小であり、凸でなければ面積はいくらでも小さくできる(Besicovitch)。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 媒介変数表示の曲線が囲む面積, 極座標で表された図形の面積, 中間値の定理(高校数学), 複素数平面と図形, ベクトルの内積

高校での出発点:針の向きを逆にする

長さ $1$ の針が平面に置かれている。針を平面の図形 $K$ からはみ出さないように、すべらせたり回したりして動かし、最後に向きをちょうど逆($180^\circ$ 回した向き)にしたい。そのための図形 $K$ の面積は、どこまで小さくできるだろうか。これを 掛谷の問題(掛谷の針の問題)という。

円板と正方形の中で針を回す
  1. 直径 $1$ の円板。針を直径に重ねて置き、円の中心のまわりに $180^\circ$ 回せばよい。針の両端はいつも円周の上にある。面積は $\pi\left(\dfrac12\right)^2=\dfrac\pi4\approx0.785$ である。
  2. 1 辺 $1$ の正方形 $A(0,0)$、$B(1,0)$、$C(1,1)$、$D(0,1)$。針の端を $P$、$Q$ とし、はじめ $P=A$、$Q=B$ に置く($\overrightarrow{PQ}$ は右向き)。
  • $P=A$ を軸に、$Q$ を $B$ から $D$ まで回す($\overrightarrow{PQ}$ は上向きになる)。
  • $Q=D$ を軸に、$P$ を $A$ から $C$ まで回す($\overrightarrow{PQ}=\overrightarrow{CD}$ は左向きになる)。
  • 針を下へ $1$ だけ平行移動して、$P=B$、$Q=A$ にする。
    回している途中の針は、軸の頂点から正方形の内側へ向かう長さ $1$ の線分である。軸の頂点からその向きに進んで、軸の頂点を含まない 2 辺のどちらかに当たるまでの長さは、針が軸の頂点を通る 2 辺のうち近い方となす角を $\varphi$($0\le\varphi\le45^\circ$)として $\dfrac1{\cos\varphi}\ge1$ なので、針は正方形の中にある(lem-kak-pivot と同じ理由)。針は辺 $AB$ にもどり、両端が入れかわった。面積は $1$ である。

円板の方が面積は小さい。この記事で答える問いは次の 3 つである。

  1. 円板より小さい図形で、針を回せるか。→ thm-kak-triangle(正三角形、面積 $\dfrac1{\sqrt3}\approx0.577$)
  2. もっと小さくできるか。→ thm-kak-deltoid(デルトイド、面積 $\dfrac\pi8\approx0.393$)
  3. 小さくできないのはどんなときか。→ prop-kak-direction、ex-kak-cx-height
    直径 1 の円板の中で針を中心のまわりに回す様子と、1 辺 1 の正方形の中で針を頂点 A、次に頂点 D を軸に回す様子 直径 1 の円板の中で針を中心のまわりに回す様子と、1 辺 1 の正方形の中で針を頂点 A、次に頂点 D を軸に回す様子
    高校の計算この記事の言葉大学の言葉
    頂点から対辺までの距離 $\dfrac1{\cos\varphi}$頂点を軸に回す凸図形の中の線分
    媒介変数表示の曲線デルトイド内サイクロイド
    $\dfrac12\displaystyle\int(xy'-yx')\,dt$図形の面積面積(Lebesgue 測度)
    向きの角の中間値どの向きの針も入る掛谷集合

言葉の準備:針を回す

針を回せる図形

長さ $1$ の線分を 針 とよぶ。平面の図形 $K$ の中で、針を連続的に動かし(両端の位置が時刻 $0\le\tau\le1$ の連続関数で、どの時刻でも針全体が $K$ の中にある)、時刻 $1$ の針が時刻 $0$ の針と同じ場所にあって両端が入れかわっているとき、$K$ の中で 針を回せる という。

両端が入れかわるので、端 $P$ から端 $Q$ へ向かう向きは、全体として $180^\circ$ の奇数倍だけ回る。この途中で、針はあらゆる向きを通る。

回せる図形はどの向きの針も含む

図形 $K$ の中で針を回せるなら、どの角 $\alpha$ についても、$x$ 軸となす角が $\alpha$ の針(向きが $(\cos\alpha,\sin\alpha)$ の長さ $1$ の線分)が $K$ の中にある。

時刻 $\tau$ の針の端を $P(\tau)$、$Q(\tau)$ とし、向き $\alpha$ に垂直な単位ベクトル $\vec n=(-\sin\alpha,\cos\alpha)$ を使って $f(\tau)=\vec n\cdot\overrightarrow{P(\tau)Q(\tau)}$ とおく。$P(\tau)$、$Q(\tau)$ の座標は $\tau$ の連続関数なので、$f$ も連続である。両端が入れかわるので $\overrightarrow{P(1)Q(1)}=-\overrightarrow{P(0)Q(0)}$ で、$f(1)=-f(0)$ である。$f(0)=0$ なら $\tau_0=0$ とし、そうでなければ $f(0)$ と $f(1)$ は符号が異なるので、中間値の定理(高校数学) により $f(\tau_0)=0$ となる $\tau_0$ がある。このとき $\overrightarrow{P(\tau_0)Q(\tau_0)}$ は長さ $1$ で $\vec n$ に垂直なので $(\cos\alpha,\sin\alpha)$ か $-(\cos\alpha,\sin\alpha)$ であり、時刻 $\tau_0$ の針は向き $\alpha$ の針(向きを逆にしても線分としては同じ)で、$K$ の中にある。$\square$

prop-kak-direction は、針を回せない図形を見分ける道具になる。ある向きの針が入らなければ、その図形の中では回せない。

どの向きの針も入るか
  1. 1 辺 $1$ の正三角形。高さは $\dfrac{\sqrt3}2\approx0.866$ である。ある辺に垂直な向きの線分を考えると、線分の両端のその辺からの距離はどちらも $0$ 以上、高さ以下なので、線分の長さ(両端の距離の差)は高さ以下である(ex-kak-cx-height で詳しく述べる)。長さ $1$ の針はこの向きに入らない。したがって 1 辺 $1$ の正三角形の中では針を回せない。
  2. 1 辺 $1$ の正方形。どの向きにも、中心を通る長さ $1$ の線分が入る(中心から辺までの距離は $\dfrac12$ 以上)。この向きの判定では回せないことは分からず、実際に ex-kak-start (2) で回せた。

主定理 1:高さ $1$ の正三角形の中で回せる

正三角形の中で針を回す

高さ $1$ の正三角形(1 辺 $\dfrac2{\sqrt3}\approx1.155$、面積 $\dfrac1{\sqrt3}\approx0.577$)の中で、針を回せる。

面積は $\dfrac12\cdot\dfrac2{\sqrt3}\cdot1=\dfrac1{\sqrt3}$ で、直径 $1$ の円板の $\dfrac\pi4\approx0.785$ より小さい。証明の道具は、頂点を軸に回すときに針がはみ出さないことである。

頂点を軸に回す

高さ $1$ の正三角形の頂点 $V$ から、角 $V$ の内部(2 辺を含む)の向きに引いた長さ $1$ の線分は、三角形の中にある。

$V$ から向かいの辺に下ろした垂線の足を $H$ とすると $VH=1$ である。角 $V$ は $60^\circ$ で、$VH$ はその二等分線なので、角 $V$ の内部の向きは $VH$ と $30^\circ$ 以下の角 $\varphi$ をなす。その向きの半直線が向かいの辺と交わる点を $X$ とすると、三角形 $VHX$ は $H$ で直角なので
$$ VX=\frac{VH}{\cos\varphi}=\frac1{\cos\varphi}\ge1 $$
である($0\le\varphi\le30^\circ$ で $0<\cos\varphi\le1$)。$V$ と $X$ は三角形の中の点で、三角形は凸(中の 2 点を結ぶ線分は中にある)なので、線分 $VX$ は三角形の中にあり、その一部である $V$ から長さ $1$ の線分も中にある。$\square$

thm-kak-triangle を示す。三角形を $A\left(0,1\right)$、$B\left(-\dfrac1{\sqrt3},0\right)$、$C\left(\dfrac1{\sqrt3},0\right)$ とし、$A$ から辺 $BC$ に下ろした垂線の足を $H(0,0)$ とする。針の端を $P$、$Q$ とし、はじめ $P=A$、$Q=H$ に置く。次の 7 つの動きを続けて行う。
段 1($A$ を軸に $30^\circ$).$P=A$ を固定し、$Q$ を、$A$ から辺 $BC$ への向きが $AH$ から $AB$ へ変わるように回す。lem-kak-pivot により針は三角形の中にある。終わりに針は辺 $AB$ の上にあり、$AQ=1$ である。
段 2(辺 $AB$ に沿ってすべらせる).辺 $AB$ の長さは $\dfrac2{\sqrt3}>1$ なので、針を辺 $AB$ に沿って $B$ の方へすべらせ、$Q=B$ にする。針はずっと辺 $AB$ の上にある。
段 3($B$ を軸に $60^\circ$).$Q=B$ を固定し、$P$ を、$B$ からの向きが $BA$ から $BC$ へ変わるように回す(lem-kak-pivot)。終わりに針は辺 $BC$ の上にある。
段 4(辺 $BC$ に沿ってすべらせる).針を辺 $BC$ に沿って $C$ の方へすべらせ、$P=C$ にする。
段 5($C$ を軸に $60^\circ$).$P=C$ を固定し、$Q$ を、$C$ からの向きが $CB$ から $CA$ へ変わるように回す。終わりに針は辺 $CA$ の上にある。
段 6(辺 $CA$ に沿ってすべらせる).針を辺 $CA$ に沿って $A$ の方へすべらせ、$Q=A$ にする。
段 7($A$ を軸に $30^\circ$).$Q=A$ を固定し、$P$ を、$A$ からの向きが $AC$ から $AH$ へ変わるように回す。終わりに $Q=A$、$P=H$ である。
どの段でも針は三角形の中にあり、最後の針ははじめと同じ線分 $AH$ で、両端が入れかわった(はじめ $P=A$、終わり $Q=A$)。針の直線の向きは、段 1・3・5・7 で同じ回転の向き(時計回り)に $30^\circ+60^\circ+60^\circ+30^\circ=180^\circ$ 回った。$\square$

段 1 から段 3 まで:頂点 A を軸に 30 度回し、辺 AB に沿って B へすべらせ、B を軸に 60 度回す 段 1 から段 3 まで:頂点 A を軸に 30 度回し、辺 AB に沿って B へすべらせ、B を軸に 60 度回す
段 4 から段 7 まで:辺 BC に沿って C へすべらせ、C を軸に 60 度回し、辺 CA に沿って A へすべらせ、A を軸に 30 度回す 段 4 から段 7 まで:辺 BC に沿って C へすべらせ、C を軸に 60 度回し、辺 CA に沿って A へすべらせ、A を軸に 30 度回す
各段の針の位置

prf-kak-triangle の座標で、各段の終わりの針の両端を計算する。辺 $AB$ の向きの単位ベクトルは $\dfrac{\sqrt3}2\left(-\dfrac1{\sqrt3},-1\right)=\left(-\dfrac12,-\dfrac{\sqrt3}2\right)$ である。
(1) 段 1 の終わり:$P=A(0,1)$、$Q=A+\left(-\dfrac12,-\dfrac{\sqrt3}2\right)=\left(-\dfrac12,\,1-\dfrac{\sqrt3}2\right)\approx(-0.5,\,0.134)$。
(2) 段 2 の終わり:$Q=B\approx(-0.577,\,0)$、$P=B+\left(\dfrac12,\dfrac{\sqrt3}2\right)\approx(-0.077,\,0.866)$。$P$ は辺 $AB$ の上にあり、$A$ から $\dfrac2{\sqrt3}-1\approx0.155$ だけ離れている。
(3) 段 3 の終わり:$Q=B$、$P=B+(1,0)\approx(0.423,\,0)$。段 4 の終わり:$P=C\approx(0.577,\,0)$、$Q=C-(1,0)\approx(-0.423,\,0)$。
針の長さはどの段でも $1$ である。例えば (1) では $\left(\dfrac12\right)^2+\left(\dfrac{\sqrt3}2\right)^2=1$ である。

主定理 2:デルトイドの中で回せる

正三角形の辺を内側にへこませると、面積はさらに小さくなる。へこませ方をうまく選んだ曲線がデルトイドである。

デルトイド

媒介変数表示
$$ D(t)=\left(\frac12\cos t+\frac14\cos2t,\ \ \frac12\sin t-\frac14\sin2t\right)\qquad(0\le t\le2\pi) $$
の曲線を デルトイド という。これは、半径 $\dfrac34$ の円の内側を半径 $\dfrac14$ の円がすべらずに転がるとき、転がる円の周の 1 点がえがく曲線(3 つの尖点をもつ内サイクロイド)である(Wei26b)。デルトイドとその内側を合わせた図形を $K$ とする($K$ は lem-kak-inside で式で表す)。

デルトイドの点
  1. $t=0$:$D(0)=\left(\dfrac12+\dfrac14,\,0\right)=\left(\dfrac34,\,0\right)$。原点からの距離は $\dfrac34$ で、尖点(とがった点)である。$t=\dfrac{2\pi}3$、$\dfrac{4\pi}3$ でも、原点から $\dfrac34$ の尖点になる。例えば $D\left(\dfrac{2\pi}3\right)=\left(-\dfrac14-\dfrac18,\ \dfrac{\sqrt3}4+\dfrac{\sqrt3}8\right)=\dfrac34\left(\cos120^\circ,\sin120^\circ\right)$ である。
  2. $t=\pi$:$D(\pi)=\left(-\dfrac12+\dfrac14,\,0\right)=\left(-\dfrac14,\,0\right)$。原点からの距離は $\dfrac14$ で、2 つの尖点の間の辺の、原点に最も近い点である。$t=\dfrac\pi3$ でも $D\left(\dfrac\pi3\right)=\left(\dfrac14-\dfrac18,\ \dfrac{\sqrt3}4-\dfrac{\sqrt3}8\right)=\left(\dfrac18,\,\dfrac{\sqrt3}8\right)$ で、原点からの距離は $\sqrt{\dfrac1{64}+\dfrac3{64}}=\dfrac14$ である。

デルトイド(黒)と、その中の長さ 1 の針(赤)をいくつかの向きで描いたもの。針の両端はデルトイドの上にあり、針はデルトイドの辺に接する デルトイド(黒)と、その中の長さ 1 の針(赤)をいくつかの向きで描いたもの。針の両端はデルトイドの上にあり、針はデルトイドの辺に接する

デルトイドの中で針を回す

デルトイドで囲まれた図形 $K$ の中で、針を回せる。$K$ の面積は $\dfrac\pi8\approx0.393$ である。

針は次のように置く。角 $\varphi$ に対し、デルトイドの 2 点 $D(\varphi)$ と $D(\varphi+\pi)$ を結ぶ線分を $N(\varphi)$ とする。

2 点を結ぶ線分の長さは 1

$D(\varphi)-D(\varphi+\pi)=(\cos\varphi,\sin\varphi)$ である。したがって $N(\varphi)$ は向き $(\cos\varphi,\sin\varphi)$ の長さ $1$ の線分で、その中点は $M(\varphi)=\dfrac14\left(\cos2\varphi,\,-\sin2\varphi\right)$ である。

$\cos(\varphi+\pi)=-\cos\varphi$、$\sin(\varphi+\pi)=-\sin\varphi$、$\cos(2\varphi+2\pi)=\cos2\varphi$、$\sin(2\varphi+2\pi)=\sin2\varphi$ なので
$$ D(\varphi+\pi)=\left(-\frac12\cos\varphi+\frac14\cos2\varphi,\ \ -\frac12\sin\varphi-\frac14\sin2\varphi\right) $$
である。$D(\varphi)$ から引くと、$\dfrac14\cos2\varphi$ と $\dfrac14\sin2\varphi$ の項が消えて
$$ D(\varphi)-D(\varphi+\pi)=\left(\frac12\cos\varphi+\frac12\cos\varphi,\ \ \frac12\sin\varphi+\frac12\sin\varphi\right)=(\cos\varphi,\sin\varphi) $$
で、長さは $\sqrt{\cos^2\varphi+\sin^2\varphi}=1$ である。足して 2 で割ると $\cos\varphi$、$\sin\varphi$ の項が消えて、中点は $\left(\dfrac14\cos2\varphi,\,-\dfrac14\sin2\varphi\right)$ である。$\square$

中点 $M(\varphi)$ は原点を中心とする半径 $\dfrac14$ の円の上を動く。$\varphi$ が $0$ から $\pi$ まで増えると、針の向き $(\cos\varphi,\sin\varphi)$ は $180^\circ$ 回り、中点は円を時計回りに 1 周する。残るのは、針が $K$ からはみ出さないことである。

針はデルトイドの中にある

$$ F(x,y)=(x^2+y^2)^2+\frac98(x^2+y^2)-\frac{27}{256}-2\,(x^3-3xy^2) $$
とおく。
(1) 原点から出るどの半直線の上でも、$F$ は原点からの距離 $r$ について増加し、$F$ の値が $0$ になる点がちょうど 1 つある。デルトイドはその点を集めた曲線で、$K=\{(x,y)\mid F(x,y)\le0\}$ である。
(2) 針 $N(\varphi)$ の点を $M(\varphi)+s\,(\cos\varphi,\sin\varphi)$($-\dfrac12\le s\le\dfrac12$)と書くと、
$$ F\bigl(M(\varphi)+s(\cos\varphi,\sin\varphi)\bigr)=\left(s^2-\frac14\right)\left(s-\frac{\cos3\varphi}2\right)^2 $$
である。特に $-\dfrac12\le s\le\dfrac12$ では $F\le0$ で、針 $N(\varphi)$ は $K$ の中にある。

要点:(2) は、点を複素数 $z=e^{i\varphi}\left(s+\dfrac14e^{-3i\varphi}\right)$ で表すと、$x^2+y^2=\lvert z\rvert^2$、$x^3-3xy^2$ は $z^3$ の実部になり、展開して $\cos3\varphi$ の式として整理できる。(1) は、極座標で $F$ を $r$ で微分すると平方の和になることによる。$s=\dfrac12$ とすると (2) の右辺は $0$ で、$M(\varphi)+\dfrac12(\cos\varphi,\sin\varphi)=D(\varphi)$ なので、デルトイドの点はどれも $F=0$ を満たす。

詳しい計算を開く

(2) の計算.$c=\cos3\varphi$ とおく。prop-kak-needle の中点と向きを複素数で書くと $M=\dfrac14e^{-2i\varphi}$、向きは $e^{i\varphi}$ なので、点は $z=se^{i\varphi}+\dfrac14e^{-2i\varphi}=e^{i\varphi}\zeta$、$\zeta=s+\dfrac14e^{-3i\varphi}$ である(複素数平面と図形)。$\lvert e^{i\varphi}\rvert=1$ なので $x^2+y^2=\lvert\zeta\rvert^2=\left(s+\dfrac c4\right)^2+\dfrac{\sin^23\varphi}{16}=s^2+\dfrac c2s+\dfrac1{16}$ である。$z^3=(x+iy)^3$ の実部は $x^3-3xy^2$ で、$z^3=e^{3i\varphi}\zeta^3$ を二項定理で展開すると

$$e^{3i\varphi}\zeta^3=s^3e^{3i\varphi}+\frac34s^2+\frac3{16}se^{-3i\varphi}+\frac1{64}e^{-6i\varphi}$$

の実部は $cs^3+\dfrac34s^2+\dfrac3{16}cs+\dfrac{2c^2-1}{64}$ である($\cos6\varphi=2c^2-1$)。これらを $F$ に入れる:

$$\left(s^2+\frac c2s+\frac1{16}\right)^2=s^4+cs^3+\left(\frac{c^2}4+\frac18\right)s^2+\frac c{16}s+\frac1{256},\qquad\frac98\left(s^2+\frac c2s+\frac1{16}\right)=\frac98s^2+\frac{9c}{16}s+\frac{18}{256},$$

$$-2\left(cs^3+\frac34s^2+\frac3{16}cs+\frac{2c^2-1}{64}\right)=-2cs^3-\frac32s^2-\frac{6c}{16}s-\frac{16c^2}{256}+\frac8{256}.$$

これと $-\dfrac{27}{256}$ を足すと $F=s^4-cs^3+\dfrac{c^2-1}4s^2+\dfrac c4s-\dfrac{c^2}{16}$ となる。一方 $\left(s^2-\dfrac14\right)\left(s-\dfrac c2\right)^2=\left(s^2-\dfrac14\right)\left(s^2-cs+\dfrac{c^2}4\right)$ を展開しても同じ式になる。$-\dfrac12\le s\le\dfrac12$ では $s^2-\dfrac14\le0$、$\left(s-\dfrac c2\right)^2\ge0$ なので $F\le0$ である。

(1) の計算.点を $(r\cos\psi,r\sin\psi)$ と書くと、$x^3-3xy^2=r^3(\cos^3\psi-3\cos\psi\sin^2\psi)=r^3\cos3\psi$(3 倍角の公式)なので、$f(r)=F=r^4-2r^3\cos3\psi+\dfrac98r^2-\dfrac{27}{256}$ である。微分すると

$$f'(r)=4r^3-6r^2\cos3\psi+\frac94r=4r\left\{\left(r-\frac34\cos3\psi\right)^2+\frac9{16}\sin^23\psi\right\}\ge0$$

で、$f'(r)=0$ となる $r>0$ はたかだか 1 つなので、$f$ は $r\ge0$ で増加する。$f(0)=-\dfrac{27}{256}<0$ で、$r$ を大きくすると $f(r)$ はいくらでも大きくなるので、$f(r)=0$ となる $r>0$ がちょうど 1 つあり、その内側で $F<0$、外側で $F>0$ である。一方、デルトイドの点は $F=0$ を満たす((2) で $s=\dfrac12$)。デルトイドの点の偏角は、$t$ とともに増える($xy'-yx'=\dfrac{1-\cos3t}8\ge0$ は偏角の増え方の $r^2$ 倍。極座標で表された図形の面積)ので、$t$ が $0$ から $2\pi$ まで動くと、偏角は $0^\circ$ から $120^\circ$、$240^\circ$、$360^\circ$ と尖点を順に通って 1 周し、どの向きの半直線とも交わる。したがってデルトイドは各半直線の $F=0$ の点を集めた曲線で、$K=\{F\le0\}$ である。

thm-kak-deltoid を示す。
段 1(針を回す).$\varphi$ を $0$ から $\pi$ まで動かし、時刻 $\varphi$ の針を $N(\varphi)$ とする。端を $P(\varphi)=D(\varphi+\pi)$、$Q(\varphi)=D(\varphi)$ とすると、どちらも $\varphi$ の連続関数である。prop-kak-needle から針の長さは $1$、lem-kak-inside (2) から針は $K$ の中にある。$\varphi=0$ の針は $P=D(\pi)=\left(-\dfrac14,0\right)$、$Q=D(0)=\left(\dfrac34,0\right)$ で、$\varphi=\pi$ の針は $P=D(2\pi)=\left(\dfrac34,0\right)$、$Q=D(\pi)=\left(-\dfrac14,0\right)$ である。同じ線分で両端が入れかわった。
段 2(面積).lem-kak-inside (1) から、$K$ は原点から見て、各向き $\psi$ の半直線の上で原点からデルトイドまでの線分を集めた図形である。このような図形の面積は $\dfrac12\displaystyle\int r^2\,d\psi$ で(極座標で表された図形の面積)、曲線を $t$ でたどると $r^2\dfrac{d\psi}{dt}=xy'-yx'$ なので、面積は $\dfrac12\displaystyle\int_0^{2\pi}(xy'-yx')\,dt$ である(媒介変数表示の曲線が囲む面積 と同じ式)。
$$ x'=-\frac12\sin t-\frac12\sin2t,\qquad y'=\frac12\cos t-\frac12\cos2t $$
から
$$ xy'-yx'=\left(\frac12\cos t+\frac14\cos2t\right)\left(\frac12\cos t-\frac12\cos2t\right)+\left(\frac12\sin t-\frac14\sin2t\right)\left(\frac12\sin t+\frac12\sin2t\right) $$
である。展開すると
$$ xy'-yx'=\frac14\underbrace{(\cos^2t+\sin^2t)}_{=1}-\frac18\underbrace{(\cos^22t+\sin^22t)}_{=1}-\frac18\underbrace{(\cos t\cos2t-\sin t\sin2t)}_{=\cos3t}=\frac{1-\cos3t}8 $$
である(最後は加法定理)。したがって面積は
$$ \frac12\int_0^{2\pi}\frac{1-\cos3t}8\,dt=\frac1{16}\Bigl[t-\frac13\sin3t\Bigr]_0^{2\pi}=\frac{2\pi}{16}=\frac\pi8 $$
である。$\square$

3 つの向きの針
  1. $\varphi=0$:針は $\left(-\dfrac14,0\right)$ から $\left(\dfrac34,0\right)$ まで。$\dfrac{\cos0}2=\dfrac12$ なので、lem-kak-inside (2) の $F$ が $0$ になる重根は $s=\dfrac12$、つまり端 $\left(\dfrac34,0\right)$(尖点)である。
  2. $\varphi=\dfrac\pi2$:$D\left(\dfrac\pi2\right)=\left(-\dfrac14,\dfrac12\right)$、$D\left(\dfrac{3\pi}2\right)=\left(-\dfrac14,-\dfrac12\right)$ で、針は直線 $x=-\dfrac14$ の上の長さ $1$ の線分である。中点は $M\left(\dfrac\pi2\right)=\left(-\dfrac14,0\right)=D(\pi)$ で、$\cos\dfrac{3\pi}2=0$ なので重根は $s=0$、針はこの中点でデルトイドの辺に接している。
  3. $\varphi=\dfrac\pi6$:向き $\left(\dfrac{\sqrt3}2,\dfrac12\right)$、中点 $M=\left(\dfrac18,-\dfrac{\sqrt3}8\right)$。端は $M\pm\dfrac12\left(\dfrac{\sqrt3}2,\dfrac12\right)$ で、$+$ の方は $\left(\dfrac18+\dfrac{\sqrt3}4,\ -\dfrac{\sqrt3}8+\dfrac14\right)\approx(0.558,\,0.033)$ である。これは $D\left(\dfrac\pi6\right)=\left(\dfrac{\sqrt3}4+\dfrac18,\ \dfrac14-\dfrac{\sqrt3}8\right)$ と一致する。重根は $s=\dfrac{\cos(\pi/2)}2=0$ で、中点 $M=D\left(-\dfrac\pi3\right)$ で辺に接する。

デルトイドは、三角形の外接円の上の点の Simson 線をすべて描いたときに現れる包絡線でもある(Simson線 の「大学数学で見る」。その記事では証明していない)。この記事の針 $N(\varphi)$ も、デルトイドの辺に接しながら動く線分である。

例と反例

針を回せる図形を、面積の順に並べる。

図形面積凸か回し方
1 辺 $1$ の正方形$1$凸2 つの頂点を軸に $90^\circ$ ずつ(ex-kak-start)
直径 $1$ の円板$\dfrac\pi4\approx0.785$凸中心のまわりに回す(ex-kak-start)
幅 $1$ の Reuleaux の三角形$\dfrac{\pi-\sqrt3}2\approx0.705$凸3 つの頂点を軸に $60^\circ$ ずつ(ex-kak-reuleaux)
高さ $1$ の正三角形$\dfrac1{\sqrt3}\approx0.577$凸頂点を軸に回し、辺に沿ってすべらせる(thm-kak-triangle)
デルトイド$\dfrac\pi8\approx0.393$凸でない両端をデルトイドの上ですべらせる(thm-kak-deltoid)
(紹介)Besicovitch の図形いくらでも小さい凸でないこの記事では扱わない(「大学数学で見る」)

長さ 1 の針を回せる図形の面積の比較。正方形 1、円板 0.785、Reuleaux の三角形 0.705、正三角形 0.577、デルトイド 0.393 長さ 1 の針を回せる図形の面積の比較。正方形 1、円板 0.785、Reuleaux の三角形 0.705、正三角形 0.577、デルトイド 0.393

Reuleaux の三角形の中で針を回す

1 辺 $1$ の正三角形 $ABC$ から作る幅 $1$ の Reuleaux の三角形(各頂点を中心とする半径 $1$ の 3 つの円板の共通部分。定幅図形)を考える。面積は $\dfrac{\pi-\sqrt3}2$ である(定幅図形)。
針の端を $P$、$Q$ とし、はじめ $P=A$、$Q=B$ に置く。$P=A$ を軸に $Q$ を弧 $BC$(中心 $A$、半径 $1$)に沿って $C$ まで動かし、次に $Q=C$ を軸に $P$ を弧 $AB$(中心 $C$)に沿って $B$ まで動かし、最後に $P=B$ を軸に $Q$ を弧 $CA$(中心 $B$)に沿って $A$ まで動かす。どの段でも針は、Reuleaux の三角形の 2 点(軸の頂点と弧の上の点)を結ぶ線分で、Reuleaux の三角形は凸(3 つの円板の共通部分)なので中に入る。$\overrightarrow{PQ}$ の向きは、$\overrightarrow{AB}$($0^\circ$)、$\overrightarrow{AC}$($60^\circ$)、$\overrightarrow{BC}$($120^\circ$)、$\overrightarrow{BA}$($180^\circ$)と変わり、最後は $P=B$、$Q=A$ で両端が入れかわった。

面積の小さい方の 2 つは、凸という条件で分かれる。凸な図形の中では、高さ $1$ の正三角形が最小であることが知られている(Wei26a。この記事では証明しない)。デルトイドは凸でないので、この下限より小さくなれる。
次に、条件を外すと何が崩れるかを並べる。

外す条件反例成り立たなくなること
正三角形の高さを $1$ にする高さ $h<1$ の正三角形(1 辺 $1$ なら $h=\dfrac{\sqrt3}2$)針を回せない → ex-kak-cx-height
図形を凸にするデルトイド(面積 $\dfrac\pi8$)「凸な図形の最小は正三角形の $\dfrac1{\sqrt3}$」が凸でない図形には当てはまらない → ex-kak-cx-convex
反例:高さが $1$ より小さい正三角形

高さ $h<1$ の正三角形 $ABC$ で、辺 $BC$ を $x$ 軸、$A$ を $(0,h)$ におく。辺 $BC$ に垂直な向き($y$ 軸の向き)の線分を三角形の中にとると、両端の $y$ 座標はどちらも $0$ 以上 $h$ 以下(三角形の点の $y$ 座標の範囲)で、両端の $x$ 座標は等しいので、線分の長さは $y$ 座標の差で $h$ 以下である。$h<1$ なので、$y$ 軸の向きの針は三角形に入らない。prop-kak-direction により、この三角形の中では針を回せない。thm-kak-triangle の高さ $1$ は、正三角形の中で回すためにはこれ以上小さくできない。

反例:凸でなければ正三角形より小さい

デルトイドの面積 $\dfrac\pi8\approx0.3927$ は、高さ $1$ の正三角形の面積 $\dfrac1{\sqrt3}\approx0.5774$ より小さい。デルトイドの 2 つの尖点 $D(0)$、$D\left(\dfrac{2\pi}3\right)$ を結ぶ線分の中点 $\dfrac12\left(\dfrac34-\dfrac38,\ \dfrac{3\sqrt3}8\right)=\left(\dfrac3{16},\,\dfrac{3\sqrt3}{16}\right)$ は、原点から $\dfrac38$ の距離にある。この向き(偏角 $60^\circ$)でのデルトイドの点は $D\left(\dfrac\pi3\right)=\left(\dfrac18,\dfrac{\sqrt3}8\right)$ で、原点から $\dfrac14<\dfrac38$ なので、中点はデルトイドの外にある(lem-kak-inside (1))。中の 2 点を結ぶ線分がはみ出すので、デルトイドは凸でない。凸な図形の中での最小(正三角形)という結果は、凸という条件を外すと成り立たない。

大学数学で見る:面積はいくらでも小さくできる

凸でない図形まで許すと、針を回せる図形の面積には最小値がなく、いくらでも小さくできる。これは Besicovitch による結果である(Wei26a。この記事では証明しない)。デルトイドの $\dfrac\pi8$ は、これで終わりではない。

掛谷集合と掛谷予想を開く

針を「回す」のをやめて、「どの向きの針も含む」集合を考えることができる。$n$ 次元の空間で、どの向きの長さ $1$ の線分も含む集合を 掛谷集合(Besicovitch 集合)という。prop-kak-direction から、針を回せる平面の図形は掛谷集合である。

平面では、針を回せる図形の面積がいくらでも小さくできるので、掛谷集合の面積もいくらでも小さくできる。それでも「大きさ」を面積や体積とは別の物差し(Minkowski 次元・Hausdorff 次元)で測ると、空間の次元と同じになるだろう、という問題を 掛谷予想 という。3 次元の空間については、Wang と Zahl が 2025 年に arXiv で発表した論文で、3 次元の掛谷集合の Minkowski 次元と Hausdorff 次元がどちらも $3$ であることを証明した(WZ25)。この記事では、次元の定義も証明も扱わない。

さらに先へ

  • Jungの定理・Borsukの問題 と同じく、正三角形がこの問題でも鍵になった。Jung の定理では直径 $d$ の図形を包む最小の円の等号の図形、Borsuk の問題では 2 つに分けられない図形、この記事では凸な図形の中で針を回せる最小の図形として現れる。
  • デルトイドは内サイクロイドの 1 つである。媒介変数表示の曲線の長さや面積の計算は 媒介変数表示と曲線の長さ、媒介変数表示の曲線が囲む面積 で扱う。直線の族が作る曲線(包絡線)は 通過領域と包絡線 で扱う。
  • どの向きの幅も同じ図形は 定幅図形 で扱う。幅 $1$ の Reuleaux の三角形は ex-kak-reuleaux のとおり針を回せるが、面積は正三角形より大きい。

関連項目

参考文献

[3]
Hong Wang and Joshua Zahl, Volume estimates for unions of convex sets, and the Kakeya set conjecture in three dimensions, arXiv:2502.17655(2025 年 2 月 24 日投稿、https://arxiv.org/abs/2502.17655), 2025, 要旨:3 次元の掛谷集合の Minkowski 次元と Hausdorff 次元はどちらも 3 である

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