可換環論

同義語:commutative algebracommutative ring theory

概要

可換環論(commutative algebra)とは、可換環、そのイデアル、加群、局所化、完備化などを研究する代数学の分野である。商環によって方程式を課し、局所化によって一点や素イデアルの近くへ焦点を絞る。素イデアルと極大イデアル、Noether性、Krull次元、加群のホモロジー的不変量を通じて、整数の整除性と代数多様体の局所構造を同じ言葉で扱う。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 集合、写像、群、環

可換環を調べる分野

可換環論(commutative algebra)は、可換環、そのイデアル、加群、局所化、完備化などを研究する代数学の一分野である。整数の整除性、多項式方程式の解集合、解析関数の局所的な振る舞いを同じ環の言葉で扱えることが特徴であり、代数的整数論と代数幾何学の共通基盤になっている。
本記事では環は単位元 $1$ をもち、環準同型は単位元を保つと約束する。零環 $0=1$ を許すかどうかは文献により異なるため、素イデアルや極大イデアルを扱う箇所では真のイデアルであることを明記する。標準的な体系は AM69 と Eis95 に従う。

基本的な対象

可換環

集合 $A$ が加法 $+$、乗法 $\cdot$、元 $0,1$ をもち、次を満たすとき、$A$ を 可換環という。

  1. $(A,+,0)$ は可換群である。
  2. 乗法は結合的かつ可換であり、$1a=a1=a$ である。
  3. 乗法は加法の両側に分配する。
基本例
  • 整数環 $\mathbb Z$、体 $\mathbb Q,\mathbb R,\mathbb C$ は可換環である。
  • $A$ が可換環なら、多項式環 $A[x_1,\ldots,x_n]$ と形式的冪級数環 $A[\![t]\!]$ は可換環である。
  • 連続関数全体 $C(X,\mathbb R)$ は点ごとの演算で可換環になる。
  • 四元数環は環だが、一般に $ij\ne ji$ なので可換環ではない。

可換環論で環の元だけを追うのでは不十分である。イデアルは合同式と商を、素イデアルは既約な代数的部分を、極大イデアルは点や剰余体を表す。加群は可換環上の線形代数に相当する。

イデアル・素イデアル・極大イデアル

$A$ を可換環とする。加法部分群 $I\subseteq A$ が、任意の $a\in A$ と $x\in I$ に対して $ax\in I$ を満たすとき、$I$ を イデアルという。
真のイデアル $\mathfrak p\ne A$ が 素イデアルであるとは、
$$ ab\in\mathfrak p\quad\Longrightarrow\quad a\in\mathfrak p\ \text{または}\ b\in\mathfrak p $$
が成り立つことである。真のイデアル $\mathfrak m$ が 極大イデアルであるとは、$\mathfrak m\subseteq I\subseteq A$ を満たすイデアルが $\mathfrak m$ と $A$ しかないことである。

商環とイデアル

イデアル $I$ による商集合 $A/I$ には
$$ (a+I)+(b+I)=(a+b)+I, \qquad (a+I)(b+I)=ab+I $$
で可換環構造が入る。イデアルであるという条件は、積の定義が代表元によらないためにちょうど必要である。

素イデアルと整域

真のイデアル $\mathfrak p\subsetneq A$ に対し、次は同値である。

  1. $\mathfrak p$ は素イデアルである。
  2. 商環 $A/\mathfrak p$ は整域である。
証明

$\mathfrak p$ が素イデアルとする。$(a+\mathfrak p)(b+\mathfrak p)=0+\mathfrak p$ なら $ab\in\mathfrak p$ である。素性から $a\in\mathfrak p$ または $b\in\mathfrak p$、すなわち $a+\mathfrak p=0$ または $b+\mathfrak p=0$ となる。$\mathfrak p\ne A$ なので商環は零環でなく、したがって整域である。
逆に $A/\mathfrak p$ が整域とする。$ab\in\mathfrak p$ なら
$$ (a+\mathfrak p)(b+\mathfrak p)=0 $$
である。零因子がないので $a+\mathfrak p=0$ または $b+\mathfrak p=0$、したがって $a\in\mathfrak p$ または $b\in\mathfrak p$ である。

極大イデアルと体

真のイデアル $\mathfrak m\subsetneq A$ に対し、次は同値である。

  1. $\mathfrak m$ は極大イデアルである。
  2. 商環 $A/\mathfrak m$ は体である。
証明

$\mathfrak m$ を極大とし、$a+\mathfrak m\ne0$ とする。これは $a\notin\mathfrak m$ を意味する。$\mathfrak m+(a)$ は $\mathfrak m$ を真に含むので、極大性から $\mathfrak m+(a)=A$ である。よって $m\in\mathfrak m$、$r\in A$ が存在して $m+ra=1$ となる。商をとれば
$$ (r+\mathfrak m)(a+\mathfrak m)=1+\mathfrak m $$
だから、$a+\mathfrak m$ は可逆である。したがって商環は体である。
逆に $A/\mathfrak m$ が体とする。$\mathfrak m\subseteq I\subseteq A$ なら、$I/\mathfrak m$ は体 $A/\mathfrak m$ のイデアルである。体のイデアルは $0$ と全体だけなので、$I=\mathfrak m$ または $I=A$ である。よって $\mathfrak m$ は極大である。

この二つの命題から、すべての極大イデアルは素イデアルである。一方、逆は一般に成り立たない。たとえば $\mathbb Z$ の零イデアル $(0)$ は素イデアルだが、$\mathbb Z/(0)=\mathbb Z$ は体でないため極大ではない。

局所化

可換環を一点や一つの素イデアルの近くで調べる操作が局所化である。

局所化

$S\subseteq A$ を $1\in S$ かつ $s,t\in S$ なら $st\in S$ を満たす乗法的集合とする。組 $(a,s)\in A\times S$ に対し
$$ (a,s)\sim(b,t) \quad\Longleftrightarrow\quad \text{ある }u\in S\text{ が存在して }u(at-bs)=0 $$
と定める。同値類を $a/s$ と書き、全体を $S^{-1}A$ と書く。分数の通常の規則で $S^{-1}A$ は可換環になる。

$S=\{1,f,f^2,\ldots\}$ のとき $A_f$、素イデアル $\mathfrak p$ に対して $S=A\setminus\mathfrak p$ のとき $A_{\mathfrak p}$ と書く。$A_{\mathfrak p}$ は極大イデアル $\mathfrak pA_{\mathfrak p}$ をただ一つもつ局所環である。

局所化の普遍性

$\iota:A\to S^{-1}A$ を $a\mapsto a/1$ とする。環準同型 $f:A\to B$ がすべての $s\in S$ を $B$ の単元へ送るなら、$f=\widetilde f\circ\iota$ を満たす環準同型
$$ \widetilde f:S^{-1}A\to B $$
がただ一つ存在する。

証明

存在について
$$ \widetilde f(a/s)=f(a)f(s)^{-1} $$
と定める。$a/s=b/t$ なら、ある $u\in S$ に対し $u(at-bs)=0$ である。$f(u),f(s),f(t)$ は単元なので
$$ f(a)f(s)^{-1}=f(b)f(t)^{-1} $$
を得る。したがって定義は代表元によらない。分数の加法・乗法から $\widetilde f$ は環準同型であり、$\widetilde f(a/1)=f(a)$ である。
一意性について、任意の準同型 $g$ が $g\circ\iota=f$ を満たすなら
$$ g(a/s)=g(a/1)g(s/1)^{-1}=f(a)f(s)^{-1} $$
でなければならない。ゆえに $g=\widetilde f$ である。

有限性条件と加群

Noether環

可換環 $A$ が Noether環であるとは、任意のイデアルが有限生成であることをいう。同値に、イデアルの任意の昇鎖
$$ I_1\subseteq I_2\subseteq I_3\subseteq\cdots $$
は有限段階で停止する。

整数環と体上の有限変数多項式環は Noether環である。後者は Hilbert の基底定理による。これに対し、無限変数多項式環
$$ k[x_1,x_2,x_3,\ldots] $$
では $(x_1)\subsetneq(x_1,x_2)\subsetneq\cdots$ が停止しないので Noether環ではない。
可換環 $A$ 上の加群は、体上のベクトル空間から係数の可除性を外した対象である。自由加群、有限生成加群、射影加群、平坦加群、入射加群を調べることで、環の性質を線形化して捉えられる。テンソル積と $\operatorname{Tor}$ は平坦性を、$\operatorname{Hom}$ と $\operatorname{Ext}$ は射影性・入射性を測る。

次元と局所的性質

Krull次元

素イデアルの真の包含鎖
$$ \mathfrak p_0\subsetneq\mathfrak p_1\subsetneq\cdots\subsetneq\mathfrak p_n $$
の長さを $n$ とする。$A$ の Krull次元 $\dim A$ は、そのような長さ全体の上限である。

体の次元は $0$、$\mathbb Z$ と一変数多項式環 $k[x]$ の次元は $1$ である。有限変数多項式環 $k[x_1,\ldots,x_n]$ の次元は $n$ である。
ある性質がすべての素イデアル $\mathfrak p$ に対する局所環 $A_{\mathfrak p}$ で判定できるとき、その性質を局所的という。加群の零性、平坦性、有限表示加群の射影性など、多くの性質が局所化で判定できる。局所環では一つの極大イデアルに議論を集中でき、Nakayamaの補題、深さ、正則列などが有効になる。

幾何と整数論への対応

環 $A$ の素イデアル全体は素スペクトル $\operatorname{Spec}A$ と呼ばれる。イデアル $I$ に対する商 $A/I$ は閉部分集合を、元 $f$ による局所化 $A_f$ は基本開集合を、素イデアルでの局所化 $A_{\mathfrak p}$ は点 $\mathfrak p$ の近傍の局所的情報を表す。この対応により、環準同型を幾何の写像として読むことができる。
整数論では、整数環や数体の整数環のイデアル分解が素数分解を一般化する。単項イデアル整域、Dedekind整域、付値環は、それぞれ主イデアル、素イデアル分解、局所的な整除性を整理する重要な環のクラスである。

分野の主要な方向

可換環論の代表的な問題には次がある。

  • イデアルの生成元、根基、素分解を求める。
  • 加群の有限自由分解とホモロジー不変量を調べる。
  • 局所環の次元、深さ、正則性、Cohen--Macaulay性を比較する。
  • 完備化やHensel化によって局所問題を扱いやすい環へ移す。
  • 導分、微分加群、Rees環などを用いて特異点と変形を調べる。
    これらは互いに独立ではない。たとえば正則局所環は極大イデアルの生成元の個数とKrull次元の一致で特徴づけられ、同時に有限大域次元というホモロジー的特徴づけをもつ。可換環論では、イデアル論・加群論・ホモロジー代数・幾何的解釈を往復することが本質的である。

関連項目

参考文献

[1]
Michael F. Atiyah, Ian G. Macdonald, Introduction to Commutative Algebra, Addison-Wesley, 1969, Chapters 1–3, 5, 8, 11
[2]
David Eisenbud, Commutative Algebra with a View Toward Algebraic Geometry, Graduate Texts in Mathematics 150, Springer, 1995, Chapters 1–4, 8–10

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