閉値域定理(closed range theorem)とは、Banach 空間の間の有界線形作用素 $T$ について、像 $R(T)$ が閉じていることと双対作用素 $T'$ の像が閉じていることが同値であり、そのとき $R(T)$ は $T'$ の核の前零化空間に、$R(T')$ は $T$ の核の零化空間に一致するという定理である。像が閉じていれば、方程式 $Tx=y$ が解をもつかどうかを有限次元と同じく双対側の核との直交で判定できる。系として、$T$ が全射であることは双対側の評価 $\|\varphi\|\le C\|T'\varphi\|$ と同値になり、事前評価による存在証明の土台となる。Hilbert 空間では随伴 $T^*$ について同じ形で成り立つ。
前提知識: Banach空間, 連続双対空間, Hahn–Banachの定理, 開写像定理
有限次元の線形代数では、連立方程式 $Ax=y$ が解をもつのは、$y$ が転置 $A^{\mathsf T}$ の核に直交するとき、すなわち $A^{\mathsf T}z=0$ となるすべての $z$ について $z\cdot y=0$ となるときである。行列の像はいつも閉じているので、この判定に例外はない。
無限次元の Banach 空間では事情が変わる。有界線形作用素 $T$ の像は閉じているとは限らず、双対作用素 $T'$ の核で書ける条件が教えるのは「$y$ が像の閉包に入るか」までである。閉値域定理(closed range theorem)は、像が閉じているという性質が $T$ と $T'$ で同時に成り立つことを述べ、そのとき有限次元と同じ可解性の判定が復活することを保証する。さらに、$T$ が全射であることを双対側の不等式 $\|\varphi\|\le C\|T'\varphi\|$ だけで確かめられるようになる。これは「事前評価」による存在証明の抽象的な形である。
以下、$\mathbb K=\mathbb R$ または $\mathbb C$ とし、$X,Y$ は $\mathbb K$ 上のノルム空間、$B(X,Y)$ は有界線形作用素の全体、$X^*$ は連続双対空間とする。$T\in B(X,Y)$ の核と像を $N(T)=\{x:Tx=0\}$、$R(T)=T(X)$ と書く。
$T\in B(X,Y)$ に対し、$T'\colon Y^*\to X^*$ を $T'\varphi=\varphi\circ T$ で定め、$T$ の双対作用素という。
$|(T'\varphi)(x)|\le\|\varphi\|\,\|T\|\,\|x\|$ なので $T'$ は有界線形で $\|T'\|\le\|T\|$ である。逆に $\|Tx\|=|\varphi(Tx)|$、$\|\varphi\|=1$ となる $\varphi$ をとれば(連続双対空間 の記事の定理「点でノルムを実現する汎関数」)$\|Tx\|\le\|T'\|\,\|x\|$ となり、$\|T'\|=\|T\|$ である。Hilbert 空間では、$T'$ は Riesz の同型を通して Hilbert 随伴 $T^*$ に対応する(随伴作用素 の記事の命題「Hilbert 随伴と双対作用素の対応」)。
部分集合 $M\subset X$ と $N\subset X^*$ に対し
$$
M^\perp=\{f\in X^*:f(x)=0\ (x\in M)\},\qquad {}^\perp N=\{x\in X:f(x)=0\ (f\in N)\}
$$
と定め、それぞれ $M$ の零化空間、$N$ の前零化空間という。
$M^\perp$ は各 $x\in M$ での評価の核の共通部分なので、$X^*$ の閉部分空間である。同様に ${}^\perp N$ は $X$ の閉部分空間である。
$M\subset X$ が線形部分空間なら、${}^\perp(M^\perp)=\overline M$ である。
${}^\perp(M^\perp)$ は $M$ を含む閉集合なので $\overline M$ を含む。逆に $x_0\notin\overline M$ なら、Hahn–Banachの定理 の記事の系「閉部分空間の外の点を検出する汎関数」により、$\overline M$ 上で $0$、$f(x_0)\ne0$ となる $f\in X^*$ がある。$f\in M^\perp$ なので $x_0\notin{}^\perp(M^\perp)$ である。$\square$
$T\in B(X,Y)$ について次が成り立つ。
1:$T'\varphi=0$ は、すべての $x$ で $\varphi(Tx)=0$、つまり $\varphi$ が $R(T)$ 上で $0$ であることと同じである。
2:$x\in{}^\perp R(T')$ は、すべての $\varphi\in Y^*$ で $\varphi(Tx)=(T'\varphi)(x)=0$ であることで、$Y^*$ は $Y$ の点を分離するから(連続双対空間 の定理「点でノルムを実現する汎関数」)$Tx=0$ と同値である。
3:1 と lem-crt-biannihilator から ${}^\perp N(T')={}^\perp(R(T)^\perp)=\overline{R(T)}$。
4:$x\in N(T)$ なら $(T'\varphi)(x)=\varphi(Tx)=0$。$\square$
3 は「$Tx=y$ が解けるなら、$T'\varphi=0$ となるすべての $\varphi$ で $\varphi(y)=0$」という必要条件を述べるが、逆向きが言えるのは $y$ が像の閉包に入ることまでである。4 の包含も一般には等号にならない(下の ex-crt-diagonal)。
定理の証明の要になるのは次の補題である。双対側の下からの評価から、作用素自身が開写像であることを引き出す。
$X$ を Banach 空間、$Z$ をノルム空間、$S\in B(X,Z)$ とし、ある $c>0$ ですべての $\psi\in Z^*$ について $\|S'\psi\|\ge c\|\psi\|$ が成り立つとする。このとき $S$ は全射で、$\|z\|< c/2$ となる $z\in Z$ は $\|x\|<1$ となる $x$ の像 $Sx$ として書ける。
$U=\{x\in X:\|x\|<1\}$ とし、$K=\overline{S(U)}$ とおく。$K$ は閉凸集合で、$|\lambda|=1$ となるスカラー倍で動かない。
まず $\|z_0\|< c$ なら $z_0\in K$ であることを示す。$z_0\notin K$ と仮定する。Hahn–Banachの定理 の系「閉凸集合と外の点の分離」(複素数の場合は同記事の「複素数の場合」の段落による実部の形)により、$\psi\in Z^*$ で
$$
\sup_{z\in K}\operatorname{Re}\psi(z)< \operatorname{Re}\psi(z_0)
$$
となるものがある。$K$ は単位の大きさのスカラー倍で不変なので、左辺は $\sup_{z\in K}|\psi(z)|$ に等しく、さらに $\sup_{x\in U}|\psi(Sx)|=\|S'\psi\|$ 以上である。したがって
$$
c\|\psi\|\le\|S'\psi\|< \operatorname{Re}\psi(z_0)\le\|\psi\|\,\|z_0\|< c\|\psi\|
$$
となって矛盾する(真の不等号があるので $\psi\ne0$)。
よって $\{z:\|z\|< c\}\subset\overline{S(U)}$ である。$X$ は Banach 空間なので、開写像定理 の記事の補題「閉包を取り除く」により $\{z:\|z\|< c/2\}\subset S(U)$ となる。線形性から $S$ は全射である。$\square$
$X,Y$ を Banach 空間、$T\in B(X,Y)$ とする。次の 4 条件は同値である。
1 ⇔ 3:prop-crt-kernel-range の 3 により、3 は $R(T)=\overline{R(T)}$ と同じである。
1 ⇒ 4:包含 $\subset$ は prop-crt-kernel-range の 4 である。$f\in N(T)^\perp$ をとる。$Tx=Tx'$ なら $x-x'\in N(T)$ で $f(x)=f(x')$ だから、$R(T)$ 上の線形汎関数 $g(Tx)=f(x)$ がきちんと定まる。$R(T)$ は閉部分空間なので Banach 空間であり、$T\colon X\to R(T)$ は全射だから、開写像定理 の記事の定理「開写像定理」により、各 $y\in R(T)$ に $Tx=y$、$\|x\|\le C\|y\|$ となる $x$ がとれる。よって $|g(y)|=|f(x)|\le C\|f\|\,\|y\|$ で $g$ は連続である。系「ノルムを保つ延長」(Hahn–Banachの定理)で $g$ を $\varphi\in Y^*$ に延長すると、$(T'\varphi)(x)=g(Tx)=f(x)$ なので $f=T'\varphi\in R(T')$ である。
4 ⇒ 2:零化空間 $N(T)^\perp$ は閉じている。
2 ⇒ 1:$Z=\overline{R(T)}$ とおき、$S\colon X\to Z$ を $Sx=Tx$ で定める。$\psi\in Z^*$ を系「ノルムを保つ延長」で $\varphi\in Y^*$ に延長すると $S'\psi=T'\varphi$ であり、逆に $\varphi\in Y^*$ について $T'\varphi=S'(\varphi|_Z)$ である。よって $R(S')=R(T')$ は閉じている。また $S'\psi=0$ なら $\psi$ は $Z$ で稠密な $R(S)$ 上で $0$ だから $\psi=0$ であり、$S'$ は単射である。$Z^*$ と $X^*$ は Banach 空間だから(連続双対空間 の定理「連続双対の完備性」)、単射で像が閉じた $S'\colon Z^*\to X^*$ には、開写像定理 の記事の命題「下からの評価と閉な像」により $\|S'\psi\|\ge c\|\psi\|$ となる $c>0$ がある。lem-crt-dual-estimate により $S$ は $Z$ への全射であり、$R(T)=Z$ は閉じている。$\square$
3 の形で読むと、像が閉じていれば「$Tx=y$ が解をもつ $\iff$ $T'\varphi=0$ となるすべての $\varphi\in Y^*$ で $\varphi(y)=0$」となり、有限次元の可解性の判定がそのまま成り立つ。4 は双対方程式 $T'\varphi=f$ についての同じ判定である。
| 条件 | 言い換え | 使う道具 |
|---|---|---|
| 1 $R(T)$ が閉 | 像の閉包をとらなくてよい | 3 との同値は lem-crt-biannihilator |
| 2 $R(T')$ が閉 | 双対側の像の閉包をとらなくてよい | 1 からは開写像定理、1 へは lem-crt-dual-estimate |
| 3 $R(T)={}^\perp N(T')$ | 方程式 $Tx=y$ の可解性の判定 | Hahn–Banach の定理 |
| 4 $R(T')=N(T)^\perp$ | 方程式 $T'\varphi=f$ の可解性の判定 | 開写像定理と延長 |
閉値域定理から、全射性・単射性が双対側の性質で特徴づけられる。
$X,Y$ を Banach 空間、$T\in B(X,Y)$ とする。
1:(a) ⇒ (b):$R(T)=Y$ は閉なので thm-crt-main により $R(T')$ は閉で、prop-crt-kernel-range の 1 から $N(T')=Y^\perp=\{0\}$。(b) ⇒ (a):thm-crt-main の 3 から $R(T)={}^\perp\{0\}=Y$。(b) ⇔ (c):$Y^*$、$X^*$ は Banach 空間なので、開写像定理 の記事の命題「下からの評価と閉な像」を $T'$ に用いる。
2:(a) ⇒ (b):$R(T')=X^*$ は閉なので $R(T)$ は閉で、prop-crt-kernel-range の 2 から $N(T)={}^\perp X^*=\{0\}$($X^*$ は点を分離する)。(b) ⇒ (a):thm-crt-main の 4 から $R(T')=\{0\}^\perp=X^*$。(b) ⇔ (c) は同じ命題を $T$ に用いる。$\square$
1 の (c) ⇒ (a) は、方程式 $Tx=y$ の解の存在を、双対方程式の解の評価に帰着させる。$T'\varphi=f$ が解けるかどうかは問わず、解 $\varphi$ があるとしたときに $\|\varphi\|\le C\|f\|$ を示せばよい。この評価を「事前評価」といい、解の存在を評価だけで示す方法を事前評価法という(Bre11 Remark 19、p. 47)。
$H,K$ を Hilbert 空間、$T\in B(H,K)$、$T^*$ を Hilbert 随伴とする。$J_H\colon H\to H^*$、$J_H(z)=\langle\cdot,z\rangle$ は(複素数なら共役線形な)等長全単射で、$J_H\circ T^*=T'\circ J_K$ が成り立つ(随伴作用素 の記事の命題「Hilbert 随伴と双対作用素の対応」。実数の場合も同じ計算である)。したがって $R(T')=J_H(R(T^*))$、$N(T')=J_K(N(T^*))$ である。$J_H$ は等長全単射なので閉集合を閉集合に写し、${}^\perp N(T')$ は $N(T^*)$ の直交補空間 $N(T^*)^{\perp}$ に、$N(T)^\perp$(零化空間)は $J_H$ による $N(T)$ の直交補空間の像に一致する。閉値域定理は次の形になる。
$T\in B(H,K)$ について、$R(T)$ が閉、$R(T^*)$ が閉、$R(T)=N(T^*)^{\perp}$、$R(T^*)=N(T)^{\perp}$ の 4 条件は同値である($\perp$ は直交補空間)。
随伴作用素 の記事の命題「核と像の直交補」は、閉包つきの等式 $\overline{R(T)}=N(T^*)^\perp$ をいつも与える。閉包を外せるかどうかを判定するのがこの系である。また $\|T'J_Kz\|=\|J_HT^*z\|=\|T^*z\|$ なので、cor-crt-surjective も $T'$ を $T^*$ に読み替えて成り立つ。
$T\colon\ell^2\to\ell^2$、$T(x_n)_n=(x_n/n)_n$ とする。像は有限個を除いて $0$ の列をすべて含むので稠密だが、$y=(1/n)_n$ を含まず、閉じていない(随伴作用素 の記事の節「核と像の直交関係」、Fredholm作用素 の例「反例:像が閉じていない対角作用素」)。$T^*=T$ で $N(T^*)=\{0\}$ だから $N(T^*)^\perp=\ell^2$ だが、$y\notin R(T)$ である。可解性の判定 $R(T)=N(T^*)^\perp$ は確かに破れ、閉値域定理のとおり $R(T^*)$ も閉じていない。$\|Te_n\|=1/n$ なので 2 の (c) の評価も成り立たない。
$S\colon\ell^2\to\ell^2$、$S(x_1,x_2,\ldots)=(0,x_1,x_2,\ldots)$ は $\|Sx\|=\|x\|$ を満たす。cor-crt-surjective の 2 により $S^*$ は全射である。実際 $S^*(y_1,y_2,\ldots)=(y_2,y_3,\ldots)$ であり、$S^*(0,y_1,y_2,\ldots)=y$。一方 $S$ は全射でなく、$R(S^*)=\ell^2$ は閉なので、1 により $S^*$ は単射でない。実際 $S^*e_1=0$ である。$R(S)=\{y:y_1=0\}=N(S^*)^\perp$ は可解性の判定の例になっている。
$R(T)$ が有限次元なら、有限次元部分空間は完備で閉じている(ノルム空間 の記事の系「有限次元ノルム空間の性質」)ので、閉値域定理の 4 条件がすべて成り立つ。$\dim X< \infty$ または $\dim Y< \infty$ ならこの場合にあたり、cor-crt-surjective から「$T$ が全射 $\iff$ $T'$ が単射」「$T'$ が全射 $\iff$ $T$ が単射」となる。行列の階数と転置の階数が等しいことの言い換えである。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 像が閉じている | $\ell^2$ の対角作用素 $x\mapsto(x_n/n)$ | 可解性の判定 $R(T)={}^\perp N(T')$ |
| 定義域の完備性 | 包含 $\iota\colon c_{00}\to\ell^2$($c_{00}$ に $\ell^2$ ノルム) | 2 ⇒ 1($R(\iota')$ は閉だが $R(\iota)$ は閉でない) |
| 値域の完備性 | $\ell^2$ の対角作用素 $T$ を、像 $Y=R(T)$($\ell^2$ ノルム)への写像とみる | 1 ⇒ 2($R(T)=Y$ は閉だが $R(T')$ は閉でない) |
2 行目:$c_{00}$ は $\ell^2$ で稠密なので、$\varphi\in(\ell^2)^*$ を $\varphi|_{c_{00}}$ に写す $\iota'$ は等長全単射である(稠密部分空間上の連続線形汎関数は同じノルムで一意に延長される)。よって $R(\iota')=c_{00}^*$ は閉だが、$R(\iota)=c_{00}$ は $\ell^2$ で閉じていない。lem-crt-dual-estimate の最後で使った「閉包を取り除く」補題が、定義域の完備性を必要とする。
3 行目:$Y$ は $\ell^2$ で稠密なので、同じ理由で制限 $r\colon(\ell^2)^*\to Y^*$ は等長全単射であり、$T'\circ r=T^{\mathrm{d}}$ となる。ここで $T^{\mathrm{d}}\colon(\ell^2)^*\to(\ell^2)^*$ は $T$ を $\ell^2$ への作用素とみた双対作用素である。$R(T')=R(T^{\mathrm{d}})$ は ex-crt-diagonal により閉じていない。一方 $T\colon\ell^2\to Y$ は全射で、像は $Y$ 全体なので閉じている。
微分作用素のように全空間で定義されない作用素にも同じ定理がある。$X,Y$ を実 Banach 空間、$A\colon D(A)\subset X\to Y$ を稠密な定義域をもつ閉作用素(閉グラフ定理 の記事の定義「閉作用素」)とし、随伴 $A^*$ を次のように定める。定義域 $D(A^*)$ は、ある定数 $c$ について $|\psi(Au)|\le c\|u\|$($u\in D(A)$)となる $\psi\in Y^*$ の全体、つまり線形汎関数 $u\mapsto\psi(Au)$ が $D(A)$ 上で $X$ のノルムについて連続になる $\psi$ の全体とする。$\psi\in D(A^*)$ に対し、$A^*\psi\in X^*$ はこの汎関数の $X$ への連続な延長とする($D(A)$ は稠密なので延長はただ一つである)。このとき $R(A)$ が閉、$R(A^*)$ が閉、$R(A)={}^\perp N(A^*)$、$R(A^*)=N(A)^\perp$ は同値であり、$A$ が全射であることは $\|\psi\|\le C\|A^*\psi\|$($\psi\in D(A^*)$)と同値である(Bre11 Theorem 2.19、p. 46 と Theorem 2.20、p. 47。証明はグラフ $G(A)$ と $X\times\{0\}$ の和の閉性に帰着させる。この記事では証明しない)。
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