連続汎関数計算

同義語:continuous functional calculus

概要

連続汎関数計算(continuous functional calculus)とは、単位的 $C^*$-環の正規元 $a$ に、スペクトル $\sigma(a)$ 上の連続関数 $f$ を代入して元 $f(a)$ を作る操作である。恒等関数を $a$ へ送る単位的 $*$-準同型 $C(\sigma(a))\to\mathcal A$ はただ 1 つ存在し、等長で、像は $1,a,a^*$ が生成する $C^*$-部分環であり、$\sigma(f(a))=f(\sigma(a))$ が成り立つ。証明は、対合で閉じた部分環でスペクトルが変わらないことと可換 Gelfand–Naimark 定理による。正の元の平方根、自己共役元の正部分と負部分、スペクトルが円周全体でないユニタリ元の対数などを作る基本の道具である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: Banach環とC*-環のスペクトル理論, 正規行列, Stone–Weierstrassの定理

正規行列 $A\in M_n(\mathbb C)$ はユニタリ行列 $U$ で $A=U\operatorname{diag}(\lambda_1,\dots,\lambda_n)U^*$ と対角化できる(正規行列 の定理「正規行列のユニタリ対角化」)。そこで、固有値の集合の上の任意の関数 $f$ について
$$ f(A):=U\operatorname{diag}\bigl(f(\lambda_1),\dots,f(\lambda_n)\bigr)U^* $$
と定めると、$f$ が多項式なら $f(A)$ は普通の代入と一致し、$f(z)=\overline z$ なら $f(A)=A^*$ になる。こうして、行列に $\sqrt{\ }$ や $\lvert\cdot\rvert$ や $e^{it}$ を「代入」できる。
連続汎関数計算(continuous functional calculus)は、これを単位的 $C^*$-環の正規元に広げたものである。正規元 $a$ のスペクトル $\sigma(a)$ の上の連続関数 $f$ を $a$ に代入した元 $f(a)$ が、関数の和・積・複素共役が元の和・積・対合に対応するように、ただ 1 通りに定まる。しかも $\| f(a)\|$ は $\sigma(a)$ の上での $\lvert f\rvert$ の最大値に等しく、$\sigma(f(a))=f(\sigma(a))$ が成り立つ。無限次元では固有ベクトルによる対角化は使えないので、代わりに可換 Gelfand–Naimark 定理で $a$ の生成する可換 $C^*$-環を $\sigma(a)$ 上の連続関数の環と同一視する。
この記事では、まず $C^*$-環ではスペクトルが部分環の取り方によらないことを示し、それを使って連続汎関数計算の存在・一意性・等長性・スペクトル写像定理を証明する。続いて合成則と、スペクトルによる自己共役元・ユニタリ元・射影の判定を示し、正の元の平方根、正部分と負部分、スペクトルが円周全体でないユニタリ元の対数に応用する。

定義と記号

以下、$\mathcal A$ は $\|1\|=1$ を満たす単位元 $1$ をもつ、零環でない $C^*$-環とする(Banach環とC*-環のスペクトル理論 の定義「$C^*$-環と正規元」)。元 $a$ のスペクトルを $\sigma_{\mathcal A}(a)$ と書き、環が明らかなら $\sigma(a)$ と書く。スペクトルは空でないコンパクト集合である(同記事の定理「スペクトルの非空性・コンパクト性とスペクトル半径公式」)。
コンパクト集合 $K\subset\mathbb C$ の上の複素数値連続関数の全体 $C(K)$ に、各点ごとの和と積、複素共役 $f^*:=\overline f$、一様ノルム $\| f\|_\infty:=\max_K\lvert f\rvert$ を入れると、単位的可換 $C^*$-環になる。$K$ 上の恒等関数を $z$ と書く。$f\in C(K)$ のスペクトルは値域 $f(K)$ である(同記事の例「行列と連続関数」の 2)。

単位的 $*$-準同型と生成される部分環
  1. 単位的 $C^*$-環の間の写像 $\pi\colon\mathcal B\to\mathcal A$ が 単位的 $*$-準同型 であるとは、$\pi$ が複素線形で、$\pi(xy)=\pi(x)\pi(y)$、$\pi(x^*)=\pi(x)^*$、$\pi(1)=1$ を満たすことをいう。
  2. $a\in\mathcal A$ について、$1,a,a^*$ の(非可換)多項式全体の閉包を $C^*(1,a)$ と書き、$a$ が生成する $C^*$-部分環という。

対合は等長なので($\| x^*\|=\| x\|$)、$C^*(1,a)$ は対合で閉じた、$1$ を含む閉部分環であり、それ自身 $C^*$-環である。$a$ が正規元($a^*a=aa^*$)なら、$1,a,a^*$ は互いに可換なので多項式どうしは可換であり、積の連続性から $C^*(1,a)$ は可換である。このとき $C^*(1,a)$ の元は、2 変数の多項式 $p(z,w)=\sum\alpha_{jk}z^jw^k$ に $a,a^*$ を入れた元 $p(a,a^*)$ の極限である。

スペクトルの不変性

一般の Banach 環では、元のスペクトルは測る環によって変わる。たとえば円板代数の座標関数 $z$ のスペクトルは閉円板だが、円周上の連続関数の環で測ると円周になる(円板代数とWiener代数 の例「部分環を替えるとスペクトルが変わる」)。$C^*$-環では、対合で閉じた部分環をとる限りこの現象は起こらない。

$C^*$-部分環でのスペクトルの一致

$\mathcal B$ を $\mathcal A$ の閉部分環で、$1\in\mathcal B$ かつ $\mathcal B^*=\mathcal B$ を満たすものとする。このとき任意の $b\in\mathcal B$ について $\sigma_{\mathcal B}(b)=\sigma_{\mathcal A}(b)$ である。とくに、$\mathcal B$ で可逆でない元は $\mathcal A$ でも可逆でない。

境界の点は小さい環でもスペクトルに入る

$\mathcal B$ で可逆な元は $\mathcal A$ でも可逆なので、$\sigma_{\mathcal A}(b)\subset\sigma_{\mathcal B}(b)$ である。逆の包含には、$\mathcal B$ の元 $b$ が $\mathcal A$ で可逆なら $b^{-1}\in\mathcal B$ であることを示せばよい($\lambda1-b$ に当てる)。
段 1:境界の点。 $x\in\mathcal B$ とし、$\lambda$ を $\sigma_{\mathcal B}(x)$ の($\mathbb C$ の中での)境界の点とする。$\lambda_n\to\lambda$ となる $\lambda_n\notin\sigma_{\mathcal B}(x)$ がある。もし $\lambda\notin\sigma_{\mathcal A}(x)$ なら、$\mathcal A$ の中で逆元をとる写像は連続なので(Banach環とC*-環のスペクトル理論 の系「可逆元全体は開で、逆元をとる写像は連続である」)、$(\lambda_n1-x)^{-1}\to(\lambda1-x)^{-1}$ である。左辺は $\mathcal B$ の元で $\mathcal B$ は閉なので $(\lambda1-x)^{-1}\in\mathcal B$、すなわち $\lambda\notin\sigma_{\mathcal B}(x)$ となる。これは $\sigma_{\mathcal B}(x)$ が閉集合で $\lambda$ をその境界の点としたことに反する。よって $\sigma_{\mathcal B}(x)$ の境界は $\sigma_{\mathcal A}(x)$ に含まれる。
段 2:自己共役元。 $b\in\mathcal B$ が $\mathcal A$ で可逆とし、$h:=b^*b$ とおく。$h\in\mathcal B$ は自己共役で、$\mathcal A$ で可逆である(逆元は $b^{-1}(b^*)^{-1}$、$(b^*)^{-1}=(b^{-1})^*$)。$\mathcal B$ は $C^*$-環なので、Banach環とC*-環のスペクトル理論 の定理「自己共役元とユニタリ元のスペクトル」を $\mathcal B$ で使うと $\sigma_{\mathcal B}(h)\subset\mathbb R$ である。$\mathbb R$ の部分集合は $\mathbb C$ の中で内点をもたないので、$\sigma_{\mathcal B}(h)$ はそれ自身の境界に等しく、段 1 により $\sigma_{\mathcal B}(h)\subset\sigma_{\mathcal A}(h)$ である。$0\notin\sigma_{\mathcal A}(h)$ なので $0\notin\sigma_{\mathcal B}(h)$、すなわち $h^{-1}\in\mathcal B$ である。
段 3:一般の元。 $h^{-1}b^*b=1$ なので $h^{-1}b^*$ は $b$ の左逆元であり、$b$ は $\mathcal A$ で可逆だから $b^{-1}=h^{-1}b^*\in\mathcal B$ である。$\square$

この補題は Sun00 Proposition 3.3.7(p. 110)にある(同書は段 2 を可換 Gelfand–Naimark 定理から導いている)。仮定 $\mathcal B^*=\mathcal B$ は段 2 で $\mathcal B$ を $C^*$-環として扱うところに使う。冒頭の円板代数の例は、この仮定を外すと結論が成り立たなくなることを示している(下の反例の表)。

主定理

連続汎関数計算

$a\in\mathcal A$ を正規元とし、$K:=\sigma(a)$ とおく。

  1. (存在と一意性)単位的 $*$-準同型 $\Phi_a\colon C(K)\to\mathcal A$ で $\Phi_a(z)=a$ を満たすものが、ただ 1 つ存在する。$f\in C(K)$ について $f(a):=\Phi_a(f)$ と書く。
  2. (等長性)すべての $f\in C(K)$ について $\| f(a)\|=\| f\|_\infty$ である。とくに $\Phi_a$ は単射で、その像は $C^*(1,a)$ に等しい。
  3. (スペクトル写像定理)すべての $f\in C(K)$ について $\sigma(f(a))=f(\sigma(a))$ である。

$\Phi_a$ を $a$ の 連続汎関数計算 という。多項式 $p(z,\overline z)=\sum\alpha_{jk}z^j\overline z^k$ については、$\Phi_a$ が単位的 $*$-準同型であることから $p(a,a^*)=\sum\alpha_{jk}a^j(a^*)^k$ が値になる。とくに $f$ が $z$ の多項式なら、$f(a)$ は普通の代入と一致する。

生成される可換 C*-環を関数の環と同一視する

$\mathcal B:=C^*(1,a)$ とおく。節「定義と記号」の定義の後の注意により $\mathcal B$ は単位的可換 $C^*$-環であり、lem-cfc-spectral-permanence により $\sigma_{\mathcal B}(a)=\sigma_{\mathcal A}(a)=K$ である。$\Delta(\mathcal B)$ を $\mathcal B$ の指標全体に弱 $*$ 位相を入れたコンパクト Hausdorff 空間、$\Gamma\colon\mathcal B\to C(\Delta(\mathcal B))$、$x\mapsto\widehat x$ を Gelfand 変換とする(Banach環とC*-環のスペクトル理論 の定義「指標空間とGelfand変換」・定理「可換Banach環のGelfand理論」)。同記事の定理「可換Gelfand--Naimark定理」により、$\Gamma$ は等長な $*$-同型である。
段 1:指標の空間とスペクトルの同一視。 $\iota\colon\Delta(\mathcal B)\to\mathbb C$、$\iota(\varphi):=\varphi(a)$ とおく。$\iota=\widehat a$ であり、同記事の定理「可換Banach環のGelfand理論」により $\widehat a(\Delta(\mathcal B))=\sigma_{\mathcal B}(a)=K$ なので、$\iota$ は $K$ への全射である。$\Gamma$ は $*$ を保つので、指標 $\varphi$ について $\varphi(a^*)=\widehat{a^*}(\varphi)=\overline{\varphi(a)}$ である。したがって $\varphi(a)$ が決まれば、乗法性と線形性により、$\varphi$ の値は多項式 $p(a,a^*)$ の上で決まり、指標は連続なので $\mathcal B$ 全体で決まる。よって $\iota$ は単射である。$\iota=\widehat a$ は弱 $*$ 位相について連続で、コンパクト空間から Hausdorff 空間への連続な全単射なので、$\iota\colon\Delta(\mathcal B)\to K$ は同相写像である。
段 2:存在と等長性。 $f\in C(K)$ について $f\circ\iota\in C(\Delta(\mathcal B))$ であり、$f\mapsto f\circ\iota$ は和・積・複素共役・定数関数 $1$ を保ち、$\iota$ が全射なので $\| f\circ\iota\|_\infty=\| f\|_\infty$ を満たす。$\iota$ が同相なので、この写像は $C(K)$ から $C(\Delta(\mathcal B))$ への全単射である。そこで
$$ \Phi_a(f):=\Gamma^{-1}(f\circ\iota)\in\mathcal B\subset\mathcal A $$
と定めると、$\Phi_a$ は 2 つの等長な $*$-同型の合成なので、等長な単位的 $*$-準同型で、像はちょうど $\mathcal B=C^*(1,a)$ である。$z\circ\iota=\iota=\widehat a=\Gamma(a)$ なので $\Phi_a(z)=a$ である。
段 3:一意性。 $\Psi\colon C(K)\to\mathcal A$ も $\Psi(z)=a$ を満たす単位的 $*$-準同型とする。$\Psi(\overline z)=\Psi(z)^*=a^*$ なので、$z,\overline z$ の多項式 $p$ について $\Psi(p)=p(a,a^*)=\Phi_a(p)$ である。$z,\overline z$ の多項式の全体は、定数を含み、$K$ の点を分離し($z$ が分離する)、複素共役で閉じた関数の代数なので、Stone–Weierstrassの定理 の定理「Stone–Weierstrassの定理(複素数値)」により $C(K)$ で稠密である。単位的 $C^*$-環の間の単位的 $*$-準同型はノルムを増やさないので(作用素環 の定理「$*$-準同型はノルムを増やさない」。その証明はスペクトル半径の比較だけを使い、連続汎関数計算を使わない)、$\Psi$ と $\Phi_a$ は連続である。稠密な部分集合の上で一致する 2 つの連続写像なので、$\Psi=\Phi_a$ である。
段 4:スペクトル写像定理。 $\Phi_a\colon C(K)\to\mathcal B$ は単位的な環の同型なので、$g\in C(K)$ が $C(K)$ で可逆であることと $\Phi_a(g)$ が $\mathcal B$ で可逆であることは同値である。$g=\lambda-f$ に当てると $\sigma_{\mathcal B}(f(a))=\sigma_{C(K)}(f)=f(K)$ である。lem-cfc-spectral-permanence により $\sigma_{\mathcal A}(f(a))=\sigma_{\mathcal B}(f(a))$ なので、$\sigma(f(a))=f(K)=f(\sigma(a))$ である。$\square$

この定理の 1・2 は Sun00 Proposition 3.3.10 (a)(pp. 111–112)にある。証明の段 1 は、正規元 $a$ ひとつで生成される可換 $C^*$-環の指標が、$a$ での値、すなわち $\sigma(a)$ の点で完全に決まることを言っている。正規性は、$C^*(1,a)$ が可換になるところ(可換 Gelfand–Naimark 定理を使うため)にだけ使われる。

基本性質

連続汎関数計算の基本性質

$a\in\mathcal A$ を正規元、$K:=\sigma(a)$、$f\in C(K)$ とする。

  1. $f(a)^*=\overline f(a)$ であり、$f(a)$ は正規元である。$f$ が実数値なら $f(a)$ は自己共役である。
  2. $b\in\mathcal A$ が $a$ と $a^*$ の両方と可換なら、$b$ は $f(a)$ と可換である。
  3. (合成則)$g\in C(f(K))$ について $(g\circ f)(a)=g(f(a))$ である。ここで右辺は正規元 $f(a)$ の連続汎関数計算で、3 の主張は 1 と thm-cfc-main の 3 によって意味をもつ。
一意性と稠密性を使う

1:$\Phi_a$ は $*$ を保つので $f(a)^*=\Phi_a(\overline f)=\overline f(a)$ である。$C(K)$ は可換なので $f(a)^*f(a)=\Phi_a(\overline ff)=\Phi_a(f\overline f)=f(a)f(a)^*$ である。$f$ が実数値なら $\overline f=f$ なので $f(a)^*=f(a)$ である。
2:$b$ は $1,a,a^*$ と可換なので、多項式 $p(a,a^*)$ と可換である。thm-cfc-main の 2 により $f(a)\in C^*(1,a)$ は多項式 $p_n(a,a^*)$ の極限であり、積の連続性から $bf(a)=\lim bp_n(a,a^*)=\lim p_n(a,a^*)b=f(a)b$ である。
3:1 により $f(a)$ は正規で、thm-cfc-main の 3 により $\sigma(f(a))=f(K)$ である。$\Psi\colon C(f(K))\to\mathcal A$、$\Psi(g):=(g\circ f)(a)$ とおく。$g\mapsto g\circ f$ は $C(f(K))$ から $C(K)$ への単位的 $*$-準同型なので、$\Psi$ は単位的 $*$-準同型であり、$f(K)$ 上の恒等関数 $w$ を $\Psi(w)=(w\circ f)(a)=f(a)$ へ送る。正規元 $f(a)$ についての thm-cfc-main の 1 の一意性により、$\Psi(g)=g(f(a))$ である。$\square$

スペクトルによる元の判定

$a\in\mathcal A$ を正規元とする。

  1. $a$ が自己共役であることと、$\sigma(a)\subset\mathbb R$ であることは同値である。
  2. $a$ がユニタリ($a^*a=aa^*=1$)であることと、$\sigma(a)\subset\mathbb T:=\{z\in\mathbb C\mid\lvert z\rvert=1\}$ であることは同値である。
  3. $a$ が射影($a=a^2=a^*$)であることと、$\sigma(a)\subset\{0,1\}$ であることは同値である。
関数の等式に読み替える

$K:=\sigma(a)$ とする。thm-cfc-main の 2 により $\Phi_a$ は単射なので、$a$ についての多項式の等式は、$K$ 上の関数の等式と同値である。$a=\Phi_a(z)$、$a^*=\Phi_a(\overline z)$、$1=\Phi_a(1)$ なので、1 は「$K$ 上で $z=\overline z$」、2 は「$K$ 上で $\overline zz=1$」、3 は「$K$ 上で $z=z^2=\overline z$」と同値である。これらはそれぞれ $K\subset\mathbb R$、$K\subset\mathbb T$、$K\subset\{0,1\}$ と同値である。$\square$

この系と次節の平方根・正部分と負部分は、Sun00 Proposition 3.3.11(pp. 113–114)にまとめて述べられている。正規性の仮定は外せない。冪零行列 $N=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}\in M_2(\mathbb C)$ は $\sigma(N)=\{0\}\subset\mathbb R$ だが自己共役でなく、$\sigma(N)\subset\{0,1\}$ だが射影でない。

例

行列の場合

$\mathcal A=M_n(\mathbb C)$(作用素ノルムと共役転置)とし、$A$ を正規行列、$A=UDU^*$、$D=\operatorname{diag}(\lambda_1,\dots,\lambda_n)$ をユニタリ対角化とする。$\sigma(A)=\{\lambda_1,\dots,\lambda_n\}$ である。$f\in C(\sigma(A))$ について $\Psi(f):=U\operatorname{diag}(f(\lambda_1),\dots,f(\lambda_n))U^*$ とおくと、$\Psi$ は単位的 $*$-準同型で $\Psi(z)=A$ なので、thm-cfc-main の一意性により $f(A)=\Psi(f)$ である。すなわち冒頭の定義は連続汎関数計算そのものである。
$\sigma(A)$ は有限集合なので、Lagrange 補間で $\sigma(A)$ の各点で $f$ と同じ値をとる多項式 $p$ がとれ、$f(A)=p(A)$ である。相異なる固有値 $\mu$ ごとに固有空間への直交射影 $P_\mu$ をとれば $f(A)=\sum_\mu f(\mu)P_\mu$ とも書ける。

2 次の対称行列への代入

$A=\begin{pmatrix}2&1\\1&2\end{pmatrix}$ は自己共役で、固有値 $1$、$3$ の固有空間への直交射影は $P_1=\frac12\begin{pmatrix}1&-1\\-1&1\end{pmatrix}$、$P_3=\frac12\begin{pmatrix}1&1\\1&1\end{pmatrix}$ である。$f(t)=\sqrt t$ を代入すると
$$ \sqrt A=P_1+\sqrt3\,P_3=\frac12\begin{pmatrix}1+\sqrt3&\sqrt3-1\\\sqrt3-1&1+\sqrt3\end{pmatrix} $$
であり、実際に $(\sqrt A)^2=\frac14\begin{pmatrix}8&4\\4&8\end{pmatrix}=A$ となる。$\sqrt A$ の成分は $A$ の成分の平方根ではない。

連続関数の環の元

$X$ をコンパクト Hausdorff 空間、$\mathcal A=C(X)$、$g\in C(X)$ とする。$\mathcal A$ は可換なので $g$ は正規で、$\sigma(g)=g(X)$ である。$f\in C(g(X))$ について $\Psi(f):=f\circ g$ とおくと、$\Psi$ は単位的 $*$-準同型で $\Psi(z)=g$ なので、一意性により $f(g)=f\circ g$ である。つまり関数の環では、連続汎関数計算は関数の合成にほかならない。thm-cfc-main の証明は、一般の正規元をこの形に持ち込むものである。

応用

単位的 $C^*$-環の元 $x$ が 正 であるとは、$x$ が自己共役で $\sigma(x)\subset[0,\infty)$ であることをいう(Gelfand–Naimarkの定理 の定義「正の元」)。

正の元の平方根と正部分・負部分
  1. $x\in\mathcal A$ が正なら、$x^{1/2}:=f(x)$、$f(t)=\sqrt t$ は正の元で、$(x^{1/2})^2=x$ を満たす。
  2. $h\in\mathcal A$ が自己共役なら、$h_\pm:=f_\pm(h)$、$f_\pm(t):=\max\{\pm t,0\}$ は正の元で、$h=h_+-h_-$、$h_+h_-=h_-h_+=0$ を満たす。
関数の等式を移す

1:$\sigma(x)\subset[0,\infty)$ の上で $f$ は連続な実数値関数なので、prop-cfc-basic の 1 により $x^{1/2}$ は自己共役であり、thm-cfc-main の 3 により $\sigma(x^{1/2})=f(\sigma(x))\subset[0,\infty)$ である。$\sigma(x)$ の上で $f^2=z$ なので、$\Phi_x$ が準同型であることから $(x^{1/2})^2=\Phi_x(f^2)=\Phi_x(z)=x$ である。
2:$\sigma(h)\subset\mathbb R$ の上で $f_\pm$ は $0$ 以上の連続な実数値関数で、$f_+-f_-=z$、$f_+f_-=0$ を満たす。1 と同じく、$h_\pm$ は自己共役で $\sigma(h_\pm)=f_\pm(\sigma(h))\subset[0,\infty)$ であり、$h_+-h_-=\Phi_h(z)=h$、$h_+h_-=h_-h_+=\Phi_h(0)=0$ である。$\square$

正の元の正の平方根は 1 つしかない(平方根 の定理「$C^*$-環の正の元の平方根」)。任意の $y\in\mathcal A$ について $y^*y$ は正の元なので(Gelfand–Naimarkの定理 の定理「$a^*a$ は正の元」)、絶対値 $\lvert y\rvert:=(y^*y)^{1/2}$ が定まる。行列では $\lvert y\rvert$ は 極分解 の正の因子である。

ユニタリ元の対数

$u\in\mathcal A$ をユニタリ元とし、$\sigma(u)\neq\mathbb T$ とする。このとき自己共役元 $h\in\mathcal A$ で $u=e^{ih}$ となるものがある。ここで $e^{ih}:=\sum_{n\ge0}(ih)^n/n!$ である。

偏角の連続な枝を代入する

cor-cfc-spectrum-type の 2 により $\sigma(u)\subset\mathbb T$ であり、仮定から $e^{i\theta_0}\notin\sigma(u)$ となる $\theta_0\in\mathbb R$ がある。$\theta\in(\theta_0,\theta_0+2\pi)$ について $g(e^{i\theta}):=\theta$ とおくと、$g$ は $\mathbb T\setminus\{e^{i\theta_0}\}$ の上の連続な実数値関数で、$e^{ig(w)}=w$ を満たす。$h:=g(u)$ は prop-cfc-basic の 1 により自己共役である。
$E(t):=e^{it}$ とおく。部分和 $s_N(t):=\sum_{n\le N}(it)^n/n!$ は、コンパクト集合 $\sigma(h)\subset\mathbb R$ の上で $E$ に一様収束し、$s_N(h)$ は級数の部分和に等しいので、thm-cfc-main の 2 により $e^{ih}=\lim s_N(h)=E(h)$ である。合成則(prop-cfc-basic の 3)により $E(h)=E(g(u))=(E\circ g)(u)$ であり、$\sigma(u)$ の上で $E\circ g=z$ なので、$e^{ih}=u$ である。$\square$

$\sigma(u)=\mathbb T$ のときは、この結論は成り立つとは限らない(下の反例の表の最後の行)。偏角は円周全体の上では連続な枝をもたないので、連続関数の代入だけでは対数が作れないのである。

仮定を外したときの反例

外す条件反例成り立たなくなること
$a$ が正規$M_2(\mathbb C)$ の $N=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}$$z$ を $N$ へ送る単位的 $*$-準同型 $C(\sigma(N))\to M_2(\mathbb C)$ の存在
$C^*$-恒等式群環 $\ell^1(\mathbb Z/2)$ の $a=\delta_e+i\delta_s$等長性 $\| f(a)\|=\| f\|_\infty$
$f$ が連続$C([0,1])$ の恒等関数 $x$ と、$[0,\frac12]$ の指示関数$[0,1]$ 上の有界 Borel 関数の環からの単位的 $*$-準同型への延長
部分環が対合で閉じる円周上の連続関数の環の中の円板代数と座標関数 $z$lem-cfc-spectral-permanence のスペクトルの一致
$\sigma(u)\neq\mathbb T$$C(\mathbb T)$ の座標関数 $z$ユニタリ元の対数(自己共役な $h$ で $u=e^{ih}$)の存在
反例の確かめ

表の各行で、外した条件のほかの仮定は満たされている。

各行の確かめを開く
  1. $\sigma(N)=\{0\}$ なので $C(\sigma(N))$ の元は定数関数で、$z$ は定数関数 $0$ である。単位的 $*$-準同型は $0$ を $0$ へ送るので、$z$ を $N\neq0$ へ送ることはできない。
  2. $G=\{e,s\}$ を位数 2 の群とし、$\ell^1(G)$ に畳み込み積、$\ell^1$ ノルム、$f^*(g):=\overline{f(g^{-1})}$ を入れた単位的可換 Banach $*$-環を考える(Banach環とC*-環のスペクトル理論 の例「反例:Banach $*$-環であるだけでは $C^*$-恒等式は出ない」)。$\chi_\pm(f):=f(e)\pm f(s)$ は乗法的で $\chi_\pm(f^*)=\overline{\chi_\pm(f)}$ を満たし、$f\mapsto(\chi_+(f),\chi_-(f))$ は $\mathbb C^2$ への環の同型である。よって $\sigma(a)=\{1+i,1-i\}$ で、$F\in C(\sigma(a))$ を $\chi_\pm$ の値が $F(1\pm i)$ の元へ送る写像は、$z$ を $a$ へ送る単位的 $*$-準同型である。しかし $\| a\|_1=2$、$\| z\|_\infty=\sqrt2$ なので等長でない。
  3. $[0,1]$ 上の有界 Borel 関数の環 $\mathcal F$(一様ノルムと複素共役で $C^*$-環)から $C([0,1])$ への単位的 $*$-準同型 $\Psi$ で、恒等関数を $x$ へ送るものがあったとする($\sigma(x)=[0,1]$)。$\Psi$ はノルムを増やさないので、多項式の上で一致する $\Phi_x$ と、多項式が稠密な $C([0,1])$ の上で一致し、連続関数 $g$ について $\Psi(g)=g$ である。$\chi$ を $[0,\frac12]$ の指示関数とすると $\chi=\chi^2=\overline\chi$ なので、$\Psi(\chi)$ は $C([0,1])$ の中で $0$ と $1$ しか値をとらない連続関数であり、$[0,1]$ は連結なので定数 $0$ か $1$ である。$g_1(t):=\max\{t-\frac12,0\}$ は $g_1\chi=0$ なので $g_1\Psi(\chi)=0$ となり $\Psi(\chi)\neq1$、$g_2(t):=\max\{\frac12-t,0\}$ は $g_2(1-\chi)=0$ なので $g_2(1-\Psi(\chi))=0$ となり $\Psi(\chi)\neq0$ である。これは矛盾である。
  4. 円板代数とWiener代数 の例「部分環を替えるとスペクトルが変わる」による。$z$ のスペクトルは円板代数では閉円板、円周上の連続関数の環では円周であり、円板代数は複素共役で閉じていない。
  5. $C(\mathbb T)$ で $z$ はユニタリで $\sigma(z)=z(\mathbb T)=\mathbb T$ である。自己共役元、すなわち実数値の $h\in C(\mathbb T)$ で、各点で $w=e^{ih(w)}$ となるものがあるとすると、$\theta\mapsto h(e^{i\theta})-\theta$ は $\mathbb R$ 上の連続関数で値が $2\pi\mathbb Z$ に入るので定数である。ところが $\theta$ と $\theta+2\pi$ で $h(e^{i\theta})$ は同じ値なので、この関数の値は $2\pi$ だけ違い、矛盾する。

正則汎関数計算との境界

単位的 Banach 環の任意の元 $a$ には、$\sigma(a)$ の近傍で正則な関数 $f$ を Cauchy 積分で代入する正則汎関数計算がある(Banach環とC*-環のスペクトル理論 の節「正則汎関数計算との境界」)。連続汎関数計算は、代入できる関数を $\sigma(a)$ 上の連続関数まで広げる代わりに、環が $C^*$-環であることと元が正規であることを要求する。正則汎関数計算は一般の元に使えるが、$\overline z$ のような正則でない関数は代入できない。逆に連続汎関数計算は、正規でない元には使えない(反例の表の 1 行目)。
連続汎関数計算は、$a^*a$ の正値性と状態の構成(Gelfand–Naimarkの定理、GNS構成)、単射な $*$-準同型の等長性(作用素環)などで基本の道具になる。Hilbert 空間の正規作用素では、有界 Borel 関数まで代入を広げられる(スペクトル定理)。

関連項目

参考文献

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