群の表示(presentation of a group)とは、生成元の集合 $X$ と関係子の集合 $R$ を用い、自由群 $F(X)$ の商 $\langle X\mid R\rangle$ として群を記述する方法である。有限生成・有限関係な表示・有限表示を区別し、表示からの準同型、任意の群の表示の存在、関係子や余分な生成元を加える操作を説明する。Tietze変換と語の問題は適用範囲を明示して外部定理として扱う。
集合 $X$ 上の 自由群 $F(X)$ は、任意の 群 $G$ と 写像 $X\to G$ に対し、それを延長する 準同型 $F(X)\to G$ がただ1つ存在するという性質をもつ。$R\subset F(X)$ に対し、$R$ を含む最小の 正規部分群 を $N(R)$ と書き、$R$ の 正規閉包という。
自由群は関係子を課していない普遍的な群であり、群の表示はそこから関係子の正規閉包を割った商である。したがって「自由群」と「群の表示」は同じ概念ではない。
群 $G$ が 有限生成であるとは、有限集合 $X$ とある関係子集合 $R\subset F(X)$ を用いて $G\cong\langle X\mid R\rangle$ と表示できることをいう。
一つの表示 $\langle X\mid R\rangle$ が 有限関係であるとは、関係子集合 $R$ が有限であることをいう。この語はここでは表示の性質を表し、生成元集合 $X$ が有限であるとは限らない。
群 $G$ が 有限表示であるとは、$X$ と $R$ がともに有限である表示 $G\cong\langle X\mid R\rangle$ が少なくとも一つ存在することをいう。
有限表示群は有限生成である。しかし、有限表示群にも生成元や関係子の集合が無限である表示があり得るので、ある一つの表示が有限かどうかと、群が有限表示であることを区別する必要がある。また、有限生成群が必ず有限表示であるわけではない Joh97。
生成元は群を組み立てる文字、関係子は異なる語を同じ元とみなす規則である。表示は群の全要素を表に並べる代わりに、語と規則で群を記述する。一方、有限個の規則があることは、それらを機械的に使えば常に等値判定が終わることを意味しない。
$P=\langle X\mid R\rangle$ を群の表示、$H$ を群、$f\colon X\to H$ を写像とする。$f$ を自由群準同型 $\widetilde f\colon F(X)\to H$ へ延長したとき、すべての $r\in R$ について $\widetilde f(r)=e$ ならば、生成元の像が $f$ である準同型 $\overline f\colon P\to H$ が一意に存在する。逆に、そのような $\overline f$ が存在すれば全関係子は $e$ へ写る。
$\widetilde f(r)=e$ が全ての $r\in R$ について成り立つとする。$\ker\widetilde f$ は $R$ を含む正規部分群なので、$N(R)\subset\ker\widetilde f$ である。したがって商の普遍性により $\widetilde f$ は準同型 $\overline f\colon F(X)/N(R)\to H$ を誘導する。$P$ は $X$ の像で生成されるため、この準同型は生成元上の値から一意に決まる。
逆に $\overline f$ が存在すれば、商写像 $F(X)\to P$ は $N(R)$、したがって $R$ を 単位元 へ送るので、$\widetilde f(r)=e$ である。この証明は 選択公理 を使わない。$\square$
任意の群 $G$ には、ある集合 $X$ と $R\subset F(X)$ による表示 $G\cong\langle X\mid R\rangle$ が存在する。
$R\subset S\subset F(X)$ ならば、恒等写像 $X\to X$ は自然な全射準同型
$$
\langle X\mid R\rangle\longrightarrow\langle X\mid S\rangle
$$
を誘導する。右辺は左辺に追加の関係子 $S\setminus R$ を課した商である。
$R\subset S$ から $N(R)\subset N(S)$ である。ゆえに $wN(R)\mapsto wN(S)$ はwell-definedな準同型であり、各 剰余類 $wN(S)$ が像に入るので全射である。この証明は選択公理を使わない。$\square$
$\langle x\mid\emptyset\rangle$ から $\langle x\mid x^2\rangle$ への自然な全射を考える。前者では $x$ の相異なる整数冪が残るため無限群である。後者では各語が $e$ または $x$ に簡約され、さらに $x$ を二元群の非単位元へ送る準同型があるので、ちょうど二元である。したがって二群は同型でない。これは「関係子を加えても表示する群は変わらない」という含意を破る例であり、破れている条件は追加した関係子が元の関係子から既に従うことである。
$$
P=\langle x,y,z\mid x^2,\ y^2z^{-1},\ z^3x\rangle
$$
では $x^2=e$、$y^2=z$、$z^3=x^{-1}=x$ である。したがって $P$ の中で
$$
\begin{aligned}
&(z^5y^{-1}xy)(yz^2xy^3)\\
&=z^5y^{-1}xy^2z^2xy^3\\
&=z^5y^{-1}xz^3xy^3\\
&=z^5y^{-1}xx^{-1}xy^3\\
&=z^5y^{-1}xy^3=x
\end{aligned}
$$
となる。最後の等号は $z=y^2$ と $x=y^6$ から左辺が $y^{18}=y^6=x$ となることによる。これは一つの計算が終わる例であり、任意の有限表示に同じ簡約法が停止するとは限らない。
さらに $P$ の構造も決まる。$z=y^2$、$x=z^3=y^6$ から $P$ は $y$ だけで生成され、$x^2=e$ は $y^{12}=e$ を与える。$C_{12}=\langle c\rangle$ を位数 $12$ の 巡回群 とし、$x\mapsto c^6$、$y\mapsto c$、$z\mapsto c^2$ と定めると、三つの関係子は $c^{12}$、$c^2c^{-2}$、$c^6c^6=c^{12}$ に写り、いずれも単位元なので、prop-B286-universal-property により準同型 $\varphi\colon P\to C_{12}$ が定まる。逆に $y^{12}=e$ が $P$ で成り立つから $c\mapsto y$ は準同型 $\psi\colon C_{12}\to P$ を定める。$P$ は $y$ で、$C_{12}$ は $c$ で生成され、$\varphi\circ\psi$ と $\psi\circ\varphi$ はそれぞれの生成元を固定するので、両者は互いに逆である。したがって $P\cong C_{12}$ であり、$P$ の 位数 は $12$ である。
$$
\langle x,y\mid xyx^{-1}y^{-1}\rangle\cong\mathbb{Z}^2
$$
である。すなわち、二つの生成元が交換するという関係子だけを課した群は、階数 $2$ の自由アーベル群である。
これを確かめる。$P:=\langle x,y\mid xyx^{-1}y^{-1}\rangle$ とし、写像 $x\mapsto(1,0)$、$y\mapsto(0,1)$ を考える。$\mathbb{Z}^2$ は アーベル群 なので関係子 $xyx^{-1}y^{-1}$ は単位元 $(0,0)$ へ写り、prop-B286-universal-property により準同型 $\varphi\colon P\to\mathbb{Z}^2$ が定まる。$(1,0)$ と $(0,1)$ は $\mathbb{Z}^2$ を生成するので $\varphi$ は全射である。逆に、$P$ では関係式 $xy=yx$ が成り立ち、$P$ は $x,y$ で生成されるので $P$ はアーベル群である。そこで $\psi\colon\mathbb{Z}^2\to P$ を $(a,b)\mapsto x^ay^b$ で定めると、$P$ がアーベルだから $x^ay^b\,x^{a'}y^{b'}=x^{a+a'}y^{b+b'}$ となり、$\psi$ は準同型である($\psi$ が well-defined な準同型であるのは $P$ のアーベル性による)。$\psi(1,0)=x$、$\psi(0,1)=y$ なので $\varphi\circ\psi$ は生成元上で恒等、$\psi\circ\varphi$ も生成元 $x,y$ 上で恒等であり、両群がそれぞれの生成元で生成されるから $\varphi$ と $\psi$ は互いに逆である。よって $P\cong\mathbb{Z}^2$ である。
$w\in F(X)$ とし、$y\notin X$ とする。このとき
$$
\langle X\mid R\rangle\cong\langle X\cup\{y\}\mid R\cup\{yw^{-1}\}\rangle
$$
である。
右辺から左辺へは、$x\in X$ を同名の生成元へ、$y$ を $w$ の像へ送る。追加関係子 $yw^{-1}$ は単位元へ写るので、prop-B286-universal-property により準同型が定まる。逆向きには、$X$ の各生成元を右辺の同名の生成元へ送れば、$R$ が単位元へ写るため準同型が定まる。二つの合成は $X$ 上で恒等であり、右辺では関係式 $y=w$ があるので $y$ 上でも恒等である。両群はそれぞれの表示の生成元で生成されるから、二つの合成は恒等準同型である。この証明は選択公理を使わない。$\square$
$w=x^2$ とすれば、上の命題から
$$
\langle x\mid\emptyset\rangle\cong\langle x,y\mid yx^{-2}\rangle
$$
を得る。左辺には一つ、右辺には二つの生成元が書かれているが、同じ群を表示する。表示の文字列の違いだけから群が非同型だとは結論できない。
二面体群 の記事の定義(表示による定義)は、二つの生成元と三つの関係式で $\operatorname{Dih}_n$ を定義する。同記事の命題(位数)とその証明は、関係式から正規形を作り、具体模型と比較して、この表示が位数 $2n$ の群を与えることを証明している。これは関係式の操作と、表示された群の位数を確定する議論が別であることを示す。
Tietze変換 は、関係子から従う関係子の追加・削除と、上で証明した形の生成元の追加・削除を組み合わせる操作である。Tietzeの定理は、同型な群を定める二つの有限表示が有限回のTietze変換で結ばれることを述べる。本記事ではこの定理を証明せず、Joh97 第4章に外部依存する。
一方、固定した有限表示についての 語の問題(語の問題)は、二つの入力語がその群で同じ元を表すかを判定するアルゴリズムが存在するかを問う。語の問題が決定不能な有限表示群が存在する。これは Novikov(1955)と Boone(1958)が独立に示した定理である Joh97。これは全ての具体的な有限表示で等値判定が不可能だという意味ではなく、Tietze変換の有限列が存在するという定理から一般の停止する探索手続きが得られるという意味でもない。この存在定理も Joh97 に外部依存し、本記事内では証明しない。
定義、有限表示、Tietze変換、語の問題の外部依存には Joh97 を参照した。
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