Donaldsonの定理(Donaldson's theorem)とは、向き付けられた滑らかな閉 4 次元多様体の交叉形式が正定値なら、整数上で対角化でき単位行列 $n\langle1\rangle$($n$ は第 2 Betti 数)と同型になる、という定理である。負定値なら $n\langle-1\rangle$ と同型である(向きの反転で移り合う)。Freedman の定理によりどのユニモジュラ形式も位相多様体の交叉形式になるので、$E_8\oplus E_8$ のような対角化できない定値な形式をもつ位相多様体は、Rokhlin の定理や Kirby–Siebenmann 不変量に妨げられなくても、滑らかな構造をもたない。単連結で定値な滑らかな閉多様体は、$S^4$ か、$\mathbb{CP}^2$ またはその向きを反転したものの連結和と同相である。
前提知識: 可微分多様体, Poincaré双対, Rokhlinの定理, Freedmanの定理, E8多様体
Donaldson の定理(Donaldson's theorem)は、向き付けられた滑らかな閉 $4$ 次元多様体 $M$ の交叉形式 $Q_M$ が正定値ならば、$Q_M$ は整数上で対角化でき、単位行列 $n\langle1\rangle$($n=b_2(M)$)と同型である、という定理である。負定値なら $n\langle-1\rangle$ と同型である。Donaldson が 1983 年に単連結な場合を示した。基本群を仮定しない形でも成り立つ。
Freedmanの定理 により、どのユニモジュラな対称形式も単連結な閉 $4$ 次元位相多様体の交叉形式として現れる。定値なユニモジュラ形式は非常に多く、偶で正定値のものだけでも階数 $32$ で $10^7$ 個以上ある。Donaldson の定理は、そのうち滑らかな閉多様体に現れるのは対角形式だけだと述べる。こうして、$4$ 次元では位相多様体と滑らかな多様体の差が、Rokhlinの定理 よりはるかに大きいことが分かった。たとえば交叉形式 $E_8\oplus E_8$ の位相多様体は、Rokhlin の定理にも Kirby–Siebenmann 不変量にも妨げられないのに、滑らかな構造をもたない。この食い違いから エキゾチックR⁴ の存在も従う。
この記事では、主定理は所在を示して引用する。そのうえで、定値な形式が対角化できるかを長さ $1$ のベクトルの個数で判定する補題、主定理と Freedman の定理から滑らかで単連結な定値の閉多様体の同相類が決まること、$E_8\oplus E_8$ などを交叉形式にもつ位相多様体が滑らかな多様体とホモトピー同値にすらならないことを完全に証明する。
多様体は Hausdorff かつ第 2 可算とし、閉多様体はコンパクトで境界のない多様体をいう。ホモロジー・コホモロジーは $\mathbb{Z}$ 係数とする。形式(有限階数の自由アーベル群の上の対称な双線形形式)とそのユニモジュラ・偶・奇・符号数・定値・不定値は Rokhlinの定理 の定義「ユニモジュラ・偶・符号数」の意味とし、記号 $\langle a\rangle$、$nQ$、$H$、$E_8$、形式の同型は Freedmanの定理 の節「形式」に従う。
向き付けられた閉 $4$ 次元多様体 $M$ の交叉形式は、$FH^2(M):=H^2(M)/(\text{ねじれ})$ の上の
$$
Q_M(a,b):=\langle a\smile b,[M]\rangle
$$
で、ユニモジュラである(FNOP25 Definition 8.1、p. 60)。$b_2(M)$ はその階数である。
形式 $(L,Q)$ が対角化できるとは、Gram 行列が対角行列になる $L$ の基底があることをいう。ユニモジュラな形式では、対角成分は $\pm1$ なので、これは $Q\cong p\langle1\rangle\oplus q\langle-1\rangle$ となることと同じである。正定値なら $Q\cong n\langle1\rangle$、負定値なら $Q\cong n\langle-1\rangle$ である($n$ は階数)。
向きの約束。 向きを反転した多様体 $-M$ では $Q_{-M}=-Q_M$ である。したがって「正定値なら $n\langle1\rangle$」と「負定値なら $n\langle-1\rangle$」は、向きを反転して互いに移り合う同じ主張である。文献によって一方の形で述べる(FNOP25 Theorem 8.11 は正定値、Remark 8.12 で負定値、p. 65。Kir89 Ch. III Theorem 3.1 は両方をまとめて $\pm$ で、p. 32)。$\mathbb{C}P^2$ には複素構造から定まる向きを入れて $Q_{\mathbb{C}P^2}\cong\langle1\rangle$ とし、$\overline{\mathbb{C}P^2}:=-\mathbb{C}P^2$ とする。K3曲面 には複素構造から定まる向きを入れ、交叉形式は $-E_8\oplus-E_8\oplus3H$、符号数は $-16$ である(FNOP25 Example 8.2 (4)、p. 61 は向きを反転した $E_8\oplus E_8\oplus3H$ の形で述べる)。
$M$ を向き付けられた滑らかな連結閉 $4$ 次元多様体とする。
定値な交叉形式は、滑らかな多様体では対角形式に限られる。対角化できない正定値なユニモジュラー格子($E_8$ 格子など)は存在し、Freedman の定理により、それを交叉形式にもつ位相的な単連結閉 $4$ 次元多様体は存在する。したがって、この制限は滑らかさを使って初めて得られる。
これは Donaldson の定理で、FNOP25 Theorem 8.11 と Remark 8.12(p. 65。Donaldson の 1983 年の論文の Theorem A と 1987 年の論文の Theorem 1 を引く)、Kir89 Ch. III Theorem 3.1(p. 32。単連結な場合)、Kos93 Ch. VIII §7(p. 164)による。この記事では証明しない。証明は微分幾何的なゲージ理論による(Kos93 p. 164)。2 は 1 を $-M$ に当てはめたものである。
定理は定値な形式についてのもので、不定値の形式には何も言わない。$b_2(M)=0$ の場合(交叉形式が階数 $0$)は正定値とも負定値とも見なせ、主張は自明に成り立つ。
定値な形式が対角化できるかは、長さ $1$ のベクトルを数えれば判定できる。正定値な形式 $(L,Q)$ について
$$
N_1(L):=\#\{x\in L: Q(x,x)=1\}
$$
とおく。正定値なので $Q(x,x)=0$ となるのは $x=0$ だけで、$N_1(L)$ は有限である($Q$ を $L\otimes\mathbb{R}$ の内積と見ると、$\{Q(x,x)\le1\}$ は有界で、$L$ はその中に有限個の点しかもたない)。
$(L,Q)$ を階数 $n$ の正定値なユニモジュラ形式とする。
1. $x\in L$ について $x=Q(x,e)e+\bigl(x-Q(x,e)e\bigr)$ と書くと、$Q\bigl(e,x-Q(x,e)e\bigr)=Q(e,x)-Q(x,e)Q(e,e)=0$ なので、第 2 項は $e^\perp$ に入る。$me\in e^\perp$ なら $0=Q(e,me)=m$ なので $\mathbb{Z}e\cap e^\perp=0$ である。よって $L=\mathbb{Z}e\oplus e^\perp$ で、2 つは直交する。$e^\perp$ は $L$ の直和成分なので自由で階数は $n-1$ である。$e^\perp$ の基底 $f_2,\dots,f_n$ と $e$ を合わせた $L$ の基底の Gram 行列は、$(1)$ と $e^\perp$ の Gram 行列 $G'$ のブロック対角行列なので、$\det G'$ は $L$ の Gram 行列の行列式に等しく $\pm1$ である。$Q$ の $e^\perp$ への制限は正定値である。
2. 階数 $n$ の帰納法で $L\cong k\langle1\rangle\oplus L_0$ を示す。$L$ が長さ $1$ の元をもたなければ $k=0$、$L_0=L$ でよい。もてば、1 により $L=\mathbb{Z}e\oplus e^\perp$ で、$e^\perp$ に帰納法の仮定を使えばよい($n=0$ では $k=0$)。
次に $N_1$ を数える。$L=\mathbb{Z}e_1\oplus\dots\oplus\mathbb{Z}e_k\oplus L_0$($Q(e_i,e_i)=1$、互いに直交)とし、$x=\sum_ia_ie_i+y$($a_i\in\mathbb{Z}$、$y\in L_0$)とすると
$$
Q(x,x)=\sum_{i=1}^ka_i^2+Q(y,y)
$$
で、各項は $0$ 以上の整数である。$Q(x,x)=1$ なら、$Q(y,y)=1$ は $L_0$ の仮定に反するので $Q(y,y)=0$、正定値性から $y=0$ であり、$a_i$ のうちちょうど 1 つが $\pm1$ でほかは $0$ である。よって長さ $1$ の元は $\pm e_1,\dots,\pm e_k$ の $2k$ 個である。
3. $L\cong n\langle1\rangle$ なら、2 で $k=n$、$L_0=0$ として $N_1(L)=2n$ である。逆に $N_1(L)=2n$ なら、2 の分解で $2k=2n$ なので $k=n$ で、$L_0$ は階数 $0$ である。したがって $L\cong n\langle1\rangle$ である。$\square$
$N_1$ は形式の同型で保たれるので、2 の $k$ と $L_0$ の同型類は $L$ だけで決まる。
3 から、Donaldson の定理の制約は偶奇によらないことが分かる。Rokhlin の定理は偶な形式にしか効かないが、$E_8\oplus\langle1\rangle$ のような奇な形式も滑らかな閉多様体には現れない。
$M$ を向き付けられた滑らかな単連結閉 $4$ 次元多様体とし、$Q_M$ は定値で $n:=b_2(M)$ とする。
1. $M$ は単連結なので $H_1(M)=0$ で、$b_2=0$ なので $H_2(M)=0$ である(単連結な閉多様体の $H_2$ はねじれをもたない。Freedmanの定理 の節「交叉形式と向き」)。Poincaré 双対により $H_3(M)\cong H^1(M)=0$ で、$H_4(M)\cong\mathbb{Z}$ である。$M$ は $S^4$ と同じホモロジーをもつ単連結な閉多様体で、Freedmanの定理 の主定理を形式 $0$ に当てはめる($M$ は滑らかなので $\kappa(M)=0=\kappa(S^4)$)と、$M$ は $S^4$ と同相である。
2. thm-don-main の 1 により $Q_M\cong n\langle1\rangle$ である。$N:=\#n\,\mathbb{C}P^2$ は滑らかな単連結閉多様体で、連結和の交叉形式の公式(FNOP25 Proposition 8.3、p. 61)と $Q_{\mathbb{C}P^2}\cong\langle1\rangle$ を $n-1$ 回使って $Q_N\cong n\langle1\rangle$ である。$M$、$N$ はどちらも滑らかなので $\kappa(M)=\kappa(N)=0$ である(FNOP25 Theorem 9.2 (1)、p. 68)。交叉形式が同型で $\kappa$ が等しいので、Freedmanの定理 の主定理の一意性により、$M$ と $N$ は向きを保つ同相である。
3. $-M$ に 2 を当てはめると $-M$ は $\#n\,\mathbb{C}P^2$ と向きを保つ同相なので、$M$ は $-(\#n\,\mathbb{C}P^2)=\#n\,\overline{\mathbb{C}P^2}$ と向きを保つ同相である。$\square$
この系は Kir89 Ch. III Theorem 3.1(p. 32)の括弧内の主張である。結論は同相までで、微分同相かどうかは分からない。$n=0$ の場合、$M$ が $S^4$ と微分同相かは滑らかな $4$ 次元 Poincaré 予想の問題になる。
$Q$ を定値なユニモジュラ形式で、対角化できないものとする(たとえば $E_8\oplus E_8$、$E_8\oplus m\langle1\rangle$)。
1. Freedmanの定理 の主定理の存在の部分($Q$ が偶なら $k=\sigma(Q)/8$、奇なら $k=0$ または $1$)による。
2. 滑らかな閉 $4$ 次元多様体 $X$ とホモトピー同値写像 $f\colon X\to N$ があったとする。$f$ は基本群とホモロジー・コホモロジーの同型を引き起こす(ホモトピー同値 の命題「基本群・ホモロジーへの帰結」)ので、$X$ は連結で単連結であり、向き付け可能である(Hat02 Proposition 3.25、p. 234)。$f_*\colon H_4(X)\to H_4(N)$ は $\mathbb{Z}$ の同型なので、$f_*[X]=[N]$ となるように $X$ の向きを選ぶ。$a,b\in H^2(N)$ について、カップ積の自然性から
$$
Q_X(f^*a,f^*b)=\langle f^*(a\smile b),[X]\rangle=\langle a\smile b,f_*[X]\rangle=Q_N(a,b)
$$
であり、$f^*\colon H^2(N)\to H^2(X)$ は同型なので $Q_X\cong Q_N\cong Q$ である。$Q_X$ は定値だから、thm-don-main により $Q_X$ は対角化できる。これは $Q$ が対角化できないことに反する。$N$ が滑らかな構造をもてば、それを入れた $N$ と恒等写像がこのような $X$、$f$ になるので、$N$ は滑らかな構造をもたない。
3. $E_8\oplus E_8$ は偶で、正定値で、符号数は $8+8=16$ である(E8多様体 の命題「$E_8$ 形式の性質」)。$N$ は単連結で交叉形式が偶なので spin である(FNOP25 Remark 8.9、pp. 64–65)。$\sigma(N)=16$ は $16$ の倍数なので Rokhlin の定理には反しない。$\kappa(N)\equiv\sigma(N)/8=2\equiv0$ である(Kirby–Siebenmann不変量 の定理「符号数との関係」)。$E_8\oplus E_8$ は対角化できない(ex-don-forms の 2)ので、2 により $N$ は滑らかな構造をもたない。$\square$
3 は FNOP25 Example 9.4(p. 74)の形である。同じ所で、$\kappa(N)=0$ から $N\times\mathbb{R}$ は滑らかな構造をもつことが示されている。$N$ は E8多様体 $V$ の連結和 $V\#V$ と同相である(Freedmanの定理 の例「主定理から分かる多様体」)。$V$ は Rokhlin の定理だけで滑らかでないことが分かるが、$V\#V$ ではその障害が消え、Donaldson の定理が必要になる。
2 と 3 のように不定値の場合は、偶な形式 $2pE_8\oplus mH$ が現れうる。ここでは別の制約がかかり、$p\ne0$ で滑らかに実現されるなら $m\ge2\lvert p\rvert+1$ である(Furuta の 10/8 定理。FNOP25 Theorem 8.13、p. 66)。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 滑らか | 交叉形式 $E_8\oplus E_8$ の単連結な閉位相多様体、E8多様体 | 定値な交叉形式は対角化できる |
| 閉(境界がない) | $E_8$ の plumbing $\Pi$ | 定値な交叉形式は対角化できる |
| 定値 | K3曲面、$S^2\times S^2$ | 交叉形式は対角化できる |
| (逆は成り立たない) | Chern 多様体 $*\mathbb{C}P^2$ | 定値で対角化できる交叉形式の閉多様体は滑らかな構造をもつ |
1 行目:cor-don-nonsmooth の 3 の $N$ は、交叉形式が正定値な $E_8\oplus E_8$ で対角化できない。$E_8$ 多様体の交叉形式 $E_8$ も同じである。どちらも滑らかな構造をもたないので定理に反しない。破れる条件は滑らかさである。
2 行目:ex-don-examples の 4 のとおり、$\Pi$ は滑らかでコンパクト、交叉形式は正定値な $E_8$ で対角化できない。破れる条件は、境界がないことである。
3 行目:ex-don-examples の 2・3 のとおり、交叉形式は偶で対角化できないが、不定値である。
4 行目:$*\mathbb{C}P^2$ は交叉形式が $\langle1\rangle$(対角形式)の単連結な閉位相多様体で、$\kappa(*\mathbb{C}P^2)=1$ なので滑らかな構造をもたない(FNOP25 Lemma 9.6・Remark 9.8、pp. 74–75)。Donaldson の定理は滑らかさの必要条件を与えるだけで、形式が対角化できても滑らかとは限らない。
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