忠実平坦降下

同義語:fpqc降下faithfully flat descent

概要

忠実平坦降下(faithfully flat descent)とは、環の忠実平坦な拡大 $A\to B$ に沿って、$A$ 上の加群や代数を、$B$ 上の対象と降下データ($B\otimes_A B$ 上の同型でコサイクル条件を満たすもの)から一意に復元する理論である。基礎はAmitsur複体 $0\to M\to M\otimes_A B\to M\otimes_A B\otimes_A B\to\cdots$ の完全性で、ここから準連接層やアフィンスキームが表す関手がfppf位相やfpqc位相の層になることが従う。Zariski開被覆での貼り合わせやGalois降下を特別な場合として含む。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 平坦加群, テンソル積, スキーム, Grothendieck位相
レベル: 大学院

定義

忠実平坦降下は、「環 $A$ 上の加群や代数を、忠実平坦な $A$ 代数 $B$ に係数拡大したものと、その上の貼り合わせのデータとから復元する」理論である。Zariski 開被覆での貼り合わせの一般化であり、エタール位相や fppf位相 の上で層やトーサーを扱うときの基礎になる。
以下、環はすべて可換で単位元をもつ。$\otimes$ は $\otimes_A$ を表す。

忠実平坦

$A$ 代数 $B$ が忠実平坦であるとは、$B$ が平坦 $A$ 加群であり、かつ $A$ 加群 $M$ について $M\otimes B=0$ なら $M=0$ となることをいう。

平坦な $B$ について、忠実平坦であることは、$\operatorname{Spec}B\to\operatorname{Spec}A$ が全射であることと同値であり、また「$A$ 加群の列が完全であることと、$B$ を係数拡大した列が完全であることが同値」とも同値である(Mat86 §7。本記事では証明しない)。以下ではこの最後の性質を使う。
$B$ の $n+1$ 個のテンソル積を $B^{\otimes(n+1)}$ と書き、$0\le k\le n+1$ について $A$ 代数の準同型
$$ e_k\colon B^{\otimes(n+1)}\to B^{\otimes(n+2)},\qquad b_0\otimes\cdots\otimes b_n\mapsto b_0\otimes\cdots\otimes b_{k-1}\otimes1\otimes b_k\otimes\cdots\otimes b_n $$
($k$ 番目に $1$ を挿入する)を考える。

Amitsur複体

$A$ 加群 $M$ に対し、$C^n:=M\otimes B^{\otimes(n+1)}$($n\ge0$)、$C^{-1}:=M$ と置き、
$$ d:=\sum_{k=0}^{n+1}(-1)^k(\mathrm{id}_M\otimes e_k)\colon C^n\to C^{n+1}\quad(n\ge0),\qquad d(m):=m\otimes1\colon C^{-1}\to C^0 $$
とする。$(C^\bullet,d)$ を $A\to B$ と $M$ に関する(拡大した)Amitsur 複体という。

スキームの言葉では、$U=\operatorname{Spec}A$ の被覆 $\{\operatorname{Spec}B\to U\}$ に関する準連接層 $\widetilde M$ の Čechコホモロジー の複体に、$C^{-1}=M$ を付け加えたものである($\operatorname{Spec}B^{\otimes(n+1)}$ は $\operatorname{Spec}B$ の $(n+1)$ 重のファイバー積)。$d\circ d=0$ は Čech 複体の場合と同じ単体的な恒等式から従う。

主定理

Amitsur複体の完全性

$B$ が忠実平坦な $A$ 代数なら、任意の $A$ 加群 $M$ について Amitsur 複体
$$ 0\to M\to M\otimes B\to M\otimes B\otimes B\to M\otimes B\otimes B\otimes B\to\cdots $$
は完全である。とくに
$$ M\longrightarrow M\otimes B\ \rightrightarrows\ M\otimes B\otimes B $$
(2 本の射は $m\otimes b\mapsto m\otimes1\otimes b$ と $m\otimes b\mapsto m\otimes b\otimes1$)はイコライザであり、$M\to M\otimes B$ は単射である。

証明は 2 段階に分ける。

左逆写像をもつ場合

$A$ 線形写像 $r\colon B\to A$ で $r(1)=1$ となるものがあれば、任意の $A$ 加群 $M$ について Amitsur 複体は完全である。

縮約ホモトピー

$h\colon C^n\to C^{n-1}$($n\ge0$)を
$$ h(m\otimes b_0\otimes b_1\otimes\cdots\otimes b_n):=r(b_0)\,m\otimes b_1\otimes\cdots\otimes b_n $$
で定める($n=0$ のときは $h(m\otimes b_0)=r(b_0)m$)。$r$ は $A$ 線形だから well-defined である。$C^{-1}$ 上では $h=0$ と置く。
$\mathrm{id}_M\otimes e_k$ を単に $e_k$ と書く。定義から、$e_0$ は先頭に $1$ を挿入するので $h\circ e_0=\mathrm{id}$($r(1)=1$ を使う)であり、$k\ge1$ では $e_k$ の挿入位置は $b_0$ より後なので $h\circ e_k=e_{k-1}\circ h$ である。したがって $c\in C^n$($n\ge0$)について
$$ hd(c)=\sum_{k=0}^{n+1}(-1)^khe_k(c)=c-\sum_{k=0}^{n}(-1)^{k}e_k(h(c))=c-dh(c) $$
となる。ここで $n=0$ のとき $dh(c)=h(c)\otimes1=e_0(h(c))$ と読む($C^{-1}\to C^0$ の $d$ は $e_0$ と同じ形)。また $m\in C^{-1}$ について $hd(m)=h(m\otimes1)=m$ である。よって各次数で $hd+dh=\mathrm{id}$ となり、複体は完全である。

定理の証明:忠実平坦な係数拡大

$B$ は忠実平坦だから、Amitsur 複体が完全であることは、各項に右から $\otimes B$ を施した複体が完全であることと同値である。新しい底の環を $B':=B$(最後の因子)とし、$B'$ 代数 $B\otimes B'$($b'\mapsto1\otimes b'$ で $B'$ 代数とみる)を考えると、
$$ M\otimes B^{\otimes(n+1)}\otimes B'\ \cong\ (M\otimes B')\otimes_{B'}(B\otimes B')^{\otimes_{B'}(n+1)} $$
が成り立ち、この同一視で、$C^\bullet\otimes B'$ は $B'\to B\otimes B'$ と $B'$ 加群 $M\otimes B'$ に関する Amitsur 複体になる($e_k$ はどちらでも「$k$ 番目に $1$ を挿入する」射である)。ところが積写像 $r\colon B\otimes B'\to B'$、$b\otimes b'\mapsto bb'$ は $B'$ 線形で $r(1\otimes1)=1$ を満たす。lem-faithfully-flat-descent-retraction により $C^\bullet\otimes B'$ は完全であり、したがって $C^\bullet$ も完全である。

幾何的に言えば、$\operatorname{Spec}B\to\operatorname{Spec}A$ を自分自身に底変換すると対角射による切断をもち、切断をもつ被覆の Čech 複体は可縮である(Čechコホモロジー の記事の命題と同じ仕組み)。忠実平坦性は、その結論を元の $A$ に引き戻すために使われる。

準連接層とアフィンスキームの層の性質

$A\to B$ を忠実平坦とする。

  1. $A$ 加群 $M$ について、前層 $\operatorname{Spec}C\mapsto M\otimes C$ は、被覆 $\{\operatorname{Spec}B\to\operatorname{Spec}A\}$ について層の条件を満たす。
  2. 任意の $A$ 代数 $R$ について、$\operatorname{Hom}_{A\text{-alg}}(R,-)$ は $A\to B\rightrightarrows B\otimes B$ をイコライザに写す。すなわち、$A$ 上のアフィンスキーム $\operatorname{Spec}R$ が表す関手は、この被覆について層の条件を満たす。
定理の特別な場合

1 は定理そのものである($\operatorname{Spec}B\times_{\operatorname{Spec}A}\operatorname{Spec}B=\operatorname{Spec}(B\otimes B)$)。2:$M=A$ として $A\to B\rightrightarrows B\otimes B$ は $A$ 加群としてイコライザであり、$A\to B$ は単射である。$A$ 代数の準同型 $\varphi\colon R\to B$ で、2 本の射との合成が一致するものを取ると、$\varphi(R)$ はイコライザ $A$ に含まれるので、$\varphi$ は $A$ 代数の準同型 $R\to A$ を経由する(環の準同型であることは、$A\to B$ が単射な環準同型であることから従う)。経由の仕方は単射性から一意である。

Grothendieck位相 の記事の命題(有限個の被覆と直和)と合わせると、アフィンスキームの有限族からなる fppf 被覆・エタール被覆・Zariski 被覆について、準連接層とアフィンスキームの表す関手が層の条件を満たすことがわかる。一般のスキームへの拡張(アフィンでない被覆、アフィンでない表現対象)は、Zariski 位相での貼り合わせと組み合わせて得られる(Milne80 第 I 章 §2・第 II 章 §1、SGA1 第 VIII 章)。

降下データ

係数拡大 $N=M\otimes B$ には、2 通りの係数拡大の間の標準的な同型
$$ \varphi_M\colon N\otimes B=M\otimes B\otimes B\xrightarrow{\ \sim\ }B\otimes N=B\otimes M\otimes B,\qquad m\otimes b\otimes b'\mapsto b\otimes m\otimes b' $$
がある。ここで $N\otimes B$ と $B\otimes N$ はともに $B\otimes B$ 加群とみなす($N\otimes B$ では $N$ の $B$ 構造を第 1 因子に、$B\otimes N$ では第 2 因子に使う)。

降下データ

$B$ 加群 $N$ 上の降下データ(descent datum)とは、$B\otimes B$ 加群の同型 $\varphi\colon N\otimes B\to B\otimes N$ で、$B\otimes B\otimes B$ 加群の同型としてコサイクル条件
$$ \varphi_{13}=\varphi_{23}\circ\varphi_{12} $$
を満たすものをいう。ここで $\varphi_{12}=\varphi\otimes\mathrm{id}_B\colon N\otimes B\otimes B\to B\otimes N\otimes B$ であり、$\varphi_{23}$、$\varphi_{13}$ は、$\varphi$ を第 2・3 因子、第 1・3 因子に作用させたものである($\varphi_{13}\colon N\otimes B\otimes B\to B\otimes B\otimes N$)。降下データをもつ $B$ 加群の射とは、$\varphi$ と両立する $B$ 線形写像をいう。

$A$ 加群 $M$ に対し $(M\otimes B,\varphi_M)$ は降下データをもつ $B$ 加群であり、$M\mapsto(M\otimes B,\varphi_M)$ は関手を与える。

加群の降下

$A\to B$ が忠実平坦なら、関手
$$ (A\text{ 加群})\longrightarrow(\text{降下データをもつ }B\text{ 加群}),\qquad M\mapsto(M\otimes B,\varphi_M) $$
は圏同値である。逆向きの関手は $(N,\varphi)\mapsto\{\,n\in N\mid\varphi(n\otimes1)=1\otimes n\,\}$ で与えられる。

充満忠実性の証明。$A$ 加群 $M,M'$ について、$\operatorname{Hom}_A(M,M')\to\operatorname{Hom}_B(M\otimes B,M'\otimes B)$ の像が $\varphi$ と両立する射全体であり、この写像が単射であることを示せばよい。$B$ 線形写像 $f\colon M\otimes B\to M'\otimes B$ は $A$ 線形写像 $f_0\colon M\to M'\otimes B$($f_0(m)=f(m\otimes1)$)と同じものであり、$f$ が $\varphi$ と両立することは、$f_0$ の値が $M'\to M'\otimes B\rightrightarrows M'\otimes B\otimes B$ の 2 本の射で同じ像をもつことと同値である(両立性を $m\otimes1\otimes1$ で評価すればよい)。thm-faithfully-flat-descent-exact により、そのような $f_0$ は $M'$ を一意に経由する。
本質的全射性(与えられた $(N,\varphi)$ について、上の $M$ に対し $M\otimes B\to N$ が同型であること)の証明は、$\otimes B$ で底を取り替えて $A\to B$ が左逆写像をもつ場合に帰着する、定理と同じ筋のものである。本記事では省略し、Stacks「Descent」の章、Milne80 第 I 章 §2、Poo17 第 4 章を引く。

代数とアフィンスキームの降下(引用)

定理の圏同値はテンソル積と両立するので、$A$ 代数と、降下データが代数の準同型であるような $B$ 代数の間の圏同値も得られる。スキームの言葉では、忠実平坦かつ準コンパクトな射 $Y'\to Y$ について、$Y$ 上の準連接層・アフィンなスキームと、$Y'$ 上の降下データ付きのそれらとが圏同値になる(SGA1 第 VIII 章、Milne80 第 I 章 §2)。アフィンでないスキームについては、降下データが常に $Y$ 上の対象から来るとは限らず、追加の仮定(たとえば、降下データと両立する相対的に豊富な直線束があること)が必要になる(Stacks「Descent」の章)。

直感

$\operatorname{Spec}B\to\operatorname{Spec}A$ を「開被覆」とみなすと、$\operatorname{Spec}(B\otimes B)$ は「重なり」、$\operatorname{Spec}(B\otimes B\otimes B)$ は「3 重の重なり」に当たる。降下データ $\varphi$ は、重なりの上で「左から見た $N$」と「右から見た $N$」を同一視する貼り合わせの規則であり、コサイクル条件は 3 重の重なりでの整合性である。Zariski 開被覆での層の貼り合わせと同じ形だが、「開集合」が単射でない平坦な射でよいのが要点である。

例

Zariski開被覆

$f_1,\dots,f_n\in A$ が単位イデアルを生成するとし、$B:=\prod_iA_{f_i}$ と置く。局所化は平坦なので $B$ は平坦であり、$\operatorname{Spec}B=\coprod_i D(f_i)\to\operatorname{Spec}A$ は全射だから、$B$ は忠実平坦である。$B\otimes B=\prod_{i,j}A_{f_if_j}$ であり、thm-faithfully-flat-descent-exact は、アフィンスキーム上の準連接層 $\widetilde M$ が開被覆 $\{D(f_i)\}$ について層であること、さらにその Čech コホモロジーが正の次数で消えることを与える。降下データは、各 $D(f_i)$ 上の加群を重なり $D(f_if_j)$ で貼り合わせる同型のことである。

Galois降下

$L/K$ を有限次 Galois 拡大、$\Gamma=\operatorname{Gal}(L/K)$ とする。体の拡大は忠実平坦であり、同型 $L\otimes_KL\cong\prod_{\sigma\in\Gamma}L$($a\otimes b\mapsto(a\sigma(b))_\sigma$。トーサー の記事の例)により、$L$ ベクトル空間 $V$ 上の降下データは、$\Gamma$ の $V$ への半線形作用($\sigma(av)=\sigma(a)\sigma(v)$ を満たす作用)と同じものになる(Poo17 第 4 章)。thm-faithfully-flat-descent-modules は、
$$ V^\Gamma\otimes_KL\xrightarrow{\ \sim\ }V $$
($V^\Gamma$ は不変部分)という形になる。たとえば $K=\mathbb R$、$L=\mathbb C$、$V=\mathbb C^n$ に複素共役を成分ごとに作用させれば、$V^\Gamma=\mathbb R^n$ である。この同型から、$L^n$ 上の半線形作用はすべて標準的なものと同型であることがわかり、Hilbertの定理90 の一般形 $H^1(\Gamma,\mathrm{GL}_n(L))=1$ が従う(Ser79 第 X 章 §1)。

反例

反例:平坦だが忠実でない

$A=\mathbb Z$、$B=\mathbb Z[1/2]$ とする。$B$ は局所化なので平坦だが、$M=\mathbb Z/2$ について $M\otimes B=0$ だから忠実平坦でない。このとき $M\to M\otimes B$ は $\mathbb Z/2\to0$ で単射でなく、Amitsur 複体は $C^{-1}=M$ のところで完全でない。幾何的には、$\operatorname{Spec}\mathbb Z[1/2]\to\operatorname{Spec}\mathbb Z$ は点 $(2)$ を覆わず、そこに台をもつ加群の情報が失われる。thm-faithfully-flat-descent-exact の「忠実」という仮定は外せない。

反例:像は全体を覆うが平坦でない

$k$ を体、$A=k[t]$、$B=k[t]/(t)\times k[t,t^{-1}]$ とする。$\operatorname{Spec}B\to\operatorname{Spec}A$ は原点と $\mathbb A^1\smallsetminus\{0\}$ の和で全射だが、$k[t]/(t)$ は平坦な $k[t]$ 加群でないので $B$ は平坦でない。$M=k[t]/(t^2)$ とすると、$M\otimes B=M/tM\times M[t^{-1}]=k\times0$ であり、$t\in M$ の像は $(0,0)$ だから、$M\to M\otimes B$ は単射でない。したがって全射性だけでは定理の結論は成り立たず、平坦性が必要である($M=A$ の場合に層の条件が破れることは Grothendieck位相 の記事の反例で見た)。

関連項目

参考文献

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