有限集合(finite set)とは、ある自然数 $n$ について $\{1,2,\dots,n\}$ との間に全単射が存在する集合であり、この $n$ を元の個数といって $|X|$ と書く($n=0$ のときは空集合)。たとえば $\{a,b,c\}$ は元の個数 $3$ の有限集合である。$m\ne n$ なら $\{1,\dots,m\}$ と $\{1,\dots,n\}$ の間に全単射はないので、元の個数は数え方によらずに定まる。有限集合の部分集合は有限で、元の個数が全体と等しいのは全体に一致するときに限る。$|A\times B|=|A|\cdot|B|$、$|\mathcal{P}(A)|=2^{|A|}$ が成り立ち、有限集合からそれ自身への単射は全射である(自然数全体の $n\mapsto n+1$ はこれが無限集合で崩れる例)。
集合 $\{a,b,c\}$ の元を数えるとき、私たちは「$a$ が 1 番目、$b$ が 2 番目、$c$ が 3 番目」と番号を振っている。これは $1\mapsto a$、$2\mapsto b$、$3\mapsto c$ という $\{1,2,3\}$ と $\{a,b,c\}$ の 1 対 1 の対応(全単射)を作ることにほかならない。そこで「$\{1,\dots,n\}$ と 1 対 1 に対応する集合」を元が $n$ 個の 有限集合 と定める。$\{a,b,c\}$ の部分集合は
$$
\emptyset,\ \{a\},\ \{b\},\ \{c\},\ \{a,b\},\ \{a,c\},\ \{b,c\},\ \{a,b,c\}
$$
の $2^3=8$ 個である。この定義で気になるのは、数え方(番号の振り方)を変えたら個数が変わることはないのか、という点である。$b$ を 1 番目にしても 3 個であることは当たり前に見えるが、それは「$\{1,\dots,m\}$ と $\{1,\dots,n\}$ の間に $m\ne n$ なら全単射がない」という定理で保証されている。本記事はこの個数の一意性を数学的帰納法で証明し、それをもとに部分集合・和集合・直積・冪集合の個数の基本的な公式を導く。
$0$ を含む自然数の全体を $\mathbb{N}=\{0,1,2,\dots\}$ とし、$n\in\mathbb{N}$ に対して
$$
I_n:=\{k\in\mathbb{N}\mid 1\le k\le n\}=\{1,2,\dots,n\}
$$
とおく。$I_0=\emptyset$(空集合)である。
集合 $X$ について、ある $n\in\mathbb{N}$ と全単射 $I_n\to X$ が存在するとき、$X$ を 有限集合(finite set)という。このとき $n$ を $X$ の 元の個数(number of elements)または濃度といい、$|X|$ と書く($n$ がただ 1 つに定まることは cor-finset-well-defined で示す)。有限集合でない集合を無限集合という。
$n=0$ の場合、全単射 $I_0=\emptyset\to X$ があるのは $X=\emptyset$ のときに限る(写像 の記事の命題「空集合を始域または終域にもつ写像」)。したがって空集合は元の個数 $0$ の有限集合であり、空でない有限集合は正の整数 $n$ について $I_n$ と全単射で結ばれる。Keller と Trotter の教科書の付録 B.5 はこの 2 つの場合を分けて定義し、空でない有限集合について $n$ の一意性を Proposition B.7 として述べている(KT17、p. 339。同書では証明は与えられていない)。$I_n$ の代わりに $\{0,1,\dots,n-1\}$ を使う流儀もある(可算集合 の記事など)。$k\mapsto k-1$ が $I_n$ から $\{0,\dots,n-1\}$ への全単射なので、どちらで定義しても有限集合と元の個数は同じである。
$X$ と $Y$ の間に全単射があるとき、$X$ と $Y$ は対等(基数)であるという。有限集合とは、ある $I_n$ と対等な集合のことである。
有限集合の定義は「数え終わる」ことを全単射の言葉で述べたものである。全単射 $\varphi\colon I_n\to X$ は $X$ の元を $\varphi(1),\varphi(2),\dots,\varphi(n)$ と、重複なく(単射)、漏れなく(全射)一列に並べる。有限集合についての個数の公式、たとえば $|A\times B|=|A|\cdot|B|$ や $|\mathcal{P}(A)|=2^{|A|}$ は、日常の数え上げでは当たり前に使われるが、すべて「番号の振り方によらず個数が決まる」ことを土台にしている。
有限と無限を分ける特徴は、「自分自身の一部と同じ大きさにはなれない」ことである。有限集合からそれ自身への単射は必ず全射になる(単射 の記事の命題「有限集合では単射・全射が一致する」)。無限集合ではこれが崩れ、たとえば自然数全体から偶数全体への $n\mapsto2n$ は全単射になる(無限集合)。
写像 $s\colon\mathbb{N}\to\mathbb{N}$、$s(n)=n+1$ は単射であるが、$0$ は像に属さないので全射でない。有限集合 $X$ については自己写像 $X\to X$ が単射なら全射である(cor-finset-maps の 3。単射 の記事の命題「有限集合では単射・全射が一致する」)ので、この例は「集合からそれ自身への単射は全射である」という含意を破り、満たしていない仮定は「集合が有限である」ことである。同時にこの例は、$\mathbb{N}$ が有限集合でないことの 1 つの証明にもなっている。
個数がただ 1 つに定まることの核心は、次の補題である。証明は $I_n$ の元の並べ替えだけを使い、個数についての既知の事実を何も仮定しない。
$m,n\in\mathbb{N}$ とする。単射 $I_m\to I_n$ が存在するならば $m\le n$ である。
$n$ に関する数学的帰納法で、「すべての $m\in\mathbb{N}$ について、単射 $I_m\to I_n$ があれば $m\le n$」を示す。
$n=0$ のとき:$I_0=\emptyset$ への写像があるのは始域が空のときだけなので、$I_m=\emptyset$、すなわち $m=0\le0$ である。
$n$ で成り立つとし、単射 $f\colon I_m\to I_{n+1}$ があるとする。$m=0$ なら $m\le n+1$ である。$m\ge1$ とする。$I_{n+1}$ の 2 元 $f(m)$ と $n+1$ を入れ替え、他の元を動かさない写像を $\tau\colon I_{n+1}\to I_{n+1}$ とする($f(m)=n+1$ なら $\tau$ は恒等写像)。$\tau$ は全単射なので $\tau\circ f$ は単射であり、$\tau(f(m))=n+1$ である。$1\le k\le m-1$ なら $k\ne m$ なので単射性から $\tau(f(k))\ne n+1$、すなわち $\tau(f(k))\in I_n$ である。したがって $g(k):=\tau(f(k))$ は単射 $g\colon I_{m-1}\to I_n$ を定める。帰納法の仮定により $m-1\le n$、すなわち $m\le n+1$ である。$\square$
lem-finset-injection は、$m>n$ なら $m$ 個のものを $n$ 個の箱に重複なく入れられないという鳩の巣原理を、$I_m$ と $I_n$ について述べたものである。一般の有限集合についての鳩の巣原理は、この補題と cor-finset-well-defined の 3 によって $I_m,I_n$ の場合に帰着される。
$X$ を有限集合、$A\subset X$ とする。このとき $A$ は有限集合で $|A|\le|X|$ であり、$|A|=|X|$ となるのは $A=X$ のときに限る。
まず $X=I_n$ の場合を $n$ に関する帰納法で示す。$n=0$ なら $A=\emptyset=I_0$ で主張は成り立つ。
$n$ で成り立つとし、$A\subset I_{n+1}$ とする。$A':=A\setminus\{n+1\}$ は $I_n$ の部分集合なので、帰納法の仮定により有限で、$k:=|A'|\le n$、全単射 $h\colon I_k\to A'$ がある。
$f\colon X\to Y$ を写像とする。
2 の証明では、逆像の元を 1 つずつ選ぶのに選択公理を使っていない。番号の最小のものを選ぶという規則が明示できるからである。3 は $X=Y$ の場合に 単射 の記事の命題「有限集合では単射・全射が一致する」となり、同記事が用いている元の個数の 3 つの事実は、cor-finset-well-defined、prop-finset-subset、本系の 2 にあたる。
$A,B$ を有限集合とする。
2 は 2 つの集合の場合の包除原理であり、和集合 の記事の命題「二集合の包除原理」と同じ主張である。1 を繰り返し使えば、有限個の有限集合の和集合は有限であることが、集合の個数に関する帰納法で分かる。
冪集合 の記事の命題「有限集合の冪集合の濃度」は同じ主張を「各元を入れるか入れないか」の選び方の数として説明している。上の証明はその説明を帰納法で書いたものである。同様にして、有限集合 $X$ から有限集合 $Y$ への写像全体の個数は $|Y|^{|X|}$ である(写像 の記事の命題「有限集合間の写像の個数」)。
prop-finset-subset により、有限集合 $X$ の真部分集合 $A\subsetneq X$ は $|A|<|X|$ を満たすので、cor-finset-well-defined の 3 により $A$ と $X$ は対等でない。すなわち、有限集合はどの真部分集合とも対等でない。この性質は選択公理なしに証明された。逆向き「真部分集合と対等にならない集合は有限である」は、可算選択公理を仮定すれば成り立つが、選択公理を仮定しない集合論では証明できない。詳しくは 無限集合 の記事で扱う。
Ham は有限集合の元の個数を直観的に扱い、$|A\times B|=|A|\cdot|B|$ を Fact 1.1(§1.2、p. 9)、$|\mathcal{P}(A)|=2^{|A|}$ を Fact 1.4(§1.4、p. 15)、交わらない集合の和の個数を Fact 3.2 の加法原理(§3.3、p. 74)として述べている。KT17 の付録 B.5(pp. 339–340)は有限集合を全単射で定義し、個数の一意性(Proposition B.7)と直積の個数(Proposition B.11)を証明なしに述べている。本記事の証明は、これらの事実を定義から数学的帰納法で導いたものである。
Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する