Hodge予想(Hodge conjecture)とは、複素数体上の滑らかな射影多様体 $X$ について、有理コホモロジー $H^{2p}(X,\mathbb{Q})$ の類のうち Hodge 分解で $(p,p)$ 型に属するもの(Hodge 類)は、余次元 $p$ の代数的サイクルの類の $\mathbb{Q}$ 係数の線形結合に限るという予想である。代数的サイクルの類が Hodge 類であることは知られており、$p=1$ では Lefschetz の $(1,1)$ 定理として成り立つ。整数係数の形やコンパクト Kähler 多様体への拡張は成り立たない。有限体上などの類似に Tate予想がある。Hodge予想は2026年9月時点で一般には未解決である。
前提知識: Hodge理論, Hodge構造, 代数的サイクル, サイクル類写像, 特異コホモロジー
Hodge予想は、滑らかな複素射影多様体の有理コホモロジーのうち、Hodge 分解で $(p,p)$ 型に属する類が、ちょうど代数的サイクルの類の有理結合であると主張する予想である。W. V. D. Hodge が1950年の国際数学者会議の講演(Hod52)で提起した問いに由来し、現在の形は有理係数で述べられる。2000年に Clay 数学研究所のミレニアム懸賞問題の一つに選ばれた(問題の解説は Del06)。
位相的に定義されたコホモロジー類が、代数幾何的な対象(部分多様体)から来るかどうかを、Hodge 構造という線形代数的なデータだけで判定できるか、という問いである。有限体・数体上の類似が Tate予想 である。
本記事では予想を予想として述べ、証明済みの結果には出典を示す。未解決の部分の状況は末尾の「現況」の節にまとめる。
$X$ を $\mathbb C$ 上の滑らかな射影多様体、$d=\dim X$ とし、$X$ の複素点の空間に通常の位相を入れたものの特異コホモロジーを $H^j(X,\mathbb Q)$ と書く。次の Hodge 理論の基本定理を前提とする(Voi02、GH78)。
Hodge フィルトレーションを $F^pH^j=\bigoplus_{r\ge p}H^{r,j-r}$ とおく。
$$
\operatorname{Hdg}^p(X):=H^{2p}(X,\mathbb Q)\cap H^{p,p}(X)
$$
の元を、$X$ の余次元 $p$ の(有理)Hodge 類という。ここで $H^{2p}(X,\mathbb Q)$ は $H^{2p}(X,\mathbb C)$ の部分集合とみなす。
$X$ の余次元 $p$ の既約閉部分多様体 $Z$ は、特異点をもっていても基本類をもち、その Poincaré 双対としてコホモロジー類 $[Z]\in H^{2p}(X,\mathbb Z)$ が定まる(サイクル類写像)。これを線形に延長して、代数的サイクルの群 $\mathcal Z^p(X)$ から $H^{2p}(X,\mathbb Q)$ への写像を得る。
$X$ を $\mathbb C$ 上の滑らかな射影多様体、$0\le p\le d$ とする。このとき、$\operatorname{Hdg}^p(X)$ の任意の元は、$X$ の余次元 $p$ の既約閉部分多様体の類の $\mathbb Q$ 係数の線形結合である。
次の節で見るように、代数的サイクルの類はつねに Hodge 類である。したがって予想は、「$\operatorname{Hdg}^p(X)$ は代数的サイクルの類で $\mathbb Q$ 上張られる」という等式の形に言い換えられる。
係数を $\mathbb Q$ にすること、$X$ を射影的とすることは、どちらも外せない。整数係数の形とコンパクト Kähler 多様体への拡張は、どちらも成り立たないことが知られている(後述)。
$Z\subset X$ が余次元 $p$ の既約閉部分多様体なら、$[Z]\in\operatorname{Hdg}^p(X)$ である。
$[Z]$ は整数類なので有理類である。$Z$ の滑らかな部分 $Z_{\mathrm{reg}}$ は $d-p$ 次元の複素多様体であり、$X$ 上の $2(d-p)$ 次の閉微分形式 $\alpha$ について
$$
\int_X[Z]\wedge\alpha=\int_{Z_{\mathrm{reg}}}\alpha
$$
が成り立つ(右辺の積分が収束し、この等式が $[Z]$ を特徴づけることは Lelong の定理による。GH78、Voi02 を参照)。
$\alpha$ が $(r,s)$ 型で $r+s=2(d-p)$、$(r,s)\ne(d-p,d-p)$ なら、$r>d-p$ または $s>d-p$ であり、$d-p$ 次元の複素多様体上の $(r,s)$ 型の形式は 0 なので、右辺は 0 になる。したがって $[Z]$ は $H^{r,s}$($(r,s)\ne(d-p,d-p)$)のすべてと積分の対で直交する。Hodge 分解と対の非退化性($H^{r',s'}$ は $H^{d-r',d-s'}$ とだけ対をなす)により、$[Z]$ の $(r',s')$ 成分は $(r',s')=(p,p)$ 以外で 0 である。
任意の $j,p$ について
$$
F^pH^j\cap\overline{F^pH^j}=\bigoplus_{r\ge p,\ s\ge p,\ r+s=j}H^{r,s}
$$
が成り立つ。とくに $j=2p$ では右辺は $H^{p,p}$ であり、
$$
F^pH^{2p}\cap\overline{F^pH^{2p}}\cap H^{2p}(X,\mathbb Q)=\operatorname{Hdg}^p(X)
$$
となる。さらに、有理類 $v\in H^{2p}(X,\mathbb Q)$ については $v\in F^pH^{2p}$ だけで $v\in\operatorname{Hdg}^p(X)$ が従う。
$F^pH^j=\bigoplus_{r\ge p}H^{r,j-r}$ であり、対称性により $\overline{F^pH^j}=\bigoplus_{r\ge p}H^{j-r,r}=\bigoplus_{s\ge p}H^{r,s}$ である。一つの直和分解の部分和どうしの共通部分は、共通の添字の部分和である。$j=2p$ のとき、$r\ge p$、$s\ge p$、$r+s=2p$ は $r=s=p$ を意味する。
最後の主張:有理類 $v$ は複素共役で不変なので、$v\in F^p$ なら $v=\bar v\in\overline{F^p}$ でもある。
$X$ を滑らかな複素射影多様体とする。$H^2(X,\mathbb Z)$ の元で、$H^2(X,\mathbb C)$ における像が $H^{1,1}$ に属するものは、$X$ 上の直線束の第1 Chern 類であり、したがって因子の類である。とくに Hodge 予想は $p=1$ で成り立つ。
正則関数の層 $\mathcal O_X$ と指数完全列 $0\to\mathbb Z\to\mathcal O_X\xrightarrow{\exp(2\pi\sqrt{-1}\,\cdot)}\mathcal O_X^\times\to0$ の長完全列
$$
H^1(X,\mathcal O_X^\times)\xrightarrow{c_1}H^2(X,\mathbb Z)\longrightarrow H^2(X,\mathcal O_X)
$$
を使う。右の写像は、$H^2(X,\mathbb Z)\to H^2(X,\mathbb C)$ と、Hodge 分解の $H^{0,2}\cong H^2(X,\mathcal O_X)$ への射影の合成に等しい(GH78、Voi02)。整数類 $c$ の像が $H^{1,1}$ にあれば、$(0,2)$ 成分は 0 なので $c$ は右の写像で消え、正則直線束の $c_1$ である。GAGA により $X$ 上の正則直線束は代数的であり、射影多様体上の直線束は二つの有効因子の差に対応するので、$c$ は因子の類である。
有理係数については、$v\in\operatorname{Hdg}^1(X)$ に対して $nv$ が整数類の像になる $n\ge1$ をとり、上の結果をその整数類に当てて $n$ で割ればよい。
$2p\le d$ とする。$X$ について余次元 $p$ の Hodge 予想が成り立てば、余次元 $d-p$ の Hodge 予想も成り立つ。とくに、余次元 $d-1$ の Hodge 予想はつねに成り立ち、$d\le3$ の $X$ では Hodge 予想はすべての $p$ で成り立つ。
$h\in H^2(X,\mathbb Q)$ を超平面切断の類とし、$L$ を $h$ との杯積とする。強 Lefschetz 定理(Voi02、GH78)により、$L^{d-2p}:H^{2p}(X,\mathbb Q)\to H^{2d-2p}(X,\mathbb Q)$ は同型である。$h$ は $(1,1)$ 型なので、$L^{d-2p}$ は $H^{r,s}$ を $H^{r+d-2p,\,s+d-2p}$ へ写す。複素化した同型が各型の成分を対応する型の成分へ写すので、$L^{d-2p}$ は $H^{p,p}$ を $H^{d-p,d-p}$ の上へ同型に写す。有理構造も保つので、$\operatorname{Hdg}^p(X)\to\operatorname{Hdg}^{d-p}(X)$ は同型である。
一方、余次元 $p$ の部分多様体 $Z$ に対して、一般の位置にある超平面 $H_1,\dots,H_{d-2p}$ をとれば $L^{d-2p}[Z]=[Z\cap H_1\cap\dots\cap H_{d-2p}]$ であり(交わりは重複度を込めたサイクルとする)、これは代数的類である。したがって $\operatorname{Hdg}^{d-p}(X)$ の元は代数的類の像として書ける。
$p=1$ に thm-hodge-conjecture-lefschetz-11 を使えば余次元 $d-1$ の場合を得る。$d\le3$ では、$p=0$($H^0=\mathbb Q\cdot[X]$)と $p=d$($H^{2d}=\mathbb Q\cdot[\text{点}]$)は明らかで、残りの $p$ は $1$ か $d-1$ である。
$X=\mathbb P^d$ では $H^{2p}(X,\mathbb Q)=\mathbb Q\cdot h^p$ であり、$h^p$ は余次元 $p$ の線形部分空間の類である。$H^{2p}=H^{p,p}$ なので $\operatorname{Hdg}^p=H^{2p}(X,\mathbb Q)$ であり、Hodge 予想は成り立つ。
$E_1,E_2$ を複素楕円曲線、$X=E_1\times E_2$ とする。$d=2$ なので prop-hodge-conjecture-hard-lefschetz により Hodge 予想は成り立つ。$\operatorname{Hdg}^1(X)$ の次元(Picard 数)は、$E_1\times\{0\}$ と $\{0\}\times E_2$ の2つに、$\operatorname{Hom}(E_1,E_2)$ の階数を足したものに等しい。この階数は、$E_1,E_2$ が同種でなければ 0、同種で虚数乗法をもたなければ 1、同種で虚数乗法をもてば 2 である。準同型のグラフが、この追加の Hodge 類を与える。
予想の仮定を弱めた次の二つの形は成り立たない。
「$H^{2p}(X,\mathbb Z)$ の元で、$H^{2p}(X,\mathbb C)$ への像が $H^{p,p}$ に属するものは、代数的サイクルの類の $\mathbb Z$ 係数の結合である」という整数係数の形は、$p\ge2$ で一般には成り立たない。
$X$ を射影的とは限らないコンパクト Kähler 多様体とし、代数的サイクルの代わりに解析的部分集合の類、または連接層の Chern 類を使う形を考える。Voisin Voi02b は、この形でも Hodge 類がそれらで張られないコンパクト Kähler 多様体を構成した。射影性の仮定を外すと結論が破れるので、予想は射影多様体に限って述べられる。
Grothendieck は、Hodge 予想を $H^{2p}$ 以外の次数へ広げる 一般Hodge予想 を述べた。$H^j(X,\mathbb Q)$ の余次元フィルトレーション $N^pH^j$ を、余次元 $p$ 以上のある閉集合の補集合へ制限すると 0 になる類全体と定める(余次元フィルトレーション)。
Grothendieck は「Le groupe de Brauer III」Gro68 の §10 で、有限体上の Tate予想を余次元フィルトレーションで一般化したのち、その複素数体上の類似として Hodge 予想を位置づけた。
この節は2026年9月時点の状況であり、今後の研究で更新されうる。
Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する