線形写像(linear map)とは、体 $K$ 上のベクトル空間の間の写像 $T\colon V\to W$ であって、加法とスカラー倍を保つ($T(x+y)=T(x)+T(y)$、$T(ax)=aT(x)$)もののことである。核 $\ker T$ と像 $\operatorname{im}T$ はそれぞれ部分空間であり、$T$ が単射であることと $\ker T=\{0\}$ は同値である。合成と全単射線形写像の逆写像は線形で、線形写像全体はベクトル空間をなす。線形写像は基底の行き先だけで定まり、有限次元では表現行列で表され、$K^n$ から $K^m$ への線形写像は行列による写像 $x\mapsto Ax$ にほかならない。行列、微分、評価写像、射影、跡が代表例で、平行移動や 2 乗は線形でない。
$K$ を体、$V,W$ を $K$ 上のベクトル空間とする。写像 $T\colon V\to W$ が次の 2 条件を満たすとき、$T$ を $V$ から $W$ への線形写像(linear map)という。
「線形作用素」はしばし自己写像、または位相を備えた空間の間の有界線形写像を指す。そのため、本記事では一般の $V\to W$ の線形写像の同義語とはしない。
線形写像 $T\colon V\to W$ に対し、
$$
\ker T:=\{x\in V\mid T(x)=0\}\subset V,\qquad
\operatorname{im}T:=T(V)=\{T(x)\mid x\in V\}\subset W
$$
をそれぞれ $T$ の核(kernel、零空間)と像(image、値域)という。核と像はそれぞれ $V$、$W$ の部分空間である(prop-linear-map-kernel-image-subspace)。$\operatorname{im}T$ が有限次元であるとき、その次元(ベクトル空間)を $T$ の階数(線形写像)といい $\operatorname{rank}T$ と書く。Axl15
$V,W$ を有限次元のベクトル空間、$v_1,\ldots,v_n$ を $V$ の基底、$w_1,\ldots,w_m$ を $W$ の基底とする。線形写像 $T\colon V\to W$ に対し、各 $T(v_j)$ を $W$ の基底で
$$
T(v_j)=\sum_{i=1}^{m}a_{ij}w_i\qquad(j=1,\ldots,n)
$$
と(一意に)表したとき、$m\times n$ 型の行列 $A=(a_{ij})$ を、これらの基底に関する $T$ の表現行列という。すなわち $A$ の第 $j$ 列は $T(v_j)$ の座標である。$V=K^n$、$W=K^m$ をそれぞれ標準基底でみたときは、$A$ の第 $j$ 列は $T(e_j)$ であり、$T(x)=Ax$($x$ は列ベクトル)が成り立つ。表現行列の基本性質($T\mapsto A$ が全単射であること、合成が積に対応すること、基底の取り替えで $Q^{-1}AP$ に変わること)は 線形代数学 の記事の定理「表現行列と基底の取り替え」が、$K^n$ から $K^m$ への線形写像と行列の対応は 行列 の記事の定理「行列と線形写像の対応」が扱う。
線形写像とは、ベクトル空間の 2 つの演算(加法とスカラー倍)を保つ写像である。「和を写してから足しても、足してから写しても同じ」「定数倍してから写しても、写してから定数倍しても同じ」という条件は、写像が線形結合と両立すること $T(\sum a_iv_i)=\sum a_iT(v_i)$ と同じである(prop-linear-map-basic)。この性質のため、線形写像は基底の行き先だけで完全に決まり(prop-linear-map-determined-by-basis)、有限次元では行列の計算に置き換えられる。
線形写像を調べる 2 つの基本的な部分空間が核と像である。核は「つぶされてしまう方向」、像は「到達できる範囲」を表す。核が零であることは単射性と同値であり(prop-linear-map-injective)、写像 $x\mapsto Ax$ については「連立1次方程式 $Ax=0$ が自明な解しかもたない」ことにあたる。核と像の大きさは次元定理 $\dim V=\dim\ker T+\dim\operatorname{im}T$(線形代数学 の記事の定理「次元定理」)で結ばれる。
$A\in M_{m,n}(K)$ に対し、$T_A\colon K^n\to K^m$、$T_A(x):=Ax$ は線形写像である。実際、行列の積の分配律とスカラー倍との両立(行列 の記事の命題「行列演算の基本法則」)により $A(x+y)=Ax+Ay$、$A(cx)=c(Ax)$ が成り立つ。$\ker T_A$ は斉次連立1次方程式 $Ax=0$ の解全体、$\operatorname{im}T_A$ は $A$ の列ベクトルの線形包(列空間)である。たとえば
$$
A=\begin{pmatrix}1 & 2 & 1\\ 2 & 4 & 3\end{pmatrix}
$$
のとき、$Ax=0$ を解くと $\ker T_A=\{(-2t,t,0)\mid t\in K\}$ であり、$\operatorname{im}T_A$ は列ベクトル $(1,2)^{\top}$、$(1,3)^{\top}$ で生成される $K^2$ 全体である。
実数係数の多項式全体 $\mathbb{R}[x]$ 上で、微分 $D\colon\mathbb{R}[x]\to\mathbb{R}[x]$、$D(f):=f'$ は線形変換である($(f+g)'=f'+g'$、$(af)'=af'$)。$\ker D$ は定数多項式全体、$\operatorname{im}D=\mathbb{R}[x]$ である(任意の多項式は多項式の導関数として書ける)。したがって $D$ は全射だが単射でない。一方、$J\colon\mathbb{R}[x]\to\mathbb{R}[x]$、$J(f)(x):=\int_0^xf(t)\,dt$ は線形で、$D\circ J=\mathrm{id}$ であるから $J$ は単射だが、$\operatorname{im}J$ は定数項が $0$ の多項式全体であり全射でない。無限次元では「単射 $\Leftrightarrow$ 全射」が成り立たないことを示す例である(rem-linear-map-counterexamples)。
$P\colon K^3\to K^2$、$P(x,y,z):=(x,y)$ は線形写像で、$\ker P=\{(0,0,z)\}$、$\operatorname{im}P=K^2$ である。逆向きの $\iota\colon K^2\to K^3$、$\iota(x,y):=(x,y,0)$ も線形で、$\ker\iota=\{0\}$、$\operatorname{im}\iota=\{(x,y,0)\}$ である。$P\circ\iota=\mathrm{id}_{K^2}$ だが $\iota\circ P\ne\mathrm{id}_{K^3}$ である。一般に、$V=W_1\oplus W_2$ と直和に分解されているとき、$x=x_1+x_2$($x_i\in W_i$)に $x_1$ を対応させる写像は $V$ の線形変換であり、$W_2$ に沿った $W_1$ への射影という。
$K$ の元の数列全体 $K^{\mathbb{N}}$ 上で、右ずらし $R(a_0,a_1,a_2,\ldots):=(0,a_0,a_1,\ldots)$ と左ずらし $L(a_0,a_1,a_2,\ldots):=(a_1,a_2,a_3,\ldots)$ はいずれも線形変換である。$R$ は単射($\ker R=\{0\}$)だが全射でなく(像は第 0 項が $0$ の数列全体)、$L$ は全射だが単射でない($\ker L$ は第 0 項以外が $0$ の数列全体)。$L\circ R=\mathrm{id}$ であるが $R\circ L\ne\mathrm{id}$ である。
$T\colon V\to W$ を線形写像とする。
1 を示す。斉次性とベクトル空間の記事の命題「スカラー倍の基本規則」により $T(0)=T(0\cdot0)=0\cdot T(0)=0$ である。同じ命題により $-x=(-1)x$ であるから $T(-x)=T((-1)x)=(-1)T(x)=-T(x)$ であり、$T(x-y)=T(x+(-y))=T(x)+T(-y)=T(x)-T(y)$ である。
2 を示す。$n$ についての帰納法による。$n=1$ のときは斉次性そのものである。$n\ge2$ のとき、加法性と帰納法の仮定により
$$
T\Bigl(\sum_{i=1}^{n}a_iv_i\Bigr)=T\Bigl(\sum_{i=1}^{n-1}a_iv_i\Bigr)+T(a_nv_n)=\sum_{i=1}^{n-1}a_iT(v_i)+a_nT(v_n)
$$
である。
3 を示す。線形なら 2 により $T(ax+by)=aT(x)+bT(y)$ である。逆にこの等式が成り立つなら、$a=b=1$ として加法性、$b=0$ として($T(0\cdot y)$ の項は $0\cdot T(y)=0$)斉次性を得る。$\square$
$\ker T=T^{-1}(\{0\})$、$\operatorname{im}T=T(V)$ であるから、後半を示せばよい。ベクトル空間の記事の命題「部分空間の判定」の 2 を使う。
$T(U)$ について。$0=T(0)\in T(U)$ である(prop-linear-map-basicの 1、$0\in U$)。$T(u),T(u')\in T(U)$($u,u'\in U$)と $a,b\in K$ に対し、$aT(u)+bT(u')=T(au+bu')$ であり、$U$ が部分空間なので $au+bu'\in U$ であるから、$aT(u)+bT(u')\in T(U)$ である。
$T^{-1}(U')$ について。$T(0)=0\in U'$ より $0\in T^{-1}(U')$ である。$x,y\in T^{-1}(U')$、$a,b\in K$ に対し、$T(ax+by)=aT(x)+bT(y)$ は $U'$ の元の線形結合であるから $U'$ に属し、$ax+by\in T^{-1}(U')$ である。$\square$
$T$ が単射とする。$x\in\ker T$ なら $T(x)=0=T(0)$ であり、単射性から $x=0$ である。よって $\ker T=\{0\}$ である。
逆に $\ker T=\{0\}$ とする。$T(x)=T(y)$ ならprop-linear-map-basicの 1 により $T(x-y)=T(x)-T(y)=0$、すなわち $x-y\in\ker T=\{0\}$ であるから $x=y$ である。よって $T$ は単射である。$\square$
1 を示す。$x,y\in V$、$a,b\in K$ に対し、$T$ と $S$ の線形性(prop-linear-map-basicの 3 の形)により
$$
(S\circ T)(ax+by)=S(aT(x)+bT(y))=aS(T(x))+bS(T(y))=a(S\circ T)(x)+b(S\circ T)(y)
$$
である。
2 を示す。$w,w'\in W$、$a,b\in K$ とし、$x:=T^{-1}(w)$、$x':=T^{-1}(w')$ とおく。$T$ の線形性により $T(ax+bx')=aT(x)+bT(x')=aw+bw'$ であるから、$T^{-1}$ の定義により $T^{-1}(aw+bw')=ax+bx'=aT^{-1}(w)+bT^{-1}(w')$ である。$T^{-1}$ は全単射であるから線形同型である。
3 を示す。恒等写像 $\mathrm{id}_V$ は線形同型であるから $V\cong V$ である。$V\cong W$ なら 2 により $W\cong V$ である。$V\cong W$ かつ $W\cong U$ なら、同型の合成は 1 により線形で、全単射の合成は全単射であるから $V\cong U$ である。$\square$
$V,W$ を $K$ 上のベクトル空間とする。$S,T\in\operatorname{Hom}_K(V,W)$、$a\in K$ に対し
$$
(S+T)(x):=S(x)+T(x),\qquad (aT)(x):=a\,T(x)\qquad(x\in V)
$$
と定めると、$S+T$、$aT$ は線形写像であり、$\operatorname{Hom}_K(V,W)$ はこの演算によって $K$ 上のベクトル空間になる。また、合成は加法とスカラー倍と両立する。すなわち $S,S'\in\operatorname{Hom}_K(W,U)$、$T,T'\in\operatorname{Hom}_K(V,W)$、$a\in K$ について
$$
(S+S')\circ T=S\circ T+S'\circ T,\qquad S\circ(T+T')=S\circ T+S\circ T',\qquad (aS)\circ T=S\circ(aT)=a(S\circ T)
$$
が成り立つ。Axl15
$V$ から $W$ への写像全体 $W^V$ は、値ごとの演算によって $K$ 上のベクトル空間である(ベクトル空間の記事の例「関数の空間」)。$\operatorname{Hom}_K(V,W)$ がその部分空間であることを示せばよい。零写像 $x\mapsto0$ は線形である。$S,T$ が線形で $a,b\in K$ なら、$x,y\in V$、$c,d\in K$ に対し
$$
(aS+bT)(cx+dy)=a\bigl(cS(x)+dS(y)\bigr)+b\bigl(cT(x)+dT(y)\bigr)=c(aS+bT)(x)+d(aS+bT)(y)
$$
であるから $aS+bT$ は線形である。よってベクトル空間の記事の命題「部分空間の判定」により $\operatorname{Hom}_K(V,W)$ は $W^V$ の部分空間、したがってベクトル空間である。
合成との両立は、各 $x\in V$ で値を比べればよい。たとえば $S\circ(T+T')(x)=S(T(x)+T'(x))=S(T(x))+S(T'(x))$ は $S$ の加法性であり、$(aS)\circ T(x)=aS(T(x))=S(aT(x))$ は $S$ の斉次性である。他も同様である。$\square$
$T\colon V\to W$ を線形写像、$S\subset V$ を部分集合とする。
1 を示す。$x\in\operatorname{span}(S)$ は $x=\sum_{i}a_is_i$($s_i\in S$)と書け、prop-linear-map-basicの 2 により $T(x)=\sum_ia_iT(s_i)\in\operatorname{span}(T(S))$ である。逆に $\operatorname{span}(T(S))$ の元 $\sum_ia_iT(s_i)$ は $T(\sum_ia_is_i)$ に等しく、$\sum_ia_is_i\in\operatorname{span}(S)$ であるから $T(\operatorname{span}(S))$ に属する。$S=\emptyset$ のときは両辺とも $\{0\}$ である。
2 は 1 で $\operatorname{span}(S)=V$ とおけばよい。$T$ が全射であることは $\operatorname{im}T=W$、すなわち $\operatorname{span}(T(S))=W$ と同値である。
3 を示す。$T$ は単射であるから、線形独立の記事の命題「単射線形写像による保存」により $T(B)$ は線形独立である($T$ が単射なので、$B$ の相異なる元は相異なる元に写り、$T(B)$ を族とみても集合とみても同じである)。$T$ は全射であるから 2 により $T(B)$ は $W$ を生成する。よって $T(B)$ は $W$ の基底である。$\square$
$V$ を $K$ 上のベクトル空間、$v_1,\ldots,v_n$ を $V$ の基底とする。写像
$$
\Phi\colon K^n\to V,\qquad \Phi(a_1,\ldots,a_n):=a_1v_1+\cdots+a_nv_n
$$
は線形同型である。したがって $n$ 次元のベクトル空間はすべて $K^n$ と同型であり、有限次元のベクトル空間 $V,W$ について $V\cong W$ と $\dim V=\dim W$ は同値である。Axl15
$\Phi$ の線形性は、$a=(a_i)$、$b=(b_i)\in K^n$、$c,d\in K$ に対し
$$
\Phi(ca+db)=\sum_{i}(ca_i+db_i)v_i=c\sum_ia_iv_i+d\sum_ib_iv_i=c\Phi(a)+d\Phi(b)
$$
となることから従う(ベクトル空間の分配律)。$\Phi$ が単射であることは、線形独立の記事の定理「線形独立性の同値条件」の 4($v_1,\ldots,v_n$ が線形独立であることと $\Phi$ が単射であることの同値)による。$\Phi$ が全射であることは、$v_1,\ldots,v_n$ が $V$ を生成すること、すなわち $\operatorname{im}\Phi=\operatorname{span}\{v_1,\ldots,v_n\}=V$ による。
後半について。$\dim V=\dim W=n$ なら $V\cong K^n\cong W$ であり、prop-linear-map-composition-inverseの 3 により $V\cong W$ である。逆に $T\colon V\to W$ が線形同型なら、$V$ の基底 $B$ の像 $T(B)$ は $W$ の基底であり(prop-linear-map-span-imageの 3)、$T$ が単射なので $T(B)$ の元の個数は $B$ の元の個数に等しい。基底の元の個数は基底の取り方によらない(基底と次元の記事の定理「次元の一意性」)から $\dim V=\dim W$ である。$\square$
$V$ を有限次元のベクトル空間、$v_1,\ldots,v_n$ をその基底、$W$ を任意のベクトル空間とする。任意の $w_1,\ldots,w_n\in W$ に対し、$T(v_j)=w_j$($j=1,\ldots,n$)を満たす線形写像 $T\colon V\to W$ がただ 1 つ存在する。とくに、2 つの線形写像 $S,T\colon V\to W$ がすべての $j$ で $S(v_j)=T(v_j)$ を満たせば $S=T$ である。
$V$ を有限次元のベクトル空間、$T\colon V\to W$ を線形写像とすると、$\ker T$ と $\operatorname{im}T$ は有限次元であり
$$
\dim V=\dim\ker T+\dim\operatorname{im}T
$$
が成り立つ。とくに $\dim V=\dim W<\infty$ のとき、$T$ について単射・全射・全単射は互いに同値である。
線形写像は圏の言葉では $K$ 上のベクトル空間のなす圏の射であり、$\operatorname{Hom}_K(V,W)$ という記法はこれに由来する。係数を環に広げた加群の間の構造を保つ写像は加群の準同型といい、定義は線形写像と同じである。無限次元のベクトル空間に位相を入れたノルム空間・Hilbert空間の間では、線形写像のうち連続写像であるもの(有界線形作用素)を主に扱い、これが関数解析の対象である。線形写像の一般論は Axl15 Chapter 3、行列との対応を含む扱いは Lan02 Chapter XIII による。
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