SL(2,C)とSO^+(1,3)

同義語:SL(2,C)と固有順時Lorentz群SL(2,C)による固有順時Lorentz群の二重被覆double cover of SO+(1,3) by SL(2,C)

概要

SL(2,C)とSO^+(1,3)の二重被覆(double cover of $\mathrm{SO}^+(1,3)$ by $\mathrm{SL}(2,\mathbb C)$)とは、Minkowski空間を $2\times2$ Hermite行列と同一視し、$A\in\mathrm{SL}(2,\mathbb C)$ を $X\mapsto AXA^*$ で作用させて得られる全射準同型である。Hermite行列の行列式はMinkowski二次形式に一致し、この作用の核は $\{\pm I_2\}$ となる。したがって $\mathrm{SL}(2,\mathbb C)/\{\pm I_2\}\cong\mathrm{SO}^+(1,3)$ であり、これは固有順時Lorentz群の普遍二重被覆である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 行列, 群準同型, Hermite行列, Lie群, 二重被覆群

主題

$2$ 次複素特殊線形群 $\mathrm{SL}(2,\mathbb C)$ は、$4$ 次元Minkowski空間の固有順時Lorentz群 $\mathrm{SO}^+(1,3)$ を二重に覆う。正確には、連続な全射準同型
$$ \rho\colon \mathrm{SL}(2,\mathbb C)\longrightarrow \mathrm{SO}^+(1,3) $$
があり、その核は $\{I_2,-I_2\}$ である。したがって
$$ \mathrm{SL}(2,\mathbb C)/\{\pm I_2\} \cong \mathrm{SO}^+(1,3) $$
であり、$\rho$ は二重被覆写像である。
ここで重要なのは、像がLorentz群の全成分ではなく、恒等変換を含む連結成分 $\mathrm{SO}^+(1,3)$ である点である。旧来「$\mathrm{SL}(2,\mathbb C)$ は $\mathrm{SO}(1,3)$ の二重被覆」と略記されることがあるが、本稿では成分を明示する。
構成には、Minkowski空間を $2\times2$ Hermite行列の空間と同一視する方法を使う。$\mathrm{SL}(2,\mathbb C)$ はHermite行列に
$$ X\longmapsto AXA^* $$
と作用し、行列式を保つ。Hermite行列の行列式がMinkowski二次形式そのものになることが核心である。標準的な直接証明は Gal05 §4.5, Proposition 4.20にもある。

Minkowski空間とHermite行列

Minkowski二次形式とLorentz群

$\mathbb R^4$ の座標を $v=(t,x,y,z)$ とし、Minkowski二次形式を
$$ q(v):=t^2-x^2-y^2-z^2 $$
とする。$q$ を保つ実線形変換全体を $\mathrm O(1,3)$、そのうち行列式が $1$ のものを $\mathrm{SO}(1,3)$ と書く。
$\mathrm{SO}(1,3)$ の恒等変換を含む連結成分を固有順時Lorentz群といい、
$$ \mathrm{SO}^+(1,3) $$
と書く。これは $\Lambda\in\mathrm O(1,3)$ で $\det\Lambda=1$ かつ $\Lambda(1,0,0,0)$ の時間成分が正であるもの全体に一致する。

Hermite行列表示

$v=(t,x,y,z)\in\mathbb R^4$ に対し
$$ H(v):= \begin{pmatrix} t+z&x-iy\\ x+iy&t-z \end{pmatrix} $$
と定める。$H(v)^*=H(v)$ であり、$H$ は $\mathbb R^4$ から $2\times2$ Hermite行列全体 $\operatorname{Herm}_2(\mathbb C)$ への実線形同型である。

行列式はMinkowski二次形式

任意の $v=(t,x,y,z)$ に対し
$$ \det H(v)=q(v)=t^2-x^2-y^2-z^2 $$
である。

証明

直接計算すると
$$ \begin{aligned} \det H(v) &=(t+z)(t-z)-(x-iy)(x+iy)\\ &=t^2-z^2-(x^2+y^2)\\ &=t^2-x^2-y^2-z^2 \end{aligned} $$
となる。

準同型の構成

Hermite行列への作用

$A\in\mathrm{SL}(2,\mathbb C)$ と $v\in\mathbb R^4$ に対し、
$$ H(\rho(A)v):=AH(v)A^* $$
によって実線形写像 $\rho(A)\colon\mathbb R^4\to\mathbb R^4$ が一意に定まる。このとき $\rho(A)$ はMinkowski二次形式を保ち、
$$ \rho(AB)=\rho(A)\rho(B), \qquad \rho(I_2)=I_4 $$
が成り立つ。したがって $\rho$ は連続な群準同型
$$ \rho\colon\mathrm{SL}(2,\mathbb C)\to\mathrm O(1,3) $$
である。

証明

$X=X^*$ なら
$$ (AXA^*)^*=AXA^* $$
なので、$X\mapsto AXA^*$ はHermite行列空間を保つ実線形写像である。$A^{-1}$ による作用が逆写像であるから、$H$ を介して $\rho(A)$ が一意に定まる。
$\det A=1$ なので、
$$ \det(AXA^*)=(\det A)(\det X)\overline{\det A}=\det X $$
である。前命題により $q(\rho(A)v)=q(v)$、したがって $\rho(A)\in\mathrm O(1,3)$ である。また
$$ (AB)X(AB)^*=A(BXB^*)A^* $$
から準同型性が従う。$\rho(A)$ の成分は $A$ の実部・虚部の多項式で表されるため、$\rho$ は連続である。

なぜ像は恒等成分に入るか

$\mathrm{SL}(2,\mathbb C)$ の連結性

$\mathrm{SL}(2,\mathbb C)$ は弧状連結である。

証明

$A\in\mathrm{SL}(2,\mathbb C)$ の極分解を $A=UP$ とする。ここで $U$ はユニタリ、$P$ は正定値Hermite行列である。$1=\det A=(\det U)(\det P)$ で、$\det P>0$ だから $\det P=1$、$\det U=1$ であり、$U\in\mathrm{SU}(2)$ である。
正定値Hermite行列 $P$ は $P=e^B$ と一意に書ける。$B$ はHermite行列で、$\operatorname{tr}B=\log\det P=0$ である。したがって $s\mapsto e^{sB}$ は $I_2$ から $P$ への $\mathrm{SL}(2,\mathbb C)$ 内の道である。一方、$\mathrm{SU}(2)$ は $3$ 次元球面 $S^3$ と同相なので弧状連結であり、$I_2$ から $U$ への道がある。これらを掛け合わせれば $I_2$ から $A=UP$ への道を得る。

極分解と行列Lie群の基本事項については Hal15 も参照されたい。
連結空間の連続像は連結であり、$\rho(I_2)=I_4$ である。よって $\rho$ の像は $\mathrm O(1,3)$ の恒等成分、すなわち $\mathrm{SO}^+(1,3)$ に含まれる。

核と像

核

$$ \ker\rho=\{I_2,-I_2\} $$
である。

証明

$A\in\ker\rho$ とする。$H(1,0,0,0)=I_2$ なので、$A I_2 A^*=I_2$、すなわち $AA^*=I_2$ である。したがって $A$ はユニタリで、$A^*=A^{-1}$ である。
任意のHermite行列 $X$ に対し $AXA^{-1}=X$ だから、$A$ はすべてのHermite行列と可換する。Hermite行列は $M_2(\mathbb C)$ を複素ベクトル空間として生成するので、$A$ はすべての $2\times2$ 複素行列と可換する。したがって $A=\lambda I_2$ である。$\det A=\lambda^2=1$ から $\lambda=\pm1$ を得る。逆に $\pm I_2$ は $X\mapsto AXA^*$ に同じ恒等作用をする。

像が $\mathrm{SO}^+(1,3)$ 全体になることを見るため、空間回転とboostを別々に持ち上げる。

$z$ 軸方向のboost

$\eta\in\mathbb R$ に対し
$$ A_\eta:= \begin{pmatrix} e^{\eta/2}&0\\ 0&e^{-\eta/2} \end{pmatrix} \in\mathrm{SL}(2,\mathbb C) $$
とおく。このとき
$$ \rho(A_\eta)(t,x,y,z) = (t\cosh\eta+z\sinh\eta,\ x,\ y,\ t\sinh\eta+z\cosh\eta). $$

証明

行列積を計算すると
$$ A_\eta H(t,x,y,z)A_\eta^* = \begin{pmatrix} e^\eta(t+z)&x-iy\\ x+iy&e^{-\eta}(t-z) \end{pmatrix}. $$
右辺を $H(t',x',y',z')$ と比較すると $x'=x$、$y'=y$ であり、
$$ t'+z'=e^\eta(t+z), \qquad t'-z'=e^{-\eta}(t-z). $$
これらの和と差を取れば主張の式を得る。

Pauli行列を $\sigma_1,\sigma_2,\sigma_3$ とし、単位ベクトル $n\in\mathbb R^3$ に対して $n\cdot\sigma:=n_1\sigma_1+n_2\sigma_2+n_3\sigma_3$ と書く。$(n\cdot\sigma)^2=I_2$ なので
$$ A_{\eta,n}:= \exp\bigl((\eta/2)n\cdot\sigma\bigr) = \cosh(\eta/2)I_2+\sinh(\eta/2)n\cdot\sigma $$
は行列式 $1$ の正定値Hermite行列である。その作用は方向 $n$ のboostであり、とくに
$$ \rho(A_{\eta,n})(1,0,0,0) = (\cosh\eta,\sinh\eta\,n) $$
となる。

全射性

$\rho\colon\mathrm{SL}(2,\mathbb C)\to\mathrm{SO}^+(1,3)$ は全射である。

証明

$\Lambda\in\mathrm{SO}^+(1,3)$ とし、$e_0=(1,0,0,0)$、$u=\Lambda e_0$ とおく。$q(u)=1$ かつ $u$ の時間成分は正なので、ある $\eta\geq0$ と単位ベクトル $n\in\mathbb R^3$ を用いて
$$ u=(\cosh\eta,\sinh\eta\,n) $$
と書ける。$\eta=0$ の場合の $n$ は任意でよい。上の構成による $A_{\eta,n}$ を取り、$B:=\rho(A_{\eta,n})$ とおけば $Be_0=u$ である。
$K:=B^{-1}\Lambda$ は $e_0$ を固定する。Minkowski形式を保つことから、$K$ は $e_0$ の直交補空間 $\{0\}\times\mathbb R^3$ を保ち、その制限はEuclid内積を保つ。さらに $\det K=1$ なので
$$ K= \begin{pmatrix} 1&0\\ 0&R \end{pmatrix} \qquad(R\in\mathrm{SO}(3)) $$
である。
既存記事SO(3)とSU(2)の主定理により、ある $U\in\mathrm{SU}(2)$ が存在して、Hermite行列への共役作用が空間回転 $R$ を与える。$\mathrm{SU}(2)\subset\mathrm{SL}(2,\mathbb C)$ なので $K=\rho(U)$ である。したがって
$$ \Lambda=BK=\rho(A_{\eta,n}U) $$
であり、$\rho$ は全射である。

二重被覆

二重被覆定理

準同型
$$ \rho\colon\mathrm{SL}(2,\mathbb C)\to\mathrm{SO}^+(1,3) $$
は二重被覆写像である。各 $\Lambda\in\mathrm{SO}^+(1,3)$ の逆像はちょうど $\{A,-A\}$ の形であり、
$$ \mathrm{SL}(2,\mathbb C)/\{\pm I_2\} \cong \mathrm{SO}^+(1,3) $$
はLie群の同型である。

証明

全射性と核の計算により、各ファイバーは $\{A,-A\}$ である。被覆写像であることを局所的に確認する。
$a\in\mathfrak{sl}(2,\mathbb C)$ に対し、$\rho$ の単位元での微分はHermite行列上で
$$ d\rho_{I_2}(a)(X)=aX+Xa^* $$
と作用する。これがすべてのHermite行列 $X$ について $0$ なら、$X=I_2$ から $a+a^*=0$ を得る。したがって $aX-Xa=0$ がすべてのHermite行列について成り立ち、核の証明と同様に $a$ はスカラー行列である。$\operatorname{tr}a=0$ なので $a=0$ である。
$\mathfrak{sl}(2,\mathbb C)$ と $\mathfrak{so}(1,3)$ はともに実次元 $6$ なので、$d\rho_{I_2}$ は同型である。逆関数定理により、$I_2$ のある開近傍 $W$ と $I_4$ のある開近傍 $V$ の間で $\rho|_W\colon W\to V$ は微分同相になる。$W$ を必要なら小さくして $W\cap(-W)=\emptyset$ とできる。
任意の $Y\in V$ の逆像は、$W$ にある一つの元 $s(Y)$ とその負 $-s(Y)$ だけなので
$$ \rho^{-1}(V)=W\sqcup(-W) $$
であり、各制限は $V$ への微分同相である。群の平行移動により任意の点の近傍でも同じことが成り立つ。したがって $\rho$ は二重被覆写像である。商に誘導される写像がLie群の同型になることも同時に従う。

$\mathrm{SL}(2,\mathbb C)$ は極分解により $\mathrm{SU}(2)\cong S^3$ へ変形収縮するため単連結である。したがって、この二重被覆は $\mathrm{SO}^+(1,3)$ の普遍被覆でもあり、$\mathrm{SL}(2,\mathbb C)$ は $\mathrm{Spin}^+(1,3)$ と同型である。

例と反例

同じLorentz変換を与える二元

任意の $A\in\mathrm{SL}(2,\mathbb C)$ に対し
$$ (-A)X(-A)^*=AXA^* $$
であるため、$A$ と $-A$ は同じLorentz変換を与える。たとえば $A_\eta$ と $-A_\eta$ は、どちらも同じ $z$ 軸方向boostを与える。二つの持ち上げがあることは単なる偶然ではなく、核が $\{\pm I_2\}$ であることの具体像である。

$\mathrm{SO}(1,3)$ 全体は像でない

$$ T:=\operatorname{diag}(-1,-1,1,1) $$
は $q$ を保ち、$\det T=1$ なので $T\in\mathrm{SO}(1,3)$ である。しかし $T$ は未来向き時間ベクトル $e_0$ を $-e_0$ に移し、時間の向きを反転するので $T\notin\mathrm{SO}^+(1,3)$ である。$\rho$ の像は $\mathrm{SO}^+(1,3)$ に含まれるため、$T$ は像に入らない。
したがって「$\mathrm{SL}(2,\mathbb C)$ が $\mathrm{SO}(1,3)$ 全体を二重被覆する」という主張は誤りであり、被覆先を恒等成分 $\mathrm{SO}^+(1,3)$ に限定しなければならない。

$\mathrm{SU}(2)\to\mathrm{SO}(3)$ との境界

$\mathrm{SU}(2)$ は $\mathrm{SL}(2,\mathbb C)$ のコンパクト部分群である。$U\in\mathrm{SU}(2)$ なら $UI_2U^*=I_2$ なので、$\rho(U)$ は時間軸を固定し、空間部分に $\mathrm{SO}(3)$ の回転として作用する。よって本稿の準同型を $\mathrm{SU}(2)$ に制限すると、既存記事SO(3)とSU(2)が所有する二重被覆
$$ \mathrm{SU}(2)\longrightarrow\mathrm{SO}(3) $$
を回収する。
既存記事は3次元Euclid空間の回転、Pauli行列、四元数、$\mathrm{SU}(2)$ の核と全射性を所有する。本稿は4次元Minkowski空間、非コンパクトなboost、Lorentz群の連結成分、$\mathrm{SL}(2,\mathbb C)$ による二重被覆を所有する。一般の二重被覆準同型の定義と位相的性質は二重被覆群が所有する。

関連項目

参考文献

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