正方行列

同義語:square matrixn次正方行列

概要

正方行列(square matrix)とは、行の数と列の数が等しい行列のことで、$n imes n$ 行列を $n$ 次正方行列といい、その全体を $M_n(K)$ と書く。$K^n$ からそれ自身への線形写像を表すので、冪 $A^k$ や多項式 $f(A)$、行列式・跡・逆行列・固有値が定義される。$M_n(K)$ は $n^2$ 次元なので、どの正方行列も次数 $n^2$ 以下のある多項式で零化される。数と違い、$0$ でない正方行列の積が $0$ になることがある。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 行列, 体, 行列環, 行列式

行と列の数が等しい行列を 正方行列 という。$2\times3$ 行列 $A$ は $3$ 成分のベクトルを $2$ 成分のベクトルに移すが、$3\times3$ 行列は $3$ 成分のベクトルを同じ $3$ 成分のベクトルに移す。出発点と行き先が同じ空間なので、同じ行列を何度でも掛けることができ、$A^2$、$A^3$、さらに多項式 $A^2-5A-2I$ が意味をもつ。行列式・跡・逆行列・固有値といった線形代数の主要な量は、どれも正方行列に対してだけ定義される。この記事では、正方行列と $n$ 次正方行列の全体 $M_n(K)$ を定義し、行列の多項式の基本性質、どの正方行列もある多項式の根になること、跡の等式 $\operatorname{tr}(AB)=\operatorname{tr}(BA)$ とその帰結 $AB-BA\ne I$、そして $AB$ と $BA$ の固有多項式が等しいことを証明する。数の掛け算では成り立つが正方行列では崩れる性質を、反例で確かめる。

定義

以下、$K$ は体とし、$K$ の元を成分とする $m\times n$ 行列の全体を $M_{m,n}(K)$ と書く。

正方行列

行の数と列の数が等しい行列を 正方行列(square matrix)という。$n\times n$ 行列を $n$ 次正方行列 といい、$n$ をその 次数(大きさ)という。$n$ 次正方行列の全体を $M_n(K):=M_{n,n}(K)$ と書く。$A=(a_{ij})\in M_n(K)$ の成分 $a_{11},\dots,a_{nn}$ を 対角成分 といい、その和
$$ \operatorname{tr}A:=a_{11}+a_{22}+\cdots+a_{nn} $$
を $A$ の 跡(trace、トレース)という。正方でない行列を 長方行列(rectangular matrix)ということがある。

定義は Bee15 Section NM の Definition SQM(p. 51)、跡は Axl24 8.47(§8D、p. 326)と同じである。$M_n(K)$ は行列の和・スカラー倍・積について閉じており、$(i,j)$ 成分だけが $1$ でほかが $0$ の行列 $E_{ij}$($1\le i,j\le n$)を基底とする $n^2$ 次元のベクトル空間で(Axl24 3.40、p. 72)、積について単位行列 $I_n$ を単位元とする環である(行列環 の記事の命題「行列環は環」)。$A\in M_n(K)$ と整数 $k\ge0$ について $A^0:=I_n$、$A^{k+1}:=A^kA$ と定め、多項式 $f(x)=c_0+c_1x+\cdots+c_dx^d\in K[x]$ について
$$ f(A):=c_0I_n+c_1A+\cdots+c_dA^d\in M_n(K) $$
とおく。$f(A)=O$ のとき、$f$ は $A$ を 零化する という。
正方行列について考えられる主な概念とその記事は次のとおりである。

概念条件・定義記事
冪・多項式$A^k$、$f(A)$この記事、最小多項式(線形代数)
行列式・跡$\det A$、$\operatorname{tr}A$行列式、この記事
正則(可逆)$AB=BA=I_n$ となる $B$ がある正則行列
固有値$Av=\lambda v$、$v\ne0$固有値、固有多項式
対角行列$i\ne j$ なら $a_{ij}=0$対角行列
対称・反対称$A^{\top}=A$、$A^{\top}=-A$転置行列
冪零・冪等$A^k=O$、$A^2=A$行列環 の記事の例「零因子・冪零元・冪等元」

直感

$m\times n$ 行列は $K^n$ から $K^m$ への線形写像を表す。正方行列はとくに、1 つの空間 $K^n$ からそれ自身への線形写像(線形変換)を表す。行き先が出発点と同じなので、写像を繰り返し当てること(冪)、写像が空間の体積を何倍にするか(行列式)、写像で向きが変わらないベクトル(固有ベクトル)を考えることができる。長方行列にはこれらがない。一方で、正方行列の積は数の積と違って順序によって結果が変わり、$0$ でない行列の積が $0$ になることもある。数の計算の感覚がどこまで通用し、どこで崩れるかを見分けることが、正方行列を扱う要点である。

例と反例

2 次の正方行列の冪と零化する多項式

$A=\begin{pmatrix}1&2\\3&4\end{pmatrix}$ について $A^2=\begin{pmatrix}7&10\\15&22\end{pmatrix}$ であり、
$$ A^2-5A-2I_2=\begin{pmatrix}7-5-2&10-10\\15-15&22-20-2\end{pmatrix}=O $$
である。係数の $5$ は $\operatorname{tr}A$、$-2$ は $\det A$ であり、多項式 $x^2-5x-2$ は $A$ の固有多項式 $\det(xI_2-A)$ に一致する。一般の $n$ 次正方行列も固有多項式に代入すると $O$ になる(Cayley–Hamiltonの定理)。この関係から $A(A-5I_2)=2I_2$、すなわち $A^{-1}=\frac12(A-5I_2)=\begin{pmatrix}-2&1\\3/2&-1/2\end{pmatrix}$ が得られる。

反例:長方行列では片側の逆が両側の逆にならない

$A=(1\ \ 0)\in M_{1,2}(K)$、$B=\begin{pmatrix}1\\0\end{pmatrix}\in M_{2,1}(K)$ とすると $AB=(1)=I_1$ だが $BA=\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix}\ne I_2$ である。正方行列 $A,B\in M_n(K)$ なら $AB=I_n$ から $BA=I_n$ が従う(正則行列 の記事の定理「片側の逆行列で十分であること」)。この例は「$A,B$ が同じ次数の正方行列である」を満たさず、その結論が崩れることを示す。

反例:$0$ でない正方行列の積が $0$ になる

$N=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}$ は $N\ne O$ だが $N^2=O$ である。また $A=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}$、$B=\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix}$ とすると
$$ AB=\begin{pmatrix}0&0\\0&0\end{pmatrix},\qquad BA=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix} $$
であり、$AB=O$ なのに $BA\ne O$ である。数では $a^2=0$ なら $a=0$、$ab=0$ なら $ba=0$ だが、$n\ge2$ の正方行列ではどちらも成り立たない。この例は「$1$ 次(数)である」を満たさない正方行列で、これらの含意が崩れることを示す。

外す条件反例成り立たなくなること
同じ次数の正方行列ex-sq-rectangular の $A,B$$AB=I\Rightarrow BA=I$
次数が $1$$N=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}$$A^2=O\Rightarrow A=O$
次数が $1$ex-sq-zero-divisor の $A,B$$AB=O\Rightarrow BA=O$
標数が $0$(または $n$ を割らない)$\mathbb{F}_2$ 上の ex-sq-char-p の $D,X$$AB-BA\ne I_n$(thm-sq-trace)
相似まで比べないex-sq-zero-divisor の $A,B$$AB$ と $BA$ の相似(固有多項式は等しい)
成分の環が可換四元数の $1\times1$ 行列 $(i),(j)$$\operatorname{tr}(AB)=\operatorname{tr}(BA)$

5 行目は thm-sq-ab-ba の後、6 行目は rem-sq-noncommutative で確かめる。

性質

行列の多項式

行列の多項式の計算規則

$A\in M_n(K)$、$f,g\in K[x]$ とする。

  1. $(f+g)(A)=f(A)+g(A)$、$(fg)(A)=f(A)g(A)$ である。
  2. $f(A)g(A)=g(A)f(A)$ である。とくに $A$ の多項式どうしは可換である。
  3. $P\in M_n(K)$ が正則なら $f(P^{-1}AP)=P^{-1}f(A)P$ である。
冪の積と共役

1:和の式は係数ごとに足すだけである。積は、両辺が $f,g$ のそれぞれについて線形なので、$f=x^j$、$g=x^k$ の場合に示せば足りる。このとき $(fg)(A)=A^{j+k}=A^jA^k$ であり、これは結合法則による冪の指数法則である($k$ についての帰納法:$A^{j+k+1}=A^{j+k}A=A^jA^kA=A^jA^{k+1}$)。
2:1 と $K[x]$ の可換性 $fg=gf$ により $f(A)g(A)=(fg)(A)=(gf)(A)=g(A)f(A)$ である。
3:$(P^{-1}AP)^k=P^{-1}A^kP$ を $k$ についての帰納法で示す。$k=0$ は $P^{-1}I_nP=I_n$ である。$k$ で正しければ $(P^{-1}AP)^{k+1}=P^{-1}A^kP\,P^{-1}AP=P^{-1}A^{k+1}P$ である。$f(P^{-1}AP)=\sum_kc_k(P^{-1}AP)^k=P^{-1}\bigl(\sum_kc_kA^k\bigr)P$ である。$\square$

3 は、基底を取り替えても(線形変換の表現行列は $P^{-1}AP$ に変わる。線形代数学 の記事の定理「表現行列と基底の取り替え」)、多項式を代入した結果は同じ線形変換を表すことを言っている。とくに $f(A)=O$ と $f(P^{-1}AP)=O$ は同値である。

零化する多項式の存在

任意の $A\in M_n(K)$ について、$A$ を零化する $0$ でない多項式 $f\in K[x]$ で、次数が $n^2$ 以下のものがある。

$n^2+1$ 個の行列は線形従属

$M_n(K)$ は $n^2$ 次元のベクトル空間なので、$n^2+1$ 個の行列 $I_n,A,A^2,\dots,A^{n^2}$ は線形独立でない(基底と次元 の記事の命題「有限次元空間における独立系と生成系」の 1)。したがって、すべてが $0$ ではない $c_0,\dots,c_{n^2}\in K$ で
$$ c_0I_n+c_1A+\cdots+c_{n^2}A^{n^2}=O $$
となるものがある。$f(x):=\sum_{k=0}^{n^2}c_kx^k$ は $0$ でない多項式で、次数は $n^2$ 以下、$f(A)=O$ である。$\square$

この定理から、$A$ を零化する $0$ でない多項式のうち次数が最小で最高次の係数が $1$ のもの、すなわち最小多項式(線形代数)の存在が従う。実際には次数 $n$ の固有多項式が $A$ を零化するので(Cayley–Hamiltonの定理、ex-sq-power)、最小多項式の次数は $n$ 以下である(Axl24 5.22、§5B、p. 144 は別の証明で次数 $\le n$ を示している)。thm-sq-annihilating の上界 $n^2$ は粗いが、次元を数えるだけで示せるのが利点である。$A$ が正則なら、最小多項式の定数項が $0$ でないことから $A^{-1}$ も $A$ の多項式で書ける(最小多項式(線形代数) の記事の命題「定数項による可逆性の判定」)。

跡

跡の循環性と交換子
  1. $A\in M_{m,n}(K)$、$B\in M_{n,m}(K)$ について $\operatorname{tr}(AB)=\operatorname{tr}(BA)$ である。とくに $A\in M_n(K)$ と正則な $P$ について $\operatorname{tr}(P^{-1}AP)=\operatorname{tr}A$ である。
  2. $K$ の標数が $0$ であるか、標数 $p$ が $n$ を割り切らないとする。このとき $AB-BA=I_n$ を満たす $A,B\in M_n(K)$ は存在しない。
二重和の順序を入れ替える

1:$AB$ は $m$ 次、$BA$ は $n$ 次の正方行列で、
$$ \operatorname{tr}(AB)=\sum_{i=1}^m\sum_{j=1}^na_{ij}b_{ji},\qquad \operatorname{tr}(BA)=\sum_{j=1}^n\sum_{i=1}^mb_{ji}a_{ij} $$
である。$K$ の積は可換で、有限和の順序は入れ替えられるので両者は等しい。後半は、$P^{-1}A$ と $P$ に前半を当てはめて $\operatorname{tr}\bigl((P^{-1}A)P\bigr)=\operatorname{tr}\bigl(P(P^{-1}A)\bigr)=\operatorname{tr}A$ である。
2:跡は線形なので、1 により $\operatorname{tr}(AB-BA)=\operatorname{tr}(AB)-\operatorname{tr}(BA)=0$ である。一方 $\operatorname{tr}I_n=1+\cdots+1=n\cdot1_K$ であり、仮定からこれは $K$ の $0$ でない元である。跡が異なるので $AB-BA\ne I_n$ である。$\square$

$AB-BA$ を $A,B$ の 交換子 という。2 は、$n$ 次正方行列の世界では「交換子が単位行列になる」ことが起こらないことを言う。$\mathbb{R}$ または $\mathbb{C}$ 上の有限次元空間の線形変換についての同じ主張が Axl24 8.57(§8D、p. 330)、1 が同 8.49(p. 326)にある。無限次元では交換子が恒等写像になりうる。多項式の空間で、微分 $D$ と $x$ を掛ける写像 $X$ は、$(DX-XD)f=(xf)'-xf'=f$ より $DX-XD=\mathrm{id}$ を満たす。標数の仮定も外せない。

反例:標数 $p$ の体では $p$ 次の交換子が単位行列になる

$p$ を素数、$K=\mathbb{F}_p$ とし、次数 $p-1$ 以下の多項式の空間 $V$(基底 $1,x,\dots,x^{p-1}$)で、$D(x^k)=kx^{k-1}$(微分)、$X(x^k)=x^{k+1}$($k< p-1$)、$X(x^{p-1})=0$ と定める。$k< p-1$ なら
$$ (DX-XD)(x^k)=(k+1)x^k-kx^k=x^k $$
であり、$k=p-1$ なら $(DX-XD)(x^{p-1})=0-(p-1)x^{p-1}=x^{p-1}$ である($\mathbb{F}_p$ では $-(p-1)=1$)。よって $DX-XD=\mathrm{id}_V$ で、表現行列は $p$ 次正方行列の $AB-BA=I_p$ を与える。$p=2$ なら
$$ D=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix},\quad X=\begin{pmatrix}0&0\\1&0\end{pmatrix},\quad DX-XD=\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}=I_2\ (\mathbb{F}_2\text{ 上}) $$
である。このとき $\operatorname{tr}I_p=p\cdot1=0$ であり、thm-sq-trace の 2 の仮定「標数 $p$ が $n$ を割り切らない」が破れている。

$AB$ と $BA$

$AB$ と $BA$ の固有多項式

$A,B\in M_n(K)$ について
$$ \det(xI_n-AB)=\det(xI_n-BA) $$
である。したがって $AB$ と $BA$ は、固有値(代数重複度をこめて)・跡・行列式が等しい。

区分行列を 2 通りに変形する

成分を多項式環 $K[x]$ にとった $2n$ 次正方行列を、$n\times n$ のブロックに区分けして考える。行列式の積の公式と区分三角行列の行列式の公式は、成分が可換環 $K[x]$ でも同じ証明で成り立つ(行列式 の記事の注意「可換環上の行列式」)。
$$ M:=\begin{pmatrix}xI_n&A\\B&I_n\end{pmatrix} $$
とおく。区分行列の積の規則(行列 の記事の命題「区分けした行列の積」)により
$$ \begin{pmatrix}I_n&-A\\O&I_n\end{pmatrix}M=\begin{pmatrix}xI_n-AB&O\\B&I_n\end{pmatrix},\qquad \begin{pmatrix}I_n&O\\-B&xI_n\end{pmatrix}M=\begin{pmatrix}xI_n&A\\O&xI_n-BA\end{pmatrix} $$
である(2 つ目の左下は $-B\cdot xI_n+xI_n\cdot B=O$)。左から掛けた行列の行列式はそれぞれ $1$ と $x^n$ であり、右辺は区分三角行列なので(行列式 の記事の定理「積の行列式」と命題「三角行列と区分三角行列の行列式」)
$$ \det M=\det(xI_n-AB),\qquad x^n\det M=x^n\det(xI_n-BA) $$
である。よって $x^n\det(xI_n-AB)=x^n\det(xI_n-BA)$ であり、$K[x]$ は整域なので $x^n$ で割って主張を得る。固有値は固有多項式の根であり、跡と行列式は固有多項式の係数から読める(固有値 の記事の命題「固有空間と特性方程式」の 3)。$\square$

$A$ が正則なら $BA=A^{-1}(AB)A$ なので $AB$ と $BA$ は相似であり、固有多項式が等しいことはすぐわかる。定理は $A,B$ がともに正則でない場合も含むところに意味がある。ただし相似とは限らない。ex-sq-zero-divisor の $A,B$ では $AB=O$、$BA=N\ne O$ で、どちらも固有多項式は $x^2$ だが、$O$ に相似な行列は $O$ だけなので相似でない。この例は「固有多項式が等しい」を満たすが「相似である」を満たさない。同じ計算を $A\in M_{m,n}(K)$、$B\in M_{n,m}(K)$ で行うと、$x^n\det(xI_m-AB)=x^m\det(xI_n-BA)$ が得られ、長方行列の積 $AB$ と $BA$ でも $0$ でない固有値は重複度をこめて一致する。たとえば $A=\begin{pmatrix}1&2&0\\0&1&3\end{pmatrix}$、$B=\begin{pmatrix}1&0\\2&1\\0&1\end{pmatrix}$ では $AB=\begin{pmatrix}5&2\\2&4\end{pmatrix}$ の固有多項式が $x^2-9x+16$、$3$ 次の $BA$ の固有多項式が $x^3-9x^2+16x=x(x^2-9x+16)$ である。

補足

成分が可換でない場合

thm-sq-trace の 1 の証明は成分の積の可換性 $a_{ij}b_{ji}=b_{ji}a_{ij}$ を使う。成分を Hamilton の四元数(四元数環 の記事の $\mathbb{H}$。$i^2=j^2=k^2=ijk=-1$)にとると、$1\times1$ 行列 $A=(i)$、$B=(j)$ について $\operatorname{tr}(AB)=ij=k$、$\operatorname{tr}(BA)=ji=-k$ で等しくない。この例は「成分の環が可換である」を満たさないので、跡の循環性が崩れる。行列式の理論も成分の可換性を前提にしている。成分を一般の可換環 $R$ にとった $M_n(R)$ でも、この記事の定義・prop-sq-polynomial・thm-sq-trace の 1・thm-sq-ab-ba は同じ証明で成り立つ(thm-sq-ab-ba の最後で使う $R[x]$ が整域であることは、$x^n$ が $R[x]$ の零因子でないことで置き換える)。

正方行列と線形変換

$V$ を $n$ 次元のベクトル空間とし、基底を 1 つ固定すると、$V$ の線形変換と $n$ 次正方行列は 1 対 1 に対応し、合成は積に、恒等写像は $I_n$ に対応する(行列 の記事の定理「行列と線形写像の対応」)。基底を取り替えると行列は $P^{-1}AP$ に変わるので、線形変換そのものの性質として意味をもつのは、行列式・跡・固有多項式のように相似で変わらない量である(thm-sq-trace の 1、固有値 の記事の命題「固有多項式の相似不変性」)。

文献

正方行列の定義は Bee15 Section NM の Definition SQM(p. 51)、$M_n$ の次元は Axl24 3.40(§3C、p. 72)、跡とその循環性・交換子は Axl24 8.47・8.49・8.57(§8D、pp. 326・330)、最小多項式の次数の評価は同 5.22(§5B、p. 144)による。

関連項目

参考文献

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