冪等元

同義語:idempotentidempotent element

概要

冪等元(idempotent)とは、環の元 $e$ で $e^2=e$ を満たすもののことである。$0$ と $1$ はつねに冪等元で、$e$ が冪等なら $1-e$ も冪等であり $e(1-e)=0$ となる。可換環 $A$ では、冪等元 $e$ を選ぶことは直積への分解 $A\cong Ae\times A(1-e)$ を選ぶことと同じであり、冪等元は素スペクトル $\operatorname{Spec}A$ の開かつ閉な部分集合と一対一に対応する。したがって零環でない可換環の冪等元が $0$ と $1$ だけであることは、$\operatorname{Spec}A$ が連結であることと同値である。$\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$ の $[3]$、行列の射影、Boole 環の元が例であり、整域や局所環には自明な冪等元しかない。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 環, 可換環, イデアル, Zariski位相
冪等元は、環の元 $e$ で $e^2=e$ を満たすもの、すなわち「2 回掛けても 1 回掛けたのと変わらない元」である。$0$ と $1$ はつねに冪等元であり、それ以外の冪等元があるかどうかは環の形を強く反映する。可換環 $A$ では、冪等元 $e$ を 1 つ選ぶことは、$A$ を 2 つの環の直積 $A\cong Ae\times A(1-e)$ に分解することと同じであり、幾何学的には素スペクトル $\operatorname{Spec}A$ を開かつ閉な 2 つの部分に切り分けることと同じである。したがって、冪等元が $0$ と $1$ しかないことは、環が「分解できない」こと、すなわち $\operatorname{Spec}A$ が連結であることを意味する。

定義

本記事では、環は乗法の単位元 $1$ をもつものとし、乗法の可換性は仮定しない(環 の記事の流儀)。

冪等元

環 $R$ の元 $e$ が 冪等元(idempotent, idempotent element)であるとは、$e^2=e$ を満たすことをいう。$0$ と $1$ は冪等元であり、これらを 自明な冪等元 という。冪等元 $e,f$ が $ef=fe=0$ を満たすとき、$e$ と $f$ は 直交する という。冪等元 $e$ が $R$ のすべての元と交換するとき、$e$ を 中心的冪等元 という。

可換環では、すべての冪等元が中心的である。$e$ が冪等元なら、帰納法により任意の $m\geq1$ について $e^m=e$ である。

冪等元の基本性質

$R$ を環、$e\in R$ を冪等元とする。

  1. $1-e$ も冪等元であり、$e(1-e)=(1-e)e=0$ である。すなわち $e$ と $1-e$ は直交する。
  2. $e\neq0,1$ なら、$e$ と $1-e$ はどちらも $0$ でない零因子である。
  3. $e$ が冪零元なら $e=0$ である。
  4. $e$ が単元なら $e=1$ である。
  5. $R$ が $0$ 以外の零因子をもたない(たとえば $R$ が整域や可除環である)なら、$R$ の冪等元は $0$ と $1$ だけである。
等式 $e(1-e)=0$ からの導出
  1. 分配法則により $e(1-e)=e-e^2=e-e=0$、$(1-e)e=e-e^2=0$ である。また $(1-e)^2=1-2e+e^2=1-2e+e=1-e$ である。
  2. $e\neq0$ かつ $e\neq1$ なら $1-e\neq0$ であり、$e(1-e)=0$ なので $e$ は $0$ でない零因子である。$(1-e)e=0$ なので $1-e$ も $0$ でない零因子である。
  3. $e^m=0$ となる $m\geq1$ があれば、$e=e^m=0$ である。
  4. $e$ が単元なら、$e^2=e$ の両辺に左から $e^{-1}$ を掛けて $e=1$ である。
  5. $e(1-e)=0$ なので、$R$ が $0$ 以外の零因子をもたなければ $e=0$ または $1-e=0$ である。

局所環も冪等元を $0$ と $1$ しかもたない(局所環 の記事の命題「局所環の冪等元」)。局所環は整域とは限らないので、これは 5 とは別の理由による。

直感

冪等元の典型は、ベクトル空間の射影である。平面上の点を $x$ 軸に真上から落とす写像 $P$ は、2 回続けても 1 回と同じ結果を与える($P^2=P$)。このとき $1-P$ は $y$ 軸への射影であり、2 つの射影は互いを打ち消し合い($P(1-P)=0$)、足すと恒等写像になる($P+(1-P)=1$)。平面は $P$ の像($x$ 軸)と $1-P$ の像($y$ 軸)に分かれ、任意の点はこの 2 つの成分の和に一意に書ける。
可換環の冪等元は、この分解を環そのものに対して行う。冪等元 $e$ があれば、各元 $a$ を $a=ae+a(1-e)$ と 2 つの成分に分け、成分ごとに計算することができる。成分どうしの積は $ae\cdot b(1-e)=abe(1-e)=0$ で消えるので、環は 2 つの独立な環の直積になる。空間の側から見れば、環 $A$ の元を $\operatorname{Spec}A$ 上の「関数」とみなしたとき(Zariski位相 の記事の「直感」)、冪等元は各点で値が $0$ か $1$ しかとらない関数であり、$e$ の値が $1$ の部分と $0$ の部分への空間の切り分けを与える。連続な関数が $0$ と $1$ の値しかとらないなら、空間が連結である限り定数でなければならない。これが「冪等元が自明なものに限る ⟺ 連結」の直感である。

例と反例

整数の剰余環 $\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$ と $\mathbb{Z}/12\mathbb{Z}$

$\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$ の各元を 2 乗すると $[0]^2=[0]$、$[1]^2=[1]$、$[2]^2=[4]$、$[3]^2=[9]=[3]$、$[4]^2=[16]=[4]$、$[5]^2=[25]=[1]$ なので、冪等元は $[0],[1],[3],[4]$ の 4 つであり、$[3]+[4]=[1]$ である。$e=[3]$ に対し
$$ Ae=\{[0],[3]\},\qquad A(1-e)=A\cdot[4]=\{[0],[4],[2]\} $$
であり、$Ae$ は $[3]$ を単位元とする 2 元の環、$A(1-e)$ は $[4]$ を単位元とする 3 元の環である($[4]\cdot[2]=[8]=[2]$)。thm-idempotent-decomposition により $\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}\cong\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}\times\mathbb{Z}/3\mathbb{Z}$ であり、これは中国剰余定理の分解と一致する。
$\mathbb{Z}/12\mathbb{Z}$ では、$[4]^2=[16]=[4]$、$[9]^2=[81]=[9]$ であり、12 個の元を 2 乗して確かめると、冪等元は $[0],[1],[4],[9]$ の 4 つである。一般に $n\geq2$ の素因数分解を $n=p_1^{a_1}\cdots p_r^{a_r}$($p_i$ は相異なる素数)とすると、$\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$ の冪等元はちょうど $2^r$ 個ある。実際、中国剰余定理(互いに素 の記事の定理「剰余環の直積への分解」)により $\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}\cong\prod_i\mathbb{Z}/p_i^{a_i}\mathbb{Z}$ であり、直積環の冪等元は各成分が冪等な元である(ex-idempotent-product)。各 $\mathbb{Z}/p_i^{a_i}\mathbb{Z}$ は局所環であり(局所環 の記事の例「素数冪を法とする整数の剰余環」)、冪等元は $0$ と $1$ だけなので、成分ごとに 2 通りを選んで $2^r$ 個になる。

直積環の冪等元

環 $R,S$ の直積 $R\times S$(演算は成分ごと、環 の記事の例「環の直積」)において、$(r,s)^2=(r^2,s^2)$ なので、$(r,s)$ が冪等元であることは $r$ と $s$ がともに冪等元であることと同値である。とくに $(1,0)$ と $(0,1)$ は直交する冪等元で、和は単位元 $(1,1)$ である。$R$、$S$ が零環でなければ、$(1,0)$ は $0$ でも $1$ でもない。有限個の直積 $R_1\times\cdots\times R_m$ でも同様であり、第 $i$ 成分だけが $1$ の元 $\varepsilon_i$ は互いに直交する冪等元で $\varepsilon_1+\cdots+\varepsilon_m=1$ を満たす。

行列の射影

体 $k$ 上の行列環 $M_n(k)$ の冪等元 $P$ を考える。$v\in k^n$ は $v=Pv+(v-Pv)$ と書け、$P(Pv)=Pv$、$P(v-Pv)=Pv-P^2v=0$ である。逆に $v$ が $P$ の像と核の両方に属すれば、$v=Pw$ と書けて $v=Pw=P^2w=Pv=0$ である。したがって
$$ k^n=\operatorname{im}P\oplus\ker P $$
であり、$P$ は $\ker P$ に沿った $\operatorname{im}P$ への射影、すなわち $\operatorname{im}P$ の元を動かさず $\ker P$ の元を $0$ に送る線形写像である。たとえば
$$ P=\begin{pmatrix}1&1\\0&0\end{pmatrix},\qquad P^2=\begin{pmatrix}1\cdot1+1\cdot0&1\cdot1+1\cdot0\\0&0\end{pmatrix}=P $$
は、直線 $\ker P=\{(t,-t)^{\top}\}$ に沿って $x$ 軸 $\operatorname{im}P$ へ落とす射影である。$P$ は $\ker P$ と $\operatorname{im}P$ が直交しない「斜めの」射影であり、冪等であることは直交性を要求しない。行列単位 $E_{11}$ は座標軸への通常の射影であり、$E_{11}+E_{22}+\cdots+E_{nn}=I$ は単位行列を互いに直交する $n$ 個の冪等元の和に分ける。

連続関数の環

位相空間 $X$ 上の実数値連続関数(連続写像)の環 $C(X)$(環 の記事の例「写像のなす環」)で、$f^2=f$ は各点で $f(x)\in\{0,1\}$ となることと同値である。$U:=f^{-1}(1)$ とおくと、$\{1\}$ と $\{0\}$ が $\mathbb{R}$ の閉集合であることから $U$ も $X\setminus U=f^{-1}(0)$ も閉集合であり、$U$ は開かつ閉集合である。逆に開かつ閉集合 $U$ の特性関数 $\chi_U$ は連続で冪等である。したがって $C(X)$ の冪等元は $X$ の開かつ閉集合と一対一に対応する。たとえば $X=[0,1]\cup[2,3]$ なら $\chi_{[0,1]}$ は $0,1$ 以外の冪等元であり、$X$ が連結空間なら冪等元は $0$ と $1$ だけである。これは thm-idempotent-clopen の関数環での類似である。

すべての元が冪等な環

すべての元が冪等元である環をBoole環という。集合 $S$ の冪集合 $\mathcal{P}(S)$ に対称差を加法、共通部分を乗法として入れた環がその例であり、$X\cap X=X$ によりすべての元が冪等である(環 の記事の例「冪集合のなすBoole環」)。この環の冪等元 $X$ に対する分解 $A\cong AX\times A(1-X)$ は、$\mathcal{P}(S)\cong\mathcal{P}(X)\times\mathcal{P}(S\setminus X)$、すなわち部分集合 $Y$ を $(Y\cap X,\ Y\setminus X)$ に分けることにあたる。

反例:零因子をもつが分解しない可換環

$\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}$ では $[0]^2=[0]$、$[1]^2=[1]$、$[2]^2=[0]$、$[3]^2=[9]=[1]$ なので、冪等元は $[0]$ と $[1]$ だけである。一方 $[2]\cdot[2]=[0]$ なので $[2]$ は $0$ でない零因子である。thm-idempotent-decomposition により、$\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}$ は零環でない 2 つの環の直積に同型でない。とくに $\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}\not\cong\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}\times\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$ である。
この例は、prop-idempotent-basic の 2 の逆「$0$ でない零因子をもつ可換環は $0,1$ 以外の冪等元をもつ(したがって直積に分解する)」を破る。満たす性質は「$0$ でない零因子をもつ」、満たさない性質は「自明でない冪等元をもつ」である。零因子 $[2]$ は冪零元であり、冪零元は冪等元を生まない(prop-idempotent-basic の 3)。

反例:整域の冪等元

整数環 $\mathbb{Z}$、体、体上の多項式環 $k[x]$ のような整域の冪等元は $0$ と $1$ だけである(prop-idempotent-basic の 5)。したがってthm-idempotent-decomposition により、整域は零環でない 2 つの環の直積に分解しない。この例が破るのは「可換環は $0,1$ 以外の冪等元をもつ」「可換環はつねに零環でない 2 つの環の直積に分解する」という含意であり、満たさない性質は「$0$ でない零因子をもつ」である(直積 $B\times C$ では $(1,0)(0,1)=0$ となるので、零環でない 2 つの環の直積は整域でない)。

反例:非可換環の冪等元は直積分解を与えるとは限らない

体 $k$ と $n\geq2$ について、行列単位 $E_{11}\in M_n(k)$ は $0$ でも $I$ でもない冪等元である。しかし $M_n(k)$ は零環でない 2 つの環の直積に同型でない。実際、直積 $B\times C$ は $B\times0$ という自明でない両側イデアルをもつが、$M_n(k)$ は単純環で両側イデアルは $0$ と全体だけである(行列環 の記事の系「行列環の単純性」)。$E_{11}$ は中心的でない($E_{11}E_{12}=E_{12}\neq0=E_{12}E_{11}$)ので、thm-idempotent-decomposition の構成が使えない。この例は「$0,1$ 以外の冪等元をもつ環は直積に分解する」という含意が、可換性(より正確には冪等元が中心的であること)を外すと破れることを示す。

性質

可換環の冪等元と直積分解

以下この節では $A$ を可換環とする。$e\in A$ に対し $Ae:=\{ae\mid a\in A\}$ は $e$ が生成する単項イデアルである。

冪等元と直積分解の対応

$A$ を可換環、$e\in A$ を冪等元とする。

  1. $Ae=\{x\in A\mid xe=x\}$ であり、$Ae$ は $A$ の加法と乗法によって、$e$ を単位元とする可換環になる。
  2. 写像
    $$ \varphi\colon A\to Ae\times A(1-e),\qquad a\mapsto(ae,\ a(1-e)) $$
    は環の同型である。$Ae$ が零環であることは $e=0$ と、$A(1-e)$ が零環であることは $e=1$ と同値である。
  3. 逆に、環の同型 $\psi\colon A\to B\times C$ があれば、$e:=\psi^{-1}(1,0)$ は冪等元であり、$\psi$ は $Ae\cong B$、$A(1-e)\cong C$ を引き起こす。
  4. 冪等元 $e$ に組 $(Ae,\ A(1-e))$ を対応させる写像は、$A$ の冪等元の全体から、$I+J=A$ かつ $I\cap J=0$ を満たすイデアルの組 $(I,J)$ の全体への全単射である。逆写像は、$(I,J)$ に、$1=e+f$($e\in I$、$f\in J$)と書いたときの $e$ を対応させる。
    とくに、$A$ が $0,1$ 以外の冪等元をもつことと、$A$ が零環でない 2 つの環の直積に同型であることは同値である。
成分への分解 $a=ae+a(1-e)$
  1. $x=ae$ なら $xe=ae^2=ae=x$ である。逆に $xe=x$ なら $x=xe\in Ae$ である。$ae+be=(a+b)e$、$ae-be=(a-b)e$、$(ae)(be)=(ab)e^2=(ab)e$ なので $Ae$ は加法・減法・乗法で閉じ、$e\in Ae$ は 1 により $x\in Ae$ に対して $ex=xe=x$ を満たすので単位元である。加法と乗法の結合律・可換律・分配法則は $A$ から受け継がれる。
  2. prop-idempotent-basic の 1 により $1-e$ も冪等元なので、1 は $A(1-e)$ にも適用でき、右辺は環の直積として意味をもつ。$(a+b)e=ae+be$ であり、$e^2=e$ から $(ab)e=(ae)(be)$、同様に $(ab)(1-e)=(a(1-e))(b(1-e))$ なので、$\varphi$ は和と積を保つ。$\varphi(1)=(e,1-e)$ は直積の単位元である。よって $\varphi$ は環準同型である。
    単射であること:$\varphi(a)=0$ なら $ae=0$ かつ $a(1-e)=0$ なので、$a=ae+a(1-e)=0$ である。全射であること:$(xe,\ y(1-e))$ を任意にとり $a:=xe+y(1-e)$ とおくと、$e(1-e)=0$ から $ae=xe^2=xe$、$a(1-e)=y(1-e)^2=y(1-e)$ であり、$\varphi(a)=(xe,\ y(1-e))$ である。
    最後の主張:$Ae$ が零環であることは単位元 $e$ が $0$ であることと同値であり(環 の記事の命題「環の基本計算規則」の 4)、同様に $A(1-e)$ が零環であることは $1-e=0$ と同値である。
  3. $(1,0)^2=(1,0)$ であり、$\psi^{-1}$ は環準同型なので $e^2=e$ である。$\psi(Ae)=\psi(A)\psi(e)=(B\times C)(1,0)=B\times\{0\}$ なので、$\psi$ を $Ae$ に制限して第 1 成分をとる写像は、$e$ を $1$ に写す全単射 $Ae\to B$ であり、和と積を保つ。よって $Ae\cong B$ であり、$\psi(1-e)=(0,1)$ から同様に $A(1-e)\cong C$ である。
  4. 冪等元 $e$ に対し $I:=Ae$、$J:=A(1-e)$ とおく。$1=e+(1-e)\in I+J$ なので $I+J=A$ である。$x\in I\cap J$ なら、1 により $xe=x$ かつ $x(1-e)=x$ なので、$x=x(1-e)=x-xe=0$ である。よって $I\cap J=0$ である。
    逆に、イデアル $I,J$ が $I+J=A$、$I\cap J=0$ を満たすとする。$1=e+f$($e\in I$、$f\in J$)と書く。このような書き方は一意である。実際 $e+f=e'+f'$ なら $e-e'=f'-f\in I\cap J=0$ である。$ef$ は $e\in I$ から $I$ に、$f\in J$ から $J$ に属するので $ef=0$ であり、$e^2=e(1-f)=e-ef=e$ となる。よって $e$ は冪等元で $f=1-e$ である。さらに $I=Ae$ である。$Ae\subset I$ は明らかであり、$x\in I$ なら $x=xe+xf$ で $xf\in I\cap J=0$ なので $x=xe\in Ae$ である。同様に $J=Af=A(1-e)$ である。
    以上から、$(I,J)$ から得た $e$ に対して $(Ae,A(1-e))=(I,J)$ であり、逆に冪等元 $e$ から $(Ae,A(1-e))$ を作って $1=e+(1-e)$ と書けば、書き方の一意性により元の $e$ に戻る。したがって 2 つの写像は互いに逆である。
    「とくに」の部分は、2 と 3 および 2 の最後の主張から従う。

分解は、互いに素なイデアルによる中国剰余定理の特別な場合とも見られる。$I+J=A$ かつ $I\cap J=0$ なら、互いに素 の記事の定理「剰余環の直積への分解」により $A\cong A/(I\cap J)\cong A/I\times A/J$ である。thm-idempotent-decomposition の 4 の組 $(Ae,A(1-e))$ については、剰余環 $A/A(1-e)$ が $Ae$ と同型であり($a\mapsto ae$ は 2 により全射な環準同型で、核は $A(1-e)$)、2 つの見方は一致する。
同じ議論により、互いに直交する冪等元 $e_1,\dots,e_m$ で $e_1+\cdots+e_m=1$ を満たすもの(冪等元の 完全直交系)は、環の同型 $A\cong Ae_1\times\cdots\times Ae_m$、$a\mapsto(ae_1,\dots,ae_m)$ を与え、有限個の零環でない環への直積分解はすべてこの形で得られる。

非可換環の場合

中心的でない冪等元と Peirce 分解

$R$ が可換でないとき、thm-idempotent-decomposition の 1 と 2 は中心的冪等元 $e$ について、可換環という仮定を環に読み替えればそのまま成り立つ(証明で使ったのは $e$ がすべての元と交換することだけであり、$Re$ は $e$ を単位元とする環になる。$R$ が可換とは限らないので $Re$ も可換とは限らない)。3 と 4 は、得られる冪等元が中心的であることを別に確かめる必要があるので、そのままでは一般化されない。中心的でない冪等元 $e$ は環の直積分解を与えないが、$R=Re\oplus R(1-e)$ という左イデアルの直和分解(左加群としての分解)と、
$$ R=eRe\oplus eR(1-e)\oplus(1-e)Re\oplus(1-e)R(1-e) $$
という加法群の分解(Peirce 分解)を与える。ここで $eRe$ は $e$ を単位元とする環である。$R=M_n(k)$、$e=E_{11}$ では、4 つの部分はそれぞれ、行列を第 1 行・第 1 列で区切ったときの左上の $1\times1$ ブロック、右上、左下、右下の $(n-1)\times(n-1)$ ブロックにあたり、$eRe\cong k$ である。冪等元の一般論は Lam01 Chapter 7 にある。

素スペクトルの連結性

$A$ を可換環とし、$X=\operatorname{Spec}A$ に Zariski位相 を入れる。記号 $V(I)$、$D(f)$ は Zariski位相 の記事の定義「素スペクトル上のZariski位相」のとおりとする。冪等元 $e$ について、$A$ の素イデアル $\mathfrak{p}$ は $e$ と $1-e$ のちょうど一方を含む。実際 $e(1-e)=0\in\mathfrak{p}$ なので少なくとも一方を含み、両方を含めば $1=e+(1-e)\in\mathfrak{p}$ となって $\mathfrak{p}\neq A$ に反する。したがって
$$ D(e)=V(1-e),\qquad X\setminus D(e)=V(e)=D(1-e) $$
であり、$D(e)$ は開集合かつ閉集合である。

冪等元と素スペクトルの開かつ閉部分集合

$A$ を可換環、$X=\operatorname{Spec}A$ とする。冪等元 $e$ に $D(e)$ を対応させる写像は、$A$ の冪等元の全体から $X$ の開かつ閉な部分集合の全体への全単射である。この対応で $0$ は $\emptyset$ に、$1$ は $X$ に、$1-e$ は $D(e)$ の補集合に対応する。

閉集合の組から冪等元を作る

$D(e)$ が開かつ閉であることと、$D(0)=\emptyset$、$D(1)=X$、$D(1-e)=X\setminus D(e)$ は上で見た。
単射であること。冪等元 $e,f$ が $D(e)=D(f)$ を満たすとする。$g:=e(1-f)$ は $(e(1-f))^2=e^2(1-f)^2=e(1-f)$ より冪等元であり、Zariski位相 の記事の命題「基本開集合の性質」の 1 により
$$ D(g)=D(e)\cap D(1-f)=D(e)\cap(X\setminus D(f))=\emptyset $$
である。同じ命題の 2 により $g$ は冪零元であり、prop-idempotent-basic の 3 により $g=0$、すなわち $e=ef$ である。$e$ と $f$ の役割を入れ替えて $f=fe=ef$ を得るので、$e=f$ である。
全射であること。$U\subset X$ を開かつ閉な部分集合とする。$U$ と $X\setminus U$ はどちらも閉集合なので、イデアル $I,J$ によって $U=V(I)$、$X\setminus U=V(J)$ と書ける。Zariski位相 の記事の命題「閉集合の公理」の 2・3 により
$$ V(I+J)=V(I)\cap V(J)=\emptyset,\qquad V(IJ)=V(I)\cup V(J)=X $$
である。$I+J\neq A$ なら $V(I+J)\neq\emptyset$ である(同じ記事の命題「閉集合の公理」の直後に示されている)から、$I+J=A$ である。また $V(0)=X\subset V(IJ)$ なので、同じ記事の命題「イデアルと閉集合の対応」の 1 により $IJ\subset\sqrt{0}$、すなわち $IJ$ の元はすべて冪零である。
$1=a+b$($a\in I$、$b\in J$)と書く。$ab\in IJ$ は冪零なので、$(ab)^N=0$ となる $N\geq1$ がある。二項展開
$$ 1=(a+b)^{2N-1}=\sum_{i=0}^{2N-1}\binom{2N-1}{i}a^ib^{2N-1-i} $$
の各項では $i\geq N$ か $2N-1-i\geq N$ のどちらかが成り立つので、各項は $a^N$ の倍元か $b^N$ の倍元である。よって $1=xa^N+yb^N$ となる $x,y\in A$ がある。$e:=yb^N$ とおくと $1-e=xa^N$ であり、
$$ e(1-e)=xy\,(ab)^N=0 $$
なので $e$ は冪等元である。$1-e=xa^N\in I$ なので $V(I)\subset V(1-e)=D(e)$ であり、$e=yb^N\in J$ なので $V(J)\subset V(e)=X\setminus D(e)$ である。$V(I)$ と $V(J)$ は $X$ を 2 つに分けているので、$D(e)=V(I)=U$ である。

$A$ が零環でなければ $X\neq\emptyset$ である(極大イデアル の記事の定理「真イデアルを含む極大イデアルの存在」により極大イデアル、したがって素イデアルがある)。連結空間は、開かつ閉な部分集合が空集合と全体だけの位相空間として特徴づけられる(連結空間 の記事の定義「連結空間の定義」の直後の言い換え)。thm-idempotent-clopen と thm-idempotent-decomposition を合わせると、次のことがわかる。

連結性の判定

$A$ を零環でない可換環とする。次は同値である。

  1. $\operatorname{Spec}A$ は連結である。
  2. $A$ の冪等元は $0$ と $1$ だけである。
  3. $A$ は零環でない 2 つの環の直積に同型でない。
2 つの定理の組み合わせ

1 と 2 の同値。$X=\operatorname{Spec}A$ は空でないので、$X$ が連結であることは開かつ閉な部分集合が $\emptyset$ と $X$ だけであることと同値である。thm-idempotent-clopen の全単射で $\emptyset$ と $X$ に対応するのは $0$ と $1$ なので、これは冪等元が $0$ と $1$ だけであることと同値である($A$ は零環でないので $0\neq1$)。
2 と 3 の同値は thm-idempotent-decomposition の「とくに」の部分である。

たとえば局所環や整域の素スペクトルは連結であり(prop-idempotent-basic の 5 と 局所環 の記事の命題「局所環の冪等元」)、$\operatorname{Spec}(\mathbb{Z}/6\mathbb{Z})$ は 2 点 $(2),(3)$ からなり連結でない(ex-idempotent-z-mod-n、Zariski位相 の記事の例「体・直積・二重数のスペクトル」)。冪等元 $[3]$ に対応する開かつ閉集合は $D([3])=\{(2)\}$ である($[3]\notin(2)$、$[3]\in(3)$)。

文献

冪等元と直積分解、および $\operatorname{Spec}A$ の連結性との関係は AM69 Chapter 1 の演習問題で扱われている。可換環の直積と中国剰余定理は DF04 §7.6 にある。非可換環の冪等元(中心的冪等元による分解、Peirce 分解、冪等元の持ち上げ)は Lam01 Chapter 7 にある。

関連項目

参考文献

[1]
Michael F. Atiyah and Ian G. Macdonald, Introduction to Commutative Algebra, Addison-Wesley, 1969, Chapter 1(Rings and Ideals の演習問題:冪等元と素スペクトルの連結性)

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