接空間(tangent space)とは、滑らかな多様体 $M$ の各点 $p$ に付随する $\dim M$ 次元の実ベクトル空間 $T_pM$ であり、$p$ を通る曲線の速度ベクトル、$p$ における関数の方向微分(導分)、座標変換で決まった規則に従う成分の組という同値な 3 通りの方法で定義される。滑らかな写像 $F$ は各点で線形写像 $dF_p\colon T_pM\to T_{F(p)}N$(微分)を定め、局所座標ではその Jacobi 行列で表される。$\mathbb{R}^N$ の中で Jacobi 行列の階数が最大の等位集合 $F^{-1}(c)$ の接空間は $\ker DF(p)$ であり、球面なら $T_pS^n=p^\perp$ である。代数幾何学の Zariski 接空間 $(\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2)^*$ はその類似である。
球面 $S^2\subset\mathbb{R}^3$ の点 $p$ で球面に接する平面は、$p$ を通り $p$ に直交する平面であり、球面の上を動く点が $p$ を通過するときの速度ベクトルはすべてこの平面に入る。$\mathbb{R}^N$ の中にない一般の多様体では「接する平面」を外から描けないので、この平面を多様体の内側の言葉だけで作り直す必要がある。そうして得られる、各点 $p$ に付随する $n$ 次元のベクトル空間が接空間(tangent space)$T_pM$ である。接空間は多様体の「点 $p$ での 1 次近似」であり、写像の微分、ベクトル場、微分形式、リーマン計量はすべて接空間の上で定義される。
以下、$M$ を $n$ 次元の滑らかな多様体(可微分多様体。Hausdorff かつ第 2 可算)、$p\in M$ とし、$C^\infty(M)$ を $M$ 上の $C^\infty$ 級実数値関数の全体とする。$p$ のまわりの局所座標 $(U,\varphi)$、$\varphi=(x^1,\dots,x^n)$ に対し、関数 $f$ の局所座標表示を $\hat f:=f\circ\varphi^{-1}$ と書く。$0$ を含む開区間 $J$ から $M$ への $C^\infty$ 級写像 $\gamma$ で $\gamma(0)=p$ となるものを、$p$ を通る滑らかな曲線という。$p$ を通る滑らかな曲線 $\gamma$ に対し、$\varphi\circ\gamma$ は $0$ の近くで定義された $\mathbb{R}^n$ 値の $C^\infty$ 級関数であり、$(\varphi\circ\gamma)'(0)\in\mathbb{R}^n$ はその速度ベクトルである。
接空間には、同じものを表す 3 つの定義がある。
$p$ を通る 2 つの滑らかな曲線 $\gamma,\delta$ が $p$ で 1 次の接触をもつとは、$p$ のまわりの局所座標 $\varphi$ について
$$
(\varphi\circ\gamma)'(0)=(\varphi\circ\delta)'(0)
$$
が成り立つことをいい、$\gamma\sim\delta$ と書く。この条件は $\varphi$ の選び方によらず、$\sim$ は同値関係である。$\gamma$ の同値類 $[\gamma]$ を $p$ における接ベクトルといい、その全体を $T_pM$ と書く。$p$ のまわりの局所座標 $\varphi$ を 1 つ固定すると、
$$
\Theta_\varphi\colon T_pM\to\mathbb{R}^n,\qquad[\gamma]\mapsto(\varphi\circ\gamma)'(0)
$$
は全単射であり、$\Theta_\varphi$ を通して $\mathbb{R}^n$ の和とスカラー倍を移したものを $T_pM$ のベクトル空間の構造とする。この構造は $\varphi$ の選び方によらない。
定義の中の主張を確かめる。別の局所座標 $\psi$ をとると、$0$ の近くで $\psi\circ\gamma=(\psi\circ\varphi^{-1})\circ(\varphi\circ\gamma)$ なので、連鎖律により
$$
(\psi\circ\gamma)'(0)=A\,(\varphi\circ\gamma)'(0),\qquad A:=D(\psi\circ\varphi^{-1})(\varphi(p))
$$
である。$A$ は座標変換の Jacobi 行列で正則なので、定義の中の主張はすべてこの式から従う。
「$(\varphi\circ\gamma)'(0)=(\varphi\circ\delta)'(0)$」と「$(\psi\circ\gamma)'(0)=(\psi\circ\delta)'(0)$」は $A$ が正則なので同値であり、$\sim$ は $\varphi$ によらない。$\sim$ は $\mathbb{R}^n$ のベクトルの等号で定めたので同値関係である。$\Theta_\varphi$ は定義により単射であり、$v\in\mathbb{R}^n$ に対し $\gamma(t):=\varphi^{-1}(\varphi(p)+tv)$($\lvert t\rvert$ が小さいとき定義される)が $\Theta_\varphi([\gamma])=v$ をみたすので全射である。$\Theta_\psi=A\,\Theta_\varphi$ で $A$ は線形同型なので、$\Theta_\varphi$ と $\Theta_\psi$ で移した構造は一致する。
$\mathbb{R}$ 線形写像 $v\colon C^\infty(M)\to\mathbb{R}$ で、すべての $f,g\in C^\infty(M)$ について
$$
v(fg)=f(p)\,v(g)+g(p)\,v(f)
$$
をみたすものを、$p$ における導分(導分)という。$p$ における導分の全体 $\mathrm{Der}_p(M)$ は写像の和とスカラー倍でベクトル空間になる。
ベクトル場の記事は冒頭でこの定義を採り、$p$ のまわりの局所座標 $(x^1,\dots,x^n)$ に対し座標ベクトル $\partial/\partial x^i|_p\colon f\mapsto\partial\hat f/\partial x^i(\varphi(p))$ を定め、定理「座標ベクトルは接空間の基底をなす」で $\partial/\partial x^1|_p,\dots,\partial/\partial x^n|_p$ が $\mathrm{Der}_p(M)$ の基底であることを示している。とくに $\dim\mathrm{Der}_p(M)=n$ である。
$p$ のまわりの局所座標 $\varphi$ のそれぞれに $\mathbb{R}^n$ のベクトル $v_\varphi$ を対応させる対応 $v=(v_\varphi)_\varphi$ で、任意の 2 つの局所座標 $\varphi,\psi$ について
$$
v_\psi=D(\psi\circ\varphi^{-1})(\varphi(p))\,v_\varphi
$$
(成分で $v_\psi^j=\sum_i\frac{\partial y^j}{\partial x^i}(p)\,v_\varphi^i$)をみたすものの全体を $\mathrm{Comp}_p(M)$ と書き、成分ごとの和とスカラー倍でベクトル空間とみる。
局所座標 $\varphi$ を 1 つ固定すると、$v\mapsto v_\varphi$ は $\mathrm{Comp}_p(M)$ から $\mathbb{R}^n$ への線形同型である。
$w\in\mathbb{R}^n$ に対し $v_\psi:=D(\psi\circ\varphi^{-1})(\varphi(p))\,w$ と定めると、連鎖律 $D(\chi\circ\varphi^{-1})=D(\chi\circ\psi^{-1})\,D(\psi\circ\varphi^{-1})$(点は省略)により変換則がみたされ、条件をみたす $v$ で $v_\varphi=w$ となるものはこれに限る。
| 曲線による定義 | 導分による定義 | 成分による定義 | |
|---|---|---|---|
| 接ベクトルとは | 曲線の 1 次の接触の類 $[\gamma]$ | 関数の方向微分 $v\colon C^\infty(M)\to\mathbb{R}$ | 変換則をみたす成分の組 $(v_\varphi)$ |
| 線形構造 | 局所座標で $\mathbb{R}^n$ から移す | 写像の和とスカラー倍 | 成分ごと |
| 見やすいこと | 速度ベクトルとしての意味 | 座標を使わない定義、代数的な一般化 | 計算、変換則 |
| 使う場面 | 部分多様体、Lie 群の計算 | ベクトル場、Lie 括弧 | テンソル解析、物理 |
3 つの定義は次の節の定理で標準的に同一視されるので、以下ではどれも $T_pM$ と書き、その元を接ベクトルという。
曲線による接空間 $T_pM$ から次の写像を定める。$p$ を通る滑らかな曲線 $\gamma$、$f\in C^\infty(M)$、$p$ のまわりの局所座標 $\varphi=(x^1,\dots,x^n)$ に対し、
$$
\alpha([\gamma])(f):=(f\circ\gamma)'(0),\qquad\kappa([\gamma])_\varphi:=(\varphi\circ\gamma)'(0)
$$
とし、$v\in\mathrm{Der}_p(M)$ を座標ベクトルで $v=\sum_ia^i\,\partial/\partial x^i|_p$ と展開したときの係数の組を $\beta(v)_\varphi:=(a^1,\dots,a^n)$ とする。このとき $\alpha\colon T_pM\to\mathrm{Der}_p(M)$、$\beta\colon\mathrm{Der}_p(M)\to\mathrm{Comp}_p(M)$、$\kappa\colon T_pM\to\mathrm{Comp}_p(M)$ はいずれも矛盾なく定義された線形同型であり、次の図式は可換である。
$$
\xymatrix{
T_pM \ar[rr]^{\alpha} \ar[dr]_{\kappa} & & \mathrm{Der}_p(M) \ar[dl]^{\beta} \\
& \mathrm{Comp}_p(M) &
}
$$
すなわち $\beta\circ\alpha=\kappa$ である。
$\kappa$ について:定義の節の計算により $(\varphi\circ\gamma)'(0)$ は変換則 $v_\psi=D(\psi\circ\varphi^{-1})(\varphi(p))\,v_\varphi$ をみたすので、$\kappa([\gamma])\in\mathrm{Comp}_p(M)$ である。$\kappa$ に「$v\mapsto v_\varphi$」を合成したものは $\Theta_\varphi$ であり、$\Theta_\varphi$ と $v\mapsto v_\varphi$ はともに線形同型なので、$\kappa$ も線形同型である。
$\alpha$ について:$w:=(\varphi\circ\gamma)'(0)$ とおく。$0$ の近くで $f\circ\gamma=\hat f\circ(\varphi\circ\gamma)$ なので、連鎖律により
$$
\alpha([\gamma])(f)=(f\circ\gamma)'(0)=\sum_{i=1}^n\frac{\partial\hat f}{\partial x^i}(\varphi(p))\,w^i=\sum_{i=1}^nw^i\,\frac{\partial}{\partial x^i}\Big|_p(f)
$$
である。よって $\alpha([\gamma])=\sum_iw^i\,\partial/\partial x^i|_p$ は導分であり、$w=\Theta_\varphi([\gamma])$ だけで決まるので代表元 $\gamma$ の選び方によらない。$L_\varphi(w):=\sum_iw^i\,\partial/\partial x^i|_p$ とおくと $\alpha=L_\varphi\circ\Theta_\varphi$ であり、座標ベクトルが $\mathrm{Der}_p(M)$ の基底であること(ベクトル場の記事の定理「座標ベクトルは接空間の基底をなす」)から $L_\varphi$ は線形同型なので、$\alpha$ は線形同型である。
$\beta$ について:別の局所座標 $\psi=(y^1,\dots,y^n)$ をとると、ベクトル場の記事の命題「座標変換に関する変換則」により $\partial/\partial x^i|_p=\sum_j\frac{\partial y^j}{\partial x^i}(p)\,\partial/\partial y^j|_p$ なので、
$$
v=\sum_ia^i\frac{\partial}{\partial x^i}\Big|_p=\sum_j\Bigl(\sum_i\frac{\partial y^j}{\partial x^i}(p)\,a^i\Bigr)\frac{\partial}{\partial y^j}\Big|_p
$$
であり、$\beta(v)$ は変換則をみたす。$\beta$ に「$v\mapsto v_\varphi$」を合成したものは $L_\varphi^{-1}$ なので、$\beta$ は線形同型である。
可換性:上の $\alpha$ の計算により $\alpha([\gamma])$ の $\varphi$ に関する係数は $w=(\varphi\circ\gamma)'(0)$ なので、$\beta(\alpha([\gamma]))_\varphi=(\varphi\circ\gamma)'(0)=\kappa([\gamma])_\varphi$ である。$\square$
この定理により、曲線 $\gamma$ の速度ベクトル $\gamma'(0):=[\gamma]$ は、関数 $f$ に $f$ の $\gamma$ に沿った微分 $(f\circ\gamma)'(0)$ を対応させる導分と同じものであり、局所座標では成分 $(\varphi\circ\gamma)'(0)$ をもつ。座標ベクトル $\partial/\partial x^i|_p$ は、第 $i$ 座標の方向の曲線 $t\mapsto\varphi^{-1}(\varphi(p)+te_i)$ の速度ベクトルである。
$M$、$N$ を滑らかな多様体、$F\colon M\to N$ を $C^\infty$ 級写像、$p\in M$ とする。$F$ の $p$ における微分(differential)$dF_p\colon T_pM\to T_{F(p)}N$ を、導分による定義で
$$
(dF_p\,v)(g):=v(g\circ F)\qquad(v\in T_pM,\ g\in C^\infty(N))
$$
と定める。曲線による定義では $dF_p([\gamma])=[F\circ\gamma]$ である。$dF_p$ を $F_{*p}$、$DF(p)$、$T_pF$ とも書く。
$g\circ F\in C^\infty(M)$ なので右辺は意味をもち、$dF_p\,v$ は $F(p)$ における導分である($v((g_1g_2)\circ F)=g_1(F(p))\,v(g_2\circ F)+g_2(F(p))\,v(g_1\circ F)$)。$v=\alpha([\gamma])$ のとき $(dF_p\,v)(g)=(g\circ F\circ\gamma)'(0)=\alpha([F\circ\gamma])(g)$ なので、2 つの記述は thm-tangent-space-iso の $\alpha$ で対応する。
$F\colon M\to N$ を $m$ 次元の滑らかな多様体から $n$ 次元の滑らかな多様体への $C^\infty$ 級写像、$p\in M$ とする。$p$ のまわりの局所座標 $\varphi=(x^1,\dots,x^m)$ と $F(p)$ のまわりの局所座標 $\psi=(y^1,\dots,y^n)$ をとり、$F^j:=y^j\circ F$ とおく。このとき
$$
dF_p\Bigl(\frac{\partial}{\partial x^i}\Big|_p\Bigr)=\sum_{j=1}^n\frac{\partial F^j}{\partial x^i}(p)\,\frac{\partial}{\partial y^j}\Big|_{F(p)}
$$
である。すなわち、座標ベクトルの基底に関する $dF_p$ の表現行列は、局所表示 $\psi\circ F\circ\varphi^{-1}$ の $\varphi(p)$ における Jacobi 行列である。
要点:両辺を関数 $g\in C^\infty(N)$ に作用させると、$\mathbb{R}^m$ の開集合の上の連鎖律そのものになる。
$p$ の近くで $g\circ F\circ\varphi^{-1}=(g\circ\psi^{-1})\circ(\psi\circ F\circ\varphi^{-1})$ なので、連鎖律により $$dF_p\Bigl(\frac{\partial}{\partial x^i}\Big|_p\Bigr)(g)=\frac{\partial(g\circ F\circ\varphi^{-1})}{\partial x^i}(\varphi(p))=\sum_j\frac{\partial(g\circ\psi^{-1})}{\partial y^j}(\psi(F(p)))\,\frac{\partial(y^j\circ F\circ\varphi^{-1})}{\partial x^i}(\varphi(p))$$ である。右辺は $\sum_j\frac{\partial F^j}{\partial x^i}(p)\,\frac{\partial}{\partial y^j}|_{F(p)}(g)$ であり、$g$ は任意なので主張が従う。$\square$
$F\colon M\to N$、$G\colon N\to P$ を滑らかな多様体の間の $C^\infty$ 級写像、$p\in M$ とする。このとき
$$
d(G\circ F)_p=dG_{F(p)}\circ dF_p,\qquad d(\mathrm{id}_M)_p=\mathrm{id}_{T_pM}
$$
である。とくに $F$ が微分同相写像なら $dF_p$ は線形同型であり、$\dim M=\dim N$ である。
$v\in T_pM$、$h\in C^\infty(P)$ に対し、微分の定義を 3 回使って
$$
\bigl(d(G\circ F)_p\,v\bigr)(h)=v(h\circ G\circ F)=(dF_p\,v)(h\circ G)=\bigl(dG_{F(p)}(dF_p\,v)\bigr)(h)
$$
である。$d(\mathrm{id}_M)_p\,v=v$ は定義から明らかである。$F$ が微分同相写像なら、$F^{-1}\circ F=\mathrm{id}_M$、$F\circ F^{-1}=\mathrm{id}_N$ に前半を使って $d(F^{-1})_{F(p)}$ が $dF_p$ の逆写像となる。$\dim T_pM=\dim M$(thm-tangent-space-iso と $\Theta_\varphi$ による)なので $\dim M=\dim N$ である。$\square$
$M=\mathbb{R}^m$、$N=\mathbb{R}^n$、$P=\mathbb{R}^l$ の開集合で標準座標を使えば、prop-tangent-space-differential-coordinates により $dF_p$ は Jacobi 行列 $DF(p)$ で表され、thm-tangent-space-chain-rule は Jacobi 行列の積の公式 $D(G\circ F)(p)=DG(F(p))\,DF(p)$(連鎖律)そのものである。
$\mathbb{R}^N$ の開集合 $W$ の点 $a$ では、恒等写像を局所座標とする $\Theta_{\mathrm{id}}\colon[\gamma]\mapsto\gamma'(0)$ により $T_aW=\mathbb{R}^N$ と同一視する。これにより、$\mathbb{R}^N$ の中の図形の接空間を $\mathbb{R}^N$ の部分空間として描くことができる。
$0\le d\le N$ とする。$S\subset\mathbb{R}^N$ が $d$ 次元の部分多様体であるとは、各点 $p\in S$ に対し、$p$ のまわりの $\mathbb{R}^N$ の局所座標 $(V;y^1,\dots,y^N)$ で
$$
V\cap S=\{q\in V\mid y^{d+1}(q)=\dots=y^N(q)=0\}
$$
となるものが存在することをいう。
局所座標の記事の命題「等位集合の多様体構造」の証明は、この形の局所座標があることだけを使う。したがって同じ証明により、部分多様体 $S$ は、$(y^1,\dots,y^d)$ を $V\cap S$ に制限したものを局所座標とする $d$ 次元の滑らかな多様体になり、包含写像 $\iota\colon S\hookrightarrow\mathbb{R}^N$ は $C^\infty$ 級である。
$S\subset\mathbb{R}^N$ を $d$ 次元の部分多様体、$p\in S$ とする。$d\iota_p\colon T_pS\to\mathbb{R}^N$ は単射であり、その像は
$$
\{\gamma'(0)\mid\gamma\colon J\to\mathbb{R}^N\text{ は }C^\infty\text{ 級で }\gamma(J)\subset S,\ \gamma(0)=p\}
$$
に等しい。とくにこの集合は $\mathbb{R}^N$ の $d$ 次元部分空間である。
要点:部分多様体を平らにする局所座標では、包含写像は $u\mapsto(u,0)$ と表され、$S$ の中の曲線は最後の $N-d$ 成分が $0$ の曲線になる。
$p$ のまわりの上の形の局所座標 $(V,\psi)$ をとり、$S$ の局所座標を $\chi:=\pi\circ\psi|_{V\cap S}$($\pi$ は最初の $d$ 成分への射影)とする。$\chi^{-1}(u)=\psi^{-1}(u,0)$ なので、$\iota$ の局所表示は $\psi\circ\iota\circ\chi^{-1}(u)=(u,0)$ であり、その Jacobi 行列 $\begin{pmatrix}I_d\\0\end{pmatrix}$ の階数は $d$ である。prop-tangent-space-differential-coordinates により $d\iota_p$ は単射で、像は $d$ 次元である。
像が速度ベクトルの集合に含まれること:$v=[c]\in T_pS$ なら、$d\iota_p\,v=[\iota\circ c]$ であり、$\iota\circ c$ は $S$ に値をとる $\mathbb{R}^N$ の曲線で、その速度ベクトルが $d\iota_p\,v$ である。
逆の包含:$\gamma$ を $S$ に値をとる $C^\infty$ 級の曲線で $\gamma(0)=p$ とする。$\lvert t\rvert$ が小さければ $\gamma(t)\in V$ であり、$\gamma(t)\in S$ より $\psi(\gamma(t))=(c(t),0)$、$c:=\pi\circ\psi\circ\gamma$ は $C^\infty$ 級である。$\tilde c:=\chi^{-1}\circ c$ は $S$ の曲線で、局所表示が $c$ なので $C^\infty$ 級であり、$\iota\circ\tilde c(t)=\psi^{-1}(c(t),0)=\gamma(t)$ である。よって $\gamma'(0)=d\iota_p[\tilde c]$ である。$\square$
以下、この単射で $T_pS$ を $\mathbb{R}^N$ の部分空間とみなす。
$W\subset\mathbb{R}^N$ を開集合、$1\le k\le N$、$F\colon W\to\mathbb{R}^k$ を $C^\infty$ 級写像、$c\in\mathbb{R}^k$、$S:=F^{-1}(c)$ とし、$S$ の各点 $q$ で Jacobi 行列 $DF(q)$ の階数が $k$ であるとする。このとき $S$ は $N-k$ 次元の部分多様体であり、各点 $p\in S$ で
$$
T_pS=\ker DF(p)
$$
である。
$S$ が $N-k$ 次元の部分多様体であることは、局所座標の記事の定理「等位集合を平らにする局所座標」を滑らかな多様体 $W$ に適用すれば得られる。
$\gamma$ を $S$ に値をとる $C^\infty$ 級の曲線で $\gamma(0)=p$ とすると、$F\circ\gamma$ は定数 $c$ なので、連鎖律により $DF(p)\,\gamma'(0)=(F\circ\gamma)'(0)=0$ である。lem-tangent-space-submanifold-velocity により $T_pS\subset\ker DF(p)$ である。同じ補題により $\dim T_pS=N-k$ であり、$DF(p)$ の階数が $k$ なので次元定理により $\dim\ker DF(p)=N-k$ である。次元が等しいので $T_pS=\ker DF(p)$ である。$\square$
これは Nic20 §2.1 の接ベクトルの具体例に対応する。
$F(x)=\|x\|^2=x\cdot x$ とすると $S^n=F^{-1}(1)$ であり、$DF(p)v=2\,p\cdot v$ は $p\in S^n$ で $0$ でない。thm-tangent-space-level-set により
$$
T_pS^n=\{v\in\mathbb{R}^{n+1}\mid p\cdot v=0\}=p^\perp
$$
である。たとえば北極 $N=(0,\dots,0,1)$ では $T_NS^n=\{v\mid v_{n+1}=0\}$ である。$p^\perp$ の単位ベクトル $u$ に対し、大円 $\gamma(t)=(\cos t)\,p+(\sin t)\,u$ は $S^n$ の中の曲線で、$\gamma'(0)=u$ である。
球面 S² の点 p における接平面 p + T_pS²。球面上の大円 γ が p を通り、その速度ベクトル γ′(0) は接平面の中にある
図のように、$T_pS^2$ を点 $p$ だけ平行移動した平面 $p+T_pS^2$ が、ふつう「球面の $p$ における接平面」と呼ばれるものである。$T_pS^2$ 自身は原点を通る 2 次元の部分空間である。
$n$ 次正方行列の全体 $M_n(\mathbb{R})$ を成分により $\mathbb{R}^{n^2}$ とみる。一般線形群 $GL_n(\mathbb{R})=\{A\mid\det A\neq0\}$ は、行列式が成分の多項式で連続なので $M_n(\mathbb{R})$ の開集合であり、単位行列 $I$ での接空間は $T_IGL_n(\mathbb{R})=M_n(\mathbb{R})$ である。実際、任意の $H\in M_n(\mathbb{R})$ に対し、$\lvert t\rvert$ が小さければ $I+tH\in GL_n(\mathbb{R})$ で、この曲線の速度ベクトルは $H$ である。
$n$ 次の実対称行列の全体 $\mathrm{Sym}_n$ を対角と上三角の成分により $\mathbb{R}^{n(n+1)/2}$ とみて、$F\colon M_n(\mathbb{R})\to\mathrm{Sym}_n$、$F(A):=A^{\mathsf T}A$ を考える。直交群は $O(n)=F^{-1}(I)$ である。$DF(A)H=H^{\mathsf T}A+A^{\mathsf T}H$ は $O(n)$ の各点で全射なので、thm-tangent-space-level-set により $O(n)$ は $n(n-1)/2$ 次元の部分多様体であり、
$$
T_IO(n)=T_ISO(n)=\ker DF(I)=\{H\in M_n(\mathbb{R})\mid H^{\mathsf T}+H=0\}
$$
は交代行列の全体である。
$(A+tH)^{\mathsf T}(A+tH)=A^{\mathsf T}A+t(H^{\mathsf T}A+A^{\mathsf T}H)+t^2H^{\mathsf T}H$ より $DF(A)H=H^{\mathsf T}A+A^{\mathsf T}H$ である。$A\in O(n)$ と $S\in\mathrm{Sym}_n$ に対し $H:=\frac12AS$ とおくと、$A^{\mathsf T}A=I$ より $DF(A)H=\frac12SA^{\mathsf T}A+\frac12A^{\mathsf T}AS=S$ なので、$DF(A)$ は全射で階数は $n(n+1)/2$ であり、$O(n)$ の次元は $n^2-n(n+1)/2=n(n-1)/2$ である。$O(n)$ の上で $\det$ は $\pm1$ の値しかとらない連続関数なので、特殊直交群 $SO(n)=\{A\in O(n)\mid\det A=1\}=O(n)\cap\{\det>0\}$ は $O(n)$ の開集合であり、同じ次元の部分多様体である。$O(n)$ の中の曲線で $I$ を通るものは $\lvert t\rvert$ が小さければ $SO(n)$ にとどまるので、lem-tangent-space-submanifold-velocity により $T_ISO(n)=T_IO(n)$ である。
thm-tangent-space-level-set の階数の条件を外すと、等位集合は部分多様体とは限らない。
$F(x,y,z):=x^2+y^2-z^2$、$C:=F^{-1}(0)\subset\mathbb{R}^3$ とする。$DF=2(x,\,y,\,-z)$ は原点以外で $0$ でないので、$C\setminus\{0\}$ は 2 次元の部分多様体であり、各点の接空間は $\ker DF$ である。しかし原点の開近傍 $V$ をどのようにとっても、$V\cap C$ はどの次元の部分多様体でもない。満たす性質は「多項式の等位集合で、1 点を除けば 2 次元の部分多様体」、満たさない性質は「原点の近くで部分多様体」であり、破る含意は「滑らかな関数の等位集合は部分多様体である」である。原点では $DF(0)=0$ で、定理の階数の条件が成り立たない。
$V\cap C$ が $d$ 次元の部分多様体であったとする。$a\in\mathbb{R}$ に対し直線 $\gamma_a(t)=t(\cos a,\,\sin a,\,1)$ は $C$ に含まれ、$\lvert t\rvert$ が小さければ $V$ に入る。$a=0,\ \pi/2,\ \pi$ の速度ベクトル $(1,0,1)$、$(0,1,1)$、$(-1,0,1)$ を並べた行列の行列式は $2$ なので、これらは線形独立である。lem-tangent-space-submanifold-velocity により $T_0(V\cap C)$ は $d$ 次元でこれらを含むので、$d=3$ である。ところが $d=3=N$ のときは定義の局所座標 $(V',\psi)$ について $V'\cap(V\cap C)=V'$ となり、$C$ は原点の開近傍を含む。一方 $(\varepsilon,0,0)$($\varepsilon\neq0$)は $C$ に属さず、いくらでも原点に近い。これは矛盾である。
円錐 x² + y² = z² と、頂点を通る母線。母線の方向ベクトルは 3 次元の空間を張るので、頂点での接空間を 2 次元の平面にとることはできない
導分による定義は、関数の環だけから接空間を取り出す。これを代数的に言い直すと、特異点をもつ図形にも使える「Zariski 接空間」が得られる。
$I_p:=\{f\in C^\infty(M)\mid f(p)=0\}$ とし、$I_p^2$ を積 $fg$($f,g\in I_p$)の有限和の全体とする。このとき
$$
T_pM\to\operatorname{Hom}_{\mathbb{R}}(I_p/I_p^2,\ \mathbb{R}),\qquad v\mapsto\bigl(f+I_p^2\mapsto v(f)\bigr)
$$
は矛盾なく定義された線形同型である。
要点:Leibniz 則により導分は $I_p^2$ の上で $0$ になり、逆に $I_p/I_p^2$ 上の線形写像 $\lambda$ からは $v_\lambda(f):=\lambda\bigl(f-f(p)+I_p^2\bigr)$ で導分が得られる。
$f,g\in I_p$ なら $v(fg)=f(p)v(g)+g(p)v(f)=0$ なので、$v$ は $I_p^2$ の上で $0$ であり、写像は矛盾なく定義され、$v$ について線形である。逆写像を作る。線形写像 $\lambda\colon I_p/I_p^2\to\mathbb{R}$ に対し $v_\lambda(f):=\lambda\bigl(f-f(p)+I_p^2\bigr)$ とおく。$v_\lambda$ は線形であり、$$fg-f(p)g(p)=\bigl(f-f(p)\bigr)\bigl(g-g(p)\bigr)+f(p)\bigl(g-g(p)\bigr)+g(p)\bigl(f-f(p)\bigr)$$ の右辺の第 1 項は $I_p^2$ に属するので、$v_\lambda(fg)=f(p)v_\lambda(g)+g(p)v_\lambda(f)$ である。よって $v_\lambda\in T_pM$ である。
導分 $v$ は定数関数を $0$ に写す($v(1)=v(1\cdot1)=2v(1)$)ので、$v$ から作った $\lambda_v$ について $v_{\lambda_v}(f)=v(f-f(p))=v(f)$ である。また $f\in I_p$ なら $v_\lambda(f)=\lambda(f+I_p^2)$ である。したがって 2 つの写像は互いに逆である。$\square$
これは Vak25 §13.1 が Zariski 接空間の定義の動機として挙げる議論であり、同書の Exercise 13.1.A にあたる。そこで一般の可換環について次のように定める。
$A$ を可換環、$\mathfrak m$ を $A$ の極大イデアル、$k:=A/\mathfrak m$ とする。$\mathfrak m/\mathfrak m^2$ は $k$ 上のベクトル空間であり、これを $\mathfrak m$ における Zariski 余接空間、その双対空間 $\operatorname{Hom}_k(\mathfrak m/\mathfrak m^2,\ k)$ を Zariski 接空間という。
Vak25 Definition 13.1.1 は局所環 $A_{\mathfrak m}$ の極大イデアルで定義し、$\mathfrak m/\mathfrak m^2=\mathfrak mA_{\mathfrak m}/\mathfrak m^2A_{\mathfrak m}$ であることを注意している。局所環付き空間の点での定義は環付き空間の記事の定義「点における剰余体と接空間」にある。平面曲線では、Zariski 接空間は方程式の 1 次の部分だけで決まる。
$k$ を体、$f\in k[x,y]$ を $f(0,0)=0$ をみたす多項式とし、$f$ の 1 次の部分を $ax+by$($a,b\in k$)とする。$A:=k[x,y]/(f)$、$\mathfrak m:=(x,y)/(f)$ とおく。このとき
$$
\dim_k\mathfrak m/\mathfrak m^2=\begin{cases}1&((a,b)\neq(0,0)),\\2&(a=b=0)\end{cases}
$$
であり、Zariski 接空間は線形汎関数 $\lambda$ に $(\lambda(\bar x),\lambda(\bar y))$ を対応させることで $\{(v_1,v_2)\in k^2\mid av_1+bv_2=0\}$ と同一視される。
$\mathfrak n:=(x,y)\subset k[x,y]$ とおく。要点は、$\mathfrak n/\mathfrak n^2$ が $\bar x,\bar y$ を基底とする 2 次元の $k$ ベクトル空間であり、
$$
\mathfrak m/\mathfrak m^2\cong\mathfrak n/(\mathfrak n^2+(f))\cong(\mathfrak n/\mathfrak n^2)/k(a\bar x+b\bar y)
$$
となることである。
$\mathfrak n$ は $k[x,y]\to k$、$g\mapsto g(0,0)$ の核なので極大イデアルであり、$(f)\subset\mathfrak n$ である。$\mathfrak m=\mathfrak n/(f)$、$\mathfrak m^2=(\mathfrak n^2+(f))/(f)$ なので、同型定理により $\mathfrak m/\mathfrak m^2\cong\mathfrak n/(\mathfrak n^2+(f))$ である。$\mathfrak n^2$ は $x^2,xy,y^2$ で生成され、2 次以上の単項式の $k$ 上の 1 次結合の全体である。$\mathfrak n$ の元は 1 次以上の単項式の 1 次結合なので、$\mathfrak n/\mathfrak n^2$ は $\bar x,\bar y$ を基底とする 2 次元の $k$ ベクトル空間である。$g\in k[x,y]$ に対し $gf-g(0,0)f=(g-g(0,0))f\in\mathfrak n\cdot\mathfrak n$ なので、$(f)+\mathfrak n^2$ の $\mathfrak n/\mathfrak n^2$ における像は $f$ の像 $a\bar x+b\bar y$ で張られる。これで 2 つ目の同型が得られる。
これは Vak25 Exercise 13.1.B の「$A/(f)$ の Zariski 接空間は $A$ の Zariski 接空間の中で $f\bmod\mathfrak m^2$ によって切り取られる」の特別な場合である。$k=\mathbb{R}$ で $(a,b)\neq(0,0)$ のとき、曲線 $f=0$ は原点の近くで 1 次元の部分多様体であり(thm-tangent-space-level-set)、その接空間 $\ker Df(0)=\{av_1+bv_2=0\}$ は Zariski 接空間と同じ直線である。
放物線 $y-x^2=0$ では $(a,b)=(0,1)$ なので、原点の Zariski 接空間は $1$ 次元で、直線 $v_2=0$ である。尖点 $y^2-x^3=0$ と結節点 $y^2-x^2-x^3=0$ では 1 次の部分が $0$ なので、原点の Zariski 接空間は $2$ 次元であり、曲線($1$ 次元)の次元を超える。満たす性質は「$1$ 次元の曲線の点」、満たさない性質は「接空間の次元が $1$」であり、破る含意は「接空間の次元は図形の次元に等しい」である。Zariski 接空間の次元が図形の次元を超える点が特異点であり、局所環 $A_{\mathfrak m}$ は正則局所環でない。
原点での Zariski 接空間:放物線 y = x² は直線 1 本(1 次元)、尖点 y² = x³ と結節点 y² = x² + x³ は平面全体(2 次元)
Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する