三角関数の公式を確かめる方法

同義語:checking trigonometric identities

概要

三角関数の公式を確かめる方法とは、思い出した公式が正しいかを、角の代入、対称性と周期、係数の和と値の範囲、小さい角での近似、微分などで調べる方法である。特別な角は対称性が高く、45° では sin と cos の取り違えを、0° と 90° では sin か cos を因数にもつ項の誤りを、値が 0 になる角では式全体の符号の誤りを見逃すことがある。$\cos\theta=\frac45$、$\sin\theta=\frac35$ の角を入れると $\cos3\theta=-\frac{44}{125}$ のように値がすべて有理数になり、これらの誤りを 1 回の代入で見つけられる。確かめても証明にはならないが、両辺が $\cos\theta$ の 3 次以下の多項式と分かっていれば 4 点、導関数が等しければ 1 点での一致で恒等式が証明できる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 三角関数, 加法定理, 多項式, 微分係数と導関数の定義(高校数学), 恒等式

高校での出発点:うろ覚えの公式を確かめたい

三角関数の公式は、加法定理から2倍角・半角・3倍角の公式を導く、加法定理から積和・和積・合成・正接の公式を導く、回転と複素数で三角関数の公式を導く のように導けば作り直せる。しかし試験の途中などでは、思い出した式が正しいかをすばやく確かめたいことがある。この記事では、公式を 確かめる 方法を集め、それぞれが どんな間違いを見つけ、どんな間違いを見逃すか を調べる。中心になるのは、辺の比が $3:4:5$ の直角三角形の角を代入する方法である。

θ = 0 で符号の誤りを見つける

「$\cos3\theta=3\cos\theta-4\cos^3\theta$」と思い出したとする。$\theta=0$ を入れると、左辺は $\cos0=1$、右辺は $3\cdot1-4\cdot1=-1$ で、一致しない。この式は誤りである。符号を入れかえた $\cos3\theta=4\cos^3\theta-3\cos\theta$ なら、$\theta=0$ で右辺は $4-3=1$ となり一致する。さらに $\theta=\frac\pi3$ を入れると、左辺 $\cos\pi=-1$、右辺 $4\cdot\frac18-3\cdot\frac12=\frac12-\frac32=-1$ で、これも一致する。

θ = 0 では見つからない誤り

「$\sin3\theta=4\sin^3\theta-3\sin\theta$」と思い出したとする。$\theta=0$ を入れると、左辺も右辺も $0$ で一致してしまう。$\theta=\frac\pi2$ を入れると、左辺は $\sin\frac{3\pi}2=-1$、右辺は $4-3=1$ で一致しないので、誤りだと分かる。正しくは $\sin3\theta=3\sin\theta-4\sin^3\theta$ で、$\theta=\frac\pi2$ では $3-4=-1$ となる。

2 つの例から分かるように、どの値を代入するかで、見つかる誤りと見逃す誤りが変わる。この記事では次の問いに答える。

  1. 確かめることと証明することは、どう違うか。→ rem-tfchk-check-vs-proof、ex-tfchk-not-proof
  2. $30^\circ$・$45^\circ$・$60^\circ$ のような特別な角は、どんな誤りを見逃すか。→ ex-tfchk-special-blind、rem-tfchk-why-blind
  3. $3:4:5$ の角を代入すると、なぜ誤りがよく見つかるか。→ ex-tfchk-345-detect、rem-tfchk-why-345
  4. 2 つの角を含む公式(積和・和積)は、どう確かめるか。→ ex-tfchk-two-angles、ex-tfchk-two-angle-errors
  5. 代入のほかに、どんな確かめ方があるか。→ 対称性・周期(ex-tfchk-parity)、次数と係数の和(rem-tfchk-degree)、小さい $\theta$ での近似(ex-tfchk-small)、微分(ex-tfchk-derivative)
  6. 確かめるだけで証明になるのは、どんなときか。→ thm-tfchk-finite、thm-tfchk-derivative
    次の表は、この記事で扱う確かめ方の一覧である。
    確かめ方すること得意な誤りボックス
    特別な角$\theta=0,\frac\pi6,\frac\pi4,\frac\pi3,\frac\pi2$ を入れる係数の誤りex-tfchk-special
    $3:4:5$ の角$\cos\theta=\frac45$、$\sin\theta=\frac35$ を入れる$\sin$ と $\cos$ の取り違え、符号の誤りex-tfchk-345-values
    対称性・周期$\theta$ を $-\theta$、$\pi-\theta$、$\frac\pi2-\theta$、$\theta+\pi$ に変える$\sin$ と $\cos$ の取り違えex-tfchk-parity
    次数・係数の和・範囲最高次の係数、$\theta=0$ での値、値が $[-1,1]$ に入るか係数・符号の誤りrem-tfchk-degree
    小さい $\theta$$\sin\theta\approx\theta$、$\cos\theta\approx1-\frac{\theta^2}2$符号・係数の誤りex-tfchk-small
    微分両辺を微分して、別の公式と合うか見る公式どうしの食い違いex-tfchk-derivative

確かめることと証明すること

確かめることと証明することの違い

公式は「すべての $\theta$ について成り立つ」という主張(恒等式)である。いくつかの $\theta$ で成り立つことを確かめても、それだけではすべての $\theta$ で成り立つことにはならない。確かめ方ができるのは、

  • 一致しなければ、その式は 確実に誤り だと分かる
  • 一致すれば、その式は 正しいかもしれない(誤りの可能性が減る)
    ということである。ただし、式の形についての情報(たとえば「両辺が $\cos\theta$ の 3 次以下の多項式である」)があれば、有限個の値で確かめるだけで証明になる場合がある(thm-tfchk-finite)。
反例:特別な角 5 つで一致しても恒等式とは限らない

$f(\theta)=\cos2\theta$、$g(\theta)=\cos2\theta+\sin12\theta$ とする。$\theta=0,\frac\pi6,\frac\pi4,\frac\pi3,\frac\pi2$ では $12\theta=0,2\pi,3\pi,4\pi,6\pi$ で、どれも $\pi$ の整数倍なので $\sin12\theta=0$ であり、$f$ と $g$ の値は一致する。しかし $\theta=\frac\pi{24}$ では $\sin12\theta=\sin\frac\pi2=1$ なので $g(\theta)=f(\theta)+1$ であり、「$\cos2\theta=\cos2\theta+\sin12\theta$」は恒等式ではない。$3:4:5$ の角 $\theta_0$ では $\sin12\theta_0=\frac{242017776}{244140625}\approx0.991$ で、$0$ でない。特別な角だけで確かめる方法は、「$\sin12\theta$ のように特別な角でちょうど $0$ になる項」を見逃す。

確かめ方 1:特別な角を代入する

3 倍角の公式を特別な角で確かめる

$\cos3\theta=4\cos^3\theta-3\cos\theta$ と $\sin3\theta=3\sin\theta-4\sin^3\theta$ の両辺を、5 つの角で計算する。

$\theta$$0$$\frac\pi6$$\frac\pi4$$\frac\pi3$$\frac\pi2$
$\cos3\theta$$1$$0$$-\frac{\sqrt2}2$$-1$$0$
$4\cos^3\theta-3\cos\theta$$4-3=1$$\frac{3\sqrt3}2-\frac{3\sqrt3}2=0$$\sqrt2-\frac{3\sqrt2}2=-\frac{\sqrt2}2$$\frac12-\frac32=-1$$0$
$\sin3\theta$$0$$1$$\frac{\sqrt2}2$$0$$-1$
$3\sin\theta-4\sin^3\theta$$0$$\frac32-\frac12=1$$\frac{3\sqrt2}2-\sqrt2=\frac{\sqrt2}2$$\frac{3\sqrt3}2-\frac{3\sqrt3}2=0$$3-4=-1$

5 つの角のすべてで一致する。$\theta=\frac\pi4$ の欄では $\cos^3\frac\pi4=\left(\frac{\sqrt2}2\right)^3=\frac{\sqrt2}4$ を使った。

特別な角は値を覚えているので使いやすい。しかし、特別な角には「値がたまたま一致してしまう」弱点がある。どの誤りがどの角で見逃されるかを、Python で調べた。調べた正しい公式は、2 倍角の 4 つの形($\sin2\theta=2\sin\theta\cos\theta$ と、$\cos2\theta$ の $\cos^2\theta-\sin^2\theta$、$2\cos^2\theta-1$、$1-2\sin^2\theta$)、3 倍角の 4 つの形($4\cos^3\theta-3\cos\theta$、$\cos^3\theta-3\cos\theta\sin^2\theta$、$3\sin\theta-4\sin^3\theta$、$3\cos^2\theta\sin\theta-\sin^3\theta$)、半角の 2 つの形($\cos^2\frac\theta2=\frac{1+\cos\theta}2$、$\sin^2\frac\theta2=\frac{1-\cos\theta}2$)の 10 個である。誤りは、右辺の項のうち 1 個または 2 個に、「符号を変える」「$\sin$ と $\cos$ を入れかえる」「係数を $\pm1,\pm2,\pm3,\pm4,\pm\frac12$ のどれかに変える」のいずれかを行って作った。関数として正しい式と異なる誤りは 1043 個あり、それぞれを $0,30^\circ,45^\circ,60^\circ,90^\circ$ と、後で使う $3:4:5$ の角で正しい値と比べた。

特別な角で見逃される誤り

次の 4 つの誤った式は、表の「一致」の角では正しい値と一致してしまう。

誤った式正しい式一致してしまう角誤りが見つかる角
$\sin3\theta=4\sin^3\theta-3\sin\theta$$3\sin\theta-4\sin^3\theta$$0$、$60^\circ$$30^\circ$、$45^\circ$、$90^\circ$
$\cos3\theta=3\cos\theta-4\cos^3\theta$$4\cos^3\theta-3\cos\theta$$30^\circ$、$90^\circ$$0$、$45^\circ$、$60^\circ$
$\cos3\theta=\cos^3\theta-3\cos^2\theta\sin\theta$$\cos^3\theta-3\cos\theta\sin^2\theta$$0$、$45^\circ$、$90^\circ$$30^\circ$、$60^\circ$
$\sin3\theta=3\sin^2\theta\cos\theta-\sin^3\theta$$3\cos^2\theta\sin\theta-\sin^3\theta$$0$、$45^\circ$、$90^\circ$$30^\circ$、$60^\circ$

たとえば 1 行目を $\theta=60^\circ$ で確かめると、左辺は $\sin180^\circ=0$、右辺は $4\cdot\frac{3\sqrt3}8-3\cdot\frac{\sqrt3}2=\frac{3\sqrt3}2-\frac{3\sqrt3}2=0$ で一致する。3 行目を $\theta=45^\circ$ で確かめると、$\cos\theta=\sin\theta=\frac{\sqrt2}2$ なので、$\cos^2\theta\sin\theta$ と $\cos\theta\sin^2\theta$ は同じ値 $\frac{\sqrt2}4$ になり、左辺 $\cos135^\circ=-\frac{\sqrt2}2$ と右辺 $\frac{\sqrt2}4-\frac{3\sqrt2}4=-\frac{\sqrt2}2$ が一致する。

図 1 は、1 行目と 3 行目の誤った式のグラフを、正しい式のグラフと重ねたものである。
図1:正しい 3 倍角の公式(青)と誤った式(赤の破線)。黄色の丸の角では 2 つの値が一致し、誤りを見逃す。緑は 3:4:5 の角 図1:正しい 3 倍角の公式(青)と誤った式(赤の破線)。黄色の丸の角では 2 つの値が一致し、誤りを見逃す。緑は 3:4:5 の角
2 つのグラフが交わる角で確かめると、誤りは見つからない。左の図では $0^\circ$ と $60^\circ$、右の図では $0^\circ$・$45^\circ$・$90^\circ$ が交点になっている。緑の点線($3:4:5$ の角)では、どちらの図でも 2 つのグラフが離れている。

特別な角が誤りを見逃す理由
  • $45^\circ$ では $\sin\theta=\cos\theta$ なので、$\sin$ と $\cos$ を入れかえる誤りはすべて見逃す。
  • $0^\circ$ と $90^\circ$ では $\sin\theta$ か $\cos\theta$ の一方が $0$ なので、それを因数にもつ項の誤りはすべて見逃す。
  • $30^\circ$ では $\cos3\theta=0$、$60^\circ$ では $\sin3\theta=0$ である。正しい値が $0$ の角では、式全体の符号を変える誤り($-f$ と $f$ の取り違え)を見逃す。
    特別な角は対称性が高く、値の間にたまたまの関係が多い。それが「覚えやすい」理由であり、同時に「誤りを見逃しやすい」理由でもある。
    では、特別な角をいくつか組み合わせればよいか。$30^\circ$・$45^\circ$・$60^\circ$ の 3 つすべて で一致してしまう誤りがあるかを、2 つの範囲で Python で調べた。
  • 上の 1043 個の誤りの中には、3 つすべてで一致するものはなかった。
  • $c=\cos\theta$、$s=\sin\theta$ の 3 次以下の単項式 $1,c,s,c^2,cs,s^2,c^3,c^2s,cs^2,s^3$ で書いた 6 つの正しい式($2sc$、$c^2-s^2$、$4c^3-3c$、$c^3-3cs^2$、$3s-4s^3$、$3c^2s-s^3$。2 倍角の 2 つでは 2 次以下の単項式だけを使う)について、1 個または 2 個の係数に、$-8$ から $8$ までの $0$ でない整数を足した誤りをすべて作った。3 つの角すべてで一致するものは 1 つもなかった。
    3 個の係数に、$-2$ から $2$ までの $0$ でない整数($\pm1,\pm2$)を足した場合には、3 つの角すべてで一致するものが 56 個あった。しかし、どれも足した量が $k(c^2+s^2-1)$、$kc(c^2+s^2-1)$、$ks(c^2+s^2-1)$($k=\pm1,\pm2$)の形で、$c^2+s^2=1$ によりどの $\theta$ でも $0$ である。式の見かけが変わっただけで、関数としては正しい式と同じであり、誤りではない。
    したがって、この範囲の誤りは、特別な角を 3 つ組み合わせれば見つかる。ただしその分、$\sqrt2$、$\sqrt3$ を含む計算を何度もすることになる。調べていない形の誤り(係数を 3 個以上、大きく変えたものなど)については、何も言えない。

確かめ方 2:3:4:5 の角を代入する

3:4:5 の角と、その倍角の値

辺の長さが $3,4,5$ の直角三角形で、長さ $4$ の辺と長さ $5$ の辺がはさむ角を $\theta_0$ とする($\theta_0\approx36.87^\circ$)。$\cos\theta_0=\frac45$、$\sin\theta_0=\frac35$ である。この記事では $\theta_0$ を 3:4:5 の角 と呼ぶ。

3:4:5 の角の 2 倍角・3 倍角

$c=\frac45$、$s=\frac35$ とする。

  • 2 倍角:$\sin2\theta_0=2sc=2\cdot\frac35\cdot\frac45=\frac{24}{25}$。$\cos2\theta_0$ は 3 つの形のどれで計算しても $c^2-s^2=\frac{16-9}{25}=\frac7{25}$、$2c^2-1=\frac{32}{25}-1=\frac7{25}$、$1-2s^2=1-\frac{18}{25}=\frac7{25}$ で同じ値になる。
  • 3 倍角を加法定理で:$\cos3\theta_0=\cos2\theta_0\cos\theta_0-\sin2\theta_0\sin\theta_0=\frac7{25}\cdot\frac45-\frac{24}{25}\cdot\frac35=\frac{28-72}{125}=-\frac{44}{125}$、$\sin3\theta_0=\sin2\theta_0\cos\theta_0+\cos2\theta_0\sin\theta_0=\frac{24}{25}\cdot\frac45+\frac7{25}\cdot\frac35=\frac{96+21}{125}=\frac{117}{125}$。
  • 3 倍角の公式で:$4c^3-3c=4\cdot\frac{64}{125}-\frac{12}5=\frac{256-300}{125}=-\frac{44}{125}$、$3s-4s^3=\frac95-4\cdot\frac{27}{125}=\frac{225-108}{125}=\frac{117}{125}$。
    2 通りの計算が一致するので、3 倍角の公式はこの角で正しい値を与える。すべての値が有理数なので、分数の計算だけで比べられる。
3:4:5 の角は特別な角が見逃した誤りを見つける

ex-tfchk-special-blind の 4 つの誤った式に $c=\frac45$、$s=\frac35$ を入れる。

誤った式の右辺$\theta_0$ での値正しい値
$4\sin^3\theta-3\sin\theta$$\frac{108}{125}-\frac95=\frac{108-225}{125}=-\frac{117}{125}$$\sin3\theta_0=\frac{117}{125}$
$3\cos\theta-4\cos^3\theta$$\frac{12}5-\frac{256}{125}=\frac{300-256}{125}=\frac{44}{125}$$\cos3\theta_0=-\frac{44}{125}$
$\cos^3\theta-3\cos^2\theta\sin\theta$$\frac{64}{125}-3\cdot\frac{16}{25}\cdot\frac35=\frac{64-144}{125}=-\frac{16}{25}$$\cos3\theta_0=-\frac{44}{125}$
$3\sin^2\theta\cos\theta-\sin^3\theta$$3\cdot\frac9{25}\cdot\frac45-\frac{27}{125}=\frac{108-27}{125}=\frac{81}{125}$$\sin3\theta_0=\frac{117}{125}$

4 つとも正しい値と異なり、1 回の代入ですべて見つかる。1・2 行目の符号の誤りは値の符号が逆になることで、3・4 行目の $\sin$ と $\cos$ の取り違えは $3\ne4$ であることで見つかっている。

3:4:5 の角がよい理由
  1. $\sin\theta_0=\frac35$ と $\cos\theta_0=\frac45$ は異なり、どちらも $0$ でない。したがって rem-tfchk-why-blind の最初の 2 つの見逃し($45^\circ$、$0^\circ$・$90^\circ$)が起こらない。
  2. 正の整数 $n$ について、$\cos n\theta_0$ も $\sin n\theta_0$ も $0$ にならない。実際、$\cos\theta_0=\frac45$ は $0,\pm\frac12,\pm1$ のどれでもない有理数なので、Niven の定理(Chebyshev多項式 で証明されている)により、$\theta_0$ は $\pi$ の有理数倍ではない。もし $\cos n\theta_0=0$ や $\sin n\theta_0=0$ なら $n\theta_0$ が $\frac\pi2$ の整数倍になり、$\theta_0$ が $\pi$ の有理数倍になってしまう。よって rem-tfchk-why-blind の 3 つ目の見逃しも起こらない。
  3. 値がすべて有理数である。$\cos n\theta_0$、$\sin n\theta_0$ は分母が $5^n$ の分数になる(回転と複素数で三角関数の公式を導く の $\left(\frac{4+3i}5\right)^n$)。$\sqrt2$ や $\sqrt3$ を含む計算と違って、分数どうしの比較は確実にできる。
    実際、ex-tfchk-special-blind の前で作った 1043 個の誤りは、$3:4:5$ の角ですべて正しい値と異なっていた。ただし、$3:4:5$ の角も 1 つの値にすぎない。$\theta_0$ でたまたま一致する誤った式は作ろうと思えば作れる(たとえば正しい式の右辺に $3\cos\theta-4\sin\theta$ を足した式は、$\theta_0$ では足した量が $\frac{12}5-\frac{12}5=0$ なので、正しい値と一致してしまう)。確かめ方は証明の代わりにはならない(rem-tfchk-check-vs-proof)。

副産物:ピタゴラス数が出てくる

倍角の値からピタゴラス数が出る

$\cos^2n\theta_0+\sin^2n\theta_0=1$ の両辺に $(5^n)^2$ を掛けると、分子どうしの 2 乗の和が $(5^n)^2$ になる。

  • $n=2$:$\cos2\theta_0=\frac7{25}$、$\sin2\theta_0=\frac{24}{25}$ から $7^2+24^2=49+576=625=25^2$。
  • $n=3$:$\cos3\theta_0=-\frac{44}{125}$、$\sin3\theta_0=\frac{117}{125}$ から $44^2+117^2=1936+13689=15625=125^2$。
  • $n=4$:$\cos4\theta_0=2\cos^22\theta_0-1=\frac{98}{625}-1=-\frac{527}{625}$、$\sin4\theta_0=2\sin2\theta_0\cos2\theta_0=2\cdot\frac{24}{25}\cdot\frac7{25}=\frac{336}{625}$ から $527^2+336^2=277729+112896=390625=625^2$。
    $(7,24,25)$、$(44,117,125)$、$(527,336,625)$ は、辺の長さが整数の直角三角形(ピタゴラス数)を与える。どの組も 3 つの数の最大公約数は $1$ である。倍角の公式を確かめるついでに、新しいピタゴラス数が次々に作れる。ピタゴラス数全体の分類と、単位円の有理点との関係は ピタゴラス数と円の有理点 で扱う。
半角の公式を 3:4:5 の角で確かめる

$\tan\frac{\theta_0}2=\frac{\sin\theta_0}{1+\cos\theta_0}=\frac{\frac35}{\frac95}=\frac13$ である(2 倍角の公式から $\frac{\sin\theta}{1+\cos\theta}=\frac{2\sin\frac\theta2\cos\frac\theta2}{2\cos^2\frac\theta2}=\tan\frac\theta2$)。$t=\frac13$ とおく。

  • 半角の公式:$\cos^2\frac{\theta_0}2=\frac{1+\cos\theta_0}2=\frac{1+\frac45}2=\frac9{10}$。一方 $\cos^2\frac{\theta_0}2=\frac1{1+t^2}=\frac1{1+\frac19}=\frac9{10}$ で一致する。同じく $\sin^2\frac{\theta_0}2=\frac{1-\frac45}2=\frac1{10}$ と $\frac{t^2}{1+t^2}=\frac{\frac19}{\frac{10}9}=\frac1{10}$ も一致する。
  • $t$ による式:$\frac{2t}{1+t^2}=\frac{\frac23}{\frac{10}9}=\frac35=\sin\theta_0$、$\frac{1-t^2}{1+t^2}=\frac{\frac89}{\frac{10}9}=\frac45=\cos\theta_0$ で一致する。
  • 誤った式「$\cos^2\theta=\frac{1+\cos\theta}2$」(半角の公式と次数下げの公式の混同)は、$\theta_0$ で左辺 $\frac{16}{25}$、右辺 $\frac9{10}$ となり、誤りだと分かる。

2 つの角を含む公式:3:4:5 と 5:12:13

積和・和積の公式には 2 つの角 $\alpha,\beta$ が入る。そこで、$3:4:5$ の角 $\alpha$($\cos\alpha=\frac45$、$\sin\alpha=\frac35$)と、辺の長さが $5,12,13$ の直角三角形の角 $\beta$($\cos\beta=\frac{12}{13}$、$\sin\beta=\frac5{13}$)の組を使う。どちらも値が有理数なので、和と差の角の値も有理数になる。

α と β の和・差の値

加法定理により
$$ \begin{aligned} \cos(\alpha+\beta)&=\tfrac45\cdot\tfrac{12}{13}-\tfrac35\cdot\tfrac5{13}=\tfrac{48-15}{65}=\tfrac{33}{65}, & \sin(\alpha+\beta)&=\tfrac35\cdot\tfrac{12}{13}+\tfrac45\cdot\tfrac5{13}=\tfrac{36+20}{65}=\tfrac{56}{65},\\ \cos(\alpha-\beta)&=\tfrac{48+15}{65}=\tfrac{63}{65}, & \sin(\alpha-\beta)&=\tfrac{36-20}{65}=\tfrac{16}{65} \end{aligned} $$
である。ここでも $33^2+56^2=1089+3136=4225=65^2$、$63^2+16^2=3969+256=4225=65^2$ とピタゴラス数が出る。
この値で積和の公式を確かめる。

公式左辺右辺
$\sin\alpha\cos\beta=\frac12\{\sin(\alpha+\beta)+\sin(\alpha-\beta)\}$$\frac35\cdot\frac{12}{13}=\frac{36}{65}$$\frac12\cdot\frac{56+16}{65}=\frac{36}{65}$
$\cos\alpha\sin\beta=\frac12\{\sin(\alpha+\beta)-\sin(\alpha-\beta)\}$$\frac45\cdot\frac5{13}=\frac{20}{65}$$\frac12\cdot\frac{56-16}{65}=\frac{20}{65}$
$\cos\alpha\cos\beta=\frac12\{\cos(\alpha+\beta)+\cos(\alpha-\beta)\}$$\frac45\cdot\frac{12}{13}=\frac{48}{65}$$\frac12\cdot\frac{33+63}{65}=\frac{48}{65}$
$\sin\alpha\sin\beta=\frac12\{\cos(\alpha-\beta)-\cos(\alpha+\beta)\}$$\frac35\cdot\frac5{13}=\frac{15}{65}$$\frac12\cdot\frac{63-33}{65}=\frac{15}{65}$

和積の公式は、$A=\alpha+\beta$、$B=\alpha-\beta$ とおくと $\frac{A+B}2=\alpha$、$\frac{A-B}2=\beta$ となるので、同じ値で確かめられる。たとえば $\sin A+\sin B=\frac{56+16}{65}=\frac{72}{65}$ と $2\sin\alpha\cos\beta=2\cdot\frac{36}{65}=\frac{72}{65}$、$\cos A-\cos B=\frac{33-63}{65}=-\frac{30}{65}$ と $-2\sin\alpha\sin\beta=-\frac{30}{65}$ が一致する。

2 つの角を含む公式を特別な角で確かめるとき、計算を楽にしようとして $\alpha=\beta$ とすることが多い。しかし $\alpha=\beta$ では $\sin(\alpha-\beta)=0$、$\cos(\alpha-\beta)=1$ となり、差の角に関する誤りが見えなくなる。

2 つの角を含む公式の誤りと、その見つけ方

$\alpha,\beta$ をそれぞれ $0,30^\circ,45^\circ,60^\circ,90^\circ$ から選ぶ $25$ 通りの組で、誤った式が一致してしまう組を Python で数えた(和積の公式の 2 行目だけは、$A,B$ を同じ 5 つの角から選ぶ $25$ 通りで数えた)。

誤った式一致してしまう組$\alpha,\beta$($3:4:5$ と $5:12:13$)での左辺と右辺
$\sin\alpha\cos\beta=\frac12\{\sin(\alpha+\beta)-\sin(\alpha-\beta)\}$$\alpha=\beta$ の 5 組すべて$\frac{36}{65}$ と $\frac{20}{65}$
$\cos A-\cos B=2\sin\frac{A+B}2\sin\frac{A-B}2$($-$ の落とし)$A,B$ を選ぶと $A=B$ の 5 組すべて($\alpha,\beta$ を選んで $A=\alpha+\beta$、$B=\alpha-\beta$ とすると、$\alpha$ か $\beta$ が $0$ の 9 組)$A=\alpha+\beta$、$B=\alpha-\beta$ として $-\frac{30}{65}$ と $\frac{30}{65}$
$\sin\alpha\sin\beta=\frac12\{\cos(\alpha+\beta)-\cos(\alpha-\beta)\}$(順番の逆転)$\alpha$ か $\beta$ が $0$ の 9 組$\frac{15}{65}$ と $-\frac{15}{65}$
$\cos\alpha\cos\beta=\frac12\{\sin(\alpha+\beta)+\sin(\alpha-\beta)\}$($\sin$ と $\cos$ の取り違え)$\alpha=45^\circ$ の 5 組など 9 組$\frac{48}{65}$ と $\frac{36}{65}$
$\sin(\alpha+\beta)=\sin\alpha\cos\beta-\cos\alpha\sin\beta$(符号)$\beta=0$ の 5 組など 9 組$\frac{56}{65}$ と $\frac{16}{65}$

1 行目・2 行目の誤りは、$\alpha=\beta$($A=B$)で確かめる限り決して見つからない。$3:4:5$ と $5:12:13$ の組では、5 つの誤りがすべて見つかる。

確かめ方 3:対称性と周期

公式の両辺は、$\theta$ をある規則で変えたときに同じように変わらなければならない。使うのは次の関係である(単位円を折り返して得られる。証明は 加法定理から2倍角・半角・3倍角の公式を導く にある)。
$$ \cos(-\theta)=\cos\theta,\quad \sin(-\theta)=-\sin\theta,\quad \cos(\pi-\theta)=-\cos\theta,\quad \sin(\pi-\theta)=\sin\theta,\quad \cos\left(\tfrac\pi2-\theta\right)=\sin\theta,\quad \sin\left(\tfrac\pi2-\theta\right)=\cos\theta $$
図2:3:4:5 の角 θ と、−θ、π−θ、π/2−θ の単位円上の点。それぞれ x 軸、y 軸、直線 y=x で折り返した位置にある 図2:3:4:5 の角 θ と、−θ、π−θ、π/2−θ の単位円上の点。それぞれ x 軸、y 軸、直線 y=x で折り返した位置にある

θ を −θ に変えて sin と cos の取り違えを見つける

$\cos3\theta$ は、$\theta$ を $-\theta$ に変えても値が変わらない($\cos(-3\theta)=\cos3\theta$)。したがって正しい右辺も、$\theta$ を $-\theta$ に変えて変わらないはずである。

  • 正しい式 $4\cos^3\theta-3\cos\theta$:$\cos(-\theta)=\cos\theta$ なので変わらない。
  • 誤った式 $\cos^3\theta-3\cos^2\theta\sin\theta$:$-\theta$ に変えると $\cos^3\theta+3\cos^2\theta\sin\theta$ になる。2 つの差は $6\cos^2\theta\sin\theta$ で、$\cos\theta\sin\theta\ne0$ の角(たとえば $\theta=\frac\pi4$)では $0$ でないので、値が違う。よって誤りである。
    同じく $\sin3\theta$ は、$\theta$ を $-\theta$ に変えると符号だけが変わる($\sin(-3\theta)=-\sin3\theta$)。したがって正しい右辺も、$\theta$ を $-\theta$ に変えると符号だけが変わる式でなければならない。$3\sin^2\theta\cos\theta-\sin^3\theta$ の $\theta$ を $-\theta$ に変えると、$\sin^2\theta$ と $\cos\theta$ は変わらず、$\sin^3\theta$ は符号が変わるので、$3\sin^2\theta\cos\theta+\sin^3\theta$ になる。これが元の式の $-1$ 倍なら、元の式と足して $0$ になるはずである。しかし和は $6\sin^2\theta\cos\theta$ で、$\sin\theta\cos\theta\ne0$ の角(たとえば $\theta=\frac\pi4$)では $0$ でない。よって誤りである。項ごとに見ると、$\sin\theta$ を奇数個含む項は $-\theta$ で符号が変わり、偶数個($0$ 個を含む)含む項は変わらない。$\cos\theta$ をいくつ含むかは関係しない。この確かめ方は、ex-tfchk-special-blind の 3・4 行目のような $\sin$ と $\cos$ の取り違えを、代入なしで見つける。一方、1・2 行目のような式全体の符号の誤りは見つけられない($-f$ も $f$ と同じ対称性をもつから)。
π/2 − θ に変えて一方の公式から他方を出す

$\cos3\theta=4\cos^3\theta-3\cos\theta$ の $\theta$ を $\frac\pi2-\theta$ に変える。

  • 左辺:$\cos\left(\frac{3\pi}2-3\theta\right)$ を加法定理で展開すると、$\cos\frac{3\pi}2=0$、$\sin\frac{3\pi}2=-1$ なので $0\cdot\cos3\theta+(-1)\cdot\sin3\theta=-\sin3\theta$ である。
  • 右辺:$\cos\left(\frac\pi2-\theta\right)=\sin\theta$ なので $4\sin^3\theta-3\sin\theta$ である。
    よって $-\sin3\theta=4\sin^3\theta-3\sin\theta$、つまり $\sin3\theta=3\sin\theta-4\sin^3\theta$ が出る。正弦と余弦の 3 倍角の公式は、一方を覚えていれば他方が出る。両方を覚えているなら、この計算で互いに確かめ合える。
周期で次数下げの公式を確かめる

$\cos^2\theta$ は、$\theta$ を $\theta+\pi$ に変えても変わらない($\cos(\theta+\pi)=-\cos\theta$ で、2 乗すると符号が消える)。

  • 正しい次数下げの公式 $\frac{1+\cos2\theta}2$:$\cos(2\theta+2\pi)=\cos2\theta$ なので変わらない。
  • 誤った式 $\frac{1+\cos\theta}2$:$\theta=0$ では $1$、$\theta=\pi$ では $0$ で、$\theta+\pi$ に変えると値が変わる。一方 $\cos^20=\cos^2\pi=1$ なので、この式は $\theta=\pi$ で誤りだと分かる。

確かめ方 4:次数・係数の和・値の範囲

cos nθ を cos θ で書いた多項式の形

正の整数 $n$ について、$\cos n\theta$ は $c=\cos\theta$ の多項式で書ける(回転と複素数で三角関数の公式を導く)。その次数はちょうど $n$ である($n\le5$ は下の表で確かめられる。一般の $n$ は Chebyshev多項式 で証明されている)。$n\le5$ では次のとおりである。

$n$$\cos n\theta$最高次の係数係数の和($c=1$ での値)$c=-1$ での値
$1$$c$$1$$1$$-1$
$2$$2c^2-1$$2$$1$$1$
$3$$4c^3-3c$$4$$1$$-1$
$4$$8c^4-8c^2+1$$8$$1$$1$
$5$$16c^5-20c^3+5c$$16$$1$$-1$
  • 係数の和は必ず $1$ である。$\theta=0$ で $c=1$、$\cos n\cdot0=1$ だからである。
  • $c=-1$ での値は $(-1)^n$ である。$\theta=\pi$ で $c=-1$、$\cos n\pi=(-1)^n$ だからである。
  • 最高次の係数は $2^{n-1}$ である。表の $n\le5$ はここで確かめた。一般の $n$ については Chebyshev多項式 で証明されている(この記事では証明しない)。
係数の和と値の範囲で誤りを見つける
  • 「$\cos3\theta=3\cos\theta-4\cos^3\theta$」は係数の和が $3-4=-1$ で、$1$ にならないので誤り。
  • 「$\cos4\theta=8\cos^4\theta+8\cos^2\theta-1$」は係数の和が $15$ で誤り。
  • 「$\sin3\theta=3\sin\theta+4\sin^3\theta$」は、$\theta=\frac\pi2$ で右辺が $3+4=7$ になる。$\sin$ の値は $-1$ 以上 $1$ 以下なので、左辺は $7$ になりえず、誤りである。
  • 「$\cos3\theta=\cos^3\theta-3\cos^2\theta\sin\theta$」の右辺は、Python で $0\le\theta\le2\pi$ を細かく調べると最大値が約 $1.79$ になり、$1$ を超える。これも範囲から誤りと分かる(ただし最大値を求める計算は手では面倒で、代入の方が早い)。

確かめ方 5:θ が小さいときの近似

$\theta$(弧度)が $0$ に近いとき、$\sin\theta\approx\theta$、$\cos\theta\approx1-\frac{\theta^2}2$ である($\approx$ は、無視した部分が $\theta^3$ や $\theta^4$ 程度に小さいことを表す。詳しくは 関数の近似とテイラー展開)。これを公式の両辺に入れ、いちばん低い次数の項を比べる。

小さい θ で 2 倍角・3 倍角を確かめる
  • $\sin3\theta\approx3\theta$ である。正しい右辺は $3\sin\theta-4\sin^3\theta\approx3\theta-4\theta^3\approx3\theta$ で一致する。誤った右辺 $4\sin^3\theta-3\sin\theta\approx-3\theta$ は符号が逆なので、誤りと分かる。
  • $\cos2\theta\approx1-\frac{(2\theta)^2}2=1-2\theta^2$ である。正しい右辺 $1-2\sin^2\theta\approx1-2\theta^2$ は一致する。誤った右辺 $1-\sin^2\theta\approx1-\theta^2$ は $\theta^2$ の係数が違うので誤り。
  • $\cos3\theta\approx1-\frac{9\theta^2}2$ である。右辺 $4\cos^3\theta-3\cos\theta$ に $\cos\theta\approx1-\frac{\theta^2}2$ を入れ、$x=\theta^2$ とおいて展開すると
    $$ 4\left(1-\tfrac x2\right)^3-3\left(1-\tfrac x2\right)=1-\tfrac92x+3x^2-\tfrac12x^3 $$
    である。$x^2=\theta^4$ 以上の項を無視すると $1-\frac92\theta^2$ で、一致する。

図3:θ が小さいとき、sin 3θ と正しい式は直線 3θ に沿い、誤った式 4sin³θ − 3sin θ は直線 −3θ に沿う 図3:θ が小さいとき、sin 3θ と正しい式は直線 3θ に沿い、誤った式 4sin³θ − 3sin θ は直線 −3θ に沿う
図 3 では、$\theta=0$ で 2 つのグラフが交わっている(ex-tfchk-start2 で $\theta=0$ が誤りを見逃したのはこのため)。しかし $0$ の近くでの傾きは $3$ と $-3$ で異なる。小さい $\theta$ の近似は、「$\theta=0$ での値」だけでなく「$\theta=0$ での傾き」まで比べていることになる。

反例:いちばん低い次数だけ比べると見逃す誤り

「$\sin3\theta=3\sin\theta-3\sin^3\theta$」(係数 $4$ を $3$ と誤った式)は、$\theta$ が小さいとき $3\theta-3\theta^3\approx3\theta$ で、$\theta$ の 1 次の項だけを比べると一致してしまう。$\theta^3$ の項まで比べるには $\sin\theta\approx\theta-\frac{\theta^3}6$ が必要で、計算すると左辺は $3\theta-\frac92\theta^3$、右辺は $3\theta-\frac72\theta^3$ と違う。代入なら簡単に見つかる:$\theta=\frac\pi2$ で左辺 $-1$、右辺 $3-3=0$。$3:4:5$ の角では左辺 $\frac{117}{125}$、右辺 $\frac95-3\cdot\frac{27}{125}=\frac{144}{125}$。

確かめ方 6:微分して比べる

恒等式の両辺を $\theta$ で微分したものも恒等式である。微分すると公式が別の公式に移るので、2 つの公式の食い違いを見つけられる。

微分で公式どうしを確かめる
  • $\sin2\theta=2\sin\theta\cos\theta$ の両辺を微分する。左辺は $2\cos2\theta$、右辺は積の微分で $2(\cos\theta\cdot\cos\theta+\sin\theta\cdot(-\sin\theta))=2(\cos^2\theta-\sin^2\theta)$ である。両辺を $2$ で割ると $\cos2\theta=\cos^2\theta-\sin^2\theta$ で、余弦の 2 倍角の公式と合う。
  • $\cos3\theta=4\cos^3\theta-3\cos\theta$ の両辺を微分すると、$-3\sin3\theta=-12\cos^2\theta\sin\theta+3\sin\theta$ である。$-3$ で割り、$\cos^2\theta=1-\sin^2\theta$ を入れると $\sin3\theta=4(1-\sin^2\theta)\sin\theta-\sin\theta=3\sin\theta-4\sin^3\theta$ で、正弦の 3 倍角の公式と合う。
  • 誤った式 $\cos3\theta=3\cos\theta-4\cos^3\theta$ を同じように微分すると、$\sin3\theta=\sin\theta-4\cos^2\theta\sin\theta=4\sin^3\theta-3\sin\theta$ が出る。これを $\theta=\frac\pi6$ で確かめると左辺 $1$、右辺 $\frac12-\frac32=-1$ で合わない。微分で出た式が誤りなので、元の式も誤りである(元の式が恒等式なら、微分した式も恒等式のはずだから)。

微分は確かめるだけでなく、証明にも使える。そのための定理が次の thm-tfchk-derivative である。

確かめるだけで証明になるとき

主定理 1:多項式は有限個の値で決まる

多項式の根の個数

$n$ を $0$ 以上の整数とする。$0$ でない実数係数の多項式 $F(x)$ の次数が $n$ 以下なら、$F(x)=0$ となる実数 $x$ は多くとも $n$ 個である。

因数定理と次数についての帰納法

方針:根を 1 つ見つけるたびに因数定理で 1 次式をくくり出し、次数を 1 つ下げる。高校で学ぶ因数定理(「$F(a)=0$ ならば $F(x)=(x-a)G(x)$ となる多項式 $G(x)$ がある」。証明は 恒等式と未定係数法 と 剰余の定理と因数定理 にある)を使う。この補題そのものも、剰余の定理と因数定理 で同じ方法で証明されている。
段 1($n=0$)。次数が $0$ 以下の $0$ でない多項式は $0$ でない定数なので、根はない($0$ 個)。
段 2($n-1$ から $n$ へ)。次数 $n-1$ 以下の $0$ でない多項式の根は多くとも $n-1$ 個である、と仮定する。$F$ を次数 $n$ 以下の $0$ でない多項式とする。$F$ に根がなければ主張は成り立つ。根 $a$ があれば、因数定理により $F(x)=(x-a)G(x)$ と書ける。$F\ne0$ なので $G\ne0$ であり、$G$ の次数は $n-1$ 以下である。$F(b)=0$ となる実数 $b$ は、$(b-a)G(b)=0$ から $b=a$ か $G(b)=0$ を満たす。仮定により $G(b)=0$ となる $b$ は多くとも $n-1$ 個なので、$F$ の根は多くとも $1+(n-1)=n$ 個である。$\square$

有限個の値で多項式が一致すれば恒等式

$P(x)$、$Q(x)$ を次数 $n$ 以下の実数係数の多項式とする。相異なる $n+1$ 個の実数 $x_0,x_1,\dots,x_n$ で $P(x_k)=Q(x_k)$ となるならば、$P$ と $Q$ は多項式として等しい。特に、すべての実数 $x$ で $P(x)=Q(x)$ である。

差の多項式の根を数える

方針:差 $F=P-Q$ が $n+1$ 個の根をもつことから、lem-tfchk-roots で $F=0$ を導く。
$F(x)=P(x)-Q(x)$ とおく。$F$ は次数 $n$ 以下の多項式で、$F(x_0)=\dots=F(x_n)=0$ なので、少なくとも $n+1$ 個の相異なる根をもつ。もし $F\ne0$ なら、lem-tfchk-roots により根は多くとも $n$ 個であり、矛盾する。よって $F=0$、つまり $P$ と $Q$ の係数はすべて等しい。$\square$

この定理は 恒等式と未定係数法 の「多項式の一致の定理」と同じものである。三角関数の公式に使うには、両辺が $\cos\theta$ の多項式であることを先に知っている必要がある。

4 つの角で 3 倍角の公式が証明できる

$\cos3\theta=P(\cos\theta)$ がすべての $\theta$ で成り立つような、次数 $3$ 以下の多項式 $P$ があるとする。$\cos\theta$ の値が相異なる 4 つの角 $\theta_1,\dots,\theta_4$ で $\cos3\theta_k=4\cos^3\theta_k-3\cos\theta_k$ が成り立てば、すべての $\theta$ で $\cos3\theta=4\cos^3\theta-3\cos\theta$ である。

定理を x = cos θ に使う

方針:$P(x)$ と $Q(x)=4x^3-3x$ に thm-tfchk-finite を $n=3$ で使う。
$x_k=\cos\theta_k$($k=1,2,3,4$)は相異なる。仮定から $P(x_k)=\cos3\theta_k=4x_k^3-3x_k=Q(x_k)$ である。$P$ も $Q$ も次数 $3$ 以下なので、thm-tfchk-finite により $P=Q$ である。よってすべての $\theta$ で $\cos3\theta=P(\cos\theta)=Q(\cos\theta)=4\cos^3\theta-3\cos\theta$ である。$\square$

$\cos3\theta$ が $\cos\theta$ の 3 次以下の多項式で書けることは、加法定理から($\cos3\theta=\cos2\theta\cos\theta-\sin2\theta\sin\theta$ を展開して $\sin^2\theta=1-\cos^2\theta$ を入れる)、または 回転と複素数で三角関数の公式を導く の方法から分かる。係数までは知らなくてよい、というのがこの系の要点である。

特別な角と 3:4:5 の角で 3 倍角の公式を証明する

4 つの角 $0,\frac\pi2,\frac\pi3,\theta_0$ を使う。$\cos\theta$ の値は $1,0,\frac12,\frac45$ で、相異なる。

  • $\theta=0$:$\cos0=1$、$4-3=1$。
  • $\theta=\frac\pi2$:$\cos\frac{3\pi}2=0$、$0-0=0$。
  • $\theta=\frac\pi3$:$\cos\pi=-1$、$\frac12-\frac32=-1$。
  • $\theta=\theta_0$:$\cos3\theta_0=-\frac{44}{125}$(ex-tfchk-345-values で加法定理から計算した値)、$4\cdot\frac{64}{125}-\frac{12}5=-\frac{44}{125}$。
    4 つとも一致するので、cor-tfchk-cos3 により $\cos3\theta=4\cos^3\theta-3\cos\theta$ はすべての $\theta$ で成り立つ。ここでは $3:4:5$ の角での確かめが、証明の一部になっている。
4 つの値から 3 倍角の公式を作る

$\cos3\theta$ が $\cos\theta$ の 3 次以下の多項式で書けることは、上の段落のとおり加法定理から分かっている。そこで、係数を知らないまま $\cos3\theta=a\cos^3\theta+b\cos^2\theta+d\cos\theta+e$ とおける。次の 4 つの角を入れる(未定係数法)。4 つの角の $\cos\theta$ の値 $0,1,-1,\frac12$ は相異なるので、thm-tfchk-finite により、この 4 つの値をとる 3 次以下の多項式はただ 1 つであり、係数はただ 1 通りに決まる。

  • $\theta=\frac\pi2$($c=0$、$\cos\frac{3\pi}2=0$):$e=0$。
  • $\theta=0$($c=1$、$\cos0=1$):$a+b+d+e=1$。
  • $\theta=\pi$($c=-1$、$\cos3\pi=-1$):$-a+b-d+e=-1$。
  • $\theta=\frac\pi3$($c=\frac12$、$\cos\pi=-1$):$\frac a8+\frac b4+\frac d2+e=-1$。
    箇条書きの 2 つ目と 3 つ目の式を足すと $2b+2e=0$ で、$e=0$ から $b=0$。すると $a+d=1$、$\frac a8+\frac d2=-1$ である。後の式 $\frac a8+\frac d2=-1$ に $d=1-a$ を入れると $\frac a8+\frac{1-a}2=-1$、両辺に $8$ を掛けて $a+4-4a=-8$、よって $a=4$、$d=-3$ である。$\cos3\theta=4\cos^3\theta-3\cos\theta$ が「導けた」。
反例:値が 3 つでは 3 次式は決まらない

$Q(x)=4x^3-3x+2x(x-1)(2x-1)=8x^3-6x^2-x$ とする。足した $2x(x-1)(2x-1)$ は $x=0,1,\frac12$ で $0$ なので、$Q$ は $x=0,1,\frac12$($\theta=\frac\pi2,0,\frac\pi3$)で $4x^3-3x$ と同じ値をとる。しかし $x=\frac45$ では $Q\left(\frac45\right)=\frac{512}{125}-\frac{96}{25}-\frac45=\frac{512-480-100}{125}=-\frac{68}{125}$ で、$\cos3\theta_0=-\frac{44}{125}$ と異なる。thm-tfchk-finite の「$n+1$ 個」という条件を 1 つでも減らすと、主張は崩れる。

主定理 2:導関数が等しく 1 点で値が等しい

導関数が等しく 1 点で値が等しければ恒等式

$I$ を区間とし、$f,g$ を $I$ で微分可能な関数とする。$I$ のすべての点で $f'=g'$ であり、ある点 $a\in I$ で $f(a)=g(a)$ ならば、$I$ のすべての点で $f=g$ である。

差に平均値の定理を使う

方針:差 $h=f-g$ が定数であることを平均値の定理で示し、$h(a)=0$ から $h=0$ を得る。平均値の定理(「$[p,q]$ で連続、$(p,q)$ で微分可能な $h$ について $h(q)-h(p)=h'(\xi)(q-p)$ となる $\xi\in(p,q)$ がある」)は証明せずに引用する(Leb26 Theorem 4.2.4)。
段 1。$h=f-g$ とおくと、$h$ は $I$ で微分可能で、$h'=f'-g'=0$ である。また $h(a)=0$ である。
段 2。$x\in I$、$x\ne a$ とし、$a$ と $x$ のうち小さい方を $p$、大きい方を $q$ とする。$I$ は区間なので $[p,q]\subset I$ であり、$h$ は $[p,q]$ で微分可能、したがって連続である。平均値の定理により、$h(q)-h(p)=h'(\xi)(q-p)$ となる $\xi\in(p,q)$ がある。$h'(\xi)=0$ なので $h(q)=h(p)$、つまり $h(x)=h(a)=0$ である(この段の議論は Leb26 Proposition 4.2.6 の証明と同じである)。
段 3。よって $I$ のすべての点で $h=0$、つまり $f=g$ である。$\square$

段 2 で使った「区間で導関数が $0$ の関数は定数」は、平均値の定理の使い方の 1 つとして 平均値の定理による差の評価 でも示す。

微分で公式を証明する
  • $\cos^2\theta+\sin^2\theta=1$:$f(\theta)=\cos^2\theta+\sin^2\theta$、$g(\theta)=1$ とする。$f'(\theta)=2\cos\theta\cdot(-\sin\theta)+2\sin\theta\cos\theta=0=g'(\theta)$ で、$f(0)=1=g(0)$ である。thm-tfchk-derivative により、すべての実数 $\theta$ で $f=g$。
  • 次数下げの公式 $\cos^2\theta=\frac{1+\cos2\theta}2$:左辺の導関数は $2\cos\theta\cdot(-\sin\theta)=-\sin2\theta$(2 倍角の公式を使った)、右辺の導関数は $\frac12\cdot(-2\sin2\theta)=-\sin2\theta$ で等しい。$\theta=0$ では左辺 $1$、右辺 $\frac{1+1}2=1$ で等しい。よって、すべての $\theta$ で成り立つ。
  • 正弦の 3 倍角の公式:$f=\sin3\theta$、$g=3\sin\theta-4\sin^3\theta$ とすると、$f'=3\cos3\theta$、$g'=3\cos\theta-12\sin^2\theta\cos\theta=3\cos\theta(1-4\sin^2\theta)=3\cos\theta(4\cos^2\theta-3)=3(4\cos^3\theta-3\cos\theta)$ である。余弦の 3 倍角の公式が分かっていれば $f'=g'$ で、$f(0)=g(0)=0$ なので $f=g$ である。

よくある間違いと確かめ方の一覧

誤った式ごとに、それぞれの確かめ方で誤りが見つかるか(○)、見逃すか(×)を Python で調べた。「対称性」は $\theta\to-\theta$ で両辺が同じように変わるか、「小さい $\theta$」は $\sin\theta\approx\theta$、$\cos\theta\approx1-\frac{\theta^2}2$ を入れて $\theta^2$ の項までを比べる。「範囲」は右辺の値が $-1$ 以上 $1$ 以下に収まるかを見る(最大値は Python で数値的に求めた。たとえば $3\sin\theta-3\sin^3\theta$ の最大値は $\sin\theta=\frac1{\sqrt3}$ のときの $\frac2{\sqrt3}\approx1.15$)。

誤った式$0$$30^\circ$$45^\circ$$60^\circ$$90^\circ$$3:4:5$対称性小さい $\theta$範囲
$\sin3\theta=4\sin^3\theta-3\sin\theta$×○○×○○×○×
$\cos3\theta=3\cos\theta-4\cos^3\theta$○×○○×○×○×
$\cos3\theta=\cos^3\theta-3\cos^2\theta\sin\theta$×○×○×○○○○
$\sin3\theta=3\sin^2\theta\cos\theta-\sin^3\theta$×○×○×○○○○
$\sin3\theta=3\sin\theta+4\sin^3\theta$×○○○○○××○
$\sin3\theta=3\sin\theta-3\sin^3\theta$×○○○○○××○
$\cos2\theta=\sin^2\theta-\cos^2\theta$○○×○○○×○×
$\sin2\theta=-2\sin\theta\cos\theta$×○○○×○×○×
$\cos2\theta=1-\sin^2\theta$×○○○○○×○×
$\cos^2\theta=\frac{1+\cos\theta}2$×○○○○○×○×

表の中で、すべての行に ○ がついているのは $3:4:5$ の角の列だけである。どの確かめ方にも見逃しがあるので、2 つ以上の方法を組み合わせるとよい。$3:4:5$ の角は、1 回の代入で多くの種類の誤りを見つけられる点で、特に使いやすい。

さらに先へ

  • $\cos n\theta$ を $\cos\theta$ で表す多項式(Chebyshev多項式)の性質を使うと、rem-tfchk-degree の表を一般の $n$ で確かめられる。
  • 単位円上の有理点は、$3:4:5$、$5:12:13$ のほかにも無数にある(ピタゴラス数と円の有理点)。$\tan\frac\theta2$ が有理数の角なら、どれも同じように検算に使える。
  • 多項式の恒等式を、無作為に選んだ点での値だけで高い確率で見分ける方法は、計算機による数式の検算で使われている。その根拠になる評価は Schwartz–Zippelの補題 と呼ばれる。

関連項目

参考文献

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