Ptolemyの定理

同義語:トレミーの定理プトレマイオスの定理Ptolemy's theorem

概要

Ptolemyの定理は、円に内接する四角形 $ABCD$(頂点がこの順に円周上に並ぶ)で、対角線の積が向かい合う辺の積の和に等しい、つまり $AC\cdot BD=AB\cdot CD+AD\cdot BC$ となるという定理である。高校では相似な三角形を 2 組作って示す。長方形では三平方の定理、正五角形では黄金比、直径を 1 辺とする四角形では正弦の加法定理が出る。内接しない四角形を含む平面上の任意の 4 点では $AC\cdot BD\le AB\cdot CD+AD\cdot BC$(Ptolemyの不等式)が成り立ち、複素数の恒等式 $(a-b)(c-d)+(a-d)(b-c)=(a-c)(b-d)$ と三角不等式から出る。凸四角形では等号と内接が同値である。不等式は空間でも成り立ち、ノルム空間では内積から決まる距離を特徴づける(Schoenberg)。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 円周角の定理(高校数学), 円に内接する四角形, 複素数平面と図形

高校での出発点:内接四角形の対角線

円に内接する四角形 $ABCD$ では、2 本の対角線の長さの積が、向かい合う辺の長さの積の和に等しい:
$$ AC\cdot BD=AB\cdot CD+AD\cdot BC . $$
これが Ptolemyの定理 である。2 世紀にアレクサンドリアで活動した天文学者 Ptolemaios(英語名 Ptolemy、日本ではトレミーとも呼ぶ)の名がついている(OR99)。まず数値で確かめる。

座標で確かめる

円 $x^2+y^2=25$ の上に $A(5,0)$、$B(3,4)$、$C(-3,4)$、$D(0,-5)$ をとる。この順に円周を反時計回りに進むので、$ABCD$ は円に内接する(凸の)四角形である。2 点間の距離の公式で 6 本の長さを計算する。
$$ \begin{aligned} AB&=\sqrt{(5-3)^2+(0-4)^2}=\sqrt{20}=2\sqrt5, & BC&=\sqrt{6^2+0^2}=6,\\ CD&=\sqrt{(-3)^2+9^2}=\sqrt{90}=3\sqrt{10}, & DA&=\sqrt{5^2+5^2}=5\sqrt2,\\ AC&=\sqrt{8^2+4^2}=\sqrt{80}=4\sqrt5, & BD&=\sqrt{3^2+9^2}=\sqrt{90}=3\sqrt{10}. \end{aligned} $$
左辺は $AC\cdot BD=4\sqrt5\cdot3\sqrt{10}=12\sqrt{50}=60\sqrt2$ である。右辺は
$$ AB\cdot CD+AD\cdot BC=2\sqrt5\cdot3\sqrt{10}+5\sqrt2\cdot6=6\sqrt{50}+30\sqrt2=30\sqrt2+30\sqrt2=60\sqrt2 $$
で、両辺は等しい。

円 x²+y²=25 に内接する四角形 ABCD。対角線の積 AC·BD と、向かい合う辺の積の和 AB·CD+AD·BC がどちらも 60√2 になる 円 x²+y²=25 に内接する四角形 ABCD。対角線の積 AC·BD と、向かい合う辺の積の和 AB·CD+AD·BC がどちらも 60√2 になる

長方形では三平方の定理

長方形は円に内接する(対角線の交点から 4 頂点までの距離が等しい)。縦 $3$、横 $4$ の長方形 $ABCD$($AB=CD=4$、$BC=AD=3$)では、対角線は $AC=BD=5$ である。Ptolemyの定理の両辺は
$$ AC\cdot BD=5\cdot5=25,\qquad AB\cdot CD+AD\cdot BC=4\cdot4+3\cdot3=16+9=25 $$
で等しい。一般に、横 $a$、縦 $b$、対角線 $c$ の長方形に Ptolemyの定理を使うと $c\cdot c=a\cdot a+b\cdot b$、つまり $c^2=a^2+b^2$ となる。三平方の定理 は Ptolemyの定理の特別な場合である。

この記事で答える問いは次の 4 つである。

  1. 内接四角形で、なぜ対角線の積が向かい合う辺の積の和になるのか。→ thm-ptol-main
  2. 円に内接しない四角形ではどうなるか。→ thm-ptol-ineq
  3. 等号が成り立つのはいつか。→ thm-ptol-equality
  4. この不等式は、大学数学では何を表しているのか。→ thm-ptol-space、rem-ptol-schoenberg
    高校の計算この記事の言葉大学の言葉
    相似な三角形を 2 組作るPtolemyの定理(相似による証明)—
    長方形の対角線三平方の定理が特別な場合—
    直径を 1 辺とする内接四角形正弦の加法定理が特別な場合三角関数の加法定理
    複素数の恒等式と絶対値Ptolemyの不等式複素数の等式 $(a-b)(c-d)+(a-d)(b-c)=(a-c)(b-d)$
    等号が成り立つ条件対角の和が $180^\circ$複比が実数
    空間の 4 点反転で三角不等式に直す内積から決まる距離の性質(Schoenberg の定理)

高校数学で解く:相似による証明

主定理 1:Ptolemyの定理

以下、四角形 $ABCD$ というときは、頂点がこの順に並ぶ凸四角形を考える。円に内接する四角形の性質(対角の和が $180^\circ$ など)は 円に内接する四角形 で扱う。証明では 円周角の定理(高校数学) を使う:同じ弧に対する円周角は等しい。

内接四角形についての Ptolemy の定理

四角形 $ABCD$ が円に内接するならば
$$ AC\cdot BD=AB\cdot CD+AD\cdot BC $$
である。

角をそろえた点を対角線上にとる

方針:対角線 $BD$ の上に、$\angle BAE=\angle CAD$ となる点 $E$ をとる。すると相似な三角形が 2 組でき、$BD$ を $BE$ と $ED$ に分けて、それぞれの長さが辺の積で表せる。
段 1(点 $E$ をとる)。四角形は凸なので、対角線 $AC$ は $\angle BAD$ の内部を通る。したがって $\angle CAD<\angle BAD$ である。辺 $AB$ から $\angle BAD$ の内側に向かって $\angle CAD$ だけ回した半直線は、$\angle BAD$ の内部にあるので、線分 $BD$ と $B$、$D$ 以外の点で交わる。その点を $E$ とする。作り方から
$$ \angle BAE=\angle CAD $$
である。
段 2(1 組目の相似)。三角形 $ABE$ と三角形 $ACD$ を比べる。段 1 より $\angle BAE=\angle CAD$ である。また $\angle ABE=\angle ABD$ と $\angle ACD$ は、どちらも弧 $AD$($B$、$C$ を含まない側)に対する円周角なので等しい。2 つの角が等しいので $\triangle ABE\sim\triangle ACD$ である。対応する辺の比から
$$ \frac{AB}{AC}=\frac{BE}{CD},\qquad\text{つまり}\qquad AB\cdot CD=AC\cdot BE $$
である。
段 3(2 組目の相似)。三角形 $ADE$ と三角形 $ACB$ を比べる。$E$ は $\angle BAD$ の内部にあり、$C$ も $\angle BAD$ の内部にあるので
$$ \angle DAE=\angle BAD-\angle BAE=\angle BAD-\angle CAD=\angle BAC $$
である(2 つ目の等号で段 1 を使った)。また $\angle ADE=\angle ADB$ と $\angle ACB$ は、どちらも弧 $AB$($C$、$D$ を含まない側)に対する円周角なので等しい。よって $\triangle ADE\sim\triangle ACB$ であり
$$ \frac{AD}{AC}=\frac{DE}{CB},\qquad\text{つまり}\qquad AD\cdot BC=AC\cdot DE $$
である。
段 4(足す)。$E$ は線分 $BD$ の上にあるので $BE+ED=BD$ である。段 2 と段 3 の式を足して
$$ AB\cdot CD+AD\cdot BC=AC\cdot BE+AC\cdot DE=AC\,(BE+ED)=AC\cdot BD $$
を得る。$\square$

∠BAE=∠CAD となる点 E を対角線 BD 上にとる。△ABE(青)と △ACD(オレンジ)が相似になる。△ADE∽△ACB も成り立つ ∠BAE=∠CAD となる点 E を対角線 BD 上にとる。△ABE(青)と △ACD(オレンジ)が相似になる。△ADE∽△ACB も成り立つ

証明の点 $E$ を数値で追う

ex-ptol-start の四角形で、prf-ptol-main の点 $E$ を求める。段 2 の式 $AB\cdot CD=AC\cdot BE$ から
$$ BE=\frac{AB\cdot CD}{AC}=\frac{2\sqrt5\cdot3\sqrt{10}}{4\sqrt5}=\frac{3\sqrt{10}}2=\frac{BD}2 $$
である。$E$ は線分 $BD$ の上にあるので、$E$ は $BD$ の中点 $\left(\dfrac{3+0}2,\dfrac{4+(-5)}2\right)=\left(\dfrac32,-\dfrac12\right)$ である(図 2)。$ED=BD-BE=\dfrac{3\sqrt{10}}2$、$AE=\sqrt{\left(\dfrac72\right)^2+\left(\dfrac12\right)^2}=\dfrac{5\sqrt2}2$ である。逆に、この中点 $E$ で $\angle BAE=\angle CAD$ となることは、下の (1) で $\triangle ABE$ と $\triangle ACD$ の 3 辺の比がそろう(3 辺の比が等しいので相似)ことから分かる。
(1) $\triangle ABE\sim\triangle ACD$:$\dfrac{AB}{AC}=\dfrac{2\sqrt5}{4\sqrt5}=\dfrac12$、$\dfrac{BE}{CD}=\dfrac{3\sqrt{10}/2}{3\sqrt{10}}=\dfrac12$、$\dfrac{AE}{AD}=\dfrac{5\sqrt2/2}{5\sqrt2}=\dfrac12$ で、相似比は $\dfrac12$ である。$AB\cdot CD=2\sqrt5\cdot3\sqrt{10}=30\sqrt2$、$AC\cdot BE=4\sqrt5\cdot\dfrac{3\sqrt{10}}2=30\sqrt2$ で、段 2 の式が成り立つ。
(2) $\triangle ADE\sim\triangle ACB$:$\dfrac{AD}{AC}=\dfrac{5\sqrt2}{4\sqrt5}=\dfrac{\sqrt{10}}4$、$\dfrac{DE}{CB}=\dfrac{3\sqrt{10}/2}{6}=\dfrac{\sqrt{10}}4$、$\dfrac{AE}{AB}=\dfrac{5\sqrt2/2}{2\sqrt5}=\dfrac{\sqrt{10}}4$ である。$AD\cdot BC=30\sqrt2$、$AC\cdot DE=30\sqrt2$ で、段 3 の式が成り立つ。
2 つを足すと $60\sqrt2=AC\cdot BD$ である。

Ptolemyの定理から出る公式

Ptolemyの定理は、辺と対角線の長さの間の関係なので、長さの分かっている図形に使うと公式が出てくる。

正五角形の対角線と黄金比

1 辺の長さ $1$ の正五角形 $ABCDE$ の対角線の長さを $d$ とする。正五角形は円に内接するので、4 頂点 $A$、$B$、$C$、$D$ でできる四角形 $ABCD$ も同じ円に内接する。その辺と対角線は
$$ AB=BC=CD=1,\qquad AD=d,\qquad AC=BD=d $$
である($AD$ は正五角形の対角線)。Ptolemyの定理 $AC\cdot BD=AB\cdot CD+AD\cdot BC$ に代入すると
$$ d\cdot d=1\cdot1+d\cdot1,\qquad\text{つまり}\qquad d^2-d-1=0 $$
である。$d>0$ なので、解の公式から $d=\dfrac{1+\sqrt5}2=1.618\ldots$ である。正五角形の対角線と辺の比は 黄金比 である(相似な三角形による別の求め方は 正五角形と黄金比)。

次の例では、円の直径を $1$ にして、弦の長さを正弦で表す。直径 $1$ の円(半径 $\dfrac12$)では、円周角が $\theta$ の弦の長さは $\sin\theta$ である。これは 正弦定理(高校数学) の $a=2R\sin A$ で $2R=1$ とした式である。

正弦の加法定理を導く

$0<\alpha<90^\circ$、$0<\beta<90^\circ$ とする。直径 $AC=1$ の円の上に、直線 $AC$ の一方の側に $B$ を $\angle BAC=\alpha$ となるようにとり、反対側に $D$ を $\angle CAD=\beta$ となるようにとる。$A,B,C,D$ はこの順に円周上に並ぶ。
(1) 辺の長さ。直径に対する円周角は直角なので $\angle ABC=90^\circ$ である。直角三角形 $ABC$ で、斜辺が $AC=1$ なので $AB=\cos\alpha$、$BC=\sin\alpha$ である。同じように直角三角形 $ADC$ で $AD=\cos\beta$、$CD=\sin\beta$ である。
(2) 対角線 $BD$。$BD$ に対する円周角は $\angle BAD=\alpha+\beta$ なので、上の「直径 $1$ の円では弦の長さは円周角の正弦」により $BD=\sin(\alpha+\beta)$ である。
(3) Ptolemyの定理 $AC\cdot BD=AB\cdot CD+AD\cdot BC$ に代入すると
$$ 1\cdot\sin(\alpha+\beta)=\cos\alpha\sin\beta+\cos\beta\sin\alpha $$
となる。これは正弦の加法定理 $\sin(\alpha+\beta)=\sin\alpha\cos\beta+\cos\alpha\sin\beta$ である。
数値では $\alpha=30^\circ$、$\beta=45^\circ$ として $\sin75^\circ=\dfrac12\cdot\dfrac{\sqrt2}2+\dfrac{\sqrt3}2\cdot\dfrac{\sqrt2}2=\dfrac{\sqrt2+\sqrt6}4$ である。Ptolemaios 自身も、この定理を使って弦の長さの加法公式を導いている(OR99)。この導き方は角が鋭角の場合に限られる。加法定理のほかの導き方と、そこから出る公式は 加法定理から2倍角・半角・3倍角の公式を導く で扱う。

正三角形の外接円の上の点について、次の等式が成り立つ。この系は下の数学オリンピックの問題で使う。

正三角形の外接円上の点

正三角形 $ABC$ の外接円の、$A$ を含まない弧 $BC$ の上に点 $P$($P\ne B$、$P\ne C$)をとると
$$ PA=PB+PC $$
である。

四角形 $ABPC$ に使う

方針:4 点 $A$、$B$、$P$、$C$ はこの順に円周上に並ぶので、四角形 $ABPC$ に thm-ptol-main を使う。
正三角形の 1 辺の長さを $s$ とする。四角形 $ABPC$ の対角線は $AP$ と $BC$、向かい合う辺の組は $AB$ と $PC$、$BP$ と $CA$ である。thm-ptol-main により
$$ AP\cdot BC=AB\cdot PC+BP\cdot CA $$
である。$BC=AB=CA=s$ を代入すると $s\cdot PA=s\cdot PC+s\cdot PB$ で、両辺を $s>0$ で割って $PA=PB+PC$ を得る。$\square$

外接円上の点で確かめる

単位円 $x^2+y^2=1$ に内接する正三角形 $A(0,1)$、$B\left(-\dfrac{\sqrt3}2,-\dfrac12\right)$、$C\left(\dfrac{\sqrt3}2,-\dfrac12\right)$ をとる。弧 $BC$ の中点 $P(0,-1)$ では、$PA=2$ である。$PB=\sqrt{\dfrac34+\dfrac14}=1$、同じく $PC=1$ なので、$PA=2=1+1=PB+PC$ である。
弧 $BC$ の上の別の点として、偏角 $240^\circ$ の点 $P\left(-\dfrac12,-\dfrac{\sqrt3}2\right)$ をとる($B$ の偏角は $210^\circ$、$C$ の偏角は $330^\circ$ なので、$P$ は $A$ を含まない弧 $BC$ の上にある)。距離の 2 乗は
$$ \begin{aligned} PA^2&=\left(\frac12\right)^2+\left(1+\frac{\sqrt3}2\right)^2=\frac14+1+\sqrt3+\frac34=2+\sqrt3,\\ PB^2&=\left(\frac{\sqrt3-1}2\right)^2+\left(\frac{\sqrt3-1}2\right)^2=\frac{4-2\sqrt3}2=2-\sqrt3,\\ PC^2&=\left(\frac{\sqrt3+1}2\right)^2+\left(\frac{\sqrt3-1}2\right)^2=\frac{(4+2\sqrt3)+(4-2\sqrt3)}4=2 \end{aligned} $$
である。$\left(\dfrac{\sqrt6\pm\sqrt2}2\right)^2=\dfrac{8\pm2\sqrt{12}}4=2\pm\sqrt3$(複号同順)なので、$PA=\dfrac{\sqrt6+\sqrt2}2$、$PB=\dfrac{\sqrt6-\sqrt2}2$、$PC=\sqrt2$ である。よって
$$ PB+PC=\frac{\sqrt6-\sqrt2}2+\frac{2\sqrt2}2=\frac{\sqrt6+\sqrt2}2=PA $$
で、この点でも $PA=PB+PC$ が成り立つ。

主定理 2:Ptolemyの不等式

円に内接しない四角形では、等式は成り立たない。まず例を見る。

ひし形では等号が成り立たない

$A(4,0)$、$B(0,3)$、$C(-4,0)$、$D(0,-3)$ を頂点とするひし形 $ABCD$ を考える。4 辺の長さはどれも $\sqrt{4^2+3^2}=5$、対角線は $AC=8$、$BD=6$ である。
$$ AC\cdot BD=8\cdot6=48,\qquad AB\cdot CD+AD\cdot BC=5\cdot5+5\cdot5=50 $$
で、$48<50$ である。このひし形は円に内接しない($\angle A=\angle C$ はどちらも約 $73.7^\circ$ で、対角の和が $180^\circ$ にならない)。

対角線の積は、向かい合う辺の積の和を超えない。これを示すには複素数を使うのが早い。平面の点 $A$、$B$、$C$、$D$ を複素数 $a$、$b$、$c$、$d$ で表すと、2 点間の距離は差の絶対値 $AB=|a-b|$ である(複素数平面と図形)。

4 つの複素数の恒等式

すべての複素数 $a,b,c,d$ について
$$ (a-b)(c-d)+(a-d)(b-c)=(a-c)(b-d) $$
である。

展開して比べる

方針:両辺を展開する。
段 1(左辺)。$(a-b)(c-d)=ac-ad-bc+bd$、$(a-d)(b-c)=ab-ac-bd+cd$ である。足すと $ac$ と $-ac$、$bd$ と $-bd$ が消えて
$$ (a-b)(c-d)+(a-d)(b-c)=ab-ad-bc+cd $$
である。
段 2(右辺)。$(a-c)(b-d)=ab-ad-bc+cd$ である。段 1 と一致する。$\square$

もう 1 つの道具は、複素数の三角不等式である。実数の場合は 絶対値と三角不等式 で扱った。複素数の場合もここで証明しておく。

複素数の三角不等式

複素数 $u,v$ について
$$ |u+v|\le|u|+|v| $$
である。$u\ne0$、$v\ne0$ のとき、等号が成り立つのは $\dfrac uv$ が正の実数のときに限る。

2 乗して比べる

方針:両辺は $0$ 以上なので、2 乗して比べる。複素数 $w$ について $|w|^2=w\bar w$、$\overline{w_1+w_2}=\bar w_1+\bar w_2$、$|w_1w_2|=|w_1|\,|w_2|$、$|\bar w|=|w|$ を使う(複素数平面と図形)。
段 1(左辺の 2 乗)。$w=u\bar v$ とおくと $\bar uv=\bar w$ なので
$$ |u+v|^2=(u+v)(\bar u+\bar v)=u\bar u+v\bar v+u\bar v+\bar uv=|u|^2+|v|^2+(w+\bar w) $$
である。$w=x+yi$($x,y$ は実数)と書くと $w+\bar w=2x$ なので、$|u+v|^2=|u|^2+|v|^2+2x$ である。
段 2(右辺の 2 乗)。$|w|=|u|\,|\bar v|=|u|\,|v|$ なので、$(|u|+|v|)^2=|u|^2+|v|^2+2|w|$ である。
段 3(比べる)。$x\le|x|=\sqrt{x^2}\le\sqrt{x^2+y^2}=|w|$ なので、段 1 と段 2 から $|u+v|^2\le(|u|+|v|)^2$ である。$|u+v|$ と $|u|+|v|$ はどちらも $0$ 以上なので、$|u+v|\le|u|+|v|$ を得る。
段 4(等号)。等号が成り立つのは $x=\sqrt{x^2+y^2}$ のとき、つまり $y=0$ かつ $x\ge0$ のとき、すなわち $w=u\bar v$ が $0$ 以上の実数のときに限る。$u,v\ne0$ なら $w\ne0$ であり、$\dfrac uv=\dfrac{u\bar v}{v\bar v}=\dfrac w{|v|^2}$ なので、これは $\dfrac uv$ が正の実数であることと同じである。$\square$

Ptolemy の不等式

平面上の任意の 4 点 $A$、$B$、$C$、$D$ について
$$ AC\cdot BD\le AB\cdot CD+AD\cdot BC $$
である。

恒等式の絶対値をとる

方針:lem-ptol-identity の両辺の絶対値をとり、右辺に三角不等式(lem-ptol-triangle)を使う。
段 1(恒等式の絶対値)。4 点を複素数 $a,b,c,d$ で表す。lem-ptol-identity の両辺の絶対値をとると
$$ |(a-c)(b-d)|=|(a-b)(c-d)+(a-d)(b-c)| $$
である。
段 2(三角不等式)。複素数 $u,v$ について $|u+v|\le|u|+|v|$ である(lem-ptol-triangle)。$u=(a-b)(c-d)$、$v=(a-d)(b-c)$ として段 1 の右辺に使うと
$$ |(a-c)(b-d)|\le|(a-b)(c-d)|+|(a-d)(b-c)| $$
である。
段 3(距離に直す)。積の絶対値は絶対値の積なので、$|(a-c)(b-d)|=|a-c|\,|b-d|=AC\cdot BD$ である。同じように $|(a-b)(c-d)|=AB\cdot CD$、$|(a-d)(b-c)|=AD\cdot BC$ である。段 2 に代入して $AC\cdot BD\le AB\cdot CD+AD\cdot BC$ を得る。$\square$

複素数で計算を追う
  1. ex-ptol-rhombus のひし形は $a=4$、$b=3i$、$c=-4$、$d=-3i$ である。
    $$ u=(a-b)(c-d)=(4-3i)(-4+3i)=-7+24i,\qquad v=(a-d)(b-c)=(4+3i)(4+3i)=7+24i $$
    で、$|u|=|v|=\sqrt{7^2+24^2}=25$ である。$u+v=48i$ で $|u+v|=48$ なので、$48<25+25=50$ である。$u$ と $v$ の向きがずれているので、三角不等式で真の不等号になる。
  2. ex-ptol-start の内接四角形は $a=5$、$b=3+4i$、$c=-3+4i$、$d=-5i$ である。
    $$ u=(2-4i)(-3+9i)=30+30i,\qquad v=(5+5i)(6)=30+30i $$
    で、$u=v$ である。向きがそろっているので $|u+v|=|u|+|v|=30\sqrt2+30\sqrt2=60\sqrt2$ となり、等号が成り立つ。

等号が成り立つ条件

ex-ptol-complex で見たように、等号は $u$ と $v$ が同じ向きのときに成り立つ。凸四角形では、これが「円に内接する」ことと同じになる。

Ptolemy の不等式の等号条件

凸四角形 $ABCD$ について、$AC\cdot BD=AB\cdot CD+AD\cdot BC$ が成り立つことと、$ABCD$ が円に内接することは同値である。

偏角で対角の和を読む

方針:prf-ptol-ineq で等号が成り立つのは、$u$ と $v$ の比 $\dfrac uv$ が正の実数のときである。$\dfrac uv$ の偏角を計算すると $180^\circ-(\angle A+\angle C)$ になる。
段 1(三角不等式の等号)。$u=(a-b)(c-d)$、$v=(a-d)(b-c)$ とする。4 点は異なるので $u,v\ne0$ である。prf-ptol-ineq の段 1 と段 3 は等式なので、Ptolemy の不等式で等号が成り立つのは、段 2 の $|u+v|\le|u|+|v|$ で等号が成り立つときに限る。lem-ptol-triangle により、それは $\dfrac uv$ が正の実数のときに限る。
段 2($\dfrac uv$ を角で表す)。四角形 $ABCD$ の頂点が反時計回りに並ぶように座標を選ぶ(時計回りなら、裏返した図形で考えればよい。距離は変わらない)。凸四角形の頂点 $A$ では、ベクトル $\overrightarrow{AB}$ を反時計回りに $\angle A$ だけ回すと $\overrightarrow{AD}$ の向きになる。複素数の掛け算は回転と拡大なので(複素数の掛け算は回転と拡大)
$$ \frac{d-a}{b-a}=\frac{AD}{AB}\,(\cos A+i\sin A) $$
である。同じように頂点 $C$ では $\overrightarrow{CD}$ を反時計回りに $\angle C$ だけ回すと $\overrightarrow{CB}$ の向きになるので、$\dfrac{b-c}{d-c}=\dfrac{CB}{CD}(\cos C+i\sin C)$ である。
段 3(比を計算する)。$(a-b)(c-d)=(b-a)(d-c)$、$(a-d)(b-c)=-(d-a)(b-c)$ なので
$$ \frac uv=-\frac{b-a}{d-a}\cdot\frac{d-c}{b-c}=-\frac{AB}{AD}\cdot\frac{CD}{CB}\,\bigl(\cos(-A)+i\sin(-A)\bigr)\bigl(\cos(-C)+i\sin(-C)\bigr) $$
である(段 2 の式の逆数をとった)。$-1=\cos180^\circ+i\sin180^\circ$ と、偏角の足し算の規則から
$$ \frac uv=\frac{AB\cdot CD}{AD\cdot CB}\Bigl(\cos\bigl(180^\circ-(A+C)\bigr)+i\sin\bigl(180^\circ-(A+C)\bigr)\Bigr) $$
である。
段 4(結論)。凸四角形なので $0^\circ< A+C<360^\circ$ で、$-180^\circ<180^\circ-(A+C)<180^\circ$ である。この範囲で $\dfrac uv$ が正の実数になるのは $180^\circ-(A+C)=0^\circ$、つまり $\angle A+\angle C=180^\circ$ のときに限る。段 1 と合わせて、等号が成り立つことは $\angle A+\angle C=180^\circ$ と同値である。凸四角形で対角の和が $180^\circ$ であることは、円に内接することと同値である(証明は 円に内接する四角形 にある。この記事では証明しない)。$\square$

偏角を数値で確かめる

ex-ptol-complex (1) のひし形では $\angle A=\angle C\approx73.74^\circ$ で、$180^\circ-(A+C)\approx32.52^\circ$ である。$\dfrac uv=\dfrac{-7+24i}{7+24i}=\dfrac{527+336i}{625}$ の偏角を計算すると、確かに約 $32.52^\circ$ になる。偏角が $0$ でないので等号は成り立たない。
(2) の内接四角形では $\dfrac uv=1$ で偏角は $0^\circ$ であり、$\angle A+\angle C=180^\circ$ に当たる。

大学数学で見る:複比と内積

複素数の恒等式と複比

prf-ptol-equality で調べた比 $\dfrac uv=\dfrac{(a-b)(c-d)}{(a-d)(b-c)}$ は、4 つの複素数の 複比 と呼ばれる量の仲間である。

複比が実数であることと共円

異なる複素数 $z,w,p,q$ に対して、$(z,w;p,q)=\dfrac{(z-p)(w-q)}{(z-q)(w-p)}$ を 複比 という(Hit18 Definition 3.4.10)。prf-ptol-equality の比は $\dfrac uv=-(a,c;b,d)$ である。複比は 1 次分数変換 $z\mapsto\dfrac{kz+l}{mz+n}$($k,l,m,n$ は複素数で $kn-lm\ne0$。Möbius変換)で値を変えない(Hit18 Theorem 3.4.12)。また、4 つの異なる点が 1 つの円または 1 本の直線の上にあることと、その複比が実数であることは同値である(Hit18 §3.4 の演習問題 9 に挙げられている事実。この記事では証明しない)。
Ptolemyの等号条件は、この事実の「符号まで込めた」形である。凸四角形の場合は thm-ptol-equality で示した。凸でない配置も含めると、平面の異なる 4 点 $A,B,C,D$ で等号が成り立つのは、4 点が 1 つの円の上にこの順に並ぶときと、1 本の直線の上に巡回的にこの順に並ぶときである($\dfrac uv$ が正の実数になる場合。証明は省く)。直線の場合の「巡回的にこの順に並ぶ」とは、直線の上の並びが $ABCD$、$BCDA$、$CDAB$、$DABC$ のどれかか、その逆順($DCBA$、$ADCB$、$BADC$、$CBAD$)であることをいう。4 点の並び方 24 通りのうち、等号になるのはこの 8 通りである。直線を無限遠点で閉じた円とみれば、円の場合と同じく「この順に並ぶ」という条件になる。
直線の例:(1) $a=0$、$b=1$、$c=2$、$d=3$(並びは $ABCD$)では $AC\cdot BD=2\cdot2=4$、$AB\cdot CD+AD\cdot BC=1\cdot1+3\cdot1=4$ で、等号が成り立つ。(2) $d=0$、$a=1$、$b=2$、$c=3$(並びは $DABC$)でも $AC\cdot BD=2\cdot2=4$、$AB\cdot CD+AD\cdot BC=1\cdot3+1\cdot1=4$ で、等号が成り立つ。(3) $a=0$、$c=1$、$b=2$、$d=3$(並びは $ACBD$)では $AC\cdot BD=1\cdot1=1$、$AB\cdot CD+AD\cdot BC=2\cdot2+3\cdot1=7$ で、等号は成り立たない。

空間の 4 点:反転で三角不等式に直す

prf-ptol-ineq は複素数を使うので、平面の 4 点に限られる。空間の 4 点でも Ptolemyの不等式は成り立つ。その証明には、ベクトルの内積だけを使う別の方法がある。鍵は、原点を中心とする 反転 $\boldsymbol x\mapsto\dfrac{\boldsymbol x}{|\boldsymbol x|^2}$ である(平面では 円に関する反転 で扱う)。

反転と距離

$\boldsymbol x$、$\boldsymbol y$ を $\vec0$ でない(平面または空間の)ベクトルとし、$\boldsymbol x^*=\dfrac{\boldsymbol x}{|\boldsymbol x|^2}$、$\boldsymbol y^*=\dfrac{\boldsymbol y}{|\boldsymbol y|^2}$ とおく。このとき
$$ |\boldsymbol x^*-\boldsymbol y^*|=\frac{|\boldsymbol x-\boldsymbol y|}{|\boldsymbol x|\,|\boldsymbol y|} $$
である。

内積で展開する

方針:両辺の 2 乗を、内積の性質 $|\boldsymbol v|^2=\boldsymbol v\cdot\boldsymbol v$ と分配法則で展開して比べる(ベクトルの内積(高校数学))。
段 1(左辺の 2 乗)。
$$ |\boldsymbol x^*-\boldsymbol y^*|^2=\frac{\boldsymbol x\cdot\boldsymbol x}{|\boldsymbol x|^4}-2\,\frac{\boldsymbol x\cdot\boldsymbol y}{|\boldsymbol x|^2|\boldsymbol y|^2}+\frac{\boldsymbol y\cdot\boldsymbol y}{|\boldsymbol y|^4}=\frac1{|\boldsymbol x|^2}-\frac{2\,\boldsymbol x\cdot\boldsymbol y}{|\boldsymbol x|^2|\boldsymbol y|^2}+\frac1{|\boldsymbol y|^2} $$
である。2 つ目の等号で $\boldsymbol x\cdot\boldsymbol x=|\boldsymbol x|^2$、$\boldsymbol y\cdot\boldsymbol y=|\boldsymbol y|^2$ を使った。
段 2(通分)。分母を $|\boldsymbol x|^2|\boldsymbol y|^2$ にそろえると
$$ |\boldsymbol x^*-\boldsymbol y^*|^2=\frac{|\boldsymbol y|^2-2\,\boldsymbol x\cdot\boldsymbol y+|\boldsymbol x|^2}{|\boldsymbol x|^2|\boldsymbol y|^2}=\frac{|\boldsymbol x-\boldsymbol y|^2}{|\boldsymbol x|^2|\boldsymbol y|^2} $$
である。最後の等号は $|\boldsymbol x-\boldsymbol y|^2=|\boldsymbol x|^2-2\,\boldsymbol x\cdot\boldsymbol y+|\boldsymbol y|^2$ による。
段 3(平方根)。両辺は $0$ 以上なので、正の平方根をとって主張を得る。$\square$

反転と距離の数値例

$\boldsymbol x=(2,0)$、$\boldsymbol y=(0,1)$ とする。$|\boldsymbol x|=2$、$|\boldsymbol y|=1$ なので $\boldsymbol x^*=\left(\dfrac12,0\right)$、$\boldsymbol y^*=(0,1)$ である。左辺は $|\boldsymbol x^*-\boldsymbol y^*|=\sqrt{\dfrac14+1}=\dfrac{\sqrt5}2$ である。右辺は $\dfrac{|\boldsymbol x-\boldsymbol y|}{|\boldsymbol x||\boldsymbol y|}=\dfrac{\sqrt{4+1}}{2\cdot1}=\dfrac{\sqrt5}2$ で、一致する。

空間の 4 点についての Ptolemy の不等式

空間の任意の 4 点 $A$、$B$、$C$、$D$ について
$$ AC\cdot BD\le AB\cdot CD+AD\cdot BC $$
である。

$D$ を原点にして反転する

方針:$D$ を原点にとり、$A$、$B$、$C$ を反転した 3 点に三角不等式を使う。反転で距離がどう変わるかは lem-ptol-inversion で分かる。
段 1(特別な場合)。$D$ が $A$、$B$、$C$ のどれかと一致する場合を先に片づける。$D=A$ なら左辺は $AC\cdot BA$、右辺は $AB\cdot CA+0$ で等しい。$D=C$ なら左辺は $AC\cdot BC$、右辺は $0+AC\cdot BC$ で等しい。$D=B$ なら左辺は $0$ で、右辺は $0$ 以上である。以下、$D$ は $A$、$B$、$C$ のどれとも異なるとする。
段 2(反転)。$D$ を原点とし、$A$、$B$、$C$ の位置ベクトルを $\boldsymbol a$、$\boldsymbol b$、$\boldsymbol c$ とする。どれも $\vec0$ でないので、反転した点 $\boldsymbol a^*$、$\boldsymbol b^*$、$\boldsymbol c^*$ が定まる。3 点 $\boldsymbol a^*$、$\boldsymbol b^*$、$\boldsymbol c^*$ に三角不等式を使うと
$$ |\boldsymbol a^*-\boldsymbol c^*|\le|\boldsymbol a^*-\boldsymbol b^*|+|\boldsymbol b^*-\boldsymbol c^*| $$
である。
段 3(距離に戻す)。lem-ptol-inversion により、段 2 の式は
$$ \frac{|\boldsymbol a-\boldsymbol c|}{|\boldsymbol a||\boldsymbol c|}\le\frac{|\boldsymbol a-\boldsymbol b|}{|\boldsymbol a||\boldsymbol b|}+\frac{|\boldsymbol b-\boldsymbol c|}{|\boldsymbol b||\boldsymbol c|} $$
となる。両辺に正の数 $|\boldsymbol a||\boldsymbol b||\boldsymbol c|$ を掛けると
$$ |\boldsymbol a-\boldsymbol c|\,|\boldsymbol b|\le|\boldsymbol a-\boldsymbol b|\,|\boldsymbol c|+|\boldsymbol b-\boldsymbol c|\,|\boldsymbol a| $$
である。$D$ が原点なので $|\boldsymbol a-\boldsymbol c|=AC$、$|\boldsymbol b|=BD$、$|\boldsymbol a-\boldsymbol b|=AB$、$|\boldsymbol c|=CD$、$|\boldsymbol b-\boldsymbol c|=BC$、$|\boldsymbol a|=AD$ であり、$AC\cdot BD\le AB\cdot CD+BC\cdot AD$ を得る。$\square$

空間の 4 点の例

$A(1,0,0)$、$B(0,1,0)$、$C(0,0,1)$、$D(0,0,0)$ とする。$AC=BC=AB=\sqrt2$、$AD=BD=CD=1$ なので
$$ AC\cdot BD=\sqrt2\cdot1=\sqrt2,\qquad AB\cdot CD+AD\cdot BC=\sqrt2\cdot1+1\cdot\sqrt2=2\sqrt2 $$
で、$\sqrt2<2\sqrt2$ である。4 点は同じ平面の上にないので、平面の場合の prf-ptol-ineq は使えないが、thm-ptol-space は成り立っている。

prf-ptol-space で使ったのは、内積の性質(分配法則と $|\boldsymbol v|^2=\boldsymbol v\cdot\boldsymbol v$)と三角不等式だけである。したがって、同じ証明が、内積をもつどんなベクトル空間(内積空間)でもそのまま通る。

距離が内積から来ないと崩れる

距離の決め方を変えると、Ptolemyの不等式は成り立たなくなることがある。

碁盤の目の距離での反例

平面の 2 点 $(x_1,y_1)$、$(x_2,y_2)$ の距離を $|x_1-x_2|+|y_1-y_2|$ で測る(縦と横の道だけを通るときの道のり。マンハッタン距離 ともいう)。この距離で、正方形 $A(0,0)$、$B(1,0)$、$C(1,1)$、$D(0,1)$ を考える。辺はどれも $1$ で、対角線は $AC=|0-1|+|0-1|=2$、$BD=|1-0|+|0-1|=2$ である。
$$ AC\cdot BD=2\cdot2=4,\qquad AB\cdot CD+AD\cdot BC=1\cdot1+1\cdot1=2 $$
なので、$AC\cdot BD>AB\cdot CD+AD\cdot BC$ となり、Ptolemyの不等式が成り立たない。この距離も三角不等式は満たすが、内積から決まる距離ではない。

Schoenberg の定理

ex-ptol-taxicab の距離は、ベクトルの「長さ」$\|(x,y)\|=|x|+|y|$(ノルム)から $\|\boldsymbol p-\boldsymbol q\|$ として決まっている。Schoenberg は 1952 年に、実数上のノルム空間ですべての 4 点について Ptolemyの不等式が成り立つならば、そのノルムは内積から $\|\boldsymbol v\|=\sqrt{\boldsymbol v\cdot\boldsymbol v}$ として得られることを示した(Sch52。この記事では証明しない)。逆は thm-ptol-space と同じ証明で分かる。つまり、ノルムから決まる距離のうちで、Ptolemyの不等式は内積から決まる距離だけを選び出す性質である。高校の初等幾何の不等式が、ユークリッド空間の距離を特徴づけていることになる。

例と反例

どの仮定を外すと何が崩れるかを一覧にする。

外した仮定崩れる主張ボックス
円に内接する等式(不等号が真に成り立つ)ex-ptol-rhombus
4 点が円周上に $A,B,C,D$ の順に並ぶ等式ex-ptol-order
距離が内積から決まる不等式ex-ptol-taxicab
頂点の順序を変えると等式が崩れる

ex-ptol-start と同じ円周上の 4 点を、$A$、$C$、$B$、$D$ の順につないだ(辺が交差する)四角形 $ACBD$ を考える。この四角形の「対角線」は $AB$ と $CD$、「向かい合う辺」の組は $AC$ と $BD$、$AD$ と $CB$ である。
$$ AB\cdot CD=2\sqrt5\cdot3\sqrt{10}=30\sqrt2,\qquad AC\cdot BD+AD\cdot CB=60\sqrt2+30\sqrt2=90\sqrt2 $$
なので、4 点が同じ円の上にあっても等式 $AB\cdot CD=AC\cdot BD+AD\cdot CB$ は成り立たない(Ptolemyの不等式 $30\sqrt2\le90\sqrt2$ は成り立つ)。thm-ptol-main の「四角形 $ABCD$」は、頂点が円周上にこの順に並ぶ凸四角形である。どの 2 本が対角線になるかで、式の形が変わる。

ex-ptol-rhombus は「円に内接する」を外した例、ex-ptol-taxicab は「距離が内積から決まる」を外した例である。

数学オリンピックの問題から

1995 年第 5 問:正三角形と鏡映

Ptolemyの定理(cor-ptol-equilateral)で 2 本の折れ線を 1 本の線分に置き換え、鏡映で全体を 1 本の線分にまとめる問題である。

国際数学オリンピック(1995 年)第 5 問

$ABCDEF$ は凸六角形で、$AB=BC=CD$、$DE=EF=FA$、$\angle BCD=\angle EFA=60^\circ$ を満たす。$G$、$H$ は六角形の内部の点で、$\angle AGB=\angle DHE=120^\circ$ を満たす。このとき
$$ AG+GB+GH+DH+HE\ge CF $$
であることを示せ。
(出典:国際数学オリンピック(1995 年)第 5 問 Oly95。問題文は英文からの和訳。)

六角形 ABCDEF と、C、F を直線 BE について折り返した C′、F′。三角形 ABC′、DEF′ は正三角形で、AG+GB=GC′、DH+HE=HF′、C′F′=CF となる 六角形 ABCDEF と、C、F を直線 BE について折り返した C′、F′。三角形 ABC′、DEF′ は正三角形で、AG+GB=GC′、DH+HE=HF′、C′F′=CF となる

高校数学で解く:折り返して正三角形を作る

方針:$C$ と $F$ を直線 $BE$ について折り返した点 $C'$、$F'$ をとると、三角形 $ABC'$ と $DEF'$ が正三角形になる。cor-ptol-equilateral で $AG+GB=GC'$、$DH+HE=HF'$ となり、左辺は折れ線 $C'GHF'$ の長さになる。
段 1(正三角形 $BCD$、$EFA$)。三角形 $BCD$ は $BC=CD$、$\angle BCD=60^\circ$ の二等辺三角形なので、底角も $\dfrac{180^\circ-60^\circ}2=60^\circ$ で、正三角形である。よって $BD=BC=AB$ である。同じように三角形 $EFA$ は正三角形で、$AE=EF=DE$ である。
段 2(直線 $BE$ は線分 $AD$ の垂直二等分線)。段 1 より $BA=BD$、$EA=ED$ である。2 点 $A$、$D$ から等距離にある点の全体は線分 $AD$ の垂直二等分線なので、$B$ と $E$ はその上にある。$B\ne E$ なので、直線 $BE$ は線分 $AD$ の垂直二等分線である。したがって直線 $BE$ についての折り返し(鏡映)は $A$ と $D$ を入れ替え、$B$、$E$ を動かさない。
段 3($C'$、$F'$ と正三角形)。直線 $BE$ について $C$、$F$ を折り返した点を $C'$、$F'$ とする。折り返しは長さを変えないので、正三角形 $BCD$ は、$B\mapsto B$、$D\mapsto A$、$C\mapsto C'$ により正三角形 $BAC'$ に移る。同じように正三角形 $EFA$ は正三角形 $EF'D$ に移る。また $C'F'=CF$ である。
段 4($C'$ と $G$ は直線 $AB$ の反対側)。六角形は凸なので、$C$ は対角線 $BD$ について $A$ と反対側にある。折り返しで直線 $BD$ は直線 $BA$ に、$A$ は $D$ に移るので、$C'$ は直線 $AB$ について $D$ と反対側にある。六角形は凸で $AB$ はその辺なので、六角形の内部の点 $G$ と頂点 $D$ は直線 $AB$ の同じ側にある。よって $C'$ と $G$ は直線 $AB$ の反対側にある。同じように、$F'$ と $H$ は直線 $DE$ の反対側にある。
段 5($G$ は外接円の上)。正三角形 $ABC'$ の外接円を考える。直線 $AB$ について $C'$ と反対側の弧 $AB$ の上の点 $X$ では、四角形 $AXBC'$ が円に内接するので $\angle AXB=180^\circ-\angle AC'B=180^\circ-60^\circ=120^\circ$ である。線分 $AB$ を $120^\circ$ で見込む点のうち、直線 $AB$ について同じ側にあるものは、円周角の定理の逆(円周角の定理(高校数学))によりこの弧の上にある。段 4 より $G$ はこの側にあり $\angle AGB=120^\circ$ なので、$G$ は $C'$ を含まない弧 $AB$ の上にある。cor-ptol-equilateral を正三角形 $C'AB$ と点 $G$ に使って
$$ GC'=GA+GB $$
である。同じように $HF'=HD+HE$ である。
段 6(三角不等式)。段 5 より
$$ AG+GB+GH+DH+HE=C'G+GH+HF' $$
である。三角不等式を 2 回使うと $C'G+GH\ge C'H$、$C'H+HF'\ge C'F'$ なので、右辺は $C'F'$ 以上である。段 3 より $C'F'=CF$ なので、$AG+GB+GH+DH+HE\ge CF$ である。$\square$

大学数学で見る:角の条件はいらない

段 5 で使ったのは $GA+GB=GC'$ だが、不等式を示すには $GA+GB\ge GC'$ で足りる。これは 4 点 $G,A,C',B$ に thm-ptol-ineq を使えば、$G$ の位置によらず成り立つ:
$$ GC'\cdot AB\le GA\cdot C'B+GB\cdot AC',\qquad AB=C'B=AC'\ \text{で割って}\ GC'\le GA+GB . $$
したがって $\angle AGB=\angle DHE=120^\circ$ という条件を外しても、結論 $AG+GB+GH+DH+HE\ge CF$ は平面上のどんな点 $G$、$H$ についても成り立つ(段 3 の $C'F'=CF$ と段 6 の三角不等式は、角の条件を使っていない)。角の条件があると、最初の評価 $GA+GB\ge GC'$ が等式 $GA+GB=GC'$ になる。角の条件は結論には要らず、高校数学の解き方(Ptolemy の等式)を使えるようにするためのものである。
もう 1 つの見方として、段 3 の折り返しは長さを保つ変換(回転・鏡映と行列の群 の鏡映)であり、折れ線の長さを線分で下から押さえる議論は、対称点と折れ線の最短 や Fermat点 と同じ型である。同じ計算で、正三角形 $ABC$ と平面上の任意の点 $P$ について $PA\le PB+PC$ が成り立つことも分かる(Pompeiuの定理 の一部)。

さらに先へ

  • Ptolemyの不等式は、平面では 円に関する反転 を使っても示せる。prf-ptol-space は、その反転による証明を空間のベクトルで書いたものである。
  • 4 つの点を 4 つの円に替えた一般化が Caseyの定理 で、円に内接する 4 円の共通接線の長さについて Ptolemy 型の等式が成り立つ。
  • 内接四角形の 2 本の対角線の比を辺で表す公式(Ptolemyの第2定理)や、内接四角形の面積の公式(Brahmaguptaの公式)も、同じ内接四角形についての公式である。
  • 複比と 1 次分数変換の理論は 複比、Möbius変換 で扱う。Ptolemyの定理は、初等幾何の教科書 CG67 でも扱われている。

関連項目

参考文献

[4]
I. J. Schoenberg, A remark on M. M. Day's characterization of inner-product spaces and a conjecture of L. M. Blumenthal, Proceedings of the American Mathematical Society 3 (1952), no. 6, pp. 961–964, doi:10.1090/S0002-9939-1952-0052035-9, 1952

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