交代形式の標準形

同義語:normal form of alternating forms歪対称形式の標準形

概要

交代形式の標準形(normal form of alternating forms)とは、恒等的に $\omega(x,x)=0$ となる双線形形式を、基底の取り替えで $\begin{pmatrix}0&d_i\\-d_i&0\end{pmatrix}$ のブロックと零行列を対角に並べた形にすることである。単項イデアル整域上の有限階数の自由加群では $d_1\mid d_2\mid\cdots$ ととれ、$d_i$ は単元倍を除いて一意に決まる。形式が単模ならシンプレクティック基底がとれて階数は偶数であり、交代行列の行列式は平方になる。非退化な形式の等方的部分空間の次元は全体の半分以下であり、向き付けられた種数 $g$ の閉曲面の 1 次コホモロジーのカップ積に当てると、閉曲面がレトラクトできる有限グラフの 1 次ホモロジーの階数は $g$ 以下である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 双線形形式, 単項イデアル整域, 自由加群, Smith標準形

交代形式 は、すべてのベクトル $x$ について $\omega(x,x)=0$ となる双線形形式である。平面の 2 つのベクトルの張る平行四辺形の符号つき面積がその典型で、体の上では、基底をうまく選ぶと交代形式は $\begin{pmatrix}0&1\\-1&0\end{pmatrix}$ のブロックと零行列を対角に並べた形になる(双線形形式 の定理「体の上の交代形式の標準形」)。とくに非退化な交代形式はいつも シンプレクティック基底 をもち、次元は偶数である。
この標準形は、整数 $\mathbb{Z}$ のような単項イデアル整域の上の自由加群にまで広がる。そこでは対角のブロックは $\begin{pmatrix}0&d_i\\-d_i&0\end{pmatrix}$($d_1\mid d_2\mid\cdots$)になり、$d_i$ は形式から一意に決まる。形式が単模(行列式が単元)なら $d_i$ はすべて単元で、整数の上でもシンプレクティック基底がとれる。向き付けられた閉曲面の 1 次コホモロジーのカップ積はまさにこの形の形式であり、交代形式の標準形と「等方的な部分空間の次元は半分以下」という事実から、種数 $g$ の閉曲面がレトラクトできるグラフの 1 次ホモロジーの階数は $g$ 以下であることが従う。
この記事では、単項イデアル整域上の標準形(thm-af-main)を証明し、単模な形式のシンプレクティック基底、交代行列の行列式が平方であること、等方的部分空間の次元(thm-af-isotropic)を導いたあと、閉曲面への応用(thm-af-retract)を示す。

定義

$R$ を可換環、$L$ を有限階数 $n$ の自由加群とし、$\omega\colon L\times L\to R$ を $R$ 双線形写像とする。

交代形式と単模性
  1. すべての $x\in L$ について $\omega(x,x)=0$ のとき、$\omega$ を 交代形式(alternating form)という。
  2. $\omega^{\flat}\colon L\to L^{*}:=\operatorname{Hom}_R(L,R)$、$x\mapsto\omega(x,-)$ と $\omega^{\sharp}\colon L\to L^{*}$、$y\mapsto\omega(-,y)$ がともに同型のとき、$\omega$ は 単模(unimodular)であるという。$R$ が整域で、$\omega^{\flat}$ と $\omega^{\sharp}$ がともに単射のとき、$\omega$ は 非退化 であるという。
  3. $L$ の基底 $e_1,f_1,\dots,e_k,f_k$ が
    $$ \omega(e_i,f_j)=\delta_{ij},\qquad \omega(e_i,e_j)=\omega(f_i,f_j)=0 $$
    をみたすとき、これを $\omega$ の シンプレクティック基底(symplectic basis)という。
  4. 部分加群 $W\subset L$ が、すべての $w,w'\in W$ について $\omega(w,w')=0$ をみたすとき、$W$ は 等方的(isotropic)であるという。

交代形式は $\omega(x+y,x+y)=0$ を展開して $\omega(x,y)=-\omega(y,x)$(歪対称性)をみたす。逆に、$2\ne0$ である整域($\mathbb{Z}$ や標数 $2$ でない体)の上では、歪対称な形式は $2\omega(x,x)=0$ から交代的であり、この記事の結果は歪対称形式についても成り立つ(標数 $2$ では、歪対称な形式に標準形があるとは限らない。反例の表の 1 行目)。$L$ の基底 $u_1,\dots,u_n$ について $A:=(\omega(u_i,u_j))_{i,j}$ を $\omega$ の Gram 行列 といい、$\omega(x,y)=x^{\top}Ay$($x,y$ は座標の列ベクトル)である。交代形式の Gram 行列は $A^{\top}=-A$ で対角成分が $0$ の行列(交代行列)であり、逆に交代行列 $A$ から $x^{\top}Ay$ で定めた形式は交代的である($x^{\top}Ax=\sum_{i< j}(a_{ij}+a_{ji})x_ix_j+\sum_ia_{ii}x_i^2=0$)。基底を行列 $S\in\mathrm{GL}_n(R)$ で取り替えると、Gram 行列は $S^{\top}AS$ に変わる。双対基底に関する $\omega^{\flat}$、$\omega^{\sharp}$ の行列は $A^{\top}$、$A$ なので、$\omega$ が単模であることは $\det A$ が $R$ の単元であることと同値であり、$R$ が整域なら非退化であることは $\det A\ne0$ と同値である(行列式)。体の上では単模と非退化は同じである。Hat02 p. 250 は単模な形式を nonsingular とよんでいる。

標準形

単項イデアル整域上の交代形式の標準形

$R$ を単項イデアル整域、$L$ を階数 $n$ の自由 $R$ 加群、$\omega$ を $L$ 上の交代形式とする。このとき $k\ge0$、$0$ でない $d_1,\dots,d_k\in R$ で $d_1\mid d_2\mid\cdots\mid d_k$ をみたすものと、$L$ の基底 $e_1,f_1,\dots,e_k,f_k,z_1,\dots,z_s$($2k+s=n$)があって、
$$ \omega(e_i,f_i)=d_i,\qquad\omega(f_i,e_i)=-d_i $$
であり、それ以外の基底ベクトルの組での $\omega$ の値はすべて $0$ である。すなわち Gram 行列は $\begin{pmatrix}0&d_i\\-d_i&0\end{pmatrix}$($i=1,\dots,k$)と $s$ 次の零行列を対角に並べたものである。$d_1,\dots,d_k$ は単元倍を除いて $\omega$ から一意に決まり、$2k$ は Gram 行列の階数である。

段 1(値のイデアルの極大元). $\omega=0$ なら $k=0$ で任意の基底をとればよい($n=0$ もこれに含まれる)。$\omega\ne0$ とし、イデアルの族 $\mathcal{I}:=\{\omega(x,y)R\mid x,y\in L\}$ を考える。$R$ は Noether 環である(単項イデアル整域 の命題「単項イデアル整域はNoether環」)ので、空でないイデアルの族は包含について極大な元をもつ。$\mathcal{I}$ の極大元 $dR$ をとり、$d=\omega(e,f)$ とする。$\omega\ne0$ なので $\mathcal{I}$ は $0$ でないイデアルを含み、$dR$ の極大性から $d\ne0$ である。
段 2($d$ は $\omega(e,-)$ と $\omega(f,-)$ の値を割る). $v\in L$ とする。$R$ は単項イデアル整域なので $dR+\omega(e,v)R=gR$ となる $g=\alpha d+\beta\,\omega(e,v)$($\alpha,\beta\in R$)がある。$g=\omega(e,\alpha f+\beta v)$ なので $gR\in\mathcal{I}$ であり、$gR\supset dR$ と極大性から $gR=dR$、すなわち $d\mid\omega(e,v)$ である。同様に、$d=-\omega(f,e)$ なので $dR+\omega(f,v)R=gR$、$g=\alpha d+\beta\,\omega(f,v)=\omega(f,-\alpha e+\beta v)$ から $d\mid\omega(f,v)$ である。
段 3(分解). $L':=\{v\in L\mid\omega(e,v)=\omega(f,v)=0\}$ とおく。$v\in L$ について、段 2 により $a_v:=-\omega(f,v)/d$、$b_v:=\omega(e,v)/d$ は $R$ の元であり、
$$ \omega(e,\,v-a_ve-b_vf)=\omega(e,v)-b_vd=0,\qquad\omega(f,\,v-a_ve-b_vf)=\omega(f,v)+a_vd=0 $$
なので $v-a_ve-b_vf\in L'$ である。また $ae+bf\in L'$ なら $\omega(e,ae+bf)=bd=0$、$\omega(f,ae+bf)=-ad=0$ で、$R$ は整域なので $a=b=0$ である。よって $e,f$ は一次独立で、$L=Re\oplus Rf\oplus L'$ である。$L'$ は自由加群の部分加群なので自由であり(自由加群 の定理「任意階数の自由加群の部分加群」)、階数の一意性(同記事の定理「可換環上の階数の一意性」)から階数は $n-2$ である。$\omega(e,L')=\omega(f,L')=0$ であり、歪対称性から $\omega(L',e)=\omega(L',f)=0$ でもある。
段 4($d$ は $L'$ 上の値を割る). $u,v\in L'$ とし、$x:=e+u$ とおく。$\omega(x,f)=d+\omega(u,f)=d$、$\omega(x,v)=\omega(e,v)+\omega(u,v)=\omega(u,v)$ である。$dR+\omega(u,v)R=gR$、$g=\alpha d+\beta\,\omega(u,v)=\omega(x,\alpha f+\beta v)$ なので、段 2 と同じ議論により $d\mid\omega(u,v)$ である。
段 5(帰納法). $n$ についての帰納法により、$(L',\omega|_{L'})$ は求める形の基底 $e_2,f_2,\dots,e_k,f_k,z_1,\dots,z_s$ と $d_2\mid\cdots\mid d_k$ をもつ。$d_2$ は $\omega$ の $L'$ 上の値なので、段 4 により $d_1:=d$ は $d_2$ を割る。$e_1:=e$、$f_1:=f$ を加えたものが $L$ の求める基底である。
段 6(一意性). 得られた基底での Gram 行列を $B=S^{\top}AS$ とする。ブロック $\begin{pmatrix}0&d_i\\-d_i&0\end{pmatrix}$ は、2 つの列を入れ替えて 2 列目を $-1$ 倍すると $\operatorname{diag}(d_i,d_i)$ になる。列の入れ替えと単元倍は可逆な行列を右から掛けることなので、$A$ は $D:=\operatorname{diag}(d_1,d_1,d_2,d_2,\dots,d_k,d_k,0,\dots,0)$ と同値であり(Smith標準形 の定義「行列の同値」)、$D$ は $d_1\mid d_1\mid d_2\mid d_2\mid\cdots$ をみたす Smith 標準形である。Smith 標準形の一意性(Smith標準形 の定理「Smith標準形の一意性と行列式因子」の 3)により、$D$ の対角成分の列は単元倍を除いて $A$ から決まる。よって $k$ と $d_1,\dots,d_k$ は単元倍を除いて一意であり、$2k$ は $A$ の階数である。$\square$

段 2・4 の議論が、体の上の証明(双線形形式 の定理「体の上の交代形式の標準形」)と違うところである。体の上では $0$ でない値はすべて単元なので段 1 の極大元は $R$ 自身になり、$d_i$ をすべて $1$ にとれる。また $d_1R$ は Gram 行列の成分全体が生成するイデアルに等しい(基底の取り替えで Gram 行列の成分は互いの $R$ 係数の一次結合で書けるので、このイデアルは基底によらない)。

単模な交代形式とシンプレクティック基底

$R$ を単項イデアル整域、$L$ を階数 $n$ の自由 $R$ 加群、$\omega$ を交代形式とする。$\omega$ が単模であることと、$L$ が $\omega$ のシンプレクティック基底をもつことは同値である。このとき $n$ は偶数である。とくに、行列式が $\pm1$ の交代的な $\mathbb{Z}$ 双線形形式は、基底を $f_1,e_1,\dots,f_k,e_k$ の順に並べると、Gram 行列が $\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}$ のブロックを対角に並べたものになる。

シンプレクティック基底での Gram 行列は $\begin{pmatrix}0&1\\-1&0\end{pmatrix}$ を対角に並べたもので行列式は $1$ なので、$\omega$ は単模である。逆に $\omega$ が単模なら、thm-af-main の基底での Gram 行列 $B=S^{\top}AS$ の行列式 $\det(S)^2\det A$ は単元である。$s\ge1$ なら $\det B=0$ なので $s=0$ であり、$\det B=(d_1\cdots d_k)^2$ が単元なので各 $d_i$ は単元である。$f_i$ を $d_i^{-1}f_i$ に取り替えればシンプレクティック基底を得る。$n=2k$ は偶数である。最後の主張は、$\omega(f_i,f_i)=0$、$\omega(f_i,e_i)=-1$、$\omega(e_i,f_i)=1$、$\omega(e_i,e_i)=0$ を並べたものである。$\square$

最後の主張は Hat02 §3.3 Exercise 27(p. 260)の形である。

交代行列の行列式は平方

$R$ を単項イデアル整域とし、$A\in M_n(R)$ を交代行列とする。$\det A$ は $R$ のある元の平方である。とくに $n$ が奇数なら $\det A=0$ である。

$\omega(x,y):=x^{\top}Ay$ は $R^n$ 上の交代形式である。thm-af-main の基底を与える $S\in\mathrm{GL}_n(R)$ について $\det(S^{\top}AS)=\det(S)^2\det A$ であり、左辺は $s\ge1$ なら $0$、$s=0$ なら $(d_1\cdots d_k)^2$ である。よって $\det A=\bigl(\det(S)^{-1}d_1\cdots d_k\bigr)^2$ または $0$ である。$n$ が奇数なら $n=2k+s$ から $s\ge1$ である。$\square$

成分の最大公約数

$\mathbb{Z}^3$ 上の交代形式で Gram 行列が $A=\begin{pmatrix}0&2&4\\-2&0&6\\-4&-6&0\end{pmatrix}$ のものを考える。$n=3$ は奇数なので $s\ge1$、$k\le1$ であり、$A\ne0$ なので $k=1$ である。$d_1\mathbb{Z}$ は成分全体が生成するイデアル $2\mathbb{Z}$ なので $d_1=\pm2$ で、標準形は $\begin{pmatrix}0&2\\-2&0\end{pmatrix}$ と $1$ 次の零行列である。$\det A=0$ も直接確かめられる。

等方的部分空間

等方的部分空間の次元

$K$ を体、$V$ を $n$ 次元の $K$ ベクトル空間、$\omega$ を $V$ 上の非退化な双線形形式とし、$\omega$ は対称($\omega(x,y)=\omega(y,x)$)または交代的であるとする($K$ の標数は問わない)。

  1. 等方的な部分空間 $W$ の次元は $n/2$ 以下である。
  2. $\omega$ が交代的なら、$n$ は偶数であり、どの等方的な部分空間も次元 $n/2$ の等方的な部分空間に含まれる。とくに、包含について極大な等方的部分空間の次元はすべて $n/2$ である。

1:$W^{\perp}:=\{v\in V\mid\text{すべての }w\in W\text{ で }\omega(w,v)=0\}$ とおく。写像 $V\to W^{*}$、$v\mapsto\omega(-,v)|_W$ は、同型 $\omega^{\sharp}\colon V\to V^{*}$(非退化で有限次元なので同型)と制限 $V^{*}\to W^{*}$ の合成である。制限は全射である($W$ の基底を $V$ の基底に延長し、線形形式を延長した基底の上で $0$ と定めればよい)ので、この写像は全射で、核は $W^{\perp}$ である。よって $\dim W^{\perp}=n-\dim W$ である。$W$ が等方的なら $W\subset W^{\perp}$ なので $\dim W\le n-\dim W$、すなわち $\dim W\le n/2$ である。
2:体は単項イデアル整域で、体の上では非退化と単模は同じなので、cor-af-unimodular により $n=2k$ は偶数で、シンプレクティック基底 $e_1,f_1,\dots,e_k,f_k$ がある。等方的な $W$ を含む等方的部分空間のうち次元が最大のもの $W_0$ をとる。$\dim W_0< k$ と仮定すると、1 の計算から $\dim W_0^{\perp}=n-\dim W_0>\dim W_0$ なので、$v\in W_0^{\perp}\setminus W_0$ がある。$w,w'\in W_0$、$a,a'\in K$ について
$$ \omega(w+av,\ w'+a'v)=\omega(w,w')+a'\omega(w,v)+a\,\omega(v,w')+aa'\omega(v,v)=0 $$
である($\omega(v,w')=-\omega(w',v)=0$、$\omega(v,v)=0$)。よって $W_0+Kv$ は $W$ を含むより大きな等方的部分空間となり、$W_0$ の選び方に反する。したがって $\dim W_0\ge k$ であり、1 により $\dim W_0=k$ である。最後の主張は、極大な等方的部分空間 $W$ に前半を当てると $W=W_0$ となることから従う。$\square$

$\omega$ が非退化な交代形式のとき、次元 $n/2$ の等方的部分空間を Lagrange 部分空間 という。$e_1,\dots,e_k$ の張る部分空間はその例である。1 は Hat02 §3.3 Exercise 28(p. 260)の主張である。

整数上の等方的部分群

$L$ を階数 $2g$ の自由 $\mathbb{Z}$ 加群、$\omega$ を $L$ 上の単模な交代形式とする。等方的な部分群 $W\subset L$ の階数は $g$ 以下である。

$L$ の基底で $L=\mathbb{Z}^{2g}\subset\mathbb{Q}^{2g}$ とみなし、$\omega$ を同じ Gram 行列で $\mathbb{Q}^{2g}$ 上の交代形式 $\omega_{\mathbb{Q}}$ に延長する。Gram 行列の行列式は $\pm1\ne0$ なので $\omega_{\mathbb{Q}}$ は非退化である。$W$ の一次独立な元 $w_1,\dots,w_m$ は $\mathbb{Q}^{2g}$ でも一次独立であり($\mathbb{Q}$ 係数の一次関係は分母を払うと $\mathbb{Z}$ 係数の一次関係になる)、それらの張る部分空間は双線形性により $\omega_{\mathbb{Q}}$ について等方的である。thm-af-isotropic の 1 により $m\le g$ である。$\square$

閉曲面のカップ積への応用

$M_g$ を種数 $g$ の向き付けられた閉曲面とする。$H_1(M_g;\mathbb{Z})\cong\mathbb{Z}^{2g}$、$H_0(M_g;\mathbb{Z})\cong\mathbb{Z}$ であり(胞体ホモロジー の例「閉曲面」)、普遍係数定理 により $H^1(M_g;\mathbb{Z})\cong\operatorname{Hom}(H_1(M_g),\mathbb{Z})\cong\mathbb{Z}^{2g}$ である。基本類 $[M_g]\in H_2(M_g;\mathbb{Z})$(Poincaré双対 の定理「基本類の存在と一意性」)を使って
$$ \omega(\alpha,\beta):=\langle\alpha\smile\beta,\,[M_g]\rangle\qquad(\alpha,\beta\in H^1(M_g;\mathbb{Z})) $$
とおく(カップ積)。

閉曲面の 1 次コホモロジーのシンプレクティック基底

$\omega$ は $H^1(M_g;\mathbb{Z})\cong\mathbb{Z}^{2g}$ 上の単模な交代形式である。したがって $H^1(M_g;\mathbb{Z})$ には $\omega$ のシンプレクティック基底 $\alpha_1,\beta_1,\dots,\alpha_g,\beta_g$ がある。

$H^1(M_g;\mathbb{Z})$ は捩れをもたない($H^1\cong\mathbb{Z}^{2g}$)ので、Poincaré双対 の命題「整係数のカップ積の対」を $n=2$、$k=1$ に当てると、$\omega$ は単模である。交代的であることは次のとおり。カップ積 の定理「次数付き可換性」により $\alpha\smile\alpha=(-1)^{1\cdot1}\alpha\smile\alpha$、すなわち $2(\alpha\smile\alpha)=0$ であり、$H^2(M_g;\mathbb{Z})\cong\operatorname{Hom}(H_2(M_g),\mathbb{Z})\oplus\operatorname{Ext}(H_1(M_g),\mathbb{Z})\cong\mathbb{Z}$ は捩れをもたないので $\alpha\smile\alpha=0$ である。後半は cor-af-unimodular による。$\square$

$g=1$ のトーラスでは、$\alpha\smile\beta$ が $H^2$ の生成元となる $H^1$ の基底 $\alpha,\beta$ が カップ積 の定理「トーラスのコホモロジー環」で具体的に与えられている。

グラフへのレトラクションの階数
  1. $X\subset M_g$ が連結な有限グラフ(有限個の 0 胞体と 1 胞体からなる連結な CW 複体)と同相な部分空間で、$M_g$ から $X$ へのレトラクション $r$ があるなら、$H_1(X;\mathbb{Z})$ の階数は $g$ 以下である。
  2. $0\le k\le g$ をみたす各 $k$ について、$M_g$ は $k$ 個の円周のウェッジ和と同相な部分空間へのレトラクションをもつ。

1:$X$ は連結な有限グラフなので、$H_1(X)=\ker d_1$ は有限生成自由アーベル群の部分群として階数 $m$ の自由アーベル群であり、2 胞体がないので $H_2(X)=0$ である(胞体ホモロジー の系「胞体の個数から従うこと」)。普遍係数定理により $H^1(X;\mathbb{Z})\cong\operatorname{Hom}(H_1(X),\mathbb{Z})\cong\mathbb{Z}^m$、$H^2(X;\mathbb{Z})\cong\operatorname{Hom}(H_2(X),\mathbb{Z})\oplus\operatorname{Ext}(H_1(X),\mathbb{Z})=0$ である。包含を $i\colon X\to M_g$ とすると $r\circ i=\mathrm{id}_X$ なので $i^{*}\circ r^{*}=\mathrm{id}$ であり、$r^{*}\colon H^1(X;\mathbb{Z})\to H^1(M_g;\mathbb{Z})$ は単射である。$a,b\in H^1(X;\mathbb{Z})$ について、引き戻しは環準同型なので(カップ積 の定理「コホモロジー環」の 3)
$$ r^{*}a\smile r^{*}b=r^{*}(a\smile b)=0\qquad(a\smile b\in H^2(X;\mathbb{Z})=0) $$
である。よって $r^{*}H^1(X;\mathbb{Z})$ は階数 $m$ の等方的な部分群であり、prop-af-surface と cor-af-isotropic-z により $m\le g$ である。
2:$M_g$ を、0 胞体 $x_0$、1 胞体 $a_1,b_1,\dots,a_g,b_g$、語 $a_1b_1a_1^{-1}b_1^{-1}\cdots a_gb_ga_g^{-1}b_g^{-1}$ に沿って貼った 2 胞体からなる CW 複体とみる(CW複体 の例「トーラスと閉曲面」)。1 次元骨格 $M_g^1$ は $2g$ 個の円周のウェッジ和であり、$A_k:=\{x_0\}\cup a_1\cup\cdots\cup a_k$ は $k$ 個の円周のウェッジ和である。$\rho\colon M_g^1\to A_k$ を、$a_1,\dots,a_k$ の上では恒等写像、ほかの円周を $x_0$ につぶす写像とする。2 胞体の接着写像 $\varphi\colon S^1\to M_g^1$ との合成 $\rho\circ\varphi$ は、$x_0$ を基点とするループとして、$a_1$ を回り、止まり、$a_1$ を逆に回り、止まり、…を $a_k$ まで繰り返したあと止まっているループであり、道のホモトピー類は $a_1a_1^{-1}\cdots a_ka_k^{-1}=1$ である。よって $\rho\circ\varphi$ は基点を止めたまま定値写像にホモトピックで、そのホモトピー $H\colon S^1\times[0,1]\to A_k$($H_0=\rho\circ\varphi$、$H_1\equiv x_0$)を使って、円板 $D^2$ の点 $(1-t)\theta$ を $H(\theta,t)$ に送る写像は $\rho\circ\varphi$ の $D^2$ への延長になる。$\rho$ とこの延長は接着と両立するので、$M_g=M_g^1\cup_{\varphi}D^2$ から $A_k$ への連続写像を定め、$A_k$ の上では恒等写像である。$\square$

とくに、トーラス $M_1$ は 2 つの円周のウェッジ和 $S^1\vee S^1$ と同相な部分空間へレトラクトできない。どちらの主張も Hat02 §3.3 Exercise 29(p. 260)の主張である。

反例

外す条件反例成り立たなくなること
交代的(歪対称だけにする。thm-af-main)$\mathbb{F}_2$ 上の 1 次元空間で $\omega(x,y)=xy$標準形が存在すること(階数が偶数であること)
$R$ が単項イデアル整域(thm-af-main)$R=K[x,y]$、Gram 行列 $\begin{pmatrix}0&x&y\\-x&0&0\\-y&0&0\end{pmatrix}$標準形が存在すること
単模(非退化に弱める。cor-af-unimodular)$\mathbb{Z}^2$ 上の Gram 行列 $\begin{pmatrix}0&2\\-2&0\end{pmatrix}$シンプレクティック基底をもつこと
非退化(thm-af-isotropic の 1)$K^2$ 上の零形式等方的部分空間の次元が $n/2$ 以下であること
交代的(対称に替える。thm-af-isotropic の 2)$\mathbb{R}^2$ の標準内積次元 $n/2$ の等方的部分空間があること
各行の確かめ

1 行目:標数 $2$ では $-1=1$ なので、対称な $\omega(x,y)=xy$ は歪対称 $\omega(x,y)=-\omega(y,x)$ をみたし、非退化だが、$\omega(1,1)=1\ne0$ で交代的でない。標準形の Gram 行列の階数は偶数だが、この形式の階数は $1$ である。標数が $2$ でない整域の上では、歪対称から $2\omega(x,x)=0$、したがって $\omega(x,x)=0$ が従い、歪対称と交代的は同じである。

2 行目:基底の取り替えで Gram 行列の成分は互いの $R$ 係数の一次結合で書けるので、成分が生成するイデアルは基底によらない。この行列では $(x,y)$ である。標準形があれば、このイデアルは $d_1$ の生成する単項イデアルになるが、$(x,y)$ は $K[x,y]$ の単項イデアルでない(単項イデアル整域 の注意「反例:単項イデアル整域でない整域」)。

3 行目:行列式は $4\ne0$ なので非退化だが単元でなく、すべての値 $\omega(x,y)=2(x_1y_2-x_2y_1)$ は偶数なので $\omega(e,f)=1$ となる $e,f$ はない。

4 行目:零形式は対称かつ交代的だが非退化でなく、$K^2$ 全体が等方的で次元は $2>1$ である。

5 行目:$\omega(x,x)=x_1^2+x_2^2$ は $x\ne0$ で正なので、等方的部分空間は $0$ だけで、次元 $1$ のものはない。

補足

  • 体の上の場合との関係:体の上の標準形と、2 つの非退化な交代形式が基底の取り替えで移り合うことは 双線形形式 の定理「体の上の交代形式の標準形」とその後の段落にある。thm-af-main はこれを単項イデアル整域に広げたもので、段 2・4 が新しい部分である。
  • シンプレクティック幾何との関係:多様体上の非退化な閉 2 形式は、各点の接空間に非退化な交代形式を与える(シンプレクティック多様体)。各点でシンプレクティック基底がとれることから接空間の次元は偶数であり、Lagrange 部分空間は Lagrange 部分多様体(ラグランジュ部分多様体)の接空間として現れる。
  • 有限体の上:有限体上の非退化な交代形式を保つ線形変換の群(シンプレクティック群)の位数は、シンプレクティック基底の個数を数えて求められる(古典群)。

関連項目

参考文献

[1]
Allen Hatcher, Algebraic Topology, Cambridge University Press, 2002, §3.3(p. 250、nonsingular な双線形の対の定義。p. 260、Exercise 27・28・29)

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