遺伝的可分空間(hereditarily separable space)とは、すべての部分空間が可分である位相空間であり、density の遺伝版 $hd$ が $\aleph_0$ に等しいことにあたる。遺伝的可分であることは、型 $\omega_1$ で左に分離された部分空間(始切片がすべて閉になる整列をもつ部分空間)をもたないことと同値である。第2可算空間・可算なネットワークをもつ空間・可分な距離化可能空間・Sorgenfrey 直線は遺伝的可分だが、可分な Niemytzki 平面や Sorgenfrey 平面はそうでなく、遺伝的可分性は積で保たれない。一般の空間では遺伝的 Lindelöf 性とは互いを導かない。
可分空間の部分空間は可分とは限らない。Niemytzki平面は可分だが、境界の直線は非可算な離散部分空間で、可分でない。そこで、すべての部分空間が可分であるという強い条件を考える。これが遺伝的可分空間(hereditarily separable space)であり、基数関数としては density の遺伝版 $hd$ が $\aleph_0$ に等しいことにあたる。
この記事では、遺伝的可分性を「左に分離された非可算な部分空間をもたない」ことで特徴づけ、第2可算空間・可算なネットワークをもつ空間・可分な距離化可能空間が遺伝的可分であることを示す。さらに Sorgenfrey直線 が遺伝的可分であることを証明し、遺伝的可分空間の積が遺伝的可分とは限らないこと、遺伝的可分性と遺伝的 Lindelöf 性(遺伝的Lindelöf数)が一般の空間では互いに独立であることを例で確かめる。
基数関数の値は 基数関数 の流儀に従い、すべて $\aleph_0$ 以上に補正する。$d(X)$ は density、$s(X)$ は spread、$nw(X)$ は network weight、$w(X)$ は weight である。
一般に基数関数 $\varphi$ について、すべての部分空間での値の上限 $\varphi^*(X)=\sup\{\varphi(Y):Y\subset X\}$ を $\varphi$ の遺伝版という(Juhasz80 1.21, p. 11)。$hd=d^*$ である。$Y\subset Z\subset X$ なら $hd(Y)\le hd(Z)$ であり、遺伝的可分性は部分空間に遺伝する。
部分空間の可分性を扱うには、点を整列して並べる見方が便利である。
位相空間 $S$ が左に分離されている(left separated)とは、$S$ の整列順序 $\prec$ で、すべての始切片 $\{q\in S: q\prec p\}$($p\in S$)が $S$ で閉集合になるものが存在することをいう。$\prec$ の順序型が順序数 $\alpha$ のとき、$S$ は型 $\alpha$ で左に分離されているという。
始切片が閉であることは、終切片 $\{q:p\preceq q\}$ が開であることと同じである。すなわち各点 $p$ が、$p$ より前の点を含まない開近傍をもつ。定義は Juhasz80 1.10(pp. 6–7)による。始切片を開にする整列順序をもつ空間は右に分離されているといい、遺伝的Lindelöf数 で使う。
位相空間 $X$ について、次は同値である。
1 ⇒ 2:$S=\{p_\xi:\xi<\omega_1\}$ が型 $\omega_1$ で左に分離されているとする($\xi<\eta$ なら $p_\xi\prec p_\eta$)。$D\subset S$ を可算集合とすると、$\omega_1$ は可算な順序数の可算個の上限で尽くされない(共終数 $\operatorname{cf}(\omega_1)=\omega_1$)ので、ある $\eta<\omega_1$ で $D\subset\{p_\xi:\xi<\eta\}$ となる。右辺は始切片なので $S$ の閉集合であり、$D$ の $S$ での閉包もそこに含まれる。$p_\eta$ はそこに含まれないので、$D$ は $S$ で稠密でない。よって $S$ は可分でなく、$X$ は遺伝的可分でない。
2 ⇒ 1:部分空間 $Y$ が可分でないとする。$\xi<\omega_1$ に関する超限帰納法で点 $p_\xi\in Y$ を選ぶ。$\{p_\eta:\eta<\xi\}$ は可算なので $Y$ で稠密でなく、その $Y$ での閉包の外に点がある。その一つを $p_\xi$ とする(選択公理を使う)。
$$
p_\xi\notin\overline{\{p_\eta:\eta<\xi\}}^{\,Y}\qquad(\xi<\omega_1)
$$
であり、とくに $p_\xi$ は互いに異なる。$S=\{p_\xi:\xi<\omega_1\}$ に $p_\xi\prec p_\eta\iff\xi<\eta$ で整列順序を入れる。始切片 $A_\xi=\{p_\eta:\eta<\xi\}$ が $S$ で閉であることを示す。$\zeta\ge\xi$ なら $p_\zeta\notin\overline{A_\zeta}^{\,Y}\supset\overline{A_\xi}^{\,Y}$ なので、$\overline{A_\xi}^{\,Y}\cap S=A_\xi$ である。よって $A_\xi$ は $S$ で閉であり、$S$ は型 $\omega_1$ で左に分離された部分空間である。$\square$
同じ議論で、無限基数 $\kappa$ について「$hd(X)\le\kappa$」と「型 $\kappa^+$ で左に分離された部分空間がない」が同値になる。Juhasz80 は左に分離された部分空間の濃度の上限を $z(X)$ とおき(1.10, p. 7)、2.9 (c)(pp. 16–17)で $hd(X)=z(X)$ を示している。
任意の位相空間 $X$ について
$$
s(X)\le hd(X)\le nw(X)\le w(X)
$$
が成り立つ。とくに、可算なネットワークをもつ空間と第2可算空間は遺伝的可分である。
$D\subset X$ が離散部分空間なら、$D$ の各一点集合は $D$ で開なので、$D$ の稠密部分集合は $D$ 自身しかない。よって $|D|\le d(D)\le hd(X)$ であり、上限をとって $s(X)\le hd(X)$ である。
$\mathcal N$ を $X$ のネットワークとし、$Y\subset X$ とする。$\{N\cap Y:N\in\mathcal N\}$ は $Y$ のネットワークである。実際 $y\in V$($V$ は $Y$ の開集合)なら $V=U\cap Y$ となる $X$ の開集合 $U$ があり、$y\in N\subset U$ となる $N\in\mathcal N$ について $y\in N\cap Y\subset V$ となる。空でない各 $N\cap Y$ から一点を選んだ集合 $E$ は $Y$ で稠密である。$Y$ の空でない開集合 $V$ は点 $y$ を含み、$y\in N\cap Y\subset V$ となる $N$ について、$N\cap Y$ から選んだ点が $V$ に入るからである。よって $d(Y)\le nw(X)$ であり、$hd(X)\le nw(X)$ を得る。$nw(X)\le w(X)$ は 基数関数 の命題「基数関数の基本不等式」にある。$\square$
距離化可能空間 $X$ について、$X$ が可分であることと遺伝的可分であることは同値である。
遺伝的可分なら可分である。逆に $X$ が可分なら、距離空間では可分性と第2可算性が同値である(第2可算公理 の定理「距離空間における同値性」)ので $X$ は第2可算であり、prop-hs-bounds により遺伝的可分である。$\square$
遺伝的可分性は、閉集合が可算集合の閉包で書けることを意味する。ここから開集合の個数が上から押さえられる。
$X$ が遺伝的可分なら、$X$ の任意の閉集合 $F$ はある可算集合 $D\subset F$ の閉包 $\overline D$ に等しい。とくに $X$ が 2 点以上をもてば、$X$ の開集合の個数は $|X|^{\aleph_0}$ 以下である。
部分空間 $F$ は可分なので、$F$ で稠密な可算集合 $D$ がある。$F$ は閉なので $\overline D\subset F$ であり、$D$ は $F$ で稠密なので $F\subset\overline D$ である。よって $F=\overline D$ である。写像 $D\mapsto\overline D$ は、$X$ の可算部分集合全体($X$ が 2 点以上なら濃度 $|X|^{\aleph_0}$ 以下)から閉集合全体への全射なので、閉集合の個数、したがって補集合をとって開集合の個数は $|X|^{\aleph_0}$ 以下である。$\square$
たとえば濃度 $2^{\aleph_0}$ の遺伝的可分空間の開集合は $(2^{\aleph_0})^{\aleph_0}=2^{\aleph_0}$ 個以下である。濃度 $2^{\aleph_0}$ の離散空間の開集合は $2^{2^{\aleph_0}}$ 個あるので、この評価は離散空間が遺伝的可分でないことの別の確かめ方にもなる。Juhasz80 2.11(p. 18)は、一般に開集合の個数が $|X|^{hd(X)}$ 以下であることを述べている($X$ が 2 点以上のとき)。
一方、可分だが遺伝的可分でない空間は、可分なNiemytzki平面(境界の直線が濃度 $2^{\aleph_0}$ の離散部分空間)にあたる。この空間は完全正則なので、距離化可能性の仮定は「正則」「完全正則」に弱められない。
Sorgenfrey直線 $\mathbb R_L$ は、半開区間 $[a,b)$ 全体を開基とする位相を $\mathbb R$ に入れた空間である。$\mathbb R_L$ は第2可算でない(Sorgenfrey直線 の命題「第2可算公理を満たさないこと」)ので prop-hs-bounds は使えないが、遺伝的可分である。
$\mathbb R_L$ の任意の部分空間は可分である。
$A\subset\mathbb R$ とし、$A$ に $\mathbb R_L$ からの相対位相を入れる。
まず
$$
E=\{a\in A:\ \text{ある } \varepsilon>0 \text{ で } (a,a+\varepsilon)\cap A=\emptyset\}
$$
が可算であることを示す。各 $a\in E$ に、$(a,a+\varepsilon_a)\cap A=\emptyset$ となる $\varepsilon_a>0$ を選ぶ。$a,b\in E$、$a< b$ なら $b\in A$ は $(a,a+\varepsilon_a)$ に入らないので $a+\varepsilon_a\le b$ であり、開区間 $(a,a+\varepsilon_a)$ と $(b,b+\varepsilon_b)$ は交わらない。互いに交わらない空でない開区間は、それぞれから有理数を一つ選べば単射が得られるので、高々可算個である。よって $E$ は可算である。
次に、$A$ は通常の位相の相対位相について第2可算なので($\mathbb R$ が第2可算だから)、prop-hs-bounds により通常の位相で稠密な可算集合 $D\subset A$ がある。$D\cup E$ が $\mathbb R_L$ の相対位相で $A$ に稠密であることを示す。$A$ の空でない相対開集合は、ある $a\in A$ と $\varepsilon>0$ について $[a,a+\varepsilon)\cap A$ を含む。$a\in E$ ならこれは $E$ の点 $a$ を含む。$a\notin E$ なら $(a,a+\varepsilon)\cap A$ は空でなく、通常の位相の相対開集合なので $D$ と交わる。よって $D\cup E$ は可算な稠密集合であり、$A$ は可分である。$\square$
$\mathbb R_L$ は遺伝的 Lindelöf でもある(Sorgenfrey直線 の命題「任意の部分空間のLindelöf性」)。
遺伝的可分性は有限積で保たれない。
Sorgenfrey平面 $\mathbb R_L\times\mathbb R_L$ は、遺伝的可分な空間 2 つの積だが、遺伝的可分でない。実際、反対角線 $\Delta^-=\{(x,-x):x\in\mathbb R\}$ は相対位相が離散な非可算集合で、可分でない(Sorgenfrey平面 の定理「Lindelöf 空間でない」)。一方 $\mathbb Q\times\mathbb Q$ は各 $[a,b)\times[c,d)$ と交わるので、$\mathbb R_L\times\mathbb R_L$ 自身は可分である。
遺伝的可分性と、すべての部分空間が Lindelöf空間 であるという遺伝的 Lindelöf 性(遺伝的Lindelöf数)は、第2可算空間ではともに成り立つが、一般には互いを導かない。次の 2 つの空間はともに $\omega_1$(可算順序数全体)を台集合とする。
$\omega_1$ に、順序数 $\alpha\le\omega_1$(始切片 $\{\beta:\beta<\alpha\}$)全体を開集合系とする位相を入れた空間 $X$ を考える。始切片の和は始切片、有限個の共通部分は最小のものなので、これは位相である。$X$ は遺伝的可分だが Lindelöf でない。
$Y\subset X$ が空でないとし、その最小元を $y_0$ とする。$Y$ の空でない開集合 $\alpha\cap Y$ は点 $y$ を含み、$y_0\le y<\alpha$ なので $y_0$ も含む。よって $\{y_0\}$ は $Y$ で稠密であり、$Y$ は可分である。
開被覆 $\{\alpha:\alpha<\omega_1\}$(各 $\beta$ は $\beta+1$ に属する)の可算部分族 $\{\alpha_n\}$ は、$\gamma=\sup_n\alpha_n<\omega_1$ をとると $\gamma$ を覆わない。よって $X$ は Lindelöf でない。$\square$
$\omega_1$ に、$\emptyset$ と終切片 $\{\beta:\alpha\le\beta<\omega_1\}$($\alpha<\omega_1$)全体を開集合系とする位相を入れた空間 $X'$ を考える。$X'$ の任意の部分空間はコンパクトであり、とくに $X'$ は遺伝的 Lindelöf だが、可分でない。
終切片の和は最小の始点からの終切片、有限個の共通部分は最大の始点からの終切片なので、これは位相である。$Y\subset X'$ が空でなく、$\mathcal U$ を $Y$ の開被覆とする。$Y$ の最小元 $y_0$ を含む $\mathcal U$ の元は、$\alpha\le y_0$ となる終切片と $Y$ の共通部分で、$Y$ 全体に等しい。よって $Y$ はコンパクトである。可算集合 $D\subset\omega_1$ は上界 $\beta<\omega_1$ をもち、空でない開集合 $\{\gamma:\beta+1\le\gamma\}$ と交わらないので、$X'$ は可分でない。$\square$
$X$ は型 $\omega_1$ で右に分離され、$X'$ は型 $\omega_1$ で左に分離されている。この 2 つは $T_0$ 空間だが $T_1$ 空間でない。正則空間に限ったとき、遺伝的可分だが遺伝的 Lindelöf でない空間(S 空間)や、その逆の空間(L 空間)がどうなるかは、S 空間・L 空間の問題とよばれる難しい問題で、この記事では扱わない。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| cor-hs-metrizable の距離化可能性(可分性は残す) | Niemytzki平面 | 可分 ⇒ 遺伝的可分 |
| prop-hs-bounds の第2可算性(可分性は残す) | $\mathbb R_L\times\mathbb R_L$(ex-hs-sorgenfrey-plane) | 部分空間がすべて可分であること |
| 第2可算性(遺伝的可分性は残す) | 始切片の位相の $\omega_1$(ex-hs-initial-segments) | 第2可算空間が Lindelöf であること |
| 第2可算性(遺伝的 Lindelöf 性は残す) | 終切片の位相の $\omega_1$(ex-hs-final-segments) | 第2可算空間が可分であること |
1 行目の空間は完全正則で可分であり、距離化可能性だけが欠けている。2 行目の空間は可分で第2可算でない。3・4 行目は、第2可算空間で同時に成り立つ遺伝的可分性と遺伝的 Lindelöf 性の片方だけを残した例である。
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