分割冪構造

同義語:divided power structuredivided powerdivided power 構造PD 構造分割冪分割べき

概要

分割冪構造(divided power structure)とは、可換環 $A$ のイデアル $I$ の上に、各元 $x$ の「$x^n/n!$ にあたる元」$\gamma_n(x)$ を、$n!$ で割る操作を使わずに公理的に指定する構造で、$n!\,\gamma_n(x)=x^n$ を満たす。$\mathbb{Q}$ 代数ではどのイデアルもただ 1 つの分割冪構造 $x^n/n!$ をもち、$p$ 進整数環や Witt ベクトル環の $(p)$ には $p^n/n!$ が $p$ で割り切れることから標準的な構造が入る。標数 $p$ では $x^p=p!\,\gamma_p(x)=0$ が必要なので $\mathbb{F}_p[t]$ の $(t)$ は分割冪構造をもたず、存在も一意性も一般には保証されない。分割冪包絡と指数・対数を通じて結晶コホモロジーの結晶景の定義の基礎になる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 可換環, イデアル, 環準同型, 二項係数, 階乗, 多項式環

定義

分割冪構造は、可換環 $A$ のイデアル $I$ の元 $x$ に対して「$x^n/n!$ にあたる元」$\gamma_n(x)$ を、$n!$ で割る操作が使えない環(標数 $p$ の環や $p$ 進整数環)でも定めるための公理系である。標数 $0$ で $x^n/n!$ が満たす恒等式のうち、有理数 $\mathbb{Q}$ を係数に使わずに書けるものを公理として抜き出す。以下、環はすべて単位元をもつ可換環とし、$n$ は $0$ 以上の整数を動く。

分割冪構造と PD 環

$A$ を可換環、$I\subset A$ をイデアルとする。$I$ 上の分割冪構造(divided power structure、PD 構造)とは、写像の族 $\gamma_n\colon I\to A$($n=0,1,2,\dots$)であって、$x,y\in I$、$a\in A$、$m,n\ge0$ について次を満たすものをいう。

  1. $\gamma_0(x)=1$、$\gamma_1(x)=x$ であり、$n\ge1$ なら $\gamma_n(x)\in I$ である。
  2. $\gamma_n(x+y)=\sum_{i+j=n}\gamma_i(x)\gamma_j(y)$(和は $i,j\ge0$、$i+j=n$ を動く)。
  3. $\gamma_n(ax)=a^n\gamma_n(x)$。
  4. $\gamma_m(x)\gamma_n(x)=\dbinom{m+n}{m}\gamma_{m+n}(x)$。
  5. $\gamma_m(\gamma_n(x))=\dfrac{(mn)!}{m!\,(n!)^m}\gamma_{mn}(x)$($n\ge1$)。
    組 $(I,\gamma)$ を $A$ の PD イデアル、3 つ組 $(A,I,\gamma)$ を PD 環(分割冪環、divided power ring)という。$\gamma_n(x)$ を $x^{[n]}$ とも書く。PD 環の間の環準同型 $\varphi\colon A\to B$ が PD 環 $(A,I,\gamma)$ から $(B,J,\delta)$ への PD 準同型であるとは、$\varphi(I)\subset J$ かつ $\delta_n(\varphi(x))=\varphi(\gamma_n(x))$($x\in I$、$n\ge0$)が成り立つことをいう。

公理 5 に現れる係数 $\dfrac{(mn)!}{m!\,(n!)^m}$ は整数である。それは $mn$ 個のものを大きさ $n$ の $m$ 個の組に分ける分け方の個数(組の順序は区別しない)だからである。公理 4 の $\dbinom{m+n}{m}$ も整数なので、公理はすべて $\mathbb{Q}$ を使わずに $A$ の中で意味をもつ。公理 4 から $n!\,\gamma_n(x)=x^n$ が従い(prop-divided-power-basic)、$\gamma_n(x)$ は「$x^n/n!$」の役をする。$n!$ が $A$ で可逆でないとき $x^n/n!$ という元は定義できないが、$\gamma_n(x)$ という元を公理で指定することはできる。これが分割冪構造の考え方である。この公理系は Roby Rob65 によるもので、Berthelot Ber74 I §1 と BO78 §3 の定義に従った。

部分 PD イデアルと PD 冪零性

$(A,I,\gamma)$ を PD 環とする。イデアル $J\subset I$ が部分 PD イデアルであるとは、$n\ge1$ かつ $x\in J$ ならば $\gamma_n(x)\in J$ となることをいう。$n\ge1$ に対し、$I^{[n]}$ を、$x_1,\dots,x_r\in I$ と $n_1+\cdots+n_r\ge n$ なる整数 $n_i\ge0$ についての積 $\gamma_{n_1}(x_1)\cdots\gamma_{n_r}(x_r)$ の全体が生成するイデアルとする。$I^{[1]}=I$ であり、$x^n=n!\,\gamma_n(x)$ から $I^n\subset I^{[n]}$ である。ある $N\ge1$ について $I^{[N]}=0$ となるとき、$\gamma$ は PD 冪零(PD nilpotent)であるという。

PD 冪零なら $I^N\subset I^{[N]}=0$ なので $I$ は冪零イデアルである。逆は成り立たない(ex-divided-power-z4)。

両立する分割冪構造と PD 代数

$(A,I,\gamma)$ を PD 環、$B$ を $A$ 代数、$(J,\delta)$ を $B$ の PD イデアルとする。$\delta$ が $\gamma$ と両立するとは、イデアル $IB+J$ 上の分割冪構造 $\bar\delta$ であって、$J$ 上で $\delta$ に一致し、かつ構造射 $A\to B$ が $(A,I,\gamma)\to(B,IB+J,\bar\delta)$ の PD 準同型になるものが存在することをいう。このとき $(B,J,\delta)$ を $(A,I,\gamma)$ 上の PD 代数という。とくに $IB\subset J$ で $A\to B$ が PD 準同型なら $\delta$ は $\gamma$ と両立する。

直感

標数 $0$ の環では $\exp(x)=\sum_n x^n/n!$ や、$d/dx$ の $n$ 回反復を $n!$ で割った作用素 $\partial^{[n]}=\partial^n/n!$ が自由に使え、Taylor 展開 $f(x+h)=\sum_n\partial^{[n]}f(x)\,h^n$ や Poincaré 補題($d$ で閉じた微分形式は局所的に完全)が成り立つ。標数 $p$ では $p!$ が $0$ になるためこれらが壊れる。たとえば $t^{p-1}dt$ は閉形式だが原始関数 $t^p/p$ をもたない。分割冪構造は、元 $x^n/n!$ を「割り算の結果」としてではなく、二項定理・多項係数の恒等式・合成則(公理 2〜5)を満たす記号 $\gamma_n(x)$ として与える。これにより、$n!$ で割れない環の上でも、指数・対数・Taylor 展開に類する計算を、$I$ の元に限って実行できる。$p$ 進整数環 $\mathbb{Z}_p$ のイデアル $(p)$ では $p^n/n!$ が実際に $p$ で割り切れるので、この環は最初から分割冪構造を備えており(ex-divided-power-zp)、これが Witt ベクトル環(Wittベクトル)上で結晶コホモロジーを定める際の出発点になる。

例と反例

有理数体を含む環

$A$ が $\mathbb{Q}$ 代数(すべての $0$ でない整数が $A$ で可逆)なら、任意のイデアル $I$ に対し $\gamma_n(x):=x^n/n!$ は $I$ 上の分割冪構造であり、これが $I$ 上のただ 1 つの分割冪構造である(prop-divided-power-rational)。この場合 $I$ が冪零イデアル($I^N=0$)なら $\gamma_{n_1}(x_1)\cdots\gamma_{n_r}(x_r)\in I^{n_1+\cdots+n_r}$ なので $I^{[N]}\subset I^N=0$ となり、$\gamma$ は PD 冪零である。標数 $0$ の環では分割冪構造は新しい情報を何も持たず、記号 $\gamma_n(x)$ は $x^n/n!$ の書き換えにすぎない。

p 進整数環と Witt ベクトル環

$p$ を素数、$\mathbb{Z}_p$ を $p$ 進整数環(p進数)、$v$ を $v(p)=1$ と正規化した $p$ 進付値(p進付値)とする。$I=p\mathbb{Z}_p$ 上に
$$ \gamma_n(x):=\frac{x^n}{n!}\qquad(x\in p\mathbb{Z}_p) $$
とおく。右辺は $\mathbb{Q}_p$ の元として定義される。これが $p\mathbb{Z}_p$ の元であることを示す。$n\ge1$ について $v(n!)=\sum_{k\ge1}\lfloor n/p^k\rfloor$ である($1,\dots,n$ のうち $p^k$ の倍数は $\lfloor n/p^k\rfloor$ 個あり、各 $j$ は $v(j)$ 回数えられる)。$n/p^k$ が整数でない $k$ が必ずあるので
$$ v(n!)=\sum_{k\ge1}\left\lfloor\frac{n}{p^k}\right\rfloor<\sum_{k\ge1}\frac{n}{p^k}=\frac{n}{p-1}\le n $$
であり、$v(n!)$ は整数だから $v(n!)\le n-1$ である。よって $x=py$($y\in\mathbb{Z}_p$)に対し $v(x^n/n!)=n+nv(y)-v(n!)\ge n-(n-1)=1$、すなわち $\gamma_n(x)\in p\mathbb{Z}_p$ である。公理 1〜5 は $\mathbb{Q}_p$ の中で $x^n/n!$ について成り立つ恒等式(prop-divided-power-rational の証明)なので、その制限として成り立つ。$\mathbb{Z}_p$ は $\mathbb{Z}$ 上捩れをもたないので、これが $p\mathbb{Z}_p$ 上のただ 1 つの分割冪構造である(prop-divided-power-rational)。
$k$ を標数 $p$ の完全体、$W=W(k)$ をその Witt ベクトル環(Wittベクトル)とする。$W$ は $p$ を素元とする完備(完備化)離散付値環で $\mathbb{Z}$ 上捩れをもたないので、同じ式 $\gamma_n(x)=x^n/n!$($W[1/p]$ の中で計算)が $pW$ 上のただ 1 つの分割冪構造を与える。これを $pW$ の標準的な分割冪構造という。さらに $m\ge1$ について $p^mW\subset pW$ は部分 PD イデアルである。実際 $\gamma_n(p^my)=p^{mn}y^n/n!$ の付値は $mn-v(n!)\ge mn-(n-1)\ge m$ である。したがって prop-divided-power-quotient により、$W_m:=W/p^mW$ のイデアル $pW_m$、とくに $\mathbb{Z}/p^m$ のイデアル $(p)$ には標準的な分割冪構造が降りる。PD 環 $(W,pW,\gamma)$ と $(W_m,pW_m,\gamma)$ が結晶コホモロジーの底になる(rem-divided-power-crystalline)。

分割冪多項式環

$\mathbb{Q}[x]$ の部分加群
$$ \mathbb{Z}\langle x\rangle:=\bigoplus_{n\ge0}\mathbb{Z}\,x^{[n]},\qquad x^{[n]}:=\frac{x^n}{n!} $$
は $\mathbb{Q}[x]$ の部分環であり、$x^{[n]}$($n\ge1$)が張るイデアル $I$ 上に $\gamma_n(f)=f^n/n!$ が分割冪構造を定める(prop-divided-power-polynomial-ring)。$\mathbb{Z}\langle x\rangle$ を 1 変数の分割冪多項式環(divided power polynomial ring)という。積は $x^{[m]}x^{[n]}=\binom{m+n}{m}x^{[m+n]}$ で与えられ、$x^n=n!\,x^{[n]}$ である。$\mathbb{Z}\langle x\rangle$ は $\mathbb{Z}$ 上捩れをもたないので $I$ 上の分割冪構造はこれ 1 つに限る。$\mathbb{Z}\langle x\rangle$ は、PD 環 $(A,J,\delta)$ と元 $y\in J$ を与えるごとに $x\mapsto y$ で PD 準同型 $\mathbb{Z}\langle x\rangle\to A$ が定まるという意味で、分割冪構造の計算を普遍的な場合に帰着させる道具である(この普遍性は thm-divided-power-envelope の特別な場合である)。
任意の環 $A$ に対し $A\langle x\rangle:=A\otimes_{\mathbb{Z}}\mathbb{Z}\langle x\rangle$ も、$x^{[n]}$($n\ge1$)が張るイデアル上に $\gamma_n(x^{[m]})=\frac{(mn)!}{n!\,(m!)^n}x^{[mn]}$ で定まる分割冪構造をもつ(BO78 §3、Sta 「Divided Power Algebra」の章)。本記事で証明するのは $A=\mathbb{Z}$ の場合と、そこから prop-divided-power-quotient で降ろせる $A=\mathbb{F}_p$ の場合である。$\mathbb{F}_p\langle x\rangle=\mathbb{Z}\langle x\rangle/p\mathbb{Z}\langle x\rangle$ については、$I\cap p\mathbb{Z}\langle x\rangle=pI$ が部分 PD イデアルであること($\gamma_n(pf)=p^n\gamma_n(f)\in pI$、$n\ge1$)から分割冪構造が降りる。

切り詰めた多項式環(標数 $p$)

$p$ を素数、$B=\mathbb{F}_p[t]/(t^p)$、$J=(t)$ とする。$J^p=(t^p)=0$ なので、prop-divided-power-char-p により
$$ \gamma_n(y)=\begin{cases}y^n/n!&(0\le n\le p-1)\\ 0&(n\ge p)\end{cases}\qquad(y\in J) $$
は $J$ 上の分割冪構造である($n\le p-1$ なら $n!$ は $\mathbb{F}_p$ で可逆)。この構造は PD 冪零である($J^{[p]}=0$。$n_1+\cdots+n_r\ge p$ なら、ある $n_i\ge p$ で $\gamma_{n_i}=0$ となるか、すべて $n_i\le p-1$ で積は $J^{n_1+\cdots+n_r}\subset J^p=0$ に入る)。同じ環は $\mathbb{F}_p\langle t\rangle$ を $t^{[n]}$($n\ge p$)が生成する部分 PD イデアルで割ったものとしても得られる(lem-divided-power-generated)。$t^{[n]}=t^n/n!$($n\le p-1$)だからである。

反例:標数 p で分割冪構造をもたないイデアル

$\mathbb{F}_p[t]$ のイデアル $(t)$ と、$\mathbb{F}_p[t]/(t^{p+1})$ のイデアル $(t)$ は、どちらも分割冪構造をもたない。cor-divided-power-frobenius により、標数 $p$ の環の PD イデアルの元 $x$ は $x^p=p!\,\gamma_p(x)=0$ を満たさねばならないが、どちらの環でも $t^p\ne0$ だからである。これらのイデアルは「$\mathbb{F}_p$ 代数のイデアルである」という性質を満たし、後者は「冪零イデアルである」ことも満たすが、「$p$ 乗が消える」という必要条件を満たさず、「イデアルはつねに分割冪構造をもつ」という含意が標数 $p$ では破れることを示す。$t^p=0$ となる ex-divided-power-char-p との対比が要点である。

反例:Z/4 の (2) 上の 2 つの分割冪構造

$A=\mathbb{Z}/4$、$I=(2)=\{0,2\}$ とする。$I^2=0$ である。$I$ 上には少なくとも 2 つの異なる分割冪構造がある。
(a) 標準的な構造。ex-divided-power-zp の $p=2$、$m=2$ の場合であり、$\gamma_n(2)$ は $2^n/n!\in\mathbb{Z}_2$ を $4$ で割った余りである。$k\ge1$ について $v(2^{2^k}/(2^k)!)=2^k-\sum_{i=1}^{k}2^{k-i}=2^k-(2^k-1)=1$ なので、$2^{2^k}/(2^k)!$ は $2$ 倍の $2$ 進単元であり、$\gamma_{2^k}(2)=2\ne0$ が $A$ の中ですべての $k\ge1$ で成り立つ。$\gamma_{2^k}(2)\in I^{[2^k]}$ だから $I^{[N]}\ne0$ がすべての $N$ で成り立ち、この構造は PD 冪零でない。
(b) 自明な構造。$\gamma_0(x)=1$、$\gamma_1(x)=x$、$\gamma_n(x)=0$($n\ge2$、$x\in I$)とおく。公理 1 は明らか。公理 2 は、$n\ge2$ のとき左辺が $0$ で、右辺の項は $i=j=1$ の $xy\in I^2=0$ を除いてすべて $\gamma_i$ または $\gamma_j$($i,j\ge2$)を含むので $0$ である。公理 3 は、$n\ge2$ で両辺が $0$、$n\le1$ で明らか。公理 4 は、$m,n\ge1$ なら左辺が $I^2=0$ の元、右辺が $\gamma_{m+n}=0$ の倍数で、$m=0$ または $n=0$ なら明らか。公理 5 は、$n\ge2$ なら $\gamma_n(x)=0$ で $\gamma_m(0)=0$($m\ge1$)かつ $\gamma_{mn}(x)=0$、$n=1$ なら係数が $1$ で明らか、$m=0$ なら両辺 $1$ である。
(a) では $\gamma_2(2)=2$、(b) では $\gamma_2(2)=0$ なので両者は異なる。したがって、$\mathbb{Z}$ 上捩れをもつ環では分割冪構造は一意でなく(prop-divided-power-rational の一意性は「$\mathbb{Z}$ 上捩れなし」を落とすと破れる)、また (a) は「$I$ が冪零イデアルである」ことを満たすが「PD 冪零である」ことを満たさず、「冪零イデアル上の分割冪構造は PD 冪零である」という含意が破れることを示す。標数 $0$(ex-divided-power-rational)でこの含意が成り立つのと対照的である。

一意でない標数 $p$ の例

$B=\mathbb{F}_p[t,s]/(t^p,\,ts,\,s^2)$、$J=(t,s)$ とする。$B$ は $1,t,\dots,t^{p-1},s$ を基底とする $\mathbb{F}_p$ 上 $p+1$ 次元の環で、$J^p=0$ である($J^p$ を張る単項式 $t^is^j$($i+j=p$)は、$j=0$ なら $t^p=0$、$i\ge1$ かつ $j\ge1$ なら $ts=0$ の倍数、$j=p\ge2$ なら $s^2=0$ の倍数)。よって prop-divided-power-char-p により $\gamma_p(t)=0$ とする分割冪構造 $\gamma$ がある。一方 $\mathbb{F}_p\langle t\rangle$(ex-divided-power-polynomial)において、$t^{[n]}$($n\ge p+1$)が生成するイデアル $K$ は部分 PD イデアルである(lem-divided-power-generated。$\gamma_m(t^{[n]})=\frac{(mn)!}{m!\,(n!)^m}t^{[mn]}$ で $mn\ge p+1$)。商 $\mathbb{F}_p\langle t\rangle/K$ は $t^{[0]},\dots,t^{[p]}$ を基底とし、$t:=t^{[1]}$、$s:=t^{[p]}$ とおくと $t^i=i!\,t^{[i]}$($i\le p$)、とくに $t^p=p!\,t^{[p]}=0$、$ts=(p+1)t^{[p+1]}=0$、$s^2=\binom{2p}{p}t^{[2p]}=0$ である。$t^i$($i\le p-1$)と $s$ は基底 $t^{[i]}$ の $0$ でない定数倍だから、$t,s$ を送る環準同型 $B\to\mathbb{F}_p\langle t\rangle/K$ は全射で、両辺の次元が $p+1$ なので同型である。prop-divided-power-quotient によりこの商には分割冪構造 $\gamma'$ が降り、$\gamma'_p(t)=t^{[p]}=s\ne0$ である。$\gamma_p(t)=0\ne s=\gamma'_p(t)$ なので、$J$ 上の分割冪構造は一意でない。

性質

基本的な恒等式

分割冪の基本恒等式

$(A,I,\gamma)$ を PD 環、$x,y\in I$、$n\ge1$ とする。

  1. $n!\,\gamma_n(x)=x^n$。とくに $x^n\in n!\,A$ である。
  2. $\gamma_n(0)=0$。
  3. $\gamma_n(-x)=(-1)^n\gamma_n(x)$。
  4. $\gamma_n(xy)=x^n\gamma_n(y)=n!\,\gamma_n(x)\gamma_n(y)$。
  5. $m\ge1$ について $\gamma_m(I^{[n]})\subset I^{[mn]}$ である。とくに各 $I^{[n]}$ は部分 PD イデアルである。
  1. $n$ に関する数学的帰納法。$n=1$ は公理 1。公理 4 で $m=1$、$n$ を $n-1$ とすると $x\,\gamma_{n-1}(x)=\binom{n}{1}\gamma_n(x)=n\gamma_n(x)$ である。両辺に $(n-1)!$ を掛け、帰納法の仮定 $(n-1)!\,\gamma_{n-1}(x)=x^{n-1}$ を使うと $x^n=n!\,\gamma_n(x)$ を得る。
  2. 公理 3 で $a=0$ とすると $\gamma_n(0)=\gamma_n(0\cdot x)=0^n\gamma_n(x)=0$。
  3. 公理 3 で $a=-1$ とすればよい。
  4. 公理 3 で $a=x$ とすると $\gamma_n(xy)=x^n\gamma_n(y)$。1 により $x^n=n!\,\gamma_n(x)$ である。
  5. $I^{[n]}$ の生成元 $z=\gamma_{n_1}(x_1)\cdots\gamma_{n_r}(x_r)$($\sum n_i\ge n$)をとる。$\gamma_0=1$ なので、すべての $n_i\ge1$ としてよい。$r=1$ のときは公理 5 により $\gamma_m(\gamma_{n_1}(x_1))$ は $\gamma_{mn_1}(x_1)\in I^{[mn]}$ の整数倍である。$r\ge2$ のときは $z=z'\gamma_{n_r}(x_r)$($z'\in A$)と書き、公理 3 により $\gamma_m(z)=z'^m\gamma_m(\gamma_{n_r}(x_r))$ で、これは $\gamma_{mn_r}(x_r)$ の $A$ 倍である。一方 $z'^m=\gamma_{n_1}(x_1)^m\cdots\gamma_{n_{r-1}}(x_{r-1})^m$ であり、公理 4 を繰り返せば $\gamma_{n_i}(x_i)^m$ は $\gamma_{mn_i}(x_i)$ の整数倍である。よって $\gamma_m(z)$ は $\gamma_{mn_1}(x_1)\cdots\gamma_{mn_r}(x_r)$ の $A$ 倍で、$\sum mn_i\ge mn$ だから $I^{[mn]}$ に入る。一般の元 $\sum_ja_jz_j$($z_j$ は生成元)については、公理 2 と 3 を繰り返して $\gamma_m(\sum_ja_jz_j)=\sum\prod_ja_j^{m_j}\gamma_{m_j}(z_j)$(和は $\sum_jm_j=m$ を動く)となる。生成元の場合により $\gamma_{m_j}(z_j)\in I^{[m_jn]}$($m_j\ge1$)であり、生成元の積を見れば $I^{[k]}I^{[l]}\subset I^{[k+l]}$ だから、各項は $I^{[\sum_jm_jn]}=I^{[mn]}$ に入る。$I^{[mn]}\subset I^{[n]}$ だから、部分 PD イデアルであることも従う。

有理数体を含む環と捩れのない環

有理数体上の存在と捩れのない環での一意性
  1. $A$ が $\mathbb{Q}$ 代数なら、任意のイデアル $I\subset A$ に対し $\gamma_n(x):=x^n/n!$ は $I$ 上の分割冪構造である。
  2. $A$ が $\mathbb{Z}$ 上捩れをもたない($n\ge1$、$a\in A$、$na=0$ ならば $a=0$)なら、$A$ の各イデアルは高々 1 つの分割冪構造しかもたない。とくに $\mathbb{Q}$ 代数のイデアル上の分割冪構造は 1 の式で与えられるものに限る。
  1. 公理 1 と 3 は明らか($x^n/n!\in I$ は $n\ge1$ で $x^n\in I$ による)。公理 2 は二項定理 $(x+y)^n=\sum_{i+j=n}\binom{n}{i}x^iy^j$ の両辺を $n!$ で割り、$\binom{n}{i}/n!=1/(i!\,j!)$ を使えばよい。公理 4 は $\dfrac{x^m}{m!}\dfrac{x^n}{n!}=\dfrac{(m+n)!}{m!\,n!}\dfrac{x^{m+n}}{(m+n)!}$ である。公理 5 は $\dfrac{1}{m!}\left(\dfrac{x^n}{n!}\right)^m=\dfrac{(mn)!}{m!\,(n!)^m}\dfrac{x^{mn}}{(mn)!}$ である。
  2. $\gamma,\gamma'$ を $I$ 上の 2 つの分割冪構造とする。prop-divided-power-basic の 1 により $n!\,\gamma_n(x)=x^n=n!\,\gamma'_n(x)$、すなわち $n!\,(\gamma_n(x)-\gamma'_n(x))=0$ である。$A$ は捩れをもたないので $\gamma_n(x)=\gamma'_n(x)$ である。$\mathbb{Q}$ 代数は捩れをもたない($na=0$ なら $a=n^{-1}na=0$)ので、後半も従う。

部分 PD イデアルと商

生成元による部分 PD イデアルの判定

$(A,I,\gamma)$ を PD 環、$S\subset I$ を部分集合、$K$ を $S$ が生成する $A$ のイデアルとする。$K$ が部分 PD イデアルであるための必要十分条件は、すべての $s\in S$ と $n\ge1$ について $\gamma_n(s)\in K$ となることである。

必要性は定義から明らかである。十分性を示す。まず公理 2 を $r$ に関する帰納法で繰り返すと、$x_1,\dots,x_r\in I$ について
$$ \gamma_n(x_1+\cdots+x_r)=\sum_{n_1+\cdots+n_r=n}\gamma_{n_1}(x_1)\cdots\gamma_{n_r}(x_r) $$
である。$K$ の元は $z=\sum_{i=1}^ra_is_i$($a_i\in A$、$s_i\in S$)と書けるので、この式と公理 3 により
$$ \gamma_n(z)=\sum_{n_1+\cdots+n_r=n}a_1^{n_1}\cdots a_r^{n_r}\,\gamma_{n_1}(s_1)\cdots\gamma_{n_r}(s_r) $$
である。$n\ge1$ なので各項にはある $n_i\ge1$ があり、仮定により $\gamma_{n_i}(s_i)\in K$ である。よって各項は $K$ に入り、$\gamma_n(z)\in K$ である。

商環への降下

$(A,I,\gamma)$ を PD 環、$K\subset A$ をイデアルとし、$I\cap K$ が $I$ の部分 PD イデアルであるとする。$\bar A:=A/K$、$\bar I:=(I+K)/K\cong I/(I\cap K)$ とおく。このとき $\bar I$ 上の分割冪構造 $\bar\gamma$ で、自然な全射 $A\to\bar A$ が PD 準同型 $(A,I,\gamma)\to(\bar A,\bar I,\bar\gamma)$ になるものがただ 1 つ存在する。

$\bar\gamma_n(\bar x):=\overline{\gamma_n(x)}$($x\in I$、$\bar x$ は $x$ の類)と定めたい。well-defined であること:$x,x'\in I$ が同じ類を定めるなら $k:=x'-x\in I\cap K$ である。公理 2 により
$$ \gamma_n(x')=\gamma_n(x+k)=\gamma_n(x)+\sum_{j=1}^{n}\gamma_{n-j}(x)\gamma_j(k) $$
であり、$j\ge1$ について $\gamma_j(k)\in I\cap K\subset K$(部分 PD イデアルの仮定)なので $\gamma_n(x')\equiv\gamma_n(x)\pmod K$ である。よって $\bar\gamma_n$ は $\bar I$ 上の写像として定まる。$n\ge1$ なら $\gamma_n(x)\in I$ だから $\bar\gamma_n(\bar x)\in\bar I$ である。公理 1〜5 は、$A$ で成り立つ等式を $\bar A$ に写したものなので成り立つ($\bar I$ の元はすべて $I$ の元の類であり、$\bar A$ の元はすべて $A$ の元の類である)。全射 $A\to\bar A$ が PD 準同型であることは定義そのものであり、PD 準同型の条件 $\bar\gamma_n(\bar x)=\overline{\gamma_n(x)}$ が $\bar\gamma$ を決めるので一意性も従う。

分割冪多項式環の構成

分割冪多項式環

$\mathbb{Q}[x]$ の中で $x^{[n]}:=x^n/n!$ とおき、$\mathbb{Z}\langle x\rangle:=\bigoplus_{n\ge0}\mathbb{Z}\,x^{[n]}$、$I:=\bigoplus_{n\ge1}\mathbb{Z}\,x^{[n]}$ とおく。

  1. $\mathbb{Z}\langle x\rangle$ は $\mathbb{Q}[x]$ の部分環であり、$x^{[m]}x^{[n]}=\binom{m+n}{m}x^{[m+n]}$ である。
  2. $I$ は $\mathbb{Z}\langle x\rangle$ のイデアルである。
  3. $f\in I$ と $n\ge0$ に対し $\gamma_n(f):=f^n/n!$($\mathbb{Q}[x]$ の中で計算)は $\mathbb{Z}\langle x\rangle$ の元であり、$n\ge1$ なら $I$ の元である。$\gamma$ は $I$ 上の分割冪構造であり、$\gamma_n(x^{[m]})=\dfrac{(mn)!}{n!\,(m!)^n}x^{[mn]}$ である。
  1. $x^{[0]}=1\in\mathbb{Z}\langle x\rangle$ であり、加法で閉じていることは定義から明らか。$x^{[m]}x^{[n]}=\dfrac{x^{m+n}}{m!\,n!}=\dfrac{(m+n)!}{m!\,n!}\dfrac{x^{m+n}}{(m+n)!}=\binom{m+n}{m}x^{[m+n]}$ で、$\binom{m+n}{m}$ は整数だから、基底の積は $\mathbb{Z}\langle x\rangle$ に入る。分配法則により一般の元の積も入る。
  2. $n\ge1$ なら $m+n\ge1$ なので、1 の式により $x^{[m]}x^{[n]}\in I$ である。よって $\mathbb{Z}\langle x\rangle\cdot I\subset I$ である。
  3. $\mathbb{Q}[x]$ のイデアル $x\mathbb{Q}[x]$ には prop-divided-power-rational の分割冪構造 $g\mapsto g^n/n!$ があり、$I\subset x\mathbb{Q}[x]$ である。$f=\sum_{k=1}^ra_kx^{[k]}$($a_k\in\mathbb{Z}$)とすると、lem-divided-power-generated の証明の式($\mathbb{Q}[x]$ の中で適用する)により
    $$ \gamma_n(f)=\sum_{n_1+\cdots+n_r=n}a_1^{n_1}\cdots a_r^{n_r}\,\gamma_{n_1}(x^{[1]})\cdots\gamma_{n_r}(x^{[r]}) $$
    である。ここで $\gamma_m(x^{[k]})=\dfrac{1}{m!}\left(\dfrac{x^k}{k!}\right)^m=\dfrac{(mk)!}{m!\,(k!)^m}x^{[mk]}$ であり、係数は整数($mk$ 個のものを大きさ $k$ の $m$ 組に分ける分け方の個数)だから $\gamma_m(x^{[k]})\in\mathbb{Z}\langle x\rangle$、$m\ge1$ なら $I$ の元である。$n\ge1$ なら各項にある $n_i\ge1$ があるので、1 により各項は $I$ に入り、$\gamma_n(f)\in I$ である。$n=0$ なら $\gamma_0(f)=1$ である。公理 1〜5 は $\mathbb{Q}[x]$ の中で成り立つ等式であり、両辺が $\mathbb{Z}\langle x\rangle$ の元なので、そのまま $\mathbb{Z}\langle x\rangle$ で成り立つ。

p 乗が消えるイデアル

p 乗が消えるイデアル上の分割冪構造

$p$ を素数、$A$ を $\mathbb{F}_p$ 代数($p\cdot1=0$ となる環)、$J\subset A$ を $J^p=0$ なるイデアルとする。$y\in J$ に対し
$$ \gamma_n(y):=\begin{cases}y^n/n!&(0\le n\le p-1)\\ 0&(n\ge p)\end{cases} $$
とおく($n\le p-1$ なら $n!$ は $p$ で割れないので $A$ で可逆)。$\gamma$ は $J$ 上の分割冪構造であり、PD 冪零である($J^{[p]}=0$)。

公理 1 は明らか。以下 $x,y\in J$、$a\in A$ とする。
公理 2。$n\le p-1$ なら、$i+j=n$ なる $i,j$ も $p-1$ 以下で、$\dfrac{(x+y)^n}{n!}=\sum_{i+j=n}\dfrac{x^iy^j}{i!\,j!}$ は二項定理である。$n\ge p$ なら左辺は $0$ であり、右辺の項 $\gamma_i(x)\gamma_j(y)$ は、$i\ge p$ または $j\ge p$ なら $0$、そうでなければ $x^iy^j/(i!\,j!)$ で $i+j=n\ge p$ だから $x^iy^j\in J^{p}=0$ である。
公理 3。$n\le p-1$ なら $(ay)^n/n!=a^ny^n/n!$、$n\ge p$ なら両辺 $0$ である。
公理 4。$m+n\le p-1$ なら $\dfrac{y^m}{m!}\dfrac{y^n}{n!}=\binom{m+n}{m}\dfrac{y^{m+n}}{(m+n)!}$ である。$m+n\ge p$ なら右辺は $0$ であり、左辺は $m\ge p$ または $n\ge p$ なら $0$、そうでなければ $y^{m+n}/(m!\,n!)$ で $y^{m+n}\in J^p=0$ である。
公理 5($n\ge1$)。$m=0$ なら両辺 $1$ である。$n\ge p$ なら $\gamma_n(y)=0$、$\gamma_m(0)=0$($m\ge1$)で、$mn\ge p$ だから右辺も $0$ である。$n\le p-1$ かつ $mn\le p-1$ なら $m\le p-1$ で、$\gamma_m(y^n/n!)=\dfrac{y^{mn}}{m!\,(n!)^m}=\dfrac{(mn)!}{m!\,(n!)^m}\dfrac{y^{mn}}{(mn)!}$ である。$n\le p-1$ かつ $mn\ge p$ なら右辺は $0$ であり、左辺は $m\ge p$ なら $0$、$m\le p-1$ なら $y^{mn}/(m!\,(n!)^m)$ で $y^{mn}\in J^p=0$ である。
PD 冪零性。$\gamma_{n_1}(x_1)\cdots\gamma_{n_r}(x_r)$ で $\sum n_i\ge p$ とする。ある $n_i\ge p$ なら因子 $\gamma_{n_i}(x_i)=0$ である。すべて $n_i\le p-1$ なら、積は $x_1^{n_1}\cdots x_r^{n_r}$ の定数倍で、$J^{\sum n_i}\subset J^p=0$ に入る。よって $J^{[p]}=0$ である。

PD イデアルの元の p 乗

$(A,I,\gamma)$ を PD 環とし、$A$ が $\mathbb{F}_p$ 代数であるとする。このとき $x\in I$ ならば $x^p=0$ である。したがって $\mathbb{F}_p$ 代数のイデアル $I$ が分割冪構造をもつなら $x^p=0$($x\in I$)が必要であり、$I$ が有限個の元 $x_1,\dots,x_r$ で生成されるなら $I^{r(p-1)+1}=0$、すなわち $I$ は冪零イデアルである。

prop-divided-power-basic の 1 により $x^p=p!\,\gamma_p(x)$ であり、$p!=p\cdot(p-1)!$ は $A$ で $0$ である。後半:$I^{N}$($N=r(p-1)+1$)は $x_1^{n_1}\cdots x_r^{n_r}$($\sum n_i=N$)の $A$ 倍の和で張られ、$\sum n_i=N>r(p-1)$ ならある $n_i\ge p$ なので $x_i^{n_i}=0$ である。

$J^p=0$ は分割冪構造の存在の十分条件(prop-divided-power-char-p)であり、$x^p=0$($x\in J$)は必要条件(cor-divided-power-frobenius)である。両者の間には隙間があり、$x^p=0$ が各元で成り立っても $J^p\ne0$ でありうる。標数 $p$ では分割冪構造の存在も一意性も一般には保証されない(ex-divided-power-no-pd、ex-divided-power-nonunique-char-p、BO78 §3)。

分割冪包絡

$\mathbb{Q}$ 代数でない環では、与えられたイデアルが分割冪構造をもつとは限らない。そこで、環とイデアルを最小限に取り替えて分割冪構造を「付け加える」普遍的な構成が要る。それが分割冪包絡である。

分割冪包絡の存在

$(A,I,\gamma)$ を PD 環、$B$ を $A$ 代数、$J\subset B$ を $IB\subset J$ なるイデアルとする。このとき $B$ 代数 $D=D_{B,\gamma}(J)$ と、その PD イデアル $(\bar J,\bar\gamma)$ で次を満たすものが存在し、同型を除いて一意である。

  1. $JD\subset\bar J$ であり、$\bar\gamma$ は $\gamma$ と両立する。
  2. 普遍性:$C$ を $B$ 代数、$(K,\delta)$ を $C$ の PD イデアルで $JC\subset K$ かつ $\delta$ が $\gamma$ と両立するものとすると、$B$ 代数の PD 準同型 $(D,\bar J,\bar\gamma)\to(C,K,\delta)$ がただ 1 つ存在する。
    $D_{B,\gamma}(J)$ を $J$ の($\gamma$ と両立する)分割冪包絡(divided power envelope、PD 包絡)という。
分割冪包絡の出典と例

証明は BO78 §3(Theorem 3.19)に譲る。構成の筋は次のとおりである。まず $B$ 加群 $J$ に対し、$J$ の元 $x$ の記号的な分割冪 $x^{[n]}$ で生成され公理 1〜5 に対応する関係式だけを課した $B$ 代数(加群の分割冪代数 $\Gamma_B(J)$)を作り、次に $J\subset B$ の積構造との両立($x\in J$ の $B$ での積 $x\cdot y$ と $x^{[1]}y^{[1]}$ の同一視)と $\gamma$ との両立を表す関係式で割る。得られる商が $D$ であり、$x^{[n]}$ の類が $\bar\gamma_n(x)$ である。一意性は普遍性から従う。
例:$I=0$、$B=A[t_1,\dots,t_n]$、$J=(t_1,\dots,t_n)$ のとき $D=A\langle t_1,\dots,t_n\rangle$ は $n$ 変数の分割冪多項式環で、$A$ 加群として $t^{[\alpha]}:=\prod_it_i^{[\alpha_i]}$($\alpha\in\mathbb{N}^n$)を基底とする自由加群、積は $t^{[\alpha]}t^{[\beta]}=\prod_i\binom{\alpha_i+\beta_i}{\alpha_i}t^{[\alpha+\beta]}$ である(BO78 §3、Sta)。$A=\mathbb{Z}$、$n=1$ の場合が prop-divided-power-polynomial-ring の $\mathbb{Z}\langle x\rangle$ である。$B$ が $\mathbb{Q}$ 代数なら $D=B$、$\bar J=J$ である($J$ 上の唯一の分割冪構造が普遍性を満たす。$C$ も $\mathbb{Q}$ 代数なので $B\to C$ は自動的に PD 準同型である)。一般には $B\to D$ は単射でも全射でもない。たとえば $B=\mathbb{F}_p[t]$、$J=(t)$、$I=0$ のとき $D=\mathbb{F}_p\langle t\rangle$ であり、$B\to D$ は $t^p\mapsto p!\,t^{[p]}=0$ を満たすので単射でない(ex-divided-power-no-pd と整合する)。
分割冪包絡の重要な性質として、$B$ が $A$ 上平坦(平坦加群)なら $D_{B,\gamma}(J)$ の構成は底変換や局所化と両立し、$B$ が $A$ 上滑らか(滑らかな射)で $J$ が滑らかな閉部分スキームを定めるなら $D$ は局所的に分割冪多項式環の形になる(いずれも BO78 §3)。この性質が結晶コホモロジーの Poincaré 補題の基礎である(rem-divided-power-crystalline)。

指数と対数

分割冪イデアル上の指数と対数

$(A,I,\gamma)$ を PD 環とし、$\gamma$ は PD 冪零であるとする。$x\in I$ に対し
$$ \exp(x):=\sum_{n\ge0}\gamma_n(x),\qquad\log(1+x):=\sum_{n\ge1}(-1)^{n-1}(n-1)!\,\gamma_n(x) $$
とおく。どちらも有限和である($\gamma_n(x)\in I^{[n]}$ が十分大きい $n$ で $0$)。このとき $\exp\colon(I,+)\to(1+I,\times)$ と $\log\colon(1+I,\times)\to(I,+)$ は互いに逆な群の同型(群同型)である。

指数・対数の証明の筋と出典

証明は BO78 §3 と Ber74 I §1 に譲る。筋は次のとおり。$\exp(x+y)=\exp(x)\exp(y)$ は公理 2 を $n$ について足し合わせたものそのものである。$\log(\exp(x))=x$ と $\exp(\log(1+x))=1+x$ は、$\mathbb{Q}[\![X]\!]$ における通常の冪級数(形式的冪級数)の恒等式 $\log(\exp X)=X$、$\exp(\log(1+X))=1+X$ に帰着する。$\exp X=\sum_nX^{[n]}$、$\log(1+X)=\sum_{n\ge1}(-1)^{n-1}(n-1)!\,X^{[n]}$ の係数は整数であり、合成を展開したときの各 $X^{[n]}$ の係数も、prop-divided-power-polynomial-ring により $\mathbb{Z}\langle X\rangle$ の完備化 $\prod_n\mathbb{Z}X^{[n]}$ の中で計算できるので整数である。$X^{[n]}\mapsto\gamma_n(x)$ は、公理 4 により $\prod_n\mathbb{Z}X^{[n]}$ から $A$ への環準同型を定め($\gamma_n(x)=0$($n\ge N$)により有限和になる)、さらに公理 2・3・5 により $\gamma_m$ と可換、すなわち PD 準同型である(ex-divided-power-polynomial で述べた $\mathbb{Z}\langle x\rangle$ の普遍性)。この PD 準同型で恒等式を送れば $A$ での恒等式を得る。この定理は Grothendieck Gro68c 7.4 が結晶景の定義に分割冪を入れた理由として挙げたものであり、そこでは $\log$ の符号が $(-1)^n$ と印字されているが、$\exp$ の逆になるのは上の $(-1)^{n-1}$ である。
PD 冪零性を外すと和が無限になり、$A$ が $p$ 進完備であるなどの収束の仮定が要る。たとえば $(\mathbb{Z}_p,p\mathbb{Z}_p,\gamma)$(ex-divided-power-zp)では、$p\ge3$ なら $v(p^n/n!)\ge n-\frac{n-1}{p-1}\ge\frac{n+1}{2}\to\infty$ なので $\exp(px)=\sum_np^nx^n/n!$ は $p$ 進収束するが、$p=2$ では $v(2^{2^k}/(2^k)!)=1$(ex-divided-power-z4)が $\infty$ に向かわないので $\exp(2)$ の級数は収束しない。また $\log\colon1+2\mathbb{Z}_2\to2\mathbb{Z}_2$ は収束するが $\log(-1)=0$ なので単射でない。PD 冪零性は、こうした収束の問題を代数的に回避する条件である。標数 $p$ の PD 冪零な PD イデアル(ex-divided-power-char-p)では $\exp(y)=\sum_{n< p}y^n/n!$ は切り詰めた指数関数である。

結晶コホモロジーでの役割

結晶コホモロジーでの役割

$k$ を標数 $p$ の完全体、$W=W(k)$、$W_n=W/p^nW$ とし、$X$ を $k$ 上のスキーム(スキーム)とする。結晶コホモロジー $H^i_{\mathrm{cris}}(X/W)$ は、$W_n$ 上の結晶景(crystalline site。景は Grothendieck位相 をもつ圏)$\operatorname{Cris}(X/W_n)$ 上の構造層のコホモロジーの射影極限として定義される。結晶景の対象は、$X$ の開集合 $U$ の $W_n$ スキームへの冪零な閉埋め込み(閉埋め込み)$U\hookrightarrow T$ に、そのイデアル層 $\mathcal{I}_T$ 上の分割冪構造 $\gamma$ であって底 $(W_n,pW_n,\gamma)$(ex-divided-power-zp)の標準的な分割冪構造と両立するものを添えた 3 つ組 $(U\hookrightarrow T,\gamma)$ である(Berthelot Ber74、BO78 §5)。分割冪構造が要る理由は 3 つある。

  1. Poincaré 補題。$X$ が $W_n$ 上の滑らかな $Y$ に埋め込まれるとき、$X$ の $Y$ における無限小近傍のかわりに分割冪包絡 $D_X(Y)$(thm-divided-power-envelope)をとると、$D_X(Y)$ の de Rham 複体(de Rhamコホモロジー)は $X$ の結晶コホモロジーを計算する。分割冪がないと、標数 $p$ では $t^{p-1}dt$ の原始関数 $t^{[p]}=t^p/p!$ が存在せず Poincaré 補題が破れる。分割冪多項式環 $A\langle t\rangle$ では $d(t^{[n]})=t^{[n-1]}dt$ が成り立ち、$\mathbb{A}^1$ の de Rham 複体の $H^1$ が消える。$X$ が固有かつ滑らかで $W$ 上に滑らかな持上げ $\mathfrak{X}$ をもてば $H^i_{\mathrm{cris}}(X/W)\cong H^i_{\mathrm{dR}}(\mathfrak{X}/W)$ となる(BO78 §7)のはこの補題による。
  2. 分割冪のない無限小景では、$W$ 上で正しい階数が出ない。Grothendieck Gro68c 7.1 が指摘したとおり、標数 $0$ では分割冪構造が自動的に付く(ex-divided-power-rational)ので無限小景と結晶景は一致するが、$W_n$ 上では両者が異なる。
  3. 指数と対数。PD 冪零性を課した Grothendieck の元の定義の下では、thm-divided-power-exp-log により結晶景上のイデアル層 $\mathcal{J}$ について $(1+\mathcal{J})\cong\mathcal{J}$ となり、可逆層の類 $[L]\in H^1(X,\mathcal{O}_X^*)$(Picard群)を $H^2_{\mathrm{cris}}(X/W)$ に送る Chern 類(第1Chern類)が任意の標数で定まる(Gro68c 7.4)。
    Grothendieck の 1966 年の構想では結晶景の対象に PD 冪零性を要求した。しかし $p=2$ では底 $(W_n,pW_n)$ の標準的な分割冪構造が PD 冪零でない(ex-divided-power-z4)ため、Berthelot Ber74 は、これを理由の 1 つとして、PD 冪零性のかわりに底の分割冪構造との両立を要求する定義を採り、これが現在の標準である。また 微分作用素 $\partial^{[n]}=\partial^n/n!$ による Taylor 展開 $f(x+h)=\sum_n\partial^{[n]}f(x)\,h^{[n]}$ が標数 $p$ で意味をもつのも、$h$ が PD イデアルの元のときである。

関連項目

参考文献

[1]
Pierre Berthelot, Arthur Ogus, Notes on Crystalline Cohomology, Princeton University Press, 1978, §3(分割冪構造の定義・基本性質・分割冪多項式環・Theorem 3.19 分割冪包絡・指数と対数)、§5(結晶景)、§7(de Rham コホモロジーとの比較)
[2]
Pierre Berthelot, Cohomologie cristalline des schémas de caractéristique p > 0, Springer, 1974, Chapitre I §1(puissances divisées の定義と指数・対数)、§2(enveloppe à puissances divisées)
[3]
Norbert Roby, Les algèbres à puissances divisées, Bulletin des Sciences Mathématiques 89, pp. 75–91, 1965, 分割冪構造の公理系の出典
[4]
Alexander Grothendieck, Crystals and the De Rham cohomology of schemes, Dix exposés sur la cohomologie des schémas, Advanced Studies in Pure Mathematics 3, North-Holland / Masson, pp. 306–358, 1968, 7.1(無限小景と $W$ 上の階数)、7.2(結晶景の定義)、7.4(分割冪イデアル上の指数・対数と Chern 類)

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