スライス圏(slice category)とは、固定した対象への射を対象とし、その構造射を保つ可換三角形を射とする圏である。余スライス圏は固定した対象から出る射を集める双対的な構成であり、集合の族や基点付き対象を同じ形式で扱える。どちらもコンマ圏の特殊な場合である。
ある対象 $b$ への射を調べるとき、その射自体を対象として集めると、$b$ を固定したまま議論できる。スライス圏は「$b$ の上にある対象」の圏であり、余スライス圏は向きを逆にした「$b$ から指定された射を持つ対象」の圏である。
圏 $C$ と対象 $b$ に対し、スライス圏 (slice category) $C_{/b}$ を次のように定める。
余スライス圏 (coslice category) $C_{b/}$ の対象は射 $p\colon b\to x$ であり、$p$ から $q\colon b\to y$ への射は $u\circ p=q$ を満たす $u\colon x\to y$ である。$C/b$, $b/C$ とも書く。
対象は $x$ 単独ではなく、構造射との組 $(x,p)$ である。同じ $x$ でも異なる構造射を指定すれば、一般に異なる対象になる。定義と基本的な解釈は KSlice §4.3.1 に対応する。
対象 $b$ を一対象一射の圏 $1$ から $C$ への 関手 とみなすと、スライス圏と余スライス圏は コンマ圏 の特殊な場合である。
$$
C/b=(\operatorname{id}_C\downarrow b),\qquad b/C=(b\downarrow\operatorname{id}_C).
$$
左の等式では、コンマ圏の対象 $(x,*,p\colon x\to b)$ が構造射 $p$ に、射の可換条件 $\operatorname{id}_b\circ p=q\circ u$ が $q\circ u=p$ に対応する。右の等式も同様である。この対応の確認は コンマ圏 の記事に譲る。
$q\circ u=p$, $r\circ v=q$ なら
$$
r\circ(v\circ u)=(r\circ v)\circ u=q\circ u=p.
$$
したがって $v\circ u$ もスライスの射である。恒等射も条件を満たし、結合律と単位律は $C$ から受け継ぐ。余スライスでは $u\circ p=q$, $v\circ q=r$ から $(v\circ u)\circ p=r$ を得る。
集合 $B$ に対し、写像 $p\colon X\to B$ はファイバー $X_b=p^{-1}(\{b\})$ の族を定める。$B$ 上の射は各 $X_b$ を同じ $b$ のファイバーへ送るから、族の成分ごとの写像に一致する。逆に族 $(X_b)_{b\in B}$ から直和集合 $\coprod_b X_b\to B$ を作れる。二つの構成の合成には、$(b,x)\mapsto x$ という自然な同型があり、$\operatorname{Set}_{/B}$ は $B$ 個の集合の族の圏と同値になる(圏同値)。
一点集合を $1$ とすると、$1\to X$ の指定は $X$ の元の指定である。したがって $\operatorname{Set}_{1/}$ は 基点付き集合 と基点を保つ写像の圏に同型である。一方 $\operatorname{Set}_{/1}$ は通常の集合の圏に同型である。「上」と「下」を取り違えると、別の構造を扱うことになる。
順序集合 $P$ を、$x\leq y$ のとき射が一つある圏とみなす。$P_{/b}$ は $x\leq b$ を満たす元の部分順序集合で、$P_{b/}$ は $b\leq x$ を満たす元の部分順序集合である。たとえば整数の通常の順序なら、前者は $b$ 以下、後者は $b$ 以上の整数を集める。
$p\colon x\to b$ から $\operatorname{id}_b$ へのスライスの射 $u$ の条件は $\operatorname{id}_b\circ u=p$、すなわち $u=p$ である。存在し、しかも唯一である。余スライスでは $\operatorname{id}_b$ から $p\colon b\to x$ への射の条件が $u\circ\operatorname{id}_b=p$ となり、同じ結論を得る。
この性質は、$b$ 自身が $C$ の終対象であることを意味しない。たとえば二点集合は集合の圏の終対象でないが、その恒等写像は二点集合上のスライスの終対象である。
射 $f\colon b\to c$ を固定すると、後合成によって $f_!\colon C_{/b}\to C_{/c}$, $(x\xrightarrow{p}b)\mapsto(x\xrightarrow{f p}c)$ が定まる。$C$ に 引き戻し があれば、逆向きに $f^*\colon C_{/c}\to C_{/b}$ を、$y\to c$ の $b$ に沿った引き戻しで作れる。個々の引き戻しを選んで関手にするとき、その普遍性が射の対応を一意に定める。
必要な引き戻しが存在するとき、$f_!$ は $f^*$ の左随伴である(随伴関手)。
$p\colon x\to b$, $q\colon y\to c$ に対し、$c$ 上の射 $f_!p\to q$ は $q u=f p$ を満たす $u\colon x\to y$ である。引き戻しの普遍性により、これは射 $(p,u)\colon x\to b\times_c y$ で第1射影が $p$ となるもの、つまり $b$ 上の射 $p\to f^*q$ と一対一に対応する。対応は $p,q$ の射との合成を保つので自然である。
通常のスライスでは三角形の可換性は等式である。単体的集合で豊穣化された圏では、同じ等式を課すと写像単体集合の厳密なファイバーが現れる。しかし、そのファイバーがホモトピーを正しく表すとは限らない。豊穣圏でのスライス構成は スライス圏(豊穣圏) で扱う。
∞圏版では $q\circ u=p$ を成立させる三角形そのものと、その高次の整合条件も保持する。準圏 $C$ のスライスは、$n$ 単体を「最後の頂点が $b$ に固定された $\Delta^{n+1}\to C$」として定義できる。通常の圏 $A$ の脈体 $N(A)$ では、この構成は $N(A_{/b})$ と厳密に一致する。これは普通の可換三角形を捨てるのではなく、高次の可換性まで扱えるように拡張する方法である。詳細な定義と比較は スライス圏(∞圏) で扱う。
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