半完全環

同義語:semiperfect ringsemi-perfect ring

概要

半完全環(semiperfect ring)とは、環 $R$ の Jacobson根基 $J$ による剰余環 $R/J$ が半単純環であり、$R/J$ の冪等元がすべて $R$ の冪等元に持ち上がる環である。これは、単位元が直交する冪等元の和 $1=e_1+\cdots+e_n$ に分かれ、各 $e_iRe_i$ が局所環になることと同値である。半完全環の上では有限生成左加群がすべて射影被覆をもち、単純加群の同型類が直既約な射影加群 $Re_i$ の同型類と 1 対 1 に対応する。左 Artin環、局所環、局所環上の行列環は半完全環であり、可換な半完全環は有限個の局所環の直積に限られる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 環, Jacobson根基, 冪等元, 半単純環, 射影加群

可換な Artin環 は、局所 Artin環の有限個の直積に分解する。可換でない環では、直積への分解の代わりに、単位元を互いに直交する冪等元の和 $1=e_1+\cdots+e_n$ に分け、左イデアルの直和 $R=Re_1\oplus\cdots\oplus Re_n$ を作るのが基本の操作になる。各 $e_i$ が「局所的」、すなわち $e_iRe_i$ が局所環になるように分けられる環が 半完全環 である。
半完全環は、Jacobson根基 $J$ による剰余環 $R/J$ が半単純環であり、しかも $R/J$ の冪等元を $R$ の冪等元に持ち上げられる環として定義される。左 Artin環、局所環、局所環上の行列環はどれも半完全環である。この記事では、定義の条件が上の分解の存在と同値であること(thm-spr-local-idempotents)と、半完全環の上ではすべての有限生成左加群が「最小の射影加群による全射」である射影被覆をもち、単純加群が直既約な射影加群 $Re_i$ と 1 対 1 に対応すること(thm-spr-projective-cover)を証明する。
半完全環のうち、Jacobson根基がさらに強い冪零性(T 冪零性)をもつものが完全環である。有限群の群環を典型とする体上の Frobenius 代数は、左 Artin環なので完全環であり、準Frobenius環の例でもある。

定義

この記事では、環は単位元 $1$ をもち結合的であるとし、可換性は仮定しない。加群は単位的な左加群とする。環 $R$ の Jacobson根基 $J=J(R)$ を、$R$ のすべての極大左イデアルの共通部分と定める(半単純環 の記事の定義。可換環では Jacobson根基 の記事の $\operatorname{Jac}(R)$ と一致する)。$\bar R:=R/J$ とおき、$x\in R$ の像を $\bar x$ と書く。

局所環と局所冪等元
  1. 環 $R$ が 局所環(local ring)であるとは、$R\neq0$ であり、$R$ の単元でない元の全体が $R$ の両側イデアルをなすことをいう。
  2. 環 $R$ の冪等元 $e$($e^2=e$)が 局所冪等元(local idempotent)であるとは、$eRe$ が($e$ を単位元とする環として)局所環であることをいう。
  3. 冪等元 $e_1,\dots,e_n$ が 直交する とは、$i\neq j$ なら $e_ie_j=0$ であることをいう。

可換環では、この定義の局所環は通常の局所環と一致する(零環でない可換環で、単元でない元の全体がイデアルであることは、極大イデアルがただ 1 つであることと同値である。局所環 の記事の命題「局所環の特徴づけ」)。斜体は局所環である。

半完全環

$I$ を環 $R$ の両側イデアルとする。$R/I$ のすべての冪等元が $R$ の冪等元の像になっているとき、冪等元が $I$ を法として持ち上がる という。環 $R$ が 半完全環(semiperfect ring)であるとは、次の 2 条件を満たすことをいう。

  1. $\bar R=R/J$ は半単純環である。
  2. 冪等元が $J$ を法として持ち上がる。

条件 1 だけを満たす環を(可換でない環の)半局所環 という(半局所環 の記事の注意「非可換環の半局所環と文献」)。半完全環は、半局所環のうち冪等元が持ち上がるものである。
射影被覆の定義のために、左加群 $M$ の部分加群 $K$ が 余分(superfluous)であるとは、部分加群 $L$ について $L+K=M$ なら $L=M$ となることをいう。

射影被覆

左 $R$ 加群 $M$ の 射影被覆(projective cover)とは、射影加群 $P$ から $M$ への全射準同型 $p\colon P\to M$ で、核 $\ker p$ が $P$ の余分な部分加群であるものをいう。

たとえば $\mathbb{Z}$ 加群 $\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$ は射影被覆をもたない(下の反例の表)。射影被覆は、存在すれば同型を除いて一意である(Bas60 Lemma 2.3)。

準備となる補題

Jacobson根基の基本性質を、可換でない環について確かめておく。

根基の基本性質

$R$ を環、$J=J(R)$ とする。

  1. $x\in J$ であることと、すべての $y\in R$ について $1-yx$ が左逆元をもつことは同値である。
  2. $J$ は両側イデアルであり、$x\in J$ なら $1-x$ は単元である。
  3. $J$ はすべての単純左加群を零化する。とくに左加群 $M$ のどの極大部分加群も $JM$ を含む。
  4. (Nakayama の補題)$M$ が有限生成左加群で $JM=M$ なら $M=0$ である。
  5. $u\in R$ の像 $\bar u$ が $\bar R$ の単元なら、$u$ は $R$ の単元である。

要点:1 は極大左イデアルの定義から、2 は 1 と「$1-ab$ が単元なら $1-ba$ も単元」という計算から、3〜5 は 1・2 から従う。

詳しい証明を開く

1:$x\in J$ で $1-yx$ が左逆元をもたないなら、$R(1-yx)$ は $R$ と異なる左イデアルなので、Zornの補題により極大左イデアル $\mathfrak{m}$ に含まれる。$x\in\mathfrak{m}$ から $yx\in\mathfrak{m}$ であり、$1=(1-yx)+yx\in\mathfrak{m}$ となって矛盾する。逆に $x\notin\mathfrak{m}$ となる極大左イデアル $\mathfrak{m}$ があれば $\mathfrak{m}+Rx=R$ なので $1=a+yx$($a\in\mathfrak{m}$)と書け、$1-yx=a$ が左逆元 $z$ をもつと $1=za\in\mathfrak{m}$ となって矛盾する。

2:$J$ は左イデアルの共通部分なので左イデアルである。$x\in J$ とすると、1 により $u(1-x)=1$ となる $u$ がある。$u=1+ux$ で $ux\in J$ なので、1 により $wu=1$ となる $w$ があり、$w=wu(1-x)=1-x$ である。よって $u$ は $1-x$ の両側の逆元である。次に $x\in J$、$r,y\in R$ とする。$ryx\in J$ なので $1-ryx$ は単元であり、その逆元を $v$ とすると $(1+yxvr)(1-yxr)=1-yxr+yxv(1-ryx)r=1$ である。1 により $xr\in J$ であり、$J$ は両側イデアルである。

3:単純左加群 $S$ の $0$ でない元 $s$ について $Rs=S$ であり、零化イデアル $\operatorname{Ann}(s)$ は $R/\operatorname{Ann}(s)\cong S$ が単純なので極大左イデアルである。よって $J\subset\operatorname{Ann}(s)$ であり、$x\in J$、$r\in R$ について $xr\in J$ だから $x(rs)=(xr)s=0$ である。$N$ が $M$ の極大部分加群なら $M/N$ は単純なので $J(M/N)=0$、すなわち $JM\subset N$ である。

4:$M\neq0$ を有限個の元 $m_1,\dots,m_q$ で生成されるとする。真の部分加群の鎖の合併は $m_1,\dots,m_q$ をすべて含むことはない(含めば鎖のある 1 つの元がすべてを含む)ので真の部分加群であり、Zorn の補題により極大部分加群 $N$ がある。3 により $JM\subset N\neq M$ である。

5:$\bar u\bar v=\bar v\bar u=1$ となる $v$ をとると $uv=1-j$、$vu=1-j'$($j,j'\in J$)であり、2 によりこれらは単元である。よって $u$ は右逆元 $v(1-j)^{-1}$ と左逆元 $(1-j')^{-1}v$ をもち、単元である。$\square$

冪等元の持ち上げ

$R$ を環、$I$ を両側イデアルとする。

  1. $I$ のすべての元が冪零(nil イデアル)なら、冪等元は $I$ を法として持ち上がる。
  2. $I\subset J$ で冪等元が $I$ を法として持ち上がるとする。$R/I$ の直交する冪等元 $\varepsilon_1,\dots,\varepsilon_n$ で $\varepsilon_1+\cdots+\varepsilon_n=1$ となるものに対し、$R$ の直交する冪等元 $e_1,\dots,e_n$ で $\bar e_i=\varepsilon_i$($I$ を法とする像)かつ $e_1+\cdots+e_n=1$ となるものがある。

要点:1 は二項展開で冪等元を作る。2 は、すでに持ち上げた冪等元 $e$ と直交するように、新しい持ち上げを単元で共役して直す。

詳しい証明を開く

1:証明は 冪零イデアル の記事の命題「冪等元の持ち上げ」の 1 と同じである。$\varepsilon$ の代表元 $x$ をとると $x-x^2\in I$ はある $N$ で $(x-x^2)^N=0$ を満たし、$f:=\sum_{k=N}^{2N-1}\binom{2N-1}{k}x^k(1-x)^{2N-1-k}$ が $\bar f=\varepsilon$ となる冪等元である。そこで使うのは、現れる元がすべて $x$ の多項式で互いに交換することだけなので、可換でない環でもそのまま成り立つ。

2:まず次を示す。(*)$e\in R$ を冪等元、$\varepsilon\in R/I$ を $\bar e\varepsilon=\varepsilon\bar e=0$ となる冪等元とすると、$\bar g=\varepsilon$ かつ $eg=ge=0$ となる冪等元 $g\in R$ がある。実際、$\varepsilon$ を冪等元 $f$ に持ち上げると $ef,fe\in I\subset J$ である。lem-spr-jacobson の 2 により $u:=1-ef$ は単元で、$\bar u=1$ である。$f_1:=ufu^{-1}$ は冪等元で $\bar f_1=\varepsilon$ であり、$eu=e-ef$ から $euf=ef-ef=0$、よって $ef_1=0$ である。$g:=f_1(1-e)$ とおくと $g^2=f_1(f_1-ef_1)(1-e)=f_1^2(1-e)=g$、$eg=ef_1(1-e)=0$、$ge=f_1(1-e)e=0$、$\bar g=\varepsilon(1-\bar e)=\varepsilon$ である。

本題:$n=1$ なら $e_1=1$ とする。$n\ge2$ とし、$k=0$ から順に、直交する冪等元 $e_1,\dots,e_k$($k\le n-2$)で $\bar e_i=\varepsilon_i$ となるものが得られたとし、$e:=e_1+\cdots+e_k$ とおく。$e$ は冪等元で $\bar e=\varepsilon_1+\cdots+\varepsilon_k$ は $\varepsilon_{k+1}$ と直交するので、(*)により $\bar g=\varepsilon_{k+1}$、$eg=ge=0$ となる冪等元 $g$ がある。$e_ie=e_i=ee_i$ なので $e_ig=e_ieg=0$、$ge_i=gee_i=0$ であり、$e_{k+1}:=g$ とおけば直交性が保たれる。こうして $e_1,\dots,e_{n-1}$ を作り、$e_n:=1-(e_1+\cdots+e_{n-1})$ とおくと、$e_n$ は冪等元で $e_1,\dots,e_{n-1}$ と直交し、$\bar e_n=1-(\varepsilon_1+\cdots+\varepsilon_{n-1})=\varepsilon_n$ である。$\square$

冪等元が定める左イデアル

$R$ を環、$e$ を冪等元とする。

  1. 左加群 $M$ について、$\varphi\mapsto\varphi(e)$ は全単射 $\operatorname{Hom}_R(Re,M)\to eM$ を与え、逆写像は $m\mapsto(x\mapsto xm)$ である。とくに $\operatorname{End}_R(Re)$ は $eRe$ の反対環と同型である。
  2. $eJe=J\cap eRe$ は環 $eRe$ の両側イデアルで、$eRe/eJe\cong\bar e\bar R\bar e$ である。$x\in eJe$ なら $e-x$ は $eRe$ の単元である。
  3. $Je=J\cap Re$ であり、これは $Re$ のすべての極大部分加群の共通部分に等しい。
  4. $e$ が局所冪等元なら、$Re$ の $Re$ と異なる部分加群はすべて $Je$ に含まれる。とくに $Re/Je$ は単純加群である。

要点:1 は $\varphi(x)=\varphi(xe)=x\varphi(e)$ による。4 は、2 つの異なる極大部分加群の和が $Re$ になることと $eRe$ が局所環であることが両立しないことによる。

詳しい証明を開く

1:$\varphi(e)=\varphi(e\cdot e)=e\varphi(e)\in eM$ であり、$x\in Re$ について $\varphi(x)=\varphi(xe)=x\varphi(e)$ なので $\varphi$ は $\varphi(e)$ で決まる。$m\in eM$ なら $x\mapsto xm$ は準同型で $e$ を $em=m$ に送る。$M=Re$ のとき $a\in eRe$ に対応する準同型を $\rho_a(x)=xa$ とすると $\rho_a\circ\rho_b=\rho_{ba}$ なので、$a\mapsto\rho_a$ は反同型である。

2:$J$ は両側イデアルなので $eJe\subset J\cap eRe$ であり、$ere\in J$ なら $ere=e(ere)e\in eJe$ である。よって $eJe$ は環準同型 $eRe\to\bar R$、$s\mapsto\bar s$ の核であり、像は $\bar e\bar R\bar e$ である。$x\in eJe$ なら $ex=x=xe$ なので $e$ は $1-x$ とも、その逆元 $v$(lem-spr-jacobson の 2)とも交換する。$e-x=e(1-x)$ だから $(e-x)(ev)=e(1-x)v=e$、$(ev)(e-x)=ev(1-x)e=e$ であり、$ev=eve\in eRe$ が逆元である。

3:$x\in J\cap Re$ なら $x=xe\in Je$ である。$Re$ の極大部分加群 $N$ について、lem-spr-jacobson の 3 により $Je=J\cdot Re\subset N$ である。逆に $x$ が $Re$ のすべての極大部分加群に属するとする。極大左イデアル $\mathfrak{m}$ について、合成 $Re\to R\to R/\mathfrak{m}$ は単純加群 $R/\mathfrak{m}$ への準同型なので $0$ か全射であり、全射ならその核 $Re\cap\mathfrak{m}$ は $Re$ の極大部分加群で $x$ を含み、$0$ なら $Re\subset\mathfrak{m}$ である。どちらでも $x\in\mathfrak{m}$ なので、$x\in J\cap Re=Je$ である。

4:$eRe$ は零環でないので $e\neq0$ である。$e\in J$ なら $1-e$ が単元で $e(1-e)=0$ から $e=0$ となるので、$e\notin J$、すなわち $Je\neq Re$ である。$Re$ は $e$ で生成されるので、lem-spr-jacobson の 4 の証明と同じく、真の部分加群はどれも極大部分加群に含まれる。極大部分加群 $N_1\neq N_2$ があったとすると $N_1+N_2=Re$ であり、$e=n_1+n_2$($n_i\in N_i$)と書ける。左から $e$ を掛けて $e=en_1+en_2$ であり、$en_i=en_ie\in N_i\cap eRe$ である。$eRe$ の単元でない元の全体はイデアルなので、$en_1,en_2$ の一方、たとえば $en_1$ は $eRe$ の単元であり、逆元 $s\in eRe$ について $e=s(en_1)\in N_1$、すなわち $N_1=Re$ となって矛盾する。よって極大部分加群はただ 1 つで、3 によりそれは $Je$ である。$\square$

共役による冪等元の比較

環 $S$ の冪等元 $\varepsilon,\varepsilon'$ について、左 $S$ 加群として $S\varepsilon\cong S\varepsilon'$ かつ $S(1-\varepsilon)\cong S(1-\varepsilon')$ なら、$\varepsilon'=w^{-1}\varepsilon w$ となる単元 $w\in S$ がある。

要点:2 つの同型を lem-spr-corner の 1 で右からの掛け算として表し、足し合わせる。

詳しい証明を開く

同型 $S\varepsilon\to S\varepsilon'$ とその逆は、$a\in\varepsilon S\varepsilon'$、$b\in\varepsilon'S\varepsilon$ による $x\mapsto xa$、$y\mapsto yb$ で与えられ、$ab=\varepsilon$、$ba=\varepsilon'$ である($\varepsilon ab=\varepsilon$ と $a=\varepsilon a$ から)。同様に $a'\in(1-\varepsilon)S(1-\varepsilon')$、$b'\in(1-\varepsilon')S(1-\varepsilon)$ で $a'b'=1-\varepsilon$、$b'a'=1-\varepsilon'$ となるものがある。$w:=a+a'$、$w':=b+b'$ とおくと、$ab'=a\varepsilon'(1-\varepsilon')b'=0$ などから $ww'=ab+a'b'=1$、$w'w=ba+b'a'=1$ である。さらに $b'\varepsilon=0$、$\varepsilon a'=0$ から $w'\varepsilon w=b\varepsilon a=ba=\varepsilon'$ である。$\square$

局所冪等元による特徴づけ

局所冪等元への分解

環 $R$ について、次の 2 条件は同値である。

  1. $R$ は半完全環である。
  2. 直交する局所冪等元 $e_1,\dots,e_n$ で $1=e_1+\cdots+e_n$ となるものがある。
    このとき左加群として $R=Re_1\oplus\cdots\oplus Re_n$ であり、各 $Re_i/Je_i$ は単純加群である。

1 ⇒ 2:$\bar R$ は半単純環なので、極小左イデアルの有限個の直和 $\bar R=L_1\oplus\cdots\oplus L_n$ である(半単純環 の記事の命題「半単純環の有限性」)。$1=\varepsilon_1+\cdots+\varepsilon_n$($\varepsilon_i\in L_i$)と書く。$x\in L_i$ について $x=\sum_jx\varepsilon_j$、$x\varepsilon_j\in L_j$ なので、直和の一意性から $x\varepsilon_i=x$、$x\varepsilon_j=0$($j\neq i$)である。よって $\varepsilon_1,\dots,\varepsilon_n$ は直交する冪等元で $L_i=\bar R\varepsilon_i$ である。lem-spr-lift の 2 により、直交する冪等元 $e_1,\dots,e_n$ で $\bar e_i=\varepsilon_i$、$\sum_ie_i=1$ となるものがある。
$e:=e_i$ が局所冪等元であることを示す。$S:=eRe$、$K:=eJe$ とおく。lem-spr-corner の 2 と 1(環 $\bar R$ に適用)により
$$ S/K\cong\varepsilon_i\bar R\varepsilon_i\cong\operatorname{End}_{\bar R}(\bar R\varepsilon_i)^{\mathrm{op}} $$
であり、$\bar R\varepsilon_i=L_i$ は単純なので、Schur の補題(単純加群 の記事の定理「Schur の補題」)により右辺は斜体である。$s\in S\setminus K$ なら $s$ の像は可逆なので、その逆元の代表元をとって、$t\in S$ と $x,x'\in K$ で $ts=e-x$、$st=e-x'$ となるものがある。lem-spr-corner の 2 により $e-x$、$e-x'$ は $S$ の単元なので、$s$ は左逆元と右逆元をもち、$S$ の単元である。一方 $K$ の元は単元でない。実際 $x\in K$ が $S$ の単元なら $e=xy\in J$ となるが、$1-e$ は単元で $e(1-e)=0$ だから $e=0$ となり、$\bar e=\varepsilon_i\neq0$ に反する。よって $S$ の単元でない元の全体は両側イデアル $K$ であり、$S\neq0$ なので $S$ は局所環である。
2 ⇒ 1:$x\in R$ は $x=\sum_ixe_i$($xe_i\in Re_i$)と一意に書けるので $R=\bigoplus_iRe_i$ であり、$x\in J$ なら $xe_i\in Je_i$ なので $J=\bigoplus_iJe_i$ である。lem-spr-corner の 4 により各 $Re_i/Je_i$ は単純で、
$$ \bar R=R/J\cong Re_1/Je_1\oplus\cdots\oplus Re_n/Je_n $$
は単純加群の直和である。$\bar R$ の左イデアルは、$J$ が零化する左 $R$ 加群としての $\bar R$ の部分加群と同じなので、$\bar R$ は半単純環である。
冪等元の持ち上げを示す。$\varepsilon\in\bar R$ を冪等元とする。$\bar R=\bar R\varepsilon\oplus\bar R(1-\varepsilon)$ であり、半単純加群の部分加群は半単純で(半単純環 の記事の補題「補部分加群の存在」)、長さは有限なので、$\bar R\varepsilon$ と $\bar R(1-\varepsilon)$ は有限個の単純加群の直和 $T_1\oplus\cdots\oplus T_a$、$T_{a+1}\oplus\cdots\oplus T_m$ と同型である。$\bar R$ の 2 つの組成列の組成因子を比べると、Jordan–Hölder の定理(単純加群 の記事の定理「Jordan–Hölder の定理」)により $m=n$ であり、全単射 $\sigma$ で $\bar R\bar e_i\cong T_{\sigma(i)}$ となるものがある。$\Lambda:=\sigma^{-1}(\{1,\dots,a\})$、$e_\Lambda:=\sum_{i\in\Lambda}e_i$ とおくと $e_\Lambda$ は冪等元で
$$ \bar R\bar e_\Lambda=\bigoplus_{i\in\Lambda}\bar R\bar e_i\cong\bar R\varepsilon,\qquad\bar R(1-\bar e_\Lambda)=\bigoplus_{i\notin\Lambda}\bar R\bar e_i\cong\bar R(1-\varepsilon) $$
である。lem-spr-conjugate により $\varepsilon=w^{-1}\bar e_\Lambda w$ となる $\bar R$ の単元 $w$ がある。$\bar u=w$ となる $u\in R$ は lem-spr-jacobson の 5 により $R$ の単元であり、$f:=u^{-1}e_\Lambda u$ は $\bar f=\varepsilon$ となる $R$ の冪等元である。$\square$

条件 2 の分解 $1=e_1+\cdots+e_n$ は、可換な Artin環の局所 Artin環への分解(Artin環 の記事の定理「Artin環の構造定理」)の、可換でない環での類似である。可換環では冪等元は中心元なので、分解は環の直積 $R\cong Re_1\times\cdots\times Re_n$ を与える(prop-spr-commutative)。

射影被覆と単純加群

半完全環上の射影被覆

$R$ を半完全環とし、$1=e_1+\cdots+e_n$ を thm-spr-local-idempotents の 2 の分解とする。

  1. 各 $i$ について、自然な全射 $Re_i\to Re_i/Je_i$ は単純加群 $Re_i/Je_i$ の射影被覆である。
  2. すべての単純左 $R$ 加群は、ある $Re_i/Je_i$ と同型である。また $Re_i/Je_i\cong Re_j/Je_j$ であることと $Re_i\cong Re_j$ であることは同値である。
  3. すべての有限生成左 $R$ 加群 $M$ は射影被覆 $P\to M$ をもち、$P$ はいくつかの $Re_i$ の有限個の直和にとれる。

1:$Re_i$ は $R$ の直和因子なので射影加群である。$Re_i$ の部分加群 $L$ が $L+Je_i=Re_i$ を満たすとき、$L\neq Re_i$ なら lem-spr-corner の 4 により $L\subset Je_i$ となって $Je_i=Re_i$ が従い、$Re_i/Je_i$ が単純であることに反する。よって $Je_i$ は余分である。
2:単純加群 $T$ は、$0$ でない元 $t$ による全射 $R\to T$、$r\mapsto rt$ をもつ。$R=\bigoplus_iRe_i$ なので、この全射はある $Re_i$ の上で $0$ でなく、$T$ が単純なので $Re_i\to T$ は全射である。その核は $Re_i$ の極大部分加群なので、lem-spr-corner の 4 により $Je_i$ であり、$T\cong Re_i/Je_i$ である。$Re_i\cong Re_j$ なら、ただ 1 つの極大部分加群による商どうしも同型である。逆に同型 $\theta\colon Re_i/Je_i\to Re_j/Je_j$ があるとし、$\pi_i,\pi_j$ を自然な全射とする。$Re_i$ は射影的なので、$\pi_j\psi=\theta\pi_i$ となる準同型 $\psi\colon Re_i\to Re_j$ がある。$\psi(Re_i)+Je_j=Re_j$ と 1 から $\psi$ は全射であり、$Re_j$ が射影的なので $\psi$ は分裂し、$Re_i=\ker\psi\oplus L$、$L\cong Re_j$ と書ける。$\ker\psi\subset\ker(\theta\pi_i)=Je_i$ なので $L+Je_i=Re_i$ であり、1 により $L=Re_i$、すなわち $\ker\psi=0$ である。よって $\psi$ は同型である。
3:$M/JM$ は有限生成な $\bar R$ 加群なので半単純であり(半単純環 の記事の定理「加群による特徴づけ」)、生成元が有限個の単純部分加群の和に含まれることから、有限個の単純加群の直和である。2 により、ある添字 $i_1,\dots,i_m$ について同型 $\theta\colon P/JP\to M/JM$ がある。ここで $P:=Re_{i_1}\oplus\cdots\oplus Re_{i_m}$ であり、$JP=\bigoplus_{l=1}^mJe_{i_l}$ である。$P$ は射影的なので、$\pi_M\circ f=\theta\circ\pi_P$ となる準同型 $f\colon P\to M$ がある($\pi_M,\pi_P$ は自然な全射)。
$f(P)+JM=M$ なので、有限生成加群 $M/f(P)$ は $J(M/f(P))=M/f(P)$ を満たし、Nakayama の補題(lem-spr-jacobson の 4)により $0$ である。よって $f$ は全射である。また $\ker f\subset\ker(\theta\circ\pi_P)=JP$ であり、$JP$ は $P$ の余分な部分加群である。実際 $L+JP=P$ なら $P/L=J(P/L)$ で、$P/L$ は有限生成なので $L=P$ である。したがって $L+\ker f=P$ なら $L=P$ であり、$f$ は射影被覆である。$\square$

2 により、単純左 $R$ 加群の同型類は、$Re_1,\dots,Re_n$ の同型類と 1 対 1 に対応する。各 $Re_i$ は直既約である($Re_i=X\oplus Y$ で $X,Y\neq0$ なら、$X$、$Y$ はともに真の部分加群なので lem-spr-corner の 4 により $Je_i$ に含まれ、$Re_i=X+Y\subset Je_i$ となって矛盾する)。この定理の 3 は Bas60 Theorem 2.1 の (b) ⇒ (c) にあたる(p. 473)。

例

局所環・局所環上の行列環・Artin環
  1. 局所環 $R$ は、$n=1$、$e_1=1$ として thm-spr-local-idempotents の 2 を満たすので半完全環である。体上の形式的冪級数環 $k[\![t]\!]$ や $p$ 進整数環 $\mathbb{Z}_p$ は局所環なので半完全環であるが、Artin環 ではない。
  2. $A$ を局所環とすると、行列環 $M_n(A)$ の行列単位 $E_{11},\dots,E_{nn}$ は直交する冪等元で和が単位行列であり、$E_{ii}M_n(A)E_{ii}=\{aE_{ii}\mid a\in A\}\cong A$ は局所環である。よって $M_n(A)$ は半完全環である。$n\ge2$ なら $M_n(A)$ は局所環でない($E_{11}$ と $1-E_{11}$ はどちらも単元でないが、和は単位行列である)。
  3. 左 Artin環は半完全環である(prop-spr-artinian)。とくに体 $k$ 上有限次元の多元環、たとえば有限群 $G$ の群環 $k[G]$ は、$k$ の標数が $G$ の位数を割り切って半単純でない場合も含めて半完全環である。
左 Artin環は半完全環

$R$ を左 Artin環とする。$J$ は冪零イデアルであり、$\bar R$ は半単純環である。とくに $R$ は半完全環である。

要点:$J^k$ の減少列が止まった先の $I$ が $0$ でないとすると、極小な左イデアルを使って $a=xa$($x\in J$)となる $0$ でない $a$ が作れ、$1-x$ が単元であることに反する。

詳しい証明を開く

左イデアルの減少列 $J\supset J^2\supset\cdots$ はある $k$ で止まる。$I:=J^k$ とおくと $I^2=I$ である。$I\neq0$ と仮定する。$IL\neq0$ となる左イデアル $L$ の全体は $L=I$ を含むので空でなく、左 Artin性により極小元 $L$ がある。$IL=\sum_{a\in L}Ia\neq0$ なので $Ia\neq0$ となる $a\in L$ があり、$Ia\subset L$ は $I(Ia)=I^2a=Ia\neq0$ を満たす左イデアルなので、極小性から $Ia=L\ni a$ である。よって $a=xa$ となる $x\in I\subset J$ があり、$1-x$ は単元(lem-spr-jacobson の 2)だから $a=0$ となって $Ia\neq0$ に反する。したがって $J^k=0$ である。

$\bar R$ の極大左イデアルは $J$ を含む $R$ の極大左イデアルと対応し、$R$ の極大左イデアルはすべて $J$ を含むので、$J(\bar R)=0$ である。$\bar R$ は左 Artin環なので、半単純環 の記事の定理「Artin 性による特徴づけ」により半単純環である。$J$ は冪零なので nil イデアルであり、lem-spr-lift の 1 により冪等元が持ち上がる。$\square$

可換な半完全環

可換環 $R$ が半完全環であることと、$R$ が有限個の局所環の直積と同型であることは同値である。

$R$ が半完全環なら、thm-spr-local-idempotents の分解 $1=e_1+\cdots+e_n$ をとる。可換環では冪等元はすべて中心的なので、環の同型 $R\cong Re_1\times\cdots\times Re_n$ がある(中心(環論) の記事の定理「中心的冪等元と直積分解」を繰り返し使う)。$Re_i=e_iRe_i$ は局所環である。逆に $R=R_1\times\cdots\times R_n$ で各 $R_i$ が局所環なら、$i$ 成分だけが $1$ の元 $e_i$ は直交する冪等元で和が $1$ であり、$e_iRe_i\cong R_i$ は局所環なので、thm-spr-local-idempotents により $R$ は半完全環である。$\square$

この命題は Bas60 §3 の例 (6)(p. 476)にも述べられている。半局所環 の記事の例「反例:局所環の直積にならない半局所環」の $\mathbb{Z}_S$($S=\mathbb{Z}\setminus(2\mathbb{Z}\cup3\mathbb{Z})$)は、$\mathbb{Z}_S/J\cong\mathbb{F}_2\times\mathbb{F}_3$ が半単純なのに局所環の直積でないので、冪等元が持ち上がらない半局所環の例になる。
Duo環(片側イデアルがすべて両側イデアルになる環)についても、同じ形の分解が得られる。

左イデアルがすべて両側イデアルである半完全環

$R$ を左 Duo環(すべての左イデアルが両側イデアル)とする。$R$ のすべての冪等元は中心的である。とくに、$R$ が半完全環なら、$R$ は有限個の局所環の直積と同型であり、各成分は左 Duo環である。

左 Duo環ではすべての $a$ について $aR\subset Ra$ である(Duo環 の記事の命題「単項イデアルによる特徴付け」)。冪等元 $e$ と $r\in R$ について、$er=se$ となる $s$ があるので $ere=se^2=se=er$ である。$1-e$ も冪等元なので、$(1-e)r=s'(1-e)$ となる $s'$ があり、右から $e$ を掛けて $(1-e)re=0$、すなわち $re=ere$ である。よって $er=ere=re$ である。後半は、thm-spr-local-idempotents の分解が中心的冪等元からなることから prop-spr-commutative の証明と同じく $R\cong\prod_iRe_i$ を得て、各 $Re_i=e_iRe_i$ が局所環であること、Duo環の剰余環が Duo環であること(Duo環 の記事の命題「Duo環の剰余環はDuo環である」。$Re_i\cong R/R(1-e_i)$)による。$\square$

仮定を外したときの反例

外す条件反例成り立たなくなること
$\bar R$ が半単純(冪等元 $0,1$ は持ち上がる)$R=\mathbb{Z}$($J=0$)thm-spr-projective-cover の 3:$\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$ は射影被覆をもたない
冪等元が $J$ を法として持ち上がる($\bar R\cong\mathbb{F}_2\times\mathbb{F}_3$ は半単純)$R=\mathbb{Z}_S$、$S=\mathbb{Z}\setminus(2\mathbb{Z}\cup3\mathbb{Z})$thm-spr-local-idempotents の 2 の分解がない。$\mathbb{F}_2=\mathbb{Z}_S/2\mathbb{Z}_S$ は射影被覆をもたない
可換(prop-spr-commutative)$R=M_2(k)$($k$ は体)半完全環だが局所環の直積に同型でない
反例の確かめ

1 行目と 2 行目:$R$ を $\mathbb{Z}$ または $\mathbb{Z}_S$、$p:=2$ とし、$p$ で割った剰余体 $F$ の射影被覆 $f\colon P\to F$ があったとする。$3$ は $F$ で $1$ に写るので $3P+\ker f=P$ であり、$\ker f$ が余分なので $3P=P$、したがってすべての $m$ で $3^mP=P$ である。$P$ は自由加群 $F'$ の直和因子で、$3^mF'$ の共通部分は $0$ なので($R$ の元で $3$ のすべての冪で割り切れるのは $0$ だけ)、$P=0$ となって $f$ が全射であることに反する。2 行目で分解がないのは、$\mathbb{Z}_S$ が整域で冪等元が $0,1$ だけであり、局所環でもないからである。3 行目:$M_2(k)$ は左 Artin環なので半完全環である。$E_{11}$ と $E_{22}$ は単元でないのに和が単元なので局所環でなく、中心が体 $k$ なので $0,1$ 以外の中心的冪等元がなく、2 つ以上の環の直積にも分解しない(中心(環論) の記事の定理「中心的冪等元と直積分解」)。

補足

Bass による定義と文献

半完全環は Bass Bas60 が導入した。Bass は、すべての巡回左加群($1$ 元で生成される加群)が射影被覆をもつ環を左半完全環と定義し、これが「$\bar R$ が半単純で冪等元が $J$ を法として持ち上がる」こと、すべての有限生成左加群が射影被覆をもつこと、およびそれらの右加群版と同値であることを示した(Bas60 Theorem 2.1、p. 471。証明は pp. 471–473)。この記事の定義は Bass の条件 (b) であり、左右の区別がいらない。Theorem 2.1 のうち、射影被覆の存在から条件 (b) を導く向きは、この記事では証明しない。
半完全環の Jacobson根基がさらに左 T 冪零($J$ の元の列 $a_1,a_2,\dots$ についてある $n$ で $a_1a_2\cdots a_n=0$)なら、有限生成とは限らないすべての左加群が射影被覆をもつ。この性質をもつ環を左完全環といい、Jacobson根基が左右の T 冪零性をともにもつものを完全環という。体上有限次元の自己入射的な多元環の典型である Frobenius 代数は準Frobenius環の例である。

関連項目

参考文献

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