次元

同義語:ベクトル空間の次元dimension

概要

次元(dimension)とは、体上のベクトル空間の基底に属する元の個数である。有限次元では基底の個数が選び方によらないことを交換補題から証明でき、座標の自由度を表す不変量になる。係数体を替えると値は変わり、部分空間・商空間・線形写像には次元の公式が成り立つ。無限次元の基底の濃度や、Krull 次元など別の次元概念とは条件と定義を区別する。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: ベクトル空間, 線形独立, 基底

次元とは

ベクトル空間の次元は、その空間の元を表すために必要な基底ベクトルの個数である。$K^3$ の標準基底は3個、次数が高々2の多項式の空間の基底 $1,T,T^2$ も3個なので、どちらも $K$ 上3次元である。基底の形は一通りではないが、個数は変わらない。この不変性があるため、次元は座標の選び方によらない空間の量になる(Axl24 Chapter 2, §§2B–2C)。
「何を一つと数えるか」は係数体にも依存する。複素数体 $\mathbb C$ は $\mathbb C$ 上なら基底 $1$ の1次元空間だが、$\mathbb R$ 上なら基底 $1,i$ の2次元空間である。そこで $\dim_K V$ と書き、体 $K$ を明示する。位相空間の被覆次元や可換環・代数多様体の Krull次元 も「次元」と呼ばれるが、定義は異なる。本記事の主題はベクトル空間の次元であり、異なる種類の次元を同じ公式へ無条件に代入しない。

基底による定義

体 $K$ 上のベクトル空間 $V$ の有限個の元 $v_1,\ldots,v_n$ が基底であるとは、全ての $v\in V$ がそれらの線形結合として一意に書けることである。これは、その族が $V$ を生成し、かつ線形独立であることと同値である。空族の線形結合は零ベクトルだけなので、零空間 $\{0\}$ の基底は空族である。

有限次元と次元

$V$ が有限個の元からなる基底をもつとき、$V$ を有限次元という。この基底の元の個数を $V$ の次元といい、$\dim_K V$ と書く。$\dim_K\{0\}=0$ と定める。有限基底をもたない空間を無限次元という。

定義を述べただけでは、別の基底が別の個数を持たないとは分からない。基底の長さの一意性は、独立な族と生成する族の長さを比較して証明する。比較の核心は、生成する族の一つを独立な族の一つと交換しても生成性を失わないという事実である。以下では有限個の族を扱い、重複するベクトルや零ベクトルが入る場合も明示する。

交換による個数比較

$w_1,\ldots,w_m$ が $V$ を生成し、$v_1,\ldots,v_n$ が線形独立なら $n\leq m$ である。さらに、生成する族の一部を $v_1,\ldots,v_n$ で置き換えても $V$ を生成するようにできる。

交換による個数比較の証明

$j=0$ から始め、$v_1,\ldots,v_j,w_{j+1}',\ldots,w_m'$ が $V$ を生成するように進める。$j=0$ では元の生成族である。$j< n$ とし、この族で $v_{j+1}$ を表す。$v_{j+1}$ は $v_1,\ldots,v_j$ の張る空間に属さないので、残る $w_k'$ のうち少なくとも一つの係数 $a_k$ は零でない。体 $K$ では $a_k$ の逆元があるから、その等式を解いて $w_k'$ を $v_1,\ldots,v_{j+1}$ と他の $w'$ の線形結合にできる。従って $w_k'$ を $v_{j+1}$ と交換した族も $V$ を生成する。残る $w'$ を付け直して帰納を進める。$j=m$ までに全て交換したなら、生成する族は $v_1,\ldots,v_m$ だけになる。もし $n>m$ なら $v_{m+1}$ はこれらの線形結合となり、線形独立性に反する。従って $n\leq m$ であり、最初の $n$ 個までの交換も実行できる。

この証明で逆元を使うのは、交換される $w_k'$ の係数 $a_k$ を解く箇所である。一般の環の加群では非零係数が単元とは限らず、同じ証明をそのまま使えない。次元がベクトル空間でよく振る舞う理由の一つは、係数が体であることにある。また生成族に零ベクトルや重複があっても、選ぶ $a_k\ne0$ の項は独立な族の新しい元を実際に表すのに必要な項なので、交換は可能である。

基底の個数は不変

有限次元ベクトル空間 $V$ のどの二つの基底も同じ個数の元をもつ。従って $\dim_K V$ は基底の選択によらず定まる。

基底の個数が不変であることの証明

基底 $B=(v_1,\ldots,v_n)$ と $C=(w_1,\ldots,w_m)$ を取る。$B$ は独立で $C$ は生成するから、直前の補題により $n\leq m$。逆に $C$ は独立で $B$ は生成するから $m\leq n$。ゆえに $m=n$ である。零空間の空基底の場合も $m=n=0$ で含まれる。

基底が無数にあっても、基底の個数が共通なら計算には都合のよい基底を選んでよい。正則な行列で座標を変えても次元は動かない。この意味で次元は空間の「自由に選べる座標の本数」である。ただし基底の個数と集合としての元の個数は異なる。有限体 $\mathbb F_q$ 上の $n$ 次元空間には $q^n$ 個の元があり、実数体上の1次元空間と2次元空間はどちらも集合としては無限個の元を持つ。

例と境界

座標空間と多項式の空間

$K^n$ の標準単位ベクトル $e_1,\ldots,e_n$ は基底だから $\dim_K K^n=n$ である。次数が高々 $d$ の多項式からなる $K[T]_{\leq d}$ の基底は $1,T,\ldots,T^d$ で、$\dim_K K[T]_{\leq d}=d+1$。ここでは $d\geq0$ とする。零多項式はこの空間に含むが、その次数は基底の個数を決める際に数えない。

係数体を替えたとき

$\mathbb C$ は $\mathbb C$ 上では $1$ を基底に持ち $\dim_{\mathbb C}\mathbb C=1$、$\mathbb R$ 上では $1,i$ を基底に持ち $\dim_{\mathbb R}\mathbb C=2$ である。$\mathbb C^n$ は $\mathbb C$ 上 $n$ 次元、$\mathbb R$ 上 $2n$ 次元になる。$\mathbb R$ 線形な座標と $\mathbb C$ 線形な座標を混同して、同じベクトルの「次元が矛盾した」と考える必要はない。

無限次元の多項式空間

全ての多項式の空間 $K[T]$ は無限次元である。実際 $1,T,T^2,\ldots$ は線形独立であり、有限個のベクトル $p_1,\ldots,p_m$ が空間全体を生成するなら、その次数の最大値を超える $T^N$ は生成できない。$K[T]$ の各元が有限和であることと、空間全体が有限個の元で生成されることは違う。

基底でない族を数えない

$\mathbb R^2$ の族 $(1,0),(0,1),(1,1)$ は空間を生成するが3個目が最初の二つの和なので基底ではない。他方 $(1,0)$ は独立だが $\mathbb R^2$ を生成しない。どちらの族の長さも次元とは呼ばない。生成する族と独立な族の両条件を満たすものだけを数える。

有限次元 $n$ の空間は、どの生成族も少なくとも $n$ 個、どの独立な族も高々 $n$ 個の元を持つ。これは交換補題を基底と比べれば直ちに従う。さらに、ちょうど $n$ 個の元をもつ生成族、あるいはちょうど $n$ 個の元をもつ独立な族は基底である。前者は余計な元を除いて基底を作ると個数が減ってはいけないため、後者は独立な族に元を足して基底を作ると個数が増えてはいけないためである。実際の計算では、生成性と独立性を両方別々に証明する代わりに、この個数判定が使える(Axl24 §2C)。

部分空間と商空間

$V$ が有限次元で $U\subseteq V$ が部分空間なら、$U$ の線形独立な族は $V$ でも独立である。従って $U$ の次元は $V$ の次元を超えない。しかも次元が等しければ $U=V$ である。これは無限次元ではそのまま成り立たない。例えば $K[T]$ の真部分空間 $TK[T]$ は、どちらも可算個の元を持つ基底 $1,T,T^2,\ldots$ と $T,T^2,T^3,\ldots$ をそれぞれ持つ。無限の基数としての次元が等しくても、真の包含はあり得る。

有限次元部分空間の比較

$V$ を $n$ 次元ベクトル空間、$U\subseteq V$ を部分空間とすると、$U$ は有限次元で $\dim_K U\leq n$ である。等号が成り立つのは $U=V$ のとき、またそのときに限る。

部分空間の比較の証明

$U$ から独立な族を作る。空族から始め、現在の族が $U$ を生成しなければ、張る空間の外から一つ選んで付け加える。追加した族は常に独立で、$V$ の $n$ 個の元からなる基底という生成族と交換補題で比較すると、その長さは $n$ 以下である。従って高々 $n$ 回の追加で止まり、得られた族は $U$ の基底である。これで $\dim U\leq n$。等号ならその基底は $V$ 内の $n$ 個の独立な元であり、先の個数判定で $V$ の基底にもなる。ゆえに $U=V$。逆は明らかである。

$U$ の基底 $u_1,\ldots,u_r$ を $V$ の基底 $u_1,\ldots,u_r,w_1,\ldots,w_s$ へ延長できる。すると商ベクトル空間 $V/U$ では $w_1+U,\ldots,w_s+U$ が基底となる。張ることは $V$ の基底表示から、独立であることは $\sum a_jw_j\in U$ なら $V$ の基底の線形独立性から全係数が零になることから分かる。

商と直和の次元

$U\subseteq V$ が有限次元ベクトル空間の部分空間なら
$$ \dim_K V=\dim_K U+\dim_K(V/U). $$
また有限次元の $V_1,V_2$ について $\dim_K(V_1\oplus V_2)=\dim_K V_1+\dim_K V_2$ である。

商と直和の次元公式の証明

$U$ の基底を $V$ の基底へ延長し、その追加された元の個数を $s$ とする。直前に示したとおり追加元の剰余類は $V/U$ の基底だから、$\dim(V/U)=s$。元の $U$ の基底の個数を $r$ とすれば $\dim V=r+s$ である。直和については $V_1$ の基底 $e_1,\ldots,e_r$ と $V_2$ の基底 $f_1,\ldots,f_s$ から $(e_1,0),\ldots,(e_r,0),(0,f_1),\ldots,(0,f_s)$ を作る。各成分で表現が一意だからこの族は直和の基底であり、個数は $r+s$ である。

この公式で $V/U$ の次元は、$U$ を零とみなした後に残る独立な方向の個数を測る。例えば $V=\mathbb R^3$、$U=\{(x,y,0):x,y\in\mathbb R\}$ なら $\dim U=2$、$\dim(V/U)=1$ であり、$V/U$ は高さ方向だけを記録する。余次元はこの $\dim(V/U)$ で定義される。ただし $V$ が無限次元なら、基数の足し算に引き算のような一意性はなく、「$\dim V-\dim U$」と機械的に書く代わりに商空間の基底を直接調べる。

線形写像を数える

線形写像 $A\colon V\to W$ について、$\ker A$ は $0$ へ移る元の部分空間、$\operatorname{im}A$ は像の部分空間である。核の次元を退化次数、像の次元を階数という。$V$ が有限次元なら、これらの次元の和は $V$ の次元に等しい。これは行列の行や列を数えた偶然ではなく、核の基底を空間全体の基底に延長した結果である。

階数と退化次数の公式

$A\colon V\to W$ が線形写像で $V$ が有限次元なら、
$$ \dim_K V=\dim_K\ker A+\dim_K\operatorname{im}A. $$
$W$ の有限次元性は仮定しない。

階数と退化次数の公式の証明

$\ker A$ の基底 $u_1,\ldots,u_r$ を $V$ の基底 $u_1,\ldots,u_r,v_1,\ldots,v_s$ に延長する。$A(v_1),\ldots,A(v_s)$ は像を生成する。実際 $x=\sum a_iu_i+\sum b_jv_j$ なら $A(x)=\sum b_jA(v_j)$ である。また $\sum b_jA(v_j)=0$ なら $\sum b_jv_j\in\ker A$ だから、ある $a_i$ で $\sum b_jv_j=\sum a_iu_i$ となる。$V$ の基底の独立性から全ての $b_j$ は零である。従って $A(v_1),\ldots,A(v_s)$ は像の基底であり、$\dim V=r+s$、$\dim\ker A=r$、$\dim\operatorname{im}A=s$ である。

例えば $A\colon\mathbb R^3\to\mathbb R^2$、$A(x,y,z)=(x+y,z)$ なら $\ker A=\{(t,-t,0):t\in\mathbb R\}$ は1次元、像は $\mathbb R^2$ で2次元、合計は3になる。この例では像の次元が2でも、定義域の次元3と同じである必要はない。線形写像が単射なら核は零空間なので像の次元は定義域と等しい。全射なら像の次元は終域と等しい。この二つを同時に満たすとき線形同型になり、同型な有限次元空間の次元は一致する。
なお同じ $\dim V$ を持つ有限次元空間は線形同型である。両者の基底を一つずつ選んで対応させれば線形写像が一意に延長され、その逆も基底の逆対応で作れる。従って体 $K$ を固定した有限次元ベクトル空間の同型類は、非負整数の次元で区別できる。ただし「同型である」ことと「等しい集合である」ことは違い、基底の選び方に依存しない特定の同型が常にあるわけではない。

二つの部分空間を足すとき

部分空間 $U,W\subseteq V$ の和 $U+W=\{u+w:u\in U,w\in W\}$ を考える。単純に次元を足すと、両方に入る方向を二重に数えてしまう。共通部分 $U\cap W$ の次元を一度引くと正確な値になる。$U\cap W=\{0\}$ のときだけ $U+W$ は内部直和で、単純な足し算になる。

部分空間の和の次元

$U,W$ を有限次元ベクトル空間 $V$ の部分空間とすると
$$ \dim_K(U+W)=\dim_K U+\dim_K W-\dim_K(U\cap W). $$

部分空間の和の公式の証明

$U\cap W$ の基底 $e_1,\ldots,e_r$ を $U$ の基底 $e_1,\ldots,e_r,u_1,\ldots,u_s$ と $W$ の基底 $e_1,\ldots,e_r,w_1,\ldots,w_t$ にそれぞれ延長する。これらを一つに並べた $e_1,\ldots,e_r,u_1,\ldots,u_s,w_1,\ldots,w_t$ は $U+W$ を生成する。もしこの族の線形結合が零なら、$\sum_j b_jw_j$ は $U$ にも $W$ にも入るから $U\cap W$ に属する。$W$ の基底の独立性より全ての $b_j$ は零である。残る $e_i,u_j$ の係数も $U$ の基底の独立性で零となる。従ってこの族は基底で、その個数は $r+s+t=(r+s)+(r+t)-r$ である。

例えば $\mathbb R^3$ の $xy$ 平面と $xz$ 平面はともに2次元だが、共通部分は $x$ 軸の1次元である。和は $\mathbb R^3$ 全体だから、公式は $3=2+2-1$ を与える。ここで単に $2+2$ と数えると4になり、3次元空間の部分空間として不可能な値になる。逆に二つの直線が原点以外で交わらないなら、共通部分は零空間であり、和は2次元になる。

無限次元と他の次元概念

無限次元空間には有限基底がない。選択公理を認めれば、任意のベクトル空間は基底を持ち、全ての基底の濃度は等しいので、その濃度を無限次元の場合の $\dim_K V$ と呼べる。本記事の有限次元の証明だけで任意の無限基底の存在や濃度の一意性まで証明したわけではない。ここでの無限次元の例 $K[T]$ は、$1,T,T^2,\ldots$ という明示的な可算基底を持つため、この一般的な存在定理には頼らない。
関数解析では「基底」という語に別の意味がある。Hilbert 空間 $\ell^2$ の標準単位ベクトルは、無限級数としての収束を許せば全ての元を表す正規直交基底であるが、各元が有限線形結合になるという Hamel 基底ではない。従ってその可算個数だけから $\ell^2$ の代数的次元が可算だと結論してはいけない。代数的な次元と、位相やノルムを使って測る性質を分ける。
可換環の Krull 次元は、素イデアルの真に増加する鎖の長さの上限で定義される。$K[T]$ は $K$ 上のベクトル空間としては無限次元だが、環としての Krull 次元は1である。この二つの「次元」は対象に付ける構造と数え方が違うため、値が異なっても矛盾ではない。多様体の局所座標の個数やスキームの局所次元も、各々の定義と仮定のもとで使う。単に「次元」と書かれていたら、何を基底または鎖として数えているかを文脈から確認する。

計算するときの順序

有限次元の計算は、まず係数体と対象のベクトル空間を指定し、次に基底候補が生成と独立の両方を満たすことを示し、最後に元の個数を数える。生成族だけが分かる場合は不要な元を除き、独立な族だけが分かる場合は基底へ延長できる。部分空間や線形写像が与えられているなら、基底を直接作るほかに、商の公式や階数・退化次数の公式を使える。ただしこれらの公式は有限次元性を明示して適用する。
例えば方程式 $x+y+z=0$ で切られた $\mathbb R^3$ の部分空間は、$(x,y,z)=(x,y,-x-y)=x(1,0,-1)+y(0,1,-1)$ と表せる。二つのベクトルは独立であり、次元は2である。同じ結論は線形汎関数 $(x,y,z)\mapsto x+y+z$ の核として、階数が1であることから $3-1=2$ と計算しても得られる。二つの方法が同じ値を与えるのは、次元が基底の選び方によらないためである。

反例:条件を外すと何が崩れるか

この記事の命題の仮定を一つずつ外すと、次のように結論が崩れる。

外す条件反例成り立たなくなること
有限次元(命題「有限次元部分空間の比較」)$TK[T]\subsetneq K[T]$次元が等しい部分空間は全体に等しいこと
有限次元(自己写像の場合の階数と退化次数の公式の帰結)$K[T]$ 上の $T$ 倍写像単射な自己線形写像は全射であること
係数が体であること(交換補題と個数判定)$\mathbb Z$ 加群 $\mathbb Z$ の族 $(2)$ と $(2,3)$次元と同じ個数の独立な族・極小な生成族が基底であること
部分空間が二つであること(部分空間の和の次元)$\mathbb R^2$ の三本の直線包除の形の次元公式
反例:無限次元での真部分空間と単射な自己写像

$K[T]$ の部分空間 $TK[T]$(定数項が $0$ の多項式全体)は基底 $T,T^2,T^3,\ldots$ を持ち、$K[T]$ の基底 $1,T,T^2,\ldots$ と基底の個数は同じく可算無限である。しかし定数 $1$ は $TK[T]$ に入らないので $TK[T]\ne K[T]$ である。破る仮定は「$V$ が有限次元」、崩れる結論は命題「有限次元部分空間の比較」の「等号なら $U=V$」である。証明で使った「$n$ 個の独立な元は基底」という個数判定が、無限次元では働かない。
同じ現象を線形写像で見る。$A:K[T]\to K[T]$、$A(p)=Tp$ は線形で、$Tp=0$ なら $p=0$ だから単射である。像は $TK[T]$ で、$1$ が像に入らないので全射でない。有限次元 $V$ なら、単射な $A:V\to V$ は $\dim\ker A=0$ と階数と退化次数の公式から $\dim\operatorname{im}A=\dim V$ となり、命題「有限次元部分空間の比較」で $\operatorname{im}A=V$ となる。この結論が $V$ の有限次元性なしには成り立たない。

反例:体でない係数では個数判定が崩れる

整数全体 $\mathbb Z$ を $\mathbb Z$ 上の加群とみる。$(1)$ は基底なので、基底の個数は $1$ である。

  • 一元の族 $(2)$ は独立である($2a=0$ なら $a=0$)が、$\mathbb Z$ を生成しない。$1=2a$ となる整数 $a$ はないからである。基底の個数と同じ個数の独立な族が基底にならず、$(2)$ を基底へ延長することもできない($\mathbb Z$ の基底は一元の族 $(1)$ か $(-1)$ だけで、どちらも $2$ を含まない)。
  • 二元の族 $(2,3)$ は $1=3-2$ から $\mathbb Z$ を生成し、$(2)$ も $(3)$ も単独では生成しない($1$ が $2$ の倍数でも $3$ の倍数でもない)ので極小な生成族である。しかし $3\cdot2-2\cdot3=0$ という自明でない関係があり独立でない。極小な生成族から基底が取り出せない。
    破る仮定は「係数が体」である。交換補題の証明で非零の係数 $a_k$ の逆元を使って $w_k'$ を解いた段が、$\mathbb Z$ では $2$ や $3$ が単元でないため働かない。
反例:三つの部分空間では包除の公式が成り立たない

$\mathbb R^2$ の三本の直線 $U_1=\mathbb R(1,0)$、$U_2=\mathbb R(0,1)$、$U_3=\mathbb R(1,1)$ を取る。どの二本も原点でだけ交わるので $\dim(U_i\cap U_j)=0$、$\dim(U_1\cap U_2\cap U_3)=0$ である。集合の要素の個数の包除原理にならって次元を計算すると
$$ \dim U_1+\dim U_2+\dim U_3-\sum_{i< j}\dim(U_i\cap U_j)+\dim(U_1\cap U_2\cap U_3)=3 $$
となるが、$U_1+U_2+U_3=\mathbb R^2$ の次元は $2$ である。破る仮定は「部分空間が二つ」、崩れる結論は命題「部分空間の和の次元」を三つ以上に広げた公式である。証明で共通部分の基底を両方の基底へ延長した段が、三つの部分空間では同時に行えない($U_1\cap(U_2+U_3)=U_1\ne(U_1\cap U_2)+(U_1\cap U_3)=0$ となり、分配則が成り立たない)。

関連項目

参考文献

[1]
Sheldon Axler, Linear Algebra Done Right, Springer Cham, 2024, Chapter 2, §§2B–2C (bases, exchange, dimension, subspaces); Chapter 3, linear maps and rank-nullity.

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