単位的マグマ

概要

単位的マグマ(unital magma)とは、集合と二項演算の組であるマグマ $\langle M,\cdot\rangle$ であって、$M$ のすべての元 $a$ に対して $e\cdot a=a\cdot e=a$ を満たす元 $e$ をもつもののことである。結合律を仮定しないので、モノイドより広い概念である。単位元は存在すれば一意なので、三つ組 $\langle M,\cdot,e\rangle$ と書いて単位元を構造の一部に含める流儀もあり、部分構造と準同型の定め方はこの流儀の違いに関わる。元が二つ以下なら結合的だが、三元の演算表で結合律が破れる例があるので、含意「単位的マグマならばモノイド」は偽である。単位元を含む部分マグマと直積は、ふたたび単位的マグマになる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 集合と写像, 二項演算, マグマ, 単位元

定義

集合 $M$ と二項演算 $\cdot\colon M\times M\to M$ の組 $\langle M,\cdot\rangle$ をマグマ(magma)という。結合律 $(a\cdot b)\cdot c=a\cdot(b\cdot c)$ も可換律 $a\cdot b=b\cdot a$ も仮定しない。本記事では、マグマのうち「どの元と演算しても相手を変えない元」をもつものを扱う。

両側の単位元をもつマグマ

マグマ $\langle M,\cdot\rangle$ に対し、ある元 $e\in M$ が存在して、$M$ のすべての元 $a$ に対して
$$ e\cdot a=a\cdot e=a $$
が成り立つとき、$\langle M,\cdot\rangle$ を単位的マグマ(unital magma)といい、$e$ をその単位元という。単位元をもつマグマをこの名でよぶ用語法は Bou89 Chapter I §2.1 による。

単位元は存在すればただ一つに定まる。この一意性の主張と証明は 単位元 が所有しており、本記事では再掲しない。一意であることから、単位元を明示して三つ組 $\langle M,\cdot,e\rangle$ と書き、$e$ を構造の一部に含める流儀と、二つ組 $\langle M,\cdot\rangle$ のまま単位元の存在だけを要請する流儀の、どちらを採っても「単位的マグマである」という条件そのものは変わらない。違いが現れるのは部分構造と写像の扱いで、その差は本記事の補足節で述べる。以下、単位元を明示するときは $\langle M,\cdot,e\rangle$ と書く。

単位元を保つ写像

単位的マグマ $\langle M,\cdot,e_M\rangle$ から単位的マグマ $\langle N,\ast,e_N\rangle$ への写像 $f\colon M\to N$ が、

  1. すべての $x,y\in M$ に対して $f(x\cdot y)=f(x)\ast f(y)$
  2. $f(e_M)=e_N$
    をともに満たすとき、$f$ を単位的マグマの準同型(homomorphism of unital magmas)という。条件 1 だけを満たす写像はマグマの準同型とよばれる。

直感

単位的マグマ(unital magma)は、モノイドから結合律だけを取り去った構造である。演算の順序を組み替える自由はないまま、「何もしない元」という基準点だけが与えられている。この基準点があるおかげで逆元のような概念は意味をもつ一方、モノイドで当たり前に使う計算の多くは結合律に依存しているので、結合律を落とすと何が残り何が壊れるかを見分ける枠として役に立つ。

例と反例

数と写像の合成における例

$\langle\mathbb{Z},+,0\rangle$ は単位的マグマである。任意の $a\in\mathbb{Z}$ に対して $0+a=a+0=a$ が成り立つからである。同様に $\langle\mathbb{R},\times,1\rangle$ は単位的マグマであり($1\times a=a\times1=a$)、集合 $X$ からそれ自身への写像全体 $X^X$ に合成 $f\cdot g:=f\circ g$ を入れたマグマは恒等写像 $\mathrm{id}_X$ を単位元とする単位的マグマである(任意の $f\colon X\to X$ と $x\in X$ に対して $(\mathrm{id}_X\circ f)(x)=f(x)=(f\circ\mathrm{id}_X)(x)$)。これら三つはいずれも結合律を満たすので、後述の階層ではモノイドでもある。単位元そのものの性質と、同じ集合でも演算ごとに単位元が変わることは 単位元 が扱う。

Jordan積による非結合的な例

実数を成分とする $2$ 次正方行列全体 $M_2(\mathbb{R})$ に、行列の積 $AB$ を用いて
$$ A\circ B:=\tfrac{1}{2}(AB+BA) $$
と定める。右辺は再び $M_2(\mathbb{R})$ の元なので $\circ$ は二項演算であり、$AB$ と $BA$ を入れ替えても右辺は変わらないので $\circ$ は可換である。単位行列 $I$ は $I\circ A=\tfrac{1}{2}(IA+AI)=A$ を満たし、可換性とあわせて $\langle M_2(\mathbb{R}),\circ,I\rangle$ は単位的マグマである。
この演算は結合的でない。行列
$$ E_{11}=\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix},\qquad E_{12}=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix},\qquad E_{21}=\begin{pmatrix}0&0\\1&0\end{pmatrix} $$
を取る。$E_{11}E_{12}=E_{12}$ と $E_{12}E_{11}=O$ から $E_{11}\circ E_{12}=\tfrac{1}{2}E_{12}$ であり、$E_{12}E_{21}=E_{11}$ と $E_{21}E_{12}=E_{22}$ から $E_{12}\circ E_{21}=\tfrac{1}{2}I$ である。したがって
$$ (E_{11}\circ E_{12})\circ E_{21}=\tfrac{1}{2}(E_{12}\circ E_{21})=\tfrac{1}{4}I,\qquad E_{11}\circ(E_{12}\circ E_{21})=\tfrac{1}{2}(E_{11}\circ I)=\tfrac{1}{2}E_{11} $$
となる。前者の $(2,2)$ 成分は $\tfrac{1}{4}$、後者の $(2,2)$ 成分は $0$ なので両者は異なる。可換であっても結合的とは限らないことが、この例からわかる。

反例:結合律が破れる三元の演算表

相異なる三元からなる集合 $M=\{e,a,b\}$ に、次の演算表で二項演算 $\cdot$ を定める。行が左の元、列が右の元で、交わりに $x\cdot y$ を書いている。

$\cdot$$e$$a$$b$
$e$$e$$a$$b$
$a$$a$$b$$a$
$b$$b$$a$$a$

表の $e$ の行と $e$ の列から、すべての $x\in M$ に対して $e\cdot x=x\cdot e=x$ が読み取れる。したがって $\langle M,\cdot\rangle$ は性質 $P$「単位的マグマである」を満たす。しかし性質 $Q$「モノイドである(結合律を満たす)」は満たさない。実際、表から $a\cdot a=b$、$b\cdot b=a$、$a\cdot b=a$ なので
$$ (a\cdot a)\cdot b=b\cdot b=a,\qquad a\cdot(a\cdot b)=a\cdot a=b $$
であり、$a\neq b$ だから両者は一致しない。よって含意 $P\Rightarrow Q$、すなわち「単位的マグマならばモノイドである」は偽である。
この演算表は対称なので $\langle M,\cdot\rangle$ は可換でもある。また prop-unital-magma-small により元が二つ以下の単位的マグマはすべて結合的なので、結合律を破る単位的マグマとしてこの三元の例は最小である。

反例:演算を保つが単位元を保たない写像

$\langle\mathbb{Z},\times,1\rangle$ を整数の乗法による単位的マグマとする。直積集合 $\mathbb{Z}\times\mathbb{Z}$ に成分ごとの積
$$ (x,y)\bullet(x',y'):=(xx',yy') $$
を入れると、prop-unital-magma-product により $\langle\mathbb{Z}\times\mathbb{Z},\bullet,(1,1)\rangle$ は単位的マグマである。写像 $f\colon\mathbb{Z}\to\mathbb{Z}\times\mathbb{Z}$ を $f(x):=(x,0)$ で定める。このとき任意の $x,y\in\mathbb{Z}$ に対して
$$ f(x\times y)=(xy,0)=(x\times y,\,0\times0)=f(x)\bullet f(y) $$
なので、$f$ は性質 $P$「マグマの準同型である」を満たす。しかし $f(1)=(1,0)$ であって $(1,1)$ ではないから、$f$ は性質 $Q$「単位的マグマの準同型である」を満たさない。よって含意 $P\Rightarrow Q$、すなわち「演算を保つ写像は単位元も保つ」は偽である。この $f$ は単射であり、値がつねに一つの元に潰れるような退化した写像ではない。
単位元を保つことを条件 2 として明示的に課すのは、この現象があるからである。同種の現象の例は 単位元 の記事にある。

性質

三元より小さい非結合的な例はないこと

単位的マグマ $\langle M,\cdot,e\rangle$ の元の個数が $2$ 以下ならば、$\cdot$ は結合的である。すなわちそのような単位的マグマはモノイドである。

まず、$x,y,z\in M$ のうち少なくとも一つが $e$ ならば $(x\cdot y)\cdot z=x\cdot(y\cdot z)$ が成り立つことを見る。$x=e$ のとき、単位元の条件から $(e\cdot y)\cdot z=y\cdot z$ かつ $e\cdot(y\cdot z)=y\cdot z$ である。$y=e$ のとき $(x\cdot e)\cdot z=x\cdot z$ かつ $x\cdot(e\cdot z)=x\cdot z$ である。$z=e$ のとき $(x\cdot y)\cdot e=x\cdot y$ かつ $x\cdot(y\cdot e)=x\cdot y$ である。いずれの場合も両辺は一致する。ここまでは $M$ の大きさを使っていない。
$M$ の元が $1$ 個ならば $M=\{e\}$ であり、すべての三つ組が上の場合に入る。$M$ の元が $2$ 個ならば $M=\{e,a\}$($a\neq e$)と書け、上の場合に入らない三つ組は $(a,a,a)$ だけである。$a\cdot a\in M=\{e,a\}$ なので二通りを調べればよい。$a\cdot a=e$ のときは $(a\cdot a)\cdot a=e\cdot a=a$ かつ $a\cdot(a\cdot a)=a\cdot e=a$ である。$a\cdot a=a$ のときは $(a\cdot a)\cdot a=a\cdot a$ かつ $a\cdot(a\cdot a)=a\cdot a$ である。どちらも両辺が一致する。よって $\cdot$ は結合的である。$\square$

部分集合が単位元を含む場合

$\langle M,\cdot,e\rangle$ を単位的マグマとし、部分集合 $S\subset M$ が次の二条件を満たすとする。

  1. $e\in S$
  2. $x,y\in S$ ならば $x\cdot y\in S$
    このとき $\cdot$ の $S\times S$ への制限は $S$ 上の二項演算であり、$\langle S,\cdot,e\rangle$ は単位的マグマである。このような $S$ を $\langle M,\cdot,e\rangle$ の部分単位的マグマという。さらに、部分単位的マグマの空でない族 $\{S_i\}_{i\in I}$ に対し、共通部分 $\bigcap_{i\in I}S_i$ も部分単位的マグマである。

条件 2 は、$\cdot$ の $S\times S$ への制限の値がつねに $S$ に属することを意味するので、この制限は写像 $S\times S\to S$、すなわち $S$ 上の二項演算である。条件 1 より $e\in S$ であり、$M$ で成り立つ等式 $e\cdot a=a\cdot e=a$ は、とくに $a\in S$ に対しても成り立つ。よって $e$ は $\langle S,\cdot\rangle$ の単位元であり、$\langle S,\cdot,e\rangle$ は単位的マグマである。
共通部分について。$I\neq\emptyset$ とし $S:=\bigcap_{i\in I}S_i$ とおく。各 $i$ で $e\in S_i$ だから $e\in S$ である。$x,y\in S$ とすると各 $i$ について $x,y\in S_i$ であり、$S_i$ が条件 2 を満たすので $x\cdot y\in S_i$ である。$i$ は任意だったから $x\cdot y\in S$ である。よって $S$ は条件 1・2 を満たす。$\square$

直積が単位的になること

単位的マグマの族 $\{\langle M_i,\cdot_i,e_i\rangle\}_{i\in I}$ に対し、直積集合 $P:=\prod_{i\in I}M_i$ に成分ごとの演算
$$ (x_i)_{i\in I}\bullet(y_i)_{i\in I}:=(x_i\cdot_i y_i)_{i\in I} $$
を入れる。このとき $\langle P,\bullet\rangle$ は単位的マグマであり、その単位元は $(e_i)_{i\in I}$ である。さらに各 $j\in I$ に対し、第 $j$ 成分を取り出す射影 $p_j\colon P\to M_j$ は単位的マグマの準同型である。

$\bullet$ は各成分ごとに $\cdot_i$ を適用して定まるので、$P\times P$ から $P$ への写像、すなわち $P$ 上の二項演算である。各 $M_i$ の単位元 $e_i$ は一意に定まるので、族 $(e_i)_{i\in I}$ は選択を要さずに定まる $P$ の元である。任意の $(x_i)_{i\in I}\in P$ に対して
$$ (e_i)_{i\in I}\bullet(x_i)_{i\in I}=(e_i\cdot_i x_i)_{i\in I}=(x_i)_{i\in I},\qquad (x_i)_{i\in I}\bullet(e_i)_{i\in I}=(x_i\cdot_i e_i)_{i\in I}=(x_i)_{i\in I} $$
が成り立つので、$(e_i)_{i\in I}$ は $\langle P,\bullet\rangle$ の単位元である。
射影について。$p_j((x_i)_{i\in I}\bullet(y_i)_{i\in I})=x_j\cdot_j y_j=p_j((x_i)_{i\in I})\cdot_j p_j((y_i)_{i\in I})$ であり、$p_j((e_i)_{i\in I})=e_j$ である。よって $p_j$ は演算と単位元をともに保つ。$\square$

準同型の合成と像

次が成り立つ。

  1. 単位的マグマ $\langle M,\cdot,e_M\rangle$ の恒等写像 $\mathrm{id}_M$ は単位的マグマの準同型である。
  2. 単位的マグマの準同型 $f\colon M\to N$ と $g\colon N\to L$ の合成 $g\circ f$ は単位的マグマの準同型である。
  3. 単位的マグマの準同型 $f\colon M\to N$ の像 $f(M)$ は $N$ の部分単位的マグマである。

演算を $M$ で $\cdot$、$N$ で $\ast$、$L$ で $\star$ と書き、単位元をそれぞれ $e_M$、$e_N$、$e_L$ と書く。

  1. 任意の $x,y\in M$ に対して $\mathrm{id}_M(x\cdot y)=x\cdot y=\mathrm{id}_M(x)\cdot\mathrm{id}_M(y)$ であり、$\mathrm{id}_M(e_M)=e_M$ である。
  2. 任意の $x,y\in M$ に対して
    $$ g(f(x\cdot y))=g(f(x)\ast f(y))=g(f(x))\star g(f(y)) $$
    であり、$g(f(e_M))=g(e_N)=e_L$ である。
  3. $f(e_M)=e_N$ より $e_N\in f(M)$ である。$f(M)$ の二元は $f(x)$、$f(y)$($x,y\in M$)と書け、$f(x)\ast f(y)=f(x\cdot y)\in f(M)$ である。よって $f(M)$ は prop-unital-magma-submagma の条件 1・2 を満たす。$\square$

補足:代数構造の階層での位置と、二つの流儀

結合律を満たすマグマを半群、結合律を満たす単位的マグマをモノイド、すべての元が逆元をもつモノイドを群という。単位的マグマはこの階層で、マグマに「単位元の存在」だけを加えた段階にあたる。

段階直前の段階に加える条件直前の段階に属するがこの段階に属さない例
マグマ二項演算をもつ—
単位的マグマ両側の単位元が存在する偶数全体と乗法 $\langle2\mathbb{Z},\times\rangle$
モノイド結合律を満たすrem-unital-magma-counterexample の三元マグマ、ex-unital-magma-jordan
群各元が逆元をもつ自然数の加法 $\langle\mathbb{N},+,0\rangle$

表の右列はいずれも実際に条件を満たさない。$\langle2\mathbb{Z},\times\rangle$ は偶数の積が偶数なのでマグマだが、$e$ が単位元なら $e\times2=2$ から $e=1$ となり、$1$ は偶数でないので単位元をもたない。$\langle\mathbb{N},+,0\rangle$ は加法の結合律と $0+n=n+0=n$ からモノイドだが、$1+n\geq1>0$ がすべての $n\in\mathbb{N}$ で成り立つので $1$ は逆元をもたず、群ではない。
同じ例から、単位的マグマと半群のどちらも他方を含まないことがわかる。$\langle2\mathbb{Z},\times\rangle$ は乗法が結合的なので半群だが単位的マグマでなく、rem-unital-magma-counterexample の三元マグマは単位的マグマだが半群でない。両方を満たすものがモノイドである。
二つの流儀について。単位元が一意であることから、$\langle M,\cdot,e\rangle$ という三つ組で考えても $\langle M,\cdot\rangle$ で単位元の存在だけを要請しても、単位的マグマである対象の範囲は変わらない。違いが出るのは部分構造と写像である。三つ組の流儀では、部分構造は prop-unital-magma-submagma のように $e$ を含む部分マグマに限られ、写像は単位元を保つものに限られる。存在だけを要請する流儀では、$e$ を含まない部分マグマがそれ自身の単位元をもつことがあり、それは $e$ と異なりうる(単位元)。rem-unital-magma-homomorphism は、写像についてこの差が実際に生じることを示している。本記事は三つ組の流儀を採る。
prop-unital-magma-homomorphism-basic の 1 と 2 に、写像の合成が結合的であることを合わせると、単位的マグマを対象、単位的マグマの準同型を射とする圏が定まる。
片側だけの条件を課した元、すなわち $e\cdot a=a$ だけを満たす元や $a\cdot e=a$ だけを満たす元については、それぞれ 左単位元 と 右単位元 が扱う。直積の左単位元をすべて決定する主張は 左単位元 が所有しており、本記事の prop-unital-magma-product は両側の単位元についての主張である。
本記事の証明は、有限個の元についての等式の計算と、族についての成分ごとの計算だけからなる。prop-unital-magma-product で直積を取る際も、単位元が一意に定まることから代表元を選ぶ必要がなく、選択公理を使わない。

関連項目

参考文献

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