導来∞圏(derived ∞-category)とは、アーベル圏 $\mathcal A$ の複体を対象とし、鎖写像を射、鎖ホモトピーとその間の高次のホモトピーを高次の射とする安定∞圏である。十分な射影対象をもつ $\mathcal A$ では、射影対象からなる下に有界な複体の微分次数付き脈体 $\mathcal D^-(\mathcal A)$ として定義され、下に有界な複体の圏で擬同型を可逆にした∞圏と同値になる。微分次数付き脈体のホモトピー圏は次数 $0$ のホモロジーがなす圏なので、$\mathcal D^-(\mathcal A)$ のホモトピー圏は通常の導来圏である。写像錐は余ファイバーとして関手的に定まり、t構造の芯は $\mathcal A$ と同値である。
導来∞圏(derived ∞-category)は、アーベル圏 $\mathcal A$ の複体を対象とし、鎖写像を射、鎖ホモトピーを $2$ 射、鎖ホモトピーの間のホモトピーを $3$ 射、…とする安定∞圏である。そのホモトピー圏は通常の導来圏であり、導来∞圏は導来圏が忘れてしまう高次のホモトピーをすべて保持する。
導来圏は三角圏として扱われることが多い。しかし三角圏では、射の写像錐は同型を除いてしか定まらず、可換な正方形から三角形の射を作る仕方も一意でない(写像錐(複体) の例「TR3 の射は一意でない」)。導来∞圏では写像錐が余ファイバーとして普遍性で定まり、関手として扱える。さらに導来∞圏は「複体の圏で擬同型を可逆にした∞圏」としても特徴づけられる。
この記事では、微分次数付き圏から準圏を作る 微分次数付き脈体 を定義し、そのホモトピー圏が微分次数付き圏のホモトピー圏であることを証明する。それを使って導来∞圏を定義し、局所化による特徴づけ・安定性・t構造を述べる。最後に、体の上では導来∞圏が次数付きベクトル空間で記述できることを証明し、射影的な複体に制限することや有界性の条件が必要であることを例で確かめる。
複体はホモロジー的な添字 $M=(M_n,\ d\colon M_n\to M_{n-1})$ で書く。これは Lur17 §1.3 と 導来圏 の記事の規約である。
微分次数付き圏(DG圏)$\mathcal C$ は、対象の集まりと、対象 $X,Y$ ごとのアーベル群の複体 $\mathrm{Map}_{\mathcal C}(X,Y)$、双線形な合成 $\mathrm{Map}_{\mathcal C}(Y,Z)_p\times\mathrm{Map}_{\mathcal C}(X,Y)_q\to\mathrm{Map}_{\mathcal C}(X,Z)_{p+q}$、恒等射 $\mathrm{id}_X\in\mathrm{Map}_{\mathcal C}(X,X)_0$ からなり、合成は結合的で $\mathrm{id}$ を単位とし、Leibniz 則 $d(g\circ f)=dg\circ f+(-1)^pg\circ df$($g$ は次数 $p$)をみたす(Lur17 Definition 1.3.1.1、p. 80)。DG圏 の記事はコホモロジー的な添字で書くので、$\mathrm{Map}_{\mathcal C}(X,Y)_p$ はそこでの次数 $-p$ の射にあたる。次数 $0$ のサイクルの、境界による類のなす圏を $\mathcal C$ の ホモトピー圏 といい $H_0(\mathcal C)$ と書く。射の集合は $H_0(\mathrm{Map}_{\mathcal C}(X,Y))$ である(同 Remark 1.3.1.5、p. 81。DG圏 の $H^0$)。
微分次数付き圏 $\mathcal C$ の 微分次数付き脈体 $N_{\mathrm{dg}}(\mathcal C)$ は次の単体的集合である。$n$ 単体は、対象 $X_0,\dots,X_n$ と、$2$ 個以上の元をもつ部分集合 $I=\{a_0< a_1<\cdots< a_k\}\subset[n]$ ごとの元 $f_I\in\mathrm{Map}_{\mathcal C}(X_{a_0},X_{a_k})_{k-1}$ の組で、
$$
df_I=\sum_{p=1}^{k-1}(-1)^{k-p}\Bigl(f_{I\smallsetminus\{a_p\}}-f_{\{a_p<\cdots< a_k\}}\circ f_{\{a_0<\cdots< a_p\}}\Bigr)
$$
をみたすものである。順序を保つ写像 $\theta\colon[m]\to[n]$ は、$(X_i,f_I)$ を $(X_{\theta(j)},g_J)$ へ送る。ここで $g_J$ は、$\theta|_J$ が単射なら $f_{\theta(J)}$、$J=\{j< j'\}$ で $\theta(j)=\theta(j')$ なら $\mathrm{id}$、それ以外なら $0$ である。
これは Lur17 Construction 1.3.1.6(p. 81)を、部分集合の元を小さい順に番号づけて書き直したものである。$k=1$ では右辺は空で、$f_{\{a_0< a_1\}}$ は次数 $0$ のサイクルである。
ここで $f_{\{0,1\}}$ を $f_{01}$ のように略記した。$|I|>2$ の $f_I$ をすべて $0$ とする単体の全体は、$\mathcal C$ の次数 $0$ のサイクルのなす通常の圏の脈体である(Lur17 Remark 1.3.1.9、p. 82)。
$N_{\mathrm{dg}}(\mathcal C)$ は準圏である。さらに $0< j< n$ の内部ホーン $\Lambda^n_j\to N_{\mathrm{dg}}(\mathcal C)$ は、$f_{[n]}=0$ をみたす $n$ 単体へただ 1 通りに延びる。
これは Lur17 Proposition 1.3.1.10(p. 82)である。ホーンは $f_{[n]}$ と $f_{[n]\smallsetminus\{j\}}$ 以外のすべてを与えるので、$f_{[n]}=0$ として定義の式($I=[n]$)を $f_{[n]\smallsetminus\{j\}}$ について解けばよい。その解が $I=[n]\smallsetminus\{j\}$ の式もみたすことの一般の確かめは、この記事では証明しない。$n=2$ では $f_{02}:=f_{12}\circ f_{01}$、$f_{012}:=0$ が延長である。$n=3$、$j=1$ では、$I=[3]$ の式から $f_{023}:=f_{123}\circ f_{01}+f_{013}-f_{23}\circ f_{012}$ と定める。$f_{01}$、$f_{23}$ が次数 $0$ のサイクルであることと $2$ 単体の式から
$$
df_{023}=(f_{23}f_{12}-f_{13})f_{01}+(f_{13}f_{01}-f_{03})-f_{23}(f_{12}f_{01}-f_{02})=f_{23}\circ f_{02}-f_{03}
$$
となり、$2$ 単体 $\{0,2,3\}$ の式が成り立つ。$j=2$ も同様である。
微分次数付き圏 $\mathcal C$ について、対象を動かさず、辺 $f$ を $H_0(\mathrm{Map}_{\mathcal C}(X,Y))$ の類へ送る対応は、圏の同型
$$
hN_{\mathrm{dg}}(\mathcal C)\cong H_0(\mathcal C)
$$
を与える。とくに $N_{\mathrm{dg}}(\mathcal C)$ の辺が同値であることと、その類が $H_0(\mathcal C)$ で可逆であることは同値である。
要点:$2$ 単体による辺のホモトピーは差が境界であることに、合成を証言する $2$ 単体は合成のホモトピーにあたる。
prop-dic-quasicategory により $N_{\mathrm{dg}}(\mathcal C)$ は準圏なので、ホモトピー圏が定まる。その射の集合は、辺 $X\to Y$ の全体を「$2$ 単体によるホモトピー」で割ったものである(∞圏のホモトピー圏 の定義「2単体によるホモトピー」とその前の段落)。辺 $f,g\colon X\to Y$ について、$d_2\sigma=f$、$d_0\sigma=\mathrm{id}_Y$、$d_1\sigma=g$ をみたす $2$ 単体 $\sigma$ は、ex-dic-low-dimensions の 2 により、$dz=\mathrm{id}_Y\circ f-g=f-g$ をみたす $z\in\mathrm{Map}_{\mathcal C}(X,Y)_1$ にほかならない(面 $d_2,d_0,d_1$ はそれぞれ $\{0,1\},\{1,2\},\{0,2\}$ への制限である)。よって $f\simeq g$ は $f-g$ が境界であることと同値で、射の集合は $H_0(\mathrm{Map}_{\mathcal C}(X,Y))$ に一致する。
合成:辺 $f\colon X\to Y$、$g\colon Y\to Z$ について、$f_{01}=f$、$f_{12}=g$、$f_{02}=g\circ f$、$f_{012}=0$ は $2$ 単体である。ホモトピー圏の合成は、$f,g$ を辺にもつどの $2$ 単体の残りの辺の類でもよいので(∞圏のホモトピー圏 の命題「合成は代表と2単体の選び方によらない」)、$[g]\circ[f]=[g\circ f]$ である。恒等射は退化辺 $\mathrm{id}_X$ の類である。よって上の対応は合成と恒等射を保ち、対象と射の集合の上で全単射なので、圏の同型である。最後の主張は、同値の辺の定義(∞圏のホモトピー圏 の定義「同値の辺」)をこの同型で読みかえたものである。$\square$
写像空間についても同様の記述がある。$N_{\mathrm{dg}}(\mathcal C)$ の右写像空間 $\mathrm{Hom}^R(X,Y)$ は、複体 $\mathrm{Map}_{\mathcal C}(X,Y)$ の非負次数の部分(次数 $0$ はサイクルに置き換える)に Dold–Kan対応 を当てた単体的アーベル群と同型である(Lur17 Remark 1.3.1.12、p. 83)。したがって $n\ge0$ について、$0$ を基点とする $n$ 次のホモトピー群は $H_n(\mathrm{Map}_{\mathcal C}(X,Y))$ である(Dold–Kan対応 の注意「ホモトピーとの関係」)。また $N_{\mathrm{dg}}(\mathcal C)$ は、$\mathcal C$ から作った単体的豊穣圏のホモトピー整合的脈体と∞圏として同値である(Lur17 Proposition 1.3.1.17、p. 85)。
加法圏 $\mathcal A$ の複体 $M,N$ について、$\mathrm{Map}(M,N)_p:=\prod_n\mathrm{Hom}_{\mathcal A}(M_n,N_{n+p})$ とし、微分を $(df)(x)=d(f(x))-(-1)^pf(dx)$($f$ は次数 $p$)で定めると、複体の全体は微分次数付き圏 $\mathrm{Ch}(\mathcal A)$ になる(Lur17 Definition 1.3.2.1、p. 88)。次数 $0$ のサイクルは鎖写像であり、次数 $1$ の元 $h$ について $dh=d\circ h+h\circ d$ なので、$dh=f-g$ は $h$ が $f$ から $g$ への鎖ホモトピーであることを意味する。
$hN_{\mathrm{dg}}(\mathrm{Ch}(\mathcal A))$ は複体のホモトピー圏 $K(\mathcal A)$ と同型である。$N_{\mathrm{dg}}(\mathrm{Ch}(\mathcal A))$ の辺が同値であることと、鎖ホモトピー同値であることは同値である。
thm-dic-homotopy-category を $\mathcal C=\mathrm{Ch}(\mathcal A)$ に当てる。$H_0(\mathrm{Map}(M,N))$ は鎖写像を鎖ホモトピーで割った集合で、合成は鎖写像の合成なので、$H_0(\mathrm{Ch}(\mathcal A))=K(\mathcal A)$ である。$K(\mathcal A)$ の同型は鎖ホモトピー同値の類にほかならない。$\square$
加法圏 $\mathcal A$ について、$N_{\mathrm{dg}}(\mathrm{Ch}(\mathcal A))$ は安定∞圏である。鎖写像 $f\colon M\to M'$ の余ファイバーは写像錐 $C(f)$($C(f)_n=M'_n\oplus M_{n-1}$)で与えられ、懸垂は次数のずらし $(\Sigma M)_n=M_{n-1}$ で与えられる。
Lur17 Proposition 1.3.2.10(p. 89。証明は p. 91)と Remark 1.3.2.17(p. 91)であり、この記事では証明しない。シフトと写像錐で閉じた充満部分圏 $\mathcal C'\subset\mathrm{Ch}(\mathcal A)$ について、$N_{\mathrm{dg}}(\mathcal C')$ も安定である(同 p. 92)。
安定∞圏のホモトピー圏は三角圏になる(Lur17 Theorem 1.1.2.14、p. 27)。三角圏では写像錐の取り方の選択が残るが、安定∞圏では余ファイバーをとる操作は射の∞圏 $\mathrm{Fun}(\Delta^1,\mathcal C)$ からの関手 $\mathrm{cofib}$ として、可縮な選択の空間を除いて定まる(同 Remark 1.1.1.7、p. 19)。
$\mathcal A$ をアーベル圏とする。次数 $n\ll0$ で $M_n=0$ となる複体のなす充満部分圏を $\mathrm{Ch}^-(\mathcal A)$ と書き、射影対象からなるものを $\mathrm{Ch}^-(\mathcal A_{\mathrm{proj}})$ と書く。
記号 $\mathcal D^-$ の「$-$」は Lur17 に従う。導来圏 の記事の言葉では、$\mathrm{Ch}^-(\mathcal A)$ は下に有界な複体の圏で、そのホモトピー圏はそこでの $K^+(\mathcal A)$ である。
十分な射影対象をもつアーベル圏 $\mathcal A$ について、$h\mathcal D^-(\mathcal A)$ は、射影対象からなる下に有界な複体のホモトピー圏と同型であり、下に有界な複体の導来圏と圏同値である。
前半は cor-dic-chain-complexes の証明を充満部分圏 $\mathrm{Ch}^-(\mathcal A_{\mathrm{proj}})$ に当てたものである。後半は、射影対象からなる下に有界な複体のホモトピー圏が下に有界な複体の導来圏と圏同値であるという古典的な事実(Wei94 Theorem 10.4.8(p. 388)の後半。この記事では証明しない。添字の読み替えは 導来圏 の注意「添字の規約と出典」)である。$\square$
導来∞圏は、擬同型を可逆にする普遍性でも特徴づけられる。∞圏 $\mathcal C$ と射の集まり $W$ について、関手 $\mathcal C\to\mathcal D$ が $W$ を可逆にした∞圏 $\mathcal C[W^{-1}]$ を与えるとは、どの∞圏 $\mathcal E$ についても前合成 $\mathrm{Fun}(\mathcal D,\mathcal E)\to\mathrm{Fun}(\mathcal C,\mathcal E)$ が充満忠実で、その本質的像が $W$ の射を同値へ送る関手からなることをいう(Lur17 Definition 1.3.4.1、p. 108)。通常の圏 $\mathcal C$ については $\mathcal C[W^{-1}]:=N(\mathcal C)[W^{-1}]$ とする。
$W$ を擬同型の全体とする。
1 は Lur17 Theorem 1.3.4.4(p. 109)、2 は同 Proposition 1.3.5.15(p. 127)と Definition 1.3.4.15(p. 116)による(このモデル構造ではすべての複体がコファイブラントである)。3 は同 Proposition 1.3.4.5(p. 109)であり、この記事では証明しない。3 の同値は、鎖写像の脈体から微分次数付き脈体への包含($|I|>2$ の $f_I$ を $0$ とするもの)が引き起こす。
1 は Lur17 Corollary 1.3.2.18(p. 92)と Proposition 1.3.5.9(p. 125)、2 は同 Proposition 1.3.2.19(p. 92)と、$\mathcal D$ の場合の Definition 1.3.5.16(p. 128)・Proposition 1.3.5.21 の 2(p. 129)、3 は同 Proposition 1.3.5.21 の 1 であり、この記事では証明しない。$\mathcal A$ が十分な射影対象をもつ Grothendieck アーベル圏なら、$\mathcal D^-(\mathcal A)$ は $\mathcal D(\mathcal A)$ の充満部分圏として埋め込まれる(同 Proposition 1.3.5.24、p. 130)。また $\mathcal D^-(\mathcal A)$ は、右 t 完全な関手についての普遍性で特徴づけられる(同 Theorem 1.3.3.2、p. 97)。
導来∞圏の写像空間のホモトピー群は Ext関手 で書ける。$\mathcal A$ の対象 $M,N$ の射影分解を $P_M\to M$、$P_N\to N$ とする。$P_N\to N$($N$ は次数 $0$ だけに置く)は擬同型なので、$\mathrm{Map}(P_M,P_N)\to\mathrm{Map}(P_M,N)$ は擬同型である(Lur17 Lemma 1.3.2.20、p. 92)。$\mathrm{Map}(P_M,N)_p=\mathrm{Hom}_{\mathcal A}((P_M)_{-p},N)$ は $p\le0$ にしか項をもたず、符号を除いて複体 $\mathrm{Hom}_{\mathcal A}(P_M,N)$ の次数を反転したものである。したがって写像空間のホモトピー群は、$n>0$ で $\pi_n=H_n(\mathrm{Map}(P_M,P_N))=0$、$n=0$ で $\mathrm{Hom}_{\mathcal A}(M,N)$ である。同様に $\pi_0\mathrm{Map}(P_M,\Sigma^mP_N)\cong H_{-m}(\mathrm{Map}(P_M,N))\cong\operatorname{Ext}^m_{\mathcal A}(M,N)$ である。芯の対象どうしの写像空間が離散的であることは、芯が通常の圏 $\mathcal A$ であることと整合する。
体 $k$ の上の複体を考える。複体 $X$ のホモロジー $H(X)=(H_n(X))_n$ を微分 $0$ の複体とみる。
体 $k$ の上のすべての複体 $X$ は、$H(X)$ と鎖ホモトピー同値である。とくに、体の上の複体の間の擬同型は鎖ホモトピー同値である。
要点:サイクルと境界の補空間を選ぶと、$X$ はホモロジーと「$d$ が同型な 2 項の複体」の直和に分かれ、後者は可縮である。
$Z_n:=\ker(d\colon X_n\to X_{n-1})$、$B_n:=d(X_{n+1})\subset Z_n$ とし、ベクトル空間の補空間を選んで $Z_n=B_n\oplus H_n$、$X_n=Z_n\oplus C_n$ とする($H_n\cong H_n(X)$)。$d|_{C_n}\colon C_n\to B_{n-1}$ は、$C_n\cap Z_n=0$ から単射、$d(X_n)=d(C_n)$ から全射なので同型である。$X_n=B_n\oplus H_n\oplus C_n$ と書けば $d(b,h,c)=(dc,0,0)$ である。
包含 $i\colon H\to X$、$i(h)=(0,h,0)$ と射影 $r\colon X\to H$、$r(b,h,c)=h$ は鎖写像で($d\circ i=0$、$r\circ d=0$)、$ri=\mathrm{id}_H$ である。$s\colon X_n\to X_{n+1}$ を $s(b,h,c):=(0,0,(d|_{C_{n+1}})^{-1}b)$ と定めると、$ds(b,h,c)=(b,0,0)$、$sd(b,h,c)=s(dc,0,0)=(0,0,c)$ なので $ds+sd=\mathrm{id}_X-ir$ である。よって $ir$ は $\mathrm{id}_X$ と鎖ホモトピックで、$i$ と $r$ は互いに逆の鎖ホモトピー同値である。
擬同型 $f\colon X\to Y$ について、上の $i_X,r_X,i_Y,r_Y$ をとる。鎖ホモトピー同値は擬同型なので $g:=r_Yfi_X\colon H(X)\to H(Y)$ は擬同型であり、微分 $0$ の複体の間の擬同型は各次数の同型だから、$g$ は複体の同型である。$f$ は $i_Yr_Yfi_Xr_X=i_Ygr_X$ と鎖ホモトピックで、後者は逆 $i_Xg^{-1}r_Y$ をもつ鎖ホモトピー同値なので、$f$ も鎖ホモトピー同値である。$\square$
$W$ を $\mathrm{Ch}(k)$ の擬同型の全体とする。
1:prop-dic-field により $W$ は鎖ホモトピー同値の全体と一致する(鎖ホモトピー同値はつねに擬同型である)。$\mathrm{Ch}(k)$ は写像柱で閉じているので、thm-dic-localization の 3 を $\mathrm{Ch}'(\mathcal A)=\mathrm{Ch}(k)$ に当てればよい。2:cor-dic-chain-complexes により同値は鎖ホモトピー同値である。prop-dic-field により $X\simeq H(X)$、$Y\simeq H(Y)$ であり、微分 $0$ の複体の間の鎖ホモトピー同値は擬同型として各次数の同型を与えるので、$H(X)$ と $H(Y)$ が同値であることは各次数の次元が等しいことと同値である。3:cor-dic-chain-complexes から $\pi_0\mathrm{Map}(X,Y)$ は鎖写像のホモトピー類の集合で、$X\simeq H(X)$、$Y\simeq H(Y)$ からそれは $H(X)$ から $H(Y)$ への類と一致する。微分 $0$ の複体の間では鎖ホモトピー $h$ について $dh+hd=0$ なので、ホモトピックな鎖写像は等しく、類の集合は次数ごとの線形写像の組の集合である。$\square$
$k$ の上のベクトル空間の圏は Grothendieck アーベル圏なので、1 の∞圏は thm-dic-localization の 2 により $\mathcal D(k)$ とも同値である。
アーベル群の複体 $P$ を、次数 $1$ と $0$ に $\mathbb Z$ を置き、微分を $2$ 倍とするものとする。次数 $0$ の商写像 $q\colon P\to\mathbb Z/2$ は擬同型である。しかし $\mathbb Z/2$(次数 $0$ だけに置いた複体)から $P$ への鎖写像は $\mathrm{Hom}(\mathbb Z/2,\mathbb Z)=0$ なので $0$ だけである。ホモトピー逆 $g$ があれば $q\circ g$ は $\mathrm{id}_{\mathbb Z/2}$ と鎖ホモトピックになるが、$q\circ g=0$ であり、次数 $0$ だけの複体の上の鎖ホモトピーは $0$ なので、$0=\mathrm{id}$ となって矛盾する。よって $q$ は $N_{\mathrm{dg}}(\mathrm{Ch}(\mathbf{Ab}))$ の同値でない(cor-dic-chain-complexes)。$P$ は射影対象からなる下に有界な複体なので、$\mathbb Z/2$ は $\mathcal D^-(\mathbf{Ab})$ では $P$ で表される。
$R=\mathbb Z/4$ とし、すべての次数に $R$ を置き、微分を $2$ 倍とする複体を $E$ とする。$\ker(2)=2R=\operatorname{im}(2)$ なので $E$ は非輪状で、$0$ と擬同型である。しかし $E$ は可縮でない。$\mathrm{id}_E=ds+sd$ となる $s$ があれば、$e:=ds$ は $e^2=d(sd)s=d(\mathrm{id}-ds)s=e$ をみたし、サイクル $z$ について $z=dsz=e(z)$ である。$e$ の像は境界、すなわちサイクルに含まれるので、$e$ は $E_n$ からサイクル $2R$ への射影であり、$2R$ は $R$ の直和因子になる。ところが $R$ の位数 $2$ の部分群は $2R$ だけなので、$2R$ に補空間はない。よって $E$ は射影的な $R$ 加群からなる複体の微分次数付き脈体で $0$ と同値でない(cor-dic-chain-complexes)。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 複体が射影対象からなる | $P\to\mathbb Z/2$(ex-dic-not-projective) | 擬同型が微分次数付き脈体の同値であること |
| 複体が下に有界 | $\mathbb Z/4$ 上の $E$(ex-dic-unbounded) | 擬同型が微分次数付き脈体の同値であること |
| 係数が体 | ex-dic-not-projective の $\mathbb Z/2$ と $P$ を比べる | 複体がホモロジーとホモトピー同値であること |
| 高次の単体を保持する | 三角圏 $K(\mathcal A)$ の錐三角の自己射(写像錐(複体) の例「TR3 の射は一意でない」) | 可換な正方形から錐の間の射が(可縮な選択を除いて)一意に定まること |
要点:1〜3 行目は表の 1 つの条件だけを外している。4 行目は高次の単体を忘れてホモトピー圏へ移った場合との比較である。
1 行目.$\mathbb Z/2$ は射影的なアーベル群でないが、複体はどちらも下に有界であり、破れているのは射影性だけである。$\mathcal D^-(\mathbf{Ab})$ の定義が射影対象の複体に制限するのはこのためである。
2 行目.$E$ の各項 $\mathbb Z/4$ は自由加群で射影的であり、破れているのは有界性だけである。下に有界な射影的な複体の間の擬同型は鎖ホモトピー同値なので(Wei94 Corollary 10.4.7(p. 388)から従う。添字の読み替えは cor-dic-classical と同じ)、有界性を外すとこの性質が失われる。
3 行目.$P$ は $\mathbb Z$ 上の複体で、$H(P)$ は次数 $0$ の $\mathbb Z/2$ である。$P$ と $H(P)=\mathbb Z/2$ の間に鎖ホモトピー同値はない。$u\colon P\to\mathbb Z/2$、$v\colon\mathbb Z/2\to P$ で $uv$ が $\mathrm{id}$ と鎖ホモトピックなものがあったとすると、$v=0$ なので $uv=0$ であり、ex-dic-not-projective と同じく $0=\mathrm{id}$ となって矛盾する。破れているのは係数が体であることだけである($P$ は自由加群からなる有界な複体)。
4 行目.通常の導来圏・ホモトピー圏は $2$ 単体以上の情報を忘れた圏である。そこでは $f=0\colon\mathbb Z\to\Sigma\mathbb Z$ の錐三角に、$f$ と恒等射からなる正方形を延ばす自己射が恒等射以外にもある。微分次数付き脈体では、余ファイバーが $\mathrm{Fun}(\Delta^1,\mathcal C)$ からの関手として定まる(thm-dic-stable のあとの段落)。
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