開球(open ball)とは、距離空間 $(X,d)$ の点 $x$ と正の実数 $r$ に対し、$x$ からの距離が $r$ 未満の点全体 $B(x,r)=\{y\in X\mid d(x,y)<r\}$ のことである。数直線では開区間 $(x-r,x+r)$、平面の通常の距離では円周を含まない円板の内部だが、平面でも最大値の距離なら正方形、和の距離ならひし形の内部になり、形は距離の選び方で変わる。開球は開集合であり、開球全体が距離空間の位相の開基をなす。開球の閉包は閉球 $\{y\mid d(x,y)\le r\}$ に含まれ、ノルム空間では両者は一致するが、離散距離の空間のように一致しない距離空間もある。
前提知識: 距離空間, 実数, 集合, 開集合
開球は、距離空間の中で「ある点から一定の距離未満にある点をすべて集めたもの」である。たとえば数直線で点 $0$ から距離 $1$ 未満の点を集めると開区間 $(-1,1)$ になり、端点 $\pm1$ は入らない。平面で原点から通常の距離 $1$ 未満の点を集めると、単位円の内側(円周は含まない)になる。ところが平面上で「縦と横の差の大きいほう」を距離とすると、同じ定義から得られる集合は正方形の内側 $(-1,1)\times(-1,1)$ になり、「縦の差と横の差の和」を距離とすると、4 点 $(\pm1,0)$、$(0,\pm1)$ を頂点とするひし形の内側になる(ex-open-ball-plane-three-metrics)。開球の形は距離の選び方で変わり、「球」という名前は通常の距離の場合の見た目から来ている。距離空間の開集合は、開球を使って「各点のまわりに小さな開球が収まる集合」として特徴づけられる(定義してもよい)。
記法は 距離空間 の記事の定義「開球」と同じである。$d(x,x)=0< r$ なので中心 $x$ はつねに $B(x,r)$ に属し、開球は空でない。また $0< r\le s$ なら $B(x,r)\subset B(x,s)\subset D(x,s)$ である。
閉球の記号に $D$ を用い、$\overline{B}(x,r)$ と書かないのは、開球の閉包 $\overline{B(x,r)}$ と閉球 $D(x,r)$ が一致するとは限らないからである(ex-open-ball-closure-differs)。本記事では $\overline{A}$ を部分集合 $A$ の閉包の意味にだけ使う。この記法は 超距離空間 の記事と揃えている。
半径を $0$ にすると $B(x,0)=\emptyset$ となり中心を含まないので、開球の半径は正に限る。
開球は、中心 $x$ から見て「$r$ より近い」点の範囲である。距離空間には一般に座標も図形もないが、開球は距離だけから作れるので、「点のまわりの小さな範囲」を一般の距離空間で語るための基本単位になる。点 $y$ が開集合 $U$ の中にあるとは、$y$ を中心とするある開球が $U$ に丸ごと収まる、つまり $y$ を少し動かしても $U$ から出ない余裕があるということである。開球の「形」は距離によって円板・正方形・ひし形・一点などさまざまに変わるが、この余裕を測る役目は変わらない。
$\mathbb{R}$ に通常の距離 $d(x,y)=|x-y|$ を入れると、$B(x,r)=(x-r,x+r)$、$D(x,r)=[x-r,x+r]$ である。$|x-y|< r$ と $x-r< y< x+r$ は同値だからである。たとえば $B(2,0.5)=(1.5,2.5)$ である。
Euclid空間 $\mathbb{R}^n$ に通常の距離 $\|y-x\|=\bigl(\sum_{i=1}^n(y_i-x_i)^2\bigr)^{1/2}$ を入れると、$B(x,r)$ は $n=2$ では円周を含まない円板の内部、$n=3$ では球面を含まない球の内部である。
$\mathbb{R}^2$ の点 $x=(x_1,x_2)$、$y=(y_1,y_2)$ に対し
$$
d_1(x,y):=|x_1-y_1|+|x_2-y_2|,\quad d_2(x,y):=\sqrt{(x_1-y_1)^2+(x_2-y_2)^2},\quad d_\infty(x,y):=\max\{|x_1-y_1|,|x_2-y_2|\}
$$
とおく。どれも距離である。原点 $0$ を中心とする半径 $1$ の開球は
$$
B_{d_1}(0,1)=\{|y_1|+|y_2|<1\},\quad B_{d_2}(0,1)=\{y_1^2+y_2^2<1\},\quad B_{d_\infty}(0,1)=(-1,1)\times(-1,1)
$$
であり、それぞれひし形の内部、円板の内部、正方形の内部である。たとえば点 $(0.6,0.6)$ は $d_\infty$ では $\max\{0.6,0.6\}=0.6<1$ なので $B_{d_\infty}(0,1)$ に属するが、$d_2$ では $\sqrt{0.72}\approx0.85<1$ で $B_{d_2}(0,1)$ に属し、$d_1$ では $1.2\ge1$ なので $B_{d_1}(0,1)$ に属さない。
形は違うが、互いに入れ子になる。各 $a,b\ge0$ について $\max\{a,b\}\le\sqrt{a^2+b^2}\le a+b\le2\max\{a,b\}$ なので、$d_\infty\le d_2\le d_1\le2d_\infty$ であり、
$$
B_{d_1}(x,r)\subset B_{d_2}(x,r)\subset B_{d_\infty}(x,r)\subset B_{d_1}(x,2r)
$$
が成り立つ。どの距離の開球の中にも他の距離の開球が収まるので、三つの距離は同じ開集合を定める。
集合 $X$ に離散距離($x\ne y$ なら $d(x,y)=1$、$d(x,x)=0$)を入れると、
$$
B(x,r)=\begin{cases}\{x\}&(0< r\le1),\\X&(r>1)\end{cases}
$$
である。したがって一点集合が開球になり、この距離が定める位相(位相空間)は離散位相である(距離空間 の記事の例「離散距離」)。
この例から、開球は中心も半径も決めないことが分かる。$X$ に $2$ 点以上あれば、$B(x,5)=B(y,2)=X$($x\ne y$)であり、異なる中心・異なる半径の開球が同じ集合になる。また $B(x,5)\subset B(y,2)$ であるのに $5>2$ なので、「$B(x,r)\subset B(y,s)$ ならば $r\le s$」という含意は一般の距離空間では成り立たない。
距離空間 $(X,d)$ の部分集合 $A$ に距離 $d$ を制限すると、$a\in A$ について
$$
B_A(a,r)=\{y\in A\mid d(a,y)< r\}=B_X(a,r)\cap A
$$
である。たとえば $A=[0,\infty)\subset\mathbb{R}$ では $B_A(0,1)=[0,1)$ である。$[0,1)$ は $\mathbb{R}$ の開集合ではないが、$A$ の開球なので $A$ の開集合である(相対位相)。「開球である」「開である」は、どの空間の中で考えるかによる。
2 点以上をもつ集合 $X$ に離散距離を入れ、$x\in X$ をとる。ex-open-ball-discrete により $B(x,1)=\{x\}$ である。離散位相ではすべての部分集合が閉なので $\overline{B(x,1)}=\{x\}$ である。一方、閉球は $D(x,1)=\{y\mid d(x,y)\le1\}=X$ である。よって $\overline{B(x,1)}\ne D(x,1)$ である。
もっと身近な形でも起こる。$\mathbb{R}$ の部分空間 $X=[0,1]\cup\{2\}$ で $x=1$、$r=1$ とすると、$B(1,1)=(0,1]$、その $X$ での閉包は $[0,1]$ だが、$D(1,1)=[0,1]\cup\{2\}$ である。点 $2$ は中心からちょうど距離 $1$ にあるが、開球の点をいくら近づけても $2$ には近づけない。
満たす性質:$B(x,r)$ は開集合、$D(x,r)$ は閉集合で $\overline{B(x,r)}\subset D(x,r)$(prop-open-ball-closed-ball-closed)。満たさない性質:等号 $\overline{B(x,r)}=D(x,r)$。破る含意:「開球の閉包は同じ中心・同じ半径の閉球である」。この等号はノルム空間では成り立つ(prop-open-ball-normed)。
$\mathbb{R}$ 上で $\rho(x,y):=\min\{|x-y|,1\}$ とおくと $\rho$ は距離であり、$0< r\le1$ では $B_\rho(x,r)=(x-r,x+r)$ と通常の距離の開球に一致する。したがって $\rho$ と通常の距離は同じ開集合を定める(開集合の判定には小さい半径の開球だけを使えばよい。prop-open-ball-nesting の直後の段落)。しかし $r>1$ では $B_\rho(x,r)=\mathbb{R}$ であり、たとえば $B_\rho(0,2)=\mathbb{R}\ne(-2,2)$ である。
$\rho$ が距離であること:三角不等式以外は明らかである。$\rho(x,z)\le\rho(x,y)+\rho(y,z)$ は、右辺のどちらかの項が $1$ なら右辺が $1\ge\rho(x,z)$ となり、どちらも $1$ 未満なら右辺が $|x-y|+|y-z|\ge|x-z|\ge\rho(x,z)$ となることから従う。
満たす性質:$\rho$ と通常の距離は同じ位相を定める。満たさない性質:同じ中心・半径の開球が一致すること。破る含意:「同じ位相を定める距離は同じ開球をもつ」。開球は位相ではなく距離によって決まる。
$(X,d)$ を距離空間、$x,y\in X$、$r,s>0$ とする。
1:$z\in B(y,s)$ とすると、三角不等式により
$$
d(x,z)\le d(x,y)+d(y,z)< d(x,y)+s\le r
$$
なので $z\in B(x,r)$ である。
2:$y\in B(x,r)$ は $d(x,y)< r$ を意味するので $s>0$ であり、$d(x,y)+s=r$ だから 1 を適用できる。$\square$
2 は「開球のどの点のまわりにも、元の開球に収まる小さな開球がある」ことを述べている。距離空間では、部分集合 $U\subset X$ が開集合であることは、各 $y\in U$ に対して $B(y,s)\subset U$ となる $s>0$ があることと同値であった(距離空間 の記事の系「開球と開集合」)。したがって 2 から、開球は開集合である。この条件で $s$ を小さくしても $B(y,s)\subset U$ は保たれるので、開集合の判定には $0< s\le1$ の開球、あるいは $s=1/(n+1)$($n\in\mathbb{N}$)の形の開球だけを使えば十分である。開球の全体が開基をなし、距離空間の位相を定めることの証明は 距離空間 の記事の命題「開球が生成する位相」にある。
$(X,d)$ を距離空間、$x\in X$、$r>0$ とする。閉球 $D(x,r)$ は閉集合である。したがって開球の閉包について $\overline{B(x,r)}\subset D(x,r)$ が成り立つ。
補集合 $X\setminus D(x,r)$ が開集合であることを示す。$z\notin D(x,r)$ とし、$t:=d(x,z)-r>0$ とおく。$w\in B(z,t)$ とすると、三角不等式 $d(x,z)\le d(x,w)+d(w,z)$ から
$$
d(x,w)\ge d(x,z)-d(w,z)>d(x,z)-t=r
$$
なので $w\notin D(x,r)$ である。よって $B(z,t)\subset X\setminus D(x,r)$ であり、補集合は開集合である。
閉包 $\overline{B(x,r)}$ は $B(x,r)$ を含む最小の閉集合であり、$D(x,r)$ は $B(x,r)$ を含む閉集合なので、$\overline{B(x,r)}\subset D(x,r)$ である。$\square$
包含が真になりうることは ex-open-ball-closure-differs が示した。ベクトルの演算がある空間では、等号が成り立ち、開球が凸になる。
1:$c:=(1-t)a+tb$ とおくと $c-x=(1-t)(a-x)+t(b-x)$ なので、ノルムの三角不等式と斉次性から
$$
\|c-x\|\le(1-t)\|a-x\|+t\|b-x\|<(1-t)r+tr=r
$$
である($\|a-x\|< r$、$\|b-x\|< r$ で、$1-t$ と $t$ の少なくとも一方は正)。
2:prop-open-ball-closed-ball-closed により $\overline{B(x,r)}\subset D(x,r)$ なので、逆の包含を示す。$y\in D(x,r)$ とする。$\|y-x\|< r$ なら $y\in B(x,r)\subset\overline{B(x,r)}$ である。$\|y-x\|=r$ のとき、$n\ge1$ について
$$
y_n:=x+\Bigl(1-\frac1{n+1}\Bigr)(y-x)
$$
とおくと $\|y_n-x\|=\bigl(1-\frac1{n+1}\bigr)r< r$ なので $y_n\in B(x,r)$ であり、$\|y_n-y\|=\frac{r}{n+1}\to0$ である。閉集合は収束する点列の極限を含むので、$y$ は $B(x,r)$ を含むどの閉集合にも属し、$y\in\overline{B(x,r)}$ である。
3:$y\in B(x,r)$ と $\|(y-x)/r\|<1$ は同値であり、$u:=(y-x)/r$ とおけば $y=x+ru$ である。$\square$
2 の証明は、中心と境界の点を結ぶ線分を使っている。ex-open-ball-closure-differs の空間にはこの線分がなく、等号が成り立たない。
部分集合 $A$ の直径 $\operatorname{diam}A:=\sup\{d(a,b)\mid a,b\in A\}$ について、三角不等式 $d(a,b)\le d(a,x)+d(x,b)<2r$ から $\operatorname{diam}B(x,r)\le2r$ である。したがって開球は有界である。等号は成り立つとは限らない。離散距離では $\operatorname{diam}B(x,5)\le1<10$ である(ex-open-ball-discrete)。$\{0\}$ でないノルム空間では $\operatorname{diam}B(x,r)=2r$ である。$\|u\|=1$ となる $u$ をとり、$0< t< r$ について $x\pm tu\in B(x,r)$ の距離が $2t$ だからである。
各点 $x$ について、開球の族 $\{B(x,1/(n+1))\mid n\in\mathbb{N}\}$ は $x$ の基本近傍系である。$x$ の任意の近傍はある開集合 $U\ni x$ を含み、prop-open-ball-nesting の直後の段落により $U$ はある $B(x,1/(n+1))$ を含むからである。可算個の開球で基本近傍系がとれるので、距離空間は第1可算公理を満たす。
開集合・収束・連続性など位相で決まる概念は、どの開球を使っても十分小さい半径のものだけで判定できる。そのため ex-open-ball-plane-three-metrics や ex-open-ball-bounded-metric のように、開球の形や大きな半径での様子が違っても位相は一致しうる。逆に、有界性や完備距離空間であるかどうかは大きな半径の開球や距離の値そのものに依存し、位相だけでは決まらない。
超距離空間では開球の性質がさらに強い。開球のどの点も中心になり($y\in B(x,r)$ なら $B(y,r)=B(x,r)$)、交わる二つの開球は一方が他方に含まれ、開球は開かつ閉である(超距離空間 の記事の命題「球の中心の取り替え」「交わる二球の包含関係」「開球と正半径の閉球の開閉性」)。
開球と閉球の定義、開球が定める位相は Mun00 §20、距離空間の近傍としての開球と凸性は Rud76 Chapter 2 に従う。
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