Cramérの定理(大偏差)

同義語:Cramér's theorem (large deviations)Cramérの大偏差定理Cramér's large deviation theorem

概要

Cramérの定理(大偏差)(Cramér's theorem (large deviations))とは、独立で同じ分布に従う実数値の確率変数の和 $S_n$ について、積率母関数がすべての $\theta$ で有限なら、平均 $m$ 以上の $a$ に対して $\frac1n\log P(S_n\ge na)$ が $-I(a)$ に収束するという定理である。率関数 $I$ は対数積率母関数 $\Lambda(\theta)=\log E[e^{\theta X}]$ の Legendre 変換で、$a>m$ なら $I(a)>0$ となり、確率は指数関数的に小さくなる。上からの評価は Chernoff の評価、下からの評価は分布を指数関数で傾けて大数の法則を使って示され、閉集合と開集合についての形は大偏差原理の基本の例である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 大数の法則, 独立性(確率論), 期待値, Legendre変換

公平な硬貨を $n$ 回投げると、表の割合は $\frac12$ に近づく(大数の法則)。では、割合が $0.6$ 以上になるという「めったに起こらない」事象の確率は、$n$ とともにどれだけの速さで小さくなるか。Cramér の定理 は、独立で同じ分布に従う確率変数の和 $S_n$ について、この確率が $e^{-nI(a)}$ の速さ(指数の割合まで正確に)で小さくなることを述べ、指数 $I(a)$ を分布の対数積率母関数の Legendre 変換として与える。中心極限定理が平均から $1/\sqrt n$ 程度の小さなずれを扱うのに対し、Cramér の定理は平均から一定の大きさだけずれる「大偏差」を扱う。
この記事では、対数積率母関数と率関数を定義してその性質を示し、どの $n$ でも成り立つ Chernoff の評価を証明する。続いて、分布を指数関数で傾ける方法により、半直線の確率の指数の割合が $-I(a)$ に一致すること(Cramér の定理)と、閉集合・開集合についての上下の評価(大偏差原理の形)を証明する。最後に、独立性や積率母関数の有限性を外すと結論が崩れることを反例で確かめる。

対数積率母関数と率関数

この記事を通して、$X,X_1,X_2,\dots$ を 1 つの確率空間の上の、互いに独立で同じ分布 $\rho$ に従う実数値の確率変数とし、$E[\lvert X\rvert]<\infty$、$m:=E[X]$ とする。$S_n:=X_1+\cdots+X_n$ とおく。分布の上端と下端を
$$ x_+:=\inf\{c\in\mathbb{R}\mid P(X\le c)=1\},\qquad x_-:=\sup\{c\in\mathbb{R}\mid P(X\ge c)=1\} $$
と定める($x_+=\infty$、$x_-=-\infty$ もありうる)。$x_-\le m\le x_+$ であり、$x_-=x_+$ となるのは $X$ が確率 $1$ で定数のときに限る。

対数積率母関数と率関数

$\theta\in\mathbb{R}$ について
$$ \Lambda(\theta):=\log E\bigl[e^{\theta X}\bigr]\in(-\infty,\infty] $$
を $X$ の 対数積率母関数(キュムラント母関数)という。$x\in\mathbb{R}$ について
$$ I(x):=\sup_{\theta\in\mathbb{R}}\bigl(\theta x-\Lambda(\theta)\bigr)\in[0,\infty] $$
を 率関数(Cramér 関数)という。

$e^{\theta X}>0$ なので $E[e^{\theta X}]>0$ であり、$\Lambda>-\infty$ である。$\Lambda(0)=0$ なので、$\theta=0$ を代入して $I\ge0$ である。$I$ は $\Lambda$ の共役(Legendre変換 の定義「Fenchel 共役」)にあたる。
この記事の主な定理では、次の仮定をおく。
$$ \text{(A)}\qquad E\bigl[e^{\theta X}\bigr]<\infty\quad(\text{すべての }\theta\in\mathbb{R}) $$
有界な確率変数、正規分布、Poisson 分布は (A) を満たす。平均 $1$ の指数分布は $\theta\ge1$ で $E[e^{\theta X}]=\infty$ となり、(A) を満たさない。
$\Lambda(\theta)<\infty$ のとき、$\mathbb{R}$ の Borel 集合 $A$ に対して
$$ \rho_\theta(A):=E\bigl[e^{\theta X-\Lambda(\theta)}\,\mathbf{1}_A(X)\bigr] $$
とおくと、$\rho_\theta$ は $\mathbb{R}$ 上の確率測度である($\rho_\theta(\mathbb{R})=1$ と可算加法性は期待値の性質による)。$\rho_\theta$ を $\rho$ を 指数関数で傾けた分布 という。$\rho$ に対する密度 $e^{\theta x-\Lambda(\theta)}$ は正なので、$\rho_\theta$ と $\rho$ は同じ集合で $0$ になる。

対数積率母関数の性質

(A) を仮定する。

  1. $\Lambda$ は 2 回連続微分可能で、$\Lambda'(\theta)$ と $\Lambda''(\theta)$ はそれぞれ $\rho_\theta$ の平均と分散に等しい。とくに $\Lambda'(0)=m$、$\Lambda''\ge0$ であり、$\Lambda'$ は単調非減少である。
  2. $X$ が確率 $1$ で定数でなければ、$\Lambda''>0$ であり、$\Lambda'$ は狭義単調増加である。
  3. $\theta\to\infty$ のとき $\Lambda'(\theta)\to x_+$、$\theta\to-\infty$ のとき $\Lambda'(\theta)\to x_-$ である。
微分と期待値の交換

要点:$M(\theta):=E[e^{\theta X}]$ は期待値の中で微分でき、$\Lambda=\log M$ の導関数は傾けた分布の平均と分散になる。3 は凸性から $\Lambda'(\theta)\ge\Lambda(\theta)/\theta$ を使う。

詳しい証明を開く

1:$\lvert x\rvert^k\le k!\,e^{\lvert x\rvert}$ であり、$\lvert\theta'-\theta\rvert\le1$ なら $e^{\theta'x+\lvert x\rvert}\le e^{\theta x+2\lvert x\rvert}\le e^{(\theta+2)x}+e^{(\theta-2)x}$ である。右辺は (A) により可積分なので、平均値の定理で差分商を押さえて 優収束定理 を使うと、$M$ は 2 回微分可能で $M^{(k)}(\theta)=E[X^ke^{\theta X}]$($k=1,2$)であり、同じ評価から $M^{(k)}$ は連続である。$\Lambda'=M'/M$ は $\rho_\theta$ の平均 $\int x\,\rho_\theta(dx)$ に等しく、$\Lambda''=M''/M-(M'/M)^2$ は $\rho_\theta$ の分散 $\int x^2\rho_\theta(dx)-\bigl(\int x\,\rho_\theta(dx)\bigr)^2\ge0$ に等しい。$\rho_0=\rho$ なので $\Lambda'(0)=m$ である。

2:分散が $0$ なら $\rho_\theta$ は 1 点に集中し、$\rho_\theta$ と $\rho$ は同じ集合で $0$ になるので $\rho$ も 1 点に集中する。対偶をとればよい。

3:$\theta>0$ とする。平均値の定理と $\Lambda'$ の単調性から $\Lambda(\theta)=\Lambda(\theta)-\Lambda(0)=\theta\Lambda'(\xi)\le\theta\Lambda'(\theta)$($0< \xi< \theta$)である。$c< x_+$ なら $P(X\ge c)>0$ で、$\Lambda(\theta)\ge\log E[e^{\theta X}\mathbf 1_{\{X\ge c\}}]\ge\theta c+\log P(X\ge c)$ だから $\Lambda'(\theta)\ge c+\frac1\theta\log P(X\ge c)$ であり、$\liminf_{\theta\to\infty}\Lambda'(\theta)\ge c$ となる。$x_+< \infty$ なら $X\le x_+$(確率 $1$)から $E[Xe^{\theta X}]\le x_+E[e^{\theta X}]$、すなわち $\Lambda'\le x_+$ である。$c$ は $x_+$ より小さい任意の数なので $\Lambda'(\theta)\to x_+$ である。$\theta\to-\infty$ の側は $-X$ に当てればよい($-X$ の対数積率母関数は $\Lambda(-\theta)$ である)。$\square$

率関数の性質
  1. $I$ は凸で、下半連続(各 $c$ について $\{x\mid I(x)\le c\}$ が閉集合)であり、$I(m)=0$ である。$I$ は $(-\infty,m]$ で単調非増加、$[m,\infty)$ で単調非減少である。
  2. $x\ge m$ なら $I(x)=\sup_{\theta\ge0}(\theta x-\Lambda(\theta))$、$x\le m$ なら $I(x)=\sup_{\theta\le0}(\theta x-\Lambda(\theta))$ である。
    さらに (A) を仮定する。
  3. $x_-< x< x_+$ なら、$\Lambda'(\theta_x)=x$ となる $\theta_x$ がただ 1 つあり、$I(x)=\theta_x x-\Lambda(\theta_x)<\infty$ である。
  4. $x>x_+$ または $x< x_-$ なら $I(x)=\infty$ である。$x_+<\infty$ なら $I(x_+)=-\log P(X=x_+)$、$x_->-\infty$ なら $I(x_-)=-\log P(X=x_-)$ である(確率が $0$ なら $\infty$)。
  5. $x\ne m$ なら $I(x)>0$ である。
Jensen の不等式と凹関数の最大

要点:Jensenの不等式 から $\Lambda(\theta)\ge\theta m$ であり、ここから 1 と 2 が出る。3 では $g(\theta):=\theta x-\Lambda(\theta)$ が凹で $g'(\theta_x)=0$ となることを使う。

詳しい証明を開く

1:$I$ は $x$ の 1 次関数 $\theta x-\Lambda(\theta)$($\Lambda(\theta)<\infty$ の $\theta$ について。$\Lambda(\theta)=\infty$ の $\theta$ は値 $-\infty$ を与えるだけである)の上限なので、凸で下半連続である。Jensenの不等式 を凸関数 $e^{\theta x}$ に使うと $E[e^{\theta X}]\ge e^{\theta m}$、すなわち $\Lambda(\theta)\ge\theta m$ なので、$\theta m-\Lambda(\theta)\le0$ であり $I(m)=0$ となる。$m\le x< y$ なら $x=\lambda m+(1-\lambda)y$($0< \lambda\le1$)と書けて、凸性から $I(x)\le\lambda I(m)+(1-\lambda)I(y)\le I(y)$ である。$x\le m$ の側も同じである。

2:$x\ge m$、$\theta< 0$ なら $\theta x-\Lambda(\theta)\le\theta x-\theta m=\theta(x-m)\le0$ で、これは $\theta=0$ での値 $0$ 以下である。

3:$x_-< x_+$ なので $X$ は定数でなく、prop-cr-lambda により $\Lambda'$ は連続で狭義単調増加し、$-\infty$ と $\infty$ での極限が $x_-$ と $x_+$ である。中間値の定理 から $\Lambda'(\theta_x)=x$ となる $\theta_x$ がただ 1 つある。$g(\theta)=\theta x-\Lambda(\theta)$ は凹で微分可能、$g'(\theta_x)=0$ なので、接線より下にあることから $g(\theta)\le g(\theta_x)$ がすべての $\theta$ で成り立つ。

4:$x>x_+$ なら、$\theta\ge0$ で $\Lambda(\theta)\le\theta x_+$ なので $\theta x-\Lambda(\theta)\ge\theta(x-x_+)\to\infty$ である。$x=x_+$ のとき $\theta x_+-\Lambda(\theta)=-\log E[e^{\theta(X-x_+)}]$ で、$\theta\ge0$ について $e^{\theta(X-x_+)}$ は $[0,1]$ に値をとり $\theta$ について減少しながら $\mathbf 1_{\{X=x_+\}}$ に近づく。優収束定理 により期待値は $P(X=x_+)$ に減少しながら近づくので、2 より $I(x_+)=-\log P(X=x_+)$ である。$x_-$ の側は $-X$ に当てればよい。

5:$m< x< x_+$ なら、$\theta_x>0$ で、$0\le\theta< \theta_x$ では $g'(\theta)=x-\Lambda'(\theta)>0$ なので $I(x)=g(\theta_x)>g(0)=0$ である。$x\ge x_+$ かつ $x>m$ なら、$X$ は定数 $x_+$ ではないので $P(X=x_+)< 1$ であり、4 から $I(x)>0$ である。$x< m$ の側も同じである。$\square$

代表的な分布の率関数
  1. 正規分布 $N(m,\sigma^2)$($\sigma>0$):$\Lambda(\theta)=m\theta+\frac{\sigma^2\theta^2}{2}$(正規分布 の定理「積率母関数と特性関数」)なので $\theta_x=(x-m)/\sigma^2$ であり、$I(x)=\dfrac{(x-m)^2}{2\sigma^2}$ である。
  2. $P(X=1)=p$、$P(X=0)=1-p$($0< p< 1$):$\Lambda(\theta)=\log(1-p+pe^\theta)$ で、$0< x< 1$ なら $e^{\theta_x}=\frac{x(1-p)}{(1-x)p}$ であり
    $$ I(x)=x\log\frac{x}{p}+(1-x)\log\frac{1-x}{1-p}\qquad(0\le x\le1) $$
    である(端点では $0\log0=0$ とし、$I(1)=-\log p$、$I(0)=-\log(1-p)$ は prop-cr-rate の 4 と合う)。$[0,1]$ の外では $I=\infty$ である。$I(x)$ は、表の確率が $x$ の硬貨の分布の、表の確率が $p$ の硬貨の分布に対する相対エントロピー(Kullback–Leibler 情報量)に等しい。
  3. 平均 $\lambda>0$ の Poisson分布:$\Lambda(\theta)=\lambda(e^\theta-1)$ で、$x>0$ なら $\theta_x=\log(x/\lambda)$、$I(x)=x\log\frac{x}{\lambda}-x+\lambda$ である。$x_-=0$ で $I(0)=\lambda=-\log P(X=0)$、$x< 0$ では $I(x)=\infty$ である。
2 の計算を開く

$\Lambda'(\theta)=\frac{pe^\theta}{1-p+pe^\theta}=x$ を解くと $e^{\theta_x}=\frac{x(1-p)}{(1-x)p}$ で、このとき $1-p+pe^{\theta_x}=\frac{1-p}{1-x}$ である。よって $I(x)=x\log\frac{x(1-p)}{(1-x)p}-\log\frac{1-p}{1-x}=x\log\frac xp+(1-x)\log\frac{1-x}{1-p}$ となる。

Chernoff の評価

指数の上からの評価は、仮定 (A) なしに、どの $n$ についても成り立つ。

Chernoff の評価

すべての $n\ge1$、$a\in\mathbb{R}$、$\theta\ge0$ について
$$ P(S_n\ge na)\le\exp\bigl(-n(\theta a-\Lambda(\theta))\bigr) $$
である。したがって、$a\ge m$ なら $P(S_n\ge na)\le e^{-nI(a)}$ であり、$a\le m$ なら $P(S_n\le na)\le e^{-nI(a)}$ である。

指数関数に Markov の不等式を使う

$\Lambda(\theta)=\infty$ なら右辺は $\infty$ で、主張は自明である。$\Lambda(\theta)<\infty$ とする。$\theta\ge0$ なので $\{S_n\ge na\}\subset\{e^{\theta S_n}\ge e^{\theta na}\}$ であり、Chebyshevの不等式 の定理「Markov の不等式」から
$$ P(S_n\ge na)\le e^{-\theta na}E\bigl[e^{\theta S_n}\bigr]=e^{-\theta na}\prod_{i=1}^{n}E\bigl[e^{\theta X_i}\bigr]=e^{-n(\theta a-\Lambda(\theta))} $$
となる。積への分解は、互いに独立な $0$ 以上の確率変数 $e^{\theta X_i}$ の積の期待値が期待値の積になることによる(Dur19 Theorem 2.1.13、p. 49)。右辺の下限を $\theta\ge0$ についてとり、prop-cr-rate の 2 を使えば $a\ge m$ の主張になる。$a\le m$ の主張は $-X_i$ に当てればよい($-X$ の率関数は $I(-x)$ である)。$\square$

硬貨投げ

公平な硬貨($p=\frac12$)で、表の回数 $S_n$ が $0.6n$ 以上になる確率を考える。ex-cr-examples の 2 から $I(0.6)=0.6\log1.2+0.4\log0.8\approx0.02014$ なので、$n=10000$ なら $P(S_n\ge6000)\le e^{-201.3}$ である。分散 $\frac14$ を使う 大数の法則 の定理「大数の弱法則」の評価は $\frac{1/4}{10000\cdot0.1^2}=\frac1{400}$ にとどまる。実際の値と比べると、$\frac1n\log P(S_n\ge0.6n)$ は $n=100,1000,5000$ でそれぞれ約 $-0.0356$、$-0.0227$、$-0.0208$ で、$-I(0.6)\approx-0.0201$ に下から近づく。次の定理は、この近づき方が一般に成り立つことを述べる。

Cramér の定理

下からの評価には、分布を傾けて「めったに起こらない事象」を「よく起こる事象」に変える。傾けた分布の和については大数の法則が使える。

傾けた分布による表示

$\Lambda(\theta)<\infty$ とし、$\rho_\theta^{\otimes n}$ を $\mathbb{R}^n$ 上の $\rho_\theta$ の $n$ 個の積の確率測度とする。$y=(y_1,\dots,y_n)$ について $t_n(y):=y_1+\cdots+y_n$ とおくと、$\mathbb{R}$ のすべての Borel 集合 $B$ について
$$ P(S_n\in B)=e^{n\Lambda(\theta)}\int_{\mathbb{R}^n}e^{-\theta t_n(y)}\,\mathbf{1}_B\bigl(t_n(y)\bigr)\,\rho_\theta^{\otimes n}(dy) $$
である。

積の測度の密度

要点:$\rho_\theta^{\otimes n}$ は $(X_1,\dots,X_n)$ の分布 $\rho^{\otimes n}$ に対して密度 $e^{\theta t_n(y)-n\Lambda(\theta)}$ をもつ。

詳しい証明を開く

$X_1,\dots,X_n$ は互いに独立なので、$(X_1,\dots,X_n)$ の分布は $\rho^{\otimes n}$ である(Dur19 Theorem 2.1.11、p. 48)。$\nu(C):=\int_C\prod_{i=1}^ne^{\theta y_i-\Lambda(\theta)}\,\rho^{\otimes n}(dy)$ は $\mathbb{R}^n$ 上の測度で、直方体 $C=A_1\times\cdots\times A_n$ では Fubiniの定理 により $\nu(C)=\prod_i\rho_\theta(A_i)=\rho_\theta^{\otimes n}(C)$ である。直方体の全体は共通部分について閉じていて Borel 集合族を生成するので、Dynkinのπ-λ定理 の定理「π系の上で一致する測度の一意性」により $\nu=\rho_\theta^{\otimes n}$ である。よって $0$ 以上の可測関数 $h$ について $\int h\,d\rho_\theta^{\otimes n}=\int h(y)e^{\theta t_n(y)-n\Lambda(\theta)}\rho^{\otimes n}(dy)$ であり、$h(y)=e^{-\theta t_n(y)}\mathbf 1_B(t_n(y))$ とおくと右辺は $e^{-n\Lambda(\theta)}\int\mathbf 1_B(t_n)\,d\rho^{\otimes n}=e^{-n\Lambda(\theta)}P(S_n\in B)$ になる。$\square$

確率空間 $(\mathbb{R}^n,\rho_\theta^{\otimes n})$ の座標 $Y_i(y):=y_i$ は、互いに独立で同じ分布 $\rho_\theta$ に従う確率変数で、$t_n=Y_1+\cdots+Y_n$ である。(A) のもとでは、prop-cr-lambda により $Y_i$ の平均は $\Lambda'(\theta)$、分散は有限の $\Lambda''(\theta)$ である。

Cramér の定理

(A) を仮定する。すべての $a\ge m$ について
$$ \lim_{n\to\infty}\frac1n\log P(S_n\ge na)=-I(a) $$
である($\log0=-\infty$ とし、$I(a)=\infty$ のときは、すべての $n$ で $P(S_n\ge na)=0$ となることを意味する)。$a>m$ なら $I(a)>0$ であり、$P(S_n\ge na)$ は $n$ について指数関数的に小さくなる。$a\le m$ については、同じことが $P(S_n\le na)$ について成り立つ。

上からは Chernoff、下からは傾けた分布の大数の法則

上からの評価 $\limsup_n\frac1n\log P(S_n\ge na)\le-I(a)$ は prop-cr-chernoff による。$I(a)>0$ は prop-cr-rate の 5 である。下からの評価を、$a$ の位置で場合に分けて示す。
$a>x_+$ のとき。 $S_n\le nx_+< na$(確率 $1$)なので $P(S_n\ge na)=0$ であり、prop-cr-rate の 4 から $I(a)=\infty$ である。
$a=x_+$ のとき。 $X_i\le x_+$(確率 $1$)なので、$S_n\ge nx_+$ はすべての $i$ で $X_i=x_+$ となることと(確率 $0$ の差を除いて)同じであり、独立性から $P(S_n\ge nx_+)=P(X=x_+)^n$ である。よって $\frac1n\log P(S_n\ge nx_+)=\log P(X=x_+)=-I(x_+)$ が、すべての $n$ で成り立つ。
$m\le a< x_+$ のとき。 まず $x_-< a$ である。実際、$a=x_-$ なら $m=x_-$ で、$X\ge m$ と $E[X]=m$ から $X=m$(確率 $1$)となり、$x_+=m=a$ に反する。prop-cr-rate の 3 の $\theta_a$ をとると、$\Lambda'(\theta_a)=a\ge m=\Lambda'(0)$ と $\Lambda'$ の単調性から $\theta_a\ge0$ である。
$\theta>\theta_a$ を 1 つとり、$b:=\Lambda'(\theta)$、$v:=2b-a$ とおく。prop-cr-lambda の 2 から $b>a$ である。lem-cr-tilt を $B=[na,nv]$ に使い、この集合の上で $e^{-\theta t_n}\ge e^{-\theta nv}$($\theta>0$)であることを使うと
$$ P(S_n\ge na)\ge P\bigl(S_n\in[na,nv]\bigr)\ge e^{n(\Lambda(\theta)-\theta v)}\,\rho_\theta^{\otimes n}\Bigl(\Bigl\lvert\frac{t_n}{n}-b\Bigr\rvert< b-a\Bigr) $$
である($\lvert t_n/n-b\rvert< b-a$ なら $a< t_n/n< v$ である)。$Y_i$ は平均 $b$ と有限の分散をもつので、大数の法則 の定理「大数の弱法則」により右辺の確率は $1$ に近づく。したがって
$$ \liminf_{n\to\infty}\frac1n\log P(S_n\ge na)\ge\Lambda(\theta)-\theta\bigl(2\Lambda'(\theta)-a\bigr) $$
である。$\theta$ を $\theta_a$ に右から近づけると、$\Lambda$ と $\Lambda'$ の連続性により右辺は $\Lambda(\theta_a)-\theta_a a=-I(a)$ に近づく。
上下の評価を合わせて、極限が存在して $-I(a)$ に等しい。$a\le m$ の主張は $-X_i$ に当てればよい。$\square$

証明の要は、傾けた分布 $\rho_\theta$ の平均が $\Lambda'(\theta)$ で、$\theta$ を選べば平均をちょうど $a$ の少し先に置けることである。元の分布ではめったに起こらない「$S_n/n$ が $a$ 付近」という事象が、傾けた分布ではほぼ確実に起こり、その代わりに密度の因子 $e^{-n(\theta a-\Lambda(\theta))}$ がかかる。この因子が指数の割合 $I(a)$ を与える。

仮定 (A) を弱めた形

半直線の形は (A) より弱い仮定でも成り立つ(この記事では証明しない)。どんな分布でも $\frac1n\log P(S_n\ge na)$ の極限は $[-\infty,0]$ の中に存在する(Dur19 Lemma 2.7.1 とその後の注意、p. 105。劣加法性を使う。Feketeの補題 を参照)。ある $\theta>0$ で $E[e^{\theta X}]<\infty$ であり、分布が 1 点に集中せず、$E[e^{\theta X}]<\infty$ となる $\theta$ の上限を $\theta_+$ として $\Lambda'(\theta_a)=a$ となる $\theta_a\in(0,\theta_+)$ があれば、極限は $-(\theta_a a-\Lambda(\theta_a))$ に等しい(Dur19 Theorem 2.7.7、p. 108)。そのような $\theta_a$ がない場合も Dur19 Theorem 2.7.9・2.7.10(pp. 110–111)で扱われる。たとえば平均 $1$ の指数分布は (A) を満たさないが、$a>1$ で $\theta_a=1-1/a$ がとれて、極限は $-(a-1-\log a)$ になる(Dur19 p. 110)。

大偏差原理の形

半直線に限らず、一般の集合について同じ形の評価を述べるのが大偏差原理である。

大偏差原理

$\mu_n$($n\ge1$)を $\mathbb{R}$ 上の Borel 確率測度とし、$J\colon\mathbb{R}\to[0,\infty]$ を下半連続な関数とする。すべての閉集合 $F$ について
$$ \limsup_{n\to\infty}\frac1n\log\mu_n(F)\le-\inf_{x\in F}J(x) $$
が成り立ち、すべての開集合 $G$ について
$$ \liminf_{n\to\infty}\frac1n\log\mu_n(G)\ge-\inf_{x\in G}J(x) $$
が成り立つとき、$(\mu_n)$ は率関数 $J$ で 大偏差原理 を満たすという(空集合の上の下限は $\infty$ とする)。

大偏差原理としての Cramér の定理

(A) を仮定し、$\mu_n$ を $S_n/n$ の分布とする。$(\mu_n)$ は率関数 $I$ で大偏差原理を満たす。

閉集合は平均の両側の半直線に、開集合は小さな区間に帰着する

閉集合。 $m\in F$ なら $\inf_FI=I(m)=0$ で、$\log\mu_n(F)\le0$ だから主張は成り立つ。$m\notin F$ とする。$F\cap[m,\infty)$ が空でなければ、それは閉集合で $m$ を含まないので最小の元 $x_1>m$ をもつ。同様に $F\cap(-\infty,m]$ が空でなければ最大の元 $x_2< m$ をもつ。prop-cr-rate の 1 の単調性から、$I(x_1)$ と $I(x_2)$ はそれぞれの側での $I$ の下限であり、$\inf_FI$ はその小さい方に等しい。prop-cr-chernoff から
$$ \mu_n(F)\le P(S_n\ge nx_1)+P(S_n\le nx_2)\le e^{-nI(x_1)}+e^{-nI(x_2)}\le2e^{-n\inf_FI} $$
であり(空の側の項は除く)、$\frac1n\log\mu_n(F)\le\frac{\log2}n-\inf_FI$ から主張が従う。
開集合。 $x\in G$ で $I(x)<\infty$ となる点ごとに、$(x-\delta,x+\delta)\subset G$ となる $\delta>0$ について $\liminf_n\frac1n\log\mu_n((x-\delta,x+\delta))\ge-I(x)$ を示せば、$x$ について上限をとって主張になる。prop-cr-rate の 4 により $x_-\le x\le x_+$ である。
$x=x_+$ なら、すべての $i$ で $X_i=x_+$ となる事象の上で $S_n/n=x_+$ なので、$\mu_n((x-\delta,x+\delta))\ge P(X=x_+)^n=e^{-nI(x_+)}$ である。$x=x_-$ も同じである。
$x_-< x< x_+$ なら、$\theta:=\theta_x$($\Lambda'(\theta)=x$)とし、$0< \eta\le\delta$ をとる。$\lvert t_n/n-x\rvert< \eta$ の上で $-\theta t_n\ge-n\theta x-n\lvert\theta\rvert\eta$ なので、lem-cr-tilt から
$$ \mu_n\bigl((x-\eta,x+\eta)\bigr)\ge e^{-n(\theta x-\Lambda(\theta))-n\lvert\theta\rvert\eta}\,\rho_\theta^{\otimes n}\Bigl(\Bigl\lvert\frac{t_n}{n}-x\Bigr\rvert< \eta\Bigr) $$
である。$Y_i$ の平均は $x$ なので、大数の弱法則により右辺の確率は $1$ に近づく。prop-cr-rate の 3 から $\theta x-\Lambda(\theta)=I(x)$ であり、$\liminf_n\frac1n\log\mu_n((x-\delta,x+\delta))\ge-I(x)-\lvert\theta\rvert\eta$ を得る。$\eta\to0$ とすればよい。$\square$

閉集合についての評価は、prop-cr-chernoff と prop-cr-rate の 1 しか使っていないので、$E[\lvert X\rvert]<\infty$ だけで成り立つ。閉集合と開集合の区別は飾りではなく、開集合でない集合では下からの評価が崩れることがある(表の 3 行目)。$a< x_+$ では $I$ は $a$ の近くで有限な凸関数なので連続であり、thm-cr-ldp を $[a,\infty)$ と $(a,\infty)$ に当てると、$m\le a< x_+$ の範囲で thm-cr-main が再び得られる。

反例

各行は 1 つの仮定だけを外したもので、残りの仮定は満たされている。

外す条件反例成り立たなくなること
$X_i$ が互いに独立すべての $i$ で $X_i=X_1$、$P(X_1=1)=P(X_1=0)=\frac12$、$a=0.6$thm-cr-main の極限 $-I(0.6)\approx-0.0201$
仮定 (A)$X\ge0$、$P(X>t)=e^{-\sqrt t}$($t\ge0$)、$a>m=2$thm-cr-main の $I(a)>0$(指数関数的に小さくなること)
集合が開集合(下からの評価)$P(X=1)=P(X=0)=\frac12$、無理数の全体 $B=\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}$thm-cr-ldp の下からの評価 $\liminf\frac1n\log\mu_n(B)\ge-\inf_BI$
表の反例の確かめ

1 行目は $S_n=nX_1$ から、2 行目は $\theta>0$ で $\Lambda(\theta)=\infty$ となることと $S_n\ge X_1$ から、3 行目は $S_n/n$ がいつも有理数であることから分かる。

各行の確かめを開く

1 行目:$X_i$ はどれも同じ分布に従い (A) を満たすが、$S_n=nX_1$ なので $P(S_n\ge0.6n)=P(X_1=1)=\frac12$ がすべての $n$ で成り立ち、$\frac1n\log P(S_n\ge0.6n)\to0$ である。一方 ex-cr-examples の 2 から $I(0.6)\approx0.0201>0$ である。

2 行目:$m=E[X]=\int_0^\infty e^{-\sqrt t}\,dt=\int_0^\infty2ue^{-u}\,du=2$ である。$\theta>0$ なら $E[e^{\theta X}]\ge e^{\theta t}P(X>t)=e^{\theta t-\sqrt t}\to\infty$($t\to\infty$)なので $\Lambda(\theta)=\infty$ であり、prop-cr-rate の 2 から $I(a)=\sup_{\theta\ge0}(\theta a-\Lambda(\theta))=0$ となる。実際、$X_i\ge0$ から $S_n\ge X_1$ で、$P(S_n\ge na)\ge P(X_1>na)=e^{-\sqrt{na}}$ なので $\frac1n\log P(S_n\ge na)\to0$ である。極限が $-I(a)$ に等しいこと自体は崩れていないが、確率は指数関数的には小さくならない。和が大きくなるのは、多くの項が少しずつ大きくなるからではなく、1 つの項がとても大きくなるからである。

3 行目:$S_n/n$ はいつも有理数なので $\mu_n(B)=0$ で、左辺は $-\infty$ である。一方 $I$ は $(0,1)$ で連続で $I(\frac12)=0$ であり、$B$ の点は $\frac12$ にいくらでも近いので $\inf_BI=0$ である。$B$ は閉集合でも開集合でもない。

補足

中心極限定理との関係

(A) のもとで $X$ が定数でないとき、$\sigma^2:=\Lambda''(0)$ は $X$ の分散である。$\Lambda''>0$ は連続なので、逆関数定理 により $x\mapsto\theta_x$ は $(x_-,x_+)$ で連続微分可能で $\frac{d\theta_x}{dx}=\frac1{\Lambda''(\theta_x)}$ である。$I(x)=\theta_x x-\Lambda(\theta_x)$ を微分すると $I'(x)=\theta_x$、$I''(x)=\frac1{\Lambda''(\theta_x)}$ となり、$I(m)=I'(m)=0$、$I''(m)=\frac1{\sigma^2}$ である。したがって $m$ の近くで $I(x)$ は $\frac{(x-m)^2}{2\sigma^2}$ に近く、正規分布の率関数(ex-cr-examples の 1)と 2 次の項まで一致する。中心極限定理 は $S_n/n$ の $m$ からのずれが $1/\sqrt n$ 程度の範囲の確率を正規分布で近似し、Cramér の定理はずれが一定の大きさの範囲の確率の指数の割合を与える。後者の割合は一般に正規分布のものとは異なる(ex-cr-examples の 2 では $I(x)\ne\frac{(x-p)^2}{2p(1-p)}$)。

歴史

この定理は H. Cramér が 1937 年のジュネーブでの確率論の会議のために書き、1938 年に出版された論文の Theorem 6 にさかのぼり、最初の大偏差の結果とされる(Cra38 訳者の序、p. 2)。Cramér は分布を指数関数で傾ける変換(Esscher 変換)を使い(同 p. 2–3)、率の指数をキュムラント母関数の Legendre 変換として与えた(同 p. 3)。元の定理には、現在の形には現れない追加の条件が付いていた(同 p. 3)。

関連項目

参考文献

[2]
Harald Cramér(訳 Hugo Touchette), On a new limit theorem in probability theory (Translation of 'Sur un nouveau théorème-limite de la théorie des probabilités'), arXiv:1802.05988, 2022, arXiv:1802.05988v4(2022-08-31)。原論文は Colloque consacré à la théorie des probabilités, Actualités scientifiques et industrielles 736, Hermann, Paris, 1938, pp. 2–23。訳者の序(p. 2、Theorem 6 が最初の大偏差の結果であること、Esscher 変換)、訳者による要約(p. 3、率の指数がキュムラント関数の Legendre 変換であること、Condition B)

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