スペクトル定理

同義語:spectral theorem

概要

スペクトル定理(spectral theorem)とは、自己共役作用素をスペクトルに沿って分解する定理である。有限次元では自己共役作用素は正規直交基底で対角化され、コンパクトな自己共役作用素は固有ベクトルの正規直交系で展開される。一般の有界自己共役作用素 $T$ は射影値測度 $E$ による積分 $T=\int\lambda\,dE(\lambda)$ で表される。$L^2([0,1])$ 上の掛け算作用素 $f(t)\mapsto tf(t)$ は固有値をもたないがスペクトルは $[0,1]$ であり、固有値とスペクトルは一致しない。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: Hilbert空間, 線形写像, 固有値, 直交射影

行列の対角化は無限次元でどう変わるか

実対称行列や複素 Hermite 行列は、互いに直交する固有ベクトルを並べて対角化できる。この事実を無限次元のHilbert空間へ拡張するのがスペクトル定理(spectral theorem)である。ただし、無限次元では「固有ベクトルを全部並べればよい」とは限らない。コンパクト自己共役作用素には固有ベクトルによる展開があり、一般の有界自己共役作用素にはより広い、射影値測度による展開が要る(EW17 Chapters 6, 12)。
この記事では、まず有限次元の定理を証明し、次にコンパクト作用素の定理を正確に述べる。最後に、固有値が一つもない自己共役作用素を具体的に計算し、一般の定理がなぜ「和」でなく「積分」になるのかを示す。Hilbert空間の記事が扱う内積と完備性、直交射影の記事が扱う一つの閉部分空間への射影を前提とし、作用素全体を分解する仕組みに焦点を当てる。

用語と仮定

$H$ は複素 Hilbert 空間とし、内積 $\langle\cdot,\cdot\rangle$ は第1変数について線形と約束する。$T\colon H\to H$ は有界線形作用素とする。$T^*$ は
$$ \langle Tx,y\rangle=\langle x,T^*y\rangle\qquad(x,y\in H) $$
で定まる随伴作用素である。$T=T^*$ のとき 自己共役(self-adjoint)という。特に $\langle Tx,x\rangle$ は実数となる。$Tx=\lambda x$ を満たす $x\ne0$ があれば $\lambda$ を固有値、$x$ を固有ベクトルという。
$\lambda I-T$ に有界な逆作用素が存在しない $\lambda\in\mathbb C$ の集合を $T$ のスペクトル $\sigma(T)$ という。有限次元では行列式 $\det(\lambda I-T)=0$ と同じ条件なので、スペクトルは固有値だけからなる。無限次元では $\lambda I-T$ が単射でも全射とは限らず、像の上で定まる逆写像が有界とも限らないため、固有値とスペクトルを同一視できない。$T$ が自己共役ならスペクトルは実数に含まれる(EW17 Chapters 6, 11–12)。
コンパクト作用素とは、有界集合の像の閉包がコンパクトになる作用素である。有限次元の有界線形作用素はすべてコンパクトだが、無限次元の恒等作用素はコンパクトでない。コンパクト性は、無限次元でも零以外のスペクトルに離散的な固有値の性質を回復させる条件である。

有限次元の自己共役スペクトル定理

$H=\mathbb C^n$ とし、$T=T^*$ とする。このとき $H$ には $T$ の固有ベクトルからなる正規直交基底 $e_1,\ldots,e_n$ が存在し、対応する固有値 $\lambda_1,\ldots,\lambda_n$ は実数である。従って任意の $x\in H$ は
$$ Tx=\sum_{j=1}^{n}\lambda_j\langle x,e_j\rangle e_j $$
を満たす。行列表示なら、あるユニタリ行列 $U$ について $U^*TU=\operatorname{diag}(\lambda_1,\ldots,\lambda_n)$ である。

有限次元の定理

$n=0$ では空な基底をとればよい。$n\ge1$ とする。複素数上では特性多項式が根を持つので、$Te=\lambda e$ を満たす単位ベクトル $e$ がある。自己共役性より $\lambda=\langle Te,e\rangle=\overline{\langle Te,e\rangle}$ だから $\lambda\in\mathbb R$。$e^\perp$ の任意の $y$ について $\langle Ty,e\rangle=\langle y,T^*e\rangle=\lambda\langle y,e\rangle=0$ なので $e^\perp$ は $T$ で不変である。制限 $T|_{e^\perp}$ も自己共役だから、次元を一つ下げて同じ議論を繰り返せる。帰納法で $e$ と $e^\perp$ の正規直交固有基底を合わせれば $H$ 全体の基底になる。$x=\sum_j\langle x,e_j\rangle e_j$ に $T$ を作用させれば表示式を得る。列に $e_j$ を並べた行列はユニタリなので、対角行列の式も従う。$\square$

この証明の核は、固有ベクトルを一つ見つけるとその直交補空間が不変になり、帰納法を続けられることである。無限次元では特性多項式がないので、最初の固有ベクトルの存在から別の理由が必要になる。コンパクト性はその存在を与えるが、一般の有界自己共役作用素では与えない。

異なる固有値の固有空間は直交する

$T=T^*$ とし、$Tx=\lambda x$、$Ty=\mu y$、$\lambda\ne\mu$ なら $\langle x,y\rangle=0$ である。$H$ の次元は問わない。

固有空間の直交性

自己共役作用素の固有値は実数である。随伴の等式を両辺に使えば、$\lambda\langle x,y\rangle=\langle Tx,y\rangle=\langle x,Ty\rangle=\mu\langle x,y\rangle$。$\lambda-\mu\ne0$ なので $\langle x,y\rangle=0$。$\square$

コンパクト自己共役作用素の展開

コンパクト性があると、有限次元の「固有ベクトルで分解する」という姿をかなり保てる。ただし、零に対応する固有空間(核)は無限次元でもよく、零でない固有値は無限個あっても零へ近づく。これを一つの定理で述べる(EW17 Chapter 6)。

コンパクト自己共役作用素のスペクトル定理

$H$ を複素 Hilbert 空間、$T\colon H\to H$ をコンパクトな自己共役作用素とする。$T$ の零でない固有値は実数で、各固有空間は有限次元である。零から離れた範囲には相異なる固有値が有限個しかなく、無限個あるときの集積点は零だけである。異なる固有値の固有空間は直交し、それらの直交和の閉包は $(\ker T)^\perp$ に等しい。従って零でない固有値に属する正規直交固有ベクトルを $(e_j)$ と選べば、任意の $x\in H$ について
$$ Tx=\sum_j\lambda_j\langle x,e_j\rangle e_j $$
となり、右辺はノルムで収束する。$\ker T$ 上では $T=0$ である。

定理の使いどころ

零でない固有値が有限個しかない($T$ の像が有限次元)ときは、右辺は有限和である。無限個あるときは、固有値が零へ近づくことが級数の収束を保証する。零は固有値であるとは限らず、$\ker T=0$ でも零はスペクトルに入りうる。コンパクト性は外せない。$L^2([0,1])$ 上の掛け算作用素 $(Mf)(x)=xf(x)$ は有界な自己共役作用素だが固有ベクトルをもたない。

この一般定理の証明は EW17 Chapter 6 に譲る。要点は、コンパクト性により零でないスペクトル値が固有値になり、零から離れた固有値と固有空間の次元を制御できることである。単に有限次元の帰納法を無限回繰り返すだけでは、固有ベクトルが残りの直交補空間を尽くすことや級数の収束は証明できない。本稿ではこの技術的な点を既知の定理として使い、式の意味と例を具体的に検算する。

対角作用素で見る零の集積

数列 Hilbert 空間 $\ell^2$ で $T(x_1,x_2,\ldots)=(x_1,x_2/2,x_3/3,\ldots)$ とする。標準基底 $e_n$ は固有値 $1/n$ の固有ベクトルである。$T$ はコンパクトかつ自己共役だが、零は固有値ではない。それでも零はスペクトルに含まれる。

対角作用素の性質の検算

各座標の係数が実数なので内積を直接計算すると $\langle Tx,y\rangle=\langle x,Ty\rangle$ となる。また $\|Tx\|\le\|x\|$ で、$Te_1=e_1$ より $\|T\|=1$。先頭 $N$ 座標だけを残す有限階数作用素を $T_N$ とすると
$$ \|(T-T_N)x\|^2=\sum_{n>N}\frac{|x_n|^2}{n^2}\le\frac{\|x\|^2}{(N+1)^2}, $$
従って $\|T-T_N\|\le1/(N+1)\to0$。有限階数作用素のノルム極限はコンパクトだから $T$ はコンパクトである。$Tx=0$ なら各 $x_n/n=0$、ゆえに $x=0$ であり、零は固有値でない。一方 $Te_n=e_n/n$ だから、もし $T^{-1}$ が有界なら $1=\|e_n\|\le\|T^{-1}\|/n$ が全 $n$ で成り立ち矛盾する。実際 $y=(1,1/2,1/3,\ldots)\in\ell^2$ は $Tx=y$ を満たす $x\in\ell^2$ を持たない。必要な $x$ は $(1,1,1,\ldots)$ だからである。このため $0\in\sigma(T)$。$\square$

この例は「零が固有値ではない」という事実から「零はスペクトルの外」と推論してはいけないことを示す。$T$ の零でない固有値 $1/n$ は零に集積し、各固有空間は1次元で、コンパクト定理の記述と一致する。有限個の固有値だけを残す $T_N$ は、固有展開を途中で切った近似でもある。

固有ベクトルを持たない自己共役作用素

コンパクト性を取り去ると、自己共役であっても固有ベクトルの基底は存在しない。典型例は関数を座標ごとに掛ける作用素である(EW17 Chapter 12)。$H=L^2([0,1])$ において
$$ (Mf)(t)=t f(t) $$
と定める。ここで関数はほとんど至る所で一致するものを同一視し、内積は $\langle f,g\rangle=\int_0^1f(t)\overline{g(t)}\,dt$ とする。

掛け算作用素のスペクトル

$M$ は有界な自己共役作用素であり、$\|M\|=1$、$\sigma(M)=[0,1]$ である。しかし $M$ は固有値を一つも持たない。

掛け算作用素の検算

$|t|\le1$ より $\|Mf\|\le\|f\|$。区間 $[1-\varepsilon,1]$ に台を持つノルム1の関数を選べば $\|Mf\|\ge1-\varepsilon$ なので $\|M\|=1$。さらに積分の中で $t$ が実数であることから $\langle Mf,g\rangle=\langle f,Mg\rangle$、すなわち $M=M^*$ である。もし $Mf=\lambda f$ なら $(t-\lambda)f(t)=0$ がほとんど至る所で成り立つ。集合 $\{t\in[0,1]:t=\lambda\}$ は空集合または測度零の一点なので $f=0$。従って固有値はない。
$z\notin[0,1]$ なら $|z-t|$ は $[0,1]$ 上で正の下限を持つため、$(zI-M)^{-1}$ は $f(t)\mapsto f(t)/(z-t)$ という有界作用素である。従って $z\notin\sigma(M)$。逆に $\lambda\in[0,1]$ を固定し、$\lambda$ の周りの長さが零へ近づく区間 $I_n\subset[0,1]$ を選び、$f_n=\mathbf1_{I_n}/\sqrt{|I_n|}$ と置く。$\|f_n\|=1$ だが $\|(\lambda I-M)f_n\|\le\sup_{t\in I_n}|\lambda-t|\to0$。もし $\lambda I-M$ に有界な逆があれば $1\le\|(\lambda I-M)^{-1}\|\,\|(\lambda I-M)f_n\|\to0$ となり矛盾する。よって全ての $\lambda\in[0,1]$ はスペクトルに属する。$\square$

この例では $[0,1]$ の各点がスペクトルに属するのに、固有値は空である。区間の各点に対応する「固有関数」を一つずつ探す方法では何も得られない。代わりに、区間 $B$ を指定してその中の値を持つ部分だけを取り出すスペクトル射影を用いる。$M$ については $(E(B)f)(t)=\mathbf1_{B\cap[0,1]}(t)f(t)$ であり、一点集合 $\{\lambda\}$ に対して $E(\{\lambda\})=0$、長さが正の区間に対しては通常 $E(B)\ne0$ となる。

射影値測度による一般の定理

有界自己共役作用素の一般形は、固有ベクトルを要求せず、実数の Borel 集合ごとに直交射影を割り当てる。これを射影値測度という。測度と似ているが値は数でなく作用素であり、可算加法性は各ベクトルに作用させた後のノルム収束として読む(EW17 Chapter 12)。

有界自己共役作用素のスペクトル定理

$H$ を複素 Hilbert 空間、$T\colon H\to H$ を有界な自己共役作用素とする。このとき $\mathbb R$ の Borel 集合 $B$ に対して直交射影 $E(B)$ を対応させる射影値測度が一意に存在し、$E(\mathbb R)=I$、$E(B\cap C)=E(B)E(C)$ を満たす。互いに素な $B_n$ に対して $E(\bigcup_nB_n)x=\sum_nE(B_n)x$ が全 $x\in H$ で成り立ち、右辺はノルム収束する。$E$ は $\sigma(T)$ 上に集中し、
$$ T=\int_{\sigma(T)}\lambda\,dE(\lambda) $$
と表される。積分は有界 Borel 関数に対する作用素の積分として定義する。

射影値測度の読み方

定理中の「一意」は、同じ $T$ に二種類の異なるスペクトル分解がないことをいう。$B$ と $C$ が交わらなければ $E(B)E(C)=0$ だから、その二つが取り出す閉部分空間は直交する。また $E(B)$ は単なる集合のラベルではなく、$T$ のうちスペクトルが $B$ に入る成分への射影である。有限次元では $E(B)$ は $B$ に属する固有値の固有空間への射影を足したものになり、積分は有限和へ戻る。コンパクト自己共役の場合も、零でない固有値については同じ和が現れ、零に対応する射影は $\ker T$ への射影である。

$f$ を $\sigma(T)$ 上の有界 Borel 関数とすると、同じ $E$ から $f(T)=\int f(\lambda)\,dE(\lambda)$ を定められる。例えば $f(\lambda)=\lambda^2$ は $T^2$ を与え、$f(\lambda)=e^{is\lambda}$($s\in\mathbb R$)はユニタリ作用素 $e^{isT}$ を与える。$z\notin\sigma(T)$ なら $f(\lambda)=(z-\lambda)^{-1}$ は有界で、得られる作用素は $(zI-T)^{-1}$ である。このように同じ分解から、作用素の冪、時間発展、逆作用素を一貫して計算できる。一般の積分の存在と一意性は EW17 Chapter 12 の関数解析的構成に依拠する。
掛け算作用素 $M$ の例では、$E(B)$ は $B$ の指示関数を掛ける作用素である。したがって
$$ \left(\int_{[0,1]}\lambda\,dE(\lambda)\,f\right)(t)=tf(t) $$
となる。ここで左辺の $f$ は積分される関数ではなく $L^2$ のベクトルである。「一点の射影が全て零なのに、区間全体の射影は恒等作用素」という振る舞いは、有限和でなく積分が必要な理由を最も端的に示す。実際 $E([0,1])=I$ であり、個々の $E(\{\lambda\})$ は零である。非可算個の零作用素を通常の数列の和で足して $I$ にするという意味ではない。

有限次元との比較と使い分け

具体的な $2\times2$ 行列 $A=\begin{pmatrix}2&1\\1&2\end{pmatrix}$ を見る。$u_+=(1,1)/\sqrt2$ と $u_-=(1,-1)/\sqrt2$ は直交する単位ベクトルで、それぞれ固有値 $3$ と $1$ を持つ。$P_+x=\langle x,u_+\rangle u_+$、$P_-x=\langle x,u_-\rangle u_-$ とおけば、$A=3P_++P_-$ である。$E(B)$ は、$3\in B$ なら $P_+$、$1\in B$ なら $P_-$ を加える。両方入れば $I$、どちらも入らなければ零作用素となる。射影値測度はこの有限和を、連続的なスペクトルも含められるよう拡張した概念である。

作用素固有値スペクトル分解の形
有限次元の自己共役行列有限個、重複度あり相異なる固有値の集合固有空間への射影の有限和
$\ell^2$ 上の $x_n\mapsto x_n/n$$1/n$($n\ge1$)$\{1/n:n\ge1\}\cup\{0\}$固有ベクトルによるノルム収束の和
$L^2([0,1])$ 上の $f(t)\mapsto tf(t)$なし$[0,1]$射影値測度による積分

この表の「固有値なし」は自己共役性と矛盾しない。有限次元の対角化をそのまま無限次元へ当てはめるとこの点を見落とす。反対に、コンパクト性が分かっているなら、零でない部分は具体的な固有値・固有ベクトルの級数で扱える。コンパクト作用素の結果を使う際は、零の固有空間が大きくてもよいことと、零が固有値でなくてもスペクトルに入り得ることを分けて確認する。
本稿の一般定理は 有界 な自己共役作用素について述べた。微分作用素などの非有界作用素では、まず定義域を指定し、対称性と自己共役性の違いを確認する必要がある。式 $\langle Tx,y\rangle=\langle x,Ty\rangle$ だけを形式的に書いても、定義域が適切でなければ自己共役作用素とはいえない。非有界の場合にもスペクトル定理はあるが、その内容を本稿の有界作用素の仮定なしに適用してはいけない(EW17 Chapter 13)。

反例の表

thm-spec-finite、prop-spec-orthogonal、thm-spec-compact の仮定を一つずつ外した例をまとめる。

外す条件反例成り立たなくなること
自己共役$N=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}$固有ベクトルからなる基底がある
自己共役$A=\begin{pmatrix}1&1\\0&2\end{pmatrix}$異なる固有値の固有ベクトルが直交する
自己共役(正規に弱める)$R=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}$固有値が実数
コンパクト無限次元の恒等作用素 $I$零でない固有値の固有空間が有限次元
コンパクト$L^2([0,1])$ 上の $M$固有ベクトルによる展開(prop-spec-multiplication)
反例:自己共役でない行列

$N=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}$ の特性多項式は $\lambda^2$ で、固有値は $0$ だけである。$Nx=0$ は $x_2=0$ と同値なので、固有空間は $\{(x_1,0)\}$ の一次元しかない。$\mathbb C^2$ の基底を固有ベクトルで作ることはできず、thm-spec-finite の結論が崩れる。$N^*=\begin{pmatrix}0&0\\1&0\end{pmatrix}\ne N$ で、証明で使った「$e^\perp$ が不変」も成り立たない。実際 $e=(1,0)$ について $e^\perp=\{(0,y)\}$ だが $N(0,1)=(1,0)\notin e^\perp$ である。
$A=\begin{pmatrix}1&1\\0&2\end{pmatrix}$ では $(1,0)$ が固有値 $1$、$(1,1)$ が固有値 $2$ の固有ベクトルで、固有値は異なるのに内積は $1\ne0$ である。これは prop-spec-orthogonal の自己共役の仮定を外した反例で、$A$ は対角化できるが直交行列(ユニタリ行列)では対角化できない。
$R=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}$ は $R^*R=RR^*=I$ を満たす正規行列で、$(1,\mp i)$ を固有ベクトルとする固有値 $\pm i$ をもち、直交する固有基底で対角化できる。しかし固有値は実数でない。自己共役性は固有値が実数であることにも効いている。

反例:コンパクトでない自己共役作用素の固有空間

無限次元 Hilbert 空間 $H$ の恒等作用素 $I$ は自己共役で、固有値 $1$ の固有空間は $H$ 全体であり無限次元である。thm-spec-compact の「零でない固有値の固有空間は有限次元」が崩れる。$I$ がコンパクトでないのは、正規直交系 $(e_n)$ が単位球の有界集合で、その像 $(e_n)$ は $\|e_n-e_m\|=\sqrt2$($n\ne m$)なので収束部分列をもたないからである。$M$ の行は、コンパクト性を外すと固有ベクトルが一つもない場合さえあることを示す。

関連項目

参考文献

[1]
Manfred Einsiedler and Thomas Ward, Functional Analysis, Spectral Theory, and Applications, Springer Cham, 2017, Chapter 6, Compact Self-Adjoint Operators and Laplace Eigenfunctions, pp. 167–208; Chapter 11, Banach Algebras and the Spectrum, pp. 409–431; Chapter 12, Spectral Theory and Functional Calculus, pp. 433–485; Chapter 13, Self-Adjoint and Symmetric Operators, pp. 487–502.

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