前層(∞圏)

同義語:空間値前層

概要

前層(∞圏)(presheaf on an ∞-category)とは、∞圏上の反変な空間値関手である。集合のデータに加えて同値や高次ホモトピーを保持し、通常の前層圏を空間値の前層∞圏へ拡張する。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: ∞圏, 関手(∞圏), 空間の∞圏

定義

以下で∞圏は、内角(内部ホーン)$\Lambda_i^n\hookrightarrow\Delta^n$($0< i< n$)に対する充填を持つ単体的集合、すなわち準圏を意味する。扱う小ささは固定した宇宙に関して測り、関手圏自体はより大きい宇宙で扱う。

空間値前層

小さい∞圏 $\mathcal C$ 上の前層は、∞関手 $F:\mathcal C^{\mathrm{op}}\to\mathcal S$ である。ここで $\mathcal C^{\mathrm{op}}$ は各単体の頂点順序を反転した∞圏、$\mathcal S$ は小さい空間の∞圏である。その関手∞圏(関手圏(∞圏))
$$ \mathcal P(\mathcal C)=\operatorname{Fun}(\mathcal C^{\mathrm{op}},\mathcal S) $$
を前層∞圏という(HTT09 §5.1.1)。

この定義に使う二つの構成を明記する。単体的関手集合は $\operatorname{Fun}(A,B)_n=\operatorname{Hom}_{\mathbf{sSet}}(A\times\Delta^n,B)$ である。その頂点が関手、辺が自然変換であり、高次単体がそれらの整合性を記録する。$B$ が∞圏ならこれも∞圏になる(HTT09 Proposition 1.2.7.3)。
$\mathcal S$ のモデルには小さいKan複体の単体的圏 $\mathbf{Kan}$ のホモトピー整合的脈体を取る。Kan複体は、内角だけでなくすべての角の充填を持つ単体的集合である。Hom単体的集合は $\operatorname{Map}_{\mathbf{Kan}}(K,L)_n=\operatorname{Hom}_{\mathbf{sSet}}(K\times\Delta^n,L)$。ホモトピー整合的脈体の $n$ 単体は、標準の単体的圏 $\mathfrak C[\Delta^n]$ からの単体的関手で定める。この標準圏の対象は $0,\ldots,n$、$i< j$ のHomは両端を含む $\{i,\ldots,j\}$ の部分集合の包含半順序の脈体、合成は和集合、$i=j$ のHomは一点、$i>j$ では空である。従って定義は対象値と射だけでなく高次整合性を含む(HTT09 §§1.1.5, 1.2.16)。

直感

通常の前層は各対象上のデータを集合に集める。空間値前層は、データ間の同値、同値間のホモトピー、その先も一緒に保持する。関手の合成則も単なるホモトピー類の等式としてではなく、準圏の高次単体によって整合させる。

例と反例

一点上の前層

$\mathcal C=\Delta^0$ なら $\mathcal P(\mathcal C)\cong\mathcal S$。前層は一つの空間そのものである。

離散集合上の前層

集合 $I$ を離散∞圏とすると、$\mathcal P(I)\cong\prod_{i\in I}\mathcal S$。前層は空間の $I$ 族で、異なる添字間の制限写像はない。

対象が表す前層

$c\in\mathcal C$ に対する表現可能前層は $y(c)(d)=\operatorname{Map}_{\mathcal C}(d,c)$ である。前合成を高次整合性込みでまとめる構成が∞圏の米田埋め込みである。点ごとに写像空間を並べるだけで関手性が済むわけではなく、その構成は HTT09 §5.1.3に依存する。

反例:通常圏上でも値を集合に限定できない

一点圏は通常圏の脈体だが、その上の前層には $B\mathbb Z$、すなわち一対象群 $\mathbb Z$ の脈体もある。これはKan複体で、連結だが基本群が $\mathbb Z$ であり、離散空間と同値ではない。「添字圏が通常圏だから前層も集合値でよい」とはならない。

性質と証明

一点および離散添字の場合

上の例の同型は、対象の対応だけでなく、すべての単体の次元で成り立つ。

関手∞圏の各次元を計算する

一点については $\Delta^0\times\Delta^n\cong\Delta^n$ なので、$\operatorname{Fun}(\Delta^0,\mathcal S)_n=\mathcal S_n$。離散 $I=\coprod_{i\in I}\Delta^0$ については
$$ \operatorname{Hom}_{\mathbf{sSet}}(I\times\Delta^n,\mathcal S) \cong\prod_{i\in I}\operatorname{Hom}_{\mathbf{sSet}}(\Delta^n,\mathcal S) $$
となる。どちらの対応も面・退化写像と可換だから単体的集合の同型である。$I=\emptyset$ では空積は一点∞圏になる。

通常の前層との一致

通常の小圏 $A$ に対して、$\mathcal P(NA)$ のうち、各対象で $0$-truncated($0$-切片)空間を値に取る充満部分∞圏は、通常の前層圏 $\widehat A$ の脈体と同値である。$0$-切片とは、各連結成分が可縮、すなわち離散集合と同値な空間であることをいう。

離散値の関手圏へ帰着する

まず $0$-切片空間が張る充満部分∞圏を $\mathcal S_{\leq0}$ と置く。充満部分∞圏の単体は、そのすべての頂点が指定した対象に属する単体である。従って各対象で $0$-切片空間を値に取るという条件は、関手が $\mathcal S_{\leq0}$ を経由する条件に等しい。自然変換や高次単体にも同じ説明が適用でき、問題の充満部分は $\operatorname{Fun}(NA^{\mathrm{op}},\mathcal S_{\leq0})$ である。
離散空間間の写像空間は離散な写像集合である。従って、離散空間からなる充満部分∞圏は $N\mathbf{Set}$ と同値であり、すべての $0$-切片空間を含む充満部分との包含も同値になる。この最後の主張には写像空間による充満忠実性(充満忠実関手(∞圏))・本質的全射性の同値判定、および同値が関手∞圏へ移る事実を使う(HTT09 §§1.2.7, 1.2.10)。
残る通常圏同士については、脈体の全忠実性と積の保存から
$$ \begin{aligned} \operatorname{Fun}(NA^{\mathrm{op}},N\mathbf{Set})_n &=\operatorname{Hom}_{\mathbf{sSet}}(N(A^{\mathrm{op}}\times[n]),N\mathbf{Set})\\ &\cong\operatorname{Fun}(A^{\mathrm{op}}\times[n],\mathbf{Set})\\ &\cong N\operatorname{Fun}(A^{\mathrm{op}},\mathbf{Set})_n. \end{aligned} $$
この対応は面・退化写像と可換である。従って離散値の場合を完全に通常の前層圏へ戻せる。一般の空間値をこの議論で離散化することはできない。

米田の補題(∞圏)は、集合の全単射を空間の同値に置き換え、
$$ \operatorname{Map}_{\mathcal P(\mathcal C)}(y(c),F)\simeq F(c) $$
を与える。恒等射における評価で「一つの対象の値から復元する」という通常版の原理は残るが、復元の選択全体が可縮であることまで含む。一般の場合の証明は HTT09 §5.5.2(Lemma 5.5.2.1 相当)を用い、上の離散値の証明だけから導いたとはしない。
また $\mathcal P(\mathcal C)$ は小さい極限(∞圏)・余極限(∞圏)を持ち、評価 $F\mapsto F(c)$ はそれらを保存する(HTT09 Corollaries 5.1.2.3–5.1.2.4)。ここで対象ごとの計算は空間のホモトピー不変な極限・余極限であり、単体的集合の厳密な計算と無条件に同じではない。

豊穣モデルとの接続

通常版からの中間段階として、単体的集合で豊穣された圏上の単体的前層を使える。ただし厳密な単体的関手をただ並べるだけでは、求める関手∞圏と一致するとは限らない。HTTのモデルでは、射影モデル構造のコファイブラントかつファイブラントな対象からなる単体的圏の脈体を使う(HTT09 Proposition 5.1.1.1)。別のモデルでは基底上の右ファイブレーションが反変空間値前層を表す。両者の対応にはstraightening/unstraighteningなどの比較定理が必要である。
教育上の要点は、集合から空間に値を広げること、自然性を高次整合性込みで扱うこと、モデルを比較するときに適切な置換を入れることを区別する点にある。

関連項目

参考文献

[1]
Jacob Lurie, Higher Topos Theory, Annals of Mathematics Studies 170, Princeton University Press, 2009, §§1.1.5, 1.2.7, 1.2.10, 1.2.16, 5.1.1–5.1.3, 5.5.2(Lemma 5.5.2.1); 著者改訂PDF(2017-04-09)

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