選択公理

同義語:AC

概要

選択公理 (axiom of choice) は主に集合論の公理の一つであり、任意の空でない集合からなる集合族から元を選択する関数の存在を主張する公理である。

$$\newcommand{struc}[1]{\mathrel{}\left\langle #1\right\rangle\mathrel{}} $$

この記事では主にZermelo–Fraenkelの集合論や、その部分体系に於ける選択公理について述べる。

主張

選択公理 $\mathsf{AC}$

選択公理は任意の空でない集合からなる集合族$A$に対して、写像$f\colon A\to\bigcup A$で任意の$x\in A$に対し$f(x)\in x$となるものが存在する。この公理によって存在が担保される写像$f\colon A\to\bigcup A$選択関数 (choice function) と言う。

選択公理は沢山の同値な主張を持ち、以下のような形で述べられることもある。

任意の空でない集合からなる集合族$A$に対して$\prod_{x\in A}x$は空でない。

あるいは公理的集合論の文脈では以下のZermeloの整列可能定理を選択公理と呼ぶことがある。

Zermelo, 整列可能定理

任意の集合$A$に対して$A$上の整列順序${\prec}\subseteq A^2$が存在する。

選択公理と同値な命題

Zermelo–Fraenkelの集合論$\mathsf{ZF}$で選択公理と同値な命題は沢山知られている。以下のその一例を示す。

  • Zermeloの整列可能定理:任意の集合$A$に対して$A$上の整列順序${\prec}\subseteq A^2$が存在する。
  • Zornの補題:任意の帰納的半順序 (部分全順序が上界を持つような半順序)$\struc{A;\leq}$は極大元を持つ
  • 濃度の比較可能性:任意の集合$X,Y$に対して、単射$f\colon X\to Y$、あるいは単射$g\colon Y\to X$が存在する。
  • 任意の線型空間は自由である、すなわち基底が存在する。

選択公理と同値な命題あるいは選択公理からの帰結はHerrlich, Rubin-Rubin, Howard-Rubinなどが詳しく、また日本語ではalg-dなどが詳しい。

選択公理の現在の立ち位置

選択公理は非直観的な結果を齎すと主張されることがある。例えばLebesgue非可測な実数の部分集合の存在や、Banach–Tarskiの逆理などが槍玉として挙げられる。それ故に過去には選択公理を仮定しないほうが良い、あるいは、選択公理を用いるときは使用していることを明示する必要があると考えられることがあった。しかし選択公理は現代数学に於いて仮定されるのが一般的であり、また選択公理の使用が明示されることは少ない。その理由としては以下の理由が挙げられよう。

  • 選択公理と同値、あるいは選択公理から導かれる数学の主要な定理はたくさん存在し、選択公理を仮定しないと不便である。
  • 選択公理の否定から導かれる数学の重要な命題が知られていない。例えば選択公理の否定を仮定しても全ての実数の部分集合がLebesgue可測であることは導かれない。
  • 選択公理を仮定する集合論$\mathsf{ZFC}$が矛盾すれば、同様に選択公理を仮定しない集合論$\mathsf{ZF}$も矛盾する。またこの定理は多くの人が無矛盾であろうと信じられる原始再帰算術などの有限主義的 (finitistic) な数学で、あるいはより弱く有界算術$\mathsf{S}^1_2$のような実際的可能 (feasible) な数学にて証明可能である。

もちろん、これは選択公理を仮定すべきだ、という主張をしているわけではない。選択公理の否定を導き、かつ数学的に重要な結果を齎すような、「全ての実数の部分集合がLebesgue可測である」、「全ての実数の部分集合が完全集合性を持つ」や、決定性公理$\mathsf{AD}$、及びその変種などを仮定する数学なども考えられる。これらの原理も適当な巨大基数公理の仮定のもとで、無矛盾であることが知られていて、適当な巨大基数公理の下で$L(\mathbb{R})$に於いて成り立つことが知られている。
また既存の数学的結果のうち、どれが選択公理を用いずに示せるか、などの試みはよく行われている。古典的な逆数学などでは二階算術上で、$\mathsf{ZF}$で示せるくらいとても弱い形で定式化した選択公理などの分析も行われている。

選択公理に対するメタ数学的性質

選択公理に関してついて無矛盾性や保存性なども考察されている。独立性の証明についてはKunen, Jechなどを読むと良い。
Gödel Godel38a, Godel38b, Godel40は選択公理の無矛盾性に関して構成可能宇宙 $\mathrm{L}$ に於いて選択公理が成り立っていることを観察することで以下の相対的無矛盾性に関する結果を得た。

Gödel

$\mathsf{ZF}$が無矛盾なら$\mathsf{ZF}+\mathrm{V}=\mathrm{L}$も無矛盾である。特に$\mathrm{V}=\mathrm{L}$は選択公理を導くため$\mathsf{ZFC}$$\mathsf{ZF}$に相対的に無矛盾である。

また同様に遺伝的定義可能集合の成すクラス$\mathrm{HOD}$を考察することで以下の定理を

Gödel

$\mathsf{ZF}$が無矛盾なら$\mathsf{ZF}+\mathrm{V}=\mathrm{HOD}$も無矛盾である。特に $\mathrm{V}=\mathrm{HOD}$は選択公理を導くため$\mathsf{ZFC}$$\mathsf{ZF}$に相対的に無矛盾である。

Cohen Cohen63, Cohen64は (現代的な言葉を用いれば) 強制法と置換モデル、順列モデルなどを考察することによって以下の結果を得ている。

Cohen

$\mathsf{ZF}$が無矛盾なら$\mathsf{ZF}+\lnot\mathsf{AC}$も無矛盾である。特に$V=L$は選択公理を導くため$\mathsf{ZFC}$$\mathsf{ZF}$に相対的に無矛盾である。

また保存性に関してGödelの構成可能宇宙に関して考察することで

Shoenfield–Lévy

ShoenfieldとLévyは選択公理を含意する構成可能性公理$\mathrm{V}=\mathrm{L}$$\mathsf{ZF}$で解析的階層に於ける$\Pi^1_3$-文が保存される、すなわち$\mathsf{ZF}+\mathrm{V}=\mathrm{L}$で証明可能な$\Sigma^1_3$-文は、また$\mathsf{ZF}$でも証明可能であることを示した。またLévy階層に於ける $\Pi_1$-文も保存することも示している。また明らかにこの定理を$\mathsf{ZF}+\mathrm{V}=\mathrm{L}$$\mathsf{ZFC}$に置き換えても成り立つ。多くの初等的な自然数や整数、微積分に関する基本的な命題は$\Pi^1_3$-文となることを注意しておく。

が得られ、$\mathsf{ZFC}$で示せる$\Pi_1$-文は$\mathsf{ZF}$で示せることが分かったが、これより強く$\Delta_2^\mathsf{ZF}$-文では成り立たないことが知られている、具体的には「$\mathbb{R}$上の整列順序が存在する」が$\mathsf{ZF}$で証明不能な$\Delta_2^\mathsf{ZF}$-文となる。よってその中間の文に関する保存性をAczelが予想し、CarlsonCarlsonが証明した。

Aczel–Carlson

$\Delta_0$-論理式$\varphi(x,y)$に対して$(\forall x)(\exists !y)\varphi(x,y)$という形をした論理式が$\mathsf{ZFC}$で証明可能ならば$\mathsf{ZF}$で証明可能である。

参考文献

[1]
K. Kunen, Set theory an introduction to independence proofs, Elsevier, 2013
[4]
P. J. Cohen, The independence of the continuum hypothesis I, Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 1963, 1143–1148
[5]
P. J. Cohen, The independence of the continuum hypothesis II, Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 1964, 105–110
[8]
K. Gödel, The Consistency of the Axiom of Choice and of the Generalized Continuum-Hypothesis with the Axioms of Set Theory, Annals of Mathematics Studies, Princeton University Press, 1940
[9]
H. Rubin and J. E. Rubin, Equivalents of the Axiom of Choice II, North-Holland, 1985
[10]
P. Howard and J. E. Rubin, Consequences of the Axiom of Choice, American Mathematical Society Surveys and Monographs, 1998
[11]
T. Jech, The Axiom of Choice, North-Holland, 1973
[12]
H. Herrlich, Axiom of Choice, Springer, 2006