選択公理(axiom of choice)とは、空でない集合の任意の族 $(X_i)_{i\in I}$ に対し、すべての $i\in I$ について $f(i)\in X_i$ を満たす写像 $f$(選択関数)が存在することを主張する集合論の公理である。直積 $\prod_{i\in I}X_i$ が空でないこと、任意の全射が右逆写像をもつこと、整列可能定理、Zorn の補題、濃度の比較可能性と $\mathsf{ZF}$ 上で同値であり、ベクトル空間の基底の存在や Tychonoff の定理など多くの存在定理を支える一方、Vitali 集合のような Lebesgue 非可測集合の存在も導く。$\mathsf{ZF}$ が無矛盾なら、Gödel と Cohen の結果により、選択公理は $\mathsf{ZF}$ から証明も反証もできない。
前提知識: 集合, 写像, 直積, 冪集合, 順序集合, 整列順序, 順序数
集合 $I$ と、$I$ を定義域とする写像 $i\mapsto X_i$ を、$I$ で添字づけられた集合の族(family of sets)といい、$(X_i)_{i\in I}$ と書く。その合併を $\bigcup_{i\in I}X_i$ と書く。族の各成員から元を一つずつ「同時に」選び出す写像の存在を主張するのが選択公理である。本記事では ZF公理系(Zermelo–Fraenkel の集合論 $\mathsf{ZF}$)を基礎とし、選択公理を加えた体系を ZFC公理系($\mathsf{ZFC}$)と書く。
$I$ を集合、$(X_i)_{i\in I}$ を集合の族とし、すべての $i\in I$ に対して $X_i\neq\emptyset$ であるとする。このとき、写像
$$
f\colon I\to\bigcup_{i\in I}X_i
$$
で、すべての $i\in I$ に対して $f(i)\in X_i$ を満たすものが存在する。
この主張を選択公理(axiom of choice, $\mathsf{AC}$)といい、上の条件を満たす写像 $f$ を族 $(X_i)_{i\in I}$ の選択関数(choice function)という。
添字を使わない言い方もよく用いられる。空でない集合だけからなる集合 $\mathcal{A}$(集合族)に対し、写像 $g\colon\mathcal{A}\to\bigcup\mathcal{A}$ で各 $A\in\mathcal{A}$ に対し $g(A)\in A$ を満たすものを $\mathcal{A}$ の選択関数という。次の命題により、どちらの言い方で選択公理を述べても同じである。また、集合の族 $(X_i)_{i\in I}$ の直積を
$$
\prod_{i\in I}X_i:=\Bigl\{f\colon I\to\bigcup_{i\in I}X_i\ \Big|\ \text{すべての } i\in I \text{ に対して } f(i)\in X_i\Bigr\}
$$
と定める。すなわち直積の元とは族の選択関数にほかならない。
$\mathsf{ZF}$ において、次の五つの主張は互いに同値である。
(1 ⇒ 2) $\mathcal{A}$ を空でない集合だけからなる集合とする。$I:=\mathcal{A}$、$X_A:=A$($A\in\mathcal{A}$)とおくと $(X_A)_{A\in\mathcal{A}}$ は空でない集合の族であり、$\bigcup_{A\in\mathcal{A}}X_A=\bigcup\mathcal{A}$ である。選択公理が与える写像 $f\colon\mathcal{A}\to\bigcup\mathcal{A}$ は $f(A)\in A$ を満たすので、これが求める $g$ である。
(2 ⇒ 3) $\mathcal{A}:=\mathcal{P}(X)\setminus\{\emptyset\}$ は空でない集合だけからなる集合であり、$\bigcup\mathcal{A}\subset X$ である。2 の選択関数 $g\colon\mathcal{A}\to\bigcup\mathcal{A}\subset X$ が求めるものである。
(3 ⇒ 1) $(X_i)_{i\in I}$ を空でない集合の族とし、$X:=\bigcup_{i\in I}X_i$ とおく。3 により $g\colon\mathcal{P}(X)\setminus\{\emptyset\}\to X$($g(A)\in A$)がとれる。各 $i\in I$ について $X_i$ は $X$ の空でない部分集合なので $X_i\in\mathcal{P}(X)\setminus\{\emptyset\}$ であり、$f(i):=g(X_i)$ と定めれば $f(i)\in X_i$ である。$f$ は $i\mapsto X_i\mapsto g(X_i)$ という写像の合成なので $\mathsf{ZF}$ の中で集合として定まり、これが族 $(X_i)_{i\in I}$ の選択関数である。
(1 ⇔ 4) 直積の定義により、$\prod_{i\in I}X_i$ の元とは族 $(X_i)_{i\in I}$ の選択関数のことである。したがって「選択関数が存在する」と「直積が空でない」は、どの族についても同じ主張である。
(1 ⇒ 5) $p\colon A\to B$ を全射とする。各 $b\in B$ に対し逆像 $p^{-1}(b):=\{a\in A\mid p(a)=b\}$ は $p$ の全射性により空でない。族 $(p^{-1}(b))_{b\in B}$ に選択公理を適用して選択関数 $f\colon B\to\bigcup_{b\in B}p^{-1}(b)=A$ をとり、$s:=f$ とおく。$s(b)\in p^{-1}(b)$ より $p(s(b))=b$、すなわち $p\circ s=\mathrm{id}_B$ である。
(5 ⇒ 1) $(X_i)_{i\in I}$ を空でない集合の族とする。分出公理により
$$
A:=\Bigl\{(i,x)\in I\times\bigcup_{j\in I}X_j\ \Big|\ x\in X_i\Bigr\}
$$
は集合であり、第一成分への射影 $p\colon A\to I$、$(i,x)\mapsto i$ を考える。各 $i\in I$ に対して $X_i\neq\emptyset$ なので、ある $x\in X_i$ があり $(i,x)\in A$、$p(i,x)=i$ となる。よって $p$ は全射である(ここで使ったのは「$X_i$ が空でないなら元が存在する」という一つの $i$ ごとの事実であり、選択公理ではない)。5 により $s\colon I\to A$ で $p\circ s=\mathrm{id}_I$ となるものがある。$s(i)$ は $A$ の元なので、ある $i'$ と $x\in X_{i'}$ により $s(i)=(i',x)$ と書け、$p(s(i))=i$ より $i'=i$、よって $x\in X_i$ である。そこで $f(i):=$($s(i)$ の第二成分)と定めると $f(i)\in X_i$ であり、$f$ は $(X_i)_{i\in I}$ の選択関数である。$\square$
選択公理の仮定「すべての $X_i$ が空でない」は外せない。ある $i_0\in I$ に対して $X_{i_0}=\emptyset$ なら、$f(i_0)\in X_{i_0}$ を満たす写像 $f$ は存在せず、prop-ac-equivalent-forms の言い方では $\prod_{i\in I}X_i=\emptyset$ である。これは「集合の族には常に選択関数がある」という含意を破る反例であり、破れている条件は各成員が空でないことである。一方、$I=\emptyset$ のときは空写像 $\emptyset\colon\emptyset\to\emptyset$ が唯一の選択関数であり、直積は一点集合 $\{\emptyset\}$ である。この場合も公理は不要である。
選択公理は「空でない集合それぞれには元がある」という当たり前の事実を、「無限個の空でない集合から一斉に元を選ぶ一つの写像がある」という主張へ強めたものである。個々の $X_i$ について $x\in X_i$ をとることは述語論理の推論規則だけで正当化されるが、それを $I$ 全体にわたって一つの写像 $f$ にまとめるには、$f$ を集合として構成する手段が必要になる。有限個の集合や、各成員から選ぶ規則が明示できる場合(ex-ac-finite-family、ex-ac-explicit-rule)には $\mathsf{ZF}$ だけで済むが、一般の族についてはこの写像の存在は $\mathsf{ZF}$ の他の公理から導けないことが知られている(cor-ac-independence)。選択公理は、この「一斉の選択」を公理として認めることで、整列可能定理や Zornの補題 のような、無限集合上の存在証明の道具を与える。
添字集合が有限のときは、選択公理を使わずに選択関数が作れる。$n\in\mathbb{N}$ とし、$I=\{0,1,\dots,n-1\}$($n$ 個の元からなる集合)で添字づけられた空でない集合の族 $(X_i)_{i\in I}$ を考える。$n$ についての帰納法(数学的帰納法)で示す。$n=0$ なら空写像が選択関数である。$n$ で成り立つとし、$(X_i)_{i< n+1}$ を与える。帰納法の仮定により $(X_i)_{i< n}$ の選択関数 $f_0$ がある。$X_n\neq\emptyset$ なので元 $x\in X_n$ が存在し、$f:=f_0\cup\{(n,x)\}$ が $(X_i)_{i< n+1}$ の選択関数である。各段階で使っているのは「空でない集合には元がある」という一つの集合についての事実だけであり、帰納法は $\mathsf{ZF}$ の定理である。一般の有限集合 $I$ については、$I$ と $\{0,\dots,n-1\}$ の間の全単射で添字を付け替えればよい。
添字集合が無限でも、各成員から元を選ぶ規則が一様に書けるなら選択公理は要らない。たとえば $\mathbb{N}$ の空でない部分集合の全体 $\mathcal{A}:=\mathcal{P}(\mathbb{N})\setminus\{\emptyset\}$ に対しては、$g(A):=\min A$($A$ の最小元)が選択関数である。$\mathbb{N}$ の通常の順序が整列順序なので最小元は常に存在し、$g$ は $\mathsf{ZF}$ の中で集合として定義できる。同じことは、あらかじめ整列順序が一つ与えられた集合 $X$ の空でない部分集合の族についても成り立つ(thm-ac-well-ordering の証明の前半はこの観察そのものである)。これに対して実数(実数)の全体 $\mathbb{R}$ の空でない部分集合については、選択関数の存在は($\mathsf{ZF}$ が無矛盾なら)$\mathsf{ZF}$ では証明できない。
添字集合が $\mathbb{N}$ である空でない集合の族 $(X_n)_{n\in\mathbb{N}}$ に限って選択関数の存在を主張するものを可算選択公理($\mathsf{AC}_\omega$)という。選択公理は可算選択公理を含意するが、逆は $\mathsf{ZF}$ で証明できない(prop-ac-weak-forms)。可算選択公理の典型的な使い方は「可算集合の可算個の合併は可算である」という定理である。空でない集合 $X_n$ が可算であるとは $\mathbb{N}$ から $X_n$ への全射が存在することであるが、その全射を $n$ ごとに一つずつ選んで並べる段階で、族 $(\{e\mid e\colon\mathbb{N}\to X_n \text{ は全射}\})_{n\in\mathbb{N}}$ の選択関数が必要になる。これに対し、各 $X_n$ に全射 $e_n\colon\mathbb{N}\to X_n$ があらかじめ族 $(e_n)_{n\in\mathbb{N}}$ として与えられていれば、$\mathbb{N}\times\mathbb{N}\to\bigcup_n X_n$、$(n,k)\mapsto e_n(k)$ が全射となり、$\mathbb{N}\times\mathbb{N}$ と $\mathbb{N}$ の全単射と合成すれば選択原理なしに合併の可算性が従う。「可算個の可算集合の合併は可算である」が、$\mathsf{ZF}$ が無矛盾なら $\mathsf{ZF}$ だけからは証明できないことは、$\mathbb{R}$ が可算個の可算集合の合併になる $\mathsf{ZF}$ のモデルの存在により示される(Jech73 第10章、Herrlich06 第4章。証明は割愛する)。
選択公理が本質的に使われる典型は、Lebesgue測度に関して可測集合(可測集合)にならない $\mathbb{R}$ の部分集合の構成である。以下では Lebesgue 測度 $\lambda$ について、可算加法性、単調性、平行移動不変性($\lambda(A+t)=\lambda(A)$)、および $\lambda([a,b])=b-a$ を既知とする。
$[0,1]$ 上の同値関係 $x\sim y\iff x-y\in\mathbb{Q}$($\mathbb{Q}$ は有理数(有理数)全体)を考え、各同値類 $[x]:=\{y\in[0,1]\mid y-x\in\mathbb{Q}\}$ は空でない($x\in[x]$)。同値類全体の集合 $\mathcal{A}:=[0,1]/{\sim}$ に prop-ac-equivalent-forms の 2 を適用して選択関数 $g\colon\mathcal{A}\to[0,1]$、$g(C)\in C$ をとり、$V:=g[\mathcal{A}]=\{g(C)\mid C\in\mathcal{A}\}\subset[0,1]$ とおく。この $V$ を Vitali 集合と呼ぶ。$V$ は各同値類とちょうど一点で交わる。
$V$ が Lebesgue 可測でないことを示す。$\mathbb{Q}\cap[-1,1]$ は可算無限なので $\{q_n\mid n\in\mathbb{N}\}$ と重複なく番号づける。
ex-ac-explicit-rule と ex-ac-countable-choice を合わせると、「添字集合が可算なら選択関数はいつでも $\mathsf{ZF}$ で作れる」という含意が成り立たないことがわかる。可算個の空でない集合 $X_n\subset\mathbb{R}$ からの選択も、各 $X_n$ に最小元のような明示的規則がなければ $\mathsf{ZF}$ だけでは正当化できない。成り立つ性質は「添字集合が可算である」ことであり、成り立たない性質は「選択関数が $\mathsf{ZF}$ で構成できる」ことである。この含意が破れることの正確な根拠は ex-ac-countable-choice の末尾で引いた文献による。
この節では、選択公理と同値な二つの古典的命題(整列可能定理・Zorn の補題)および濃度の比較可能性との同値を扱い、その後によく使われる帰結と弱い形をまとめる。証明で用いる順序数の基本事項は次の二つである:任意の整列集合はただ一つの順序数と順序同型である($\mathsf{ZF}$ の定理);順序数の全体は $\in$ により整列され、任意の順序数 $\alpha$ について $\alpha=\{\beta\mid\beta<\alpha\}$ である。また超限再帰による写像の定義は $\mathsf{ZF}$ で正当化される。
($\mathsf{ZF}$)任意の集合 $X$ に対し、順序数 $\theta$ で、$\theta$ から $X$ への単射が存在しないものがある。
$W$ を、$A\subset X$ と $A$ 上の整列順序 $R\subset A\times A$ の組 $(A,R)$ 全体の集合とする($W$ は $\mathcal{P}(X)\times\mathcal{P}(X\times X)$ から分出公理で得られる)。各 $(A,R)\in W$ は順序数 $\operatorname{ord}(A,R)$ とただ一通りに順序同型であり、置換公理により $H:=\{\operatorname{ord}(A,R)\mid (A,R)\in W\}$ は順序数の集合である。$H$ は下に閉じている:$\alpha\in H$、$\beta<\alpha$ なら、$\alpha$ と同型な $(A,R)$ の、$\beta$ に対応する元より前の始切片を取ることで $\beta\in H$ である。順序数の集合で下に閉じたものは推移的集合なので、$H$ 自身が順序数である。そこで $\theta:=H$ とおく。順序数は自分自身の元でないので $\theta\notin H$ である。もし単射 $j\colon\theta\to X$ があれば、$A:=j[\theta]$ に $j(\beta)\,R\,j(\gamma)\iff\beta<\gamma$ で整列順序を移すと $(A,R)\in W$、$\operatorname{ord}(A,R)=\theta$ となり $\theta\in H$、矛盾である。$\square$
この補題は Hartogs による(Har15)。次の定理で述べる整列可能定理は Zermelo が選択公理を明示的に定式化して証明したものである(Zer04、Zer08)。
$\mathsf{ZF}$ において、次は同値である。
(2 ⇒ 1) $(X_i)_{i\in I}$ を空でない集合の族とし、$X:=\bigcup_{i\in I}X_i$ 上の整列順序 $\preceq$ をとる。各 $X_i$ は $X$ の空でない部分集合なので $\preceq$ に関する最小元 $\min_\preceq X_i$ をもつ。$f(i):=\min_\preceq X_i$ と定めれば、$f$ は $\preceq$ から一意に定まる写像であり、$f(i)\in X_i$ を満たす選択関数である。
(1 ⇒ 2) $X$ を集合とする。prop-ac-equivalent-forms の 3 により選択関数 $g\colon\mathcal{P}(X)\setminus\{\emptyset\}\to X$、$g(A)\in A$ をとる。lem-ac-hartogs により、$\theta$ から $X$ への単射が存在しない順序数 $\theta$ をとる。$X$ に属さない対象を一つ固定し $\ast$ と書く(たとえば $\ast:=X$ でよい。正則性公理により $X\notin X$)。超限再帰により、$\alpha<\theta$ に対して
$$
x_\alpha:=
\begin{cases}
g\bigl(X\setminus\{x_\beta\mid\beta<\alpha\}\bigr) & (X\setminus\{x_\beta\mid\beta<\alpha\}\neq\emptyset),\\
\ast & (\text{それ以外})
\end{cases}
$$
と定める。$x_\alpha\neq\ast$ ならば $x_\alpha\in X\setminus\{x_\beta\mid\beta<\alpha\}$ なので、$\beta<\alpha$ かつ $x_\alpha\neq\ast$ なら $x_\beta\neq x_\alpha$ である。また $x_\beta=\ast$ かつ $\beta<\alpha$ なら、$X\subset\{x_\gamma\mid\gamma<\beta\}\subset\{x_\gamma\mid\gamma<\alpha\}$ より $x_\alpha=\ast$ である。
ある $\alpha<\theta$ で $x_\alpha=\ast$ となることを示す。そうでなければ $\alpha\mapsto x_\alpha$ は $\theta$ から $X$ への写像で、上の観察により単射となり、$\theta$ の取り方に反する。そこで $x_{\alpha_0}=\ast$ となる最小の $\alpha_0<\theta$ をとる。$\alpha_0$ の最小性により $\beta<\alpha_0$ では $x_\beta\in X$ であり、$x_{\alpha_0}=\ast$ の定義から $X\setminus\{x_\beta\mid\beta<\alpha_0\}=\emptyset$、すなわち $X=\{x_\beta\mid\beta<\alpha_0\}$ である。したがって $\beta\mapsto x_\beta$ は $\alpha_0$ から $X$ への全単射であり、$x_\beta\preceq x_\gamma\iff\beta\le\gamma$ と定めれば $\preceq$ は $X$ 上の整列順序である。$\square$
(1 ⇒ 2) 選択公理から Zorn の補題を導く証明は、記事 Zornの補題 に完全な形で置かれている(選択関数と lem-ac-hartogs に相当する順序数、超限再帰を用いる)。本記事では繰り返さない。
(2 ⇒ 1) $(X_i)_{i\in I}$ を空でない集合の族とする。部分選択関数、すなわち定義域 $\operatorname{dom}(p)\subset I$ をもつ写像 $p$ で、すべての $i\in\operatorname{dom}(p)$ に対し $p(i)\in X_i$ を満たすもの全体を $P$ とする($P$ は $\mathcal{P}(I\times\bigcup_{i\in I}X_i)$ から分出公理で得られる集合である)。$P$ を写像のグラフの包含関係 $\subset$ で順序づける。空写像 $\emptyset$ は $P$ の元なので $P\neq\emptyset$ である。
$C\subset P$ を鎖とする。$u:=\bigcup C$ が写像であることを示す。$(i,x),(i,x')\in u$ とすると $(i,x)\in p$、$(i,x')\in p'$ となる $p,p'\in C$ があり、$C$ が鎖なので $p\subset p'$ または $p'\subset p$、いずれにせよ $(i,x),(i,x')$ は同じ写像に属するので $x=x'$ である。$u$ の定義域は $\bigcup_{p\in C}\operatorname{dom}(p)\subset I$ であり、$i\in\operatorname{dom}(p)$ なら $u(i)=p(i)\in X_i$ である。よって $u\in P$ であり、$u$ は $C$ の上界である($C=\emptyset$ のときは $u=\emptyset\in P$ で、これも上界である)。
Zorn の補題により $P$ は極大元 $m$ をもつ。$\operatorname{dom}(m)=I$ を示す。$i_0\in I\setminus\operatorname{dom}(m)$ が存在したとすると、$X_{i_0}\neq\emptyset$ なので元 $x\in X_{i_0}$ があり(ここで使うのは一つの集合についての事実であって選択公理ではない)、$m':=m\cup\{(i_0,x)\}$ は $P$ の元で $m\subsetneq m'$ となり、$m$ の極大性に反する。よって $\operatorname{dom}(m)=I$ であり、$m$ は $(X_i)_{i\in I}$ の選択関数である。$\square$
$\mathsf{ZF}$ において、次は同値である。
(1 ⇒ 2) thm-ac-well-ordering により $X$ と $Y$ を整列し、それぞれと順序同型な順序数を $\alpha,\beta$ とする。順序数は比較可能なので $\alpha\le\beta$ または $\beta\le\alpha$ であり、$\alpha\le\beta$ なら $\alpha\subset\beta$ なので、$X\cong\alpha\hookrightarrow\beta\cong Y$ により $X$ から $Y$ への単射が得られる。$\beta\le\alpha$ の場合も同様である。
(2 ⇒ 1) thm-ac-well-ordering により、任意の集合 $X$ が整列可能であることを示せばよい。lem-ac-hartogs により $\theta$ から $X$ への単射が存在しない順序数 $\theta$ をとる。2 により $X$ から $\theta$ への単射 $j$ が存在する。$x\preceq y\iff j(x)\le j(y)$ と定めると、$j$ が単射なので $\preceq$ は $X$ 上の全順序であり、空でない $A\subset X$ に対し $j[A]\subset\theta$ の最小元 $j(a)$ をとれば $a$ が $A$ の $\preceq$-最小元である。よって $\preceq$ は整列順序である。$\square$
$\mathsf{ZFC}$ において次が成り立つ。いずれも証明は本記事では割愛し、括弧内の文献に委ねる。
選択公理と同値な命題の網羅的な一覧は RR85、選択公理の帰結とそれらの間の含意関係の一覧は HR98 にある。
次の三つの原理を考える。
$\mathsf{AC}\Rightarrow\mathsf{DC}$:$X$、$R$ を仮定のとおりとする。各 $x\in X$ に対し $S_x:=\{y\in X\mid x\,R\,y\}$ は空でないので、族 $(S_x)_{x\in X}$ の選択関数 $h\colon X\to X$($x\,R\,h(x)$)をとる。$X\neq\emptyset$ なので $x_0\in X$ を一つとり、$\mathbb{N}$ 上の再帰で $x_{n+1}:=h(x_n)$ と定めれば $x_n\,R\,x_{n+1}$ である。
$\mathsf{DC}\Rightarrow\mathsf{AC}_\omega$:$(X_n)_{n\in\mathbb{N}}$ を空でない集合の族とする。$S$ を、ある $k\in\mathbb{N}$ について定義域 $\{0,\dots,k-1\}$ をもち $s(i)\in X_i$($i< k$)を満たす有限列 $s$ の全体とする($S$ は $\bigcup_{k}\prod_{i< k}X_i$ であり、ex-ac-finite-family により各 $\prod_{i< k}X_i$ は空でない。特に空列 $\emptyset\in S$)。$s\,R\,t$ を「$t$ は $s$ を長さ $1$ だけ延長した列である」と定める。$s\in S$ の長さを $k$ とすると $X_k\neq\emptyset$ なので $s$ を延長する $t\in S$ があり、$R$ は $\mathsf{DC}$ の仮定を満たす。$\mathsf{DC}$ により $s_n\,R\,s_{n+1}$ を満たす列 $(s_n)_{n\in\mathbb{N}}$ がとれる。$s_0$ の長さを $k_0$ とすると $s_n$ の長さは $k_0+n$ であり、$m\le n$ なら $s_m\subset s_n$ である。そこで $f(n):=s_{n+1}(n)$ と定めると、$s_{n+1}$ の長さは $k_0+n+1>n$ なのでこれは定義され、$f(n)\in X_n$ である。よって $f$ は $(X_n)_{n\in\mathbb{N}}$ の選択関数である。
$\mathsf{AC}\Rightarrow\mathsf{BPI}$ は Zornの補題 を素イデアルを含まない真のイデアルの全体に適用する標準的な議論による(Jech73 第2章)。逆向きの含意が $\mathsf{ZF}$ で証明できないことは、それぞれ選択公理の適当な弱い形だけが成り立つ $\mathsf{ZF}$ のモデルを構成して示される。証明は本記事では割愛し、Jech73 第5章・第7章・第8章、HR98 に委ねる。$\square$
選択公理は $\mathsf{ZF}$ の他の公理から証明することも反証することもできない。ただしこの主張は、$\mathsf{ZF}$ 自身の無矛盾性を仮定した相対的無矛盾性(relative consistency)の形で述べなければならない。理論 $T$ が無矛盾であることを $\operatorname{Con}(T)$ と書く。
$\operatorname{Con}(\mathsf{ZF})\Longrightarrow\operatorname{Con}(\mathsf{ZF}+\mathsf{AC}+\mathsf{GCH})$。ここで $\mathsf{GCH}$ は一般連続体仮説である。特に $\operatorname{Con}(\mathsf{ZF})\Longrightarrow\operatorname{Con}(\mathsf{ZFC})$ である。
この定理は Gödel による(Godel38a、Godel38b、Godel40)。証明は、$\mathsf{ZF}$ の中で構成可能宇宙 $L$ を定義し、$\mathsf{ZF}$ の任意のモデルの中で $L$ が $\mathsf{ZF}+\mathsf{AC}+\mathsf{GCH}$ のモデルになることを示すという内モデルの方法による。すなわち $\mathsf{ZF}$ は「$L$ において $\mathsf{ZF}$ の各公理と $V=L$ が成り立つ」ことと「$V=L$ ならば $\mathsf{AC}$ かつ $\mathsf{GCH}$」を証明する。現代的な記述は Jech03 第13章、Kunen11 にある。本記事はこの定理を引用のみで用い、証明は割愛する。
$\operatorname{Con}(\mathsf{ZF})\Longrightarrow\operatorname{Con}(\mathsf{ZF}+\lnot\mathsf{AC})$。
$\mathsf{ZF}$ が無矛盾ならば、$\mathsf{ZF}$ は選択公理を証明せず、その否定も証明しない。すなわち選択公理は $\mathsf{ZF}$ から独立である。
$\mathsf{ZF}$ が無矛盾であるとする。もし $\mathsf{ZF}$ が $\mathsf{AC}$ を証明すれば、$\mathsf{ZF}+\lnot\mathsf{AC}$ は $\mathsf{AC}$ と $\lnot\mathsf{AC}$ を共に証明して矛盾するが、これは thm-ac-cohen に反する。もし $\mathsf{ZF}$ が $\lnot\mathsf{AC}$ を証明すれば、$\mathsf{ZFC}=\mathsf{ZF}+\mathsf{AC}$ が矛盾し、thm-ac-godel に反する。$\square$
thm-ac-godel と thm-ac-cohen は、それぞれ「$\mathsf{ZF}$ に矛盾がなければ $\mathsf{AC}$ を加えても矛盾は生じない」「$\mathsf{ZF}$ に矛盾がなければ $\lnot\mathsf{AC}$ を加えても矛盾は生じない」という、向きの異なる二つの主張である。Gödel の結果から $\lnot\mathsf{AC}$ について何かが従うわけでも、Cohen の結果から $\mathsf{AC}$ について何かが従うわけでもなく、両者を合わせて初めて cor-ac-independence が得られる。また、いずれの定理も $\mathsf{ZF}$ や $\mathsf{ZFC}$ が無矛盾であること自体を主張するものではない。cor-ac-independence から結論できるのはここまでであり、「選択公理は真である」「偽である」といった判断は、これらの定理からは導かれない。
$\mathsf{ZFC}$ で証明できる文のうち、ある種の単純な形の文は $\mathsf{ZF}$ でも証明できることが知られている。ここでは次の二つを挙げ、証明を割愛して引用する。
$\lnot\mathsf{AC}$ を仮定することと、選択公理を使わないことは別である。$\mathsf{ZF}+\lnot\mathsf{AC}$ は「選択関数をもたない族がどこかに存在する」としか言わず、実数の集合の性質を決めるにはさらに具体的な公理が要る。標準的に知られている事実を、証明を割愛して列挙する。
選択公理は、def-axiom-of-choice の族による形、prop-ac-equivalent-forms の 2 の集合族による形、3 の冪集合による形、4 の直積による形のどれで述べられることもある。互いに素な空でない集合の族に対して「各成員とちょうど一点で交わる集合(選択集合)が存在する」という形で述べる教科書もあり、これも $\mathsf{ZF}$ 上で同値である(Jech73 第2章、RR85)。日本語では「選出公理」とも呼ばれる。また、公理的集合論の文脈では、選択公理の代わりに整列可能定理を $\mathsf{ZFC}$ の公理として採用する流儀もある(thm-ac-well-ordering によりどちらを採っても同じ理論になる)。選択公理と同値な命題や帰結の日本語による解説としては alg-d がある。$\mathsf{ZF}$ の中で「選択公理を仮定する」と明示的に断る習慣は、選択公理の使用箇所を意識する分野(集合論、構成的数学、逆数学)で特に保たれている。
選択公理を明示的に定式化したのは Zermelo であり、1904年に整列可能定理の証明のために導入した(Zer04)。この証明に対する批判に応えて Zermelo は 1908年に第二の証明を発表し、同年に集合論の公理化を行った(Zer08、Zer08b)。Hartogs は 1915年、lem-ac-hartogs にあたる結果を用いて濃度の比較可能性が整列可能定理を導くことを示した(Har15)。極大原理の形は Zorn の 1935年の論文で代数学への応用のために提示された(Zorn35)。Gödel の相対的無矛盾性は 1938年から 1940年にかけて発表され(Godel38a、Godel38b、Godel40)、Cohen の独立性の証明は 1963年から 1964年に論文として発表され(Cohen63、Cohen64)、単行本 Cohen66 にまとめられた。選択公理の起源と受容をめぐる歴史は Moore13 に詳しい。
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