選択公理 (axiom of choice) は主に集合論の公理の一つであり、任意の空でない集合からなる集合族から元を選択する関数の存在を主張する公理である。
この記事では主にZermelo–Fraenkelの集合論や、その部分体系に於ける選択公理について述べる。
選択公理は任意の空でない集合からなる集合族$A$に対して、写像$f\colon A\to\bigcup A$で任意の$x\in A$に対し$f(x)\in x$となるものが存在する。この公理によって存在が担保される写像$f\colon A\to\bigcup A$を選択関数 (choice function) と言う。
選択公理は沢山の同値な主張を持ち、以下のような形で述べられることもある。
任意の空でない集合からなる集合族$A$に対して$\prod_{x\in A}x$は空でない。
あるいは公理的集合論の文脈では以下のZermeloの整列可能定理を選択公理と呼ぶことがある。
任意の集合$A$に対して$A$上の整列順序${\prec}\subseteq A^2$が存在する。
Zermelo–Fraenkelの集合論$\mathsf{ZF}$で選択公理と同値な命題は沢山知られている。以下のその一例を示す。
選択公理と同値な命題あるいは選択公理からの帰結はHerrlich, Rubin-Rubin, Howard-Rubinなどが詳しく、また日本語ではalg-dなどが詳しい。
選択公理は非直観的な結果を齎すと主張されることがある。例えばLebesgue非可測な実数の部分集合の存在や、Banach–Tarskiの逆理などが槍玉として挙げられる。それ故に過去には選択公理を仮定しないほうが良い、あるいは、選択公理を用いるときは使用していることを明示する必要があると考えられることがあった。しかし選択公理は現代数学に於いて仮定されるのが一般的であり、また選択公理の使用が明示されることは少ない。その理由としては以下の理由が挙げられよう。
もちろん、これは選択公理を仮定すべきだ、という主張をしているわけではない。選択公理の否定を導き、かつ数学的に重要な結果を齎すような、「全ての実数の部分集合がLebesgue可測である」、「全ての実数の部分集合が完全集合性を持つ」や、決定性公理$\mathsf{AD}$、及びその変種などを仮定する数学なども考えられる。これらの原理も適当な巨大基数公理の仮定のもとで、無矛盾であることが知られていて、適当な巨大基数公理の下で$L(\mathbb{R})$に於いて成り立つことが知られている。
また既存の数学的結果のうち、どれが選択公理を用いずに示せるか、などの試みはよく行われている。古典的な逆数学などでは二階算術上で、$\mathsf{ZF}$で示せるくらいとても弱い形で定式化した選択公理などの分析も行われている。
選択公理に関してついて無矛盾性や保存性なども考察されている。独立性の証明についてはKunen, Jechなどを読むと良い。
Gödel Godel38a, Godel38b, Godel40は選択公理の無矛盾性に関して構成可能宇宙 $\mathrm{L}$ に於いて選択公理が成り立っていることを観察することで以下の相対的無矛盾性に関する結果を得た。
$\mathsf{ZF}$が無矛盾なら$\mathsf{ZF}+\mathrm{V}=\mathrm{L}$も無矛盾である。特に$\mathrm{V}=\mathrm{L}$は選択公理を導くため$\mathsf{ZFC}$も$\mathsf{ZF}$に相対的に無矛盾である。
また同様に遺伝的定義可能集合の成すクラス$\mathrm{HOD}$を考察することで以下の定理を
$\mathsf{ZF}$が無矛盾なら$\mathsf{ZF}+\mathrm{V}=\mathrm{HOD}$も無矛盾である。特に $\mathrm{V}=\mathrm{HOD}$は選択公理を導くため$\mathsf{ZFC}$も$\mathsf{ZF}$に相対的に無矛盾である。
Cohen Cohen63, Cohen64は (現代的な言葉を用いれば) 強制法と置換モデル、順列モデルなどを考察することによって以下の結果を得ている。
$\mathsf{ZF}$が無矛盾なら$\mathsf{ZF}+\lnot\mathsf{AC}$も無矛盾である。特に$V=L$は選択公理を導くため$\mathsf{ZFC}$も$\mathsf{ZF}$に相対的に無矛盾である。
また保存性に関してGödelの構成可能宇宙に関して考察することで
ShoenfieldとLévyは選択公理を含意する構成可能性公理$\mathrm{V}=\mathrm{L}$が$\mathsf{ZF}$で解析的階層に於ける$\Pi^1_3$-文が保存される、すなわち$\mathsf{ZF}+\mathrm{V}=\mathrm{L}$で証明可能な$\Sigma^1_3$-文は、また$\mathsf{ZF}$でも証明可能であることを示した。またLévy階層に於ける $\Pi_1$-文も保存することも示している。また明らかにこの定理を$\mathsf{ZF}+\mathrm{V}=\mathrm{L}$を$\mathsf{ZFC}$に置き換えても成り立つ。多くの初等的な自然数や整数、微積分に関する基本的な命題は$\Pi^1_3$-文となることを注意しておく。
が得られ、$\mathsf{ZFC}$で示せる$\Pi_1$-文は$\mathsf{ZF}$で示せることが分かったが、これより強く$\Delta_2^\mathsf{ZF}$-文では成り立たないことが知られている、具体的には「$\mathbb{R}$上の整列順序が存在する」が$\mathsf{ZF}$で証明不能な$\Delta_2^\mathsf{ZF}$-文となる。よってその中間の文に関する保存性をAczelが予想し、CarlsonCarlsonが証明した。
$\Delta_0$-論理式$\varphi(x,y)$に対して$(\forall x)(\exists !y)\varphi(x,y)$という形をした論理式が$\mathsf{ZFC}$で証明可能ならば$\mathsf{ZF}$で証明可能である。