無理数

同義語:irrational number

概要

無理数(irrational number)とは、有理数でない実数、すなわち整数の比 $m/n$ で表せない実数のことである。$\sqrt2$ や、平方数でない正の整数の平方根、$\log_23$、$e$、$\pi$ が例であり、10 進小数表示が有限で終わらず循環もしない実数として特徴づけられる。無理数は有理数と同じく実数直線で稠密だが、有理数全体が可算であるのに対して無理数全体の濃度は実数全体と等しい連続体濃度である。有理数は代数的数なので実数の超越数はすべて無理数だが、$\sqrt2$ のように代数的な無理数もある。また実数が無理数であることは、$|\alpha-p/q|<1/q^2$ を満たす有理数 $p/q$ が無限個あることと同値である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 実数, 有理数, 素数, 稠密

定義

無理数の定義

有理数でない実数を無理数(irrational number)という。すなわち実数 $\alpha$ が無理数であるとは、$\alpha=m/n$ となる整数 $m,n$($n\neq0$)が存在しないことをいう。無理数全体の集合は $\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}$ である。

定義から、実数全体は有理数全体と無理数全体に交わりなく分かれる。
$$ \mathbb{R}=\mathbb{Q}\sqcup(\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}). $$
無理数は実数の中で定義される概念であり、実数でない複素数(たとえば虚数単位 $i$)は有理数でも無理数でもない。無理数全体を表す標準的な記号はないので、本記事では $\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}$ と書く。
ある実数が無理数であることを示すには、「有理数である」と仮定して矛盾を導く背理法を使うのが普通である。有理数であることは $m/n$ という有限のデータで確かめられるが、無理数であることはすべての分数を排除することだからである。

直感

正方形の対角線の長さ $\sqrt2$ は、1 辺の長さと共通の単位で測ることができない。どれほど細かい単位 $1/n$ をとっても、辺が単位のちょうど $n$ 倍なら、対角線は単位の整数倍にならない(cor-irrational-square-root)。無理数はこのような「共通の尺度をもたない量」であり、10 進小数で書けば有限で終わらず、途中から循環することもない(prop-irrational-decimal)。有理数は数直線上に隙間なく散らばっている(稠密)が、それでも数直線の点の「ほとんど」は無理数である。有理数全体は可算集合なのに、無理数全体は実数全体と同じ濃度をもつ(thm-irrational-cardinality)。

例と反例

平方根と冪根

$\sqrt2$、$\sqrt3$、$\sqrt6$、$\sqrt[3]2$ は無理数である。$\sqrt2$ については 有理数 の記事の命題「2の平方根は有理数でない」が偶奇による証明を与える。一般に、正の整数 $m$ の $k$ 乗根 $\sqrt[k]m$ は、$m$ が整数の $k$ 乗でない限り無理数である(thm-irrational-roots)。$\sqrt4=2$、$\sqrt[3]{27}=3$ は有理数であり、この仮定は省けない。

2 を底とする対数

$\log_23$(対数)は無理数である。$\log_23>0$ なので、有理数なら $\log_23=p/q$($p,q$ は正の整数)と書け、$2^{p/q}=3$、すなわち $2^p=3^q$ となる。$p\ge1$ なので左辺は偶数、右辺は奇数であり、矛盾する。同じ議論で、相異なる素数 $\ell_1,\ell_2$ について $\log_{\ell_1}\ell_2$ は無理数である。$\ell_1^{\,a}=\ell_2^{\,b}$($a,b\ge1$)は素因数分解の一意性(素数 の記事の定理「算術の基本定理」)に反するからである。

循環しない小数

小数第 1 位から、$1$ の後に $0$ を $1$ 個、$1$ の後に $0$ を $2$ 個、… と並べた
$$ \beta=0.1010010001000010\cdots $$
は無理数である。$1$ が無限個現れるので小数表示は有限で終わらない。途中から周期 $T$ で循環するとすると、循環部分の各周期は $1$ を含む(そうでなければ以後の桁がすべて $0$ になる)ので、以後の $0$ の連続は $T$ 個未満になる。ところが $\beta$ の $0$ の連続はいくらでも長くなるので矛盾する。よって prop-irrational-decimal により $\beta$ は無理数である。

反例:無理数どうしの和・積・冪

無理数全体は和・積について閉じていない。
$$ \sqrt2+(-\sqrt2)=0,\qquad \sqrt2\cdot\sqrt2=2,\qquad (1+\sqrt2)+(1-\sqrt2)=2 $$
で、左辺の各項は無理数だが右辺は有理数である。この例は「$\alpha,\beta$ が無理数なら $\alpha+\beta$、$\alpha\beta$ は無理数である」という含意を破る。とくに $\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}$ は $\mathbb{R}$ の加法の部分群でも、部分体でもない($0,1$ を含まない)。
冪についても同様である。無理数 $a,b$ で $a^b$ が有理数になるものが存在する。$\sqrt2^{\sqrt2}$ が有理数なら $a=b=\sqrt2$ でよい。無理数なら $a=\sqrt2^{\sqrt2}$、$b=\sqrt2$ とおくと、正の実数の冪の指数法則により
$$ a^b=\sqrt2^{\sqrt2\cdot\sqrt2}=\sqrt2^{\,2}=2 $$
は有理数である。この論証はどちらの場合が起こるかを決めずに存在を示している。

一方、有理数と無理数の組み合わせについては次が成り立つ(prop-irrational-rational-operations)。$\sqrt2+1$、$3\sqrt2$、$1/\sqrt2$ はいずれも無理数である。

性質

冪根の無理性

冪根の無理性

$m\ge1$、$k\ge1$ を整数とする。実数 $\sqrt[k]m$($m$ の正の $k$ 乗根)が有理数であることと、$m=a^k$ となる整数 $a\ge1$ が存在することは同値である。とくに、$m$ が整数の $k$ 乗でなければ $\sqrt[k]m$ は無理数である。

$m=a^k$ なら $\sqrt[k]m=a$ は有理数である。逆に $\sqrt[k]m$ が有理数であるとする。$\sqrt[k]m>0$ なので、有理数 の記事の定理「既約分数による標準形」により $\sqrt[k]m=a/b$、$a,b\ge1$、$\gcd(a,b)=1$ と書ける。$k$ 乗して分母を払うと
$$ a^k=m\,b^k $$
である。$b\ge2$ と仮定すると、$b$ はある素数 $p$ で割り切れる(素数 の記事の命題「素因数の存在」)。$p\mid b$ なので $p\mid mb^k=a^k$ であり、素数 の記事の系「有限個の積を割り切る素数」により $p\mid a$ となる。これは $\gcd(a,b)=1$ に反する。よって $b=1$ であり、$m=a^k$ である。$\square$

平方数でない整数の平方根

正の整数 $m$ が平方数でなければ $\sqrt m$ は無理数である。とくに $\sqrt2,\sqrt3,\sqrt5,\sqrt6,\sqrt7,\sqrt8$ は無理数である。

thm-irrational-roots で $k=2$ とすればよい。$\square$

thm-irrational-roots は、$x^k-m$ の有理数の根は整数に限る、ということでもある。一般に、整数係数でモニック(最高次係数 $1$)の多項式の有理数の根は整数である(既約多項式 の記事の命題「有理根の判定」で最高次係数を $1$ とした場合)。

有理数との演算

有理数と無理数の和と積

$q$ を有理数、$\alpha$ を無理数とする。このとき $q+\alpha$、$-\alpha$、$1/\alpha$ は無理数であり、$q\neq0$ なら $q\alpha$ も無理数である。

有理数全体 $\mathbb{Q}$ は体であり、和・差・積・$0$ でない元による商について閉じている(有理数 の記事の命題「有理数体」)。$q+\alpha=r$ が有理数なら $\alpha=r-q$ は有理数となり、仮定に反する。$-\alpha=r$ なら $\alpha=-r$、$1/\alpha=r$ なら $r\neq0$ で $\alpha=1/r$、$q\alpha=r$($q\neq0$)なら $\alpha=r/q$ となり、いずれも仮定に反する。$\alpha\neq0$ なので $1/\alpha$ は定義される。$\square$

$q=0$ は除外しなければならない。$0\cdot\sqrt2=0$ は有理数である。

小数表示

小数表示による判定

実数 $\alpha$ が無理数であることと、$\alpha$ の 10 進小数表示が有限で終わらず、途中から循環することもないことは同値である。ここで小数表示としては、筆算で得られる、$9$ が限りなく続くことのない表示をとる($0.5$ を $0.4999\cdots$ とは書かない)。

有理数 の記事の命題「有限小数と循環小数」は、有限小数と循環小数が有理数であること、および有理数の 10 進小数表示が有限で終わるか途中から循環することを示している。前者の対偶により、無理数の小数表示は有限でも循環でもない。後者の対偶により、有限でも循環でもない小数表示をもつ実数は有理数でない。$\square$

この判定は 10 進法に限らず、2 以上の任意の整数 $b$ を底とする $b$ 進表示でも同じ証明で成り立つ。

e の無理性

ネイピア数 $e$ を級数 $e:=\sum_{k=0}^{\infty}\dfrac1{k!}$ で定める(この級数が収束することと $e=\lim_{n\to\infty}(1+1/n)^n$ であることは Rud76 Chapter 3 による)。

$e$ の無理性

$e$ は無理数である。

$e$ が有理数であると仮定し、$e=p/q$($p,q$ は正の整数)と書く。
$$ x:=q!\left(e-\sum_{k=0}^{q}\frac1{k!}\right) $$
とおく。$q!\,e=(q-1)!\,p$ と、$k\le q$ に対する $q!/k!$ はいずれも整数なので、$x$ は整数である。一方
$$ x=\sum_{k=q+1}^{\infty}\frac{q!}{k!} $$
であり、各項は正なので $x>0$ である。$k=q+j$($j\ge1$)の項について $\dfrac{q!}{k!}=\dfrac1{(q+1)(q+2)\cdots(q+j)}\le\dfrac1{(q+1)^j}$ であり、$j\ge2$ では不等号が狭義になるので
$$ x<\sum_{j=1}^{\infty}\frac1{(q+1)^j}=\frac1q\le1 $$
である。よって $0< x<1$ となり、$x$ が整数であることに反する。$\square$

円周率の無理性と超越性の出典

円周率 $\pi$ も無理数である。Niven は、$\pi=a/b$($a,b$ は正の整数)と仮定すると積分 $b^n\int_0^\pi\frac{x^n(\pi-x)^n}{n!}\sin x\,dx$ が整数になる一方、$n$ が大きければ $0$ と $1$ の間にあることを示して、1 ページの証明を与えた(Niv47)。さらに $e$ と $\pi$ はいずれも超越数(def-irrational-algebraic)である($e$ は Hermite、$\pi$ は Lindemann による)。これらの証明は HW08 Chapter XI に譲る。

濃度

有理数全体は可算無限である(有理数 の記事の命題「有理数全体は可算無限集合である」)が、実数全体は非可算である(可算集合 の記事の定理「実数全体の非可算性」)。したがって無理数全体は非可算である。実際、$\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}$ が可算なら、$\mathbb{R}=\mathbb{Q}\cup(\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q})$ は可算集合 2 つの和集合として可算になる(可算集合 の記事の定理「可算個の可算集合の和集合」の有限個の場合)。次の定理は、濃度が $\mathbb{R}$ と等しいことを具体的な全単射で示す。

無理数全体の濃度

$\mathbb{R}$ から $\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}$ への全単射が存在する。とくに無理数全体の濃度は連続体濃度 $2^{\aleph_0}$ である。

$E:=\{q+k\sqrt2\mid q\in\mathbb{Q},\ k\in\mathbb{N}\}$ とおく($\mathbb{N}=\{0,1,2,\dots\}$)。$E$ の元の表し方 $q+k\sqrt2$ はただ 1 通りである。実際 $q+k\sqrt2=q'+k'\sqrt2$、$k\neq k'$ なら $\sqrt2=(q'-q)/(k-k')$ は有理数となり、cor-irrational-square-root に反する。よって $k=k'$、$q=q'$ である。$k\ge1$ のとき $q+k\sqrt2$ は prop-irrational-rational-operations により無理数であり、$k=0$ のときは有理数 $q$ である。すなわち $\mathbb{Q}\subset E$ であり、$E\setminus\mathbb{Q}=\{q+k\sqrt2\mid k\ge1\}$ である。
写像 $h\colon\mathbb{R}\to\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}$ を
$$ h(x):=\begin{cases}q+(k+1)\sqrt2 & (x=q+k\sqrt2\in E),\\ x & (x\notin E)\end{cases} $$
で定める。表し方の一意性から $h$ は矛盾なく定まり、値はつねに無理数である($x\notin E$ なら $x\notin\mathbb{Q}$)。$h$ は $E$ を $E\setminus\mathbb{Q}$ へ、$(q,k)\mapsto(q,k+1)$ により全単射に写し、$\mathbb{R}\setminus E$ を自分自身へ恒等的に写す。$E$ と $\mathbb{R}\setminus E$ は交わらず、像 $E\setminus\mathbb{Q}$ と $\mathbb{R}\setminus E$ も交わらず、その和集合は $\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}$ である。よって $h$ は全単射である。$|\mathbb{R}|=2^{\aleph_0}$(基数 の記事の例「連続体の濃度」)から最後の主張が従う。$\square$

この証明は選択公理を使わない。選択公理を仮定すれば、同じことは任意の空でない可算集合 $C\subset\mathbb{R}$ について成り立つ($C=\emptyset$ なら明らか)。$\mathbb{R}\setminus C$ は上と同じ理由で非可算なので無限であり、基数 の記事の命題「無限基数の和と積」から $2^{\aleph_0}=|C|+|\mathbb{R}\setminus C|=\max(|C|,|\mathbb{R}\setminus C|)=|\mathbb{R}\setminus C|$ となるからである。

稠密性と位相的な性質

有理数と無理数の稠密性

実数 $x< y$ に対し、$x< r< y$ を満たす有理数 $r$ と、$x<\alpha< y$ を満たす無理数 $\alpha$ がともに存在する。とくに $\mathbb{Q}$ と $\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}$ はいずれも $\mathbb{R}$ で稠密である。

有理数 $r$ の存在は 実数 の記事の定理「有理数の稠密性」である。その $r$ について $y-r>0$ なので、実数 の記事の定理「Archimedes性」により $n>\sqrt2/(y-r)$ となる正の整数 $n$ がある。$\alpha:=r+\sqrt2/n$ とおくと $r<\alpha< y$ であり、$\sqrt2/n=(1/n)\sqrt2$ と $\alpha$ は prop-irrational-rational-operations により無理数である。空でない開集合は開区間を含むので、$\mathbb{Q}$ と $\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}$ はどの空でない開集合とも交わり、稠密である。$\square$

区間 $(x,y)$ に無理数と有理数が 1 つずつあれば、それを端点とするより小さい区間に同じ議論を繰り返せるので、どの開区間も有理数と無理数をそれぞれ無限個含む。稠密 の記事の例「実数直線における有理数と無理数」は、有理数 $q\in(x-\sqrt2,y-\sqrt2)$ をとって $q+\sqrt2$ を使う別の議論を与えている。$\mathbb{Q}$ は稠密だが可算であり、その補集合 $\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}$ もまた稠密である。稠密であることは、濃度が大きいことも、補集合が稠密でないことも意味しない。

内部・境界と $G_\delta$ 性

$\mathbb{R}$ に通常の位相を入れる。

  1. $\mathbb{Q}$ と $\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}$ の内部はともに空であり、閉包と境界はともに $\mathbb{R}$ である。
  2. $\mathbb{Q}$ は閉集合の可算個の和集合($F_\sigma$ 集合)であり、$\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}$ は開集合の可算個の共通部分(Gδ集合)である。
  3. $\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}$ は $F_\sigma$ 集合でなく、$\mathbb{Q}$ は $G_\delta$ 集合でない。

1:prop-irrational-dense により、どの開区間も $\mathbb{Q}$ と $\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}$ の両方の点を含む。よってどちらも開区間を含まず内部は空であり、どちらも稠密なので閉包は $\mathbb{R}$ である。境界は閉包から内部を除いたものなので $\mathbb{R}$ である。
2:$\mathbb{Q}=\bigcup_{q\in\mathbb{Q}}\{q\}$ は 1 点からなる閉集合の可算個の和集合である。補集合をとると $\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}=\bigcap_{q\in\mathbb{Q}}(\mathbb{R}\setminus\{q\})$ は開集合の可算個の共通部分である。
3:$\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}=\bigcup_{n\ge1}F_n$(各 $F_n$ は閉集合)と仮定する。$F_n\subset\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}$ は 1 により開区間を含まないので、内部は空である。$\mathbb{Q}$ の元を $q_1,q_2,\dots$ と並べると(有理数 の記事の命題「有理数全体は可算無限集合である」)
$$ \mathbb{R}=\bigcup_{n\ge1}F_n\cup\bigcup_{k\ge1}\{q_k\} $$
は内部が空の閉集合の可算個の和集合になる。$\mathbb{R}$ は空でない完備距離空間なので、これは Baireのカテゴリー定理 の記事の系「閉集合による可算被覆」に反する。よって $\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}$ は $F_\sigma$ 集合でない。$\mathbb{Q}$ が $G_\delta$ 集合なら補集合 $\mathbb{R}\setminus\mathbb{Q}$ は $F_\sigma$ 集合になるので、$\mathbb{Q}$ は $G_\delta$ 集合でない。$\square$

代数的数と超越数

代数的数と超越数

複素数 $\alpha$ が代数的数(algebraic number、代数的数)であるとは、$0$ でない整数係数の多項式 $f(x)$ で $f(\alpha)=0$ となるものが存在することをいう。代数的数でない複素数を超越数(transcendental number)という。係数を有理数にしても、分母を払えば整数係数になるので同じ概念である。代数的数 $\alpha$ を根にもつ $0$ でない整数係数の多項式の次数の最小値を $\alpha$ の次数という。

有理数 $q=m/n$ は $nx-m$ の根なので代数的数である。したがって実数の超越数はすべて無理数である。逆は成り立たない。$\sqrt2$ は $x^2-2$ の根、$\sqrt[3]2$ は $x^3-2$ の根、黄金比 $(1+\sqrt5)/2$ は $x^2-x-1$ の根であり、いずれも代数的な無理数である。無理数全体は、代数的な無理数と実数の超越数に交わりなく分かれる。

代数的な実数の可算性

代数的な実数全体は可算である。したがって実数の超越数は存在し、その全体は非可算である。

$0$ でない整数係数の多項式を $a_d\neq0$ となる形 $a_0+a_1x+\cdots+a_dx^d$ に書き、整数の有限列 $(a_0,\dots,a_d)$ を対応させる(この表し方はただ 1 通りなので写像が定まる。以下で使うのは $0$ でない多項式だけである)。$\mathbb{Z}\to\mathbb{N}$ の全単射($n\ge0$ を $2n$ に、$n<0$ を $-2n-1$ に写す)で各項を自然数に置き換え、可算集合 の記事の例「自然数の有限列の全体」の単射 $\Psi\colon\mathbb{N}^{<\omega}\to\mathbb{N}\times\mathbb{N}$ と、同記事の命題「自然数の対の番号付け」の全単射 $\pi\colon\mathbb{N}\times\mathbb{N}\to\mathbb{N}$ を合成すると、$0$ でない整数係数の多項式全体から $\mathbb{N}$ への単射 $c$ が得られる。
$\alpha$ を代数的な実数とする。$\alpha$ を根にもつ $0$ でない整数係数の多項式のうち $c$ の値が最小のものを $f_\alpha$ とする。$f_\alpha$ の実数の根は有限個である(多項式環 の記事の定理「根の個数」を体 $\mathbb{R}$ 上で使う)ので、小さい順に並べたときの $\alpha$ の番号を $i_\alpha\ge1$ とする。$\alpha\mapsto(c(f_\alpha),i_\alpha)$ は単射である。$f_\alpha$ と番号が一致すれば $\alpha$ は同じ根だからである。$\mathbb{N}\times\mathbb{N}$ は可算なので、可算集合 の記事の系「像と単射による可算性の伝播」の 2 により代数的な実数全体は可算である。
代数的な実数全体を $A$、実数の超越数全体を $T$ とすると $\mathbb{R}=A\cup T$ である。$T$ が可算なら $\mathbb{R}$ は可算集合 2 つの和集合として可算になり、可算集合 の記事の定理「実数全体の非可算性」に反する。よって $T$ は非可算であり、とくに空でない。$\square$

選択公理を仮定すれば、thm-irrational-cardinality の後の議論から、実数の超越数全体の濃度も $2^{\aleph_0}$ である。この証明は具体的な超越数を 1 つも示さない。具体的な超越数としては rem-irrational-liouville の Liouville 数がある。

有理数による近似

無理数は有理数で近似でき、その近似の良さで有理数と区別できる。次の定理の証明は 鳩の巣原理 による。

近似による無理数の特徴づけ

実数 $\alpha$ に対し、有理数 $r$ で、ある表し方 $r=p/q$($p\in\mathbb{Z}$、$q\ge1$)について
$$ \left|\alpha-\frac pq\right|<\frac1{q^2} $$
を満たすもの全体を $S(\alpha)$ とする。このとき $\alpha$ が無理数であることと、$S(\alpha)$ が無限集合であることは同値である。

$\alpha$ が有理数なら $S(\alpha)$ は有限であることを示す。$\alpha=a/b$($b\ge1$)とし、$r=p/q\in S(\alpha)$、$r\neq\alpha$ とする。$aq-bp$ は $0$ でない整数なので
$$ \frac1{bq}\le\frac{|aq-bp|}{bq}=\left|\alpha-\frac pq\right|<\frac1{q^2} $$
であり、$q< b$ である。各 $q\in\{1,\dots,b-1\}$ について、$p$ は $|q\alpha-p|<1/q\le1$ を満たす整数なので高々 2 個である。よって $\alpha$ 以外の $S(\alpha)$ の元は有限個であり、$S(\alpha)$ は有限である。
$\alpha$ が無理数なら $S(\alpha)$ は無限であることを示す。$S(\alpha)$ が有限であると仮定する。$S(\alpha)$ の元はすべて $\alpha$ と異なるので、$\delta:=\min\{|\alpha-r|\mid r\in S(\alpha)\}>0$ とおける($S(\alpha)=\emptyset$ なら $\delta:=1$)。Archimedes 性により $1/N<\delta$ となる正の整数 $N$ をとる。鳩の巣原理 の記事の定理「Dirichlet の近似定理」により、$1\le q\le N$ かつ $|\alpha-p/q|<1/(qN)$ を満たす整数 $p,q$ がある。$q\le N$ より $1/(qN)\le1/q^2$ なので $p/q\in S(\alpha)$ であり、一方 $|\alpha-p/q|<1/(qN)\le1/N<\delta$ なので $p/q$ は $S(\alpha)$ のどの元とも異なる。これは矛盾である。$\square$

近似の限界と Liouville 数

thm-irrational-approximation の $1/q^2$ は、すべての無理数について $1/(\sqrt5\,q^2)$ まで改善でき、黄金比については $\sqrt5$ をそれより大きい定数に替えられない(Hurwitz の定理)。一方、次数 $d\ge2$ の代数的な実数 $\alpha$ には、すべての有理数 $p/q$($q\ge1$)について $|\alpha-p/q|>c/q^d$ となる定数 $c>0$ がある(Liouville の定理)。したがって、任意の $d\ge2$ と $c>0$ に対して $0<|\alpha-p/q|\le c/q^d$ となる有理数 $p/q$ をもつ実数 $\alpha$ は、有理数でも代数的な無理数でもなく超越数である。たとえば Liouville 数 $\sum_{k=1}^\infty10^{-k!}$ は超越数である。いずれも証明は HW08 Chapter XI に譲る。よい有理数近似を具体的に与えるのは連分数展開である。

関連項目

参考文献

[1]
G. H. Hardy and E. M. Wright, revised by D. R. Heath-Brown and J. H. Silverman, An Introduction to the Theory of Numbers, 6th ed., Oxford University Press, 2008, Chapter XI(有理数による無理数の近似、Hurwitz の定理、Liouville の定理、$e$ と $\pi$ の超越性)
[2]
Walter Rudin, Principles of Mathematical Analysis, 3rd ed., McGraw-Hill, 1976, Chapter 3(級数による $e$ の定義と $e=\lim(1+1/n)^n$)
[3]
Ivan Niven, A simple proof that π is irrational, Bulletin of the American Mathematical Society 53, 509, 1947, $\pi$ の無理性の証明

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