四元数(quaternion)とは、実数 $a,b,c,d$ を用いて $a+bi+cj+dk$ と書かれる数で、$i^2=j^2=k^2=ijk=-1$ という Hamilton の規則で掛け算を定めたものであり、その全体 $\mathbb{H}$ は実数体上 4 次元の多元環をなす。$\mathbb{H}$ は 2 次の複素行列で表すと結合的であることが分かり、共役とノルムを使って $0$ でない元が逆元をもつので、中心が実数体の可換でない斜体である。積は実部と純部に分けると内積とベクトル積で書け、$x^2=-1$ の解は純四元数の単位球面全体になり、単位四元数の共役作用は 3 次元の回転を与える。実数体上の有限次元の可除多元環は $\mathbb{R}$、$\mathbb{C}$、$\mathbb{H}$ に限るという Frobenius の定理が成り立つ。
複素数 $a+bi$ は平面の点であり、その掛け算は平面の回転と拡大を表す(複素数の掛け算は回転と拡大)。Hamilton は、同じことを 3 次元空間で行える数の体系を長く探し、1843 年に、3 つではなく 4 つの実数の組
$$
q=a+bi+cj+dk
$$
を考えれば、$i^2=j^2=k^2=ijk=-1$ という規則で掛け算が定まり、$0$ でない数で割り算ができることを発見した。これが 四元数 である。代わりに失われたのは掛け算の可換性であり、$ij=k$ だが $ji=-k$ である。
四元数は、可換でない斜体のもっとも基本的な例であり、3 次元空間の回転を掛け算で表す道具であり(二重被覆群)、絶対値が積を保つことから四平方数の恒等式を生む(Lagrangeの四平方定理)。この記事では、四元数の全体 $\mathbb{H}$ を定義し、それが結合的な斜体で中心が実数体であることを行列による表示で証明し、スカラー部・ベクトル部による積の公式、$x^2=-1$ の解が球面をなすこと、実数体上の有限次元の斜体は $\mathbb{R},\mathbb{C},\mathbb{H}$ に限るという Frobenius の定理を示す。任意の体の上で同じ構成を一般化したものは四元数環、位数 8 の群 $\{\pm1,\pm i,\pm j,\pm k\}$ は四元数群の記事で扱う。
$1,i,j,k$ を基底とする実 4 次元ベクトル空間
$$
\mathbb{H}:=\{a+bi+cj+dk\mid a,b,c,d\in\mathbb{R}\}
$$
に、双線形な積を、実数 $1$ が単位元であることと
$$
i^2=j^2=k^2=-1,\qquad ij=-ji=k,\qquad jk=-kj=i,\qquad ki=-ik=j
$$
によって定める。$\mathbb{H}$ の元を 四元数(quaternion)という。$q=a+bi+cj+dk$ について、
規則は覚えやすい形にまとめられる。$i\to j\to k\to i$ の向きに 2 つを掛けると残りの 1 つになり、逆向きに掛けると符号が変わる。また $ijk=(ij)k=k^2=-1$ である。$a+bi$($c=d=0$)の形の四元数の全体は複素数体 $\mathbb{C}$ と同じ計算規則に従うので、$\mathbb{C}\subset\mathbb{H}$ とみなせる。
定義の段階では、この積が結合法則を満たすかどうかはまだ分からない。基底の 3 つ組の 64 通りについて $(xy)z=x(yz)$ を確かめれば足りるが、次の定理では行列による表示を使ってまとめて示す。
1:行列の中の虚数単位を $\sqrt{-1}$ と書き、$E$ を単位行列、
$$
I:=\varphi(i)=\begin{pmatrix}\sqrt{-1}&0\\0&-\sqrt{-1}\end{pmatrix},\quad J:=\varphi(j)=\begin{pmatrix}0&1\\-1&0\end{pmatrix},\quad K:=\varphi(k)=\begin{pmatrix}0&\sqrt{-1}\\\sqrt{-1}&0\end{pmatrix}
$$
とおくと、$\varphi(a+bi+cj+dk)=aE+bI+cJ+dK$ である。行列の積を計算すると
$$
I^2=J^2=K^2=-E,\quad IJ=K=-JI,\quad JK=I=-KJ,\quad KI=J=-IK
$$
となり、$E,I,J,K$ は $\mathbb{H}$ の基底 $1,i,j,k$ と同じ積の表を満たす。$\mathbb{H}$ の積も行列の積も双線形なので、基底どうしの積で一致すれば、すべての $p,q$ について $\varphi(pq)=\varphi(p)\varphi(q)$ である。$\varphi(q)=0$ なら成分から $a=b=c=d=0$ なので $\varphi$ は単射である。行列の積は結合的なので、$\varphi((pq)r)=\varphi(p)\varphi(q)\varphi(r)=\varphi(p(qr))$ と単射性から $(pq)r=p(qr)$ である。実数 $r$ は $\varphi(r)=rE$ なので $\mathbb{H}$ のすべての元と交換し、$\mathbb{H}$ は $\mathbb{R}$ 多元環である。
2:成分を比べると $\varphi(\bar q)=\varphi(q)^{*}$ である。行列式は $(a+b\sqrt{-1})(a-b\sqrt{-1})-(c+d\sqrt{-1})(-c+d\sqrt{-1})=a^2+b^2+c^2+d^2$ である。また $\alpha=a+b\sqrt{-1}$、$\beta=c+d\sqrt{-1}$ とおくと $\varphi(q)=\begin{pmatrix}\alpha&\beta\\-\bar\beta&\bar\alpha\end{pmatrix}$ で、$\varphi(q)\varphi(q)^{*}=\varphi(q)^{*}\varphi(q)=(|\alpha|^2+|\beta|^2)E=N(q)E$ である。$(AB)^{*}=B^{*}A^{*}$ と $\det(AB)=\det A\det B$ を $\varphi$ で引き戻すと、3 つの等式を得る。
3:$q\neq0$ なら $N(q)>0$ で、2 より $q\cdot\bar q/N(q)=\bar q/N(q)\cdot q=1$ である。
4:$q=a+bi+cj+dk$ について、定義の規則から
$$
iq-qi=2ck-2dj,\qquad jq-qj=-2bk+2di
$$
である。$q$ が中心に属すれば両方が $0$ なので $b=c=d=0$、すなわち $q\in\mathbb{R}$ である。逆に実数は 1 で見たとおり中心に属する。
$\varphi$ の像は $\begin{pmatrix}\alpha&\beta\\-\bar\beta&\bar\alpha\end{pmatrix}$ の形の行列の全体であり、単位四元数はちょうど行列式 $1$ のユニタリ行列、すなわちSO(3)とSU(2)の記事の $\mathrm{SU}(2)$ の元に対応する(二重被覆群の命題「$\mathrm{Sp}(1)$ と $\mathrm{SU}(2)$ の同型」)。体 $K$ と $a,b\in K^\times$ について $i^2=a$、$j^2=b$、$ij=-ji$ で定まる四元数環 $(a,b)_K$ の言葉では、$\mathbb{H}=(-1,-1)_{\mathbb{R}}$ である(四元数環の例「実数体上の四元数環と Hamilton の四元数体」)。
四元数 $q=a+v$ は「数 $a$ と 3 次元のベクトル $v$ の組」である。次の積の公式(prop-qu-product)が示すとおり、二つの純四元数の積 $vw$ には、ベクトルの内積 $v\cdot w$ とベクトル積 $v\times w$ が同時に現れる。ベクトル積が $v\times w=-w\times v$ を満たすことが、四元数の積が可換でない理由である。歴史的には、ベクトルの内積とベクトル積は、四元数の積を実部と純部に分けて取り出したものとして使われ始めた。
複素数の場合、絶対値 $1$ の数 $e^{\sqrt{-1}\theta}$ を掛けることが平面の回転であった。四元数では、単位四元数 $q$ について純四元数 $v$ を $qv\bar q$ に移す写像が 3 次元空間の回転になる(後の節「単位四元数と 3 次元の回転」)。$q$ と $-q$ が同じ回転を与えるので、回転の全体は単位四元数の全体を $\pm$ で割ったものになる。
また、$\mathbb{H}$ の中には複素数体 $\mathbb{C}$ の「写し」が無数にある。単位純四元数 $u$ はどれも $u^2=-1$ を満たすので、$\mathbb{R}+\mathbb{R}u$ は $\mathbb{C}$ と同じ計算規則に従う。実数でない四元数は、このような写しのちょうど一つに入っている(thm-qu-square-roots)。
$p=1+2i+k$、$q=i+j-k$ とする。分配法則と定義の規則で展開すると
$$
pq=-1+4j+k,\qquad qp=-1+2i-2j-3k
$$
となり、$pq\neq qp$ である。$N(p)=1+4+1=6$、$N(q)=3$、$N(pq)=1+16+1=18=6\cdot3$ であり、ノルムが積を保つことが確かめられる。$p$ の逆元は $p^{-1}=\bar p/N(p)=(1-2i-k)/6$ である。
可換な環では $(pq)^2=p^2q^2$ が成り立つが、$\mathbb{H}$ では $(ij)^2=k^2=-1$、$i^2j^2=(-1)(-1)=1$ である。$(pq)^2=pqpq$ の中央の $qp$ を $pq$ に取り替える操作に、積の可換性が使われている。
$p=a+v$、$q=b+w$($a,b\in\mathbb{R}$、$v,w\in\mathbb{H}_0\cong\mathbb{R}^3$)について
$$
pq=(ab-v\cdot w)+(aw+bv+v\times w)
$$
が成り立つ。ここで $v\cdot w$ は $\mathbb{R}^3$ の標準内積、$v\times w$ はベクトル積である。とくに、純四元数 $v,w$ について
両辺とも $p,q$ について双線形である(内積とベクトル積は双線形)。$a,b$ の項は実数が中心にあることから明らかなので、$v,w$ が基底 $i,j,k$ の場合を確かめれば足りる。$v=w=i$ では左辺 $i^2=-1$、右辺 $-i\cdot i+i\times i=-1+0$ である。$v=i$、$w=j$ では左辺 $ij=k$、右辺 $-i\cdot j+i\times j=0+k$ であり、$v=j$、$w=i$ では左辺 $-k$、右辺 $j\times i=-k$ である。残りの組も、$i\to j\to k\to i$ の巡回で同じである。
1 は $v=w$ とおけば $v\times v=0$ から従う。2:$vw=-v\cdot w+v\times w$ と $wv=-v\cdot w-v\times w$ の和は $-2v\cdot w$ なので、$vw=-wv$ は $v\cdot w=0$ と同値である。3:$q=b+w$ のとき $\bar q=b-w$ なので、積の公式から $\mathrm{Re}(p\bar q)=ab+v\cdot w$ であり、これは $(a,v)$ と $(b,w)$ の標準内積である。
1:$q=a+v$ とすると、積の公式から $q^2=a^2-|v|^2+2av$ である。$q^2=-1$ なら純部を比べて $av=0$、実部を比べて $a^2-|v|^2=-1$ である。$v=0$ なら $a^2=-1$ となり $a$ が実数であることに反するので、$v\neq0$、したがって $a=0$、$|v|=1$ である。逆に $a=0$、$|v|=1$ なら $q^2=-|v|^2=-1$ である。
2:$q=a+v$ が実数でなければ $v\neq0$ である。$r:=|q|$、$u:=v/|v|$ とおき、$\theta\in(0,\pi)$ を $\cos\theta=a/r$、$\sin\theta=|v|/r$ で定める($a^2+|v|^2=r^2$ かつ $|v|/r>0$ なので、このような $\theta$ がただ一つある)。すると $q=r(\cos\theta+u\sin\theta)$ である。逆にこの形に書けば、実部 $r\cos\theta$ と純部 $r\sin\theta\,u$($\sin\theta>0$)から $r=|q|$、$u=v/|v|$、$\theta$ が決まるので、表し方は一意である。$u^2=-1$ なので $\mathbb{R}+\mathbb{R}u$ は積で閉じ、$x+yu\mapsto x+y\sqrt{-1}$ は環の同型である。$q\in\mathbb{R}+\mathbb{R}u$ でその純部は $0$ でないので、$\mathbb{R}[q]=\mathbb{R}+\mathbb{R}u$ である。
体の上では $n$ 次多項式の根は高々 $n$ 個であるが、1 はその主張が $\mathbb{H}$ では成り立たないことを示している(斜体の例「反例:次数より多くの根をもつ多項式」)。
単位四元数 $q$ と純四元数 $v$ について、$qv\bar q$ はまた純四元数であり、$|qv\bar q|=|v|$ である。$q=\cos\frac{\theta}{2}+u\sin\frac{\theta}{2}$($u$ は単位純四元数)のとき、$v\mapsto qv\bar q$ は $u$ を軸とする角 $\theta$ の回転であり、単位四元数の群から 3 次元の回転群 $\mathrm{SO}(3)$ への全射準同型で、核が $\{\pm1\}$ のものが得られる。証明は 二重被覆群 の補題「共役作用が回転を与えること」、定理「$\mathrm{SU}(2)$ による $\mathrm{SO}(3)$ の二重被覆」、系「回転の半角表示」にある(Voi21 Proposition 2.4.18・Corollary 2.4.21、pp. 29–30)。回転の合成は四元数の積で計算でき、行列よりも少ない数で回転を表せる。
$D$ を $\mathbb{R}$ 上の有限次元の多元環で、斜体であるもの(実数体上の有限次元の可除多元環)とする。このとき $D$ は $\mathbb{R}$、$\mathbb{C}$、$\mathbb{H}$ のいずれかと $\mathbb{R}$ 多元環として同型である。
$\mathbb{R}$ を構造射の像と同一視する。$\mathbb{R}$ は $D$ の中心に含まれる。
段 1(実数でない元は 2 次式を満たす):$a\in D\setminus\mathbb{R}$ とし、$\mu_a$ を $a$ の最小多項式とする(多元環の定理「最小多項式の存在」)。$\mu_a$ が実数の根 $c$ をもてば $\mu_a=(x-c)g$ と書け、$\deg g< \deg\mu_a$ より $g(a)\neq0$、一方 $(a-c)g(a)=0$ なので、$D$ が斜体であることから $a=c\in\mathbb{R}$ となって矛盾する。よって $\mu_a$ は実数の根をもたず、代数学の基本定理により実数でない複素数の根 $z=t+s\sqrt{-1}$($s\neq0$)をもつ。実係数の多項式の根の共役も根なので、$m(x):=(x-z)(x-\bar z)=x^2-2tx+(t^2+s^2)$ は $\mu_a$ を $\mathbb{R}[x]$ で割り切る。$\mu_a=mh$ と書くと $m(a)h(a)=0$ である。$\deg h\ge1$ なら $m$ と $h$ はどちらも $\mu_a$ より次数が低いので $m(a)\ne0$、$h(a)\neq0$ となり、斜体であることに反する。よって $\mu_a=m$ であり、$u:=a-t$ とおくと
$$
u^2=a^2-2ta+t^2=-s^2<0
$$
である。
段 2($D=\mathbb{R}\oplus V$):$V:=\{u\in D\mid u^2\in\mathbb{R},\ u^2\le0\}$ とおく。$u\in V$、$u\neq0$ なら、斜体には $0$ でない冪零元がないので $u^2<0$ であり、実数の 2 乗は $0$ 以上なので $u\notin\mathbb{R}$ である。よって $V\cap\mathbb{R}=\{0\}$ であり、段 1 より $D=\mathbb{R}+V$ である。$V$ が実数倍で閉じることは明らかなので、和で閉じることを示す。$u,w\in V$ が $\mathbb{R}$ 上一次従属なら $u+w$ はその一方の実数倍なので $V$ に入る。一次独立のときは、まず $1,u,w$ が一次独立であることを示す。$w=\alpha+\beta u$($\alpha,\beta\in\mathbb{R}$)と書けたとすると $w^2=\alpha^2+\beta^2u^2+2\alpha\beta u$ が実数なので、$u\notin\mathbb{R}$ から $\alpha\beta=0$ である。$\beta=0$ なら $w=\alpha\in V\cap\mathbb{R}=\{0\}$、$\alpha=0$ なら $w=\beta u$ となり、どちらも $u,w$ の一次独立性に反する。したがって $\alpha+\beta u+\gamma w=0$($\alpha,\beta,\gamma\in\mathbb{R}$)なら $\gamma=0$ であり、さらに $u\notin\mathbb{R}$ から $\beta=0$、$\alpha=0$ となる。
すると $u+w$ と $u-w$ は実数でないので、段 1 により実数 $p,p',r,r'$ を用いて $(u+w)^2=p(u+w)+p'$、$(u-w)^2=r(u-w)+r'$ と書ける。2 式を足すと
$$
2u^2+2w^2=(p+r)u+(p-r)w+(p'+r')
$$
で、左辺は実数なので、$1,u,w$ の一次独立性から $p+r=p-r=0$、すなわち $p=0$ である。よって $(u+w)^2=p'\in\mathbb{R}$ である。$p'>0$ なら $(u+w-\sqrt{p'})(u+w+\sqrt{p'})=0$ から $u+w=\pm\sqrt{p'}\in\mathbb{R}$ となって一次独立性に反するので、$p'\le0$、すなわち $u+w\in V$ である。以上で $V$ は部分空間であり、$D=\mathbb{R}\oplus V$ である。
段 3($V$ の内積):$u,w\in V$ について $uw+wu=(u+w)^2-u^2-w^2\in\mathbb{R}$ である。$\langle u,w\rangle:=-\frac12(uw+wu)$ とおくと、これは対称な双線形形式で、$u\ne0$ なら $\langle u,u\rangle=-u^2>0$ なので、$V$ の内積である。$\langle u,w\rangle=0$ は $uw=-wu$ と同値である。
段 4($D$ の決定):$V=0$ なら $D=\mathbb{R}$ である。$V\ne0$ なら $\langle i,i\rangle=1$、すなわち $i^2=-1$ となる $i\in V$ をとる。$V=\mathbb{R}i$ なら $D=\mathbb{R}+\mathbb{R}i\cong\mathbb{C}$ である。そうでなければ、Gram–Schmidtの直交化により $i$ と直交する $j\in V$ で $j^2=-1$ となるものがとれる。$k:=ij$ とおくと、$ji=-ij$ を使って
$$
k^2=ijij=-i^2j^2=-1,\qquad ik+ki=i^2j+iji=-j+j=0,\qquad jk+kj=jij+ij^2=i-i=0
$$
となるので、$k\in V$ であり、$i,j,k$ は正規直交系である。同様の計算で $jk=i$、$kj=-i$、$ki=j$、$ik=-j$ も確かめられ、$1,i,j,k$ は $\mathbb{H}$ の基底と同じ積の表を満たす。$1\notin V$ と直交性から $1,i,j,k$ は一次独立なので、$1,i,j,k$ を $1,i,j,k$ に送る線形写像 $\mathbb{H}\to D$ は単射な $\mathbb{R}$ 多元環の準同型である。
最後に $V=\mathbb{R}i+\mathbb{R}j+\mathbb{R}k$ を示す。$w\in V$ が $i,j,k$ のすべてと直交すれば、$wi=-iw$、$wj=-jw$ なので
$$
wk=wij=-iwj=ijw=kw
$$
であり、$wk=-kw$ と合わせて $2kw=0$、$k$ は可逆なので $w=0$ である。$V$ は有限次元の内積空間なので、部分空間 $W=\mathbb{R}i+\mathbb{R}j+\mathbb{R}k$ について $V=W\oplus W^{\perp}$ であり(直交補空間)、$W^{\perp}=0$ から $V=W$ である。よって $D\cong\mathbb{H}$ である。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 有限次元 | 有理関数体 $\mathbb{R}(x)$ | $\mathbb{R}$ 上の可除多元環だが $\mathbb{R},\mathbb{C},\mathbb{H}$ のどれとも同型でない |
| $0$ でない元が可逆 | $M_2(\mathbb{R})$ | $\mathbb{R}$ 上 4 次元の多元環だが $\mathbb{H}$ と同型でない(零因子 $E_{11}$ をもつ) |
| 係数の体が $\mathbb{R}$ | $\mathbb{Q}$ 上の四元数環 $(-1,-1)_{\mathbb{Q}}$ と $(-1,3)_{\mathbb{Q}}$ | どちらも $\mathbb{Q}$ 上 4 次元の可換でない斜体だが、互いに同型でない |
最後の行の二つが斜体であることは四元数環の例「有理数体上の $(-1,-1)$ と記号の非一意性」と「反例:ノルム形式が不定符号でも分裂しない四元数環」にある。両者が同型でないことは、$x^2=3$ を満たす元の有無で分かる。$(-1,3)_{\mathbb{Q}}$ では $j^2=3$ である。一方 $(-1,-1)_{\mathbb{Q}}$ の元を $x=a+v$($a\in\mathbb{Q}$、$v=bi+cj+dk$)と書くと $v^2=-(b^2+c^2+d^2)$ なので $x^2=a^2-(b^2+c^2+d^2)+2av$ であり、$x^2=3$ なら $av=0$ となる。$v=0$ なら $a^2=3$、$a=0$ なら $-(b^2+c^2+d^2)=3$ となり、どちらも有理数では起こらない。$\mathbb{R}(x)$ では $x$ がどの実係数多項式の根にもならないので、段 1 が成り立たない。
任意の体 $K$ の上で $i^2=a$、$j^2=b$、$ij=-ji$ として作る 4 次元の多元環 $(a,b)_K$ は四元数環の記事で扱い、$\mathbb{H}=(-1,-1)_{\mathbb{R}}$ はその特別な場合である。単位四元数の群と $\mathrm{SU}(2)$、$\mathrm{SO}(3)$ の関係は二重被覆群とSO(3)とSU(2)の記事で扱う。$\mathbb{H}\otimes_{\mathbb{R}}\mathbb{C}\cong M_2(\mathbb{C})$ であり(四元数環の例「実数体上の四元数環と Hamilton の四元数体」)、$\mathbb{H}$ は分裂しない四元数環なので、その類はBrauer群 $\mathrm{Br}(\mathbb{R})$ の位数 $2$ の元である(四元数環の命題「四元数環の類は位数2以下」)。
四元数の定義と斜体であることは DF04 §7.1(pp. 224–225)、Voi21 Example 2.2.3(p. 23)と §2.4(pp. 26–30)にある。積の公式は Voi21 の式 (2.4.10)(p. 28)、単位四元数による回転は Proposition 2.4.18・Corollary 2.4.21(pp. 29–30)、Frobenius の定理は Corollary 3.5.8(p. 42)にある。Voi21 は Frobenius の定理を 2 次の可除多元環の分類(Theorem 3.5.1、pp. 40–41)から導いているが、ここでの証明は 2 乗が負の実数になる元の空間に内積を入れる方法で組み立てたものである。$\mathbb{R}(x)$ が無限次元の可除多元環の例であることも Voi21 Example 3.5.9(p. 42)にある。
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