ベクトル場の流れ(flow of a vector field)とは、多様体 $M$ 上の滑らかなベクトル場 $X$ に対し、各点を $X$ の積分曲線に沿って時間 $t$ だけ動かす写像 $\Phi_t$ の族であり、$\Phi_0=\mathrm{id}$ と $\Phi_{s+t}=\Phi_s\circ\Phi_t$ をみたす。局所座標では自励的な常微分方程式の解をまとめたものであり、解の存在と一意性・初期値についての滑らかさから、$\{0\}\times M$ を含む開集合の上の滑らかな極大流れがただ 1 つ定まる。台がコンパクトなベクトル場の流れは全時刻で定義され(完備)、$\mathbb{R}$ の $M$ への作用になる。$x\mapsto Ax$ の流れは $e^{tA}x$ であり、零点でない点の近くではどの場も平行移動の場に直せる(整流定理)。
川の水面の各点に流れの速度が与えられていれば、水面に落とした木の葉は、その速度に従って流されていく。多様体 $M$ 上のベクトル場 $X$ は各点に速度(接ベクトル)を与えるものなので、同じように各点 $p$ を「$X$ に従って時間 $t$ だけ流す」ことができる。こうして得られる写像の族 $\Phi_t$ がベクトル場の流れ(flow of a vector field)である。局所座標では、流れを求めることは自励的な常微分方程式を解くことにほかならず、流れは「すべての初期値に対する解を一度にまとめたもの」である。流れは $\Phi_0=\mathrm{id}$、$\Phi_{s+t}=\Phi_s\circ\Phi_t$ をみたし、ベクトル場という無限小の情報を、多様体の変換という大域的な情報に変える。Lie微分・Lie 群の指数写像・力学系の相流は、どれもこの対応の上に成り立っている。
以下、$M$ を $n$ 次元の滑らかな多様体(可微分多様体。Hausdorff かつ第 2 可算)、$X$ を $M$ 上の滑らかなベクトル場とする。滑らかな曲線 $\gamma\colon J\to M$ の時刻 $t$ での速度ベクトルを $\gamma'(t)\in T_{\gamma(t)}M$ と書く($\gamma'(t)(f)=(f\circ\gamma)'(t)$。接ベクトルの記事の定理「速度ベクトルの性質」)。
開区間 $J\subset\mathbb{R}$ 上の滑らかな曲線 $\gamma\colon J\to M$ が $X$ の積分曲線であるとは、すべての $t\in J$ で
$$
\gamma'(t)=X_{\gamma(t)}
$$
が成り立つことをいう。$0\in J$ のとき $\gamma(0)$ を始点という。始点 $p$ の積分曲線 $\gamma\colon J\to M$ が極大であるとは、始点 $p$ の任意の積分曲線が $\gamma$ の部分区間への制限であることをいう。
$p$ のまわりの局所座標 $(U,\varphi)$、$\varphi=(x^1,\dots,x^n)$ で $X=\sum_iX^i\,\partial/\partial x^i$ と書くと、$\gamma$ が $U$ にとどまる範囲で、積分曲線の条件は $c:=\varphi\circ\gamma$ についての自励的な 1 階の連立常微分方程式
$$
c'(t)=F\bigl(c(t)\bigr),\qquad F:=(X^1\circ\varphi^{-1},\dots,X^n\circ\varphi^{-1})\colon\varphi(U)\to\mathbb{R}^n
$$
と同値である(ベクトル場の記事の節「積分曲線と流れ」の計算。速度ベクトルの成分が $(x^i\circ\gamma)'(t)$ であることによる)。$F$ は $C^\infty$ 級である。
$\mathcal{D}\subset\mathbb{R}\times M$ を $\{0\}\times M$ を含む開集合で、各 $p\in M$ について $\mathcal{D}^{(p)}:=\{t\in\mathbb{R}\mid(t,p)\in\mathcal{D}\}$ が $0$ を含む開区間であるものとする。滑らかな写像 $\Phi\colon\mathcal{D}\to M$、$(t,p)\mapsto\Phi_t(p):=\Phi(t,p)$ が $X$ の流れ(局所流、局所 1 径数変換群)であるとは、次をみたすことをいう。
(R1) 各 $p$ について、$t\mapsto\Phi_t(p)$($t\in\mathcal{D}^{(p)}$)は始点 $p$ の $X$ の積分曲線である。とくに $\Phi_0=\mathrm{id}_M$ である。
(R2) $t\in\mathcal{D}^{(p)}$、$s\in\mathcal{D}^{(\Phi_t(p))}$ なら、$s+t\in\mathcal{D}^{(p)}$ かつ $\Phi_s\bigl(\Phi_t(p)\bigr)=\Phi_{s+t}(p)$ である。
$X$ の任意の流れが $\Phi$ の制限になるとき、$\Phi$ を $X$ の極大流れという。極大流れの定義域が $\mathcal{D}=\mathbb{R}\times M$ であるとき、$X$ は完備であるという。
この定義はベクトル場の記事の定義「積分曲線と流れ」と同じものである(同記事は流れを $\theta$ と書く)。条件 (ii) は「$t$ だけ流してから $s$ だけ流すことは、$s+t$ だけ流すことに等しい」ということであり、$X$ が時刻によらない(自励的な)ことの表れである。$X$ が完備なら、各 $\Phi_t$ は $M$ の微分同相写像で(thm-flow-fundamental の (iii))、$t\mapsto\Phi_t$ は加法群 $\mathbb{R}$ から $M$ の微分同相写像のなす群への準同型、すなわち $\mathbb{R}$ の $M$ への作用である。
逆に、流れの形の写像からベクトル場を取り出すことができる。
$\mathcal{D}$ を上と同じ形の開集合とし、滑らかな写像 $\Phi\colon\mathcal{D}\to M$ が $\Phi_0=\mathrm{id}_M$ と条件 (ii) をみたすとする。各点 $p$ で
$$
X^\Phi_p:=\frac{d}{dt}\Big|_{t=0}\Phi_t(p)\in T_pM
$$
(曲線 $t\mapsto\Phi_t(p)$ の $t=0$ での速度ベクトル)とおいて得られるベクトル場 $X^\Phi$ を、$\Phi$ の無限小生成子という。
def-flow-generator の $X^\Phi$ は滑らかなベクトル場であり、$\Phi$ は $X^\Phi$ の流れである。
滑らかさ:$f\in C^\infty(M)$ について $(X^\Phi f)(p)=\frac{\partial}{\partial t}\big|_{t=0}f(\Phi(t,p))$ であり、$(t,p)\mapsto f(\Phi(t,p))$ は開集合 $\mathcal{D}$ 上の $C^\infty$ 級関数なので、その $t$ についての偏導関数を $t=0$ に制限した $X^\Phi f$ は $C^\infty$ 級である。ベクトル場の記事の命題「滑らかさの同値な言い換え」(条件 4)により $X^\Phi$ は滑らかである。
流れであること:$p\in M$、$t\in\mathcal{D}^{(p)}$ とし、$q:=\Phi_t(p)$ とおく。$\mathcal{D}^{(q)}$ は $0$ を含む開区間なので、$\lvert s\rvert$ が小さければ $s\in\mathcal{D}^{(q)}$ であり、条件 (ii) により $\Phi_{t+s}(p)=\Phi_s(q)$ である。よって $f\in C^\infty(M)$ について
$$
\frac{d}{dt}f\bigl(\Phi_t(p)\bigr)=\frac{d}{ds}\Big|_{s=0}f\bigl(\Phi_{t+s}(p)\bigr)=\frac{d}{ds}\Big|_{s=0}f\bigl(\Phi_s(q)\bigr)=X^\Phi_q(f)
$$
であり、$t\mapsto\Phi_t(p)$ は $X^\Phi$ の積分曲線である。$\square$
Nic26 Definition 3.1.1(局所流、p. 81)・Definition 3.1.3(無限小生成子、p. 82)は、流れを先に定義し、ベクトル場をその無限小生成子として得る順で述べている。同書 Proposition 3.1.6(p. 82)は、どのベクトル場も局所流の無限小生成子であり、生成子の等しい 2 つの局所流は定義域の共通部分で一致することを示している。次の節の定理はこれを極大流れの形で述べ、証明したものである。
$\mathbb{R}^n$ の定数ベクトル場 $X=\sum_ia^i\,\partial/\partial x^i$($a\in\mathbb{R}^n$)の流れは平行移動 $\Phi_t(x)=x+ta$ である。Euler ベクトル場 $E=\sum_ix^i\,\partial/\partial x^i$ の流れは拡大 $\Phi_t(x)=e^tx$、$\mathbb{R}^2$ の回転の場 $R=-y\,\partial/\partial x+x\,\partial/\partial y$ の流れは角度 $t$ の回転
$$
\Phi_t(x,y)=(x\cos t-y\sin t,\ x\sin t+y\cos t)
$$
であり、円周 $S^1$ の角度ベクトル場 $\partial_\theta$ の流れも回転である(ベクトル場の記事の例「流れの計算」)。どれも完備である。回転の場合、$\Phi_s\circ\Phi_t=\Phi_{s+t}$ は加法定理そのものである。
原点のまわりを回る回転の場 −y∂/∂x + x∂/∂y。流れ Φ_t(t = π/3)は点 p を円に沿って Φ_t(p) へ運び、小さな正方形 U を回転した正方形 Φ_t(U) へ写す
図のように、流れ $\Phi_t$ は点を 1 つずつ動かすだけでなく、領域 $U$ をまるごと $\Phi_t(U)$ に運ぶ。回転の流れは面積と形を保つが、一般の流れは領域を伸び縮みさせる($\mathbb{R}^n$ の拡大の流れ $e^tx$ は体積を $e^{nt}$ 倍にする)。
$A$ を $n$ 次実正方行列とし、$\mathbb{R}^n$ 上のベクトル場 $X_A$ を $X_A(x):=Ax$、すなわち $X_A=\sum_{i,j}A_{ij}\,x^j\,\partial/\partial x^i$ で定める。$X_A$ の流れは
$$
\Phi_t(x)=e^{tA}x
$$
であり、$X_A$ は完備である(thm-flow-linear)。上の例の拡大は $A=I$、回転は $A=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}$ の場合である。条件 (ii) は指数法則 $e^{sA}e^{tA}=e^{(s+t)A}$ にあたる。Nic26 Example 3.1.2・Example 3.1.5(p. 82)も同じ例を挙げている。
球面 $S^2\subset\mathbb{R}^3$ の点 $p=(x,y,z)$ に、北向きの単位ベクトル $e_3=(0,0,1)$ の $T_pS^2=p^\perp$ への直交射影
$$
X_p:=e_3-(e_3\cdot p)\,p=(-xz,\ -yz,\ 1-z^2)
$$
を対応させる。$X$ は $\mathbb{R}^3$ 上の多項式係数のベクトル場を $S^2$ に制限したもので、滑らかである。北極と南極 $(0,0,\pm1)$ では $X=0$ であり、流れはそこを動かさない。$\lvert z_0\rvert<1$ の点 $p=(x_0,y_0,z_0)$ からの積分曲線は
$$
z(t)=\tanh\bigl(t+c\bigr),\qquad(x(t),y(t))=\frac{\cosh c}{\cosh(t+c)}\,(x_0,y_0)\qquad\bigl(c:=\operatorname{artanh}z_0\bigr)
$$
である。実際、$z'=1-\tanh^2(t+c)=1-z^2$、$x'=-\tanh(t+c)\,x=-xz$($y$ も同様)であり、$x^2+y^2+z^2=\cosh^2c\,(1-z_0^2)/\cosh^2(t+c)+\tanh^2(t+c)=1$ である。この積分曲線は $p$ を通る経線に沿って南極から北極へ向かい、$t\to\pm\infty$ でそれぞれ北極・南極に近づくが、有限の時間では着かない。$S^2$ はコンパクトなので、この場は完備である(thm-flow-complete)。Nic26 Exercise 3.1.7(p. 83)はこの場の流れを求める演習である。
$G\subset GL_n(\mathbb{R})$ を行列 Lie 群、$\mathfrak{g}=T_IG$ をその Lie 環、$H\in\mathfrak{g}$ とする。$V_H(A):=AH$ は $G$ 上の滑らかなベクトル場であり(Lie群の記事の定理「1 径数部分群と Lie 環」の証明の段 1・段 2)、左移動 $A\mapsto BA$ で不変である。その流れは
$$
\Phi_t(A)=Ae^{tH}
$$
である。実際 $\frac{d}{dt}Ae^{tH}=Ae^{tH}H=V_H(Ae^{tH})$(行列の指数関数の記事の定理「指数関数の微分と $x'=Ax$ の解」)であり、$e^{tH}\in G$ となることはLie群の記事の定理「1 径数部分群と Lie 環」の (i) による。単位元 $I$ を通る積分曲線 $t\mapsto e^{tH}$ は 1 径数部分群であり、$G$ はこの流れが全時刻で定義されることを通じて指数写像 $H\mapsto e^H$ をもつ。$\Phi_t$ は右からの積 $A\mapsto Ae^{tH}$ であり、左移動とは可換である。
ベクトル場の記事の定理「流れの基本定理」は、証明を他の文献に譲っている。ここでは、局所座標での常微分方程式の結果を材料にして、多様体の上で証明する。材料は次の 2 つである。
$\gamma,\delta\colon J\to M$ を同じ開区間 $J$ 上の $X$ の積分曲線とする。ある $t_0\in J$ で $\gamma(t_0)=\delta(t_0)$ なら、$J$ 全体で $\gamma=\delta$ である。
$S:=\{t\in J\mid\gamma(t)=\delta(t)\}$ とおく。$t_0\in S$ なので $S$ は空でない。$M$ は Hausdorff なので対角線 $\{(q,q)\}\subset M\times M$ は閉集合であり、$S$ はその連続写像 $t\mapsto(\gamma(t),\delta(t))$ による逆像なので $J$ の閉集合である。$S$ が開集合であることを示す。$s\in S$ とし、$\gamma(s)$ のまわりの局所座標 $(U,\varphi)$ をとる。連続性から、$s$ を含む開区間 $I\subset J$ で $\gamma(I),\delta(I)\subset U$ となるものがある。$I$ の上で $\varphi\circ\gamma$ と $\varphi\circ\delta$ は同じ方程式 $c'=F(c)$ の解で、$t=s$ で値が等しいので、常微分方程式の解の一意性により $I$ の上で一致する。よって $I\subset S$ である。$J$ は連結なので $S=J$ である。$\square$
$M$ が Hausdorff でないと、この補題は成り立たない(ex-flow-counterexamples の 4 行目)。
$\gamma\colon J\to M$ が $X$ の積分曲線なら、$s\in\mathbb{R}$ について $\tilde\gamma(t):=\gamma(t+s)$($t\in J-s$)も $X$ の積分曲線である。
$f\in C^\infty(M)$ について $\tilde\gamma'(t)(f)=(f\circ\tilde\gamma)'(t)=(f\circ\gamma)'(t+s)=X_{\gamma(t+s)}(f)=X_{\tilde\gamma(t)}(f)$ である。$\square$
この補題は $X$ が時刻によらないことを使っている。時刻に依存するベクトル場では成り立たない。
$X$ を滑らかな多様体 $M$ 上の滑らかなベクトル場とする。
(R1) 各 $p\in M$ について、始点 $p$ の極大な積分曲線 $\gamma_p\colon J_p\to M$ がただ 1 つ存在する。
(R2) $\mathcal{D}:=\{(t,p)\mid p\in M,\ t\in J_p\}$ は $\{0\}\times M$ を含む $\mathbb{R}\times M$ の開集合であり、$\Phi(t,p):=\gamma_p(t)$ は $\mathcal{D}$ 上の滑らかな写像で、$X$ の流れである。$X$ の任意の流れは $\Phi$ の制限であり、$\Phi$ は $X$ の極大流れである。
(R3) 各 $t\in\mathbb{R}$ について $M_t:=\{p\in M\mid(t,p)\in\mathcal{D}\}$ は開集合であり、$\Phi_t\colon M_t\to M_{-t}$ は微分同相写像で、逆写像は $\Phi_{-t}$ である。
段 1(極大な積分曲線).局所座標で Picard–Lindelöf の定理を使うと、始点 $p$ の積分曲線が少なくとも 1 つある。始点 $p$ の積分曲線すべての定義域の和集合を $J_p$ とすると、$J_p$ は $0$ を含む開区間である。$t\in J_p$ に対し、$t$ で定義された始点 $p$ の積分曲線 $\gamma$ をとって $\gamma_p(t):=\gamma(t)$ とおく。2 つの積分曲線は定義域の共通部分($0$ を含む開区間)の上で lem-flow-uniqueness により一致するので、この値は $\gamma$ の選び方によらない。$\gamma_p$ は各点の近くで積分曲線に一致するので積分曲線であり、作り方から極大である。極大なものが 2 つあれば互いに相手の制限なので一致する。
段 2(群の法則).$t\in J_p$、$q:=\gamma_p(t)$ とする。lem-flow-translation により $s\mapsto\gamma_p(s+t)$($s\in J_p-t$)は始点 $q$ の積分曲線なので、$J_p-t\subset J_q$ かつ $\gamma_q(s)=\gamma_p(s+t)$ である。とくに $-t\in J_q$、$\gamma_q(-t)=p$ なので、同じ補題により $s\mapsto\gamma_q(s-t)$($s\in J_q+t$)は始点 $p$ の積分曲線であり、$J_q+t\subset J_p$ である。よって $J_q=J_p-t$ であり、$s\in J_q$ なら $s+t\in J_p$ かつ $\Phi_s(\Phi_t(p))=\gamma_q(s)=\gamma_p(s+t)=\Phi_{s+t}(p)$ である。これが流れの条件 (ii) であり、条件 (i) は $\gamma_p$ の定義そのものである。$X$ の別の流れ $\Psi$ があれば、$t\mapsto\Psi_t(p)$ は始点 $p$ の積分曲線なので $\gamma_p$ の制限であり、$\Psi$ は $\Phi$ の制限である。
段 3(局所の滑らかさ).各 $p_1\in M$ について、$\varepsilon>0$ と $p_1$ の開近傍 $U'$ で、$(-\varepsilon,\varepsilon)\times U'\subset\mathcal{D}$ かつ $\Phi$ がそこで滑らかなものがある。
$p_1$ のまわりの局所座標 $(U,\varphi)$ をとり、$V:=\varphi(U)$ 上の方程式 $c'=F(c)$ に上の「初期値についての滑らかさ」を使う。$W$ は $(0,\varphi(p_1))$ を含む開集合なので、$\varepsilon>0$ と $\varphi(p_1)$ を中心とする開球 $B\subset V$ で $(-\varepsilon,\varepsilon)\times B\subset W$ となるものがある。$U':=\varphi^{-1}(B)$ とおく。$q\in U'$ について $t\mapsto\varphi^{-1}\bigl(\phi(t,\varphi(q))\bigr)$($\lvert t\rvert<\varepsilon$)は始点 $q$ の積分曲線なので、段 1 により $\gamma_q$ の制限である。よって $(-\varepsilon,\varepsilon)\subset J_q$ であり、$(-\varepsilon,\varepsilon)\times U'$ の上で $\Phi(t,q)=\varphi^{-1}\bigl(\phi(t,\varphi(q))\bigr)$ は滑らかである。
曲線の像 $K:=\gamma_{p_0}([0,t_0])$($t_0<0$ なら $[t_0,0]$)はコンパクトである。$K$ の各点に段 3 の $\varepsilon$ と開近傍をとり、有限個で $K$ を覆って、$\varepsilon$ をそれらの最小値、$U_0$ を開近傍の和集合とする。すると $(-\varepsilon,\varepsilon)\times U_0\subset\mathcal{D}$ で、$\Phi$ はそこで滑らかである。$\lvert t_0\rvert/m<\varepsilon$ となる正の整数 $m$ をとり、$\tau:=t_0/m$、$\Psi:=\Phi_\tau\colon U_0\to M$(滑らか)とおく。$U_m:=\{x\in U_0\mid\Psi(x),\Psi^2(x),\dots,\Psi^m(x)\text{ がすべて定義されて }U_0\text{ に属する}\}$ は、連続写像による開集合の逆像を順にとったものなので開集合である。段 2 の群の法則を $j$ について帰納的に使うと、$x\in U_m$ なら $j\tau\in J_x$ かつ $\Phi_{j\tau}(x)=\Psi^j(x)$($j=0,\dots,m$)であり、とくに $t_0\in J_x$、$\Phi_{t_0}(x)=\Psi^m(x)\in U_0$ である。$\Psi^j(p_0)=\Phi_{j\tau}(p_0)\in K\subset U_0$ なので $p_0\in U_m$ である。
$\lvert t-t_0\rvert<\varepsilon$、$x\in U_m$ とすると、$t-t_0\in(-\varepsilon,\varepsilon)\subset J_{\Psi^m(x)}$ なので、段 2 により $t\in J_x$ かつ $\Phi(t,x)=\Phi\bigl(t-t_0,\Psi^m(x)\bigr)$ である。したがって $(t_0-\varepsilon,t_0+\varepsilon)\times U_m\subset\mathcal{D}$ であり、そこで $\Phi$ は滑らかな写像 $(t,x)\mapsto(t-t_0,\Psi^m(x))\in(-\varepsilon,\varepsilon)\times U_0$ と $\Phi$ の合成なので滑らかである。
$M$ が Hausdorff であることは、段 1 で lem-flow-uniqueness を通じて使った。極大流れの定義域 $\mathcal{D}$ は $\mathbb{R}\times M$ 全体とは限らない(ex-flow-counterexamples)。$X_p=0$ となる点 $p$ では定数曲線 $\gamma(t)=p$($t\in\mathbb{R}$)が積分曲線なので、$J_p=\mathbb{R}$ で $\Phi_t(p)=p$ である。
(i):ある $p$ で $b:=\sup J_p<\infty$ だったとする。$t_0\in J_p$ を $t_0>b-\varepsilon$ となるようにとり、$q:=\Phi_{t_0}(p)$ とおく。thm-flow-fundamental の証明の段 2 により $J_q=J_p-t_0$ であり、仮定から $J_q\supset(-\varepsilon,\varepsilon)$ なので、$J_p\supset(t_0-\varepsilon,t_0+\varepsilon)$ である。ところが $t_0+\varepsilon>b$ なので、$b=\sup J_p$ に反する。$\inf J_p>-\infty$ の場合も同様である。よってすべての $p$ で $J_p=\mathbb{R}$ である。
(ii):$K:=\operatorname{supp}X$ とおく。$p\notin K$ なら $X_p=0$ なので $J_p=\mathbb{R}$ である。$K$ の各点に thm-flow-fundamental の証明の段 3 の $\varepsilon$ と開近傍をとり、コンパクト性から有限個で $K$ を覆って、$\varepsilon$ をそれらの最小値とする。すると $(-\varepsilon,\varepsilon)\times M\subset\mathcal{D}$ なので、(i) により $X$ は完備である。$M$ がコンパクトなら、閉集合 $\operatorname{supp}X$ はコンパクトである。$\square$
(i) を「一様な時間の補題」ということがある。すべての点から同じ長さ $\varepsilon$ だけは流せるなら、流しては乗り継ぐことを繰り返して、どこまでも流せる。
$A$ を $n$ 次実正方行列とし、$\mathbb{R}^n$ 上のベクトル場 $X_A(x):=Ax$ を考える。$X_A$ は完備であり、その流れは $\Phi_t(x)=e^{tA}x$ である。
$x\in\mathbb{R}^n$ を固定し、$c(t):=e^{tA}x$($t\in\mathbb{R}$)とおく。行列の指数関数の記事の定理「指数関数の微分と $x'=Ax$ の解」により $c'(t)=Ae^{tA}x=Ac(t)$ であり、$c(0)=x$ なので、$c$ は $\mathbb{R}$ 全体で定義された始点 $x$ の $X_A$ の積分曲線である。thm-flow-fundamental の (i) により $c$ は $\gamma_x$ の制限なので $J_x=\mathbb{R}$ であり、$\Phi_t(x)=\gamma_x(t)=e^{tA}x$ である。$\square$
$X_A$ の台はコンパクトでない($A\neq0$ なら $\mathbb{R}^n$ の稠密な開集合の上で $X_A\neq0$)ので、この完備性は thm-flow-complete の (ii) からは出ない。線形の場の成長が $\lvert x\rvert$ の 1 次で抑えられることが効いている(常微分方程式の記事の定理「線形方程式の解の大域存在と解空間」)。
ベクトル場は、$0$ にならない点の近くでは、どれも平行移動の場と同じ形をしている。
$X_p\neq0$ とする。$p$ のまわりの局所座標 $(V;y^1,\dots,y^n)$ で、$V$ の上で
$$
X=\frac{\partial}{\partial y^1}
$$
となるものが存在する。この座標では、$X$ の流れは $\Phi_t(y^1,y^2,\dots,y^n)=(y^1+t,y^2,\dots,y^n)$(右辺が $V$ の座標の範囲にある限り)である。
$p$ のまわりの局所座標 $(U,\varphi)$ を $\varphi(p)=0$ となるようにとる。$\varphi$ を正則な線形写像と合成して取り替えることで、$X_p=\partial/\partial x^1|_p$ としてよい($X_p$ の成分のベクトルを第 1 の基底ベクトルとする $\mathbb{R}^n$ の基底をとり、その基底に関する座標に替える)。
$u=(u^2,\dots,u^n)$ とし、$0\in\mathbb{R}\times\mathbb{R}^{n-1}$ の開近傍で
$$
\psi(t,u):=\Phi_t\bigl(\varphi^{-1}(0,u)\bigr)
$$
を考える。$\mathcal{D}$ は $(0,p)$ を含む開集合で、$(t,u)\mapsto\bigl(t,\varphi^{-1}(0,u)\bigr)$ は連続なので、$\psi$ は $0$ のある開近傍で定義され、滑らかである(thm-flow-fundamental)。$\Phi_0=\mathrm{id}$ なので $\psi(0,u)=\varphi^{-1}(0,u)$ であり、$0$ での偏微分は
$$
\frac{\partial\psi}{\partial t}(0,0)=X_p=\frac{\partial}{\partial x^1}\Big|_p,\qquad\frac{\partial\psi}{\partial u^i}(0,0)=\frac{\partial}{\partial x^i}\Big|_p\quad(i=2,\dots,n)
$$
である。よって $\varphi\circ\psi$ の $0$ での Jacobi 行列は単位行列であり、逆関数定理の記事の定理「逆関数定理」により、$0$ の開近傍 $O$ で $\varphi\circ\psi$ が $O$ から開集合 $\varphi\circ\psi(O)$ への微分同相写像になるものがある。$V:=\psi(O)$、$y:=\psi^{-1}\colon V\to O$ とおくと、$(V,y)$ は $p$ のまわりの局所座標である。
この座標で、点 $\psi(t,u)$ における座標ベクトル $\partial/\partial y^1$ は曲線 $s\mapsto\psi(t+s,u)$ の $s=0$ での速度ベクトルである(接ベクトルの記事の定理「速度ベクトルの性質」の (i))。群の法則により $\psi(t+s,u)=\Phi_s\bigl(\Phi_t(\varphi^{-1}(0,u))\bigr)=\Phi_s\bigl(\psi(t,u)\bigr)$ なので、この速度ベクトルは $X_{\psi(t,u)}$ である。よって $V$ の上で $X=\partial/\partial y^1$ である。流れの形は、座標で $y^1$ だけが速さ $1$ で増える曲線が積分曲線であることから従う。$\square$
Tes12 Lemma 6.2(p. 190)が同じ証明を $\mathbb{R}^n$ の開集合で与えている。整流定理により、ベクトル場の局所的な性質で面白いことが起きるのは $X_p=0$ となる点(零点、平衡点)の近くだけである。零点の近くでは線形化 $x\mapsto Ax$(thm-flow-linear)が流れのふるまいの第一近似を与える。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 台がコンパクト | $\mathbb{R}$ 上の $x^2\,\partial/\partial x$ | 完備(有限の時間で無限遠へ去る) |
| 定義域を小さくしない | $\mathbb{R}^2\setminus\{0\}$ 上の $\partial/\partial x$ | 完備($\mathbb{R}^2$ 上では完備) |
| 滑らか(局所 Lipschitz) | $\mathbb{R}$ 上の連続な場 $2\sqrt{\lvert x\rvert}\,\partial/\partial x$ | 積分曲線の一意性(流れが定まらない) |
| Hausdorff | 原点を 2 つもつ直線上の $\partial/\partial x$ | 極大な積分曲線の一意性 |
1 行目:ベクトル場の記事の注意「反例:完備でないベクトル場」と同じ例である。始点 $x_0>0$ の極大な積分曲線は $x_0/(1-x_0t)$($t<1/x_0$)で、$t\to1/x_0$ で発散する。場は多項式係数で滑らかだが(満たす性質)、完備でない(満たさない性質)。破れる含意は「滑らかなベクトル場は完備である」であり、thm-flow-complete の (ii) の台の仮定が落とせないことを示す。
2 行目:$\mathbb{R}^2$ 上の $\partial/\partial x$ の流れは平行移動 $(x+t,y)$ で完備である。これを $M:=\mathbb{R}^2\setminus\{0\}$ に制限すると、始点 $p=(-1,0)$ の積分曲線 $(t-1,0)$ は $t<1$ でしか $M$ にとどまらない。もし $1\in J_p$ なら、thm-flow-fundamental の (i) により $t<1$ で $\gamma_p(t)=(t-1,0)$ であり、連続性から $\gamma_p(1)=\lim_{t\to1}(t-1,0)=(0,0)\notin M$ となって矛盾する。よって $J_p=(-\infty,1)$ である。場の性質(滑らか、至る所 $0$ でない、有界)は同じでも、多様体から 1 点を除くと完備でなくなる(満たさない性質)。破れる含意は「完備なベクトル場を開部分多様体に制限したものは完備である」である。
3 行目と 4 行目:どちらも始点 $0$(または $-1$)から出る積分曲線が 2 つあり、「時刻 $t$ だけ流した点」が決まらない。破れる含意はそれぞれ「連続なベクトル場の積分曲線は始点で決まる」「多様体上の滑らかなベクトル場の積分曲線は始点で決まる」である。
3 行目:$X:=2\sqrt{\lvert x\rvert}\,\partial/\partial x$ は連続だが原点で Lipschitz 条件をみたさず、滑らかでない。始点 $0$ の積分曲線として、$\gamma\equiv0$ と、$t\ge0$ で $\gamma(t)=t^2$、$t<0$ で $0$ とおいた曲線($t\ge0$ で $\gamma'=2t=2\sqrt{t^2}$)の 2 つがある。したがって「$0$ を時刻 $t>0$ だけ流した点」が決まらず、流れは定義できない(満たさない性質:積分曲線の一意性)。常微分方程式の記事の例「反例:一意性が崩れる」の $3x^{2/3}$ と同じ現象である。
4 行目:$\mathbb{R}\times\{1,2\}$ で $x\neq0$ のとき $(x,1)$ と $(x,2)$ を同一視した空間 $M$ は、2 枚の $\mathbb{R}$ を局所座標とする 1 次元の滑らかな多様体の条件のうち Hausdorff 性以外をみたす(2 つの原点 $0_1,0_2$ は開集合で分離できない)。どちらの座標でも $\partial/\partial x$ で定まるベクトル場を考えると、点 $-1$ を始点とする積分曲線 $t\mapsto(t-1,1)$ と $t\mapsto(t-1,2)$($t\in\mathbb{R}$)はどちらも $\mathbb{R}$ 全体で定義され、$t<1$ では一致するが、$t=1$ でそれぞれ $0_1$、$0_2$ を通って分かれる。したがって lem-flow-uniqueness が成り立たず、両方を制限にもつ積分曲線はないので、極大な積分曲線がただ 1 つという主張も崩れる。$M$ は Hausdorff 性だけを欠いているので、thm-flow-fundamental の (i) に Hausdorff 性が要ることが分かる。
原点を除いた平面上の場 ∂/∂x。点 p = (−1, 0) からの積分曲線(赤の実線)は時刻 1 で原点の穴に達し、その先へは延長できない
2 つのベクトル場の流れは可換とは限らない。$\mathbb{R}^2$ 上の $X=\partial/\partial x$(流れ $(x+s,y)$)と $Y=x\,\partial/\partial y$(流れ $(x,y+tx)$)について
$$
\Phi^X_s\circ\Phi^Y_t(x,y)=(x+s,\ y+tx),\qquad\Phi^Y_t\circ\Phi^X_s(x,y)=(x+s,\ y+tx+st)
$$
であり、差は $y$ 方向に $st$ である。このずれを無限小の形で測るのがベクトル場の Lie 括弧 $[X,Y]$(ベクトル場の記事の定義「ベクトル場のLie括弧」)であり、この例では $[X,Y]=\partial/\partial y$ である。
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