有理型関数の存在(existence of meromorphic functions)とは、コンパクトで連結なRiemann面では正則関数が定数に限られる一方、極を十分な位数まで許せば非定数有理型関数が必ず得られるという存在現象である。Riemann–Rochの定理により、種数 $g$ の面の任意点 $p$ で $m\ge g+1$ なら $L(mp)$ に非定数元が存在し、さらに大きい極因子を使えば二点分離や局所座標の構成も可能になる。
前提知識: リーマン面, 有理型関数, 因子, Riemann–Rochの定理, 種数
コンパクトで連結な リーマン面 $X$ 上の正則関数は定数しかない。それでも極を有限個許すと、非定数の 有理型関数 は必ず存在する。この事実により、抽象的な曲面 $X$ を Riemann 球面への有限写像で調べたり、零点と極を 因子 として数えたりできる。
ただし「有理型関数が存在する」と「望む零点・極を自由に指定できる」は別の主張である。とくに、種数が正のコンパクト Riemann 面では、指定した一点だけに単純極をもつ非定数有理型関数は存在しない。本記事では Riemann–Rochの定理 が実際に保証する極の位数を明示し、点分離や局所座標を与える強化と区別する。
$X$ をコンパクトで連結な Riemann 面とする。$X$ 上の正則関数は定数である。
正則関数 $f\colon X\to\mathbb C$ をとる。連続関数 $|f|$ はコンパクト空間 $X$ 上で最大値をとる。$f$ が非定数ならば、その最大点を含む連結な座標近傍を十分小さくとる。座標表示が非定数なら 開写像定理(複素解析) により像は最大値をとる値のまわりの開集合を含み、さらに絶対値の大きい値を含んでしまう。したがって座標表示はその近傍で定数である。一致の定理 により、連結な $X$ 全体で定数になり、非定数という仮定に反する。ゆえに $f$ は定数である。
この命題は「コンパクト面には関数がない」と言っているのではない。値 $\infty$ を許す有理型関数、すなわち $X\to\mathbb P^1$ という正則写像へ対象を広げると、非定数関数が現れる。
$D=\sum_{x\in X}n_xx$ を $X$ 上の因子とし、$\deg D=\sum_xn_x$ と書く。有理型関数 $f\neq0$ の零点を正、極を負に数えた主因子を $\operatorname{div}(f)$ とする。
因子 $D$ に対して
$$
L(D):=\{0\}\cup\{f\in\mathfrak M(X)^\times\mid \operatorname{div}(f)+D\ge0\}
$$
とおき、$\ell(D):=\dim_{\mathbb C}L(D)$ と書く。$D$ が有効因子ならば、$L(D)$ は $D$ の台にだけ、係数以下の位数の極を許す有理型関数の空間である。
とくに点 $p\in X$ と整数 $m\ge0$ に対し、$L(mp)$ は $p$ 以外では正則で、$p$ では高々 $m$ 位の極をもつ有理型関数と $0$ からなる。定数関数は常に $L(mp)$ に入る。
$X$ を種数 $g$ のコンパクトで連結な Riemann 面、$K$ を標準因子とする。任意の因子 $D$ に対して
$$
\ell(D)-\ell(K-D)=\deg D+1-g
$$
が成り立つ。したがって
$$
\ell(D)\ge \deg D+1-g
$$
である。また、$\deg D<0$ ならば $\ell(D)=0$ であり、$\deg K=2g-2$ である。
$X$ を種数 $g$ のコンパクトで連結な Riemann 面、$p\in X$ とする。整数 $m\ge g+1$ ごとに、$p$ 以外に極をもたず、$p$ で高々 $m$ 位の極をもつ非定数有理型関数 $f$ が存在する。
Riemann–Rochの不等式を $D=mp$ に適用すると
$$
\ell(mp)\ge \deg(mp)+1-g=m+1-g\ge2
$$
を得る。$L(mp)$ は全定数関数からなる1次元部分空間を含むので、$L(mp)$ には非定数元 $f$ がある。$L(mp)$ の定義から、$f$ の極は $p$ にしかなく、その位数は高々 $m$ である。
もし $f$ が $p$ でも正則ならば $f$ は $X$ 全体で正則であり、prop-existence-meromorphic-holomorphic-constant により定数になってしまう。ゆえに $p$ は実際に $f$ の極である。
この証明は極の位数を「高々 $m$」としか決めない。より大きな $m$ なら、位数をちょうど指定できる。
$X,p,g$ を直前の定理のとおりとする。$m\ge\max\{1,2g\}$ ならば、$p$ をちょうど $m$ 位の極とし、ほかに極をもたない有理型関数が存在する。
$\deg K=2g-2$ であり、仮定から
$$
\deg(K-mp)=2g-2-m<0,
$$
$$
\deg\bigl(K-(m-1)p\bigr)=2g-1-m<0
$$
である。負次数因子の $L$ は $0$ なので、Riemann–Rochの等式から
$$
\ell(mp)=m+1-g,
\qquad
\ell((m-1)p)=m-g
$$
を得る。したがって $L((m-1)p)$ は $L(mp)$ の真部分空間である。差集合から $f$ をとれば、$f$ は $p$ 以外に極をもたず、$p$ で高々 $m$ 位の極をもつが高々 $m-1$ 位ではない。よって極の位数はちょうど $m$ である。
非定数関数が一つ存在するだけでは、指定した二点を異なる値へ送れるとは限らない。極を十分多く許せば、Riemann–Rochの次元差から点分離も得られる。
$X$ を種数 $g$ のコンパクトで連結な Riemann 面とし、相異なる点 $p,q\in X$ をとる。$p,q$ と異なる点 $r\in X$ と整数 $n\ge2g+1$ をとれば、極が $r$ にしかなく、
$$
f(p)=0,
\qquad
f(q)=1
$$
を満たす有理型関数 $f\in L(nr)$ が存在する。
$D=nr$ とおく。$p,q$ は $D$ の台にないので、$L(D)$ の元は $p,q$ で正則であり、評価写像
$$
\operatorname{ev}_{p,q}\colon L(D)\longrightarrow\mathbb C^2,
\qquad
f\longmapsto(f(p),f(q))
$$
が定まる。その核は、$p,q$ の両方で消える関数からなる $L(D-p-q)$ である。
$n\ge2g+1$ より $\deg(K-D)<0$ かつ $\deg(K-D+p+q)<0$ である。Riemann–Rochの等式から
$$
\ell(D)=n+1-g,
\qquad
\ell(D-p-q)=n-1-g
$$
を得る。ゆえに評価写像の像の次元は2であり、$\mathbb C^2$ 全体に一致する。したがって $(0,1)$ の逆像をとればよい。
同じ議論で一点における1次のTaylor係数まで指定できる。$r\neq p$ と $D=nr$($n\ge2g+1$)をとると、$L(D)\to\mathcal O_{X,p}/\mathfrak m_p^2$ の核は $L(D-2p)$ であり、次元差は2である。したがってこの写像は全射で、局所座標 $z$ の1次ジェット $z\bmod\mathfrak m_p^2$ をもつ $f$ がとれる。この $f$ は $df_p\neq0$ なので $p$ の近くで局所座標になる。「非定数有理型関数の存在」「二点を分離する関数の存在」「指定点で局所座標になる関数の存在」は、この順に強い主張である。
$\omega$ と $\eta$ を Riemann 面 $X$ 上の有理型1形式とし、$\eta$ は恒等的に $0$ でないとする。このとき局所的な商 $\omega/\eta$ は貼り合わさり、$X$ 上の有理型関数を定める。
正則座標 $z$ 上で $\omega=a(z)\,dz$、$\eta=b(z)\,dz$ と書けば、商は $a(z)/b(z)$ である。別の正則座標 $w$ では
$$
\omega=a(z(w))\frac{dz}{dw}\,dw,
\qquad
\eta=b(z(w))\frac{dz}{dw}\,dw
$$
となり、共通因子 $dz/dw$ が消えるので商は同じである。$b$ の零点では $a/b$ は極または除去可能特異点をもち、$a,b$ の極を含めてもLaurent展開の最低次数の差で零点・極の位数が定まる。したがって局所商は有理型関数として貼り合わさる。
この命題だけでは非定数の商の存在は証明できない。互いに定数倍でない二つの有理型1形式の存在を別に示す必要があるからである。存在論を循環させないため、本記事ではRiemann–Rochの次元評価を出発点にした。
$X=\mathbb P^1$ ではアフィン座標 $z$ 自身が非定数有理型関数であり、$\infty$ に単純極をもつ。有限点 $a$ にだけ単純極をもつ例は $1/(z-a)$ である。種数0では、一点に単純極を許すだけで非定数関数が得られる。
$X=\mathbb C/\Lambda$ 上の Weierstrass の $\wp$ 関数は、格子の像である一点に2位の極をもち、ほかに極をもたない。これに対し、一点だけに単純極をもつ非定数有理型関数は存在しない。これは種数1の場合に prop-existence-meromorphic-exact-pole の境界 $m\ge2$ が自然であることを示す。
種数 $g\ge2$ のコンパクト Riemann 面でも、任意の点 $p$ と $m\ge g+1$ に対して thm-existence-meromorphic-one-pole により非定数関数が得られる。ただし最小の可能な極位数は曲面と点に依存し、$g+1$ が常に最小とは限らない。点 $p$ で実現しない正整数の集合は、Weierstrassの間隙列として曲面の幾何を反映する。
種数 $g\ge1$ のコンパクト Riemann 面 $X$ と点 $p\in X$ をとる。$p$ にだけ単純極をもつ非定数有理型関数 $f$ が存在すると仮定する。写像 $f\colon X\to\mathbb P^1$ の次数は極の位数の総和だから1である。次数1の非定数正則写像は双正則であり、$X\cong\mathbb P^1$、したがって $g=0$ となって矛盾する。
よって「任意のコンパクト Riemann 面の任意点に単純極をもつ非定数有理型関数が存在する」という含意は偽である。Riemann–Rochが無条件に与えるのは、十分大きい極位数を許した存在である。
有効因子 $E,F$ に対し、$E$ を零点因子、$F$ を極因子とする $f$ が存在するための条件は、$E-F$ が主因子であることである。$\deg E=\deg F$ は必要条件だが、一般には十分でない。
実際、種数が正のコンパクト Riemann 面で相異なる点 $p,q$ をとる。もし $\operatorname{div}(f)=p-q$ ならば $f$ は $q$ にだけ単純極をもち、直前の反例と同じ理由で $X\cong\mathbb P^1$ となってしまう。したがって次数0の因子 $p-q$ でさえ、一般には主因子でない。指定点での零点・極の存在には、次数だけでなく因子類の条件が必要である。
非コンパクト Riemann 面ではRiemann–Rochの上の有限次元計算をそのまま適用しない。開Riemann面の有理型関数や指定主要部の存在にはStein理論やMittag-Leffler型定理が使われる。また特異複素曲線では、正規化上の有理型関数と特異点での正則関数を区別する必要がある。滑らかな射影複素曲線では対応する代数的Riemann–Rochにより同様の存在論が得られるが、本記事の主張はコンパクト Riemann 面について述べたものである。
まず 有理型関数 で局所的な極とRiemann球面への写像という見方を確認し、次に 因子 で零点・極を大域的に記録する。Riemann–Rochの定理 は $L(D)$ の次元を評価し、本記事の存在定理を与える。得られた写像の次数と分岐は 被覆次数 と Riemann–Hurwitzの公式 で調べられ、零点・極を完全に指定できるかという問題は Picard群 とAbelの定理へつながる。
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